2014年10月

2014年10月31日

木村さん

木村浩一郎さんが亡くなられました。

10月28日がご命日。

私の誕生日・・・

一生忘れないでしょう。


私がレッスル夢ファクトリーでデビューしていた時、木村さんは既にDDTの番人でした。

怖い人だなあ、と思っていた。いや、もちろん怖い人だったが。

直属の後輩たちはそれはそれは怖かっただろう。

MIKAMIさんも佐々木貴も、NOSAWA論外さんも、さらに高木三四郎さんも・・・ ものすごくしごかれた。

貴は「すごかった・・・」と何度も教えてくれた。

だが、DDTに後から入ったからか、私にはそれほど当たりは強くなかった。

プロレスで語り合ったことはあまり無かったが、私のスタイルに文句をつけるようなことは全く無かった。勿論、手を上げられることも全く。



近年、やっと理解できた気がした。

木村さんは、本当に、色んなプロレスが好きな人だった。

だから、自分とは全く違うスタイルのレスラーには、もっとリスペクトするのかな、と。

 
橋本友彦(愛称はっしー)に聞いたことがあった。10年以上前か。

木村さんとはっしーが後楽園ホールかどこかで、ザ・グレート・カブキさんと会った。

はっしーはプロレスをよく知らないのでカブキさんのことも知らなかった。が、木村さんは最敬礼。はっしーに「バカ! カブキさんだぞ! お前も頭下げろぉぉぉ!」

「いやあ、木村さんがあんな頭下げてたの初めて見た気がしましたよ。ハッハッハ」と語った橋本友彦。


そういえば、栃木の英雄・吉田和則さんも、木村さんの弟分だが、ずっとリスペクトしていた気がする。吉田さんは心が強い人・・・

もしかして、私のことも考えてくれたときがあったのかな。と・・・

最後に会ったのは三年前。栃木エンターテイメントで。入院する前。

栃木に行く度に、木村さんと会うのが楽しみだった。

戦うのも組むのも楽しかった。

木村さんの奥様と娘さんに会えたときも、嬉しかった。

今度の12月28日にも吉田さんにブッキングしてもらい、木村さんと会えると思ってたのに。



ヒクソン・グレイシーと戦った男。
さらにプロレスを愛した、DDTを愛した男。

木村浩一郎さん、あなたは凄い方でした。

謹んで、お悔やみ申し上げます。







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2014年10月22日

強いレスラー



マンモスと組んで、横綱と大森さんと戦えた。
感無量だ。

横綱・曙さん。なんという強さ。
やはり、アンドレ・ザ・ジャイアントだった。

横綱は、マンモスに、グラウンドでのしかかった。
私は、その時、もう試合終わりだなと思ってしまった。マンモスは懸命に返した。

200キロ・・・
大森さんが軽く思えた(笑

だが、大森さんはやはり私の大好きな大先輩だった。

9年前も3年前も、そして現在もアックスボンバーで倒された。

だからこそ、もっとやりがいがある。
もっとやりたい。そして、倒したい。


そして、マンモス。

横綱を倒せ。

マンモスは凄いレスラーだ。

インディーでは、マンモスを倒せるレスラーはいない。私はそう思う。

だからこそ、横綱にもっともっと挑戦してもらいたい。

マンモス40歳、横綱45歳・・・  もう歳の差なんかないね(笑


強いレスラー。

昔、私は、強さなんか関係ない、と思っていた。
俺は身体も小さいし、筋肉も無いし、インサイドワークだけ磨ければいいと。

30代終盤になってやっとわかった。

強さとは何かと。
精神も身体も、なにもかも。

私は、もっともっと磨き続ける。まだまだだけど、全てを。









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2014年10月15日

戦いたいです。幾多の凄腕と。

後楽園!

プロレス的に言うと。10・16。10月16日です。もうすぐです。

盟友・マンモス佐々木と組んで、あの曙さん・・・横綱と大森さんと戦えます!

もちろん、マンモスはその昔横綱の付人でした・・・
東関部屋だったんですよ!
あの、あの高見山だった東関親方の部屋!
さらに横綱・曙さんの付人!
いろんな、いろんなことがあったでしょう・・・


そういえば私も、何度か、横綱と対戦したことがありました。
チョークスラムの高さにビビりました・・・

現在、横綱との対戦を迎える時に備え、猪木さんとアンドレの戦いを見習ってます。
猪木さんは当たり前ですが、「無駄打ち」など絶対やりません。自分が勝つための手段しかしないのです。


そして、大森隆男さん。

私の大森さん。城西大の大先輩でした。部活は違いましたが。

フリーダムズによく上がってくださった時もあった大森さん。

初めてシングル対戦できたのはZERO1で。かなり前です。8年くらいか。

フリーダムズでシングルできたのは三年前くらい。今も覚えてます。

アックスボンバーを封じるために、大森さんの右腕をダブルリストロックで破壊しました。

20分以上かけた戦いでした。

大森さんは今や、元ですが三冠王者・・・ そんな方と思う存分戦えたなんて。うおおおおお!


