晴耕雨読、僕は頑張らない !

9月24日仏像の原型リタイヤして年金生活をするようになると、会社の部長さんも校長先生も医者も平社員も工員さんも「みんなチョボチョボ」のタダの人になり、対等、平等、自由な関係になります。現在、僕はこの段階にあります。

更に歳をとると、いくら強がりを言ってみたところで、「足腰が弱る」、「眼がかすむ」、「ボケる」・・・このような体に障害が出てくることが予想されます。

昨夜は、ふとんの中で、僕が「足腰が弱る」、「眼がかすむ」、「ボケる」の症状が出るのを80歳と予想して、それまでの生き方を考えてみました。

僕は「わが青春に悔いあり」の欲求不満型の人間です。このため80歳を迎えるまで、心の命じるままに自由奔放に青春を謳歌したいと思っています。そこで以下のような生き方を考えてみました。

①人間と自然を大切にする。
②1日、1日を大切に生きる。
③向学心を持ち常に人間性を高めることに精進する。
④以上の3点を守りながら、心の命ずるまま積極的に生きる。
⑤寿命は天に任せることとし延命についてナーバスにならない。

友人に「オレは80歳まで、こんな生き方をすることに決めた!」と話したところ、「誰もが考えることだよ、だた、根性のない人には実行不可能だね!」と言います。

そう言われれば、そうかも知れない、実に的を得ています。まずは、仏像を掘りなが「根性」を鍛えることにしました (笑)!

ガレージで育てている秋冬野菜の苗が順調に育っており、ぼつぼつ植え頃です。
タネからここまで育てるのは簡単そうですが、それなりのコツがありました。要領は「植える時期」と「急がず、焦らず、水を切らさないこと!」だけですが、これが分かるのに僕の場合は4年かかりました。

9月23日畑4

今日、5日ぶりに畑に行ってみました。4日間連続で雨が降ったため畑はグショグショで作業になりません。全体を見て回りました。


9月23日畑3

この夏は、イノシシに入られてサツマイモ、サトイモ、スイカが徹底的にやられました。キュウリ、トマト、ナスはカラスにいたずらされました。6月の長雨で丹波の黒豆を植えていた畑が水を被ったため全滅です。
その上、夏の猛烈な暑さもあり、7月終わりから畑仕事に対する情熱を完全に失ってしまいました。 2か月間、畑を放っておいたところ雑草だらけになってしまいました。

最近涼しくなって再びやる気が湧いてきました。
刈り払い機で雑草を刈り取って、家庭菜園用耕運機で畑を耕して、ワイアメッシュ(鋼鉄製柵)とトンガリ鉄筋を買って来て柵の補強をして・・・・・、明日からは、妻と家庭菜園を一からやり直します。

朝から雨です。雨が降らなければ畑に行って栗を採ったり、秋冬野菜の畑を耕したで憂さ晴らしができるのに雨が降ると何もすることがありません。

遊びを知らないため、結局、家の中で、本を読んだり、ラジオを聴いたり、テレビを見たり、DIYをしたりして時間潰す生活になります。 

今日はガレージの中でDIYで遊びました。
買い置きのツーバイフォー材(38×89×1830mm)2枚、ワンバイ材(19×89×1830mm)1枚を使って、「部屋のコーナー(隅)に置く本棚」を作ってみました。これはプロトタイプ(試作品・原型)です。ウマくいけば正規品を作ろうと思っています。 
ツーバーフォー材を縦半分に切り、柱にしました。梁(横板)はワンバイ材を縦半分に切った板を使いました。
出来上がった「部屋のコーナー(隅)に置く本棚」の大きさは、高さ60㎝、横も60㎝です。後(うしろ)は蝶番で連結してあり折り曲げができるようになっています。

