2018年06月

2018年06月29日

本当に一瞬で落ちる裸絞めの話

 
 一瞬で落ちる。と言うが、実はそれはなかなか無い。

 数秒、十数秒くらいならしばしば見るが。

 だが私は、本当に一瞬で落ちた経験があった。22年前のことであった。

 
 裸絞めとは、頸動脈を押さえる技である(チョークスリーパーのことは今回はいい。プロレスだったら反則だし)。

 やられる側としては、苦しい。気が遠くなる。

 やる側は、てめー、このやろー、落ちろ! と全力を尽くす。

 だが、落とす落とされるまで時間がかかる場合の方が多い。大体は落ちる前にタップするし。

 (ああ、思い出した、高校時代の都大会だったか、凄い強い高校との団体戦で、相手の締め技で参ったしてしまったんだ。タップするのも嫌だし、参ったと言うのも嫌だったから、「ギブアップ」と言った。馬鹿だった。プロレスしか考えてなかったんだな。もう少し我慢してれば「待て」が入ったかもしれない)

 だから、タップする暇も無い一瞬で落とす裸絞めとは、この22年間目撃したことは無い。


  
 22年前、確か法政大学市ヶ谷校舎でのUWF関東学生プロレス連盟の小規模な大会。

 私は3年生で主力だったが、面白がってコミックマッチに出た。まあコントっぽい試合のことだ。

 タッグマッチだったが、レスラー対練習生のていでやった。なんか最近聞いたような。

 レスラーはコスチュームだが練習生はTシャツとジャージ。まあわかりやすい。

 私は練習生側。「よろしくお願いします!」と声を張り上げる。

 相手は同期の「毛じらみ辰爾」。東海大学卒業後に自衛隊入り。シークレット側だったらしく卒業以来会ってないような・・・

 毛じらみは、身長はそこそこだったが身体はガッチリ。黒ショートタイツと黒リングシューズでストロングスタイル。

 と思いきや、どっちかといえば、いや完全にコミック派だった。

 だが騒ぐのではなく、シュールに静かに笑いを取る男だった。
 
 だからレスラー対練習生も、あからさまに笑いを取るのではなく、しごきを見せ、もしかして本当なのでないかとお客さんに思わせるのである。笑いはその後でいいのだ。

 
 で、練習生の私は毛じらみにたくさんしごかれる。バンプを取りまくり、関節や絞めをさんざんされる。

 裸絞めをされた。

 私は、リアルに、一瞬で落ちた。

 落ちたのが数秒間なのか十数秒間なのか憶えてないが。
 
 目が覚めたら、リング上で寝ていた。

「あれ、ここどこだっけ・・・」
  
 毛じらみがいる。

 実況が喋ってる(私信・藤井だったっけ?)。

 レスラー対練習生の状況を思い出す。

 試合を続けなければ。


 試合は、練習生が大殊勲の勝利で終わった。全てこなせたのだ。まあそれはいい。

 で、試合後話したが、毛じらみも回りも、私がリアルに落ちたとは誰も思ってなかった。

 逆に、私が落ちたフリをしたと思っていたらしい。

 毛じらみはそこまで力強くやってなかったと語る。まあそうだろう。

 だが例え偶然としても、毛じらみが一瞬で落とせたことは事実。さすが自衛隊。
 
 そして、そこまで力を入れなくても、一瞬で落とせる頸動脈の箇所がある!ということだ。

 だが22年経つが、未だにわからないのである。

 生涯中に見つけられたらいいね。



gen28 at 01:00コメント(0) 

2018年06月13日

森田童子

 
 亡くなられたと。

 森田童子、は、さんとか氏とか敬称もつけてはいけない感じがする。森田童子。

 私は、ご多分に漏れず、ドラマ「高校教師」の主題歌「僕たちの失敗」でハマった。

 森田童子は1975年にデビューし、1983年にひっそり引退されたという。

 伝説の存在である。


 で。

 最後のライブは新宿ロフトだった、という。

 新宿ロフト・・・

 ライブハウス。 
 
 こないだ、FREEDOMSにてマットオンリーで試合した会場がそうだったのか??

 控室で使用した部屋は、森田童子の控室でもあったのか・・・?

 私には何もわからない・・・ 
 
 たぶん、調べればすぐわかるのだろう。

 だが私は、調べようとは思わない。ずっと伝説に触れたい、浸かっていたい。ような。もしかして、あそこの同じ場所に森田童子もいたのだろうか・・・とずっと思い続けたい。ような。

 ご冥福をお祈りします。
 


gen28 at 00:38コメント(0) 

2018年06月08日

初勝利

 
 1990年。初夏くらいか。

 柔道部だった私が、いろんな学校との合同練習に行った記憶。

 初の練習試合。

 相手は、二年生でちょっと長身で黒帯。 

 一年生の私はまだ白帯だった。

 高校での試合は初だった。公式ではない練習試合でも緊張する。

 
 試合開始から時間はそれほど経ってなかったか。

 相手はそんなに力はなさそうだが、技術はわからない。

 そのうち相手が私に巴投げをかけてきた。

 面食らった。テクニシャンだったのか。

 普通はそのまま一本負け。

 だが。

 プロレスに近い部活は柔道くらいかなあ、と思ってた私だから出来たディフェンス。

 背中ついたら即一本負けだ。だったらこれしかない。

 ブリッジで防御。

 そして180度ひっくり返って瞬時に抑え込み。

 相手は巴投げの体勢。無防備。

 上四方固めでガッチリと抑え込んだ。

 30秒経過。

 黒帯相手に一本勝ち。

 ガッツポーズするしかないではないか!


 その直後だったか。

 自信たっぷりになってしまった私は、同学年の黒帯との練習試合に挑む。

 彼は強かった。中大付属高だった。

 たくさん投げられた憶えが。

 有効、技あり、そして一本。

 寝技に持ち込む暇など無かった。

 最後の投げ技の瞬間、彼がニヤリと笑った(ように見えた)のは一生忘れないだろう。 

 柔道の投げ技が嫌いになったのはそのトラウマか。

 そして寝技オンリーくらいになってしまった。

 そして、投げ技といえば裏投げしかやらなくなった。

 裏投げ・・・ルーテーズである。プロレス技である。

 
 私のプロレス技術は30年近くになろうとしているのだ。笑える。












gen28 at 18:30コメント(2) 
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livedoor プロフィール

GENTARO

本名:Tハシ
身長:176cm
体重:95Kg
デビュー戦:レッスル夢ファクトリー 1999年5月8日埼玉・所沢サンアビリティーズ vs加藤茂郎&死神&怨霊(パートナー:覆面太郎&三浦博文)つらい思い出。
もう一つのデビュー戦:華☆激 1999年5月2日福岡・山川町勤労者体育センター vs川内大裕 いい思い出。
得意技:シューティングスター・プレス ダイビング・エルボードロップ バックドロップ 各種脚殺し
タイトル歴:KO-Dタッグ選手権、WEWタッグ選手権
、KO-D無差別級選手権、DDT EXTREME級選手権、VKF選手権、インディペンデント・ワールド世界Jrヘビー級選手権などなど15、6個
尊敬する人:偉大な先人たち、手塚先生、藤子先生
尊敬しない人:いばりんぼ、うそつき
好きな食べ物:血のしたたるステーキ

この素晴らしき人生を愛する者たちとともにおもしろく歩むとする。

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