2014年10月15日

戦いたいです。幾多の凄腕と。

後楽園!

プロレス的に言うと。10・16。10月16日です。もうすぐです。

盟友・マンモス佐々木と組んで、あの曙さん・・・横綱と大森さんと戦えます!

もちろん、マンモスはその昔横綱の付人でした・・・
東関部屋だったんですよ!
あの、あの高見山だった東関親方の部屋!
さらに横綱・曙さんの付人!
いろんな、いろんなことがあったでしょう・・・


そういえば私も、何度か、横綱と対戦したことがありました。
チョークスラムの高さにビビりました・・・

現在、横綱との対戦を迎える時に備え、猪木さんとアンドレの戦いを見習ってます。
猪木さんは当たり前ですが、「無駄打ち」など絶対やりません。自分が勝つための手段しかしないのです。


そして、大森隆男さん。

私の大森さん。城西大の大先輩でした。部活は違いましたが。

フリーダムズによく上がってくださった時もあった大森さん。

初めてシングル対戦できたのはZERO1で。かなり前です。8年くらいか。

フリーダムズでシングルできたのは三年前くらい。今も覚えてます。

アックスボンバーを封じるために、大森さんの右腕をダブルリストロックで破壊しました。

20分以上かけた戦いでした。

大森さんは今や、元ですが三冠王者・・・ そんな方と思う存分戦えたなんて。うおおおおお!


現在の全日本・・・ ヘビー級がたくさんいる。いいなあ・・・
タイガー! 木原さーん!・・・


そういえば、凄腕のレスラー、思ったとおり、いましたよ。
凄腕中の凄腕です。

ミスター雁之助が復帰しました。

思ったとおり、雁さんは全然変わらず試合できてました。凄い試合を。

雁さんは現在46か47だとおもいますが・・・

私は、現代人が、老けてるのがどんどん遅れてるのではないかと思ってます。

SMAPみればわかるでしょう。みんな40越えてるんですよ。

40年前、こんな40いましたか???

私もそろそろ40です。雁さんもまだまだ若いんです。

はははっはは。

というわけで、ハツラツと、鬼神道でシングルマッチやりましょう!

あれ? 鬼神道「リターンズ」どうなりましたかな??



メインは葛西と貴のタイトルマッチか・・・

思ってることがある。







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2014年10月09日

聖地にて

後楽園ホール!

聖地だ。

週刊プロレス・・・週プロが、我々の五周年後楽園興行をクローズアップしてくださった。

10月16日ですよみなさん。木曜日ですよ。
そういえば、昔は木曜日=発売日に必ず週プロ買ってましたねえ・・・ 

今回は小鹿さんは出られないのだが、小鹿さんのインタビューも。
小鹿軍団が実に懐かしい。全盛期の小鹿軍団の写真も載ってる。
小鹿さんを筆頭に、バラモン兄弟、Ken45°、アントン、アブ小、小笠原先生、岸和田兄さん、小澤さんこと怨霊・・・
さらにサスケ会長も! 
凄かった、というか全く画一性が無いというか。

FREEDOMS初の後楽園ホール興行の時が小鹿軍団全盛でした。
今考えると、後楽園を小鹿軍団として毎月押さえてもよかったんじゃないか、と思えます。

メインは私と小鹿さん・・・ 
一生忘れることはないでしょう。

今回はどうなりますやら!?

横綱に大森さん・・・  また書きます。



さて、後楽園といえば、12日に、ガッツワールドの10周年記念興行があります!

ガッツ石島とは長い。ガッツはSWS(三多摩学生プロレス連盟)の時から知ってる。
レッスル夢ファクトリーの時、夢ファクのリングをSに貸して、私は人足として参加していた。1999年だったか。
ガッツは冬木さんのコピーレスラーをやっていた。上手かったことを覚えている。
HARASHIMAもいたなあ(笑

それがもうガッツワールド10周年か。

長かったのか、短かったのか。いろんなことがあった。一宮さん、今どうしてるのかな。

で・・・



ガッツワールドの最高顧問

ミスター雁之助、復帰・・・

復帰!!!!!!!!!!!



雁さん・・・


私は、あんまり言いたくはないですが、脳梗塞でした。

私は、とにかく復帰しなければ、と思っていました。

でも、私はプロレス全くできませんでした。

オムツして、車椅子で、半身不随で、半分ボケてました。

プロレスができる人々がうらやましくって仕方がなかったです。

もう、引退とかカンバックとか・・・

もうなんでもいいです。

できる方は、身体は大丈夫な方々は、ぜひプロレスやってください!!

雁さん、思う存分、プロレスをしてください。

思う存分やれたと思ったとき、は、多分もう無いでしょう。

カンバックしたレスラーは、もっとさらにやりたいと思うはずなんです。


カンバックは一試合だけかも、とか、は無いでしょう。

これから俺はもっともっとやるぞー、思うはずです!

だから、雁さん、俺とも・・・




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2014年10月06日

寝技・グラウンド・サブミッション・・・ 

プロレスを実践し始めて20年。

その以前の格闘技歴といえば柔道しかなかった。

プロレス習いたいけど、プロレスないなあ。だったら柔道ぐらいしないよなあ。うん。
そう連想した方々はいっぱいいると思います。

小学三年生のときちょっとやりました。
小田原城そばのスポーツセンターで週三回やってました。

(柔道終わって帰宅したら、自宅で家族がTVでザ・ベストテンをかけてまして、アルフィーが登場し「メリーアン」を生演奏。場所は何と小田原城。もちろん生放送。僕すぐそばにいたのに!と悔しがりました。地方でこんなことって、あるんですね・・・)

小学生だったら関節技や絞め技はありませんでしたが、押さえ込みが好きでした。後々、相手を押さえ込みするテクニックは、小学生時代があったからといえます。

中学生時代は卓球部の幽霊部員でしかなかったですが。

高校時代はまた柔道を再開しました。都立小金井北高校でした。

とにかく立ち技は苦手でした。
背負い投げや払い腰の打ち込みや投げ込みだったら綺麗にできるのですが、実践だったらまったくダメ。だから相手の払い腰を狙い、裏投げでブン投げることしか考えてませんでした。なので地区大会では「危険なヤツ」と目をつけられることに。確か後ろ髪を伸ばしてたので「ジェロニモ」と呼ばれてた気が(笑

でも、寝技は得意でした。
投げられることがなければ、押さえ込みで勝てる!と何故か自信が沸きました。ですが、地区大会では会場も狭く、タイムも短く、寝技などするな!と言われてるような場所でした。当時はあまり考えてませんでしたが、現在ではたくさん恨み言を言いたいですね(笑