9月22日DIY2

本を置いてみました。デス・スペースの有効活用になりそうだし、デザイン的にも違和感がないので、何時か暇な時に高さ1830mmの正規の本棚を造ろうと思いました。
出来上がったプロトタイプを見ながら、正規の本棚は木と木の接合部分をもっと几帳面に仕上げて白いペンキを塗ってはどうだろう?、たとえ市販品のように均整が取れなくても、それはそれで良いのではないか、下手な作品には手づくりの温もりが感じられるものだなど・・・、勝手なことをと考えています。

9月22日DIY1

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帯状疱疹で元気のなかった妻が昨日から普通に家事ができるようになりました。今日は栗ご飯を作ってくれました。おかずは生姜焼き、煮しめ、オクラにメロンです。
今日は、休肝日につきお酒はありません。

9月22日栗ご飯
 

雨のため4日ぶりの畑となりました。
今日の仕事は栗拾いです。16日にもほんの少し拾いましたが本格的な採取は今日がはじめてです。

日本を縦断した台風16号のため栗のイガはたくさん落ちていますが、中身は見事に空っぽです。栗を食べる虫の他にネズミ、イタチ、タヌキなどの小動物に喰われていました。地面を激しく掘り返しているところからイノシシも出没したようです。

9月21日栗拾い (1)

今日は、「高切ばさみ」と一昨日作った新兵器「高い枝の栗を叩き落すための道具」を使いました。特に「高い枝の栗・・・・・・」はとても有効でした。使い方としては「叩き落す」というよりも「枝を揺さぶって落とす」の方が適切です。
良い枝にこの道具がひっかった時には、大きく揺さぶると雹(ヒョウ)が降るように栗やイガが落ちてきます。実に快感です。

9月21日栗拾い (5)
栗には鋭利なトゲがあるためとても危険です。
このため溶接などで使う堅い革製の手袋をホームセンターで買ってきました。これが実に有効です。
今日の作業は虫や小動物に喰われたイガの整理が中心で、栗の収穫は150個程度でした。

9月21日栗拾い (3)

焼却しようと思って栗のイガを畑の広いところに出しみました。写真は今日出たイガのほぼ半分です。

9月21日栗拾い (4)
 

この3日間、長雨でジメジメするため持病の腱鞘炎が激しく痛みます。

友人は「なんと馬鹿な!、腱鞘炎は整形外科に行って注射1本打ってもろうたら一発で治るのに、何で我慢するんだ!」と忠告してくれます。ただ、医者に行くのが面倒なため我慢しているだけです。

それでも仏像を彫ろうと思って、ホームセンターで「杭にする木」を買って来て彫刻の練習をしてみました。やはり指が痛くて作業になりませんでした。

9月20日仏像彫り

仏像を彫っていると「風の又三郎」のような女の子のことを思い出しました。具体的なことはほとんど忘れてしまいましたが、かすかな記憶を思い出し物語風に構成すると以下のとおりです。

小学校の5年か6年の時のことです。
僕の住んでいた町は米軍の空襲で徹底的に焼かれた町でした。小学校は焼け野原に建てられた仮設のような学校でした。大人は子供に食べさせるために必死に働いていました。子供はみんな仲良しで放課後はあちこちの焼け野原に集まって遊んでいました。こんな時代です。

