2006年04月

2006年04月30日

回想スペシャル

今日は佐野くんも行ったという、南大沢にできたアウトレットショッピングモールへ行ってまいりました。南大沢といえば昔八王子マルチパーパスプラザという屋根つき屋外会場があり、高校時代全日本観戦に行って渕正信Tシャツ買ったり、大学時代はバトラーツとかFMWとか会場設営バイトに行ってW☆ING金村選手(25)に「いや〜、最近太りすぎて坂道登るの苦労するよ」とか話し掛けてもらったり練習生日高郁人さん(23)と一緒にパイプ椅子並べたりしてたものです。
そのころの南大沢駅周辺は全く何もなかったのですが今日10年ぶりに行ってみたらずいぶん開けてて驚きました。映画館つきの立派な駅ビルも立ち、高層マンションもたくさんそびえていました。こういうケースの土地評価額の推移に非常に興味があります。

別に大した買い物はしませんでしたが、夕食に入ったお寿司屋さんで注文したねぎとろ丼大盛のドンブリが巨大だったのには驚きましたね。ええすごかったですよ。ドンブリがね。


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2006年04月29日

飛んで打って極められる

昨日の大日本後楽園でTAJIRIさん試合したのか…見たかったな。
今日はゼロワンMAX前橋大会。セミ前で日高っちょと二度目のシングル。いつもながら動きが早くて全く油断ならなくて予断も許さない!しかし序盤はじっくりとクラシカルなレスリングができたし、スイングした試合ができたと思うのですが。実に疲れましたが。
最後は妙技ヒダキャッチαで敗れてしまったが、試合後ゼスチュアで勝手にジュニアタッグベルトに挑戦の意志を示すと日高っちょも力強く頷いた。ような気が。よし、マンモス(130圈砲帆箸鵑把戦だ!


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2006年04月28日

1983・そういえば

かつて熱狂的ファンだったある主婦の方から、ポスターに載ってた黒人レスラーはへラクレス・ローンホークではないかとのご指摘がありました。時期的にたぶんそうでしょう。例によって一切記憶にありませんが。あとポスターのど真ん中を飾っていたタイガーマスクはすでに離脱済み。プロレスマスコミの存在も知らず、知り得る情報源はたまに見る「ワールドプロレスリング」のみだったから気付いたのは興行が終わってだいぶ経ってからでした。ハッハッハ。
            二十数年の時を経てプロレス界の形態もだいぶ変わってしまったが、確かに私はあの新日本のリングに上がったんだよね… あの時あのリングには夢がたくさん詰まっていた。まだアタシは夢の続きを見たがっているのかな。夢にしてはだいぶ身体に響くけど。

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2006年04月27日

1983・夢のつづき

なぜたぶん青コーナーかというと、試合が進むにつれ、こちらが外人軍団や当時をときめく維新軍の入場通路と判明したからである。猪木大好きで正規軍ファンだったアタシはそりゃ正面に回りたかったが、憎むべきヒール側とはいえ初めて生で見るレスラーたちに圧倒され感激した。
さわったレスラーは覚えてるのでバッドニュース・アレン、アンドレ・ザ・ジャイアント、そして長州力。まさか20年以上経て同じリングで相対することになろうとは…
試合やカードはほとんど覚えていない。おそらく前の客が立ち上がることが多くリングがよく見えなかったせいだろうか。前座の剛竜馬対荒川真で荒川さんがコーナーで股裂きされて「アイタタタタ!」と絶叫して客を笑かせていたのが一番記憶にあったりする。あと木村健悟ファンだったアタシはここぞとばかりに「ケンゴー!」と力の限り声援を飛ばしたのだが、試合が終わるまでアタシ以外に応援する者は誰一人いなかった…
メインは確か猪木藤波組だったと思う。延髄斬りも卍固めも出ず、最後はブレーンバスターだった。「え、これで終わり?」と多少は思ったが、初の生観戦という事実とTVでしか見れない有名なレスラーズを間近で見れたことですっかり大満足していた。

