2013年12月

2013年12月29日

新日本プロレス道場にて・2

もちろん、フルスクワット500回はただの準備運動。

その後、縄跳び。
片足づつ、速く跳ぶやつだ。
ボクシングのトレーニングで見たことある。だが、プロレスでもやるんだ・・・

スクワットの直後だから、もう脚がきつくてたまらない。
だがやるしかない。
でも見たことしかないから、見よう見まね。

何分やるんだろう。目がかすむ。
というか、汗がダラダラ。
夏だ・・・ その上に閉め切って温度を上げている。
40度を軽く越えている。

二手に別れたから、やっと休むことができた・・・
と、思ったらまた縄跳び。
脚が。
何セットやるんだ・・・。

それからしばらく、記憶があまり無い。あまりの暑さか、もう疲れがあるのか。
ジャンピングスクワットもやった気がする。


ウエート・トレーニングが始まる。
やることはそれぞれだったから。号令をかけて1・2・3とかはない。

だが、みなさん、全く喋ることなく、黙々とウエートをこなす。

私はその時、重いウエートをやってなかったから、みなさんの重量にびっくり。
知識もほとんど無かったし。

高岩さんが、ダンベルショルダープレスをやっていたのを覚えてる。

金本さんはベンチプレスを。120〜130キロは軽くやってる。軽く、だ。

私は、みなさんと一緒にはできない、というかできるわけがないから、自分でベンチをやった。

ベンチを運んでいるときに、中西さんに注意された。
「引きずるな!」
怖かったが、その反面、うれしかった。
無視されるよりは、言われるほうがよかったのかもしれない。

ベンチといっても、その頃は全く重くはできなかった。
80キロがせいぜいだった。それでもゼイゼイ・・・

吉江さんが「ちょっとやらせて」と、80キロの仲間に入ってくれた。
と、思ったら、80キロくらいはただのウォーミングアップだった。
すぐに別の重いベンチに行ってしまった・・・

ウエートは一時間くらいだったろうか。
一時間といっても、全く時間の経ち方が違っていた。
みなさん、インターバルもあまり取らないし。

小鉄さんは帰ってしまった。

飯塚さんに「すみません、小鉄さんを見送りさせていただきます」と言いながら、ただ休みたかっただけだが。
見抜かれていたのか、飯塚さんから冷たい視線を受けた。

小鉄さんから「いいね、これから毎日来なさい、毎日!」と言われた・・・

入門テストは、やっぱり、無いんだ。



ウエートの仕上げとして、腕立て。
もちろん「ライオン」だ。腕立てした後に思い切り身体を反らせる。
リングの上で、円になって、10人くらいで一斉に号令をかけてやる。
おお、プロレスラーのシンボル、プッシュアップバーがある! とちょっとウキウキ。

だが、これはいつもやってたから、大丈夫・・・
ではなかった。

何セット目か、これまでの積み重ねで、腕がもう利かない・・・
きつすぎて、もうスピードに乗れない。

飯塚さんから間髪入れず怒号が飛ばされる。
「テメー、何やってんだ!!」

私の腕立てが遅れたら、他の選手に迷惑がかかってしまう。
とにかく、やるしかない。
なにがなんでもだ!


基礎体がやっと終わった・・・
で、スパーリング。
レスリングをしながら、関節を極める。

だったら、私は練習生とやればいいのかな・・・ と思った。
練習生とだったら、少しは渡り合えるかな、と、調子いいことを思ってしまった。

そう思ったら、佐々木健介さんが・・・

「おい、ボク」

ボクとは私のことだ。練習生でもない私は、唯の小僧だ。



「藤田、相手してやれ」

藤田和之さん。





gen28 at 18:08コメント(3)トラックバック(0) 

2013年12月21日

新日本プロレス道場にて・1

1998年7月。
新日本の道場に行った。というか、行かされたというべきか。

その時は車磨きやカークリニックのバイトをやっていた。夢ファクのレスラー(そして城西大の大先輩)・加藤茂郎さんから誘われた仕事だ。もちろん死神もいる。

バイト先の上司は、小鉄さんと親しいらしく、私も何回か小鉄さんのキャデラックを磨かかせもらった。
会社の餅つきに小鉄さんが来てくれた時もあった。
その時夢ファクのレスラーたちと一緒に、小鉄さんのお話を聞かせてもらった。

上司には、プロレスラーになりたいことを常々言っていた。
そして1998年7月下旬。会社で突然、上司は「新日本に行ってきなさい」と言ってきた。

驚いた。私は夢ファクに入りたかったのだが・・・
上司は「プロレスラーになりたかったら新日本しかないよ!」
と笑ってそう言った。

「明日の朝、小鉄さんのとこに行ってご挨拶しなさい。それから道場に行くから、車に乗せてもらいなさい」

明日って、何でそんな突然?
それから入門テストを受けるんだ、と言われた。

入門テスト・・・ どうなってるんだ。
後日、結局入門テストの話はまったく無かったが、その時は頭がこんがらかって全然わからなかった。


朝、小鉄さんのお宅に訪問。
「君が高橋だね。よし、行こう。乗りなさい」

とにかく緊張しっぱなしだった。
道場まで、たくさんお話を聞いた。
私のような末端の存在にたくさんお話をしてくれた。
小鉄さんは、1人の人間として、全ての人間を対等の対象にしてくれる方だった。

