2009年10月

2009年10月31日

猫たちの里親さんを募集いたします

猫を多頭飼育していた、今までインディープロレスを応援してくださっていた飼い主さんが【癌】を宣告されてしまいました。
里親さんを探しながら治療を行ってきましたが、独り暮らしのうえ闘病しながらの生活は思うようにならず、精神的にも経済的にも限界が訪れてしまいました。

これから先の事を考え、お互いがまた笑って過ごせる日がくる事を願い、全ての猫達の新しいお家を探しています。

詳しくはAnimal 3rd Eyesのホームページでご確認ください
【Animal 3rd Eyes】http://animal3rdeyes.web.fc2.com/index.html
【SOSページ】http://satooya0222.blog42.fc2.com/

※この里親探しは、怨霊を中心に各レスラーに呼びかけて行なっております。
なお、10月31日の666新木場大会にて、Animal 3rd Eyesのブースをもうけますので、募金や、救援物資を募集します。

【救援物資のお願い】
・処方食 腎臓サポート PHコントロールなど
・缶詰(高齢猫や歯が無い仔、投薬時に使います)
・毛布 タオル 猫用ベッド(中古品大歓迎です!!!)
・シュレッダした新聞紙(ストレートカットした物を個別トイ
レで使います)
・使い捨てマスク 
・使い捨てゴム手袋 
・取っ手付ビニール袋
・洗濯洗剤 
・食器洗剤

皆さま、どうかご協力よろしくお願いします…


gen28 at 16:34コメント(4)トラックバック(0) 

2009年10月28日

35

KANKOKU NI IMASU.

YAKINIKU GA YASUKUTE OISII DESU.

MADOKA TO KIITETA NO DESUGA TAJIRI SAN TONO SHIAI DESITA. KORYA AKETEBIKKURITAMATEBAKO.

SHIKASHI....

ZIBUN NO SHIAI MO HUKUMETE SINZIGATAI KOTO BAKARI OKITA TAIKAI DESITA. KITTO ISSYOU WASURENAI DESYOU!!

KYOU DE 35 NI NATTYAI MASHITA.

KOTOSHI MO SAISYO NI BIRTHDAY MAIL WO KURETANOHA

YAHARI OOKA DESITA. ATO YUIGA MO.

ARIGATOU.

gen28 at 00:33コメント(4)トラックバック(0) 

2009年10月20日

剛さん

最後にお会いしたのは5月の新宿フェイス、IWAジャパン10周年興行の時だった。
コマ劇場の前で鶴見さんと待ち合わせていたようで、お二人ともステーキハウス・リベラのジャンパーを着ていた。あえて揃えたわけでもないんだろうけど、どこか通じあってるんだなあ、と思った。
鶴見さんだけでなく、旧レッスルエイドの社長さんもおられ、団体が立ち行かなくなってもメンバーは一緒にいる、ということに何となくハートウォーミングな気分になった。
剛さんと鶴見さんがお互いに「八木!」「田中!」と呼び合う、と聞いたときもホンワカしたものだ。

「お久しぶりです」とご挨拶すると、剛さんはにこやかに笑ってくれた。が、どこか具合が悪そうなのが気になった。剛さんは「それじゃあ」と手を振って歩いて行ったが、片足を引きずってかなりしんどそうだった。
それだけに、その後ユニオン、和志組で試合したことに驚いた。
自分のコンディションは自分が一番よくわかるはず。それでも剛さんはリングに上がり続けることを望んだ。
剛さんの代名詞は「プロレスバカ」だ。
三度の飯どころか自分の身よりもプロレスが好き、と定義するなら、剛さんは最後までそれを体現していたことになる。

95年に週プロが主催した、当時のほぼ全団体が出場した東京ドーム「夢の懸け橋」大会。
剛さんの「ショアッ!」をドームで体感できたあの高揚感は忘れられない。
当時の映像を見ると、剛さんのコンディションもモチベーションも最高潮だったのがわかる。

