大竹玄十のオフィシャルブログ

福寿大神講 講元。福寿大神講は、三輪明神大神神社・報本講社に所属する講社(崇敬団体)です。 http://blog.goo.ne.jp/hukuzyu 一般財団法人伊勢神宮崇敬会々員。 昭和60年頃から古神道を研究し、平成2年12月8日に太古神道(大物主大神の御分魂として地上に降誕された平田篤胤先生を鼻祖とする古学=古神道、玄学=神仙道の総称)を志し、平成26年10月10日(太陰暦九月十七日)に正眞神遷之大道との結縁(けちえん)を誓願いたしました。 宮地水位仙の門流で、神仙奉道之修道士です。 祖父の家系は宇佐神宮に奉仕、祖母の家系は熱田神宮に奉仕していました。 公式ブログ http://blog.livedoor.jp/genjuinshi/ 運営コミュニティー Facebook「グループ大神神社」「伊勢神宮〜第63回神宮式年遷宮に向けて」管理者 mixi「太古神道」管理人 GREE「太古神道」「伊勢神宮」「巡拝の道」管理人

神社奉拝

世木神社例祭に参列

現在住んでいる地域の産土神社である世木神社の例祭に参列いたしました。
2014-08-25-18-12-03


境内の案内板には
『「世木」は、水をせき止める堰に由来する名。
上古以来、宮川の分流豊川をせきとめて用水とする堰があったので、この地が「世木」と呼ばれました。
主祭神の天牟羅雲命は、この地の豪族で代々外宮の祢宜をつとめる渡会氏の遠祖とされる神ですが、その度会一族の一つがこの世木村に住み世木氏を名乗って本社を氏神とし、又治水を祈ってきました。
創始の年代は不詳ですが、この世木氏の氏神であった光明寺(現岩淵三丁目)に残る古文書は、鎌倉時代のこの地の盛行を語っています。
しかし、十五世紀中葉、この世木氏が他の土地に移住していくと、社は残った村人達の氏神となりました。
明治四十一年、周辺の藤里や岩淵にあった渡会氏関係の社はここに合祀され、世木坐渡会氏神社となり今に至りました。』
とあります。


主祭神の天牟羅雲命(あめのむらくものみこと)は、太玉串(ふとたまぐし)を捧持して皇孫・邇邇芸命(ににぎのみこと)に従って天降りました。
また、『旧事本紀(くじほんぎ)』によると、饒速日命(にぎはやひのみこと)に従って降った三十二神の中の一柱であるとされます。

天孫降臨の時、地上の水は未だ純粋なものでなく、天牟羅雲命が高天原(たかまのはら)へ上って伝えたところ、 天照大御神は天忍石長井之水(あめのおしいわながいのみず)を八つの玉の鉢に盛って入れ
「この水をもって降り、 八盛を皇大神の御饌料とし、八盛を皇孫の御飯の材とし、残りを天忍石水といって水の上に注入し混和して朝夕の御膳の料とせよ。また従って降りた神々にも飲ませよ」と云いました。
天牟羅雲命はこれを以って降り皇孫に奉告しました。

この時、皇孫は天牟羅雲命にどの道を上って行ったのかお聞きになり、 天牟羅雲命は、大橋(たいきょう)は皇孫の道なので、私は小橋を上りましたと答えました。
皇孫は天牟羅雲命に天二上命(あめのふたのぼりのみこと)、後小橋命(のちのをばしのみこと)と二つの別名を授けました。

天牟羅雲命は、末代までの名誉をたまわり、永く日本の井戸の神様となりました。
子孫には伊勢の神宮の大神主を務めた度会氏がいます。

また、天牟羅雲命が天から持ってきた清水は宮崎・高千穂から丹後国比治の真奈井を経て、伊勢・外宮の上御井神社(かみのみいのじんじゃ)と下御井神社(しものみいのじんじゃ)に伝わります。
今でも、年の初めの若水をはじめ、毎朝神職が水面に姿が映らないように長い柄杓で一桶ずつ奉汲し、神饌御料に供されています。