約十年後、レスラー志望のアタシと大反対の父はたびたび衝突を繰り返していた。その時父は母に「俺があの時プロレスなんか連れてったからこんなバカなこと言いだすようになっちまったんだ」とこぼしてたらしい。いや、確かに思い出にはなりましたがこれがきっかけってわけじゃないんで…
で、現在まだ親不孝進行中。そろそろ孝行スタートせねば。

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2006年04月26日

1983・晩夏の夜の夢

観戦をあきらめきれない私は、うちの両親に対してダダをこねることは逆効果と理解はしていたので遠回しに行きたい意志を小出しに伝え続けてはいたが、色よい返事はもらえないまま時は虚しく過ぎていった。
そしてほぼあきらめかけていた当日、最後のあがきとばかりに父に粘ってみると、それまで全く相手にしてなかったかに見えた父が「何時からやるんだ?そうか、じゃあ早く行かないとな」」とあっさり陥落。逆にアタシの方が面食らった。行きの車中でも「全然違うとこ連れてかれてごまかされるのでは」と半信半疑だったが無事どこだか全然覚えてない野外特設会場に到着。父いわく一番高い席を買ったとのことだが前から8列目くらいで結構遠かった。まあブームだった当時はそれくらいの設定をしててもおかしくはない…
しかし幸いなことにアタシの席は青コーナー(たぶん)の花道添いで、レスラーが続々とすぐ隣を歩いてくる! ステキだ!


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2006年04月25日

1983

57a76922.jpgたしか9月10日頃、小田原に新日本プロレスがやってきた。興行二ヵ月前ほどから近所の店とかにポスターが貼られ、連れてってもらえるかわからないのにとにかくワクワクした。と同時に入場料金のあまりの高さに驚愕。特リン壱万円也。
今はどうか知らないが当時アタシのようなコロコロコミックあたりを愛読する安いガキめらにとって壱万円とは持ってたらちょっと怖い巨額。普段おもちゃすらなかなか買ってもらえないのに、ただでさえプロレスをバカにしている両親がこんな高い入場料を出してくれるわけがない。
元太郎くん8才は半ば諦観してポスターの真ん中をデカデカと飾る憧れのスーパーヒーロー・タイガーマスクを見つめるのみであった。
あとポスターには見慣れないマッチョな黒人が陽気にポージングして「ついに来日」みたくいかにも大物っぽく煽り文句も載っていた。誰だったんだろう?

夏休みはアッと言う間に過ぎ、いよいよ九月。その日はやってきた…

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2006年04月24日

君もどうだい?

84709ada.jpgちょっと大きいみたいだなァ…

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2006年04月23日

めがねっこ

a2320343.jpg浪人時代までずっとメガネしてました。根本的にフレーム選びのセンスが全くないし顔の幅が広いため異様にデカいのばっかりかけてたからメガネとはニキビ以上に恥ずかしいものでした。なぜか嫁が伊達メガネ買ってきたのでかけてみました。国際弁護士風になりました。

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2006年04月22日

プロレス

今の私に足りないものは何か。考える。たくさん考える。冷静に考える。
足りなさすぎ、いやむしろ足りてるコトの方が少ない。アットウ的に。ということに気付く。いや気付いたというより足りない事実からわざと目をそらしていたのだ。
私よ急げ。残された時間はたぶんわずかだ。若手つかまえてウンチクたれてる場合ではない。きっと。


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2006年04月21日

わたしはおろち

c513d221.jpg数日前、嫁が都内某所であの楳図かずお先生に遭遇!その時写メ撮らせていただいたのがコチラですが… 逆光の上正面カメラ機能がナく手探り撮影だったためほぼ判別不能。ウメズマニアの某センシュに送り付けうらやましがらせようとしたが「確かに輪郭は本人だけど…」と釈然としない模様であった。ま、しかし嫁いわく気さくでステキなおじさまだったそうな。…って先生御年70じゃん。お若い。

きかんしゃトーマス見ましたよ。しかし終わってから息子がまた見たくて泣きじゃくったのには参りました。録画しときゃよかった。その後放送してたドラゴンボールGTにはまったく興味示さず。今のとこアニメ特撮系は別に好きではないもよう。

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