晴耕雨読、僕は頑張らない !

今日も朝7時から10時まで、畑の隣の耕作放棄地に作っている花壇の手入れに行きました。
今日は、昨日、自宅の庭で鉢上げしたコキアを定植しました。

最近では、僕も妻も、顔も服装も身のこなしも、話す内容も、完全に農夫になってきました。

7月26日コキア

ここからは生煮えの雑文です。

昨夜、「100分de名著」 坂口安吾「堕落論」を読んでいたら、安吾思想の継承者として「岡本太郎」の名前が出てきたので書棚から岡本太郎「日本の伝統」、そして「芸術新潮」2011年3月号「岡本太郎を知るための100のQandA」を出して来て、今、読み直しています。

「日本の伝統」は、易しい言葉で書いてありますが、内容はとても難しい本で僕には断片的にしか理解できません。

内容的には以下のようなことが書いてあります。
「伝統というものは過去のものだとして安心してはいけません。われわれが現在において新しく作るものです。それは当然過去を否定し、それをのり越えて、つねに創りつづけることです。逆説的に聞こえるかもしれません。しかしこれは論理であり、正しいのです。このことについてはいずれくわしく説明するつもりです。
「伝統」はやはり芸術と同じで、つねに過去を否定することによって強く生気をみなぎらせてゆくものであって、伝統を単に過去のものとして考え、自分に責任をとらず、それによりかかることは、伝統そのものを骨董的に殺してしまうことです。しかも、このような間違った伝統主義者がはびこって、若い情熱のすこやかな流れをどんどんはばんでいることでしょうか。われわれは今日、はるかに猛烈な超近代的意識をもって、まちがった伝統意識を切りすて、自分たちの責任において新しい文化を創りあげてゆかねばなりません。」

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岡本は、伝統主義者の趣味的な陶酔と、深淵そうに、観念的に感心してみせる。あの思わせぶりなポーズが、あたかも日本古典の性格そのものであるかのように誤解れているといいます。
そして、亀井勝一郎の「大和古寺風物詩」の以下の文章、「百済観音の前に立った刹那、深淵を彷徨(さまよ)ふような不思議な旋律がよみがえってくる。仄暗い御堂の中に、白焔が揺らめき立ち昇って、それがそのまま永遠に凝結したような姿に接するとき、我々は沈黙する以外にないのだ。その白焔のゆらめきは、おそらく飛鳥びとの苦悩の旋律でもあったらう。」を、確かに亀井勝一郎のケイケンな顔つきはほうふつとしますが、かんじんのミホトケの方は一こうに、実態として刻みだされてこない。つまり、これは美文ではあるが「伝統」とは関係ない、騙されてはいけない、と注意を喚起していました・・・・・


7月26日岡本太郎
 
僕という人間は、ちょっとした好奇心からでてきた疑問を大きな情熱とお金と時間をかけて、追及する癖があります。
しかし、そのうちに、別の新しい好奇心が湧いてくると、容易にそちらに惹かれてしまい、今までのやってきたことは見向きもしなくなります。
こんな生活を繰り返しています。
熱しやすく冷めやすい性格から、あだ名は瞬間湯沸かし器とか、風見鶏とか言われています。

これからも、こんな生活を繰り返しながら老いぼれいき、そして死んでいくのだと思うと人生が嫌になってきます。
残り少ない人生です。「世のため、人のため、そして自分のために、打ち込むに値する高潔なものはないだろうか!」、模索をしています。

6月5日友人の家にコキアの小苗をもらいに行きました。
このコキアの小苗は、昨年、僕が差し上げたコキアが晩秋に見事に紅葉したあと、タネを落とし、そのタネから芽が出たモノです。