現在の全日本・・・ ヘビー級がたくさんいる。いいなあ・・・
タイガー! 木原さーん!・・・


そういえば、凄腕のレスラー、思ったとおり、いましたよ。
凄腕中の凄腕です。

ミスター雁之助が復帰しました。

思ったとおり、雁さんは全然変わらず試合できてました。凄い試合を。

雁さんは現在46か47だとおもいますが・・・

私は、現代人が、老けてるのがどんどん遅れてるのではないかと思ってます。

SMAPみればわかるでしょう。みんな40越えてるんですよ。

40年前、こんな40いましたか???

私もそろそろ40です。雁さんもまだまだ若いんです。

はははっはは。

というわけで、ハツラツと、鬼神道でシングルマッチやりましょう!

あれ? 鬼神道「リターンズ」どうなりましたかな??



メインは葛西と貴のタイトルマッチか・・・

思ってることがある。







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2014年10月09日

聖地にて

後楽園ホール!

聖地だ。

週刊プロレス・・・週プロが、我々の五周年後楽園興行をクローズアップしてくださった。

10月16日ですよみなさん。木曜日ですよ。
そういえば、昔は木曜日=発売日に必ず週プロ買ってましたねえ・・・ 

今回は小鹿さんは出られないのだが、小鹿さんのインタビューも。
小鹿軍団が実に懐かしい。全盛期の小鹿軍団の写真も載ってる。
小鹿さんを筆頭に、バラモン兄弟、Ken45°、アントン、アブ小、小笠原先生、岸和田兄さん、小澤さんこと怨霊・・・
さらにサスケ会長も! 
凄かった、というか全く画一性が無いというか。

FREEDOMS初の後楽園ホール興行の時が小鹿軍団全盛でした。
今考えると、後楽園を小鹿軍団として毎月押さえてもよかったんじゃないか、と思えます。

メインは私と小鹿さん・・・ 
一生忘れることはないでしょう。

今回はどうなりますやら!?

横綱に大森さん・・・  また書きます。



さて、後楽園といえば、12日に、ガッツワールドの10周年記念興行があります!

ガッツ石島とは長い。ガッツはSWS(三多摩学生プロレス連盟)の時から知ってる。
レッスル夢ファクトリーの時、夢ファクのリングをSに貸して、私は人足として参加していた。1999年だったか。
ガッツは冬木さんのコピーレスラーをやっていた。上手かったことを覚えている。
HARASHIMAもいたなあ(笑

それがもうガッツワールド10周年か。

長かったのか、短かったのか。いろんなことがあった。一宮さん、今どうしてるのかな。

で・・・



ガッツワールドの最高顧問

ミスター雁之助、復帰・・・

復帰!!!!!!!!!!!



雁さん・・・


私は、あんまり言いたくはないですが、脳梗塞でした。

私は、とにかく復帰しなければ、と思っていました。

でも、私はプロレス全くできませんでした。

オムツして、車椅子で、半身不随で、半分ボケてました。

プロレスができる人々がうらやましくって仕方がなかったです。

もう、引退とかカンバックとか・・・

もうなんでもいいです。

できる方は、身体は大丈夫な方々は、ぜひプロレスやってください!!

雁さん、思う存分、プロレスをしてください。

思う存分やれたと思ったとき、は、多分もう無いでしょう。

カンバックしたレスラーは、もっとさらにやりたいと思うはずなんです。


カンバックは一試合だけかも、とか、は無いでしょう。

これから俺はもっともっとやるぞー、思うはずです!

だから、雁さん、俺とも・・・




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2014年10月06日

寝技・グラウンド・サブミッション・・・ 

プロレスを実践し始めて20年。

その以前の格闘技歴といえば柔道しかなかった。

プロレス習いたいけど、プロレスないなあ。だったら柔道ぐらいしないよなあ。うん。
そう連想した方々はいっぱいいると思います。

小学三年生のときちょっとやりました。
小田原城そばのスポーツセンターで週三回やってました。

(柔道終わって帰宅したら、自宅で家族がTVでザ・ベストテンをかけてまして、アルフィーが登場し「メリーアン」を生演奏。場所は何と小田原城。もちろん生放送。僕すぐそばにいたのに!と悔しがりました。地方でこんなことって、あるんですね・・・)

