木星が微笑むときその死はあらゆる意味をもってよみがえるblog

アニメ漫画について適当に書き連ねます。

録り貯めていたアニメ「鬼平」を一気観しました。
時代劇で有名な池波正太郎の「鬼平犯科帳」のアニメとなります。
録り貯めしてはいたのですが、わざわざアニメで時代劇か、
と抵抗があったというかちょっと敬遠していました。
しかし、いつまでもHDDを圧迫しておけないので、
という消極的な理由で観はじめてたのですが…
いざ観はじめると面白い!

基本的に一話完結のストーリーですがどの話もドラマ的で面白く
一応、ネタバレなしの感想で、
仇討の話である白梅香の回は特にドラマ的で面白く、
また谷中の話は面白おかしく
サンダーボルトファンタジー」の時にも思ったのですが
脚本、原作が良いと時代劇だとか人形劇だとかに関係なく
本当に面白くなる、話そのものの力というものを改めて感じさせられました。

声優も豪華で主人公の火付盗賊改方長官鬼平こと長谷川平蔵をベテランの堀内賢雄さんが
そして鬼平の仲間で密偵役の彦十を飯塚昭三さんが声をあてられています。
飯塚昭三さんが珍しく悪漢役ではなくイイモン側に居て、また彦十は体の小さい老人なのですが
ドラゴンボールのナッパや北斗の拳の山のフドウなど巨漢役を演じられる事が多いイメージ
が強かったので最初は何だか新鮮で不思議な感じでした。
しかし作品に合ってる!堀内さんや飯塚さんベテランのドッシリとした
存在感、安定感のある重厚な声・演技がこの時代劇アニメ「鬼平」にピッタシです。

近年では珍しいベテランが座長を務めるアニメですが、
こういった現場でしか味わう事が出来ない雰囲気・体験というものはこの作品に
参加した若手の人に取っても貴重であると思うのでそういった面からも今後も
ベテランを主役に据えたアニメが少しくらい在っても良いのではないかと感じました。

今まで名前を知っているだけで手に取った事がなかったのですが
原作の池波正太郎「鬼平犯科帳」読んでみようかなと、そう思わせる面白いアニメでした。

購入したアルバム「白と黒」に収録されている「悪魔の絵本の歌」、
曲調は明るく楽しげでありながら、その曲に乗せられている歌詞は
傷つき弱っている人をさらに追い込む様な内容であり、
それを谷山浩子さんがなんとも楽しそうに歌う
(特に『これはあなたのことよ(笑)そうよ』辺りの嘲り笑う感じで歌うのが好き)
その歌いっぷりが素敵な大好きな曲です。

好きな歌であるが故に谷山浩子さんがこの歌をどの様な想いで歌っているのか
理解したいと思い色々考えるのですが
片思いで失恋した人の傷口に塩を塗るために歌われたはずもなく
どんな想いが込められているのか
たまごとピアノとくつしたは何を意味しているのか、
またそれぞれ色について黄・ピンク・青・赤にも意味があるのだろうか
もしかしたら特に歌詞に意味はなく伝えたい想い等もないのかも知れない、と
どう解釈したら良いのか悩みました。

取り敢えず1~4番の歌詞がそれぞれ何を表現しているのか考える事にしてみました。

1番については歌詞に書いてあるそのままで、片思いで失恋した内容であり
割れて砕けた「たまご」は「こころ」の表現であると思います。
では絵の具の「黄色」の意味は何なのか、まず考えたのは失恋の「悲しみ」を表す色かと
思ったのですが自分的にはどうしても黄色の明るいイメージが「悲しみ」と結びつきません。
(色から感じるイメージは人それぞれで谷山さんにとって黄色は悲しみの色なのかも知れませんが)

それで次に考えたのは単純に、割れたたまごの中から出てきた黄身の「黄色」なのかなと。
そう考えると「黄色」は納得できるのですが「失恋」「こころ」「悲しみ」とは関係なくなります。
とすると色自体にあまり意味は無いのかもしれません…。

続いて2番の歌詞についてですが、自分はこの2番の解釈によって
この歌の解釈が大きく二つに分かれると思っています。
それは、全ての歌詞が1番の歌詞と同じで「恋愛(失恋)」について歌ったものであるのか
「恋愛(失恋)以外も含む」のかです。

「恋愛(失恋)」での解釈とする場合、2番の歌詞は
声も出なくなるほど枯れるまで泣いて泣いてそれでも相手に振り向いてもらえない、
若しくは長年付き合っていた状態から思いもよらず別れを告げられる・捨てられる
という解釈になり
「恋愛以外も含む」での解釈の場合は
社会に出てブラックな会社で馬車馬の様に働かされ今にも電車に飛び込みそうな状態で
声にならない叫びを上げている・助けを求めているのに誰も聴かないあなたの声…
という解釈になるかと思います。
(上記の職場を学校と置き換える解釈も有りかと思います)

「ピアノ」は「声」の表現であり、
色については、1番の「黄色」が「たまご」からの連想ゲーム方式であるなら
「ピアノ」=「声」から「喉」の連想で「ピンク」なのかなと考えました。

