晴耕雨読、僕は頑張らない !

今日は暖かったので久しぶりに畑に行ってみました。

僕の住む東広島市高屋町は広島県の真ん中の標高の高いところにあり平均気温は仙台と同じといわれています。このため2,3日前の霜で近所の皇帝ダリアは全滅しました。
畑のある安芸津町は、同じ東広島市でも瀬戸内海に面した暖かいところにあるため皇帝ダリアは元気よく花をつけていました。

12月9日皇帝ダリア

畑の冬野菜は、今がまさに旬です。

12月9日ミズナ

入院をしていたため、畑の隅に植えていた落花生のことをすっかり忘れていました。掘り上げてみると落花生が出来ていましたが豆はきわめて小さい感じです。千葉県産の落花生をイメージしていたので愕然です。

今年は、ソラマメ、エンドウ、シカクマメ、丹波の黒豆、そして落花生とマメ類は全部失敗に終わりました。

12月9日ピーナツ

山に上がってみました。ここで栽培しているシイタケも昨年と比べて出来が良くありません。理由は手入れをしないからです。
来年の2月ごろ椎茸菌を打ち込む原木は、今の時期に伐採して2月まで寝かせておかなければなりませんが、今年は体調不良のため伐採ができそうにありません。
2月にホームセンターで原木を買うことになりそうです。

12月9日シイタケ

今年は、柿の不作の年でした。
今、畑ではミカンがぼつぼつ終わりに近づいています。キウイフルーツがたわわに実っています。しかし、キウイフルーツは家で追熟させないといけません。この作業が意外と面倒なのでこのまま放っておくつもりです。

12月9日みかん・キウイ

2時間の畑仕事で、白菜2株、コマツナ4株、落花生たくさん、柚子たくさん、ピーマンたくさん、レタス2株、ミズナ2株、シュンギク2株を採取しました。

12月9日野菜収穫


柚子が採れたので帰りに焼酎を買いました。晩酌は、焼酎の湯割りで肴は鍋料理にしました。
久しぶりに畑仕事をして、帰宅後は、ビールを飲んで昼飯を食べて昼寝、夜は焼酎の湯割りを飲んでほろ酔い気分になりました。酔いが覚めて漱石のテレビ、「深読み読書会 夏目漱石  三四郎  100年目のプロポーズ」と 「あてなよる 夏目漱石に捧ぐ第二夜 漬物で呑む」を見る・・・、とてもて良い日になりました。

12月9日柚子


11月から読み始めた漱石の小説も「彼岸過迄」、「行人」を読んで完全に疲れました。
昨日と今日は活字を読むのを辞めて、テレビで漱石を堪能しました。

12月8日漱石
 
昨日は、ビデオに収録していた プレミアム・カフェ 「ロンドン 1900  漱石『霧の街』見聞録」を視聴しました。

今日の午前中は「食は文学にあり 漱石と鴎外」 「猫を愛した芸術家の物語 夏目漱石」の2本、午後はプレミアム・カフェ 「シリーズ恋物語 『虞美人草』殺人事件 漱石百年の恋物語」を視聴しました。
そして、夜は「 あてなよる 『夏目漱石に捧ぐ第一夜 ライスカレーで呑む』 を視聴しました。

この中で、一番面白かったのは、「食は文学にあり漱石と鴎外」 「猫を愛した芸術家の物語 夏目漱石」です。明日の深夜に再放送もありますが、放送時間が2時間10分ととても長い番組です。

明日からも、漱石関連の番組が続きます。
12月9日(金) AM0:45〜2:55 NHK Bs (再放送)プレミアムカフェ 食は文学にあり漱石と鴎外 猫を愛した芸術家の物語 夏目漱石
12月9日(金) PM10:00〜11:00 NHK Bs 深読み読書会 夏目漱石「三四郎」 100年目のプロポーズ
12月9日(金) PM11:15〜11:45 NHK Bs あてなよる 「夏目漱石に捧ぐ第二夜 漬物で呑む 
12月10日(土) PM6:30〜7:30 NHK Bs (再放送)漱石の100年 アジアへの旅 姜尚中  中国・韓国をゆく
12月10日(土) PM7:30〜9:00 NHK Bs 漱石悶々 夏目漱石最後の恋