ですので、大体、三回戦くらいで敗退。いい時で都大会に出場くらいでした。
あまり覚えてないですね・・・

でも勝った時の記憶はあるもので。
大体、寝技か関節技でした。
それか裏投げ(笑) でも裏投げは殆どポイント取ってくれないんですよ。何故と言うと、評価外なので・・・


プロレスラーになりたい!と騒いでた高校三年の時。
親父と喧嘩になりました。当たり前ですよね。ガキでした。

私は親父に飛び掛りました。
私の親父は172センチ、80数キロありました。
ですが、私も当時75キロあり、親父は運動不足だから勝てるだろうと思ったんです。

すると、親父はすぐにのしかかると、瞬く間に私を袈裟固めで押さえ込みました。
瞬時でした。

当然動けなくなりました。
余りの悔しさで、腹に噛み付きました・・・
高校三年間、寝技で負けた記憶が殆ど無かったのに。


私の親父の母校は北海道大学でした。
もちろん、柔道部。

北大の柔道部には、七帝柔道という、寝技中心の大会があります。
戦前は高専柔道と呼んでいました。
殆ど寝技で相手を仕留める、強豪中の強豪。それが七帝柔道。

私はプロとしてデビューするまで知らなかった。親父も柔道部の話はあまりしなかった。

でも私は、七帝柔道は寝技中心か、いいなあ、くらいにか思ってなかった。


2011年9月、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という本が出版されました。興味はありました。

2012年8月、私は脳梗塞になりました。

それから数ヶ月経ち、記憶が不確かでも、とにかくいろいろ勉強しなければ、と思いました。

その時です。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を読まなければ、と思いました。何故なのかは覚えていません。

親父は北大柔道部でした。現在でも同窓誌が贈られています。
 
そして「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を書かれた増田俊也さんは、北大柔道部。

親父は面識はありませんでしたが、同窓会のメンバーとして、増田さんから、大宅賞受賞パーティーに招待されました。

親父は出席できませんでしたが、独自で「木村政彦はなぜ〜」を買い、読破しました。

私も読ませていただきました。

北海道大学柔道部は名門でした。

北大だけでなく、七帝柔道は、高専柔道は、凄いのです。

この歳になるまで、わかりませんでした。本当に、申し訳ありませんでした。


そして、私が柔道をやっていたことに感謝しました。

現在でもやっている、組み伏せ、押さえ込み、絞め技、サブミッション(関節技)。

全て、柔道をやっていたから出来たんです。




そして、プロレス。

現在、いろいろなプロレスがある。

けっこうだ。

だが、その基本中の基本には、戦いのテクニックがある。

プロレスには戦いがある。

スタンド、グラウンド。相手を組み伏せる。それをするのが当たり前ではないか。

私はまだまだ「強さ」が足りない。

だからもっとがんばる。

私より若い選手たち、もっともっとがんばってほしい。









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2014年09月30日

祈ります


御嶽山が噴火。

私は、休火山、死火山という用語はもう無い、とは知らなかった。

どんな火山でもいつ噴火するのかわからないと・・・


東日本大震災の時にも、思った。

天災は、物理的災害をもたらすだけでなく、愛する者すら引き裂こうとする。

なぜそんなことになる?

そこに理由はあるのか?

誰かの意志は介在するのか?

そして、それを阻止できる大いなる力はどこにもないのか?


私は脳梗塞になり、もう悪いことはできない、後ろめたいことは絶対にできないと思えた。

犯罪者は絶対に天罰が降りる。絶対に。そして、善人には絶対に酷い目に合うことはない。昔から、天国と地獄は人々の中に絶対的に存在してるものだ。

と思えた。今でも。


だが、天災は、どんな人々でも・・・

何故だ。

土曜の昼間に。何故だ。


昔から、天災は起こってしまう。

誰も防ぐことはほとんどできないのかもしれない。

祈ることしかできないかもしれない。


でも、祈ります。

宗教は知らないですが。

一人一人の中にいる神様に祈ります。



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2014年09月19日

レスラーでよかった

つくづく思います。

未だに、私がプロレスラーになっててよかったと。


ファンの皆さん、特に昔から見てくださってる方はわかってくださると思います。

私がプロレスファンだった時からレスラーをやってる方。

私が幼児の時からレスラーをやってる方。

私が生まれる前からレスラーをやっている方。


9月15日。一関にて。
貴の地元凱旋興行でした。

メイン。貴とマンモスが組み、対戦したのは私と・・・高山善廣さん。

連携できました。高山さんのバックドロップと私のトップロープ・ネックブリーカーで合体!
何故か長州さんの維新軍団の技(笑  でもそれもすべて私自身の歴史・・・

負けてしまいましたが・・・
高山さんと組めて本当に、本当に嬉しかったです。

脳梗塞にかかってしまった皆さん。
皆さん、脳梗塞なんかに負けないでください! 高山さんと私を見てください!


9月2日。新木場にて。
天龍プロジェクトに出させていただきました。

天龍さんと何年ぶりか、お会いできました。

エンディングの時、出場選手全員が揃い、天龍さんが号令を駆け、「エイエイオー!」と全員で叫びました。
その時、天龍さんのテーマ曲「サンダーストーム」がかかりました。

私もこのリングにいるんです。天龍さんのすぐそばに。
「サンダーストーム」がかかっているんです。ずっとずっと昔から聞き続けた「サンダーストーム」が。
こんな近くで。天龍さんのそばで。

感極まりました。

(6,7年前、天龍さんと試合させていただいたことがありましたが、その時はそういう心持ちではありませんでした。ド緊張で、それどころではなかったんでしょう)


8月25日。新宿フェイスにて。
大仁田厚さんと戦えました。
この前も書きましたが・・・

大仁田さんは私が生まれる前から、全日本プロレスに入門していたんです。
全日本新弟子第一号として!!



当たり前ですが、私がプロレスラーになる前から、ずーっと前からプロレスラーを続けてる方たちがたくさんいます・・・

私がそろそろ40? だからなんだ??

40などまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ!!!!

未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟未熟!!!!


