2014年07月23日

出来事がたくさんあるようになった



13日、北九州でFREEDOMS。
がむしゃらプロレスという団体がある。アマチュアだが、プロ試合を組むこともたくさんある。道場もある。いつもFREEDOMSに協力してくれる。九州には団体がたくさんあるが、もしかして、規模は一番か・・・? ねえ、ヤノさん。

私は久保希望というレスラーとシングルをした。
かなり昔、華☆激で会ったことがある。誰かが「ディック東郷ぽい奴だよ」と言ってた記憶がある。
現実では、東郷・・・佐藤さんまでいかないが(当たり前だが)、少し上手い奴だな、と思えた。
あと、アマチュアだがすごい長身の青年がいた。195センチくらいか。う〜む。育てたい(笑


17日、K-DOJO新宿フェイス。
TAKAみちのく・・・代表とインディーJr戦。
このベルト、18年前、代表がず〜〜〜〜っと持ってた。ほとんど私物だった。それからいろいろなレスラーが巻いた。サスケ会長、リッキーさん、稔さん、日高さんなどなど。現在も。イブシが巻いたこともあったな。
私も5年前に巻き、たくさん防衛した。思い出深い・・・いや思い出ではなく、今も欲しいベルト。

戦った。代表と。関節技や絞め技の攻防。
大技や飛び技ではなく、とにかく倒すための戦い。戦った。

代表は強かった。上手い、ではなく、強かった。

この人、こんな強かったのか?と思えるほどに強かった。

もう一回、やらなければいけない、と思えた。
インディーJrは本当に欲しいベルト。例え体重が100キロ越えても手に入れたいベルトだ!


20日、DDT後楽園。
ウラノと組み、MIKAMIと松永。
ウラノとはディック東郷・・・佐藤さんとのユニット・グランマで組んでいたので、グランマのTシャツを着て入場した。
対戦相手、松永は相変わらず油断ならない(笑
MIKAMIは、私のキャリアのほとんどに、一緒にいる。貴も高木三四郎も。
6年前、60分アイアンマッチやったこともあった。一生忘れないだろう。

だが、MIKAMIはスランプなのか、あっけなく負けてしまった。
私のチームが勝ったはずなのに、これでは勝利の喜びなどない。
松永はあきれたようにすぐ帰ってしまた。

私はMIKAMIに激を飛ばした。たくさん。
まだつたない言葉だが、とにかく伝えたかった。
だがウラノは「もうこの人は限界なんですよ、もうダメなんです」と、悪口雑言。

限界を越えた。
ウラノに手を上げてしまった。

だが、MIKAMIも私が飛ばした激を受け止めてくれたようだった。表情が変わった。

亜門さんが、両国のために、私とMIKAMIのタッグ試合を組んでくれた。

後で、決まったカード・・・私とMIKAMIが組んで、相手はウラノと、彰人。彰人! 
戦うぞ、彰人。



21日、会場の名前はよくしらない。闘聾門さんの道場だ。
YMZという、米ちゃんのユニット。円華もいる。
 
で、メインで、サイコとシングルマッチ。
サイコとは何回かシングルやった。私が負けたことの方が多いか(笑

しかし今回が一番、凄かった。
サイコ、強かった。手ごわかった。
今回も負けてしまうのか、と思えたくらいに。だが、それ以上に充実できた試合だった・・・


これからも試合が続く。続けられてる。

私は、プロレスラー。

動ける。動けてる。

全ての試合に、生きている意味を見出せる。

私は生きている。












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2014年07月08日

入場テーマ曲

 

ガンバレ☆プロレスは楽しかった。

大家は、昔から、技術はあまりなかった。だが、感情が・・・いい。年々。

だから試合も楽しかった。私も感情をたくさん出せたと思えた。

今成夢人・・・最近注目してる。

彼も感情豊か。いや、感情が全てかもしれない。

大家と今成。お客さんは彼らの表情で心を動かされる。



入場テーマ曲として、ダイナマイト・キッドの「カー・ウォーズ」を使わせてもらった。

前々から、使いたかった。


昔から全日本プロレスリングアナとして活躍してる木原文人さん。愛称はタイガー! 十年前くらいからインディーでプロレスしてて、ガン☆プロでもやってる。

タイガーはテーマ曲をかけていた。リングアナ兼音響として、馬場さんのテーマも鶴田さんのテーマも天龍さんのテーマも・・・ダイナマイト・キッドのテーマもかけていた。生でだ!!

テーマ曲は勝手に使うものなのかもしれない。けっこう。インディーは特に。

でも、キッドのテーマは、全日本プロレスさんが使ってた曲。

5月2日の復帰の時、キッドのテーマ「カー・ウォーズ」を使おうと思った。タイガーとアポ取って、さらに和田京平さん、渕正信さんからお許しを戴かなければ、くらい思ってた。それくらいの思い入れがあった。

一ヶ月後、ガン☆プロの控え室でタイガーと会い、「カー・ウォーズ」について話した。

タイガー「別にいいんじゃないか。うん」

私の中では『全日本プロレスの方から直々にお許しが出た』である。
タイガーから軽く言ってもらった言葉、と思われるかもしれないが、私にとっては重々しい言葉なのだ。30年近く前、キッドの曲を数え切れないくらい鳴らしていた方からのお言葉!


