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2009年02月14日

お国と五平

神保町シアターで、「東宝文芸映画の世界」というシリーズの上映が行われている。贔屓の雀右衛門丈は戦後の一時期、映画界でも活躍していたことがあるのだけど、今回、そのときの作品の一つである「お国と五平」が上映されるという。監督は成瀬巳喜男。出演は木暮実千代(お国)、友右衛門時代の雀右衛門丈(五平)、山村聡(友之丞)、田崎潤(お国の夫・伊織)。特別出演に文楽三ツ和会と鳥羽陽之助。
歌舞伎の舞台であれば雀右衛門丈はお国だろうが、映画なので男性の役。それだけでもちょっと見てみたくなる。

上映日時は以下の通り。
3月1日(日)15:20
3月2日(月)14:25
3月3日(火)12:00
3月6日(金)18:45

雀右衛門丈の映画でDVD化されているものはあまり多くないので、映画時代の雀右衛門丈に関心のある方はこの機会にどうぞ。


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2009年02月04日

歌舞伎座昼の部

朝イチの「賀の祝」を観ようと、頑張って遅刻しないように(でもギリギリに)行ったら、「加茂堤」からだった。あら、びっくり。とはいえ、「賀の祝」だけ出すよりも話がわかりやすくていいと思う。橋之助丈の桜丸は父譲り?のリアリズム志向でわかりやすい芝居をするせいか、観客は沸いていたけど騒々しくて興ざめ。とはいえ、福助丈の八重ともども、いいヤツだけど考えが足りない、いささか軽薄な夫婦という感じは出ていたので、まあよいのだろうか。プチ贔屓の梅枝丈の苅屋姫が見られたのはよかった。早起きは三文の得?
「賀の祝」、年上女房チームでは芝雀丈の千代がよい。「勘当してやる」と息巻く白太夫に向かって「孫のことも思し召し」と訴えるところで、この後の「寺子屋」の場面が浮かんで胸が詰まった。今回は上演しないし、拵えもまるで違うのに、不思議なものだ。
一方、三つ子夫チームでは断然、松緑丈。声がよく伸び、決まり決まりの型も美しく、前髪のやんちゃさが抜け切らない梅王丸がよく表現されていた。対する松王丸は染五郎丈だが、彼はむしろ桜丸の方が似合うんじゃないかという気がしてしまう。親指が立っていても「強そう」ではなく「きれい」に見えちゃうのは、やはり荒事向きじゃないのかも…と思ったりした。
「京鹿子二人娘道成寺」は、客席の熱気がものすごいので驚いた。「きれいねえ」とか「どっちが玉三郎?」といった話し声が絶えないというのに、空気は張り詰めている。「道成寺」にはさまざまなバリエーションがあるが、この作品は玉三郎丈の大発明だろう。渡辺保氏が劇評で書いている通りだ。回を重ねるにつれて菊之助丈が成長していることもあって二人の絡みが緊密度を増しているのでエロさも倍増、また、オーソドックスな日本舞踊とは少し異なる振りがついていたりもするので、好みが分かれるだろうと思う。私自身、好きかといわれると、正直微妙なところではある。これを見るといつも、「普通の」道成寺が見たくなるのだ。そしてまた、ものすごく踊り手を選ぶ作品であるとも思う。稀有な美貌と、対照的な特質をもったこの二人以外で誰が受け継いでいけるのか、ちょっと思い浮かばない。この二人の組み合わせであっても、菊之助丈にもっと色気がにじんできたら、どうだろうか。まだ色気よりも清潔感が勝つ今の彼だから、女二人の絡みがぎりぎりセーフで踏みとどまっているように思う。
そして最後は、いつも楽しい「文七元結」。悪人が一人も出てこない、気持ちのいい芝居である。ただ、見るたびに思うのだけど、いくら正直者といっても、50両もの大金を忘れて帰ってきてしまうような粗忽者である。お兼さん、愛娘を嫁に出すのは心配だったりしないんだろうか。

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2009年02月01日

勧進帳

ed860cb1.jpg歌舞伎座夜の部を見てきた。目当てはなんといっても「勧進帳」。吉右衛門丈の弁慶、菊五郎丈の富樫、梅玉丈の義経。常陸坊が段四郎丈というのも、いかにも大顔合わせだ。これだけの「勧進帳」はなかなか見られるものではない。
富樫の登場とともに空気がぴーんと張り詰め、義経、四天王、弁慶と登場するごとに、びしびしと緊迫感が増していく。こんなにも厳しい空気に満ちた「勧進帳」は初めて見たかもしれない。勧進帳の読み上げ、山伏問答ともに、虎の尾を踏む心地の緊迫感。迫力あるやりとりは思わず息を詰めて聞き入ってしまうほど感動した。弁慶の声がやや辛そうなのが気にはなったが、それをしのぐパワーにはただ圧倒されるばかりだ。
しかしそこで息切れしてしまったのか、延年の舞からはかなり苦しそうな様子。もともと踊りのうまい人ではないと思うが、遠心力で振り回されそうになっている弁慶を見るのはちょっと辛い。前半が素晴らしかっただけに残念に思われた。


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2007年12月26日

それぞれの忠臣蔵 再見

国立劇場で今年の歌舞伎見納め。「清水一角」の芝雀丈種太郎丈に羽織を着せる場面で、来年3月には夫婦役なんだなあとしみじみ。ポスターにもラブリーな保名の写真が入って、とても楽しみだ。
「松浦の太鼓」の幕切れで、松浦公が嬉しそうに「感動した!」と連発。なにごとかと思ったら、私の少し後方の席にライオンヘアーの元首相がいた。終演後、近くの席のご婦人から「感動しましたね!」と話しかけられた元首相は「いつ見てもおもしろいね!」とご満悦の様子。

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2007年12月05日

それぞれの忠臣蔵

2f84b478.jpg国立劇場の12月歌舞伎公演「それぞれの忠臣蔵」を観る。昨年の「元禄忠臣蔵」が大当たりだったからだろう。その甲斐あってか、客席はほぼ満員。
一番最初は「堀部彌兵衛」。高田馬場での彌兵衛と安兵衛の出会いから、父と息子として討ち入りに向かうまでを描いている。最初、中山姓にこだわった安兵衛が、討ち入りを前に堀部姓を名乗ることを決意するのだけど、その間の15年間はまったく描かれないので、何が彼にそれを決めさせたのかがわかりにくく感じた。彌兵衛が「忠」の字を書く凧はちょっと欲しい。ご贔屓筋では文字通り引っ張りだこだろう。彌兵衛の娘・さちは隼人丈。京都で太刀持をやっているものと勝手に思っていたのでびっくりしたが、島田髷が似合ってなかなか美しい。由次郎丈演じる住職がよかった。
次の「清水一角」は、渡辺保氏も脚本の欠点を指摘している通りで、あまりにもナンセンス。黙阿弥物なので期待していたのだけど、がっかりした。牧山丈左衛門が実はお前を試したんだよ〜と言ったとき、てっきり討ち入り自体が丈左衛門によるドッキリかと思ったのだが、どうやら討ち入りは本当のことらしい。いくらなんでも、赤穂浪士が乗り込んできている最中に、そんなことをしている暇はないだろうに。
そしてやはり、おもしろいのは「松浦の太鼓」。吉右衛門丈の松浦公が素敵だ。大名のというよりも、名君とよばれるにふさわしい人物の大きさと、討ち入りがないと焦れる子供っぽさとが見事に同居しており、なんとも魅力的。歌六丈の其角はちょっと鋭すぎる感はあるものの、松浦公との関係がよくわかる芝居。また芝雀丈のお縫もよく(わずか15分で姉&弟から兄&妹に早替わりとは忙しいことだ)、見ごたえのある一幕だった。それなのに、第二幕で玄関前の場への場面転換の際に、山鹿流の陣太鼓が鳴り響くなかを帰っていく人の多いこと。そんなに急いで帰らなくてもいいのに。
筋書を買ったら、3月の「歌舞伎へのいざない」の案内があった。種太郎丈が保名のこしらえをした写真も載っている。これは楽しみ。