私はこれからもっともっと成長します・・・







石川晋也。

これからと思ってたが・・・

いろいろあるだろう。ご家庭を大切に、がんばってな。

覚えてるかな。俺は覚えてるよ。

お前がまだ新人の時、大日本の後楽園ホールでタッグを組んだ。

お前のドロップキック、昔から凄かったな。

味方なのに、くやしくて、俺もドロップキック出した(笑 だって凄すぎたんだよ。

また会おう。

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2014年08月29日

私はもっともっとプロレスを身に着けます


大仁田厚さんはプロレスの名人、達人です。

現在、というか、大仁田さんはずーっとデスマッチやってます。

私は、デスマッチのカリスマとしての大仁田さんではなく、全日本プロレスのNWAインタージュニア王者としての大仁田さんと戦ってみたかった。

大仁田さんのデスマッチも数え切れないくらい見ました。

時には有刺鉄線デスマッチのパートナーとして出させて戴いたこともありました。十数年前ですか(そういえば、その時大仁田さんに「ゴンタロウ」と呼ばれていました。GENではなくてGONでした。私が「大仁田さん、GONTAROじゃなくてGENTAROですよ」と言うと、笑って「ばっかやろう、国会議員に逆らうなー!」と返して下さったことがとても思い出深いです・・・。そういえばターザン後藤さんも、いつもゲンちゃん大丈夫か、と言って下さった方でした。ああ、初期FMWの方々! ああ雁さん!)。


私は大仁田さんの試合運びをずっと見ていました。

やはり、大仁田さんはすごい・・・

試合は大仁田さん中心に動く。いや、大仁田さんがそうしてしまう!

どんな試合でも、大仁田さんが自在に操ってしまう!


だから今回、大仁田さんと、ストロングスタイルとしてやりたかったんです。

思った通りでした。やはりどんな試合でも・・・

大仁田さんはプロレスの名人、達人でした。今後も変わることはないでしょう。



そして、全日本プロレスと新日本プロレスの違い。

現在ではなく、いにしえのスタイル。

全日本は、「受け」と「待つ」こと。

新日本は、とにかく攻めること。

私は、このキャリアで、新日本スタイルを学びました。

アメリカンスタイルが好きだった私は、新日本スタイル寄りに変わりました。

藤波さんや長州さんと肌を合わせることができました。グラン浜田さんとも!

攻めのスタイルを見につけなければ、色んなリングで活動できないからです。


ですが、今回、大仁田さんのスタイルを深く味わえました。

確かに、今まで、いにしえの全日本スタイルの方とはあまり出来ませんでした。ほんのちょっとでした。

今回、ようやく「全日本スタイル」と出会えました。

ジャイアント馬場さんの直伝のスタイルでした。



全日本スタイルと新日本スタイル、どっちも私のスタイルにしたいです。

まだまだ、勉強しなければいけません。私はガリ勉します。


あ・・・

MEN'Sテイオー・・・

大塚さんがものすごいお手本です!

大塚さんはアメリカンスタイル(≒全日本スタイル)ですが、どんなスタイルにも変化できる方です!

私はもっともっと、勉強します!

この間の大日本で大塚さんに習ったテクニック、復習します!





明日は藤井・・・ハレタコーガン20周年興行。同期! さらに同じ一浪!
蕨です。アイスリボン道場です。お昼です。
 
こないだ私の興行に参加して華を添えてもらいました。
今回は私が華?を添えます・・・




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2014年08月26日

終わりました・・・


みんな楽しくやってもらいました。

全員が、みーんなが笑顔で終われた興行なんてそうそうありません・・。

たくさんのお客さんも、喜んでくれました。

選手だけでなく、リングアナ、レフェリー、音響、スタッフも。

来て下さった記者、カメラマン、カメラウ〜マンも。

全てが、全ての方たちが、私のために来て下さったんです。

全ての方たちが、私の恩人です。

本当に、生きててよかったです・・・




まるで私の最終回のようでしたが・・・

とんでもない。

復帰戦からの私の第二章はまだまだ続きます。




大仁田さんとの戦い。

また次に書かせて頂きます。

大仁田さんはプロレスの名人、レスリングの達人でした。

藤波さんや長州さんと試合できた時とは、また違いました。

凄かったです。

知識としてはありましたが、実践してみたら凄く身に染みました。新日本プロレスと全日本プロレスは、こうもスタイルが違かったのか・・・と。

私は、もっともっと勉強します。ガリ勉します。

ハイブリッドを目指します。







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2014年08月24日

明日は、私の興行です。

明日です。

GENTARO自主興行
『GENTARO・AIDに出てくれたみんな、大集合!』
8月25日(月)
新宿フェイス大会

当日券の販売、予約券の引き換えは17時30分より会場前に設置してあります受付にて開始
学割、障害者割をご利用される方は学生証、障害者手帳をご持参ください
開場時間は18時30分、試合開始は19時を予定しております

◇スペシャルストロングスタイルシングルマッチ61分1本勝負
GENTARO vs 大仁田厚

どうなりますかね。
全く予測がつきません。
大仁田さんのシングル、ストロングって・・・
でもわたしは本当に楽しみです。本当に・・・
私はチャボ・ゲレロです。


◇6人タッグマッチ
佐々木貴、MIKAMI、マサ高梨 vs 高木三四郎、バラモンシュウ、バラモンケイ

高木三四郎とバラモンです。これだけで興行が成立しますよ。はははは。
貴、二試合やるはめになるけど、がんばれー。
MIKAMIもやってしまえー。
高梨が密かにキーマンだと思いますね。ええ。


◇タッグロイヤルランブル
《出場チーム》
葛西純・吹本賢児組
佐々木貴・X組
杉浦透・正岡大介組
SUSUMU・HIROKI組
竹田誠志、那須晃太郎組
田村和宏・藤本つかさ組
富豪富豪夢路・矢野啓太組
松田慶三・ベアー福田組
唯我・関根龍一組
※入場順試合時にテーマ曲が鳴ってわかる形式とする

タッグチーム、結構しっくり来ましたね。
葛西純と藤本つかさは戦うのでしょうか!
竹田とたむたむは戦うのでしょうか!
藤崎さんとやのけいのタッグって結構はまってるかも。
唯我とリュウピン(私の関根龍一の呼び方)は何故タッグ組んでるのでしょうか? 余ってるからなんでしょうか。いやいや、なんとなく面白いと思えるんですよ。
貴とXは・・・ 多分、貴が一人で戦うでしょう。多分。


◇6人タッグマッチ
マンモス佐々木、高岩竜一、つくし vs 不動力也、下田大作、星ハム子

ヘビー級の激突にアイスリボンをトッピングしてみました。
ハム子はまあ大丈夫でしょう。マンモスと高岩さんがしごいてくれるでしょう。つくしちゃんはどうでしょうか。でも今強いですからきっと大丈夫です。勇作と大作をやっつけてくれるでしょう。
つくしちゃんはまだ小学生でした。大きくなったね。


◇シングルマッチ(名簿順)
佐野直 vs ジ・ウインガー

岡野さん、現在、デスマッチトーナメントの途中ですが、佐野くんという曲者が! 
サとシ。いやー、五十音順は面白いですねー。
この試合、どうなるのか全くわかりません。お互い触れ合うのか、それすらわかりません。