続けて3番の歌詞について、
「恋愛(失恋)」での解釈とする場合は
都合の良い様に使われ飽きたら捨てられるという解釈で、
「恋愛以外も含む」の場合では
ボロボロになるまで人からこき使われ、
使い物にならなくなったら用済みとばかりに、代わりは他にもいるとばかりに
ポイと捨てられるという解釈になると思います。

「くつした」は「体」の表現であり、
色についてはちょっと苦しく無理矢理感ありますが
ポイと捨てられる先のポリバケツからの「青」かなと想像しました…。
(正直、色については黄色やピンクの明るいイメージが
ダークな歌詞の暗い感情と結びつかずどう解釈して良いか判りません)

そして最後4番について、ここはちょっと特殊かなと思っています。
一見すると「たまご」「ピアノ」「くつした」に該当する「モノ」が見当たりません。
出てくる「モノ」といえば「白いページ」「絵筆」くらいで、どちらかだとすると
「白いページ」の方で「これから先の未来・人生」の表現でしょうか。
絵の具の色の「赤」については、4番で少し曲調が変わるその雰囲気と
歌詞の『あざやかな』から「血」の色が想像されます。

「恋愛(失恋)」での解釈とする場合、
その悲しみから自らの胸に「絵筆」を突き立て、溢れ出る血で赤に塗りつぶされる、
若しくはその感情が憎しみに変わり突き立てられる先が相手に向かう
という解釈になるかと思います。
「恋愛以外も含む」解釈の場合では
身も心もボロボロになり自らの命を絶つまでに追い詰められその物語を終わらせる
という解釈になります。

しかし「失恋」「それ以外も含む」どちらの解釈にしても
『お別れの物語』は「生の世界からのお別れ」=「死」となってしまい
これでは歌に込めて伝える想いとしては不向き・不適切な感じになってしまいます。

そして、この解釈をさらに難しくするのが
歌詞中の『これ[も]あなたのことよ』の[も]になります。この[も]とある事で
1番から3番に登場する【あなた】は全て同一人物となってしまいます。

自分の中の解釈では歌詞に登場する【あなた】は全て別人であり
「失恋以外も含む」とする解釈の場合で、この歌が「誰か」に向けられたものだとすると
「片思いで失恋した人」「傷つけられ弱っている人の慟哭、助けを求める声・叫びを上げている人」
「もう要らない、用済みと捨てられる人」というどれかに当てはまる【人達】に向けて
と考えていたのですがこれら全てが同一人物とすると当てはまる人が
極端に限定されてしまい「誰か」に向けられた歌と考えるのが難しくなります。

「失恋」の解釈でも同様で
「片思いで失恋した人」「想いが叶わぬ人、思いもよらず別れを告げられた人」
「都合の良い様に使われ捨てられた人」の全てを経験した事のある限定された【人】へ
向けられたとものなってしまいます。

これでは解釈が間違っているのか、と思われてしまい別の解釈を考えなくてはなりません。

そこで、この【あなた】が誰なのかというところから考えてみる事にしました。
まず考えたのはこの【あなた】は作者の「谷山浩子さん自身」であるというものです。
自身を客観的に視て【あなた】と表現していると考えてみました。
作者が自分の胸の内・想いを歌に、曲に、歌詞に込めて表現するというのは全然有り得る話
だと思うので「谷山浩子さん自身の事」を歌ったとする解釈は「有り」ではないでしょうか。

【あなた】を「作者自身」とする事で4番の解釈も全く違ったものになり面白くなります。
「失恋」「それ以外」どちらの場合でも「赤」=「血」から「死」が想像されていましたが
「作者自身」とする場合それがなくなります。
(谷山さんが自分の胸や誰かの胸に「絵筆」を突き立てる事件は起きてませんからね)

それでは「赤」は何を意味するのか
「血」ではない赤からのイメージで思いついたのは
「怒り」の感情の色というイメージでした。

「片思いで失恋した悲しみ」があり、さらに
「声が出なくなる」という悪夢を見たのか、または
「良い曲が作れない、誰も歌を聴いてくれなくなる」というスランプだったのかも知れません、
そして、曲を作り続けたとしても10年後20年後売れなくなったら音楽業界から
「もう用済みだとポイと捨てられるのではないか」という恐怖
そんな作者・谷山浩子さん自身の(実体験か悪夢の内容かは分かりませんが)
「悲しみ・不安・恐怖」といったストレスを、
思い出したくもない・想像したくもない事のその感情・想いを、
最後に「怒り」として吐き出した
谷山浩子さんの場合は音楽として楽譜に、音として吐き出した
という解釈を考えました。

一応自分としては納得のできる解釈になったのですが
谷山さんの曲では物語がモチーフになっている事が多いので
もし自分の知らない何かの物語がモチーフになっていて
歌詞の【あなた】はその物語の主人公の事であるとしたら
全く見当違いの解釈という事になってしまいますが…
まあ今更ご本人から曲についての詳細な解説はないと思われますが
(ライブでは楽曲について詳しい話が聞けたりするのでしょうか)
自分的には「谷山浩子さん自身」という解釈は面白く納得できるものになったかなと感じます。

谷山浩子さんのアルバム「HIROKO_TANIYAMA_45th_シングル_コレクション」と「白と黒」
を購入し全曲聴きました。が、まだまだ谷山浩子分が足りない!もっと谷山浩子分を!
という事で次に購入すべきアルバムの検討材料を得る為に
ネットから谷山浩子さんの楽曲を物色する事に。