WWWFJrヘビー級選手権試合・藤波辰巳対剛竜馬の映像もどこかにないかな。
剛さんが最後まで「プロレスバカ」であろうとしたすべてが詰まっているような気がする。


レッスルエイド以外に接点を作ることができず残念でしたが、一ファンとして、
慎んで御冥福をお祈りいたします。


gen28 at 10:28コメント(4)トラックバック(0) 

2009年10月13日

ドラゴン・スープレックス

10月4日、ドラディション茨城県大子町大会。

テーマ曲があの「バッドボーイ・ブルース」でなかったのは残念だが、とにかく実質のメインイベントのリングに、グラン浜田さんと上がった。

パワーホールが鳴り響き、長州力が威圧感たっぷりに入場。初めてリング上で相まみえてから5年。この人ほど入場から戦うオーラを出しっぱなしなレスラーはいない。
そしてドラゴン・スープレックスが流れる。
マニアックな話だが、CBSソニーのオリジナルではなく、キングレコード版のカバー・バージョンの方がほぼ会場仕様になったのは何か理由があるのかなあ。
そのキング版で藤波辰爾が入場してきた。うわあ・・・

藤波辰爾との初対決は間違いなくプロレス生活ハイライトのうちの一つではあるが、それがいきなりVS藤波・長州組として実現してしまうとは・・・
感慨無量です。

先発を買って出た。向こうはどっちが出てきてもたまらない話だが・・・
長州力だった。
でも考えてみたら、絡んだことは何度かあれど、スタートでロックアップしたことなどない。
組み合った。すごい圧力だ・・・。

プロレスを長く見ている人なら、「ロックアップした瞬間に相手の力量がわかる」と聞いたことがあると思う。これは別にキン肉マンをはじめとするフィクション世界の産物でも都市伝説でもない。
すごい人は本当に組んだ瞬間本当にすごいと肌でわかる。鳥肌が立つほどに。

一瞬たりとも気を抜けない中、長州力は藤波辰爾にタッチ。
うわあ、出てきた。
藤波辰爾はコーナーの浜さんをチラリと見やる。
変わってほしいってことか? そりゃ初めての奴よりは勝手知ったる浜さんの方が組し易いのかもしれないが・・・
そうはいかない。意地でも絡んでやる。

右手を差し出して手四つを誘う。
指が絡んできたところを、すかさず腕をひねると同時にカニ挟みでグラウンドに誘う。が、ふんばってきた。
それも想定内。体勢を入れ替えて意地でも倒す!

それからは平常心のまま戦えた。浜さんもやっぱりたのもしい。

ドラゴンスクリュー、リキラリアット食らった。
当然だが、その瞬間の沸きようはそりゃものすごい。
食らっているこっちも沸き上がる気持ちが。

最後はドラゴンスリーパーが浜さんを捕らえ、試合終了。
その間私はサソリ固めを食らい動けず。
なんか・・・本家のコレ食らってしまったら、
シャープシューター?なんじゃそりゃあ! とか思ってしまったり。
いや正直な話。

ドラディションのHPに行ったら、試合結果ページにこの試合の写真がいくつかあった。
藤波さんと向かい合って手四つに組もうとしている写真がなんかすてきだった。
昔の私に見せたら信じるかな。

昭和56年たぶん初夏、友達にプロレスと馬場・猪木の存在を教えてもらって、金曜夜八時のテレビ朝日にチャンネルを合わせた。
若い日本人レスラーが二人、白髪のおじいさんのような二人組と戦っていた。
実況アナが「ふじなみたつうみ」と言ってるように聞こえた。
あれから28年が経過するわけね・・・
ちなみにその時のカードはおそらく藤波辰巳・谷津嘉章対ムーンドッグスと思われる。