7月3日。私は、ダイナマイト・キッドのテーマ曲「カー・ウォーズ」で入場・・・できた。

改めて、スゴい曲だ。凄すぎる。


これから・・・ どうしよう。

今までずっと使い続けてる曲も、愛着がありすぎるほどあるが。

ご意見がある方はぜひ・・・




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2014年07月01日

2012年11月24日か25日



病院を無理矢理退院してしばらく。

私はまだプロレスには行けなかった。

まだ杖ついてしか歩けなかったし、喋りもまだたどたどしく・・・

これでは、とても人前には出られなかった。


だが、行きたいと思えた所があった。

明治大学生田校舎での学園祭。

そこで行われる、UWF関東学生プロレス連盟の大会。

現役の学生レスラーは、もうほとんど知らなかったが、私の同期、藤井大輔(ハレタ・コーガン)がOBとして出場。それを知って、すぐさま、行かなければと思えた。

どうやって知ったのかまるで覚えてないが・・・ 当時はパソコンもほとんどできなかったと思うが。

当時はまだ頭脳もよく働かなかった・・・


生田校舎まで、下北沢から小田急線に乗り換えて生田駅へ。

懐かしい。

よく生田校舎のレスリング道場で練習した(学生プロレスの練習ね)。まだ20世紀だった(笑


脳梗塞以来、1人で出歩いたのは初めてだった。

生田駅から、もう脚が痛かった・・・

駅から10分弱。生田校舎に着いても、それからの坂道が険しい。

杖をつきながら、懸命に歩いた。

汗だくになる。息が切れる。脚を踏み出せなくなる感覚に襲われる。

もう俺は、老人だな。自嘲気味にそう思えた。



学生プロレスはもう始っていた。

人々がたくさんいたから、私は誰にも会わないようにちょこんと座った。目立たないように。

だが、杖なんか持ってると・・・ しょうがないこともある。



大会がスムーズに進行。

待ちに待った藤井・・・ハレタコーガンの試合。タッグだった。一緒に組んでいたのは潮吹豪だった。

潮吹のことは知ってた。昔一緒に飲んだこともあった。飲んだときは確か1,2年生。生意気だった(笑 もう4年生なんて全く知らなかった。確か、場内実況で4年だと聞いた気が。

今はユニオンの三富という名前。実は読み方も未だに知らない。みとみ?さんとみ? だから未だに潮吹としか呼べない・・・ ごめんなさい。


藤井はいつも通りにテクニシャンだった。キャリア20年だぜ・・・

潮吹はもうプロに近い肉体を持っていた。

試合は詳細にはあんまり覚えてないが・・ 潮吹の試合ぶりを見て、あることを思った。もし今後試合することがあったら、その時の記憶も知らせようと思う。


全てが終わり、とにかく藤井と会わなければ、と思ってた。

だがその前に、色んな後輩たちが寄ってきて、挨拶してきてくれた。

だが、その時の私は、人に会えない、話せないと思っていた。

「ごめん、話せない」と言うのが精一杯だった。その子たちの目も見れなかった。ごめん、とも言えなかったかもしれない。申し訳ない。


藤井とはやっと話せた。

いろいろ話せた。昔のことも話せた気がする。記憶が戻ってたのかな。

喋りはどうだったんだろう。たぶん、よくわからなかったかもしれないが・・・


潮吹は一歩下がっている場所にいた。

私には喋りかけられないという雰囲気でもあったのか。

私は、知っている後輩だったから、自分から普通に話しかけた。多分、卒業大丈夫か、みたいな他愛もない言葉だったと思うが。

藤井も、潮吹も、その時の私を見てどう思ったのか。

首も細くなり、杖をつき、ヨタヨタ歩き、言葉もたどたどしい私を。


藤井は、ゲンだったらきっと大丈夫だ! と思ってくれたかもしれない。20年来の付き合いだし。

潮吹は・・・ どうだったんだろう。言葉もほとんど発さなかったし。

この人もうだめだろう、と思ったのか、それともきっと復帰できると思ったのか。


2013年4月まで、レスラーや関係者の皆さんには会うこともなかった。

だから、ヨタヨタだった時の私に会ってた人はけっこう少ない・・・






で、何を言いたいと言うと、UWF関東学生プロレス連盟は学プロの大メジャーということだ。
MEN'Sテイオー・・・大塚さんが全てのプロ転向組の元祖だったということです!





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2014年06月26日

昨日のこと


昨日のFREEDOMS新木場。

岡野さん、ヒロキ、みねぴょん、そして梅沢菊次郎(私は『梅菊』と呼ぶ)。

う〜む。四人が奏でる狂想曲、すごかった。

みねぴょん、いいなあ。
梅菊は売出し中だな(笑 みんな梅沢菊次郎をよろしく! 