そこで「谷山浩子」の第2検索ワードとして出てきたのが「まもるくん」、
そしてその検索結果と一緒に表示される「谷山浩子の怖い歌」という様な記事がちらほらと…

「恋するニワトリ」や「カントリーガール」から谷山浩子入門すると一見意外な感じがしますが
確かに「HIROKO_TANIYAMA_45th_シングル_コレクション」や「白と黒」の中にも
不気味というか、不穏な、ダークな歌詞の歌がいくつかありました。

「恋するニワトリ」や「カントリーガール」を<表>の谷山さんとすると
【怖い歌】は<裏>の谷山さん、谷山さんのダークサイドとなるのかも知れません。
が、
ダークサイドと書きましたがこのダークな歌詞にこそ谷山浩子さんの本質は在る様に思われます。
「HIROKO_TANIYAMA_45th_シングル_コレクション」の楽曲コメントの中でも度々出てくる
谷山浩子さんが自身のテーマとされているという【諸行無常】。
そしてその【諸行無常】から派生したであろう【厭世主義】(とまではいかないか?)が
谷山さんの根底にあり、そこから不穏な・ダークな歌詞が生まれてくるように思います。

そういった意味からも本当の谷山浩子さんを理解するには【怖い歌】は避けては通れない、
というか寧ろ積極的にどんどん聴いていかねばならないと思っています。なので、
谷山浩子さんの本質を知るために、【怖い歌】として紹介されている歌について
取り敢えず動画サイトで検索して聴いてみる事にしました。
(あくまで検討材料としてであり後でちゃんとアルバム買いますよ)

その内の幾つかについて自分なりの解釈を簡単に述べてみたいと思います。

<<<まもるくん>>>
歌詞の不気味さこそありますが、自分はこの歌を怖いとは感じませんでした。
自分の「まもるくん」の解釈は【自尊心】、【虚栄心】、【優越感】といったもので
【自分を護る】という意味での「まもるくん」だと考えました。

それは歌詞中の『のびるふく~ゆるいふく』からで、服は身を守るものであり
【自尊心】、【虚栄心】、【優越感】といった服を着て自分を護っている人の事を歌っている
のだと考えました。新宿地下道ではホームレスを斜め下に見下ろし、
警察官はその権威を笠に着て、
人に見せる為に背伸びして立派なマイホームを購入しその実、中ではローン返済で苦しんで気絶、
しかしそれはみんな同じでありみんなで見ない振りをしている、
そんな、他人との比較による【自尊心】、【虚栄心】、【優越感】といったもので
自身を護っている人達の事を、そしてそんな人々で埋め尽くされているこの世界を歌っている
のだと解釈しました。

ネットの解釈にあった【監視カメラ説】にもなるほどと、特に『壁から斜めに生えている』は
ピッタシハマり有力な説であるとは思いますが自分は「みんなを護る」【監視カメラ説】より
「自分を護る」【自尊心説】を推していきたいと思います。


<<<ROLLING DOWN>>>
曲調こそ恐ろしい感じですが歌詞自体に怖さは感じませんでした。
この歌は恐怖を与えるという様な歌ではなく寧ろ、励まし・応援ソングであると感じました。

色んな事に疲れて安易に楽になろうとしている人に向けて、転がり落ちるのは楽かもしれないが
その先に待っているのは決して幸せなんかじゃないと、
だから安易に楽になろうとする道を選ぶな、という応援ソングだと解釈しました。


他にも【怖い歌】と紹介されている幾つかを聴きましたが
歌詞の不気味さ、不穏さ、不可解さこそ在りましたが「怖い」と感じた歌はありませんでした
次の曲を除いては…

<<<COTTON_COLOR>>>
本当に怖いと思ったのがこの「COTTON_COLOR」です。
最初に聴いた時は幻想的な曲で全然怖くなんかないじゃないかと思ったのですが
ネット記事でその隠された歌詞の事を知りました。
凄惨な内容の歌詞そのものよりもそれを【隠している】というところに怖さを感じます。

そして、この歌を怖いと思った一番の理由は、
この歌詞が【実話】を基にしているというネット記事を読んだからです。
それは、「メアリー・アン・コットン」という英国女性がモデルではないかというもので
彼女は保険金目当てで自分の夫と子供を殺し、そして再婚しては同じ手口を繰り返し
知人等も含めその数は計21人にも及ぶとの事です。

【コットン】という符合の一致、歌詞の内容の一致からもおそらく
この【実話説】は正しいのでは、と思えます。
そしてその場合、歌詞中の【私(僕)】というのは、事件の最後の犠牲者である
(彼女の最後の夫である)コットン氏との子供(男の子)の事になると思われます。

Wikipediaに載ってるくらいの事しか調べていませんが
(気分が悪くなりそうで詳しく調べようという気が起きませんでした)
彼女の犯行の手口が明らかになるのは、最後の犠牲者である
この男の子の検死によりヒ素が検出された事からになります。
ヒ素中毒の影響が脳(頭)や眼球に現れるのかどうか知りませんが
隠された歌詞の『頭・眼球が語っている』というのは上記の事を歌っているのではないでしょうか。