12月8日漱石2ラジオでもやっています。 
NHK 第2放送 12月9日(金) 朝10時から「漱石、近代科と出合う」 第9回 「物理学者マクスウェルの詩と漱石の解釈」
12月9日(金) 夜8時半からは、第10回 「文学研究と創作における科学とのかかわり」

僕は、テキストを買って、第一回から聞いています。とても面白い番組です。過去の放送が聴きたい人は、ストリーミング放送があるのでスマホ、パソコンで聴くことができます。下の青い文字をクリックするとストリーミング放送に飛びます。

漱石、近代科学と出合う


 


12月7日アドラー昨夜、「劣等感」について布団の中で考えたら、眠られなくなり、夜中に起きて2月に放送された岸見一郎「100分de名著」のテキスト「人生の意味の心理学 アドラー」を出してきて読み直してみました。

以下のようなことが書いてありました。
今より優れたいと思う「優越性」は人間の基本的な欲求であり、誰でも持っているのだそうです。
「優越性」の対にあるのが「劣等感」で、どちらも努力と成長への刺激になるものです。

この場合の「劣等感」とは他者との比較ではなく「理想の自分と現実の自分との比較」から生じるものです。この劣等感こそが人類の進歩の原動力になりましたが、しかし、一方で「強すぎる劣等感」と「過度の優越性の追求」は、それぞれ「劣等コンプレックス」、「優越コンプレックス」といい有用ではない面があります。

「劣等感」を「言い訳」に使うことを「劣等コンプレックス」といいます。例えば自分が理想とする状況に到達していないと思った場合、もっと勉強しよう、もっと努力しようと考えて、建設的な努力をするしかないのですが、しかし、「劣等コンプレックス」のある人は、「しないこと」と「できないこと」の言い訳ばかり探し、現実の課題から眼を背けようとしてしています。
仕事で英語が必要ならば、今日家に帰ってすぐに英語の勉強をすればいいのです。それなのに、そういう努力をしないとすれば、それは「やればできるという可能性の中に生きたいから」であり、「現実的な努力をして結果がでること恐れている」ことになります。

一方、自分を実際より優れているように見せようとするのが「優越コンプレックス」です。本当に優れている人は自分を誇示したり自慢したりしませんが、「優越コンプレックス」のある人は背伸びをして自分を実際より大きく見せようとします。学歴や肩書を誇示したり、高価なブランド品で身を飾ったり、過去の栄光にすがりつき自分が輝いていた時代の話ばかりする人、知り合いの手柄まで自分のことにように自慢する人も「優越コンプレックス」です。
このような人は実際に優れているかどうかは問題ではありません、他者より優れているように見えることが重要です。しかし、実際には、自分が思っているほど誰も自分に期待も注目もしてないものです。

また、「優越コンプレックス」を持つ人の中には、自分のことを自慢するのでなく、他者の価値を貶めることで、相対的に自分の価値を上に置こうとする人もいます。仕事とは無関係のことで部下を理不尽に𠮟りつける上司がそれです。

いじめや差別も「優越コンプレックス」のある人が引き起こしていると考えられます。

ここまでまとめてみると、僕の在職中の上司は、「優越コンプレックス」の人がとても多かったように思います。 これ以上書くと昔の職場に行かれなくなるので、この辺りで・・・


昨日は、退院後初めて病院に行きました。血液検査とレントゲンと診察がありました。「異常なし」です。
主治医は「服用しているステロイドの量も少なくなっているので感染症の危険性は少ない。もう少し活発な生活をした方が良い。」と言ってくれました。

しかし、病院を終えて、買い物をして、妻と外食をしたら、それだけで疲労困憊です。
布団を敷いてもらい、昨日、今日と布団の中で過ごしてしまいました。少し風邪気味でもあります。

夕食を食べてから少し元気が出てきました。明日の朝は、畑の農作業に出かけるように回復していることを祈っています。

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漱石の「行人」を読み終えました。
とても重たい感じの本でした。正直なところ、文学書をあまり読まない僕にとっては、体力の全部を使って読んだような気がします。前回読んだ「彼岸過迄」、そして、今回の「行人」と続けると、しばらく漱石を避けたくなりました。でも、感動するところは多々ありました。