さて、今大会のメイン後に行われたバトルロイヤルでは、どさくさにまぎれて四人の女子レスラー(アイスリボン勢含む)が藤波長州をフォールしたとかしなかったとか。
時代だ・・・

gen28 at 23:38コメント(2)トラックバック(0) 

2009年10月07日

続々 リビングレジェンド・ドリーム

怪奇派どもを次々に薙ぎ倒していた、鶴見五郎の裏拳の威力はやはり凄かった。

脳天をかすめてから警戒に警戒を重ね、スタンドの打撃で優位に立った…と思いきや、忘れた頃にカウンターで食らってしまい、たまらずエスケープ。
さすがにベテランは、攻められていても、一発で流れを変える強みを持っている。

場外で何とか形勢を変え、狙いを左拳及び左腕に絞り、何とか裏拳封じを図る。が、思うように攻めきれない。
コーナーで背を向けたり、ロープ際でもたれかかったり、自らは動かずとも攻めにくいポジションをしっかりキープ。
こっちは何とかリング中央に引きずり込みたいのだが、なかなかそうはさせてくれない。隙を見てグラウンドに持ち込み、関節を極めても常にロープが届く位置。これがキャリア40年のインサイドワークなのか。


そして、トップロープからの攻撃は最大の逆転のチャンス。
翼を持たぬ人間にとって、空中ほど無防備な空間は無い。
動かぬはずの左腕めがけてダイブした私を待っていたのは渾身の裏拳だった…

もしこの時点で鶴見五郎の拳を攻めきれていなかったら私は敗れていたはずだ。
だが必死に攻めた甲斐あり、裏拳の威力は半減していた。その後何度か繰り出された裏拳はヒットしても私は耐えることができた。
そして、必殺の五郎スープレックスは傷めた拳ではクラッチが効かなかったか、不完全となり私はダメージを食わずに済んだ。

そうなれば後は問題無かった。
場外に誘い込み、入場式で予告していた通り五郎売店を破壊する勢いでもつれあいながら、お宝Tシャツや国際定期戦DVDの山へたたき込まんとしたが、当然必死で阻止にかかる。
そうこうするうち場外カウントは進むが、攻防戦を繰り広げる鶴見五郎には聞こえるはずもなく、必死の裏拳をまたしても私の顔面に炸裂させる。
しかしそれも計算のうち。痛みをこらえつつ、カウントギリギリで私は生還。売店に気を取られ続けた鶴見五郎は間に合わず、私はリングアウト勝ちをものにした。

リングアウトとはいえ、下手なフォール勝ちよりも、何倍も嬉しい勝利である。

かつて、プロレス界では今よりずっとずっと、ルールに則った戦いが行われていた。レジェンドたちはそんな中でいかに「勝利」という形を残すか、という戦いを繰り広げていた。リングアウトであれ、反則であれ、勝利の意味はシビアであり、絶大だった。鶴見五郎はそういう時代を生き抜いてきたのだ。
だから私にとっても、この勝利はとてつもなく重い!

試合後、鶴見五郎の控室へ行った。
もはやアフロではない髪にバンダナらしき謎の布を巻きつつ、鶴見五郎…ゴローちゃんは「ありがとうな」と笑って下さった。

ゴローちゃんの足元を見ると、よくあるクロックス的デザインのサンダルを履いていたが、妙なマダラ模様なのが気になった。よく見ると、オレンジ色のサンダルを青マジックで上から無造作に塗ったような形跡が。
「鶴見さん、これは…」
「ああ、これちょっとハデだったから色変えようとしたんだけど、失敗しちゃったよ!」

ゴローちゃんはちょっと恥ずかしそうに笑った。



あれから1ヶ月が経過した。
レジェンドとの試合が続いていたが…

去る10月4日はドラディション茨城県大子町大会。
メインは藤波辰爾、長州力対グラン浜田、GENTARO… だった。
いやはや。
今のところ、マット界でこれ以上のリビングレジェンド・ドリームはあるんだろうか。

これについてはまた次回に。


gen28 at 23:08コメント(7)トラックバック(0) 

2009年10月01日

ジュニアの巨人

27日、FREEDOMS名古屋。ご来場ありがとう!