マンモスと高岩さんのタッグは強すぎだった。
吹本! とにかく強くなれ。身体はもっとでかくなれるんだから。


小鹿さんとアラケンさんのスペシャルシングルマッチ!
ここまで味わい深い試合はない。

試合時間約15分間、その間、ほとんど殴る蹴る!アラケン流血!
これがプロレスなんだよ・・・

ここ一番で出した、小鹿さんのパイルドライバー!
フィニッシュだと思った。


貴、葛西、竹田誠志!対バッファロー、慶三、丸山。
竹やんが戻ってきた。いやー、よかった。

バッファロー・・・山田さんは本当に尊敬してる先輩だ。でもFREEDOMSの敵として登場した!

葛西に敗れてしまったが、試合後も大暴れ。バックステージでも殴りこんでた。すげえ。

試合も凄くエキサイティングだった。バッファローはこれからも来襲するな・・・




で、私の試合。

杉浦とのシングル。杉浦相手だったらメインなんかできないと思ってたが。

今回は、やっかいだった。

今までなすがままだった杉浦ではなかった。

18分か。結構疲れた。
20分やったイサミとの復帰戦より、疲れた。


終わったら、ススムが突然襲い掛かった。

当日、正岡の欠場を受けてたのか、突然ボイコットしてた。珍しかった。
いつも温厚だったのに。

私を襲い、「試合しろてめえ!」と言ってきた。

「ボンクラ」と言われたことに一番腹が立ってたんだろう。

私は結構疲れてたが、試合と言われたら受けなきゃ男がすたる。責任もあるし。だから受けた。

だがお客さんはよく理解できない様子だった。

私はまだ疲れてたから、受けに回って、ダメージをスルーして回復すればいいと思った。

だが、とにかくガンガンくる。スルーなんかできない。

ヒザ十字固めを掛けられた。今少しヒザを傷めてる。そこに思いっきり・・・ 思わず悲鳴を上げた。ロープブレイク。間一髪だった。

お客さんには見えない、わかるはずもない、せめぎ合い。

もうだめだ。この攻防では『試合』とは言えない。

苦しいスリーパーを強引にほどき、強引にダブルリストロック。

身動きできないようにした。

終わった・・・


お客さんが静まり返ってる。

貴がリングに入ってきた。

「なんなんだよ、この試合は! どういうつもりだよ!」

貴は激高してる。ススムはふてくされた顔で退場してしまった。
 
私は、まだ慣れないマイクでお客さんに謝った。

お客さんはプロレスを見に来てくれてる。

だがお客さんに見せられないような試合になってしまった。

見に来てくださったお客さんたちには心から謝ります。


だが、ススムには腹は立たなかった。

まだ若いし・・・

私がボンクラと言ったことに対して、だったらやってやる!と思えたんだから。

自分の強さをもっともっと表せればいい。

お客さんにわかってもらえるようになったらなおいい。

力量としての強さだけではなく。


もう一回やろう。

今はまだどう思ってるか知らないが。

今度は、お客さんがエキサイトする、ものすごい試合を。






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2014年06月18日

プロレスリングの話


今のスタイルは「現代プロレス」という言うべきか。


2000年代から、徐々にプロレスが変貌したような気がする。


K-DOJO。カイエンタイ・ドージョー。

2001年、私はプエルトリコでコーチをしていた。

主に技術を教えていた。

WWE(当時WWF)が本当に忙しかったTAKAみちのく代表は、週四日試合して週三日帰宅するスケジュールだった。アメリカ大陸横断してばっかりの生活・・・ 凄かった。