僕の周りには、僕の性格と主人公の一郎の性格は正反対のように思っている人が多いように感じます。僕は心替わりが早く、環境によってコロコロと方針を変えるため「風見鶏」とか「ノーテンキな奴」とかと冷やかされることがよくあります。
しかし、僕自身は、僕と一郎の性格には共通する点がとても多いような気がしました。
例えば、長男・一郎が次男・二郎に以下のようなことを語るところがあります。
「二郎おれは昔から自然が好きだが、つまり人間と合わないので、やむをえず自然の方に心を移す訳になるんだろうかな」
実は、僕も四季とか、山とか、花とか、風景などの自然が好きです。その上、人付き合いがあまり上手ではありません。性格的にも自我に閉じこもるところがあると思っています。
その他、悩みに悩んだ一郎が遂に「死ぬか、気が違うか、宗教に入るか」と訴えますが、僕も、(宗教に入ろうかと思ったことはありませんが)、死ねば・・・、気が違えば・・・、どれだけ楽だろうかと思ったことは何度もあります。
若い頃は挫折の連続でした。同時に劣等感に苛まれていました。これが僕を更に小心者にしました。本気で心療内科に相談に行こうかと思ったこともありました。

でも、考えてみると、一郎と同じような心の悩みを持っている人は多くいるような気がします、だからこの作品が多くの人に読み継がれているのではないかと思いました。

12月6日漱石

「行人」、あらすじ

角川文庫
自我にとじこもる一郎の懐疑と孤独は、近代的人間の運命そのものの姿である。「行人」の悲劇は、単なる一夫婦の悲劇ではない。人間そのものの心の深淵に、その宿命的な根を求めなければならない性質の悲劇だ。「死ぬか、気が違うか、宗教に入るか」主人公の苦悶は、漱石自身の苦しみでもあった。大正元年作。

新潮文庫
学問だけを生きがいとしている一郎は、妻に理解されないばかりでなく、両親や親族からも敬遠されている。孤独に苦しみながらも、我を棄てることができない彼は、妻を愛しながらも、妻を信じることができず、弟・二郎に対する妻の愛情を疑い、弟に自分の妻とひと晩よそで泊まってくれとまで頼む……。「他の心」をつかめなくなった人間の寂寞とした姿を追究して『こころ』につながる作品。

集英社文庫
気さくな性格で暢気な高等遊民生活をおくる長野家の次男・二郎。対照的に兄で学者の一郎は常に張りつめた神経を持ち、妻・直と二郎の仲を邪推するまでに精神が追い詰められていた。あるとき彼は二郎に、直の貞操を試すため一夜を共にしてくれないかと言い出す。人を信じ、伸びやかに生きたいと願いながら、出口のない迷宮を巡り続けるひとりの知識人の心理状況を克明に描いた、『こころ』へとつながる「後期3部作」第2弾!

岩波文庫
妻お直と弟二郎の仲を疑う一郎は妻を試すために二郎にお直と二人で一つ所へ行って一つ宿に泊ってくれと頼む…….知性の孤独地獄に生き人を信じえぬ一郎は,やがて「死ぬか,気が違うか,それでなければ宗教に入るか」と言い出すのである.だが,宗教に入れぬことは当の一郎が誰よりもよく知っていた.

11月、思い立って学生時代に買った『漱石全集』を全巻読むことにしました。期間は3~5年を掛けようと思っています。

(学生時代に持っていた漱石全集は、卒業前、お金に困って古書店に売り飛ばしました。現在持っている漱石全集は就職後の早い時期に改めて書店から新刊を購入したものです。)

12月5日漱石全集

11月から「坊ちゃん」、「三四郎」、「それから」、「門」、「彼岸過迄」を読みました。
今は、「行人」を読んでいます。現在、69% を読み終えました。読み方は、本を読んだり、インターネットの朗読を聴いたり、本を読みながら同時に朗読を聴くなど、ハイブリッドな方法で読んでいます。
http://epuron-rodoku.seesaa.net/category/22454841-1.html