我が家の庭に移植して太らせました。

7月25日コキア7

立派な苗に育ったので、今日、ビニールポットに鉢上げしました。

7月25日コキア2

まだ、畑には10本残っていますが、さし当り40本のコキアの苗を鉢上げしました。 

17月25日コキア1

すでに我が家の周りはコキアを植えていまが、もっと増やそうと思っています。

17月25日コキア3

僕の借りている畑の隣に耕作放棄地があります。ここを整地してコキアとヒマワリを植えていますが、ここのコキアも、もっと増やそうと思っています。

17月25日コキア5

山に入る斜面の雑草を刈って、ここにコキアの花壇を作ろうと思っています。

17月25日コキア6

5日前、畑で今年はじめてのミョウガを採取しました。

細くて柔らかく形の良くないミョウガですが香りは強烈です。
「初ものは女房を質に入れてでも喰う」ほどの食通で風流な友人がいます。彼が以前「はしりのミョウガは香りがとてもいいそうだ。一度、食べてみたいものだ。」と言っていたのを思い出しました。
そこでトウモロコシなど我が家の畑で採れた野菜と一緒に贈ったところ、今日、暑中見舞いを兼ねた礼状のハガキが届きました。
ハガキには『女房の 内輪話や 茗荷汁』という俳句が認(したた)めてありました。どのように解釈すればいいのだろうか、今日一日考えてみましたが、俳句についての知識が全くない僕にはサッパリわかりません。

内輪話とは、身内や仲間内に関する話。また,他人に知られたくない内々の話のことです。
茗荷汁の季語は晩夏で、茗荷の花芽は風味があり、味噌汁の具や薬味にしますが、これを食べると物を忘れるという 俗説があります。
茗荷汁の作り方は、だし汁に細切りしたミョウガを入れ、塩と醤油で味付けし、沸騰させ、最後に溶き卵を落す料理のようです。

俳句を読んだシチュエーションを思い浮かべて再現してみたら分かるかも知れないと思い茗荷汁を作って、啜(すす)ってみたら、やっと以下のような解釈ができました。

彼も僕と同じように、妻の話す家庭や親戚の内輪話は上の空で聞いているのではないかと思いました。理由は、妻の語る内輪話はヒマ潰しに話していることが多く、どうでも良いようなことを自分中心の考え方で増幅させた話が多いからです。適当に相槌を打っているのは、夫婦のコミュニケーションを大切にしているためです。食通の彼の場合も心の方は100%茗荷汁を味わう方に行っていっている・・・こんな解釈になってしまいました。

7月24日茗荷1

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発泡スチロールで育てているサギソウの一番花が咲きました。


7月24日サギソウ


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フリーマーケットで「切り株」が売っていたので9枚ほど買いました。当分、これを磨いて花瓶などを置く「台」を作ろうと思っています。

7月24日切り株



 

4月の終わりにタネを蒔いたヒマワリが、1.我が家の道路際の花壇と歩道の横の植え込み、2.我が家から200メートルのところにある他人の花壇、3、畑、の3か所で順調に育っています。

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1、「自宅の道路に面した花壇と歩道の横の植え込み」に植えたヒマワリは、高くならないように芯を止めたところ成長が遅れています。それでも最近になって花芽が付いてきました。

7月23日ひまわり1

2.「我が家から200メートルのところにある他人の花壇」は交通量の多い駅に通じる道路際にあります。花壇を作っているのは人の良さそうなお婆さんです。この花壇にヒマワリの苗をソッと置いて帰ったところ快く育ててくださっています。丁度、今、見事なヒマワリを咲かせています。 

7月23日ひまわり2

3.畑と森に入る斜面に花壇を作っています。5月にここに100本のヒマワリを植えました。このヒマワリがやっと咲はじめました。現在の開花は4個です。花と花との間隔が狭すぎたのでしょうか、花は小さく、背は低く、生育もよくありません。

畑の前に誰の所有か分からい放棄地があります。(市の土地と聞いたことがあります。)、ここを整地してヒマワリとコキア(ほうき草)と皇帝ダリアを無断で植えています。

7月23日ひまわり4

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参考資料 5月6日のブログより

昨年咲いたヒマワリのタネをとっておきました。
一週間前に発泡スチロールに砂を深さ5センチほど入れて、ヒマワリのタネを投げ込み無造作に混ぜておきました。今日、見たら見事に芽を出していました。意外と簡単なので拍子抜けです。
今年は300本ほどヒマワリの苗を作り、その苗を山に入る傾斜地に植えて、ヒマワリの丘を作ってみようと思っています。

5月6日畑 (3)


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参考資料 5月27日のブログより

昨日、よその花畑に置いてきた「ヒマワリの小苗の話」の続きです。

我が家からJR西高屋駅にでる道路の際の花壇に置いてきた「ヒマワリの苗を入れた箱」は空になっていました。空箱の上に手紙が洗濯バサミで挟んでありました。
手紙には「お花の苗、心にとめて下さり有難うございます。咲くのが楽しみです。通りすがりのみなさんが喜んでくださいます。有難うございました。」と書いてありました。