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大竹 玄十 拝

日参百日目

5月8日(旧暦四月上卯日)から現在地の産土神社である世木神社を奉拝してから百日目を迎え、月次祭に参列しました。

世木神社の御祭神は、天牟羅雲命御玉(あめのむらくものみことのみたま)、菅原道真公(すがわらのみちざねこう)、宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)、大国主命(おおくにぬしのみこと)度会春彦神主(わたらいはるひこ)になります。



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大竹 玄十 拝

大和神社・大神神社奉拝

7月7日、大和神社(おおやまとじんじゃ)と大神神社(おおみわじんじゃ)を奉拝いたしました。


大和神社の創建は、崇神天皇12年(紀元前96年)で、御祭神は日本大国魂大神(やまとおおくにたまのおおかみ)、八千戈大神(やちほこのおおかみ)、御年大神(みとしのおおかみ)です。
2014-07-07-10-02-53


御神名の通り、大八洲国(おおやしまぐに)の国魂をまつる神域と洩れ伝わります。

大和神社では巳さん(蛇)が出迎えてくれました。
誰も居ない中の参拝でしたので、神界の作法のままに結印し、天皇命(すめらみこと)の弥栄(いやさか)を祈念申し上げました。

日本大国魂大神は、大地主大神(おおとこぬしのおおかみ)で、『大倭神社注進状』では、大己貴神(大国主神)の荒魂であるとし、宮中内に天照坐皇大御神と同殿共床で奉斎されていましたが、崇神天皇が神威をかしこみ、皇女である淳名城入姫命(ぬなきいりひめ)に勅して、市磯邑(大和郷)にまつらせてました。

ですが、淳名城入姫は髪が落ち体は痩せて祭祀を続けることができなくなったので、倭迹迹日百襲媛命(やまとととひももそひめのみこと)が託宣し、大倭直の祖、市磯長尾市をして神主に定めたといわれます。

八千矛大神は、大国主神の武神としての性格をあらわすとされています。
御年大神は、須佐之男命の御子神である大年神の御子神で、年穀を司る神です。

それから、境外社の渟名城入姫神社(ぬなきいりひめじんじゃ)を奉拝し、淳名城入姫命の御神徳を偲びまつりました。
2014-07-07-10-29-06



次に大神神社を奉拝。
綱越神社(御祭神・祓戸大神)を奉拝し、一の鳥居を透(とお)り、さらに二の鳥居を透り、爪先あがりの参道を進み、祓戸社(御祭神・祓戸大神)を奉拝。
禊川にかかる御手洗橋を渡り、夫婦岩を奉拝。
手水舎で手と口を清め、拝殿へと進みます。

手水舎から拝殿大前に登る石段の横には、あまり気づく人はいませんが、昭和天皇御製碑があります。
昭和天皇が大神神社を御親拝あそばされたことを記念して建てられたものです。
「遠つおやのしろしめしたる大和路の歴史をしのびけふも旅ゆく」
御親拝の翌年、昭和60年の歌会始で発表されました。
2014-07-07-11-30-51


茅の輪が設置されています。
大神神社の茅の輪は、榊・杉・松をかかげた三連で、他の神社で見られる一つの輪を左・右・左周りではなく、中(杉)・右(松)・中(杉)・左(榊)の順にまわります。
2014-07-07-11-33-46


拝殿大前では天皇命(すめらみこと)の弥栄(いやさか)を祈念し、鎮魂詞(いのりのことば)を奉唱しました。
「幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)守(まもり)給(たま)へ幸(さきはへ)給(たま)へ」
「幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)守(まもり)給(たま)へ幸(さきはへ)給(たま)へ」
「幸魂(さきみたま)奇魂(くしみたま)守(まもり)給(たま)へ幸(さきはへ)給(たま)へ」

普段はめったに御神籤(おみくじ)は引かないのですが、下半期を占ってみました。
御神意のまにまに、お任せし、力を尽くし進むのみです。
2014-07-07-15-57-19


それから、巳の神杉、神宝神社、天皇社、成願稲荷神社、活日神社、磐座神社、市杵嶋姫神社(鎮女池の弁天さん)、狭井神社を巡拝いたしました。

次に久延彦神社(くえひこじんじゃ)を奉拝。
御祭神は、久延毘古命(くえびこのみこと)です。
久延毘古命は 『古事記』に知恵がたいそう優れ、どこへも足を運ばなくても世の中の事全て知っている神様として記されています。
また、御本社の御祭神、大物主大神・少彦名大神と同時に出現せられ、神代から御鎮まりになって居られる唯一の神様です。
平田篤胤先生が、学びの神として尊崇されたことでも知られています。
2014-07-07-14-56-26