◇6人タッグマッチ(名簿順でした)
アントーニオ本多、石川修司、塚本拓海 vs くるみ、グレート小鹿、PSYCHO

神威が骨折してしまいましたが・・・ 塚本に代わっても、このカードの魅力は変わりません!
アントンと小鹿さんはひさしぶりですが、修司とはどうなるんでしょう! さらに修司とくるみちゃんはどうなる!!
サイコはいいなあ。ええと、小鹿さんと組むのは初めてだね。多分ね。うん。塚本、誰にも負けちゃダメだぞう。


◇第0試合
UWF関東学生プロレス連盟OBスペシャルダークマッチ
ハレタ・コーガン(法政 GENの同期)、でかい一物(城西 GENの2年直属後輩) vs 伊藤・クン・ニー(法政 GENの1年後輩)、鈴木徹也37歳(専修 GENの2年後輩)

全員、実力派です。私の出身のUWFの、さらにエリートなんですから・・・
コーガン・・・藤井は私の同期。でもさらにテクニックを伸ばしました。現役時代が比べ物にならないくらいに。
一物・・・城西大の時から勉三と呼んでます。昔っからレスリングの虫です。最近、プロの佐藤泰さん(ミスター6号ちゃんのお父さん)と戦いました。
伊藤・・・一年の時からふてぶてしく、ずっと強かったです。「こいつには勝てないな」と何度思ったことか。
鈴木・・・現役時代から、ヨーロピアン・テクニシャンでした。「ミスター・パーフェクト」の呼び名がふさわしいです。

※第0試合は18時45分開始予定



《当日料金》

◇特別リングサイド 完売
◇リングサイド   4500円(2列目、3列目)
◇自由席      3500円
◇学割、障害者割あり(学生証、障害者手帳をご提示いただければ前売り料金の半額に割り引き 当日のみ)
◇中学生以下自由席入場無料
※入場時、別途ドリンク代500円が必要となります


《売店情報》

◇3・13後楽園ホール大会DVD(GENTARO復帰宣言収録)  4000円
◇5・2後楽園ホール大会DVD(GENTARO復帰戦収録)  4000円
◇6・8FREEDOMS×琉球ドラゴンプロレス かでなプロレスまつりDVD  2500円
◇7・24新木場大会DVD  2000円
◇8・3葛西興行広島大会DVD  2000円
◇FREEDOMS旗揚げ5周年記念Tシャツ  3500円(S、M、L、XL)
◇FREEDOMS旗揚げ5周年記念ステッカー  500円(3枚セット)


《発売中の前売りチケット》

◇9月4日(木)後楽園ホール大会
※葛西純プロデュース興行 デスマッチトーナメント2014準決勝、決勝

◇9月15日(祝月)岩手・一関総合体育館ユードーム・メインアリーナ大会
※FREEDOMS旗揚げ5周年記念大会 佐々木貴地元凱旋試合

◇9月23日(祝火)千葉・東武スポーツクラブ・プレオン船橋大会

◇9月25日(木)新木場1stRING大会

◇10月16日(木)後楽園ホール大会
※FREEDOMS旗揚げ5周年記念大会

◇10月19日(日)大阪・城東区民ホール大会
※正岡大介デビュー10周年記念大会


全ての方。
みなさん、どうかよろしくお願いいたします・・・



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2014年08月19日

後楽園、新木場、両国、というと

15金16土17日、三連戦。
以前は当たり前だったが、今回は復帰以来。大丈夫かな? とちょっと思ってしまった。



15日、大日本後楽園。恩返しのつもりで出た。
登坂さん、竜ちゃん、日韓、アブ小さん、谷口くん・・・大日本の全ての方々。本当に・・・ 
佐々木義人! 義人。元気かな・・・

忍と組んで、相手はテイオー大塚さんと関本大介。
大塚さんと大ちゃん。何と言う凄い相手!

充実。

試合後、大塚さんに技術を教わる。うおおおお。ご指導下さって、ありがとうございます!


16日、666新木場。
準レギュラーとして復帰戦2試合目!とタイトルをつけて頂いてる。

忍とは、昨日は組んだが今日はシングル。
十年前の忍のデビュー戦の相手は・・・ ナスティ・ブラック・パンサー。まあ、私だった。
五、六年前のシングルも覚えてる。
忍は、感情を爆発させることができるレスラーである。

今回は・・・ 自分で言うのも何だが、すごい試合になった。
忍、ありがとう。


17日、DDT両国。
超満員札止めとは・・・ すごいとしか言えない。

ゲストレスラーの方々もたくさん。

去年、欠場してた時、K-DOJOの会場で、励まして頂いた鈴木みのるさんに、復帰したことを報告できた・・・

棚橋弘至選手にも「復帰おめでとうございます!」なんて・・・ ウウ・・・
棚橋選手は、こんなに目が澄んでいる方だったのか、と改めて思えた。

アジャ・コング様とは先週の記者会見で会えた。
「もう、大丈夫なの? よかったよ、本当に!」
そう声をかけてくれたアジャ様が、さらにハグして下さるなんて!

越中詩郎さんとも、久しぶりにお会いできてうれしかった。
私が「言語障害が治ったら、ビートルズの『イン・マイ・ライフ』を歌いたいんですよ」と言ったら、ものすごい笑顔を向けて下さった。
越中さんとは、同じビートルズファンである。。

MIKAMIがやってくれた。
ウラノに630°スプラッシュ。
『ディープ"M"インパクト』か。
完璧だった。
また組んで一緒に戦いたいね、三上さん。

両国でやれるとはね。彰人、またやろう。


負けたけど、イサミ、よかったよ。


後楽園、新木場、両国。この三日は都内主要会場だったな(笑

さて、来週の月曜日、25日には私のプロデュース興行。新宿フェイスにて。

大仁田厚と一騎打ちです。

大仁田さん、私はチャボ・ゲレロです・・・



私信。

藤井、第0試合はスペシャルダークマッチだよ。
アマチュアとして出てもらうけど、「スペシャル」は俺の気持ちだ。
今回は健康プロレスではなく、UWFとしてやってもらいたかったんだ。
この四人の試合は間違い無いはずだ。

第0試合 UWF関東学生プロレス連盟OB・スペシャルダークマッチ
ハレタ・コーガン(法政 GENの同期)&でかい一物(城西 GENの2年直属後輩)
                VS
伊藤・クン・ニー(法政 GENの1年後輩)&鈴木徹也37才(専修 GENの2年後輩)





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2014年08月13日

神威



大阪で。

私は売店から見てたが。

高所から床までダイレクトに落下するのを、直視してしまった。

床は見えなかったから、よもや、やわらかいマットでも敷いてるのかと思ったが、デスマッチなのにそんなことするわけもなく。

手が滑ってしまったか。


竹田もまさか、という表情。

'83 IWGP決勝、猪木vsホーガンでの、試合後のホーガンの表情になっていた。

彼の優しい性格が見えた。


さ○○○、

腰椎破裂骨折か・・ 神経が無事でよかった。

大会前から忙しそうに、てんやわんやだったな。

会場そばのスーパーで、「妖怪メダル零ラムネ」を見つけて、お前に知らせなきゃと思った。

もともと息子向けに買わなきゃと思ってたけど、発売日の前日なのに売ってるとは!