いつしか、一期生も二期生も試合形式の練習をできるようになり、代表が、試合運びの仕方を教えた。

WWFのタッグマッチ方式だった。
代表「こりゃーいいぞ、ちゃんとやれば、うまくやれるようになるぞ」

確かに、日本ではそのやり方は誰もやってなかった。だから、その方式はいいと思い、私も率先して、そのやり方をふんだんに教えるようになった。

その試合のやり方を日本に持ち込んだ。YOSHIYAとともに。

K-DOJOは翌年、2002年に日本で旗揚げし、選手たちは次々に他団体に出るようになった。

TAKA代表ももちろん。

このスタイルは、いろんな団体に伝染していった。
この頃は誰も知らなかったが。

K-DOJOだけでなく、海外を渡り歩いた選手たちは、たくさんの経験で自然に身についていたはず。

そのうち、K-DOJOや海外経験選手の影響でインディーのスタイルが変わってるんだな、と思えた。



新日本プロレスさんに出るようになった頃の2006年。

どこかしら、新日本さんのスタイルが変わっているように思えた。

ここまではK-DOJOは無いか・・・? しかし、違うスタイルが多分に含まれるようになったと思えた。

そうか、「あの方たち」の影響か、と思えた。


全日本さんに上がらせてもらった頃も、ノアさんのタッグトーナメントに出させてもらった頃も、もうほとんどの選手たちは「現代プロレス」だった。

私もそうやっていた。


現在、ほとんどのプロレス・スタイルは統一されていると言っても過言ではない。

昔は、プロレスと言っても、新日本と全日本では全く違うスタイルだったときもあった。

だが、今はほとんど同じだと思う。

特に、2000年代デビュー組は、やはり、「現代プロレス」の香りがする。



でも、レジェンドの方々はやっぱり違う。

藤波さん、長州さん、初代タイガーさん、藤原組長。おお、我らが小鹿さん。越中さんもバリバリ。

プロレスはプロレスリングと、当たり前に受け止めるもの。

私もそうなりたい。


岡野さんのように。




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2014年06月10日

沖縄にて


ようやく高山さんと会えた。

高山善廣さん。


脳梗塞。

忌まわしい体験だったが、もし経験できなかったら、これほど高山さんに共感できなかったかも知れない。


メインイベント、6人タッグ。

貴、葛西、私対高山さん、グルクンマスク、ディンゴ。

高山さんと戦えた。

キチンシンク、ビッグブーツが強烈だった。だが・・・

試合が終わった後、私とガッシリ握手して下さった。固く。


控え室。

いろいろ話せてよかった。

何度、感極まっただろう。



脳梗塞は英語でストロークという。

それが「ストーク」だったら「忍び寄る」になる。

高山さんはニヤッと笑い、「脳梗塞はストークだぜ」と仰った。



琉球ドラゴンプロレスの方々に、本当にお礼を言いたい。

もともと、私が復帰と言い出す前から大会は予定されてたから、私の参戦は決まってなかった。

だが、私の復帰戦を見て、すぐにメイン入りを決めたという。

高山さんとの対決は運命だったと思う。

こんなに早く戦えたんだから。

ありがとう、Iししょー。




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2014年05月31日

人とは

FREEDOMS。

杉浦、ススム、吹本、正岡のことを考えた。
たくさん考えた。

後輩なんだからかわいいのは当たり前。

だが、それとビジネスは別。

お客さんが一番大事。

みんな、大切なお金を使って来てくれるんだ。それより大事なことなどない。


プロ。

考え方。

プロはみな、お客さんのことを考える。

だがキャリアが浅かったら、わからない。自分に一生懸命。それでいい。

しかしもう、奴らは長年いろいろやってる。

杉浦5年、ススム、正岡10年くらい、吹本など15,6年。

「自分に一生懸命」の時期など過ぎてる。


先日、FREDDOMSの大会で奴らに問いかけた。もちろん直接ではない。

嫌われても構わない。

むしろ嫌ってもらうほうが好都合かもしれない。

奴らの試合は全て見た。


すぐ劇的に変わるなんてことはなかなか無い。なんでもそうだが。

だが、微妙に変わった。微妙だが。


私、岡野さん、小鹿さん対貴、高岩さん、杉浦がメイン。

試合後、ススムが私に襲い掛かった。

杉浦もマイクで怒鳴った。吹本も表情が変わっていた。

ほんの少し、うれしかった。

私に感情をぶつけるがいい。

お客さんにも、お前達の感情がストレートに伝わるはずだ。

それでいい。かかってこい。




岡野さん、小鹿さん、やはりすごい。
プロレスラーだ。骨の髄までプロレスラー。



おお、明日は頑固プロレス。

私の好きな頑固プロレス。








いろいろ起こってるようだけど。

人にはたくさんの感情がある。

喜怒哀楽。

全て。

人生模様も。









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2014年05月26日

せめて少しはカッコつけさせてくれ


5、6年前くらいに、スナックで聞いた、雁さんの歌声。

ジュリーの「勝手にしやがれ」。

本当に凄かった。

まるで本物みたいだった。

なぜか、突然思い出した。

今日は鬼神道だから、雁さんと思い出話をしよう。

ワンマンショーで。アア アアア。

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2014年05月24日

悪くなってもいいかい?


月曜に、やっと試合ができる!

20日ぶりの試合。ちょっと事情があったもので・・・

でも、復帰などもう終わっている。

今度こそ、また、試合が繰り返される毎日・・・が来ればいいな。

なんという幸せ。

だから、たくさんの団体さん、オファー、クダサーイ!!

どこでも、いつでも、全力でやります!!



だが・・・  

自分の団体・・・ていうかグループ。FREEDOMS。

この間、記者会見で貴に、急に言ってしまったが。

杉浦、ススム、吹本、正岡。

こいつらは全く使えない。戦力になってない。

プロレスラーになってない!