その他、高校時代から今まで、「こころ」、「草枕」、「吾輩は猫である」、「夢十話」、「硝子戸の中」を読んでいます。

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最近、「漱石没後100年」ということで、NHKが盛んに「漱石」の特別番組を紹介するので調べてみると、今週だけで、以下のような漱石関連の放送があることが分かりました。
早速、全番組ともビデオ録画を予約しました。

12月7日(水) AM0:45〜2:11 NHK Bs プレミアムカフェ ロンドン1900 漱石「霧の街」見聞録
12月8日(木) AM0:00〜3:01NHK Bs プレミアムカフェ シリーズ恋物語 「虞美人草」殺人事件 漱石百年の恋物語
12月8日(木) PM11:15〜11:45 NHK Bs あてなよる「夏目漱石に捧ぐ第一夜 ライスカレーで呑む 
12月9日(金) AM0:45〜2:55 NHK Bs プレミアムカフェ 食は文学にあり漱石と鴎外 猫を愛した芸術家の物語 夏目漱石
12月9日(金) PM10:00〜11:00 NHK Bs 深読み読書会 夏目漱石「三四郎」 108年目のプロポーズ
12月9日(金) PM11:15〜11:45 NHK Bs あてなよる 「夏目漱石に捧ぐ第二夜 漬物で呑む 
12月10日(土) PM6:30〜7:30 NHK Bs 漱石の100年 アジアへの旅 姜尚中  中国・韓国をゆく
12月10日(土) PM7:30〜9:00 NHK Bs 漱石悶々 夏目漱石最後の恋

朝10時、畑に行ってみました。

畑の白菜が巻きかけていました。
今回は、僕が入院していたため、雑草も抜かず、肥料もやらず、殺虫剤も散布せず、ほったらかしでしたがこれが良かったのか(?)順調に育っています。変につつき回さない方がよいのかも・・・・

株の数をざっと数えたら100株以上あります。我が家で食べるのはせいぜい10株程度です。さて、どのように処分しようかな!、嬉しい悩みです。

12月4日白菜

小雨が降り出したため昼前に自宅に帰りました。自宅ではハボタンが順調に育っています。これも7月にタネを蒔いたものです。

12月4日ハボタン1

12月4日ハボタン4

12月4日ハボタン2
 
昨日、今日と健康な時と同じくらい動いたら大変疲れました。今、20時30分です。今から寝ます。

広島県立美術館にエッシャーを見に行きました。

以前、ある大学が高校生を対象に開催する「オープンキャンパス」でエッシャーのだまし絵を展示したところ、県内トップクラスの進学校の高校生に注目されたと聞いたことがあります。
エッシャーのどこに優秀な若者が惹きつけられるのだろうか、その時からエッシャーに注目しています。

12月3日エッシャー (1)

この展示会では僕の予想する以上の入場者があり、彼らの多くは熱心にエッシャーの絵を見ていました
世の中には先天的に、エッシャーが「分かる人」とエッシャーが「分からない人」の2種類の人類があるのではなかろうか。そして、僕はエッシャーの分からい部類の人類である、このようなことを考える一方で、「否、努力により、エッシャーが理解できるようになのだ。」とも感じました。

12月3日エッシャー (2)

そこで「努力により、エッシャーが理解できるようになる」を信じて、帰りに広島県立図書館に寄り、子供用の「だまし絵」の本を5冊借りて帰りました。

12月3日エッシャー (3)

今年は、一度も紅葉を見ていません。美術館隣の縮景園に行ってみました。

12月3日縮景園 (2)

最後の紅葉を見ることができました。

12月3日縮景園 (1)

12月3日縮景園 (3)
 

肺炎で入院、そして退院、今日で12日目です。

自宅でブラブラしていましたが天気が良いので庭に出てみました。
今年の6月に真っ赤なアジサイ、青のアジサイ、純白のアジサイ、カシワバアジサイ、斑入りのガクアジサイ、スミダノハナビの6のアジサイを5本づつ30本ほどブランターに挿し芽をしたところ、そのうち9本が活着し、今のところとても元気に育っています。
この中で錆色に紅葉しているカシワバアジサイ、葉っぱの原型をとどめている斑入りのガクアジサイを除いては、どの苗がどの花かサッパリ分からなくなりました。