最後に若宮さんと親しまれている大直禰子神社(おおたたねこじんじゃ) を奉拝し、神恩を感謝申し上げました。

大物主大神とは、大国主大神の和御魂(にぎみたま)であり、万神万霊を統率したまう御力の御神名になります。

三輪さん(大神神社)は、いつもの通り厳しくも暖かく迎えてくれました。
2014-07-07-15-41-43




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大竹 玄十 拝

橿原神宮・石上神宮奉拝

7月6日、勅祭社・橿原神宮(奈良県橿原市)と旧官幣大社・石上神宮(奈良県天理市)を奉拝いたしました。


橿原神宮は、古くは神日本磐余彦火火出見天皇(かむやまといわれひこほほでみのすめらみこと)と申し上げた人皇初代・神武天皇が畝傍山の東南に宮を建てられ即位の礼を行われた地に、明治天皇の御聖慮により明治23年に創建されました。
御祭神は神武天皇とその皇后・媛蹈韛五十鈴媛命(ひめたたらいすずひめのみこと)の二柱です。媛蹈韛五十鈴媛命は大物主大神の御娘になります。
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明治天皇御製
 橿原の とほつみおやの 宮柱 たてそめしより 国はうごかず
 橿原の 宮のおきてに もとづきて わが日の本の 国をたもたむ

本居宣長
うねび山 みればかしこし 橿原の ひじりのみ世の 大宮どころ

今年は神武天皇が御即位されてから2674年になります。
「橿原奠都(かしはらてんと)の詔(みことのり)」から、積慶(せきせい)、重暉(ちょうき)、養正(ようせい)という熟語が生まれました。
積慶は「お互いに慈愛の慶びを積み合いましょう」、重暉は「お互いに智慧の暉(かがや)きを重ね合いましょう」、養正は「お互いに公正なる正しさを養い合いましょう」という意味になります。

神武天皇の御即位により天孫降臨の一段は完結し、神人分治(顕幽分治)の世界が始まります。
2014-07-06-11-22-01



私は一の鳥居、神橋、二の鳥居、南神門を通り、神職の先導で外拝殿(げはいでん)から御垣内に参入し修祓(しゅばつ)を受けたのち、内拝殿で玉串を奉りて拝礼しまして、天皇命(すめらみこと)の弥栄(いやさか)ますますの御長寿を祈念申し上げました。
2014-07-06-11-23-59


橿原神宮の神職から由緒や社殿や神武天皇二千六百年祭についてなど説明を受けました。この場を借りまして、厚く感謝いたします。
2014-07-06-18-30-30



それから、石上神宮を奉拝いたしました。
創建は崇神天皇7年(紀元前91年)で、御祭神は布都御魂大神(ふつのみたまのおおかみ)、布留御魂大神(ふるのみたまのおおかみ)、布都斯魂大神(ふつしみたまのおおかみ)です。

布都御魂大神は、神武天皇御東征のみぎり、国土平定に偉功をたてられた天剣である平国之剣(くにむけしつるぎ)とその御神威をたたえた御神名です。
布留御魂大神は、鎮魂(たまふり)の主体である天璽十種瑞宝(あまつしるしとくさのみづたから)の起死回生の御神力をたたえた御神名です。
布都斯魂大神は素戔嗚尊(すさのおのみこと)が八岐大蛇(やまたのおろち)を退治された天十握剣(あめのとつかのつるぎ)の御威霊をたたえた御神名です。
総称して石上大神(いそのかみのおおかみ)とあおぎます。
2014-07-06-14-38-20