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2007年11月22日

娘さんからのプレゼント

4adbccbf.jpg昨日、歌舞伎座でとても素敵な帯を見かけたので、ご本人の許可を得て撮影&掲載させていただいた。
ロビーで後姿を見かけて、失礼を省みずに話しかけてしまったのだけど、このかわいい帯の主は富十郎夫人の正恵さん。今年の母の日に当時3歳のお嬢さんがプレゼントしてくれた「ママの絵」を元につくったものだという。落款には「AIKO 2007」の文字。前帯には赤い花が一輪咲いているが、そちらも「ママの絵」に添えられていたものだとか。自分がプレゼントした絵をこんなふうにしてもらえたら、嬉しいだろうなあ。正恵さんもとても嬉しそうに話してくださって、素敵なお母さんだなあと感じ入った。
お礼をいって席に戻ったところで、「土蜘」開幕。もしかすると富十郎丈も、父の日にプレゼントしてもらった絵を羽裏に染めていたりするのかも……などと想像してみた。すっごくありそう。

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2007年11月21日

「三人吉三」再見

といっても、「三人吉三」だけではなく夜の部を観たのだけど。
初日があまりに無様だった「三人吉三」。台詞が入っただけ初日よりはマシになったといえるのだろうが、お嬢とお坊は黙阿弥とは違う、何か別の世界を作っていた。白浪物じゃなくてカラーギャング物?って感じの軽くて薄い何かだ。「いや、三人吉三は、カラーギャングみたいな人たちですから」ってことだろうか? しかし、最後に一人で大川端を背負って和尚が走ってくると、いきなり黙阿弥ワールドに引き戻されてしまうので、もう何がなにやら。疲れた。
「九段目」は芝翫丈のいいところだけ見るか、悪いところにも目がいってしまうかで評価が分かれるかもしれない。が、悪いところにも目がいってしまった私には、ちょっと辛い演目だった。幕開きに足元の雪を気にしつつ花道に登場したところで、いきなり萎える。ええっと、直さんですか? 世話物じゃないんだから、戸無瀬はもっと堂々と登場しないと。これでは話のスケールが小さくなってしまう。リアリズム追求もほどほどにしてほしい。しかし、「鶴の巣籠り」での極まり極まりの美しく立派なことは、この人ならでは。ここだけ見ると本当に素晴らしいのに、もったいない。その戸無瀬の夫・本蔵は、老けすぎ・悪そうすぎで師直にしか見えず、完全にぶち壊し。本蔵の戻りの最中にどこかでケータイの着メロが鳴っていたが、すでにがっくりしきっていたので、腹を立てる気にもならなかった。由良之助役・吉右衛門丈と小浪役・菊之助丈はいずれも素晴らしかった。

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2007年11月14日

国立劇場「摂州合邦辻」

2383d2ba.jpg国立劇場で「摂州合邦辻」の通し上演を観てきた。普段は「合邦庵室」だけの上演だし、2月に文楽で観た際も「万代池の段」と「合邦庵室の段」だけだったから、今回初めて見るところが多い。出演陣もなじみのない場面は手に入っていないのか、やはり「合邦庵室の場」が圧倒的によかったと思う。
とにかく、藤十郎丈が目の覚めるような美しさ、若々しさ。眉なしなのに少女に見える。純粋ゆえの一徹さ、性急さがよく表れていて、可憐な玉手だった。母おとくは吉弥丈。普段のお色気ムンムン路線はあまり好きではないのだけど、今回の手堅い働き(起居に隠せぬ若さが出てしまうのは残念だけど)はなかなか立派だ。親子で夫婦役を勤めた秀太郎丈愛之助丈もよかった。
序幕の三津五郎丈の俊徳丸はとても美しく、高潔な人柄もよく表れているが、色気とやわらかみがいまひとつ。玉手の邪恋が本当であるように見えるには、やはり俊徳丸にはもう少し色気があった方がいいと思う。しかも対する次郎丸がバカボン丸出しだから、玉手が心を砕かずとも、俊徳丸がどうとでもできたような気がしてしまうのが、ちょっと痛い。
少女のように可憐なといえば、雀右衛門丈の玉手も一度見たいものだ。ご本人も数年前のインタビューで「やりたい」とおっしゃっていたので、楽しみにしていたのだ。そのままになっているのが残念でならない。いつかの「野崎村」のように、人間国宝だらけの「合邦」をやってもらえないものだろうか。

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2007年11月03日

歌舞伎座顔見世「吃又」

昼の部を観に行ったのだが、遅刻してしまい「吃又」から。芝雀丈のおとくは、これまでに松緑丈(三越劇場)と三津五郎丈(巡業)の又平で見ているが、歌舞伎座は初めて。しかも父・雀右衛門丈のおとくで何度も又平を演じている吉右衛門丈が相手なのだから、京屋贔屓としてはかなり緊張する。
おとくというのは吃音の夫の分までよく喋る世話焼きな女房だが、その世話焼きぶりや前に出る加減によって、女房というより母のように見えたりする。芝雀丈も、年下の松緑丈を相手にしたときはそう見えたものだ。でも、今回はすごくかわいい、やさしい妻に見えた。このかわいらしさが京屋の身上。世話焼きぶりも前に出すぎることがなく、普通の女が愛する夫あるいは恋人にすることをしているような、自然で無理のない感じがとてもいい。「手も二本…」では又平の悲しみにそっと寄り添うような仕方に涙を誘われた。昼の部の終演が4時過ぎで時間が足りないせいか、幕外の引っ込みがなかったのは少し残念だけど、播磨屋さまに教えるだの駄目を出すだのというのはおこがましい気もするし、これは先の楽しみということにしたい。
絵が抜けたことを見せようと、おとくが又平を手水鉢のところへ引っ張っていく場面では、もう死ぬことだけを考えている又平がおとくの話を聞かずに切腹場所と定めたところに戻ってしまうのを何度も見せるのが一般的だが、今回はそれを一回だけにしていた。いつも戻ろうとする又平と引き止めるおとくの姿に笑いが起こる場面で、それを最小限に抑えたやり方はとてもいいと思う。ほかの出演者も雅楽之助の歌昇丈、将監北の方の吉之丞丈はいつもの通り素晴らしく、将監の歌六丈には威厳と品格があった。そして特筆すべきは修理之助の錦之助丈。前髪立ちの初々しい美しさがあり、かつ師匠や兄弟子を立てて絵の修業を積んできたであろう真面目で誠実な雰囲気もあって、実によかった。来月は南座で襲名披露だから、今月はお休み(兄・時蔵丈は休んでいる)だとばかり思っていたので驚いたが、嬉しいサプライズだった。
開幕前、隣席の親子連れが「次は芝雀先生だね」などと話しているのが聞こえたので、「体験教室に行かれたんですか?」と話しかけてみた。すると、その男の子は2年くらい前の体験教室で芝雀丈から「対面」の舞鶴を稽古してもらい、それ以来、芝雀丈のファンなのだという。さかんに「京屋!」と掛け声をかけていたのがとても上手で、なんだか嬉しくなってしまった。


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2007年11月01日

歌舞伎座顔見世夜の部

といっても平日なので、仕事帰りに三階席で「土蜘」と「三人吉三」のみ。顔見世にふわしい豪華配役の「土蜘」が素晴らしい。踊りというより舞踊劇なので芝居巧者もよく手がける演目だが、やはり踊りもうまい人で見るのが一番おもしろいと思う。夜の部は千穐楽近くにもう一度見る予定だが、仕事帰りでも十分間に合う時間なので幕見も行ってみようと思う。花道が見えないのが残念だけど。
しかし、その後の「三人吉三」ではがっかり。初日の舞台を観る以上、プロンプターがつくこともあるのは承知しているが、それでも構わないと思うのは「プロンプターがつく」というデメリットを超える何かを見せてもらえる場合に限る。それは風格であったり、風情であったり、所作の美しさであったりといろいろだが、そのいずれもまだまだの若手がプロンプターの世話になるなど、とんでもないことだ。それ以外でも台詞の間がおかしいし、江戸の風情も感じられない。お稽古を見ているみたいにつまらなかった。和尚吉三の松緑丈には江戸の空気と、三人の中で兄貴とよばれるにふさわしい風格があってよい。こんな芝居に出ている彼が気の毒になった。