でも、このまま腐葉土たっぷりの畑に植えて置けば、来年の初夏には花が咲くので、その時までの楽しみになると思っています。
12月2日アジサイ1

12月2日アジサイ2

畑の皇帝ダリアが気になります。晩御飯のおかずに食べる野菜も欲しくなりました。
クルマを飛ばして畑に行ってみました。
今年は、霜が降りるのが遅いため、畑の皇帝ダリアはまだきれいでした。軽く農作業もしました体に負担を感じません。

12月2日皇帝ダリア1

12月2日皇帝ダリア2
 
体調も良いので、明日の、古文書勉強会に出席しようと思っています。
先月休んだので2カ月ぶりの出席ですが、しっかり予習をしているので何の不安もありません。密かに「課題が当たってくれないかな!」と思っています。

少し早く家を出て、広島県立美術館で開催されている「だまし絵の巨匠 エッシャー展 -不思議な版画の世界」にも行ってみようと思っています。
12月2日エッシャー


肺炎で入院中、これから先、現在のような生き方で良いのだろうか、どうだろうかを考えてみました。
結論は、「毎日、毎日がただ楽しければ良い!」ではなく、人間に生まれたからには何歳になっても崇高な目標に向かって努力をしなければいけないと悟りました。
そこで、現在、間口を広げ過ぎている趣味を絞り込むこと・・・・、特に、古書店から安い「雑本」ばかり取り寄せている現在の読書スタイルを改めて、教養が身に着くような名著を読むことにしました。

そして、手始めは学生時代に買った「漱石全集」全巻35巻を読破することにしました。

早速、入院中に「坊ちゃん」、「三四郎」、「それから」、「門」を読み終えました。
「草枕」は、2013年に広島県立美術館で開催された「夏目漱石の美術世界」を見に行く前に読んだことがあります。「吾輩は猫である」は、20年前、奥泉光さんの小説「『吾輩は猫である』殺人事件」がベストセラーになったときに読み返したことがあります。「こころ」は、高校生の時です。

その他、最近、NHKのラジオ朗読やラジオ文芸館で「夢十話」や「硝子戸の中」を取り上げていたので朗読を聴きながら読書しました。これが僕が今まで読んだ漱石の全部です。 

そして今日は、4日前から読んでいる「彼岸過迄」を読了しました。とても難しい小説でした。
この本については、多くの人が立派な感想を寄せていますが、僕にはとてもあのような高尚な感想文は書けません。
僕の印象は、この作品は漱石の作品だから高く評価されるのであって、他の作家が書いても注目されることがないような気がします。
もし、文学部の学生が課題として書いた小説なら、教授は半分まで読んだところで「60点以下、単位なし」の評価をつけるような気がしました。

ただ、僕が感心したのは、須永がライバル高木に対して抱く「嫉妬」を漱石が哲学書のように深く深く掘り下げているところが実に見事だと思いました。彼の文章力に感心する一方で、この種の感情は実体験がなければとても書くことが出来ないと思いました。漱石先生は、どこで体験したのだろうか、こんなくだらんことを考えました。

現在、「行人」に入りました。4分の1まで読み進んでいます。

12月1日彼岸過迄1

12月1日彼岸過迄2
 

僕は、「テレビは見ない」主義と公言していますが、実は、ビデオに録画したテレビ番組は毎日数時間視聴して楽しんでいます。

我が家のビデオはソニーの製品で、録画する番組は、一旦、ハードディスクに録画する方式です。
予約機能を使って意中の番組を録画しておき、好きな時間に視聴する。その中でも良かった番組は永久保存としてブルーレイディスクにダビングしています。

ビデオに録画予約する番組もだいたい決まっています。最近では「日曜美術館」、「にっぽん百名山」、「新日本風土記」、「100分de名著」、「プレミアム・カフェ選」、「美の壺」、「TOKYOディープ」、「きょうの料理」、「きょうの料理 ビギナーズ」です。