私は拝殿大前で、「祓詞」「大祓詞」「十種祓詞」「ひふみ祓詞」 「神拝詞」「称言(たたへごと)」を奏上いたしました。

石上神宮はかっては本殿がなく、拝殿後方の禁足地を御本地(ごほんち)としていましたが、明治天皇の勅命により菅政友大宮司が発掘され、明治7年8月20日、天剣である素鐶頭太刀(そかんとうのたち)が出御いたしました。
この天剣は、伊邪那岐大神が地上を造化した天沼矛であり、神州の正気の根本地と洩れ伝わります。
2014-07-06-14-48-25




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大竹 玄十 拝

春日大社奉拝

7月5日、奈良県奈良市の春日大社を奉拝いたしました。

まず、二之鳥居をくぐり伏鹿手水所(ふせしかのてみずしょ)で手と口を清め、祓戸神社(御祭神・瀬織津姫神)を奉拝しました。

石灯籠が立ち並ぶ参道を進み、春日大社が創建される前から地主神とされていて春日大社廻廊内西南隅に、南向きに鎭座している摂社・榎本神社を奉拝してから、直会殿(なおらいでん)で執り行われる朝拝に参列しました。

直会殿は、南北8間、東西4間の広大な建物で、素木造です。東の2間が母屋となり、春日祭に勅使一行がここで直会の儀を行います。重要文化財に指定されています。
2014-07-05-08-44-13


朝拝では花山院弘匡宮司以下神職とともに、大祓詞を3巻奏上しました。
春日大社では、東日本大震災と併せて奥吉野・熊野大水害における被災者の救済と一日も早い災害復興成就のため、朝拝に合わせ大祓詞による「萬度祓」を厳修致しています。
「萬度祓」とは、大祓詞を延べ1万巻奉唱することです。
この日は、偶然にも10万巻に達成する節目の日でした。
2014-07-06-07-36-58


朝拝は春日大社の御神体山である御蓋山(みかさやま)と伊勢の神宮を遙拝し、花山院宮司より講話がありました。


さらに、花山院宮司以下神職とともに摂末社を巡拝しました。
本宮神社遙拝所、摂社・若宮神社(御祭神・天押雲根命)、夫婦大國社(御祭神・大国主命、須勢理姫命)、仮遷座中の浮雲神社(御祭神・天児屋根命)、広瀬神社(御祭神・倉稲魂神)と葛城神社(御祭神・一言主神)、三十八所神社(御祭神・伊弉諾尊、伊弉冊尊、神日本磐余彦命)、佐良気(さらけ)神社(御祭神・蛭子神)を奉拝。
その先の金龍神社、宗像神社、摂社・紀伊神社はその場から遙拝しました。

それから、神職の案内を受けながら再び摂社・若宮神社を奉拝したのち、一童社とも呼ばれる三輪神社(御祭神・少彦名命)を奉拝。


その後、御本殿へ戻り、神職の案内を受けながら中院特別参拝を、御本殿前の中門から天皇命(すめらみこと)の弥栄(いやさか)を祈念申し上げました。

春日大社は伊勢の神宮と同様に私幣禁断の歴史があり、個人的なお願いごとは若宮神社ですると良いとされます。

神職の話しでは、御蓋山のナギの木が枯れたり、御本殿の六面の神鏡が落ちたりすると、国家の重大事があるとされ、神職は必ず神鏡を毎日確認するとのでした。


案内が終わり、内院の末社を後殿御門(うしろどのごもん)から奉拝しました。
内院には八雷神社(御祭神・八雷大神)、栗柄神社(御祭神・火酢芹大神)、海本神社(御祭神・大物主大神)、杉本神社(御祭神・大山咋大神)、佐軍神社(御祭神・布津之霊大神)などがあります。

中院の椿本神社(御祭神・角振大神)を奉拝。
説明書には「勇猛果敢な大宮の脊属神に坐し、天魔退散・攘災の神様」とあります。
2014-07-05-11-14-01


同じく中院の風宮神社(御祭神・級長津彦命、級長津姫命)、多賀神社(御祭神・伊弉諾命)を奉拝しました。

西回廊の内侍門(ないしもん)の瓦に魔よけの桃を見つけました。
2014-07-05-11-12-32



春日大社といえば、世界遺産で観光地の一つではありますが、神職による案内を受け、春日大社の歴史の重みを実感した奉拝になりました。
花山院宮司をはじめ神職の方々に感謝申し上げます。
2014-07-06-07-37-34




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