この【実話説】を正しいと仮定して、
谷山浩子さんはこの歌・歌詞をどういう想いで作ったのかが気になります。
ただ偶然の思いつきで作ったのではなく何か想い・伝えたい事があって作ったのだと考えます。

「COTTON_COLOR」は元々上野洋子さんに提供された曲だそうですが
そのオリジナル版には凄惨な内容の歌詞は隠されていませんでした。
その後谷山さんがセルフカバーするにあたりアレンジを考えていた時におそらく偶然
「メアリー・アン・コットン」の事を知り、不思議な符合の一致を感じ
件の歌詞を入れる事を思いついたのではと考えます。

楽曲提供後に偶然思いついた、と考えないと
初めからこの恐ろしい歌詞が出来上がっていた事になり、そうすると
楽曲提供するにあたり歌詞を変更し本当の意味を隠して
(上野洋子さんがシリアルキラーを題材にした楽曲が欲しいとリクエストする訳もないので)
上野さんに贈った事になり、それはそれで谷山さんの想いが解らなくなってしまいます。

上記の事から、後から偶然に生まれた歌詞だと考え
元は恐ろしい意味などなく幻想的な雰囲気の曲であったと思います。

話が逸れましたが、谷山さんがこの怖い歌詞を入れた理由は
「知って欲しかった」からだと考えました。

以下、自分の勝手な想像ですが、
歌詞中の【僕】はおそらく母親からの直接的な暴力、虐待といったものは受けておらず、
母親は表面的には優しく接していたのではないでしょうか。
そんな(表面的には)優しい母親を愛していた【僕】、
しかしその思いと裏腹に母親は毒を盛っていた…
愛する母親に殺されたとは夢にも思わないで死んでいった【僕】、
そんな【僕】がいた事を谷山さんはみんなに少しでも知って欲しかった、
「母親からの愛」が得られなかった【僕】に対してその代わりに【僕】の事を想って祈ってくれる
【僕】が天国へいけるように祈ってくれる事を願って歌った鎮魂歌ではないか
と考え納得する様にしました。

「COTTON_COLOR」は【実話】という別格の怖さがあり
【怖い歌】と紹介されている中で【本当】に怖い・恐ろしいと感じました。


購入したアルバム「白と黒」の中にも1曲「怖い」と思った歌があるので
少し感想・解釈を述べたいと思います。といってもこの「怖い」はちょっと別種なのですが。

<<<SAKANA-GIRL>>>
怖い歌として紹介されている中にも名前の挙がっていたこちらの歌ですがそれは、
歌詞中の【僕】が【きみ】をアヤめてしまってその【きみ】を【魚】と表現し、
捌いているイメージが怖いとされているのだと思います。

自分がこの歌を怖いと思ったのは、この「歌詞」を作った谷山浩子さんの発想が凄い
という意味で怖さを感じたからです。

この歌を聴いた時のイメージは【魚】は【きみ】ではなく
普通に魚屋で買ってきた【魚】だと思いました。

【僕】は「性」を売っているお店で初めて「女性」というものを知りその相手だった【きみ】に対し
「【僕】は恋をした・これは愛だ」と勘違いし、さらに
「【きみ】も【僕】を愛している、【僕】を特別に思っている」と勘違いした
という設定が思い浮かびました。

(付き合っている「彼女」であれば歌詞の『忘れた』という表現には違和感があります。
仮に、一時的に【僕】の事を忘れて浮気したという表現であるとしても
「裏切った」と書かず敢えて『忘れた』と表現する意図が
全文を通して読んでみても無い様に思われました。
上記の事から【僕】と【きみ】は彼氏彼女の関係ではなくまた『忘れた』と言っている事から
ある程度の面識はあったと考え「商売、客」との関係と考えました)

しかし、当の【きみ】は【僕】の事など特別に思っておらずそれどころか
客としての顔すらも覚えていなかった、
その事に対し激しく怒りを覚えたが、【きみ】に対し何か直接的な行動を起こすでもなく
その怒りを内に抱えたまま帰りの道すがらに魚屋で売られている魚を見て
棚に並べられ商品として買われるのを待つだけの【魚】を【きみ】と重ね
【僕】の怒り、愛などではなく【支配欲】【独占欲】だったそれを
【魚】を【きみ】に見立てる事で満たそうとしている男の狂気を歌っていると解釈しました。

この発想が(正しいと仮定してですが)女性である谷山さんから生まれた事が凄いという意味で
「谷山浩子恐るべし」と感じました。

【きみ】≠【魚】という解釈を述べましたが実は【きみ】=【魚】説も捨てきれずにいます。
それは、曲の最後のバイオリンの音が、何か無心にノコギリをひいている様な
またはチェーンソーの音にも聞こえて、魚を捌くのにそんな道具が必要な訳もなく
一体何を捌いているのか…
谷山浩子さん、、、一筋縄ではいかないな…


前回のブログで、「恋するニワトリ」のシングルマザー解釈が生まれた原因について
アニメーションが問題であると書きましたがそれは安易な考えであったかも知れません。
熟練の谷山浩子ファンは谷山さんが一筋縄ではいかない事を熟知しており
そのために深読みした結果であったのかも知れません。