俺がまとめて買えばよかったけど、何しろ一人一個しか買えないから。

でも、お前はあまりにも忙しくて、買う暇なんかなさそうだった。。 甥っ子さんのために買ってあげたそうだったが。

そこで、仲間をたくさん引き連れて、スーパーに向かい、「妖怪メダル零ラムネ」を買ってもらった。何しろ一人一個しか買えないから!

みんな協力してくれた。

マンモス佐々木も、ダイナ御堂も。田中祐樹も、・・・竹田誠志も! マンモスの友人の方も協力してくださった。 

うちの息子向けに買ってもらったけど、お前が買えなかったやつも、ちゃんと買えたぞ!!


怪我してしまったが・・・ 少しは役に立ったかな。怪我する前だったけど。

神経じゃなくてよかった。治ればまた何でもできる。

お前には・・・ 岡野さんを目指してもらいたいなぁ。

もちろん岡野さんの領域にはまだまだだが・・・

なんとなく、そう見える(笑





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2014年08月07日

8月25日、私の興行です。vs大仁田厚 です。

私のプロデュース興行です。
 
2年前の9月、私が倒れた時、みんな集まって下さったんです。

その時出場して下さった選手やスタッフの方々たちを、また集めなきゃ!と思ったんです。

タイトルは『GENTAROエイドに出てくれた皆大集合!』

最初は仮称だったんですが、それ以上のタイトルは無い!と思い、正式に決めました。



参戦選手・レフェリー・リングアナです。

(50音順で)
安藤頼孝リングアナ
アントーニオ本多
石川修司
葛西純
神威
カラテバラモン
くるみ
グレート小鹿
PSYCHO
佐々木貴
佐野直
ジ・ウィンガー
下田大作
ジャッジ金子レフリー
新藤力也リングアナ
杉浦透
SUSUMU
関根龍一
高岩竜一
高木三四郎
田村和宏
つくし
デューク佐渡レフリー
トミー茨城リングアナ
那須晃太郎
ニード手島レフリー
バーブ佐々木レフリー
バラモンケイ
バラモンシュウ
火野裕士
HIROKI
吹本賢児
富豪富豪夢路
藤本つかさ
不動力也
ベアー福田
星ハム子
正岡大介
マサ高梨
松田慶三
マンモス佐々木
味方冬樹リングアナ
MIKAMI
矢野啓太
弥武芳郎リングアナ
唯我
山下義也・来場


みんな集まってくれました。

カラテバラモン、アミーゴ鈴木、ワンマン・クルーは体調や不都合があって来れなかったですが・・・

カラテバラモンは目玉カードを組もうとしてたんですが、体調が良くなく・・・
ご本人もいたく残念がっていました。

また良くなってください・・・

私の盟友、YOSHIYAも来てくれることになりました。
今は「山下義也」ですが・・・
どんな来場の仕方になるのかは、当日に・・・



そして、メインイベントとして、私がやりたかった試合。

今回だけは、エイドに出てくれた選手とは戦えません。戦えるわけがないです。

だから、絶対戦ってみたい選手へ、オファーを出しました。

今まで戦ったことがない選手へ。



それは大仁田厚さん。



十年以上前、何回か、大仁田さんと組ませて頂いたことはありました。

でも6人タッグや8人タッグの一員でしかなく。

有刺鉄線デスマッチは初めてで、あまりの痛さに仰天した覚えがあります。


自分にとっての大仁田さんとは、全日本プロレスのジュニア王者としての大仁田さんでした。

高校からディープなプロレスファンになり、FMWもたくさん生観戦しました。

ですが、小学校低学年当時の、TV観戦ばかりの浅いファンだった私でしたが、その時の記憶の方が強く残っているものです。

大仁田さんとチャボ・ゲレロのタイトルマッチは鮮明に覚えています。

ブロック・バスター・ホールドでフィニッシュ! 大勝利! 私は小学2年か3年だったと思います。

佐山さん・・・初代タイガーマスクと大仁田さんの対決も当時はよく噂されていました(『プロレススーパースター列伝』でも描かれていました。が、タイガーマスク編だったので、大仁田さんはあまりよく描かれてはなく、あまり気持ちは良くはなかった覚えがあります。もちろんタイガーマスク大好き児童であったのですが)。


だから、今回、大仁田さんとはデスマッチではなく、ストロングスタイルとして戦いたいのです。

もちろん、シングルマッチで。

私は凄腕の曲者・チャボ・ゲレロのつもりで戦います。

私は脳梗塞から戻り、もっと曲者になりました。大仁田さん。私は曲者です!



私は子供から青年になりました。

大仁田さんはデスマッチのカリスマとして、世間一般の有名人になっていました。

私は青年から中年になりました。

大仁田さんはずっと動き続いています。国会議員にもなっていました。

今も戦っています。葛西純とも戦いました。

そして、ようやく、私は大仁田厚さんと戦える機会がやってきました。



私はもう今年40になります。

その大仁田さんはいまだに現役です。

引退、復帰を何回繰り返しても。

衰え・・・ とは無縁な方と思えるのです。

体力どうのこうのではなく、心のエネルギーがずっと燃え上がってる方だと。

だから、70なっても80になっても、衰えることなく燃え続けるんだろうと思えるのです。



私も静かに燃え上がろうと思います。



全ての、全ての方々へ。

みなさん、8・25をどうかよろしくお願いいたします。

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2014年08月05日

皆さんで日本を盛り上げましょう! 妻より

脳梗塞。あれから二年が経ちました。

まだまだ言語障害はありますが、大好きなプロレスを再開できるまでになりました。更に上を目指しています。

ここまで来れたのは主人の諦めない鉄の心も勿論ですが、レスラー仲間に親友達に関係者仲間に病院の皆様、
そして何よりプロレスファンの皆様、鶴を折って手紙を書いて紙テープを巻いて投げて下さった全ての方々が主人を支えて下さいました……

一歩一歩ゆっくりでしたが、ここまでこれましたのは、応援して下さった皆様のお陰でございます。
無事に復帰出来ました事を、心より御礼申し上げます。

今後とも、声援ブーイング心を抉るような試合を観戦し楽しんで頂けますよう、今後とも頑張ります。

本当に支えて頂き、どうもありがとうございました

gen28 at 11:23コメント(5)トラックバック(0) 

2014年08月01日

妖怪ウォッチ



明日の朝に「妖怪ウォッチ零式」を買いに行きます! 