この2年。俺が欠場していた間も、全く成長してない。

杉浦以外、FREEDOMS入りなんて知らなかったし。

こいつら、昔っから知ってた。まあ、インディーの後輩の面々だった。

しかしFREEDOMSに入るとは・・・

入れちゃったのは貴。

いろいろ役に立ってる。がんばってる。だから・・・ などなど。

しかし私はリングの上しか見ない。

奴らを上げるために、リングが中途半端になってしまってる。

俺の中では、全てエリート集団。一流レスラーやグッドレスラーばかりがいるグループ。

葛西! 貴! マンモス! 岡野さん! 高岩さんも小鹿さんも。まあマスコットとして神威。とヒロキ。

他にもレギュラーとしてバラモン。慶三さんもいいなあ。アントンもたまに出てるなあ。

新井健一郎略してアラケンさんと、藤田ミノルは俺の呼び方『リーダー』。いなくてはならない。おお、竹田、復帰してくれ。

昔もいいレスラーばかりだった・・・が。

今もグッドレスラーがたくさんいるはずなのに、だ。

ノーグッドレスラー・・・NGレスラーはいらん。

やつらをカードに混ぜると、途端に見所がなくなる。FREEDOMSなのにな。

さて、今度の水曜日、どんなファイトが見れるのか・・・ ダメだったらもう・・・

グッドレスラーになってみせろよ
てめえら!!


自由人たち。芯の強さを持つ自由人たち。FREEDOMS。ただの弱いやつらじゃねえんだ。



ふう。


小島さん、お花を下さった上に、ブログにも書いて下さって、本当にありがとうございました。

またいつか、リングで会えたらいいと思います。

リングはそういう場所です・・・






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2014年05月16日

ミスター雁之助=雁さん

5月26日の月曜日、雁さんの興行「鬼神道リターンズ16」に出させてもらいます。

復帰前からオファーして下さったんです。

普通、他団体のみなさん、まだ私ができるかどうかわからないですから、復帰試合を見なければ、オファーはなかなか出せないと思います。

ですが、雁さんは、「おーう、ゲン、もう出れるか〜」


いやいや・・・

ありがとうございます!


元タイガースマスク、丸山敦とシングルです。

丸ちゃんとはタッグ組んだことはありますが、戦ったことは無いような。

あ、あった。DDTのロイヤルランブルで。まあいい。

丸ちゃんは「ゲンタローさんとの試合は一番地味な試合します」とコメントしてるらしいです。

うーん、丸ちゃん・・・丸山は何するのかわからん。

突然に「大変だ!○○で××が△△なんです。ああ、もう●●なんだから◎◎してよもう!」とか佐野くんの興行みたいな行動を起こすかもしれないし、

ストロングをずっとやるかもしれないし。

葛西とやった時はずっと真面目だったな・・・


とにかく楽しみですよ。雁さん・・・

『ミスター雁之助プロデュース興行』鬼神道Returns16

リターンズはもう5年経ってますよ。

リターンズつけなくてもいいのでは・・・


5月26日(月)新木場1st.RING

開場 18時30分
開始 19時(第0試合は18時45分開始)

【チケット料金】
☆スーパーシート〈最前列指定席〉6000円(完売sold out)
☆自由席〈二列目以降〉5000円(当日5500円)

【チケット発売所】
☆e+(イープラス)
こちらからチケット購入出来ます→ http://t.co/K8GybmdZVc

☆水道橋チケット&トラベルT-1→0352752778

【問合せ先】
☆鬼神道プロモーション
k-info@kishindo.net

※本戦は全て30分1本勝負

☆ケニー・オメガvsバッファロー

☆新井健一郎vsHUB

☆GENTAROvs丸山敦

☆ヤス・ウラノvsがばいじいちゃん

☆宮本裕向vs矢野啓太

☆藤田峰雄vs忍vs中澤マイケル
※チンコプロレスルール

☆ミクロvs志田光

☆ガッツ石島vsジ・ウインガー

〈第0試合10分1本勝負〉☆佐野直/よしえつねお/ラ・ソルテロナ貂蝉vs棚ボタ弘至/サザンクロス/HARU。

スーパーシート(最前列指定席)は完売致しまた


えっ!!??
私はメインじゃないんですか????