また、同じく前回ブログの「カントリーガール」での【僕】が【カントリーガール】の行動の仔細を
知っていた理由について「【僕】が幽霊説」を挙げましたが
谷山さんの【諸行無常】【厭世観】が根底にある事を考えると、
挙げた説の中で唯一筋が通っていただけにこれが正解なのかもしれないと思えてきました
…悲しいので絶対に認めませんが。。。

色々曲を聴いて谷山さんを知れば知る程本当に一筋縄ではいかない人だと改めて思わされました

取り敢えず次のアルバムは曲数も多く色んな曲が幅広く収録されている「花とゆめ」と
最新のアルバム「月に聞いた11の物語」を購入する事に決めました。
まだまだ深そうな谷山浩子ワールドにずぶずぶ浸かっていきたいと思います。

先日ちょっと「恋するニワトリ」(作詞作曲:谷山浩子さん)を聴く機会がありました。
曲名を聞いた時はどんな歌だろうと思っていたのですが、いざ歌を聴き始めると
「あ、聴いた事ある」と思い、どうやら昔「みんなのうた」でやっていたそうで
なるほど、それで聴いた事ある訳ですね。

採卵用の家禽としてのニワトリ視点で描いてる面白い歌詞だなぁ、と
そこから作者の谷山浩子さんに興味を持ち、谷山浩子さんの歌で
タイトルから良さげなのを適当に5~6曲選んで聴いてみました。

その中で出遭った1曲が「カントリーガール」でした。
最初(1~3番)の歌詞を聴いた時は、男を見る目がない女の子なんだなあカントリーガール、と
聴いていたのですが、最後(4番)のそのオチを聴いて初聴きした歌ですが
思わずウルッと涙してしまいました。

そしてこの「カントリーガール」が作られたのが1980年と知ってさらにビックリ。
こんな良い曲が在って、それもかなり昔から在ったのに今までずっと知らずにいた事を
本当にもったいない事をしたと感じました。

「恋するニワトリ」にしても「カントリーガール」にしても
谷山浩子さんは歌で話・ストーリーを作るのが上手い人だなあと思い、
まだまだ自分が知らない名曲・良曲が在るかも知れないと、谷山浩子さんのCDを買おうと思い
取り敢えず「恋するニワトリ」、「カントリーガール」の2曲が入ってるアルバムがないか
と探したところ、つい最近(2017年)にシングルコレクションのアルバムが出ており手に入り易く
しかも目当ての2曲とも入ってるという事で
「HIROKO TANIYAMA 45th シングル コレクション」を購入しました。

50曲も入っており、お得感は半端なく全然満足しているのですが、想定外が1点。
各楽曲について谷山さんのコメントが載っているのですが「カントリーガール」でのコメントを見て
「え?なんだと!?」、、シングル盤は3番までで悲しいところで終わっていると。。。
たしかに歌詞カード見ても手紙を書いた「僕」が出てこないところで終わってる…。

まあ、「カントリーガール」が4番まで収録されている他のアルバムを買う事でまた
谷山さんのシングル以外の楽曲と出遭えるチャンスが増えましたね。


以下、「恋するニワトリ」、「カントリーガール」についての感想・解釈について
少し述べたいと思います。

<<<恋するニワトリ>>>
谷山浩子さんのCDを探している中で、
この歌がシングルマザーの歌であるという解釈をみました。
なるほどそう解釈できなくもないとは思いますが、
普通に、素直に、採卵用のニワトリが卵を産む理由、
毎日無感情に、ただの産卵マシーンとして卵を産んでいるのではなく、
実はこういう気持ちで産んでいるのではないかなあ
という想いから作られた歌だと思います。

シングルマザー解釈が出た一番の要因は
「みんなのうた」で付けられたアニメーションにあると思います。
「卵をうみました」の後にヒヨコが孵っている事、
無精卵であるはずなのにヒヨコが孵っている絵が付けられている事が原因だと思われます。

シングルマザー解釈では
「かなわぬお方」=既婚者、身分違いの恋(今の時代に即していない?)、道ならぬ恋という解釈で
独りで産んだという事はそういった立場・状況を考えてという事だと思いますが
そうすると色々とちぐはぐな部分が出てくる様に思います。
例えば
「わたしはここよ」と呼びかけるところ…道ならぬ恋である事を自覚していながら
相手に振り向いて欲しいとなってしまいます(まあここは複雑な心境と解釈できなくもないですが)。
普通の恋・初恋として素直に相手に振り向いて欲しいと受け取るのが一番の様に思います。

「貝殻食べても~」について、普通の恋・初恋とする場合は、
固いものを食べて自分も鉄(風見鶏)に近づこうとする健気な・いじらしい心境になると思いますが、
道ならぬ恋とする場合、ここもそれを自覚していながら相手に近づこうとする解釈で
妻帯者の「お方」に近づき正妻に成り代わろうとする解釈となってしまいます。
さらに「貝殻はじける~」の解釈について、
普通の恋・初恋の場合は、切ない恋心・初恋の胸の痛みという解釈が成り立ちますが、
道ならぬ恋だとすると、相手が既婚者でその妻が傷つく事が分かった上で自分の恋の痛みを語る
という切なさとは程遠い何だか良く判らない心情になってしまいます。無理矢理解釈するなら
良心の呵責で胸が痛んでいるといったところでしょうか。