だが、その時は緊張と嫌な気持しかしなかった。
帰りたかった。
なんでこんな目に合うんだ・・・


道場に着いた。

まず道場の隣の寮に入った。
最近、「劇的ビフォーアフター」で改造されたらしい、あの寮だ。

小林邦昭さんがいらっしゃった。
ガチガチになりながら挨拶したが、にこやかに応えてくださった。

ふと見たら、ロッカーの上に車磨きの溶剤が置いてあった。橋本さんのかな?
橋本真也さんが車磨きに凝ってると、会社で聞いたことがある。


そのうち、選手がどんどん集まってくる。

入門テストだと思ったから、選手にたくさん挨拶した。

小島さんがすごく丁寧に挨拶してくれたのを覚えてる。
「そう、がんばってくださいね!」

まだ新人だった真壁さんが、「え? 入門テストをするんですか? これからするんですか?」
と不可解極まる、みたいに聞いてきた。

結局上司が入門テストと勝手に言ってただけだと思うのだが、私はとにかく皆さんに言わなければ、と挨拶周り。

そのうち、選手の合同練習が始まりそうだった。人数がすごい。そのうち20人くらいの数になっていた。
あれ、ひょっとして入門テストじゃないのかな?


とにかく一足早く小鉄さんと、道場に入った。

小鉄さんとヒンズースクワット(もちろんフルで)。準備運動かな・・・?

スクワットやっていたら、選手たちが入ってきて、全員柔軟体操を始めた。

絶対合同練習だ・・・

小鉄さんから「よし、お前はあと100回したら、合同練習に入れ」と言われた。

ていうことはその後入門テストさせられるのか。地獄だ。と思った・・・


小鉄さんが道場から出てしまい、それから選手の合同練習に参加。
さっきまで怖かったはずの小鉄さんが、今では救世主みたいに思えるほどに、合同に参加させられることは打ち首くらいの立場と思えた。

「よし、スクワットいくぞ!」

号令がかかり、ヒンズースクワットが始った。フルで。
私はさっきまでやっていたのに・・・ しかし私なんか関係ない。やるしかない。

佐々木健介さんがヘッドコーチ。その次のコーチは飯塚さん。

それから、当時の中堅までのレスラーはほとんどいたはずだ。

中西さん、永田さん、山本(天山)さん、小島さん、石澤(カシン)さん、安田さん、金本さん、高岩さん、藤田さん、吉江さん、真壁さん・・・ ほかにもいたはずだ。
レフェリーの田山さんもいた。

当時、まだ夢ファクだった福田雅一さんがいたため、少しほっとした。
「どうしてここにいるの??」

しかし福田さんもまだ緊張してたはずだった。私なんか構ってる暇なんてあるはずがない。。

練習生は井上亘選手、現トレーナーの新島さん。他にいたかもしれないが、現在に至るまで存在するのはお二方だけだ。棚橋選手、KENSO選手はまだいない。

もちろん、その時は知るはずもない。
2006年、アパッチ軍として新日本参戦したときに思い出したのだった。
巡業の時、新島さんと一緒に温泉に浸かったとき、新島さんのことを思い出し、思い出話に花が咲いたものだ。

しかし、まだデビューもしてないその時は地獄だった。

500回のフルスクワットが終わっても、これはまだ準備運動に過ぎない。

地獄はこれからだった・・・






gen28 at 17:14コメント(3)トラックバック(0) 

2013年12月13日

ダイナマイト・キッド

ダイナマイト・キッドが脳卒中にかかってしまったと聞きました。

当たり前だが全く面識は無いです。
だけど「憧れ」の対象です。

脳梗塞になって、なぜかキッドの試合をたくさん見るようになりました。

試合ができない立場になったからでしょうか。

全く妥協ない攻撃。受けもガッチリと。

そして、ものすごい肉体。


肉体。

キッドはステロイドの告白をしてます。ですが、罪悪感ではなく、後悔は無いと言い切っています。

ステロイドは魔法の薬ではないです。

ウエートトレーニングの手助けをするものです。ウエートをたくさんする人だけが、これまで以上の肉体を受け取ることができるのです。

もちろん、後遺症があります・・・ 色々な症状が。

ですが、キッドだけでなく、たくさんのレスラーが肉体のために何でもやりました。

刹那的と言われるかもしれません。

しかし、プロレスという瞬間のために、肉体を捧げているのです。

その瞬間のために。



今、脳卒中はどんな症状なんでしょうか。脳梗塞でしょうか・・・



ダイナマイト・キッド。

面識が無い私にとって、キッドさん、ではなくキッド!! です。

今、試合ができない私は、一ファンです。

大ファンです。

憧れのダイナマイト・キッド。

『将来プロレスラーになったら、キッドみたいになりたい』






gen28 at 14:59コメント(2)トラックバック(0) 
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