大石MAKOTOからインディーJrを奪取して即、ダブルタイトル戦を打診。
エル・サムライは即、受諾してくださった!

ジュニア華やかなりし時代、静かなる異彩を放っていた実力者エル・サムライ。
IWGPジュニア王座をはじめ、その実績は枚挙にいとまなし。

いつもながら、キャリアも実績もはるか上をいく人と戦うのは勇気の要ることだ。


アパッチ軍として新日本に参戦しはじめた頃にも、エル・サムライはジュニア戦線の真っ只中にいた。
しかし、どこかしら元気が無いように思えた。かつてスーパーJrを制した時のような爆発力が見てみたかったのだが。
実際話してみても、噂には聞いていたが、ここまでとは思っていなかったくらい物静かな方だった。
しかしそれだけに、懐の深さが感じられた。思い返してみれば、新日本がインディーを相手する時、そこには必ずエル・サムライがいた時期があった。
みちのくに参戦するのも珍しくなかった気がするし、すごおくマニアックなところでは、SPWFに出場してエキサイティング吉田兄貴とシングルを戦ったこともある。

2006年のスーパーJrでは別ブロックだったため、対戦は叶わなかった。
その後レッスルランドでBENTEN対江戸侍なんてカードがあったりしたが・・・
その時は、これほどまでに力を使わず、スルスルと試合を進めるレスラーがいるのか?と驚いた。

最近は名古屋方面の興行で会う機会が多く、試合も見ていたが、若手を相手にすることが多いからか、無駄な力を使わず、スルスルと、淡々と試合をこなす場合が多かった。

だが、今回のエル・サムライは・・・

私が入場してから、一切目をそらすことはなかった。確かに昔に比べ痩せはしたが、もともと長身なのがさらに大きく見えた。

ゴング直後のロックアップが本当に重かった。すぐにバックを取ろうと思っていたが、重さに一瞬ひるんでしまい、こっちが取られてしまった。やられた。この瞬間、試合を支配しきれないことを悟った。

グラウンドで、私が上になって関節を取りに行っても簡単には取らせず、すぐにポジションを取り返そうとしてきた。その攻防の最中、動きの激しさに古傷の右ヒザ半月板がズレかかった。肝を冷やした。

何気ない張り手の圧力が凄かった。そう、「圧力」だ。有無を言わさぬ「圧力」。

すげー、エル・サムライすげー。心の中で何度もうなった。

思い出した。
新日本のとある地方興行の第一試合、ある若手にまさかのフォール負けを喫した瞬間、すさまじい速さで若手の顔面を蹴り飛ばした、マスク越しに鬼の形相を見せたエル・サムライを。
元気なく試合をこなす毎日に見えたこの人が、一瞬爆発させた意地。

この人、本気になってくれたのかなあ?

裏DDTにダイビング・ヘッドバッド。
ミサイルキックに雪崩フランケン。
ひそかな必殺技、レフトハンドのクローズライン。
そして仕上げはチキンウィング・アームロック!
左腕をとことん殺された上のでコレは格別だった。

「本物」エル・サムライが身体中に染み渡った。
こころおきなく、戦った。とことん戦えた。
インディーJrを奪取して、いの一番にこの人とやれてよかった。

これで決定的になった。現在、私が持つインディーJrとVKF。この二つのベルトは、私の中では「そういう戦い」をするベルトだ。しなくちゃならんのだ。
何が「そういう」なのかわからない人は各々考えてちょうだい。
次は円華。
ふふふ。たたかうぞ。だからお前もたたかえ!



あ、次こそ五郎編ラストを。

gen28 at 23:50コメント(3)トラックバック(0) 
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