広島県福山市神辺町上御領奈良原地区と岡山県井原市高屋町銀山谷地区の境に立つ
「法華山」の山頂(標高280m)に「お月山(おつきさん)」と呼ばれる巨大な陰陽石がある。

桃の形をした巨石は真ん中で割れており、割れ目の右側に陰刻の
「三日月像」と「月天菩薩」、左側に陽刻の「弘法大師像」が刻まれている。
この割れ目が備後・備中の国境を示す「国界石」でもある。

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以前は麓の両地区の住民が冬至の日に祭りを行っていたそうだが、
7、8年前に途絶えたそうだ。

この「お月山」周辺には驚くべき話がある。

一、「冬至の朝、陰陽石の後ろにある遙拝石から東方を見ると、割れ目の真ん中から太陽が昇る」

二、「陰陽石の背後から西へ100m程の間に5個の『国界』と彫られた石が並び、
      石の尖角と文字の中心が全て東南(冬至の日の出の方位)を向いている」

「国界石」②文字_R


三、「5個の国界石をつなぐとW字になり、カシオペア座(和名:錨星・山形星)を表し、
      その中心軸の北延長線上約1kmの地点に巨石数個からなる石室があり、
      さらに延長線上の空に北極星が望める」

というもの。

三、の石室は井原市教育委員会の資料によると、
「布衣頭塚(へいとづか)」という名称で、石室の下斜面に3段の石垣があり、
古墳時代の祭祀遺跡とみられている(以前に須恵器が出土したという)。

5月21日午前、武志・賢一の2人で「布衣頭塚」を確認しようと銀山谷の山中を探索。

「井原市遺跡地図」では北斜面下に車道が通っていて距離も近かったので、
そこまで軽トラで行き、西北側から山道だったと思われる道があるので入り込んだ。

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幅2m程ある山道のようだが、藪化していて歩きづらい。
しかも、その山道から「布衣頭塚」に登る為の道はなく直登りとなる。
スマホの地図も活用して何とか迷わずにたどり着いた。

とにかくスゴイ迫力だ!入口は大人が立って入れる高さがあり、
中は次第に低くなるものの奥行きは5m程あるだろうか。

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古代人がここで何をしていたのだろうか…。

「お月山」と何か関連があったのだろうか…。

確かに「布衣頭塚」は「お月山」のほぼ真北の山頂付近に位置していた。


さて、問題はここへの正しいルートだ。

自分達が来たのは道とは言えなかった。

「布衣頭塚」からもう少し尾根を登ってみると、段々と尾根道らしい山道が見えてきた。
多少藪コギ状態の場所もあるが、概ね歩きやすい尾根道だ。

この道がどこにつながるのか確認してみることにした。

1㎞近く南に向かって歩くと、何やら見たことのあるような石や木が…、

「アッ!お月山から南に延びていた山道じゃが!!」。

そう、「お月山」と「布衣頭塚」は山道でつながっていたのだ。

地図では遠く見えるが、実際の道は「お月山」方面から登った方が行きやすい。

正ルートが分かったところで、次なる問題は軽トラだ…。

直線距離で1㎞以上離れた真反対の山裾に下りてしまった…。

一旦、アスファルトの車道に出て、約2㎞歩いて山の反対側までとりに行った。
疲れたが、地形が良く理解できた。

しかし…、奈良原から銀山谷にかけての遺跡は普通ではない。

あまり詳細な調査研究は行われていないようだが、するべきだと思う(私はしないが)。

古代人の天文学的知識やこの地域の文化レベル、とてもミステリアスで興味深い。

とりあえず、わが会では「奈良原遺跡ロード」から「お月山」と
「布衣頭塚」へのルート整備を取り組んでみたいとは思う…。

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「お月山」


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「布衣頭塚」


「奈良原遺跡ロード」祭祀エリアの奥にある巨岩
「奈良原遺跡ロード」

この3大ミステリーゾーンが一挙に観られる遊歩道があったら・・・