今から徹夜で並んでる方々もいるらしい・・・

私のいきつけの店では抽選券を配って、当たるかどうかはお客さん次第だと・・・  

まずわが子と抽選券ゲットしなければ。

神さま仏さま、どうか・・・


それにして妖怪ウォッチすごいですね。メダル買うのも一苦労。
レスラー仲間のパパ同盟でもいっぱい。

仮面ライダーオーズの時も、メダル争奪戦ありました。今はそれ以上の戦争ですよ☆

まあ、平和だからなんですよね。

東北の方々にも手に入ればいいですね・・・

gen28 at 23:39コメント(2)トラックバック(0) 

2014年07月23日

出来事がたくさんあるようになった



13日、北九州でFREEDOMS。
がむしゃらプロレスという団体がある。アマチュアだが、プロ試合を組むこともたくさんある。道場もある。いつもFREEDOMSに協力してくれる。九州には団体がたくさんあるが、もしかして、規模は一番か・・・? ねえ、ヤノさん。

私は久保希望というレスラーとシングルをした。
かなり昔、華☆激で会ったことがある。誰かが「ディック東郷ぽい奴だよ」と言ってた記憶がある。
現実では、東郷・・・佐藤さんまでいかないが(当たり前だが)、少し上手い奴だな、と思えた。
あと、アマチュアだがすごい長身の青年がいた。195センチくらいか。う〜む。育てたい(笑


17日、K-DOJO新宿フェイス。
TAKAみちのく・・・代表とインディーJr戦。
このベルト、18年前、代表がず〜〜〜〜っと持ってた。ほとんど私物だった。それからいろいろなレスラーが巻いた。サスケ会長、リッキーさん、稔さん、日高さんなどなど。現在も。イブシが巻いたこともあったな。
私も5年前に巻き、たくさん防衛した。思い出深い・・・いや思い出ではなく、今も欲しいベルト。

戦った。代表と。関節技や絞め技の攻防。
大技や飛び技ではなく、とにかく倒すための戦い。戦った。

代表は強かった。上手い、ではなく、強かった。

この人、こんな強かったのか?と思えるほどに強かった。

もう一回、やらなければいけない、と思えた。
インディーJrは本当に欲しいベルト。例え体重が100キロ越えても手に入れたいベルトだ!


20日、DDT後楽園。
ウラノと組み、MIKAMIと松永。
ウラノとはディック東郷・・・佐藤さんとのユニット・グランマで組んでいたので、グランマのTシャツを着て入場した。
対戦相手、松永は相変わらず油断ならない(笑
MIKAMIは、私のキャリアのほとんどに、一緒にいる。貴も高木三四郎も。
6年前、60分アイアンマッチやったこともあった。一生忘れないだろう。

だが、MIKAMIはスランプなのか、あっけなく負けてしまった。
私のチームが勝ったはずなのに、これでは勝利の喜びなどない。
松永はあきれたようにすぐ帰ってしまた。

私はMIKAMIに激を飛ばした。たくさん。
まだつたない言葉だが、とにかく伝えたかった。
だがウラノは「もうこの人は限界なんですよ、もうダメなんです」と、悪口雑言。

限界を越えた。
ウラノに手を上げてしまった。

だが、MIKAMIも私が飛ばした激を受け止めてくれたようだった。表情が変わった。

亜門さんが、両国のために、私とMIKAMIのタッグ試合を組んでくれた。

後で、決まったカード・・・私とMIKAMIが組んで、相手はウラノと、彰人。彰人! 
戦うぞ、彰人。



21日、会場の名前はよくしらない。闘聾門さんの道場だ。
YMZという、米ちゃんのユニット。円華もいる。
 
で、メインで、サイコとシングルマッチ。
サイコとは何回かシングルやった。私が負けたことの方が多いか(笑

しかし今回が一番、凄かった。
サイコ、強かった。手ごわかった。
今回も負けてしまうのか、と思えたくらいに。だが、それ以上に充実できた試合だった・・・


これからも試合が続く。続けられてる。

私は、プロレスラー。

動ける。動けてる。

全ての試合に、生きている意味を見出せる。

私は生きている。












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2014年07月08日

入場テーマ曲

 

ガンバレ☆プロレスは楽しかった。

大家は、昔から、技術はあまりなかった。だが、感情が・・・いい。年々。

だから試合も楽しかった。私も感情をたくさん出せたと思えた。

今成夢人・・・最近注目してる。

彼も感情豊か。いや、感情が全てかもしれない。

大家と今成。お客さんは彼らの表情で心を動かされる。



入場テーマ曲として、ダイナマイト・キッドの「カー・ウォーズ」を使わせてもらった。

前々から、使いたかった。


昔から全日本プロレスリングアナとして活躍してる木原文人さん。愛称はタイガー! 十年前くらいからインディーでプロレスしてて、ガン☆プロでもやってる。

タイガーはテーマ曲をかけていた。リングアナ兼音響として、馬場さんのテーマも鶴田さんのテーマも天龍さんのテーマも・・・ダイナマイト・キッドのテーマもかけていた。生でだ!!

テーマ曲は勝手に使うものなのかもしれない。けっこう。インディーは特に。

でも、キッドのテーマは、全日本プロレスさんが使ってた曲。

5月2日の復帰の時、キッドのテーマ「カー・ウォーズ」を使おうと思った。タイガーとアポ取って、さらに和田京平さん、渕正信さんからお許しを戴かなければ、くらい思ってた。それくらいの思い入れがあった。

一ヶ月後、ガン☆プロの控え室でタイガーと会い、「カー・ウォーズ」について話した。

タイガー「別にいいんじゃないか。うん」

私の中では『全日本プロレスの方から直々にお許しが出た』である。
タイガーから軽く言ってもらった言葉、と思われるかもしれないが、私にとっては重々しい言葉なのだ。30年近く前、キッドの曲を数え切れないくらい鳴らしていた方からのお言葉!


