2009年12月08日

狂気のグラデーションについて考えてみる―――『神器―軍艦「橿原」殺人事件』

『海底八幡宮』に引きつづき、本から話が逸れて妄想に走る感想文シリーズ(いつの間に、シリーズに?)。

さて、本題に入る前に。

これ、オビの文句から推理するに
ミステリーファンにも売ろうとしてるんだろうけど
純粋なミステリーファンは、買っちゃダメ。
同じ作者に「グランド・ミステリー」という作品があるが
それを友人に貸したところ
「最後までミステリーと信じて謎解きに挑戦したけど、
これはミステリーじゃないじゃないか!」と怒られた。
同じことになると思います。

上巻のオビによれば
「ミステリー、軍記、そして純文学。
ジャンルを超えた大作、刊行!」
「昭和20年、軍艦内で起きた変死事件の謎を解く鍵は、平成の日本に隠されていた。」
とのことで、まあ、嘘は書いていないのだが。
実際、探偵小説好きの上等水兵・石目が、殺人事件の謎解きに挑戦する、
という「一面」もあるから。
しかし、ここがメインでは、決してない。

敗戦の色濃い太平洋戦争末期に
沈められることがほぼ確実な軍艦内と
そこにつながる「別の空間」で起こる、さまざまな出来事。
そこに絡まる多くの登場人物の想い、
そして、個人と空間(別の空間も含めて)を浸食していく「狂気」がメインテーマなんじゃないかと思う。

とはいえ。

ネタバレをしてしまうと読む楽しみが減るタイプの小説であることは確かだし
話を逸らしたい気持ちも強いので
以下、ストーリーにはほとんど触れない、話がそれまくりの感想文。


まず最初に思ったのは
「自分、兵隊さんには向いてないだろうなあ(シミジミ)」ということ。

軍艦橿原には「秘密の任務」があるらしいのだが
自分が乗っている軍艦の任務はおろか、行き先さえ分からないっていうの
わしには、ちょっとムリ。

素早く指示どおりに動くことが大切なのだから
いちいち理由の説明なんかしている場合じゃない、という戦時の理屈はわかるのだが
わしは理由もわからず動くのが、何よりも苦手なのだ。
ついつい我慢できずに
「どうしてですか?」
「どこへ行くんですか?」
とか聞いて、上官に殴られること間違いなし。


そして次に思ったのが
「てか、自分、戦争に向いてないわ(しんみり)」ということ。

極限状況の中、軍艦内はどんどん、ある種の「熱狂」に包まれていく。
「任務をこなすしかない」という諦めに近い心理状態にいた下級兵士たちも
上層部の演説を聴き、心を一つにする儀式を行ううちに
狂気ともいえる一体感に包まれていく。

これに乗れない、石目上等水兵。
出撃前に甲板に水兵を集めて門馬中将が演説をする場面で。
 一合の酒を飲み終えた俺は、堀江上水が下戸だったことを憶い出し、酒飲みに特有の意地汚さを発揮して肩をついたら、いきなり手を払われた。気のいい堀江上水にしては嫌に邪険で、おかしいなと思って窺えば、どうやら堀江上水は門馬中将の話に集中する様子である。堀江上水だけではない。気が付いてみれば、周りの者らは誰も亀の子よろしく首を長く伸ばして、聴き取りにくい言葉に一心に耳を傾けているではないか。俺はなんだか空恐ろしい気がして、軍刀に顎を載せる格好で話し続ける貴人将軍の方へ顔を向けたとき、正面からカンテラ(※原文では漢字。変換できないのでカタカナを使用。以下同)の光がいきなり浴びせられ、俺は周りと一緒に手を眉に翳した。
 前方で光を遮って一人の水兵が立ち上がった。背のひょろっと高い、眼鏡をかけた猫背の男だ。男は酔っぱらっているように腰をふらつかせると見えたが、門馬中将に何事か問いかけられるや、翼を畳んだ猛禽めいた肩甲骨を聳やかすと、赤剥けた声を夜空に放った。死にます! 死んで御国にご奉公いたします! 猫背がどすんと尻を甲板に打ち付けて座ると、カンテラが隣の男へ向けられる。光を浴びた者へまた門馬中将が問いかけ、すると猛然たる勢いで立ち上がった男は、自分も死にます! 死んでご奉公いたします! と前の男に負けぬ声量で叫ぶ。男が座れば三番目の男が立ち上がる。
 ここにいたって俺は門馬中将が一人一人の覚悟を確かめているのを理解し、こんな際に、死ぬのは絶対ご免です、なんていえる剛胆な人間がこの世に存在するわけがないと、皮肉に思う一方で甲板上を押し包みはじめた異様な熱気に圧倒されてもいた。

(中略)
 