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2014年05月08日

15+5年

5月8日。

今日は、15年前に正式デビューした日だった。

1999年5月8日、レッスル夢ファクトリーでデビューした日。
マスクマン「ファイティング・マシーン・タロー」。略してFM-TARO。

・・・試合は、あまり思い出したくない。


復帰試合をした5月2日。

15年前は夢ファクデビューの6日前。1999年5月2日。

アステカさんに誘われて、福岡で華☆激デビューした。マスクマン「ブラック・パンサー」で。

「まあ、夢ファクデビューの練習と思って気楽にやりぃ」と、テカさんが言ってくれた。

第一試合で川内大裕に勝った。

すごく、いい思い出。



1994年5月末。横浜国立大学の学園祭でデビュー。

もう20年前だ。

一浪して、城西大入学。そして学生プロレス入り。

UWF関東学生プロレス連盟。

青春だった。



そして、いまだに続いてる。

脳梗塞やってしまった。

でも戻れた。

いまだ、20年経った今でも、プロレスをやれてる。

今でも青春だ。



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2014年05月03日

復帰しました

戻れました。


いつも、僕は大丈夫大丈夫、と繰り返し言い続けましたが・・・

やっぱり私は大丈夫です。



大会当日、実は99.9パーセントだった。

ちくしょう、間に合わなかったのか、と。

入場の時、もし脚がつまづいたら・・・とか、ちょっと恐れてしまった。告白する。

だが、杞憂に過ぎなかった。



グラウンド・レスリングの攻防。ちょっと様子を見てみた。自分の動きを。

もし軽量のイサミにボコボコにされてしまったら? とか。

・・・全然平気だった。

パワーがみなぎる。全然体力も消耗しない。

半身不随などより、身体の筋量が増えたし、スタミナもついたのだ。

99.9パーセントと思ってたが、筋量、スタミナを考えたら、10パーセント増しで、109.9パーセントでは?

スタンドの攻防になっても、問題なかった。いや、楽しくなってきた。

大技を食らってしまっても、痛いは痛いが、二年ぶりのバンプが懐かしく思えた。これだ! と。

そして・・・ 試合中、100パーセントと思えた。脚使いが楽になった。

これで110パーセントだ!!



だが

イサミは巧くなっていた。

筋量も増えてた。そして、もっと狡猾に、もっとレスラーになっていた。

負けてしまった・・・

悔しい。

私は普通に、勝つためにイサミを破るのだ。

・・・だが負けてしまった。

チキショーだ。

復帰できるってことは、普通に勝てるってことだと思うのに。





もう、俺は・・・私は、負けない。負けたくない。

プロレスは勝負だ。

負けたい奴などいない。いるはずない。




私はもう、100パーセント、いやパワーアップしてるから110パーセントだ。

もう病人ではない。

言語障害はまだ残っているが、喋りが苦手になってるだけ。身体はもう完全以上。




俺は現役プロレスラーです。




(一部マスコミの方が「運動障害」と誤植されてしまってますが、「言語障害」です。いや、私の喋りがへたくそだったせいです。申し訳ありません!!)






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2014年05月01日

明日

明日はFREEDOMS後楽園です。

私は復帰戦をします。

一年九ヶ月ぶりですが、復帰試合を終えれば、もう普段通りに戻ります。

・・・いや、違いますね。

復帰試合と言っても、ゴングが鳴れば、いつものモードに戻ります。

私はいつも通りのプロレスラーに戻ります。

前よりパワーアップしてるかもしれませんが。



みなさん、ぜひ・・・







5月26日(月)、大先輩・ミスター雁之助さんのプロデュース興行「鬼神道リターンズ16」に出していただくことになりました。

復帰前だというのに、オファーを頂いて本当にうれしいです。

雁さん、ありがとうございます。私は前よりやりますよ。

タイガースマスク・・・ 丸ちゃんをやってやります。





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2014年04月24日

保永昇男さん

何故か突然思い出した。保永さんのことを。

保永昇男さん、今どうしてるんだろう。

私が知らないだけかな・・・



保永さんとお会いしたのは、10年前だったか。
私はアパッチだった。

保永さんは新日本のIWGPジュニアなどで活躍され、引退後はレフェリーになられていた。

だが練習はずっと続けられていた。
WJ〜LOCK UP(リキプロ)の若手たちには、コーチとしてものすごく厳しかった。
宇和野には特に・・・

だが私にはやさしかった。
他団体だからか、それとも目をかけて下さってたのか、今ではわからない。
いつも、にこやかに接して下さっていた。
私にとっては雲の上の方だったのに・・・


長州力さんの団体では、いろいろ経験できた。

長州さんともけっこう当たれたし。

おお、石井智宏さん、凄く活躍してる・・・!


越中詩郎さんとのシングルマッチは実に三回。
その全てが保永さんの裁き。

越中さんとのシングルはきつかった。
体格も大きかったし、次々に動いてくる。

動きも速い。すごい。

負けないように私もたくさん動いた。

だが、もう負けそうだ、と思ってしまったことがあった。

その時、保永さんが「おーう、ゲンちゃん、がんばれがんばれ!」とさりげなく声をかけてくださった。

最後は負けてしまったが、その時にはかなりのファイトが沸いたものだ。


LOCK UPが休業してしまい、ここ6、7年、保永さんにも会えなくなってしまっている。

90年代の保永さんの試合をよく見る。

渋い。すごい。面白い。

スタミナが無尽蔵だ・・・




欠場してた時、いろいろ回想してた。今もか。

キャリア15年プラス5年。この20年、プロレスのことばかりだった。

たくさんの経験をした。数え切れないくらい。

だが復帰したら、もっともっとたくさんの経験をするはずだ。



もうすぐだ。















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2014年03月23日

回復と復活!!