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2007年10月30日

巡業 松竹大歌舞伎

9dc13d01.jpgこのところ梅枝丈萌えが止まらない。古風な美貌でほんのりした色気があり、芝居も踊りも達者で程がよい。その彼が「吉野山」の静御前を勤めるというので、巡業の松竹大歌舞伎初日(午後の部)を観てきた。忠信はこれまた若手有数の踊り手である亀治郎丈。会場の浅草公会堂は花道設置が可能なはずだが、今回は花道を設けずに壁際に仮花道をつくっていた。ちょっと残念。
「袖萩祭文」は以前に亀治郎の会でやっているそうだが、私は初見。袖萩が立派な鼈甲のバチを持っていたので驚いた。9月に観た玉三郎丈の「阿古屋」でも感じたのだけど、彼らが普段出しているキンキン高い声よりも、役で歌っているときの声の方がやわらかみがあって好きだ。段四郎丈の石芯省が大きく立派で、この父と娘が死なねばならぬことがよくわかる。
さて、目当ての「吉野山」。梅枝丈の静は「ご愛妾の色香」というまではないが、仇にならない、品のある色気を感じさせる。いつもながらの丁寧で程のよい踊りぶりだが、初日ゆえかやや硬さもあるように見受けられた。前回の巡業で踊った「正札附」は千穐楽に再見したら見違えるほど素晴らしくなっていたので、今回も後半にもう一度……という気分になりかけている。地理的に行けそうなのは府中だけど、平日なのが悩みどころだ。亀治郎丈の忠信は、これでもかといわんばかりにケレン味たっぷり。すらりとした体型以外は、猿之助丈にそっくりだった。
ところで他でも指摘されていたことだが、この会場のスタッフには上演中の態度を考え直してもらいたい。「袖萩祭文」で客席がしーんとなって見守っている娘おきみ(今回はダブルキャストで、私が見たのは谷口可純ちゃん)の見せ場で、外のロビーからずっと話し声が聞こえていた。しかも数人でどっと笑う声まで聞こえるのだから、唖然とするほかない。客席の扉が二重になっているので油断しているのだろうか。いい加減にしてもらいたい。

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2007年10月28日

NHK古典芸能鑑賞会

6a501a84.jpg久しぶりにNHKの「古典芸能鑑賞会」に行った。会場はNHKホール。坂を上るよりは、と原宿駅から代々木公園の脇を通って行ったところ、歩道のいたるところでバンドが演奏中。しかも、きもの姿の私がバンドの前を横切るという、「日本の伝統と現在とが交錯する瞬間」(笑)をカメラに収めようとする外国人が次から次に登場するし、やっとたどり着いたNHKホールのまわりはフリーマーケットでごった返しているしで、えらい目にあった。
三津五郎丈の踊りはとても楽しみにしていたのだが、いずれも今ひとつの出来。家の芸だという「傾城」だったが、顔はきれいだけど、体が男っぽくて色気がないのでがっかり。愛娘二人(とってもかわいい)との共演が微笑ましいというだけで終わってしまった。「半田稲荷」はお得意の風俗舞踊だが、本人、後見ともに小道具を扱う手際が悪すぎてゆとりがない。珍しい演目でもあるし、他の踊り手ならそこそこ満足したかもしれないが、舞踊の名手・三津五郎丈だけにむしろ「こんなものじゃないはず」との思いが残った。
最後の「寺子屋」は、團十郎丈が家の型で松王丸を演じた。首実検の際に何度かためらううち、玄蕃が首桶を取って松王丸に突きつけ、松王丸は右手で源蔵に抜き身を突きつけながら実検するというやり方。市蔵丈が悪いわけではない(むしろ健闘していたと思う)のだけど、こういうやり方をするなら玄蕃は段四郎丈左團次丈あたりでないと、バランス的にちょっと苦しい。駕籠の中から「しーばーらーくー」と声をかけるところは鎌倉権五郎が出てくるような気がしちゃうし、「山伏に変装して御台所を救出した」というくだりではつくり山伏の弁慶が浮かんじゃったりするという、何を見ているのかよくわからない松王丸(けど、でっかい)。両隣の女性客は大泣きしていたが、私は泣けなかった。ところが、「桜丸が不憫でござる」のところで菊五郎丈の桜丸が切腹しているのが見えた気がして、ここはちょっと泣いてしまった。菊五郎丈の桜丸なら團十郎丈は梅王丸だろうから、そういう組み合わせで見たことはないような気がするのだけど、不思議なものだ。
源蔵夫妻は梅玉丈芝雀丈。「大物浦」の義経などは情を感じさせてくれる梅玉丈だが、今回は薄め。戸浪はしっとりと情があって、夫婦のバランスで見たらこれでもよいのかもしれない。伝授の一巻を取り出すところで、神棚の扉を開けっ放しにするのは初めて見たように思うのだけど、私の勘違いだろうか。
嬉しかったのは、小太郎を演じていたのが原口智照くんだったこと。8月の「裏表先代萩」を観ていないので、今年3月に「渡海屋・大物浦」の安徳帝以来だけど、相変わらずかわいくて声もきれい。今回は寺入りがなかったので出番は少なかったが、とても上手で印象に残った。
それにしてもNHKホールって、風呂場のように音が響くので台詞も音楽も聴きづらい。花道もないし、歌舞伎座か国立劇場を借りて開催してもらえないものかと思う。収容人数が減ってしまうので難しいのだろうけど。

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2007年10月21日

昔語黄鳥墳

f309b15a.jpg国立劇場の10月歌舞伎公演を観てきた。初めて観る「昔語黄鳥墳」(うぐいす塚)が目当てである。なにしろ、大歌舞伎では78年ぶりの上演というから、今回見ておかなければ次はいつ機会があるかもわからない。おとぎ話のような他愛のないお話なのだが、これがなかなかおもしろかった。染五郎丈は製作発表記者会見で、息子の斎くんに「パパ、きれいでしょ。鼓、上手でしょ」というところを見せたいと語っていたそうだが、確かにとてもきれい。宗之助丈……じゃなくて、梅ヶ枝が一目惚れするのも道理の美しさだ。でも、鼓の方はまあそこそこ。太鼓は音が大きいだけだし、少し声がかすれているので謡もイマイチ。先月、演奏会かと思うほど立派な阿古屋を観たばかりなので、それと比べると分が悪い。
とはいえ、お話そのものは染五郎丈のすっきりとした美しさとやわらかさ、器用さなどが生かされていて、結構楽しかった。以前見た「乳貰い」は感心しなかったが、今回は舞台は上方でも、紀伊国屋に伝わる脚本を元にしているためか、無理なく演じられていたように思う。ただ、こういうバカバカしいお話を見せるには、「技術だけではない何か」が要求される。その何かがまだ足りない。10年、20年先に、また一度見てみたい。紀伊国屋の宗之助丈が相手役の梅ヶ枝を演じているのが嬉しいところだが、見染めの場となる序幕の衣裳があまり似合っておらず、一番美しく見えなくてはいけない場面で美しく見えなかったのがもったいなかった。友禅の振袖に病鉢巻をしているところはとても美しく見えたので、色や柄の工夫でもっときれいに見えただろうと思う。芝雀丈演じる腰元幾代の活躍、おしりかじり虫、百舌のように巨大な鶯の仕掛けまで、見所もたくさん。最初の10日間くらいはずいぶん試行錯誤したそうなので、前半に観た人は再見してもいいかもしれない。
気になったのは、幸四郎丈演じる与三右衛門。羽織袴姿でやってくるのだが、どう見ても大名のいでたちとは思えない。この拵えはお忍びだから、とか、何か理由があるのだろうか? 仮にそうだとしても、そんな理屈は吹っ飛ばしてどどーんと大名らしく登場した方が歌舞伎っぽくていいと思うのだけど。
その前の「俊寛」は、いつもの「鬼界ヶ島の場」だけでなく、俊寛の妻・東屋が命を落とす「六波羅清盛館の場」も出る。美貌の人妻が縄できりきり縛り上げられた姿で登場という美味しい場面なのに、高麗蔵丈は色気を感じさせてくれない。残念だし、もったいない。
続く「鬼界ヶ島の場」は、段四郎丈の瀬尾が傑作。義太夫味たっぷりで、大きさ、憎々しさも十分。梅玉丈の丹左衛門、芝雀丈の千鳥はともに情があってよい。幸四郎丈も俊寛の心理を丁寧に描いてよいが、この人はどうも体の使い方が歌舞伎らしくないと感じる。手をひらひらと振ったり、沖へ去っていく船を見ようと伸び上がったり、思わず走り出すといった動作がきものに馴染まないように見えるのだ。きものを着ていても伸び上がったり走ったりはするけれど、彼の動きは洋服の人のよう。どうしても、そこで現実に引き戻されてしまう。「流人は一致」のくだりをカットしたのも疑問を感じた。