 海軍へ来てからというもの、このとき以上に俺は孤独を感じたことはない。天性のおべっか者である俺であるならば、ここは赤誠露わに印象的な文句で以て覚悟のほどを述べたて、門馬中将の目を細めさせるべきであった。あの者は誰だと、貴人将軍の目にとまるべきであった。ところが、なんだこりゃ、なんだこりゃ、と叫んで回る恐慌の獣に躯を押さえつけられた俺は身動きがままならず、ただ脇に立つ士官連の目にとまらぬことだけを祈った。
(上巻400〜401p)(太字は原文通り)

・・・わかる。
わしも、このタイプ。
おぉっ! と、みんなが一丸になって盛り上がろうとしている場面になればなるほど
心の中で一人ツッコミを入れてしまい、うまく熱狂に入れない。
それで、途中で
「あ、やばい。もっとこう、素直に聞かなければ。
落ち着け、落ち着くんだ、自分。
落ち着いて熱狂の渦に入れ。
イヤ、この場合は、落ち着いたらよけいに熱狂できないわけで
落ち着くな、と言うべきなのか。
落ち着くな、落ち着くな、自分。
って、バカ?(ぷ)」
などと考えて、より一層、輪の中に入れない。。。

この場面を後から振り返る石目上等水兵。
これにも深く共感。
 
しかし、あれは全体に何であったのか―――。出撃に向けて一致団結、決死報国を誓い合ったというわけだけれど、人々の熱狂ぶりは尋常ではなく、とても正気の沙汰とは思えなかった。俺がそもそもああいうのが苦手というのはある。ああいうの、とは、つまり集団をなした人々がやたら神がかって感激したり泣いたりするようなやつで、中学の卒業式、同級の者らが肩を組み、俺たちは永遠の仲間、同期の桜だ、などと口々にいながら涙を流すのを見て寒気がした。出征兵士の壮行会の類も嫌いで、自分の出征のときも恥ずかしくて万歳にこっそり耳を塞いだ。宗教に限らないけれど、宗教がかったのは大体駄目だ。
(下巻20p)

あぁ、戦時中にこの性格はキツイ、寂しい、孤独だ。
しかし、戦時中でなくても、こういうことはあるわけで。

こうなると
「結局は、自分、集団行動に向いてないわけだ(ヤケクソ)」ということになる。


この話では、第5倉庫にある「あるもの」を中心として「狂気」が艦内に広がっていく。
石目もそれにまったく犯されていない、というわけではないのだが
「狂気」はグラデーションをもって、広がっている。

一番「狂気」の濃いところにいるのが、指導層なのだが
その下の者たちにはかなりの濃度差がある。
狂気から離れて、断固として「これはおかしい」と闘うものもあれば
どこまで「あるもの」を信じているのかいないのかは不確かだが、ここに乗っかっているほうが自分が上昇できる(沈む運命の船の中で地位が上がってどうするんだ、と思うのだが、それも狂気のなせる業か?)と思い、すすんで狂気に巻き込まれていく者
石目のように「おかしい」と思いつつ、上官に逆らえない者、などなど。

そして徐々に、狂気から離れた者は粛正され
止めるもののなくなった狂気は、より一層艦内に蔓延していく。

ここで大きなポイントとなるのは、狂気の中心である「あるもの」。
これは、この時代、誰にも否定しきれない「絶対」である。

狂気を否定することは「あるもの」を否定することだ、
という理屈の下、狂気は誰にも否定できなくなり
猛威をふるっていく。

これは、戦時中、軍艦内という特殊状況ではなくても
充分にあり得ることなのではないだろうか。


「あるもの」は、ある集団にとっては「教義」であったり
他の集団にとっては「イデオロギー」や「思想」というようなものであったり
もしかしたら、ある集団では「憎しみ」や「愛」といった感情であるのかもしれない。

もちろん、そんなものを持っている集団がすべて「狂気」に苛まれるわけではないだろう。
そうであるならば、すべての宗教団体や政党などの団体も「狂気」の産物になってしまうわけで
いくら私でも、そんな大胆な説はとらない。

ただ、それらが「閉じた」集団になったとき
「狂気」が忍び寄る危険があるのではないか。
という不安が、私にはある。

周囲の、自分たちとは異質の人々と比べてみれば
自分たちが信じているものも「絶対」ではないかもしれないと、考えられるはず。
そうすれば「信じてはいるが、周囲と比べてあまりにも変だと思えば指摘する」ような健全さが、保たれると思う。

しかし、閉じてしまうと、そうした比較検証行為が不可能になり
構成員は健全さを失い、
それでも踏ん張って健全な精神を保っている人は、排除されていく。


では、軍艦のように物理的に「閉じて」いるのではない集団が
「閉じて」しまうのはどんなときか。
と考えると、外部から攻撃された、または構成員が攻撃されている、弾圧されていると考えたときではなかろうか。

そんな「戦時下」においては、いちいち「あるもの」に疑問をはさむやつは
邪魔である。
一致団結を阻み、敵を利する「敵」になる。

もちろん狂気なんていつでもグラデーションで、
こんな集団にいなければ安心、というわけではないし
自分は狂気と無縁の正気の固まり、というつもりもサラサラないのだが
できれば、グラデーションの薄いところに踏みとどまっていたい
と思う私は、どんな集団に入るのも苦手だ。