(貝殻を食べさせるのは卵の殻を固くするために実際にある様です。谷山さんが実際に取材して?
そういう現場を見たのか判りませんが、そこから「鉄になろうとしてる~切ない恋心」の歌詞・表現
にまで昇華させているのが面白い発想だなと思います)

上記の様な事から、普通にニワトリが風見鶏に恋をした話であると
そのまま受け取るのが自然な気がします。
また、谷山さんのコメントにも「ニワトリが風見鶏に恋をした創作話が基になっている」とあります。

やはり、一番の原因は「独りでヒナを育てました」という歌詞がある訳でもないのに
無精卵が孵る絵を付けてしまった事で、シングルマザー解釈が生まれたのかなと考えます。


あと、解釈とは関係なくどうでもよい事ですがアイドルが歌っている恋するニワトリのバージョン、
何故「元気がないのごめんな【さい】」の所で上がって歌うのでしょうか。。。
オリジナルの小さく短く【さい】と歌うのがかわいいのに。
アイドルとしてかわいく歌うのなら尚更オリジナルの方がかわいくて良いのに…。


<<<カントリーガール>>>
カントリーガールの歌詞の凄い・素晴らしい、と思うところは
サビのリピート・繰り返しがもの凄く効果的に機能しているところです。

他の多くの歌では、サビの繰り返しはメッセージ性の強調といった意味で、
同じフレーズを「同じ意味」の言葉として繰り返して使われていますが、
このカントリーガールでは、物語が進行していく中で繰り返されるそれ
『きみの目の中で夕焼けが燃える~きみの微笑みは草原のにおいがする』
は同じフレーズでありながら全て「違う意味」を持った言葉として使われています。

この物語(歌詞)の登場人物は
【カントリーガール】、
【長い煙草をキザにくわえた男】(以下【キザな男】)、
そして最初からいたけど最後(4番)になって初めて出てくる【僕】、
の3人です。
(おしゃれな娘は重要ではないのでカウントしません)

サビの部分は物語(歌詞)の中で4回繰り返されますが
1回目は
【僕】が【カントリーガール】に恋をした瞬間の【僕】の心の中の言葉として、
2回目は
気になっていた【キザな男】がくれたラブレターの中の言葉として、
3回目は
【キザな男】に捨てられた後も【カントリーガール】の心の中に残った言葉として、
4回目は
真実とともに語られる【カントリーガール】への変わらぬ【僕】の想いの言葉として、
フレーズとしては同じですが全て違った意味を持って繰り返されています。


地方から都会の街へ出てきた田舎娘【カントリーガール】。
お古のスカートを恥じらいつつも履き続ける理由は、お金に余裕がないという事で
田舎から都会へ出てきた目的は出稼ぎでしょうか。
それとも自分の夢を叶える為に都会に出てくる必要があり、夢が最優先でおしゃれは二の次
という事なのかも知れません。はたまた田舎の家族との思い出深いエピソードがあったりする
お気に入りのスカートなのかも知れません。

見るもの聞くもの新鮮で、多少の気後れは感じながらも持ち前の明るさ・好奇心で
元気に街を出歩く【カントリーガール】。出逢う人や物に対して感情豊かに
ときめき、驚き、微笑む、そんな【カントリーガール】にいつしか恋をした【僕】。
【カントリーガール】を育んだ故郷・田舎へも思いを馳せ、誰にも知られる事のない
【僕】の【カントリーガール】への想いが語られる1番の歌詞。

2番3番で、【カントリーガール】は気になっていた【キザな男】と付き合いそして捨てられる
事になりますが、【カントリーガール】は【キザな男】に本当に恋をしていたのでしょうか。
たしかに田舎には居ないタイプの都会の洗練された立ち居振る舞いに目を惹かれていたのかも
知れませんが【カントリーガール】が付き合う事を決めたのは手紙の中にあったあのフレーズに
(もちろんその前後にも【カントリーガール】への想いが綴られておりそれも含めて)
心惹かれるものがあったからこそだと思います。

その証拠に【キザな男】に捨てられた後も【カントリーガール】の心に残り思い出されるのは
【キザな男】の所作や煙草の匂いなどではなく(外面的なものに惹かれていたのではなく)、
手紙に書かれていたあの言葉であり、
手紙から感じた自分に対するあの想いは嘘だったのかという
【キザな男】の気持ち(内面)への想いであり
それに対して泣きながら呟く事をしています。

実はその手紙を書いたのは1番で【カントリーガール】への想いを語っている【僕】が代筆したもの
だと物語(歌)の聴き手には明かされます。
なので【カントリーガール】への想い・手紙の言葉自体には嘘はなく
【カントリーガール】が手紙から感じた想いは間違いなく本物なのですが
そんな事【カントリーガール】は知る由もなく訳も分からず泣くしかありません。

おしゃれな娘にのりかえたのを見て
自分が田舎っぽいから捨てられたのかと考え一度はルージュを塗ってみるも
やはりあの言葉を思い出す【カントリーガール】。
その瞳と微笑みの中に愛おしいキミを育んだ故郷が見える、
「今のキミ」・「ありのままのキミ」が好きだと言ってくれたあの言葉を。