ある日、学校で鉛筆を盗む人がいる・・・、という噂が流れました。
盗んでいると噂された人は、転校してきたばかりの小さくて無口な女の子でした。彼女の家は母と女の子の二人だけの母子家庭です。お母さんが働いていたためお母さんが帰るまで家に一人でした。女の子はどこの焼け野原にも遊びに来ませんでした。学校の成績は絵が抜群に上手でしたが、その他の科目は目立ったものはなかったように記憶しています。
「鉛筆がなくなった、盗ったのはあの子だ。」と先生に訴える子供がいました。中には「盗むのを見た!」という子供までいました。
当時は子供の人権などは、ほとんど無視されていた時代です。
先生は、みんなの前で「あなたは、人の鉛筆を盗みましたね。人のものを盗んではいけません。返してあげなさい。」と女の子を叱りました。
女の子は「盗んではいません。掃除のときゴミ箱に捨ててあったので拾っただけです。全部、大切にしまっているので明日持ってきます。」と泣きながら答えました。
翌日、女の子が鉛筆を持ってきましたがスリッパをいれる袋一杯ありました。どの鉛筆も長さ5センチ以下で鉛筆としては使えないものばかりでした。誰もがゴミ箱に捨ててあったのは本当だと思いました。
その鉛筆の全部に仏像のような人形が彫ってありました。その出来が繊細でとても素晴らしいのに驚きました。
女の子はお母さんが帰るまで、ナイフや彫刻刀で鉛筆の先に仏像を彫って寂しさを紛らわしていたような気がしてなりません。
その後、先生がどのように対処したのか、鉛筆は返却されたのかどうかは覚えていません。
女の子は、その学期の終わりにどこかに転校して居なくなりました。誰かが「風の又三郎のようなヤツじゃったのお!」といっていました。
ある日、彼女が転校したことや鉛筆の事件のことを母親に話したら母親は泣いて聞いていました。直感で女の子の家庭には僕等子供には話せないような事情があるような気がしました。その後、女の子のお母さんが再婚したためお婆ちゃんのところに引き取られたとか、孤児院に入ったとかの噂を聞きました。話はこれだけです。

僕は今でも、彼女は、どこかで有名な芸術家になっているのではないかと思うことがあります。

まもなく栗のシーズンが到来します。

栗農家の栗の木は、採取しやすいように枝が高くならないように剪定をしてありますが、僕の借りている畑の栗の木は放棄地だったため、枝は天に向かって伸び放題です。このため高い枝の栗は地上に落ちて来るまで待たなければなりません。
栗の場合、落ちてくる栗は虫食いが多いので、落ちてくる前の栗を叩き落とすのが賢明です。

9月19日栗

今日も朝から雨ですが、昨日も体を動かしてないので手足がムズムズしてジッとしておれなくなりました。
そこでホームセンターに行き、径の違うアルミ丸パイプ2メートルを1本づつ買ってきました。これをボルトで継ないで、写真のような「高い枝の栗を叩き落とす道具」を作りました。外は雨のためガレージで作業をしました。
この道具の長さは4メートルあります。明日、天気が回復したら早速使い勝手をテストしてみたいと思っています。

  9月19日栗取り器

庭のコキアが大きく育ちました。高さが90㎝になりました。

9月19日コキア

昨日夕方から降り出した雨は、今日一日中続きました。広島県全域に大雨警報が出されています。

午前中、妻の買い物ついでに市立図書館に予約していた本を取りに行った以外は、一日中、家の中で過ごしました。
ジメジメすると持病の腱鞘炎が痛んでなにもする気が起こりません。気持ちが乗らないため「本」を読む気にもなりません。

9月18日雨


このような時には良からぬ事を、考えるものです。
タブレットで遊んでいたらLCC(格安航空会社)が広島空港発・成田行のチケットを格安で販売しているのを発見しました。冷やかし半分で閲覧しているうちに「本当にこの値段で成田まで連れて行ってくれるのだろうか・・」と思うようになりました。
この航空券は、春秋航空のラッキースプリングで、1か月先の成田行が片道3,460円です。空港使用料や消費税、手数料などが付加されるし、成田から東京までの交通費が必要なので実際には6,000円以上になりますが、新幹線に比べれば格安です。(但し、手荷物の重さなどに制限あり)

「試しに乗ってみようか!」という気分になり申し込んでしまいました。
冷静になって考えると、11月の紅葉のシーズンや12月の年末ならいろいろと行ってみたいところはありますが、10月の東京はどこも行くとこがありません。完全な衝動買いをしてしまいました。

午後からは「さて、どこに行こうかな!」、そればかりを考えながら過ごしました。
購入した航空券での東京滞在は2泊3日です。
一日目は、成田から京成・京急・JRを乗り継いで三浦半島まで直行して、神奈川県立美術館葉山館と山口逢春美術館を見て、葉山に宿を取りボーッと海を眺める。翌日は都心に宿を移し、江戸東京博物館と上野の鈴本か、浅草演芸ホールの寄席に行く・・・今のところこんなことを考えています。