11月30日ビデオ

この中で、「きょうの料理」、「きょうの料理 ビギナーズ」は、前日録画した番組を、翌朝、妻が買い物に出るまでに視聴し、僕が食べたい料理の場合は、妻にも視聴してもらい作ってもらうことにしています。食べたい料理でない場合も過去の番組をリストアップしているのでこの中から決めることもあります。
以前は、美味しそうな番組をブルーレイにダビングして永久保存をしていましたが、実際にブルーレイから再生することはまずないため今は止めています。

11月30日ビデオ2
   
「日曜美術館」、「アートシーン」、「100分de名著」、「美の壺」は、もう何年間も録画しています。
以前はシャープのテレビ一体型のビデオで録画していましたが、現在のソニーのビデオと互換がないので過去の録画はパソコンでしか見れなくなっています。

「にっぽん百名山」、「新日本風土記」に似た番組としては、鶴瓶さんとか六角精児さんとかとか火野正平さんとかの番組がありますが、構成がしっかりしているので「にっぽん百名山」、「新日本風土記」の方が好きです。
毎回「この放送を作成するのにスタッフは何度足を運んだのだろう!」こんなことを考えながら見ています。

「プレミアム・カフェ選」は、放送時間も長いので見るのも大変です。その上、タイトルに惹かれて視聴しても僕の嗜好に合わないことがよくあります。でも、反対 にとても感動する番組もあります。確率は30パーセントくらいです。
最近では、「丹下健三 いにしえから 天へ地へ」、「日本尾風景を変えた男 塔博士 内藤多仲 鉄塔三塔物語」、日本の底力 巨大建築」、「ルーアンの丘から 遠藤周作 フランスの青春」、「シリーズ東京 石津謙介」、「神と仏と明治維新 岡倉天心」などに感動しました。

「TOKYOディープ」は、田舎者の僕が、東京で流行っているサブカルチャーを知ることができるためよく視聴します。でも、ブルーレイで永久保存をするとはありません。


先日、長野県の友人に電話したら「呉が舞台のなっている映画『この世界の片隅に』を見たか?」といいます。「11月に封切られたばかりのアニメだが、とていい映画だったよ。」と教えてくれました。

我が家では、9月から新聞を辞めています。テレビやラジオのニュースはほとんど見なくて、ニュース・ソースはスマホだけの生活をしています。そのニュースも芸能関係は全くノーマークのため、この種の映画が封切っれていることすら知りませんでした。

今日は、体調も良いので、リハビリを兼ねて退院後はじめて大型ショッピングセンターに併設されている映画館に行ってきました。

あらすじは、広島市の漁師町に育ち絵を描くことが好きな少女が、海軍に勤務する夫の家(呉市長の木町)に嫁ぐことになります。
戦時中とはいえ当初は比較的普通の夫婦生活を送りますが、だんだん厳しくなってきて、遂に軍港・呉市は連日空襲に襲われることになります。戦時下の庶民の日常生活をありのままに描いているところがこの映画の見せ場でした。
兄弟が戦死したり、親が原爆で亡くなったり、本人も空襲で右手首を失ったり、出戻りの小姑に厳しく当たられたりのとても悲惨なストーリーですが、一方で夫の愛や優しい夫の両親に囲まれた家族愛の映画でもありました。映画を見終えた時には、とても清々しい気分になっていました。

11月29日この世界の片隅に

当時の呉市は、前は海で軍港、周りは山で囲われた小さな町でした、この映画に出てくる呉の山々、山から見下ろす呉の街、駅前、眼鏡橋付近、本通り、東泉場町(現・栄町商店街南)、朝日町遊郭、闇市・焼け跡・・・、全部、子供頃の僕の遊び場だったところです。中でも朝日町遊郭の空き地は格好の遊び場で三角ベースをしていました。呉市は復興が遅かったので昭和30年代初めまでこんな景色がありました。
広島弁丸出しで、今の若い人は使わないイタシイ(難しい)方言もありましたが、僕には違和感なくすべて分かりました。

僕が一番興味を持ったのは、空襲シーンです。空襲の様子がとてもリアルに描かれいました。
「飛行機から爆弾を落とすとこのように見えるのか!」、また、「空から落ちてくる爆弾を下から見るとこのように見えるのか!」と感心して見ていました。
昭和20年8月6日、呉から見えた広島原爆投下後のキノコ雲の大きさビックリしました。