都会に出てきた田舎娘は他にも多く居たのでしょうが変に都会に染まってしまう姿を
これまで【僕】は数多く見てきたのかも知れません。
そんな中にあって明るく元気に変わらずにいた【カントリーガール】に恋をした【僕】、
そして、ルージュをすぐに拭い「おしゃれな娘」になることをやめ、
ありのままの自分を好きだと言ってくれたあの言葉を信じる事にした【カントリーガール】、
この二人には本当にうまくいって欲しいと思います。


以下、余談ですが
ちょっと気になるのが【僕】の立ち位置、物理的な立ち位置についてです。
『今すぐ後ろを~ここにいるよ』これはキミを想っているやつはすぐ近くにいるよ気付いてくれという
あくまで比喩的な表現で物理的距離ではないと解りますが(そう思いたい思わせてください…)、
『きみは鏡に映った~呟いてたね』、『真っ赤なルージュ~拭き取ったのも』については
【カントリーガール】のプライベートな空間・同じ部屋の中に一緒に居た等しないと
分からない事になります。

どういう状況だったらあり得るのか、納得できるかとまず考えたのは、
【カントリーガール】は仕事場の隅で上記の様な行動をしていた、
多少なりとも人目に着く場所で鏡に向かって呟いたり、ルージュ引いたり、涙したりしていて
【僕】はそれを見ていた、と。
しかしその行動内容や【カントリーガール】の性格から考えて職場で
仕事中にそんな事をしていたとは思えず却下。

次に考えたのは【僕】がこの世に存在しない・実体を持たない存在であるというもの。
手紙を代筆したのは【僕】であると明かされているのでそれまでは生きており、その後命を落とし
幽霊となった後も【カントリーガール】をすぐ近くで見守っていると。
…一応筋は通るかもしれませんが、これでは決して二人が結ばれる事なく悲しすぎるので却下。

他は、【僕】が【カントリーガール】に近しい存在、同じ部屋・ひとつ屋根の下で暮らす間柄
兄弟であるとか親類縁者の関係。しかしそれだと【カントリーガール】を見て田舎の風景を想うのは
違うなと却下。

あとは、カメラで盗撮していたというのがありますがイメージ(物語の舞台・時代)に合わないし
ストーカーになってしまうので却下です。

 余談の余談。
 自分が歌・物語から感じる話の舞台のイメージは、
 おそらく他の方もそう感じていると思うのですが日本ではなく、西欧辺りの石畳の似合う町で
 しかも時代も今から50年以上前といったイメージです。
 <恋するニワトリ>、<カントリーガル>を聴いた限り谷山浩子さんの原風景は日本ではなく
 西欧辺りにある気がします。おそらく小さい頃出遭った小説や漫画、ドラマのイメージ
 なのではないかと勝手に想像しています。

 あと余談ついでに、
 【カントリーガール】への想いを持ちながら代筆を断れなかった【キザな男】と【僕】の関係について
 厳しい縦社会の兄貴分弟分・先輩後輩という関係で頼み(命令)を断れなかったのか、若しくは
 幼い頃からいじめっ子いじめられっ子の関係で【僕】の【カントリーガール】への気持ちを知りつつ
 【キザな男】が底意地悪く代筆させたのか。
 おしゃれな娘にすぐにのりかえたところを見るとおそらく後者なのだと思います。


と、色々考えたのですが【僕】が【カントリーガール】の行動を知っている納得できる理由が
どうにも思いつかず、もうあまり深く考えない様にしました。
名曲であることには変わりないですからね。

取り敢えず今はアルバムの曲をじっくり聴いて未だ自分の知らない名曲に出遭えるよう
谷山浩子ワールドに浸りたいと思っています。

ブルーハーツの曲の中で好きな曲というと
「月の爆撃機」、「僕の右手」、「世界のまん中」、「星をください」、「情熱の薔薇」、
「ロクデナシ」、「イメージ」等がありますが、その中でも一番好きな曲が「月の爆撃機」になります。
ということで今回は「月の爆撃機」の自分なりの解釈です。

前回までと同様、歌詞原文は載せませんが歌詞と対応する様に意訳・自分なりに解釈したもの
を書いていくので別窓でどこかの歌詞原文と比較しながら見ていただければと思います。

~~~~~~~
月の爆撃機【独りでなにかを決めて進む人への応援歌】
~~~~~~~
誰も俺の邪魔をさせない
俺が自分で、独りで決めた事だ
俺がこの道を進むと決めたんだ
この夢に向かって進むんだ
誰にも俺を止める事は出来ない

思い立ったきっかけはほんの些細な事だけど
この道の先にちゃんと辿り着けるかわからないけど
この夢が叶うかどうかわからないけど

今まで引き籠ってた俺だけど、
自分だけの世界に閉じ籠ってた俺だけど、
ついにこの俺様が動くぜ、
やるぜ、やっちゃうぜ
今まで俺をバカにしてた周りの奴らよ
どうする、ついにこの俺が動いちゃうぜ
いいのか、ビックリすんなよ?後悔すんなよ?
それともやめてやろうか?