小学生だったら関節技や絞め技はありませんでしたが、押さえ込みが好きでした。後々、相手を押さえ込みするテクニックは、小学生時代があったからといえます。

中学生時代は卓球部の幽霊部員でしかなかったですが。

高校時代はまた柔道を再開しました。都立小金井北高校でした。

とにかく立ち技は苦手でした。
背負い投げや払い腰の打ち込みや投げ込みだったら綺麗にできるのですが、実践だったらまったくダメ。だから相手の払い腰を狙い、裏投げでブン投げることしか考えてませんでした。なので地区大会では「危険なヤツ」と目をつけられることに。確か後ろ髪を伸ばしてたので「ジェロニモ」と呼ばれてた気が(笑

でも、寝技は得意でした。
投げられることがなければ、押さえ込みで勝てる!と何故か自信が沸きました。ですが、地区大会では会場も狭く、タイムも短く、寝技などするな!と言われてるような場所でした。当時はあまり考えてませんでしたが、現在ではたくさん恨み言を言いたいですね(笑

ですので、大体、三回戦くらいで敗退。いい時で都大会に出場くらいでした。
あまり覚えてないですね・・・

でも勝った時の記憶はあるもので。
大体、寝技か関節技でした。
それか裏投げ(笑) でも裏投げは殆どポイント取ってくれないんですよ。何故と言うと、評価外なので・・・


プロレスラーになりたい!と騒いでた高校三年の時。
親父と喧嘩になりました。当たり前ですよね。ガキでした。

私は親父に飛び掛りました。
私の親父は172センチ、80数キロありました。
ですが、私も当時75キロあり、親父は運動不足だから勝てるだろうと思ったんです。

すると、親父はすぐにのしかかると、瞬く間に私を袈裟固めで押さえ込みました。
瞬時でした。

当然動けなくなりました。
余りの悔しさで、腹に噛み付きました・・・
高校三年間、寝技で負けた記憶が殆ど無かったのに。


私の親父の母校は北海道大学でした。
もちろん、柔道部。

北大の柔道部には、七帝柔道という、寝技中心の大会があります。
戦前は高専柔道と呼んでいました。
殆ど寝技で相手を仕留める、強豪中の強豪。それが七帝柔道。

私はプロとしてデビューするまで知らなかった。親父も柔道部の話はあまりしなかった。

でも私は、七帝柔道は寝技中心か、いいなあ、くらいにか思ってなかった。


2011年9月、「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」という本が出版されました。興味はありました。

2012年8月、私は脳梗塞になりました。

それから数ヶ月経ち、記憶が不確かでも、とにかくいろいろ勉強しなければ、と思いました。

その時です。「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を読まなければ、と思いました。何故なのかは覚えていません。

親父は北大柔道部でした。現在でも同窓誌が贈られています。
 
そして「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」を書かれた増田俊也さんは、北大柔道部。

親父は面識はありませんでしたが、同窓会のメンバーとして、増田さんから、大宅賞受賞パーティーに招待されました。

親父は出席できませんでしたが、独自で「木村政彦はなぜ〜」を買い、読破しました。

私も読ませていただきました。

北海道大学柔道部は名門でした。

北大だけでなく、七帝柔道は、高専柔道は、凄いのです。

この歳になるまで、わかりませんでした。本当に、申し訳ありませんでした。


そして、私が柔道をやっていたことに感謝しました。

現在でもやっている、組み伏せ、押さえ込み、絞め技、サブミッション(関節技)。

全て、柔道をやっていたから出来たんです。




そして、プロレス。

現在、いろいろなプロレスがある。

けっこうだ。

だが、その基本中の基本には、戦いのテクニックがある。

プロレスには戦いがある。

スタンド、グラウンド。相手を組み伏せる。それをするのが当たり前ではないか。

私はまだまだ「強さ」が足りない。

だからもっとがんばる。

私より若い選手たち、もっともっとがんばってほしい。









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GENTARO

本名:Tハシ
身長:176cm
体重:95Kg
デビュー戦:レッスル夢ファクトリー 1999年5月8日埼玉・所沢サンアビリティーズ vs加藤茂郎&死神&怨霊(パートナー:覆面太郎&三浦博文)つらい思い出。
もう一つのデビュー戦:華☆激 1999年5月2日福岡・山川町勤労者体育センター vs川内大裕 いい思い出。
得意技:シューティングスター・プレス ダイビング・エルボードロップ バックドロップ 各種脚殺し
タイトル歴:KO-Dタッグ選手権、WEWタッグ選手権
、KO-D無差別級選手権、DDT EXTREME級選手権、VKF選手権、インディペンデント・ワールド世界Jrヘビー級選手権などなど12、3個
尊敬する人:偉大な先人たち、藤子先生
尊敬しない人:いばりんぼ、うそつき
好きな食べ物:血のしたたるステーキ

この素晴らしき人生を愛する者たちとともにおもしろく歩むとする。

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