また、食糧難の厳しさや平和の尊さも十分に伝わってきました。

その他、犬や猫じゃあないんだから、いくらエッチが「したくても」、親に見られんように上手にやらんニャヤ~ダメだ。例え、キスまでにしても・・・、こんなことも感じました。 

初夜の床で、新郎が「傘を持ってこられましたか?」と問うと、新婦が「ハイ、持ってきました。」と答える。これが「それではそろそろ始めましょうか!」というこの地方独特のサインであったことも知りました。民俗学者 宮本常一先生に教えてあげたくなりました。
11月29日この世界の片隅に3

今年は、夏から秋にかけて、永井荷風「断腸亭日乗」、高見順「敗戦日記」、大佛次郎「終戦日記」、山田風太郎「戦中派不戦日記」など戦時下の文豪の日記を読んでいました。
これらのどの作品より、この映画の方が空襲の凄さを伝えてたし、戦争の悲惨さ、平和の尊さを啓発しているような気がしました。

全体的に流れているBGMはやさしい曲をアップテンポで演奏していました。これがオナミダチョウダイをノホホンに変えているようです。
「野球はカープ、ヨメはヤッパリ、ヒロシマのぼんやりしとるオナゴがエエノ〜ォ!」と感じました。
95点、多いに薦める・・・・

11月29日この世界の片隅に2


僕は旅行は好きです。また、旅行記を読むのも好きです。
この10年を振り返っても、芭蕉の『奥の細道』をはじめとするいろいろな『紀行文」のほか、木村肥佐生『チベット潜行十年 』、西川一三『秘境西域八年の潜行』、清河八郎『西遊草』、シーボルト『江戸参府紀行』、ケンペル『江戸参府旅行日誌』、若山牧水『みなかみ紀行』、そして宮本常一の民俗学的な旅行記などの紀行文、旅行記を読みました。

先日読んだ司馬江漢「江漢西遊日記」(東洋文庫)も素晴らしい本でした。この本は司馬江漢が天明8年(1788)4月23日昼過ぎ自宅を出発して、天明9年4月13日に自宅に帰るまでの旅日記です。面白い話の満載ですが、これについては次回以降のブログで明らかにしていきたいと思っています。

司馬 江漢(1747 -1818年)は、江戸時代の絵師、蘭学者。浮世絵師の鈴木春重は同一人物です。
狩野古信に学び、さらに鈴木春信に浮世絵を、のち宋紫石から南蘋派を学ぶ。また平賀源内の影響を受けて小田野直武より西洋画法を学び、腐蝕銅版画の製法を修得して日本最初の銅版画を創始する。さらに油彩画も制作、西洋画法による日本風景図を確立しました。
西洋の地理学・天文学にも興味を寄せて、地動説を含むその方面の知識の啓蒙家として大いに活躍しました。
晩年は『独笑妄言』、『春波楼筆記』などどちらかといえば虚無的な人生観・宇宙観を語る随筆を書き、随筆家としても知られるようになります。

25歳の東京帝国大学英文科学生 夏目漱石も江漢の『春波楼筆記』に感動したようで盟友正岡子規に「図らず古人に友を得たる心にて愉快に御座候」と寄せています。

11月28日司馬江漢

今、僕が読んでいるのは、「江漢西遊日記」の写本です。(・・・と言っても今日から読み始めたんだけど・・・)
写本と言っても東京国立博物館がデジタル化してwebで公開してものです。これをパソコンで取り込んでプリントして読んでいます。
これを読みながら「江漢西遊日記」の面白さと「古文書」が同時に修得できれば良いと欲張っています。分からないところや文字は、「江漢西遊日記」(東洋文庫)を参考にしながら読み進んでいます。

以下の写本の内容は、「天明 戊申 四月二十三日昼過、江戸芝神僊坐を出立して金川(神奈川)に至る。其日曇りて雨なし 従者ニは、宿ニ居タル弟子なり。歳二十位の者にて 松前の生まれなり。吾此度の旅行はじめてなり・・・・」と書いてあります。

詳しくは、以下の青線をクリック!

江漢西遊日記を見る

11月28日司馬江漢2


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