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2007年10月14日

歌舞伎座昼の部

木下順二作の「赤い陣羽織」は翫雀丈の小人物ぶりがおもしろい。また、錦之助丈はこういうとぼけた役が好きなんだろうかと思ってしまうほど、「ひと夜」の駄目夫役以来のノリのよさで笑わせてくれる(代官の赤い陣羽織を着たブロマイドがあまりに素敵(笑)だったので、思わず買ってしまった)。孝太郎丈も姫や傾城より合っていると思うが、ちょっとやりすぎているので賢しい感じがした。もう少しさらりとやった方が、かわいいんじゃないかと思う。話そのものはほのぼのと楽しいけど、これは歌舞伎なのか?という思わずにいられない。先月の「竜馬がゆく」といい、今月夜の部の「牡丹燈篭」といい、歌舞伎味のない芝居ばかり続くとさびしい気持ちになる。私は歌舞伎や歌舞伎舞踊を見たくて歌舞伎座に足を運んでいるので、新作であっても歌舞伎味を感じられるものを見せてほしいと思う。
「恋飛脚大和往来」(封印切・新口村)は藤十郎丈時蔵丈。いうまでもなく、忠兵衛は藤十郎丈の当たり芸のひとつだ。こってりとした色気、やわらかみと短気ぶりを自在に操るセリフを堪能した。今回は三津五郎丈が八右衛門を勤めている。上方味は乏しいのは仕方ないところだろうが、見事な「総すかん」ぶり。たしかにこんな男に身請けされるのはイヤだろうなと納得させられた。「新口村」はこのところ、仁左衛門丈が忠兵衛と孫右衛門の二役を勤めるバージョンを見る機会の方が多いが、やはり、忠兵衛と孫右衛門は別の役者が演じる方が物語の深みが出る。孫右衛門を演じた我當丈は少し大松島に似てきたかも。

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2007年10月13日

桶川宿本陣 かがり火狂言

b236ed01.jpg友人の誘いで、桶川宿本陣で「かがり火狂言」を観てきた。会場の桶川宿本陣は、皇女和宮が徳川家への輿入れのために江戸へ下った際に宿泊したところだという。ご寝所となった「上段の間」は現在もそのまま保存されており、この一間を舞台として、毎年「かがり火狂言」を行っている。過去の上演時の写真では役者の後ろに違い棚が写っていて、下は畳敷き。舞台ではなく普通のお座敷っぽい雰囲気だが、これほどの至近距離で狂言を見られるとは贅沢な話だ。
一段高くなった造りのご寝所は8畳で、ここが舞台。そのまわりにはL字型に13畳分のスペースが広がっていて、ここは一部が舞台への通路になっている以外は「座敷席」。かぶりつきというわけだが、床にそのまま座らなくてはならない。さらに、角部屋である「上段の間」の外の庭に、L字型に屋根つきの客席を設置して「桟敷席」を設けている。ここも前方は床に座らなくてはならないが、後方は椅子席になっている。全席自由だが、なんとか椅子席を確保できた。なにしろ、屋根はあっても壁はないので、窓を開け放しているような状態。18時半開演だから、かなり冷える。床に座ったらもっと寒かったかもしれない。
今回の出演は友人が贔屓にしている茂山家の面々。茂山正邦茂山茂による「柿山伏」と、茂山あきら丸石やすし茂山童司による「吹取」。どちらもとてもおもしろかったが、とくに「柿山伏」で山伏が次々に柿を食べるところや、烏や猿、鳶の真似をさせられるところが大笑い。さらに開演前には丸石やすしによるわかりやすく楽しい解説があり、狂言は初めてという人にも親しみやすい構成になっていた。出演者にもよるが、来年もぜひ来たいものだ。
行きに桶川駅の改札を出たところで、出演者たちと遭遇。銘々が衣裳や道具類を入れた鞄を持っている。歌舞伎のように大掛かりな装置を必要としないからこそできることではあろうが、なんだかとても親しみを覚えてしまった。

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2007年10月12日

オペラグラス購入

eschenbach.jpgこれまでは安くてコンパクトで視度調整リングもついているナシカ製の8×21双眼鏡を使っていたのだが、倍率が高すぎるせいか目が疲れる。そこで倍率が低めのものに変えることにした。選んだのは、ドイツの光学器メーカー・エッシェンバッハオペラグラス「トゥーランドット」。色は万年筆のインクのようなミッドナイトブルーで、金色の部分は18金メッキ。ワニ革っぽいエンボスを施した、専用のビニールケースがついている。このケース、ペタッとした触感で、かなり高級感に欠ける。もうちょっとなんとかしてほしいと思うが、マジックテープではなくホックを留め具にしているところだけは評価したい。
視度調整リングはついていないが、倍率が低い(3倍)ので目の負担は少ない。舞台上の役者はじっとしているわけではないので、絶えずピントがズレている。多少のズレは人間の目が補ってくれるものだけど、私は左右の視力が若干異なるうえに軽い乱視があるので、それだけのことでもかなり疲れてしまう。倍率が高ければ、その分、ズレも大きくなるわけで、観劇後に軽い船酔いのような状態になることもあった。それなら裸眼で見ればいいのだけど、やはり接近して見たい場面もあるというもの。
このオペラグラスには、アクロマートといって片面凹と両面凸を組み合わせて、色収差の補正が施された高品質無収差レンズが使われているという。デザイン的に、この「トゥーランドット」とチェーンストラップ付きの「ソナタ」とでかなり迷ったのだけど、「ソナタ」にはアクロマートが使われていないとのことで、「トゥーランドット」を選んだ。レンズはガラスではなく樹脂製だが、視野はとても明るく鮮明で、幕見席から「奴道成寺」を見ると、三津五郎丈の全身を捉えてもまだ視野にたっぷりとゆとりがある。所化が絡んで鞠を取り合うところでも、三人とも全身が入るのでとても見やすいし、目の疲労感もこれまでよりかなり軽減された。結構いいかも。

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2007年10月10日

三越歌舞伎「傾城反魂香」

35bf52bf.jpg三越劇場で「傾城反魂香」を観てきた。ここは天井にステンドグラスがあったり、客席入り口の扉にのぞき窓がついていたりと、クラシカルな雰囲気の小さな劇場。あまり歌舞伎らしい感じはしないが、巡業で使う市民会館に比べれば、芝居用に作られているという意味でこちらの方がずっといい。
今回は「将監閑居の場」の前にある、猿之助丈が復活した場を上演するというので行ってきたのだけど、発端となる「近江国高嶋館の場」はわりとおもしろかった。なんといっても、狩野四郎二郎元信(笑也)が自らの血潮で描いた虎が、絵を抜け出して不破入道道犬(猿弥)相手に大暴れするところが楽しい。この虎、道犬の一人くらい簡単に踏み殺せるくらいに巨大。あんな巨大な猛獣に立ち向かう道犬って、結構すごい。悪人だけど、応援したくなってしまった。
元信は登場したときからなにやら険しい表情をしているが、そんな怖い顔をしなくていいんじゃないかと思う。表情以前に眉の引き方がすでに険しい。おそらく狙いは凛々しさを出すことだと思うけど、ちょっと違う気がした。また、懐手で思案にくれるところなどは手首まですっぽりときものの中に入ってしまっていて、色気も何もあったものではない。ただ、それでもこの役自体は彼に合っていると思った。とくに銀杏の前との縁談を断るところなどは、元信の思慮深さや清潔さを感じることができた。もっとやわらかみが出ればなあと思う。
次の「館外竹藪の場」は、復活版の再上演時に猿之助丈が付け加えた場面らしいが、立ち回りは「義経千本桜」の「小金吾討死」に似すぎで新鮮味がない。それより、ここでは不破伴左衛門(猿四郎)と雅楽之助(段治郎)がそれぞれかなりの深手を負っているように見えるのだが、どちらも死なないのが不思議でならない。雅楽之助は次の「将監閑居の場」に登場するし、伴左衛門は姿こそ見せないが銀杏の前を捕えていると雅楽之助のセリフに出てくる。なんだかつながりがおかしくなっているし、無理に入れなくてもいいのではないかと思った。
4年前のことだが、南座で猿之助丈が今の藤十郎丈と「吃又」を出すことになっていた。ところが直前に脳梗塞に倒れ、又平だけが翫雀丈に代わったことがある。そのときに雅楽之助を勤めたのが歌六丈。唇まで真っ青で、瀕死の重傷という感じで登場したので驚いたが、あれはこの本を踏まえたやり方だったのだろう。
そして、いよいよ「将監閑居の場」。いつもは雅楽之助が「一大事」と話す内容がよそ事に聞こえてしまいがちなのだけど、今回はどんな一大事があったのかを見せてもらったのでとてもわかりやすい。ただ、虎は序幕であんなに踏んだり蹴ったりと大暴れしていたくせに足跡を残さないんだろうか?とか、急にサイズが半分のパンサー顔になっちゃったなとかってあたりは、かえって気になってしまった。
市川右近丈の又平は袴をつけず、着流しで登場。これはこれで一つの考え方だろうが、毎晩のように見舞うほど敬愛する師匠の家なのだから、袴をつけてきてもおかしくないと思う。また、銀杏の前の救出に行かせてほしいと師匠に頼むところでなかなか言葉が出てこずに「えへへ…」と笑ったり、「切らっしゃりませ」で縁に直接座ったりと、どうも心根が好きになれなかった。これまで土佐の苗字をもらえていなかったのは、吃音以外にも理由があったんじゃないの?って感じの人だった。
それはともかく、来月に向けて話のつながりがわかったのはよかった。