思い立ったきっかけはほんの些細な事だけど
この道の先にちゃんと辿り着けるかわからないけど
この夢が叶うかどうかわからないけど

俺が独りで決めた事、誰も中に入らせない
誰にも邪魔させないと決めた
独りで進んでいくと決めた俺は
本当はちっぽけで不安はデカいけど…

(間奏)
{
周りに何もない空を、天高くうっすら光る月明かりだけの空を
オンボロの飛行機がポスンポスン音を立てながら不格好に飛んでいるイメージ


今までずっと内に閉じ籠っていたから
本気でなにかを目指した事がなかったから
まっすぐ進んでいけるか、
ちゃんと飛んでいけるかわからないけど
夢に、目的地に辿り着けるかわからないけど
独りで進んでいくと決めた俺は
本当はちっぽけで不安はデカいけど…


迷わずに進めるよな
途中、挫折する事もあるかもしれない、
失敗する事もあるかもしれない。
誰かに諦めろと言われるかもしれない、
でも、お前が、俺が一度決めた事だ
突き進むだろ、諦めないだろ

思い立ったきっかけはほんの些細な事だけど
この道の先に希望があるかわからないけど
この道の先に辿り着けるかわからないけど
この夢が叶うかどうかわからないけど
突き進むよな
~~~~~~~
~~~~~~~
この歌詞の登場人物は二人(一人と一グループ)だと思っています。
「独りで何かを決めて進む・夢に向かって進む事を決めた」【僕】、と
「かつて同じ様に独りで夢に向かって進む事を決めた、一歩先を行く」【先達】です。

そして歌詞に出てくる、「月」と爆撃機が向かう先の関係については、
【僕】が今まで内に閉じ籠っていた自分だけの世界、心の中で想っていただけで
実際には・現実の社会では何も行動を起こさなかった【僕】がいた世界=「月の世界」であり、
夢を実現させる為、その月の世界から飛び出して向かう先が、
現実の社会・外の世界・表の世界=「地球・地上」だと解釈しています。

現実社会=地球に付かず離れずにある、未だ社会に出ていない、閉じ籠った自分の中だけ
の世界=月、そんな月の世界から飛び出して、地球=現実の社会へ立ち向かう・進もうとする
【僕】を応援する歌であると思っています。


もう少し具体的な例を上げて歌詞の解釈を述べてみます。
独りで何かを決めて進む、【僕】のその「何か・夢」を
「人々をアッと驚かせる様な音楽・聴いた人の世界を変えてしまう様な歌を歌う事」とすると
夢に向かって一歩先を行く【先達】は、自分の音楽・歌を、外に・社会に向けて発信している
甲本ヒロトさんといえると思います。

音楽の道に進むと決めた【僕】、
周りの大人、親や先生は成功するはずが無い、叶うわけない、諦めろと言う
でも今まで自分の内に秘めていただけの想い、なりないな・なれたらいいな位の想いだったものを
本当に現実のモノとする為に、初めて表に出して、一歩を踏み出し
この夢に進むと、僕が、自分で、独りで決めたんだ、誰に文句は言わせない
他人から何を言われても止める事はない

、という決意の固さ、自分の意思の強さを表している一方、

なれるわけない、諦めろと言われた反発からの絶対に成功してやる・なってやる、という思いと
でも夢が叶うか成功するか、やはり本当は不安もあるため実は俺は凄いんだ・やればできるんだ
という想い、未成熟故の万能感・中二病的な想いの顕れから、世界に衝撃を与える事が出来る
「伝説の爆撃機」であると自らを大きく見せ、自分を鼓舞している

、という不安・弱さも表しているのだと思います。

「伝説の爆撃機」に乗って、操縦桿を握っている【僕】だけど、
コクピットの中にいるのは当然独りで周りに誰も居らず、やはり不安で
しかも「伝説」になるほど今までずっと使われずにいた「爆撃機」、
(=何の根拠もなくやればできると思い込んでいた、自分の内の世界の奥の方で埃を被っていた、
実際には何もやらなかった・動かなかった「自分」)
本当は一度も外に飛び出した事が無い飛行機で、
実はポンコツでまともに飛ぶ事が出来るかどうかも分からない

自分だけの世界にいた頃は、自分の想い・自信の大きさは月のデカさ位あったけど
実際に外に・社会に飛び出してみたら、月の中に小さく小さく動く黒い点・黒い影でしかなく
その月の大きさに対しての影の小ささ、その差が【僕】が感じてる不安のデカさなのだと思います。

そして、解釈の中の「迷わずに進めるよな~」からは【先達】の言葉で、
「俺も今夢に向かって飛んでいる、お前も来るよな、不安に押し潰されて終わったりしないよな」と
今まさに一歩を踏み出した【僕】を、目指す夢の一歩先を行く【先達】甲本ヒロトさんが励ましている
そして、その「夢」は音楽の道に限らず、何かを決めてそれぞれの夢に向かって進む全ての人へ
向けて、かつて同じ様に悩んで夢に向かって進む事を決めた【先達】がいる事を伝え、励ます
甲本ヒロトさんなりの応援歌であるというのが「月の爆撃機」の自分なりの解釈となります。


ネットで「月の爆撃機」の解釈を見てみましたが様々でした。
抽象的な歌詞であるが故に人によって色んな解釈があり
ブルーハーツの歌が歌い続けられる理由はまさにそこにあると思っています。
現実社会を直接的に、写実的に、物語的に描写しているわけではないので
時代が変わって、聴く人が変わっても抽象的な歌詞から、その人なりの解釈を持って
聴いた人の心に響くものがあるからこそ、これからも歌い続けられていくだろうと思っています。

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