2019年05月01日

令和と25周年と缶ピース


 元号が平成から令和になった。
 
 平成末期は、どんどん息苦しい世の中になっていってしまった。

 誰のせいでもなく、自然にそうなってしまった。

 平成から令和へ変わるのか、そろそろ昭和に戻ろうかな。私は昭和知らないけど、もうちょっとゆるやかな時代になってもいいんじゃないかな。という意思が国民から来てるような。

 令和時代。

 嫌みで言ってた「ゆとり」ではない、本当の意味の『ゆとり』を持てる時代へ。


 
 1994年、平成6年。私は受け身を取り始めた。

 4月、関東学生プロレス連盟(UWF)所属の城西大学プロレス研究会(JWF)に入部。

 新入生歓迎試合があったので、私は当然入部。初めてのリングに胸躍り、許可をもらっていろんなことをする。バク宙とかを褒められたら、調子に乗ってリングのトップロープから前方宙返り。左足のつま先から立ってしまって靱帯を伸ばす。

 翌日、立ち上がれなかった。

 だが練習には行った。足が痛くても受け身はできるから。

 城西の練習場は自分たちでマットを敷く。コンクリートの上に薄い薄いマットを二枚敷くだけ。その上で受け身を取るのだ。

 痛い。だがやるしかない。
 高校の時にも、柔道部で受け身の練習はしたが、プロレスの受け身ってのは、自ら痛い思いをしなければいけない。
 だからやるしかない。何十回か、何百回か。

 翌日、立ち上がれなかった。

 
 
 城西道場に比べれば、どんな固いリングだろうが、大したことはない。

 受け身もグラウンド・レスリングも城西道場で培った。

 最初は戸惑った。柔道の寝技は好きだったけど、プロレスのグラウンドは違うのかな。どうすればいいのかな。
 だが11月くらいに突然目覚めた。なんだ、結局寝技と同じ。応用すればいいだけじゃないか。

 
 私には、プロレスラーとしての師匠はいない。私の師匠は、二学年先輩の高橋さん、ザ・シロート・サスケしかいない。いろいろなグラウンド・テクニックを教えていただいた。
 
 だが2002年、何故か高橋先輩はKAIENTAI DOJOに入ってしまった。入りたい入りたいと言ってた時期は、けっこう止めたのだが・・・

 そのうち高橋さんはX No.5としてデビュー。同期は旭志織とかKAZAMAとか まあ、ザ・シロート・サスケ話はそのうちに。


 1995年から、パンチ田原親方のリング・プロモーションをよく手伝うようになる。

 UWFではパンチ・プロモーションや別のリング屋さんのバイト斡旋がよくあった。だいたいUWFバイト代表が仕切ってくれてた。

 2年生までは最低限の単位は取れてたのだが、3年生からは、全く城西には行かなくなった。練習や試合の時だけ行った。
 テストよりリング屋を優先していた。

 4年生からは、レッスル夢ファクトリーの先輩、死神と加藤茂郎(JWFの大先輩でもある)から誘われ、カー・クリーニング会社にバイトとして参加。洗車や掃除、車磨きの仕事だ。
 練習も共にやった。
 夢ファクのレフェリーも何回かやった。
 もう夢ファクでデビューするしかない、と思った。
 UWFの大先輩でもある怨霊(ウルフ小澤!)にも憧れた。

 5年生。1998年。
 車磨き会社の上司が、プロレスラーになりたいと言い続けてた私に「レスラーになりたいなら新日本しかないだろう」と、突然何故か山本小鉄さんを紹介され、何故か新日本プロレス道場に行かされることに。まあ一生忘れられない一日になった。過去ブログ参照。
 
 で、夢ファクが一時閉鎖。道場も閉鎖。
 で、結局城西にはほとんど行かずに、中退届け。

 もういろいろダメか・・・と思ってたが、1999年、年明け。
 夢ファク代表・高田龍が、「もう一度やり直すぞ!!!」

 そして龍さんがこう言った。
 「ゲンタロウ、お前、デビューしろ」

 ノストラダムスの大予言ついに実現か、と思った。


 
 プロレスデビュー20周年、プロレス生活25周年。
 知らなかった方たちのために、空白の五年と何だったのか、書いてみました。


 缶ピースをふかしながら。今の私は実に健康だ。




gen28 at 23:21コメント(3) 

コメント一覧

1. Posted by Yoshi   2019年05月02日 12:40
5 GENTARO選手、プロレス生活25周年&デビュー20周年、おめでとうございます!
残念ながら観戦には行けませんがこれからの益々のご活躍とご健勝をお祈り申し上げます。(『健勝』を維持するためにはタバコは控えめに…)
2. Posted by えー   2019年05月03日 17:47
5 プロレス生活25周年&デビュー20周年おめでとうございます!!
デビューも区切りとしていいと思いますが、その前に何があったかも大事ですよね。
そこまで鮮明に覚えてらっしゃるということは、本当に濃い5年間だったんですね(*^^*)
今後もお体に気をつけて頑張ってください✨✨
3. Posted by B 94   2019年07月14日 13:27
げんちゃん、同じクラスの者でした。活躍見てます❗️
凄いです。

コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
Archives
Recent Comments
QRコード
QRコード
livedoor プロフィール

GENTARO

本名:Tハシ
身長:176cm
体重:95Kg
デビュー戦:レッスル夢ファクトリー 1999年5月8日埼玉・所沢サンアビリティーズ vs加藤茂郎&死神&怨霊(パートナー:覆面太郎&三浦博文)つらい思い出。
もう一つのデビュー戦:華☆激 1999年5月2日福岡・山川町勤労者体育センター vs川内大裕 いい思い出。
得意技:シューティングスター・プレス ダイビング・エルボードロップ バックドロップ 各種脚殺し
タイトル歴:KO-Dタッグ選手権、WEWタッグ選手権
、KO-D無差別級選手権、DDT EXTREME級選手権、VKF選手権、インディペンデント・ワールド世界Jrヘビー級選手権などなど15、6個
尊敬する人:偉大な先人たち、手塚先生、藤子先生
尊敬しない人:いばりんぼ、うそつき
好きな食べ物:血のしたたるステーキ

この素晴らしき人生を愛する者たちとともにおもしろく歩むとする。

  • ライブドアブログ