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2007年10月03日

歌舞伎座夜の部

3caa5434.jpg三津五郎丈の「奴道成寺」見たさに切符を取ったのだが、「牡丹燈籠」が、以前に吉右衛門丈の伴蔵で見たのとはだいぶ違っていてびっくり。「牡丹燈籠」の作者である三遊亭円朝が登場したりしてやけに近代的なつくりだなあと思ったら、今回は文学座のために書き下ろされた脚本を使っているらしい。筋書の上演記録を見ると何度か上演されているようだが、私は初めて見た。
恋わずらいのお露に気晴らしをさせようと、お米が大川に船を出す場面があり、まだ生きている二人が登場する(前回見た歌舞伎版では最初から死んでいた)。このお露役の七之助丈がとても美しい。普段は生硬さが気になることが多い人だが、今回は恋路を思いつめるお嬢様で、焦がれ死にして幽霊になるという役どころと合っていると思った。吉之丞丈のお米が、生前も死後もいかにもそれらしい。他にできる人が思い浮かばないくらい、傑作だと思う。お露が慕う萩原新三郎に愛之助丈。こちらは焦がれ死にされるほど愛される役どころなのだから、もう少し色気がほしい。
新三郎を死に至らしめる伴蔵・お峰夫婦に仁左衛門丈玉三郎丈。長年名コンビをうたわれてきた二人だからか、愛人・お国をめぐる夫婦喧嘩がリアル痴話喧嘩に見えておかしかった。最後に仲直りをするに至っては「犬も食わない」の文字が頭の中をぐるぐるした。歌舞伎版ではお峰とお国を魁春丈が二役で勤めていたが、今回はお国を吉弥丈が演じている。これはミスキャストではないかと思う。22〜3歳のすごい美女には見えないし、「屋敷者だから品がいい」ようにもまったく見えないので、源次郎がこの女のために平左衛門を殺すのにも、伴蔵が妻を殺すのにも説得力を感じない。
それからひとつ疑問だったのは、栗橋にやってきたおろくにお米の幽霊が取りついたと思われる場面。お米は伴蔵のおかげでお露を新三郎に会わせてやりたいという望みをかなえたのだから、伴蔵夫婦に恨みもなければいまさら用事もないはず。なぜ出てきたのかわからなかった。
三津五郎丈の「奴道成寺」を見るのは、2001年の襲名披露以来。そのときよりも余裕を感じる踊りぶり。序盤に烏帽子の紐がほどけてしまったり、後見が結び直したら今度は肝心なところでほどけなかったりというトラブルはあったものの、お手本のようにきっちりとしていて美しい。三ツ面を使って踊り分けた「恋の手習い」は鮮やかで、とてもおもしろかった。ただ、今月は東京だけでも4劇場、それに御園座までやっている影響からか、長唄が混成部隊という感じでちょっとこなれていないような気がした。
配役が発表になったときは所化が子供ばかりなので驚いたものだが、この子供たちが期待をはるかに上回る大健闘。とても気持ちのいい一幕になっていた。皆とても素晴らしかったが、なかでも壱太郎丈は、総踊りになってもひときわ華があった。また、手拭を投げてくれたから言うわけじゃないけど萬太郎丈の端正な踊りぶりも将来が楽しみ。ひときわ小さい所化が2人いて、1人は小吉丈だが、もう1人の名前がわからなかったので、帰りに坂東流の受付で聞いてみた(筋書の見本はもうしまわれていた)ら鶴松丈だった。演舞場と掛け持ちらしいが、その甲斐のある立派な出来だと思う。今回は前から4列目と舞台に近かったので、舞台全体を見渡せる少し後方の席で再見したい。

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2007年09月27日

歌舞伎座特別舞踊公演

d5eb90b6.jpg今月、なによりも楽しみにしていたのがこの舞踊公演。雀右衛門丈3か月ぶりの舞台である。あまりに張り切っていたので、時間を間違えて30分も早く着いてしまった(逆じゃなくて本当によかった)。
雀右衛門丈は昨年4月の歌右衛門追善でも踊った荻江節「高尾」。足の動きはほとんどなく、もっぱら手の所作で見せるのだが、これが素晴らしかった。せり上がってきただけの立ち姿に松の位の風格があり、それでいながら、すでにこの世のものではない儚い美しさを漂わせている。産経新聞のインタビュー記事で「(踊りは)毎回違うが、呼吸しているような調子で行ければいい」と語っておられるように、前回の歌舞伎座とも違う振りになっていたが、まさに高尾太夫そのものの姿だと感じた。
衣裳は地色こそ同じ薄藤色だが、前回の絞りに対して、今回は小さな蝶々を散らした染めのきもの。高尾太夫の在りし日をしのばせる華やかさがあった前回より、もう少し寂寥感が強い。雀右衛門丈の衣裳のセンスにはいつも感心させられるが、今回もまた思わずため息をつくほどの美しさ。雀右衛門丈によるきもののお見立て会があれば……などと妄想してしまう。
「高尾」の前に「三升猿曲舞」。奴姿がますます似合ってきた松緑丈による、華やかで力強い一幕だ。ほかに富十郎丈の「うかれ坊主」、玉三郎丈の「雪」、「鷺娘」の全5曲。濃密なひとときを過ごした。

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2007年09月26日

秀山祭夜の部 千穐楽

ab5ff041.jpg初日に見たときは全体にあまりおもしろくなかった夜の部だが、千穐楽ともなるとだいぶ印象が違う。「壇浦兜軍記」は初日には畠山重忠役の吉右衛門丈の存在感や緊張感が薄いように思われ、三曲もただぼーっと聴いているように見えた。けれど今日は耳を澄ませて演奏に聴き入っていること、これが温情をかけているのではなく究極の糾問であることもよくわかった。阿古屋役・玉三郎丈による三曲の演奏も、ただの演奏会のようだった初日とは異なり、緊迫感に満ちていてゾクリとさせられた。段四郎丈の岩永左衛門も、いかにも憎らしい感じがよく出ていた。おもしろかった。
「身替座禅」は團十郎丈が妙に初々しい雰囲気で「初めての浮気」っぽい印象なのだが、こんなことになっちゃったから、もう二度とできないんだろうな……と思ったりした。でも、妻に隠れて出かけたというのに、ろれつも回らないほどベロベロに酔って帰るのはマズイんじゃないかと思う。
「二條城の清正」も25日間でしっかり練り上げられて初日とはだいぶ違う印象になり、吉右衛門丈のセリフのうまさを堪能した。けれど、この清正最後のご奉公の結果、家康は秀頼を滅ぼさねばならぬと心を決めるのだから、皮肉なものだ。
清正の館の場面はあまりに薄暗いので、庭にいる人々の顔はほとんどわからない。さすがに種太郎丈は声や体の動きですぐにわかったが、いかにも若武者らしい清潔感があってなかなかよい。彼は昼の部の「竜馬がゆく」でも、竜馬が脱藩するきっかけとなる事件で命を落とす郷士・忠一郎役がとてもよかった。しかし、ここも雨の夜という暗い場面だったのであまり顔が見えず、密かなファンの身としてはちょっと残念だった。