7月3日。私は、ダイナマイト・キッドのテーマ曲「カー・ウォーズ」で入場・・・できた。

改めて、スゴい曲だ。凄すぎる。


これから・・・ どうしよう。

今までずっと使い続けてる曲も、愛着がありすぎるほどあるが。

ご意見がある方はぜひ・・・




gen28 at 03:39コメント(3)トラックバック(0) 

2014年07月01日

2012年11月24日か25日



病院を無理矢理退院してしばらく。

私はまだプロレスには行けなかった。

まだ杖ついてしか歩けなかったし、喋りもまだたどたどしく・・・

これでは、とても人前には出られなかった。


だが、行きたいと思えた所があった。

明治大学生田校舎での学園祭。

そこで行われる、UWF関東学生プロレス連盟の大会。

現役の学生レスラーは、もうほとんど知らなかったが、私の同期、藤井大輔(ハレタ・コーガン)がOBとして出場。それを知って、すぐさま、行かなければと思えた。

どうやって知ったのかまるで覚えてないが・・・ 当時はパソコンもほとんどできなかったと思うが。

当時はまだ頭脳もよく働かなかった・・・


生田校舎まで、下北沢から小田急線に乗り換えて生田駅へ。

懐かしい。

よく生田校舎のレスリング道場で練習した(学生プロレスの練習ね)。まだ20世紀だった(笑


脳梗塞以来、1人で出歩いたのは初めてだった。

生田駅から、もう脚が痛かった・・・

駅から10分弱。生田校舎に着いても、それからの坂道が険しい。

杖をつきながら、懸命に歩いた。

汗だくになる。息が切れる。脚を踏み出せなくなる感覚に襲われる。

もう俺は、老人だな。自嘲気味にそう思えた。



学生プロレスはもう始っていた。

人々がたくさんいたから、私は誰にも会わないようにちょこんと座った。目立たないように。

だが、杖なんか持ってると・・・ しょうがないこともある。



大会がスムーズに進行。

待ちに待った藤井・・・ハレタコーガンの試合。タッグだった。一緒に組んでいたのは潮吹豪だった。

潮吹のことは知ってた。昔一緒に飲んだこともあった。飲んだときは確か1,2年生。生意気だった(笑 もう4年生なんて全く知らなかった。確か、場内実況で4年だと聞いた気が。

今はユニオンの三富という名前。実は読み方も未だに知らない。みとみ?さんとみ? だから未だに潮吹としか呼べない・・・ ごめんなさい。


藤井はいつも通りにテクニシャンだった。キャリア20年だぜ・・・

潮吹はもうプロに近い肉体を持っていた。

試合は詳細にはあんまり覚えてないが・・ 潮吹の試合ぶりを見て、あることを思った。もし今後試合することがあったら、その時の記憶も知らせようと思う。


全てが終わり、とにかく藤井と会わなければ、と思ってた。

だがその前に、色んな後輩たちが寄ってきて、挨拶してきてくれた。

だが、その時の私は、人に会えない、話せないと思っていた。

「ごめん、話せない」と言うのが精一杯だった。その子たちの目も見れなかった。ごめん、とも言えなかったかもしれない。申し訳ない。


藤井とはやっと話せた。

いろいろ話せた。昔のことも話せた気がする。記憶が戻ってたのかな。

喋りはどうだったんだろう。たぶん、よくわからなかったかもしれないが・・・


潮吹は一歩下がっている場所にいた。

私には喋りかけられないという雰囲気でもあったのか。

私は、知っている後輩だったから、自分から普通に話しかけた。多分、卒業大丈夫か、みたいな他愛もない言葉だったと思うが。

藤井も、潮吹も、その時の私を見てどう思ったのか。

首も細くなり、杖をつき、ヨタヨタ歩き、言葉もたどたどしい私を。


藤井は、ゲンだったらきっと大丈夫だ! と思ってくれたかもしれない。20年来の付き合いだし。

潮吹は・・・ どうだったんだろう。言葉もほとんど発さなかったし。

この人もうだめだろう、と思ったのか、それともきっと復帰できると思ったのか。


2013年4月まで、レスラーや関係者の皆さんには会うこともなかった。

だから、ヨタヨタだった時の私に会ってた人はけっこう少ない・・・






で、何を言いたいと言うと、UWF関東学生プロレス連盟は学プロの大メジャーということだ。
MEN'Sテイオー・・・大塚さんが全てのプロ転向組の元祖だったということです!





gen28 at 03:09コメント(1)トラックバック(0) 

2014年06月26日

昨日のこと


昨日のFREEDOMS新木場。

岡野さん、ヒロキ、みねぴょん、そして梅沢菊次郎(私は『梅菊』と呼ぶ)。

う〜む。四人が奏でる狂想曲、すごかった。

みねぴょん、いいなあ。
梅菊は売出し中だな(笑 みんな梅沢菊次郎をよろしく! 


マンモスと高岩さんのタッグは強すぎだった。
吹本! とにかく強くなれ。身体はもっとでかくなれるんだから。


小鹿さんとアラケンさんのスペシャルシングルマッチ!
ここまで味わい深い試合はない。

試合時間約15分間、その間、ほとんど殴る蹴る!アラケン流血!
これがプロレスなんだよ・・・

ここ一番で出した、小鹿さんのパイルドライバー!
フィニッシュだと思った。


貴、葛西、竹田誠志!対バッファロー、慶三、丸山。
竹やんが戻ってきた。いやー、よかった。

バッファロー・・・山田さんは本当に尊敬してる先輩だ。でもFREEDOMSの敵として登場した!