また、もう一つ思うのが、この狂気のグラデーションは
「個人の中」にも存在するのではないか、ということ。

「あるもの」に触れなければ、極めて理性的でいい人なのに
話題が「あるもの」に近づくと徐々に不穏な言動をとるようになる人
というのも存在するように感じ
これも私を不安にする。

その人にどう対すればいいのか、という不安と
自分も気づかずに「あるもの」を抱え、人を不安にさせているのではないかという不安。

とまあ、こういったことを考え始めると自分の存在自体が不安になるわけだが。

とりあえず。

戦争という非常事態に巻き込まれるよりは今はマシな状況
と考え、一時の心の平安を保つのであった。

それと同時に。

こういうのに巻き込まれるのが嫌いな上、苦手な自分としては
極めて利己的な理由で「戦争反対!」と言い続けるのであった。

gegenga at 16:38│Comments(2)TrackBack(6)こんな本を読んだ 

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1. 『どうするオバマ?失せろブッシュ!』 マイケル・ムーア著 を読みました。  [ 大津留公彦のブログ2 ]   2009年12月08日 23:06
『どうするオバマ?失せろブッシュ!』 マイケル・ムーア著 を読みました。 アメリカ大統領選の前に書かれた本なので時事的にはタイムリーではないがマイケル・ムーアという人の考え方のスタイルがよく分かる。
2. 「海兵隊は辺野古ではなくグアムへ返せる!」という  [ 大津留公彦のブログ2 ]   2009年12月10日 22:00
伊波洋一宜野湾市長の調査ではそもそもアメリカの本音は海兵隊をグアムに移したいようだ。  だが思いやり予算が付いた新基地をタダで作ってくれるというのにわざわざ断ることはないというのがアメリカのスタンスだ。
3. ミニ論争の記録  [ 大津留公彦のブログ2 ]   2009年12月11日 00:43
鳩山首相の母親からの資金について2009年11月27日 (金)の記事でこう書いた。 鳩山首相の資産報告訂正は5億円以上 鳩山首相の7年間に及ぶ資産報告訂正で、訂正した資産の総額は、5億円を超すという。
1972年の沖縄の日本への返還をめぐって「即時・無条件・全面返還!」というスローガンが言われた。 今、普天間基地は「即時・無条件・全面撤去!」がスローガンでなければならないと思う。
5. 30分で資本論を読んだ  [ 大津留公彦のブログ2 ]   2009年12月14日 22:46
私は資本論を読み切ったことがない。 学生時代と社会人になってからの計三回トライしたがいずれも挫折している。 どこまで読んだかも忘れたが多分半分位で止まっていると思う。 それを30分で読んだ。 「武士道」で紹介した「まんがで読破」シリーズでだ。
6. 天皇の国事行為  [ 大津留公彦のブログ2 ]   2009年12月18日 00:17
習中国副首相の天皇天皇面談のセットは誰がしたのか? 胡主席が副首相時代の訪日の前例に合わせた中国のごり押しがあったのか? ごり押ししたのは民主党小沢幹事長という話だったがここに来て元首相(中曽根氏?)という話が出ている。

この記事へのコメント

1. Posted by 珠   2009年12月09日 13:51
もうずっと前ですが、全校で体操や行進、合唱したり。真面目な生徒ほど教師の求めに一生懸命応えて高揚してしまう。教師も「全員が一体となって云々」と褒める…そんな時、自分も高揚しながら、高揚している自分をイヤだな…と心の一隅で見つめていたことなどを思い出しました。

「自分は狂気とは無縁でなく、グラデ−ションの中にある」、むしろ、それだからこそ、薄いところで止まろうとする思いが生まれるのだなとつくづく思った次第です。
2. Posted by gegenga   2009年12月09日 21:40
>珠さま
私、学校のこういったものがすべて苦手で、苦手で。
このために、中学時代、フルに学校にいくことができませんでした(具合が悪くなって、週に1回ずつぐらい休んでいました)。

中学、高校の頃って「学校がすべて」って思いがちで、そういった意味で、子どもたちにとって学校は「閉じた」空間なんだろうと思います。
それを開いてあげるのは大人である教師の仕事なんだと思うのだけれど、今にして思うと、教師自体「閉じた」空間が好きな人が多かったような気がします。
今でも、学校時代の悪夢を見ます。。。。。

>「自分は狂気とは無縁でなく、グラデ−ションの中にある」、むしろ、それだからこそ、薄いところで止まろうとする思いが生まれるのだなとつくづく思った次第です。

私もそんな風に考えてこれを書いたので、こう言っていただけると、なんだかとても嬉しいです!
狂気と正気に明確な境界はなくグラデーションだ、っていう考え方って、なかなか受け入れてもらえないんじゃないかと思っていたので。

「あいつ、あぶねぇんじゃね?(ニヤニヤ)」みたいな人たちにこそ、私は、本当の危なさを感じる。

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