9月18日富士山


昨日は、NHK BSプレミアムカフェ選「神の手をもつ絵師 若冲」(2001年)の再放送をやっていたので録画しておき、今朝、視聴しました。
今日は、ザ・プレミアム「若冲 いのちのミステリー」をやっていたので視聴するとともに録画しておきました。

「神の手をもつ絵師 若冲」
伊藤若冲(1716~1800)は天寿をまっとうするまで、生き物の世界を独自の技法で描き、華麗で奇抜な絵を数多く残した江戸時代中期の絵師です。この放送では若冲コレクションの第一人者、アメリカ人のジョー・プライスさんの話を中心に、ドキュメンタリードラマで、奔放な人生を送った若冲の不思議な魅力に迫っています。若沖を俳優・岸部一徳が演じていました。

「若冲 いのちのミステリー」
若冲の代表作「動植綵絵(どうしょくさいえ)」を始め彼の作品には、あらゆる生き物が登場します。ニワトリ、スズメから、ハサミムシ、フグ、そして虫に食べられた葉っぱまで…。なぜ、そこまで生き物を描き続けたのか? 実は、「動植綵絵」にとりかかる前、若冲には"空白の二年"があります。さらに、若冲の時代に飢きんが起こり大勢の人が亡くなりました。もしかすると、若冲は絵を通して人々に弱肉強食のない世界を呼びかけていたのではないだろうか、と訴えていました。

今年の秋、京都市立美術館で「生誕300年 若冲の京都 KYOTOの若冲」展が開催されます。開催期間は10月4日(火)~12月4日(日)です。今年の「芸術の秋」は、この展覧会に行くことを計画しているため、この放送は丁度良い予習になりました。
9月17日若冲1
僕が若冲の名前を知ったのは、今住んでいる家に引っ越した25年くらい前です。このころは「変わった絵を描く絵師だな!」と思った程度です。
若冲を意識し始めたのは法政大学の田中優子さんの「江戸百夢 近世図像学の楽しみ」(朝日新聞社)を読んでからです。この本は江戸時代に描かれた風変わりの絵ばかりを集めて解説していました。この本で、若冲、曽我蕭白、小田野直武、高井鴻山、歌川国芳など奇想天外な絵を描く絵師の真骨頂を知り興味が湧いてきました。

9月17日若冲2

2007年、九州国立博物館で開催された特別展プライスコレクション「若冲と江戸絵画」に行った時、「鳥獣花木図屏風」を見てから若冲の大ファンになってしまいました。

この展覧会では、ジョージ・プライス氏のサイン会があったので図録にサインをしてもらいました。

9月17日若冲4

9月17日若冲3
鳥獣花木図屏風

ポットにタネを蒔いた秋冬野菜が芽を出したきて盛んに葉を増やしています。今朝は、1ポットに1苗にするよう苗を間引きました。
ここで摘んだ若菜を生で食べると絶品です。「美味しいうえに、ビタミンも多くて、からだにも良い。ありがとう。」と妻に褒められました。

9月16日若菜摘み

畑に行き、7月の終わりから8月の初旬に眼を楽しませてくれたヒマワリのタネを採取しました。今年はヒマワリの苗をたくさん作って多くの人に差し上げました。
来年もたくさんの苗を作って多くの友達を作ろうと思っています。

9月16日ヒマワリのタネ取り (2)

地上に落ちている栗を集めたら約50個ありました。今日は忙しいので栗拾いはここまでです。栗拾いの最盛期が目の前に迫って来ている感じです。ー

9月16日栗拾い

仏像を彫ってみようと思いいろいろと思案を巡らしていますが、まだ、デザインが定まりません。
僕としては、円空さんが彫った仏像のように荒削りな仏像を彫りたいと思っています。
先週は、東急ハンズに彫刻用の木材を買いに行きましたが、デザインが定まらないためどれを買ってよいのか分かりません。適当に2つの材料を買ってみました。