葛西に敗れてしまったが、試合後も大暴れ。バックステージでも殴りこんでた。すげえ。

試合も凄くエキサイティングだった。バッファローはこれからも来襲するな・・・




で、私の試合。

杉浦とのシングル。杉浦相手だったらメインなんかできないと思ってたが。

今回は、やっかいだった。

今までなすがままだった杉浦ではなかった。

18分か。結構疲れた。
20分やったイサミとの復帰戦より、疲れた。


終わったら、ススムが突然襲い掛かった。

当日、正岡の欠場を受けてたのか、突然ボイコットしてた。珍しかった。
いつも温厚だったのに。

私を襲い、「試合しろてめえ!」と言ってきた。

「ボンクラ」と言われたことに一番腹が立ってたんだろう。

私は結構疲れてたが、試合と言われたら受けなきゃ男がすたる。責任もあるし。だから受けた。

だがお客さんはよく理解できない様子だった。

私はまだ疲れてたから、受けに回って、ダメージをスルーして回復すればいいと思った。

だが、とにかくガンガンくる。スルーなんかできない。

ヒザ十字固めを掛けられた。今少しヒザを傷めてる。そこに思いっきり・・・ 思わず悲鳴を上げた。ロープブレイク。間一髪だった。

お客さんには見えない、わかるはずもない、せめぎ合い。

もうだめだ。この攻防では『試合』とは言えない。

苦しいスリーパーを強引にほどき、強引にダブルリストロック。

身動きできないようにした。

終わった・・・


お客さんが静まり返ってる。

貴がリングに入ってきた。

「なんなんだよ、この試合は! どういうつもりだよ!」

貴は激高してる。ススムはふてくされた顔で退場してしまった。
 
私は、まだ慣れないマイクでお客さんに謝った。

お客さんはプロレスを見に来てくれてる。

だがお客さんに見せられないような試合になってしまった。

見に来てくださったお客さんたちには心から謝ります。


だが、ススムには腹は立たなかった。

まだ若いし・・・

私がボンクラと言ったことに対して、だったらやってやる!と思えたんだから。

自分の強さをもっともっと表せればいい。

お客さんにわかってもらえるようになったらなおいい。

力量としての強さだけではなく。


もう一回やろう。

今はまだどう思ってるか知らないが。

今度は、お客さんがエキサイトする、ものすごい試合を。






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2014年06月18日

プロレスリングの話


今のスタイルは「現代プロレス」という言うべきか。


2000年代から、徐々にプロレスが変貌したような気がする。


K-DOJO。カイエンタイ・ドージョー。

2001年、私はプエルトリコでコーチをしていた。

主に技術を教えていた。

WWE(当時WWF)が本当に忙しかったTAKAみちのく代表は、週四日試合して週三日帰宅するスケジュールだった。アメリカ大陸横断してばっかりの生活・・・ 凄かった。

いつしか、一期生も二期生も試合形式の練習をできるようになり、代表が、試合運びの仕方を教えた。

WWFのタッグマッチ方式だった。
代表「こりゃーいいぞ、ちゃんとやれば、うまくやれるようになるぞ」

確かに、日本ではそのやり方は誰もやってなかった。だから、その方式はいいと思い、私も率先して、そのやり方をふんだんに教えるようになった。

その試合のやり方を日本に持ち込んだ。YOSHIYAとともに。

K-DOJOは翌年、2002年に日本で旗揚げし、選手たちは次々に他団体に出るようになった。

TAKA代表ももちろん。

このスタイルは、いろんな団体に伝染していった。
この頃は誰も知らなかったが。

K-DOJOだけでなく、海外を渡り歩いた選手たちは、たくさんの経験で自然に身についていたはず。

そのうち、K-DOJOや海外経験選手の影響でインディーのスタイルが変わってるんだな、と思えた。



新日本プロレスさんに出るようになった頃の2006年。

どこかしら、新日本さんのスタイルが変わっているように思えた。

ここまではK-DOJOは無いか・・・? しかし、違うスタイルが多分に含まれるようになったと思えた。

そうか、「あの方たち」の影響か、と思えた。


全日本さんに上がらせてもらった頃も、ノアさんのタッグトーナメントに出させてもらった頃も、もうほとんどの選手たちは「現代プロレス」だった。

私もそうやっていた。


現在、ほとんどのプロレス・スタイルは統一されていると言っても過言ではない。

昔は、プロレスと言っても、新日本と全日本では全く違うスタイルだったときもあった。

だが、今はほとんど同じだと思う。

特に、2000年代デビュー組は、やはり、「現代プロレス」の香りがする。



でも、レジェンドの方々はやっぱり違う。

藤波さん、長州さん、初代タイガーさん、藤原組長。おお、我らが小鹿さん。越中さんもバリバリ。

プロレスはプロレスリングと、当たり前に受け止めるもの。

私もそうなりたい。


岡野さんのように。




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2014年06月10日

沖縄にて


ようやく高山さんと会えた。

高山善廣さん。


脳梗塞。

忌まわしい体験だったが、もし経験できなかったら、これほど高山さんに共感できなかったかも知れない。


メインイベント、6人タッグ。

貴、葛西、私対高山さん、グルクンマスク、ディンゴ。

高山さんと戦えた。

キチンシンク、ビッグブーツが強烈だった。だが・・・

試合が終わった後、私とガッシリ握手して下さった。固く。


控え室。

いろいろ話せてよかった。

何度、感極まっただろう。



脳梗塞は英語でストロークという。

それが「ストーク」だったら「忍び寄る」になる。

高山さんはニヤッと笑い、「脳梗塞はストークだぜ」と仰った。



琉球ドラゴンプロレスの方々に、本当にお礼を言いたい。

もともと、私が復帰と言い出す前から大会は予定されてたから、私の参戦は決まってなかった。

だが、私の復帰戦を見て、すぐにメイン入りを決めたという。

高山さんとの対決は運命だったと思う。

こんなに早く戦えたんだから。

ありがとう、Iししょー。




gen28 at 12:34コメント(1)トラックバック(0) 

2014年05月31日

人とは

FREEDOMS。

杉浦、ススム、吹本、正岡のことを考えた。
たくさん考えた。

後輩なんだからかわいいのは当たり前。

だが、それとビジネスは別。

お客さんが一番大事。

みんな、大切なお金を使って来てくれるんだ。それより大事なことなどない。


プロ。

考え方。

プロはみな、お客さんのことを考える。

だがキャリアが浅かったら、わからない。自分に一生懸命。それでいい。

しかしもう、奴らは長年いろいろやってる。

杉浦5年、ススム、正岡10年くらい、吹本など15,6年。

「自分に一生懸命」の時期など過ぎてる。


先日、FREDDOMSの大会で奴らに問いかけた。もちろん直接ではない。

嫌われても構わない。

むしろ嫌ってもらうほうが好都合かもしれない。

奴らの試合は全て見た。


すぐ劇的に変わるなんてことはなかなか無い。なんでもそうだが。

だが、微妙に変わった。微妙だが。


私、岡野さん、小鹿さん対貴、高岩さん、杉浦がメイン。

試合後、ススムが私に襲い掛かった。

杉浦もマイクで怒鳴った。吹本も表情が変わっていた。

ほんの少し、うれしかった。

私に感情をぶつけるがいい。

お客さんにも、お前達の感情がストレートに伝わるはずだ。

それでいい。かかってこい。




岡野さん、小鹿さん、やはりすごい。
プロレスラーだ。骨の髄までプロレスラー。



おお、明日は頑固プロレス。

私の好きな頑固プロレス。








いろいろ起こってるようだけど。

人にはたくさんの感情がある。

喜怒哀楽。

全て。

人生模様も。









gen28 at 12:04コメント(1)トラックバック(0) 
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