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2007年09月24日

巡業西コース千穐楽

梅枝丈の舞鶴がとても素敵だったのでもう一度見たくなり、松戸・森のホール21の千穐楽を追加した。ここに来るのは歌舞伎の巡業のときばかり。今回で3回目か4回目になる。
初日にはわずかながら硬さがあった梅枝丈だが、びっくりするほど素晴らしくなっていた。端正でしなやか、ほんのりと色気があって、しかも力強い。身体の軸がぶれないので安定感があり、決まり決まりの形が美しい。しかも、これみよがしなことをしない、品のいい踊りぶり。こんなにいい舞鶴はなかなかないと思う。いずれ歌舞伎座の舞台にかけてほしいものだ。会場で遭遇した父・時蔵丈のご贔屓さんが、「時蔵さんが『妻の方が踊りがうまい』とおっしゃるのがわかるような気がした。父ファンとしてはちょっと複雑だけど」と話していたけれど、羨ましい話である。私もそんなジレンマを味わってみたい。
ほかにも松江丈が(後ろ向きで足踏みをするところだけはちょっと美しくなかったが)全体に安定感を増しており、隼人丈も初日よりずっとしなやかになっていた。気持ちのいい千穐楽だった。

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2007年09月09日

秀山祭 昼の部

このところ、ただの観劇ブログと化しているけれど、ファンデでかぶれて以来、なんとなく化粧を頑張る気になれない。とはいえ、ネタの仕込みはしているので、もう少し涼しくなったらコスメネタも再開しようと思う。
というわけで、今日も歌舞伎見物の感想。「竜馬がゆく」は歌舞伎座でやるようなものか?とは思うものの、商業演劇としておもしろく作られていると思う。幕末物は理屈っぽくなりがちでおもしろいと感じたことがないのだが、今回は染五郎丈演じる竜馬の飄々として爽やか、かつ破天荒な魅力を楽しんだ。ただ足元がアシックスのスニーカーに見えたのはびっくり。もちろん、紺足袋に草鞋を履いているだけなのだけど、ほかの人は同じような拵えでもそうは見えない。彼のプロポーションか身体の使い方、あるいはその両方が現代的すぎるのではないかという気がする。
竜馬以外の配役もおおむね適材適所であったと思うが、一番気に入ったのは歌江丈の百姓女すぎ。舞台裏でニワトリが「コケッ」と声を立てるところから、「桂くん、坂本くん」まで、鳥鍋のくだりは爆笑した。三部作の第一部とのことで今回は勝海舟に入門するところまでだったが、どうせなら全部作って演舞場で上演すればよかったのにと思わなくもない(そうなると私は見なかった可能性が大だけど)。ただ、オープニングの大河ドラマかと思うような曲を始めとする洋楽は好きになれなかった。
「熊谷陣屋」は吉右衛門丈の直実。軍物語がくっきりとしたことで、敦盛の身代わりとして我が子を殺さなくてはならなかった絶望感がひしと伝わってきた。ただ、初日も少し感じたのだけど喉が本調子でないようなのが気になる。また、かつて故・権十郎丈や又五郎丈が傑作を見せた弥陀六を、今回は富十郎丈が演じている。市井の人として隠れ住みながらも隠しきれないただならぬ鋭さ、悔恨にさいなまれる孤独感が見事に表現されていた。
熊谷の妻・相模は福助丈。神妙に演じているのがなかなかよく、とくに最初の「一里行ったら……」の台詞が故・歌右衛門丈にそっくりなのには驚かされた。芝雀丈の藤の方は10年以上前に琴平で見て以来。この人らしい、嫌味なところがなく心やさしいお局さまだが、熊谷夫婦の旧主で上皇の寵姫であったことを考えると、もう少し凛とした強さがほしいように思う。
昼の部の終演は3時20分。こんなに早く終わるのなら、「熊谷陣屋」は相模の入りからの上演にしてほしかった。ここがあると格段にわかりやすくなるのにもったいないなあといつも思っている。


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2007年09月02日

二條城の清正

秀山祭夜の部を観てきた。初代吉右衛門が清正物を得意としていた(というか好きだった)ことはよく知られていることだと思うが、実際に舞台を見た人に聞くとあまりおもしろいものではなかったらしい。そんなわけで多少覚悟して行ったのだけど、想像を超えるつまらなさ。えらく地味で盛り上がらない話だったが、家康役にハラで芝居のできる人がくれば、ちょっとはおもしろくなるんだろうか? 幕切れに「to be continued...」とテロップが出てきそうに、きちんと終わった感じのしない芝居だった。「来週のこの時間は『孤城落月』をお送りします(って、進行早すぎ?)」みたいな。
また、初日のことゆえ、プロンプターがついているくらいのことでは驚かないが、「つけて、つけて」と催促する声が1階2等席まで聞こえてくるのはいかがなものか。どう見ても今月の夜の部の出演者のうち、最もプロンプターを必要とするであろう人なのだから、ちゃんとスタンバッていてもらいたいものだ。


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2007年08月31日

公文協巡業西コース

923b20ac.jpg仕事帰りに川口まで足を伸ばして、錦之助襲名披露の巡業西コースを見てきた。
つい先日、苫舟の会で素晴らしい踊りを見せてくれた梅枝丈は、松江丈と「正札附」。筋書によれば、梅枝丈は「小学生の時、歌舞伎座で舞鶴を踊ったことがある」とのこと。いわれてみれば、ちびっこたちが舞踊三段返しをやったのを7年前に見ているが、あのときのおちびちゃんがこんな立派に……と感動してしまった。しなやかで品のいい所作は、見ていて気持ちがいい。松江丈はドンと踏み込むときにわずかに軸がぶれるところは気になるが、しっかり踊りこんできたことがわかる。幕開きにふさわしい内容だった。
普段の巡業なら次はお目見え口上だが、今回は錦之助襲名と松江襲名の披露口上。錦之助丈と兄・時蔵丈、松江丈と父・東蔵丈、それに披露の梅玉丈だけでもよかったのでは?と思うが、総勢9名と、巡業では珍しい大人数の口上となった。
「番町皿屋敷」は梅玉丈と時蔵丈のクールビューティ・カップル。梅玉丈の播磨は見るからに品がよく、喧嘩三昧といわれてもピンとこない。が、この品のよさがお菊に試された、裏切られたと知ったときの冷たい怒りにつながる、彼ならではの播磨だろう。時蔵丈のお菊は皿を数えるところがなんともうまい。3枚目まではガタガタと震えていた手が、最後の4枚目では落ち着きを取り戻している。本当に愛されていたことを知り、満足して死んでいこうとする彼女の覚悟が見えるように思った。気になったのが錦吾丈の十太夫。傷をつけたら命がないという大事な皿のわりに、扱いがぞんざいに見える。普通に腰の高さまで持ち上げて皿の両面を確認していたが、高さもあるし、すぐそばには脇差もあるしで、見ていてハラハラした。お仙とお菊に皿を戻す際も、皿を積んだ蓋を箱の上に乗せていたが、命にかかわるほどの皿の扱いとしてこれはどうなのだろう。
最後の「戻駕」は松緑丈の次郎作が小気味よいばかりの出来。錦之助丈もすっきりといい男ぶりが光っている。しかし、いくら最後にぶっ返って派手にするといっても顔見世的なこの演目では、襲名の錦之助丈が引き立たないのがちょっと気の毒に思われる。これが隼人丈の襲名披露で、父・錦之助丈と幹部の誰かが次郎作&与四郎で付き合うというならわかるのだけど。隼人丈も踊りの稽古に力を入れているのか、とくに手の表情はやわらかく美しくなった。が、背が伸びたせいで膝を折って踊っているのは辛そうだ。
川口総合文化センターリリアホールというところは初めて行ったが、ものすごく音が響くので驚いた。下座がとんでもない大音量で聞こえてくるし、人によっては台詞もくわんくわん響いて上から降ってくる感じ。何をするつもりで作ったホールなんだろうか。成人式?