先日、図書館から借りてきた仏像彫刻の本にも、円空さんの仏像にような素人でも彫れそうな素朴な仏像はありません。画集の写真を見ながら自分で工夫して掘る以外になさそうです。

9月16日仏像
 

NHK ラジオ第2放送の朝9時45分からの「朗読の時間」は、今週から永井荷風「濹東綺譚」です。
先週までの4週間は永井荷風「断腸亭日乗」でした。もう一度「断腸亭日乗」の朗読を聴いてみたい人は以下の英字をクリック(タップ)すると聴くことができます。
http://www4.nhk.or.jp/roudoku/316/


早速、書棚から昔読んだ岩波文庫の「濹東綺譚」を出してきて、ラジオの朗読を聴きながら再読しています。
この小説は、私娼窟・玉の井を舞台に、小説家・大江匡と娼婦・お雪との出会いと別れを、季節の移り変わりとともに美しくも哀れ深く描いています。荷風の日記『断腸亭日乗』には荷風の玉の井通いの様子が書かれており、主人公の大江は作者の分身と考えられます。Wikipediaによると「濹東綺譚」は荷風の小説中、最高傑作といわれているそうです。

以前「濹東綺譚」を読んだ時、遊郭の体験のない僕は、色事に関するあいまいな文脈が気になってしかたがなくって、何度も前後を読み返したり、辞書を引いたり、妄想を深めながら読了したことを思い出しました。
兎に角、この作品はウブな僕には過激でした。読後感としては、小説家・大江匡と玉ノ井の娼婦・お雪との出会いと別れをテーマにしたポルノまがいの低俗小説で、芸術性など微塵も感じられませんでした。
しかし、今回、ラジオ朗読で「濹東綺譚」を聴くと、反芻しながら読む読書では必ず引っかかってしまういやらしい箇所も考える余裕を与えずスッと読んでいくため、朗読による作品の感じ方は、読書による感じ方とは随分違ったものになりました。
この小説を朗読で聴くと、主役の男性と娼婦との色事は、本来の目的ではなくて、江戸から東京に変わり、更には大震災により急速に変わっていく世の中の様子やヒューマニティーを、荷風が感性を駆使し「文章という絵筆」を用いて芸術的に描いた作品のように感じました。

9月15日墨東奇譚

9月15日墨東奇譚2今日は、1992年に新藤兼人監督が作成した 津川雅彦主演の映画「濹東綺譚」をインターネット配信により、僕のタブレット(アマゾン製)で鑑賞しました。

この作品は、「墨東綺譚」と「断腸亭日乗」に基づき、主人公を荷風本人に置き換え、玉ノ井の娼婦・お雪とのロマンスを中心に荷風の半生を描いた官能美あふれる作品に仕上げていました。

なお、僕は、アマゾンのプレミアム会員になっているため、この作品を無料でみることできました。











僕は、どこに行くときも、いつもデジカメを携帯してます。最近ではスマホにもかなり高性能カメラ機能が付いていますが、僕には物足りないのでどうしてもデジカメが離せません。

今日のブログは、今日撮影したデジカメの写真を紹介します。

妻が吉川英治「宮本武蔵」と小山勝清「それからの武蔵」を読んでいます。僕も昔、吉川英治「宮本武蔵」を読んだことがあります。このため、夫婦の会話に「武蔵」のことがよく出ます。

9月16日これからの武蔵


吉川英治「宮本武蔵」の中に、武蔵が仏像を彫る様子が名文で綴られている箇所があります。この名文に刺激されました。
一刀入魂、木に向かい合って仏さまと対話をしながら仏像を彫る・・・急に、仏像が彫ってみたくなりました。

