その後、大学、文化財課、調査研究機関等の専門家の方々に現地を見て頂いたところ、どなたも、「こんな急斜面に遺跡を造るのは考えにくい」「山上にあった物が土砂崩れ等で流れ落ちたのではないか」、というようなご見解でした。

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2月21日の発見時。確かに急斜面…


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矢印の所が沼田場で、その周辺で土器片が見つかった。
ここからは神辺平野が良く見えるが、やはり奥まった感は否めない


専門家の方々のご見解に、「なるほど…」と思う反面、誠に失礼ながら「本当にそうだろうか…」という思いもわいてきました。と言うのも、この山を平坦な所まで登るとなると、かなりの距離があり、その距離、しかも急斜面を転落したとなると、木端微塵に砕けて斜面のあちこちに分散してしまうと思います。
しかし、この度見つかった破片は結構大きく、しかもひと所でまとまった量が出ています。


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南西方面からの遠望。黄色矢印が出土地点。赤矢印は尾根上の平坦地


こうなったら、今のところ遺跡ではないし、猪の沼田場(ヌタバ)をさらえてみることに…f^_^;


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例の沼田場


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水の引いた沼田場の底に早速土器片発見!


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以前採集のものと同じく朱塗り!


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表面の泥をさらえたところ…赤みを帯びたものが!


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やっぱり土器だ!!


これは大変だということで、すぐに文化財課に連絡を入れました。その日の内に職員さんが現場に来て下さり、状況を確認され、「これは間違いなく、ここに埋納されていた物ですね。こんな所に遺跡を造るかな…」と少々困惑の表情。
沼田場の底には、まだ土器片が埋まっているようでしたが、ひとまずこの日は、沼田場の泥に混じっているものと周囲に散乱しているものだけを拾い上げ、現場に土を被せて撤収しました。


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この日採集されたものだけでも結構な量。ほぼ同一個体のものと見られる


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今回見つかった大きな破片が、前回見つかった破片とピッタリ合った!
  壺の肩の部分。首がどのような形をしていたのか興味がわく


前例のないシチュエーションで見つかった弥生後期の朱塗り壺…。これまで知られていない弥生後期の営み、それも、祭祀あるいは墓制に関わる重要な営みがあったことが、この遺跡から明らかになるかもしれません。
文化財課としても確認調査を検討したいとのことでした。
今後の展開が非常に楽しみです!