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2007年08月28日

苫舟の会

752f74bb.jpg宗家藤間流の「苫舟の会」に行った。目当てはなんといっても、梅枝丈壱太郎丈という、ともに十代の若さながら芝居も踊りも達者な二人。先日の一心會といい、宗家の会では若手の中でも意欲的でかつ実力もある人を起用することが多いので、ついそそられてしまう。
今回の出し物は黙阿弥作「女書生」の「夕立碑春電」を余所事浄瑠璃として使った「卯月夢醒死神譚(うづきのゆめさめしにがみばなし)」と、「関の扉」に逢坂山の関所の場に至るまでの話を入れて再構成した「新書小町桜容彩(いまようざくらすがたのいろどり)」の新作2本。会の名である「苫舟」とは宗家の筆名で、この会は彼の新作発表の場なのだそうだ。「卯月夢醒死神譚」は衣裳つき。新派女優の川上やよいを迎えて、不幸な生い立ちの芸者美代吉と彼女に一目惚れした死神のやりとりを芝居と踊りで見せる。あくまで芝居で見せる美代吉と、踊りを交える死神の対比がおもしろい。これが歌舞伎なら美代吉が身の上を語るくだりも踊りになるはずだが、どこまでも芝居で通しているところがミソで、「新派っぽい」仕上がりになっていた。最初と最後に登場する講釈師はいらないような気もするが、人力車や湯上り姿の芸者が登場するところも新派っぽさの内だろうし、宗家が二役で勤める死神と講釈師がともに美代吉に一目惚れするところもまたおもしろさだとも思う。が、宗家の芝居は見ていてこそばゆいというか……。踊りよりも芝居が勝つこの演目に関しては、作・演出に徹した方がいいのではないかと思った。
「新書小町桜容彩」は素踊り。前半は五位之助安貞(少将宗貞の弟)とその妻・墨染実は小町桜の精の物語で、傷を負って立てなくなった安貞(壱太郎)を乗せた車を引く墨染(梅枝)の姿は、小栗判官と照手姫を思わせる。墨染は桜の精でありながら人と契った罪を負って、自らの命と引き換えに夫の傷を治してほしいと祈願して身を投げる。すると安貞は足腰が立つようになり、積もった雪の上に書き残された遺書を読んで真実を知るという筋。ほとんど座りっぱなしの壱太郎丈が上半身だけとは思えない表現力で、妻への情愛や足腰が立たぬはがゆさを見せて驚かされた。墨染役の梅枝丈もしっとりと美しく、雪の上に遺書をしたためるため涙を指先に取るところが素晴らしかった。その後、安貞は黒主の手下に襲われて立腹を切るのだが、その際に自らの血で「二子乗舟」と書きつけた襦袢の片袖を斎頼の鷹に託す場面がある。さらに勘合の印をめぐる黒主と安貞の家来同士の争いがあり、黒主(勘十郎)が印を手に入れたところで小野小町(壱太郎)と宗貞(梅枝)がそれぞれ登場してだんまりに。やはり踊りのうまい人が揃うとだんまりはおもしろい。
後半はいつもの「関の扉」に近い内容だが、ここに至るまでを丁寧に描いたことで全体にわかりやすく、おもしろくなっていたと思う。ただ、小町はやや腰高で色気に欠けるきらいがあるように感じた。もっともこれは安貞が素晴らしかったので観る側も欲張りすぎていたせいかもしれないが、回を重ねればずっとよくなると思う。白のきものに赤い袴という拵えの小町は、それは本当に素踊りなのか?という気がしないでもないが、顔をしていないし、鬘もつけていないのだから素踊りなんだろう。また、素踊りだから顔を直すわけでもないのに、黒主が持つ大鉞がいつもの鏡つきだったのは、ちょっとおもしろかった。それにしても一瞬失神してしまったのは、返す返すも不覚である。もちろんつまらなかったからなどではなくて、前の晩に暑くてあまり寝られなかったせいなのだけど、すごく悔しい。ぜひとも再演、できれば衣裳つきでの再演を望みたい。
写真は「新書小町桜容彩」の幕切れで降った雪。時折、桜が降っているようにも見えたので、雪と桜と両方降っているのかな?と思って終演後に花道に落ちていたのを拾ってみたら、形は雪で色が桜になっていた。なるほど、どちらにも見えたはずだ。

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2007年08月24日

掛け合い噺−すずめ二人會− 夏の巻

ce213845.jpg芝雀丈が落語家の林家正雀師と一緒に開催している「すずめ二人會」の第2回。会場は谷中の全生庵。昼の部と夜の部の2回公演だがあっという間に完売してしまい、午前の部が追加になったというので驚いた。私が見たのは昼の部。
前回の「芝浜」はどう評してよいものやら迷った挙句、感想を書き残さなかったが、今回の「真景累ヶ淵−豊志賀−」はおもしろかった。前回、芝雀丈が演じたのは「芝浜」のおかみさん1役。「化粧や鬘、衣裳をつけずに女性を演じるのは初めて」とのことだったが、「芝浜」のおかみさんは元々素顔に鬘を乗せたような拵えだし、衣裳は男物のように地味な色のもの。芝雀丈が男の着物のまま素顔で演じていても、視覚的な違和感は少なかった。が、今回の豊志賀は色年増。歌舞伎なら当然、白塗りのいい女の役だ。それを男の着物のまま、素顔で演じるのは素踊りのようなもので、視覚的な違和感はあってもそこを乗り越えるのが芸の力なのだろう。また、豊志賀のほかに彼女の恋敵となるお久や(一部とはいえ)夫の新吉ほかの人物まで演じ分けるのだから大変だが、観る側も張り合いがある。ついさきほどまで美しかった豊志賀が、病み衰え、嫉妬にさいなまれていくところはぞっとするような迫力があった(残念ながら「骨と皮」には見えなかったけど)。
帰りは乃池に寄って、穴子寿司をつまんできた。私のすぐあとから入ってきたご婦人が「すずめ二人會」の会場にいた方で、正雀師のファンだとのこと。お若いころ(戦時中)には歌舞伎もずいぶん観ておられたとのことで、当時のお話などもいろいろ伺い、楽しいひとときを過ごした。

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2007年08月22日

稚魚の会・歌舞伎会 合同公演(A班)

4fcc7494.jpg稚魚の会・歌舞伎会 合同公演の初日を観てきた。まずはA班による「寺子屋」と「乗合船」。
「寺子屋」は寺入りから。ここがあるとないとでは小太郎のけなげさの伝わり方がまるで違ってくるが、実際には寺入りからやることは稀。こういう会だけに、寺入りからの丁寧なやり方は意義深いと思う。竹本はなんと喜太夫。この公演では浄瑠璃方も若手が出演するものと思っていたので、ちょっと嬉しい驚きだった。松王丸役の竜之助丈は首実検でも息子への思いがにじみ出ていて、非常によかった。首を見る直前の目を閉じた顔には、「源蔵は小太郎を切ったのか?」というよりも、「小太郎は本当に切られてしまったのか?」との思いが、強く出ているように思われた。
「乗合船」は角兵衛獅子2人と鳥追い女が入っているバージョンで、こういうやり方は初めて見た。今回の新演出なのか、それともこちらがもともとのやり方なのかわからなかったが、幕切れで船に乗った人々を宝船に乗った七福神に見立てているといわれるのだから、本来は7人の踊りのはず(とはいえ、8人バージョンはよく観る)。今回は8人バージョンに上記3人が加わって計11人だったが、こういうところはパンフレットに解説があればよかったかなと思う。
ところで「乗合船」の開演前に、ものすごく久しぶりで常磐津の家元を見かけた。まさかご出演!?と焦ってしまった。思い過ごしでよかった。