今日の午前中、図書館に行って、仏像彫刻の本を借りてきました。

9月14日彫刻の本

午後から畑に行きました。畑に行く途中、稲の天日干しを見ました。これを見ると秋を感じます。

9月14日稲刈り

この辺りは、不作地、耕作放棄地が増えています。不作地の中に彼岸花を見つけました。今年初めてです。

9月14日彼岸花

畑の入口に植えている皇帝ダリアが大きくなりました。幹の太さの直径が10㎝に近いモノもあります。今年の11月には立派な花が咲きそうです。

9月14日皇帝ダリア

まもなく栗のシーズンです。
栗の木の下にブルーシートを敷きました。最盛期、朝行ってみるとブルーシートの上に栗がいっぱい落ちているので、これを拾って帰っています。

でも、小動物が入ると、栗を食べ散らかしています。イノシシが入るとブルーシートをグシャグシャにしています。

9月14日栗

9月のNHK「100分de名著」のテーマは石牟礼道子「苦海浄土」です。
8月末、NHKが出しているテキストと石牟礼道子「苦海浄土 わが水俣病」(講談社文庫)をアマゾンから取り寄せました。
以前のブログで「石牟礼道子」の名前も「苦海浄土」という本の名前も聞いたことがない、初めて聞く名前だ。と書いたことがあります。


ところが先日、書棚を整理していると書棚の隅からコロッとこの本が出てきました。中に線が引かれてた箇所があることから、昔、古書店の店頭の100円コーナーのようなところでまとめ買いした中の一冊だと思います。
「同じ本を2回買う。」、僕にとっては、こんな失敗は日常茶飯事です。(笑)

9月13日苦海浄土
 
昨日、NHK Eテレ「100分de名著」、石牟礼道子「苦海浄土」を視聴しました。

水俣病は、チッソという会社が有機水銀を工場排水として流し続けたことにより発生しました。
当時、チッソという会社は、塩化ビニールでは日本の最高水準で、大学でもトップクラスでないと入社できないほどの超優良な会社でした。
チッソの企業活動は、国の強力な援助のもとに行われていました。水俣市はチッソの企業城下町で、当然ながら水俣市にとって、この会社はとてつもなく大きな財源でした。 
チッソは有機水銀は有害であると分かっていながら川や海に流し続けました。行政あるいは国家はそれを黙認しました。

水俣病患者が出始めると、チッソは、悪しき、かつ、巧妙な手段に出ます。
患者たちが水俣病であることを公言できない、すべきでない、という空気を造っていきます。その結果、水俣病患者の訴えは減っていきます。更に原因不明であるという風潮を造り、一時的には責任を免れることができました。 
「水俣病」は、先天的な肉体の弱化や感染による病気のようなものであることを暗示させました。

しかし、事実はまったく違っており、それは人間の確信的な行いによる人災であり、「患者」と呼ばれる人々は、完全な「被害者」であることが分かってきました。

水俣病の解明にはいろいろな難しい問題があります。
例えば、水俣病は誰の責任なのだろうかを追及しても、国が命じた、会社が命じた、と述べ、あえて非人間的な表現をとり、特定の人間には責任がないように語られています。
そこに働いているのは人間だけなのに、人間がやったのではないように表現されています。

この放送を聴きながら、我が国の原子力行政が気になってきました。
福島原子力発電所の事故原因の究明や事後処理が十分でないのに、急ピッチに既存の原子力発電所が再開されています。 
原子力発電所は本当に安全なのであろうか、水俣病と同じような問題が隠されているのではないだろうか、経済最優先による地球環境の破壊ではないだろうか、原子力発電所で作られる電気は「安い、安い」と言われていますが放射性汚染物質処理のコストまで含めると「高い」のではないだろうか、いろいろな疑問が浮かんできます。

オリンピック新国立競技場の問題、築地市場の豊洲への移転の問題・・・・、国や自治体の提言する施策には不明瞭なことが多々あります。もろ手を上げて賛同する前に、まずは、批判する眼で見てみることが大切なのだと思いました。
この放送を通じて、僕の「批判する眼」は少しは養えたような気がしました。 これからの日本を考えると「水俣病」は、是非、学校教育の教材に使ってもらいたいと思いました。

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