なぜか40度以上の熱が出てしまった。
一日中苦しんで、死ぬかと思った・・・

DDTの後楽園ホール大会に行った。
貴の試合もあったが、一番の目当てはKO-Dタッグ選手権、イブシ、ケニー対松永、マイケル。

松永とは、彼が高校生の頃に知り合った。
パンチ田原さんの、リングスタッフのバイトの時に知り合った。
高校生トリオとして、後の佐藤淳一レフェリー、全日本プロレススタッフだったヤベくんもいた。

私が夢ファクでデビューした頃、松永はUWF関東学生プロレス連盟でデビューした。
私は城西大学だが、松永は城西国際・・・ まあ、姉妹校か。
マッスルで、城西と城西国際ではどっちがレベルが上か(下とも言う)、みたいな抗争もしたなあ。6,7年前か。

試合。ヌルヌルはまあ、お笑いのお約束だし、ちょっとしかやらないし。
その他の攻防、動きは本当によかった。イブシとケニーを破るんじゃないかと何度も思わせてくれた。

マイケルもいい。
私は昔から、いじめる振りをしてたが、実はもともとマイケルが気に入ってた。

確か、5,6年前に両国の予選トーナメントを行い、第一部で私とマイケルのシングルでメインを張ったことがある。
DDTらしいというか(笑

その一年後か二年後くらいに、両国で、高木三四郎軍(高木・澤・マイケル)とヤゴウ・アズナブル軍(ヤゴウ・アナベル・ホシタンゴ・ニラ)の決着戦が行われたが、最後はマイケルがヤゴウさんにファイヤーバード・プレスを見舞い、見事勝利した。

そういえば、鉄工場プロレスでマイケルと組んで、三四郎とさーくんでやった。タッグ戦だったか。メチャクチャだった・・・(笑

マイケルとはなぜか、思い出深い試合が多い。


何はともあれ、目当ての試合がズバリ当たって良かった。
自分の中では、このタッグ選手権がベストバウトかな。


DDTの選手たちが「復帰おめでとうございます!」とたくさん言ってくれた。
何人に言われたろう。もちろん、三四郎・・・いや、高木さんにも。

おめでとうございます!、と言いながら、まためんどくさい奴が戻ってくるのか・・・ と思っちゃう子もいるんだろうけど。いいや、それはそれで。

で。

松永は言った。
「でもねー、試合より、もう引退してご家庭を守った方がいいですよー。」

これから復帰試合をしようとしてるのに、もう脳梗塞からカンバックはできないと思えるのか。
しかし、菊さんに言ってもらった言葉とは何故かニュアンスが違う・・・

この野郎!と一瞬思ったが、松永の性格だな。もともと歯に衣着せることできないからな(笑


イブシ。飯伏ー! もっとがんばってくれ! でももっと気楽に。(私信)



そして、ポイズン澤田JULIEさん!

控え室で会えました。

復帰戦の報告を伝えることができました。


みなさんから送ってくださったメッセージ。万羽鶴。GENTARO AIDでご協力していただいた方、レスラー。そのほかにも、数え切れないです・・・ ナベラッカ。


そしてポイズンから送って下さった。マイクアピール。もう引退の間際だというのに。
回復と復活の呪文をかけて下さったんです。

ちょっと早いんじゃないないか? と思ってる方も多いと思います。

でも

大丈夫です。

みなさんの声援で、完璧になるはず、です。


ポイズンさん・・・

そのうち、ポイズンの置き土産ともいえる、アイアンマン王座、そのうち、また巻きます!



gen28 at 07:00コメント(5)トラックバック(0) 

2014年03月14日

復帰します

メイン後。小鹿さんと岡野さんがタッグ選手権を取れた。
プレゼンターとして、こんなにうれしいことはなかった。

最後に、私はマイクを渡された。松本天通王さんの「あきらめないで」という歌のフレーズを繰り返すことだけ決まっていた。

とっさに、言ってしまった。



試合前に、復帰宣言するかどうしようか、とは考えた。

が、やっぱりやめることにした。


言語障害はまだ治っているとは言えない。

だが半身不随は、96,97パーセント。

100パーセントにはもう目の前。

でも今は100パーセントとは言えない。

今日は、宣言できないかな・・・


すると、岡野さんが、「ゴールを決めた方が、やりやすいと思うよ」と言ってくれた。

その時は、迷っていただけだったが。


言ってしまった。

色んな感情が混ざり合って、泣いてしまった。

去年の五月の時も、お客さんの前で泣いてしまった。

プロレスラーとして、泣いてはいけないと思っていたのに。


だが、復帰宣言して、ホッとしたのかもしれない。

復帰しなきゃ、復帰しなきゃ、でもできるのかわからない。どうすればいいのかわからない。

最近はそう思うことが多かった。イラつきもよく出てしまった。

復帰宣言できてよかった。

きっと、岡野さんがそう言ってくれたから。



人から心配されるなんて、思いもよらなかった。考えられなかった。

復帰復帰復帰・・・ それしか考えることができなかった。

またプロレスする。普通に。それでいい。それだけ考えていた。

私は愚かだった。

私がここにいる理由。

いろんな人々が、私のことを考えてくれている。

たくさんの人々が。

昨日だけでも、

貴、岡野さん、マンモス、葛西、高岩さん、小鹿さん、ヒロキ、カムイ・・・ レスラーみんな。

お世話になってる方、ファンのみなさん。

何百人の人々。

昨日会えなかった人々も、たくさん。数知れない。

ありがとうございます・・・






復帰宣言できたのも後楽園ホール。

復帰試合する予定も後楽園ホール。

聖地だ。

運命だ。



gen28 at 22:09コメント(8)トラックバック(0) 