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2007年08月16日

小学生のための歌舞伎体験教室

ed79f322.jpg去年も観に行った、伝統歌舞伎保存会主催の小学生のための歌舞伎体験教室。今年も同僚の愛娘が出演するので声をかけてもらい、国立劇場小劇場で観てきた。
演目は去年と同じ「寿曾我体面」(ただしショートバージョン)。去年は3班だったが、今年は参加希望者が多かったとのことで4班に増えていた。発表会も午前と午後で2班ずつに分けて行うという。去年は並び大名を演じた同僚の愛娘は、今年は喜瀬川役。彼女が出る午前の部の切符を取ってもらったが、午後の部の3班で1人欠員ができて梅丸丈が化粧坂少将役で出演するというではないか。なんでも、傾城役の子は4班全員で一緒に稽古をしているそうで、「梅丸くんはとっても丁寧なんだよ〜」とのこと。行くならそれも見たいと思い、急遽、午後の部の切符も手に入れて4班すべて見ることができた。
去年も感じたことだけど、子供たちが本当に一所懸命。このひたむきさにはそれだけで感動させられる。技術面でも、カンの声まできちんと出ている五郎がいたり、見事な所作を見せる舞鶴がいたりして、なかなか見ごたえがあった。もともと歌舞伎が好きで何度か観ているのかもしれないし、去年も体験教室に参加(パンフレットを照らし合わせてみたところ、結構いるようだった)しているのかもしれないけれど、すごく上手で驚いた。小学生なのにやけに色っぽい少将とか、(写真でしか知らないけど)若いころの成田屋そっくりに見える五郎とかもいて、ビジュアル的にも楽しい。
また、午前の部、午後の部ともに、奇数班の発表後には松江丈がスライドを使って、体験教室の全貌を解説。それによれば別口で開催された「歌舞伎ワークショップ」では、今年は梅枝丈が「京鹿子娘道成寺」の一部を踊ったらしい。うーん、それは見たかった。2つの班の発表が終わると、指導にあたった講師陣(梅玉丈團蔵丈時蔵丈歌昇丈芝雀丈など)が登場して、修了式。種太郎丈、梅枝丈、萬太郎丈の姿も見える。同僚に聞いてみたら、彼らはよくお手伝いに来ていたのだそうだ。
ただ、ひとつだけ残念だったのは、おもに祖父母と思われる高齢者の観覧態度。かわいい孫がどこにいるのか確認したい気持ちはわかるけど、上演中に「あれがそう?」「化粧しちゃうとわからないねえ」と大きな声で確認しあうのはいかがなものか。孫(子)の姿を見たい、声を聞きたいのは自分だけではないということを考えてもらいたい。子供たちはとても素晴らしかったので、本当に残念だった。

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2007年08月02日

一心會

日本橋公会堂で宗家藤間流の一心會を観る。全席自由なので朝の11時45分くらいに会場入りしたのだが、1階はすでにほぼ満席で、やむなく2階へ。途中の幕間で1階に空席ができたのを見つけて移動した。切符が完売なのは知っていたが、席を確保するのも大変なくらいの賑わいに驚く。内容はというと昼夜ともに非常に充実していて、ほとんどハズレなし。これで2500円はお得なんてものじゃない。
最初の「鶴亀」は宗家藤間流の女性4名による踊り。なかなかの美人揃いで、踊りにも品格が感じられて素晴らしかった。次の「林燗」は初めて見る演目で、集めた落ち葉を焚いて燗をつけた酒を酌み交わすうちに怒り上戸と泣き上戸が喧嘩を始め、笑い上戸が仲裁に入るという筋に、曽我兄弟の仇討話を絡ませた常磐津舞踊。なかなか楽しい演目なので、いずれ本興行でも取り上げてほしいと思う。
昼でよかったのは亀寿丈の「一人景清」。実はこれまで彼については顔の輪郭などからいかつい印象があって、女形じゃない方がいいんじゃないの?と思っていた。しかし素踊りで男性(景清)パートと女性(阿古屋)パートを見比べると、明らかに女性パートの方がよい(男性パートがダメダメという意味ではない)。いかつい印象は化粧の工夫で解消できると思うので、頑張ってほしい。
昼の最後の「吉野山」は、宗家の静に種太郎丈の忠信。歌舞伎とは雰囲気の違う踊りの会への客演、しかもトリで宗家と二人の舞台で大役・忠信を勤めるということで、常ならぬプレッシャーがあったのか、種太郎丈がものすごく緊張しているようだった。そのためいつもの精彩に欠けてはいたものの、時折見せたキレのよさに資質の高さがうかがわれる。本人にとっては不本意な出来であったかもしれないが、18歳という年齢を考えれば立派な舞台であったと思う。
夜の部は松江丈玉太郎丈の親子による「五條橋」から。松江丈がこんなにも頼もしく見えたのは初めてだ。いい表情をしていた。「浮かれ坊主」を素踊りで見るのも初めてだが、袴つきの願人坊主というのがなんとも奇妙でおかしかった。
梅丸丈が踊った「雨の五郎」も実に立派。芝居ではいつも達者なところを見せてくれる彼だが、踊りの方も素晴らしいので驚いた。途中、手紙をうまく半分にたためないアクシデントがあったが、それに動じることもなく堂々と踊りあげた舞台度胸のよさにも感心させられた。
夜の最後は亀三郎丈の「船弁慶」。彼がピン(あるいはシン)で踊るのを見たことがないので実力のほどはわからないが、謡であの美声が聞けるのが楽しみだった。それ聞きたさにこの会に来たようなものなのだ。普段ほとんど立役ばかりのせいか、静の間はかなりぎこちなかったが、後半の知盛は実に立派。静では裏声を使わずに地声を高めにとり、知盛になってからはしゃがれたような味のある、迫力のある声に。この声での謡や台詞は、期待に違わぬ鳥肌ものの素晴らしさだった。踊りもきちんとしていて好印象。弁慶の祈祷で苦しめられるところでは、通常は苦悶の様を表情に出すものだが、彼はそれをこらえようとする表情に見えた。もっと外に出した方が、知盛の霊が抱く怨念が伝わったのではないかと思う。

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2007年07月29日

「十二夜」千穐楽

twelfthnight.jpg一昨年の千穐楽でカーテンコールにげんなりしたものだが、性懲りもなくまた千穐楽夜の部の切符を取ってしまった。またもやカーテンコールでがっくり。前回と違うのは菊五郎丈はほとんど普段通りで、楽のお遊びは新規参加の翫雀丈がフェンシングをしたりして頑張っていたことくらいか。ちょっぴり期待していた川中島もなくて残念。
初演と比べると歌舞伎らしさが増したという意見が多いようだが、この程度のマイナーチェンジ(と敢えていう)であれば、こんなに急いで再演しなくてもよかったのではないかというのが最終的な感想。この2年の間に菊之助丈が格段に力をつけたこと、襲名を経た錦之助丈の役者ぶりが大きくなったこともあり、前回よりずっとおもしろいものになっているとは思う。しかし原作自体のおもしろさからしたら、これくらいは当たり前ではなかろうか。マルヴォーリオとフェステを一人二役に変えられるなら、序幕を琵琶姫が磯右衛門と都に向かうところまでにするとか、歌舞伎に引き寄せるためにできることはいくらでもある。繰り返しになるが、せめて突っ立ったままの織笛姫がひたすら喋っていることへの違和感、マスクをつけた吹き替えがセンターで正面を切っている居心地の悪さだけはなんとかしてから再演してほしかった。
織笛姫を演じる時蔵丈自身は前回以上に若々しく美しく、これなら左大臣が思いつめるのも道理と思われるが、獅子丸への恋に目覚めるところでの長台詞は義太夫を入れてクドキにすればおもしろかったことだろう。せっかく御殿の柱があるのだから、柱巻きのひとつもあればどれほど歌舞伎らしさが増したことか。百合の花が咲き乱れる庭園で獅子丸を口説くところにしたって、獅子丸を跪かせれば長い袖を使うこともできたはずで、本当にもったいなかったと思う。
そしてもうひとつ。見るたびに大笑いをしてしまうくらい、とても気に入っているのではあるけれど、亀治郎丈の麻阿の演技も歌舞伎らしさを殺いでいる一因であると思う。かなり頻繁に意地の悪そうな表情を見せるが、そこまで顔に出さなくてもいい。もう少しさらりとやっても、その毒はじわりじわりと効いてくるはずだ。
もしも再々演があるなら、10年くらいかけてじっくりと練り上げなおしてからにしてほしいと思う。仮に10年後の菊五郎劇団では上演できないとしたら、この作品はそれだけのものだったということだ。たとえば、梅枝丈が麻阿をやったら違うやり方になるのではなかろうか? それならば、ちょっと見てみたくはある。

gen96_cat at 23:59|PermalinkComments(2)TrackBack(0)