2014年03月07日

寿限無

寿限無、寿限無 五劫の擦り切れ 海砂利水魚の 水行末 雲来末 風来末 食う寝る処に住む処 藪ら柑子の藪柑子 パイポパイポ パイポのシューリンガン シューリンガンのグーリンダイ グーリンダイのポンポコピーのポンポコナーの 長久命の長助

昔、暗記して、落語で話せた。

すごく楽しい話だし、早口言葉になる。
うん、全て思い出せるようにしよう。





もうすぐ、FREEDOMSの後楽園だ。

レスラーとしてではなく、ファンとして思う。

「プロレス」は、素晴らしい。

エンターテイメント・・・ スポーツ・・・ 格闘技・・・ 何も当てはまらないジャンル。

その素晴らしさを、後楽園ホールで味わえる。


後楽園ホール。

私が生まれる前からある会場。

ファンの時からプロレスラーになった現在まで、何百回行ったろう。

病気になるまで、いい会場だなあ、くらいしか考えなかったが・・・

かけがえ。

これ以上、素晴らしい会場は無い。

どの団体も、後楽園ホール中心に考えてる。聖地だから。

FREEDOMSも。

後楽園ホールで出来ることが幸せだと、とても、思える。



gen28 at 10:38コメント(3)トラックバック(0) 

2014年02月19日

10歳

息子が10歳になった。とうとう二桁になった。

過去のブログを見ると、息子の成長を追っていくことができる。



生きてて、よかった



gen28 at 17:51コメント(4)トラックバック(0) 

2014年02月14日

俺はプロレスラーです。是が非でも!

私は戻りたい。

 

もうゴメンだ。半身不随な自分。

言語障害な自分。

それをすべて100パーセント治せることができるのか。

100パーセントだ。

99パーセントでは駄目なのだ。

絶対100パーセントになるんだ!



頼む、治してくれ。治してください。

俺も毎日治してる。毎日だ。

たとえ言語障害が不完全でも、半身不随を完全にしたい。

身体が100パーセント動くようになるように!


10月に40になってしまう。だからその前に!! 


ふらつきながらスクワット140キロできた。

もうすぐだ。

gen28 at 01:28コメント(11)トラックバック(0) 

2014年02月03日

タッグリーグと小鹿さんと高岩さんと火野裕士

1月30日、FREEDOMS新木場大会に赴く。

第一試合で貴と火野裕士が対戦。

欠場明けしたばかりの火野だが、身体がもっとすごくなってる。

私は身体を大きくしてるレスラーが好きだ。
いや、身体を大きくするのは当たり前なのだが、そうでもないレスラーがたくさんいるから・・・
鍛えてるが細身のレスラーはいる。これも好きだ。体質もあるけど、とにかく身体を見れば鍛えてるのか鍛えてないのか、すぐわかる。

火野は一目瞭然だ。

今、火野の体重は120キロはある。
いやー、でかい。
ディック・ザ・ブルーザーか、クラッシャー・リソワスキーだ。
私は昭和の身体が好きだ。
多少脂肪がついてても、問答無用の「凄み」がある。

貴との試合はドローになったが、火野とのチョップの打ち合いで、全く勝ち目は無かった。
体重差は30キロ・・・ もしタイトルマッチだったら、わからんぞ。

第一試合でリングアナを務めた時、火野の体重を「300ポンド」と言ってしまったが、それくらい、ヘビー級になってるってことだ。うん。

言語障害がまだ治ってないが、コールは出来たのか、よくわからない・・・ つっかえてしまってたらごめんなさい。


タッグリーグ。
色んな試合がある。
というか、どんな試合が起こるのかわからない。

たとえば・・・
この日のメイン。

◇KFCタッグ王座争奪リーグ戦Aブロック公式戦
《リアルモーストデンジャラスコンビ》△竹田誠志、葛西純(2点)(両軍リングアウト 11分52秒)《東洋の魔女》吹本賢児、カラテバラモン△(2点)

両リン・・・ カラテバラモン・・・

で、メイン・・・!

いやー、ある意味伝説だな。





第四試合。前半メインに行われたのはグレート小鹿対高岩竜一。

無我夢中になった。思わずセコンドについてしまった。

プロレスだった。これがプロレスそのものだった。

泣いた。




gen28 at 19:12コメント(1)トラックバック(0) 
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