空箱を持って帰りながら豊かな気持ちになりました。

http://blog.livedoor.jp/genkikun8414/archives/8470725.html

5月27日ヒマワリ

7月21日司馬遼太郎7近年、「特定作家の文学館・記念館」があちらこちらにできています。
僕は、ビジネス書、ハウツーものなど実用書を読むタイプで、文学書はあまり読んでいません。
このため、今まで訪ねたことのある「特定作家の文学館・記念館」といえば大きなところで「北九州市立松本清張記念館」くらい、小さなところといえば「火野葦平資料館」、「中原中也記念館」など・・・・です。

最近になって文学作品も読むようになって「特定作家の文学館・記念館」にも興味が湧いてきました。これからは文学作品を読むと同時に作家の記念館も訪ねてみようと思っています。

今回は、司馬遼太郎記念館(東大阪市)を訪ねてみました。
この記念館の特徴は、一つは司馬遼太郎さんの仕事を顕彰する記念館という要素と、もうひとつは建築家 安藤忠雄さんの建てた芸術的な建築物の鑑賞するという二つのことを楽しめる記念館でした。

この記念館を訪問した僕の感想は以下の通りです。
芸術家 安藤忠雄さんの「思い」が強く打ち出されており、訪問者が一歩記念館に足を踏み入れると安藤さんの世界に吸い込まれる感じです。
従来の「特定作家の文学館・記念館」の展示室では、文豪の遺品とか執筆原稿とか往復書簡とか趣味で収集した品々などが展示されていますが、ここでは、高さ11メートル3層吹き抜けの大書架に約2万冊の蔵書をギッシリ詰め込んで並べてありました。その上から柔らかい自然光が部屋を照らします。入った瞬間、僕は「この展示室が一種の工芸作品だ!」「大書架はインスタレーションだ!」と思ってしまいました。また、大手企業のショールームの感じもしました。
内容のある展示品は皆無で、来館者は展示室に並べられれ司馬遼太郎さんの著作とホールで放映される司馬遼太郎さんに関するビデオを見て学習する仕組みになっています。

考えてみるとこの記念館に来館する99%は物見遊山の人です。
「日本人はどうしてこんなに馬鹿になったんだろう・・・」という司馬遼太郎の強烈なメッセージを発信すれば、深く考えることもなく「そうだ、そうだ!」と直感的に賛同する人たちです。
このような人に対しては、来館者が直感的に感じることのできる居心地の良さと知的空間の雰囲気を一方的に提供しておけば、来館者は「司馬遼太郎の精神」をそれなりに感じ満足できると考えているような気がしました。

理性より感性に訴える記念館、博物館より美術館に近い記念館を感じました。

7月21日司馬遼太郎1

7月21日司馬遼太郎2

安藤忠雄さんの設計による建築物は、これまで、「兵庫県立美術館」、「直島 地中美術館」、「秋田県立美術館」、「表参道ヒルズ」、「姫路文学館」、「尾道市立美術館」・・・などに行ったことがあります。

彼の建築は、細い廊下と階段、ゴチャゴチャした部屋割りに特徴があると思っています。このためどこへ行っても「入口はどこ?、トイレはどこ?」と係の人に聞かなければなりません。
今回訪ねた「司馬遼太郎記念館」もゴチャゴチャした感じはありましたが全体が小さいため係の人に尋ねることはありませんでした。
今まで見てきた安藤さんの作品の中では最高の傑作だと思いました。

7月21日司馬遼太郎3


7月21日司馬遼太郎5

7月21日司馬遼太郎67月21日司馬遼太郎4


7月21日デトロイト美術館大阪市立美術館で「デトロイト美術館展」をやっています。
アメリカの美術館といえば、メトロポリタン美術館、ニューヨーク近代美術館(MOMA)、グッゲンハイム美術館、ボストン美術館などの名前はよく聴きますが「デトロイト美術館」は聞いたことがありません。このため、ほとんど興味がありませんでした。

ところが、先日ネットで展示会の様子を見た時、「これは僕好みだ!、どうしても見ておかなければならない美術展だ」に変わり、早速、行ってきました。

出展作品は、52点と少なめですが、いずれも名画ばかりです。それに印象派、そして、印象派以降の西洋近代絵画ばかりです。
出展リストを見て、地元「ひろしま美術館」が所蔵している絵を描いた画家の作品が非常に多いのも嬉しくなりました。展覧会を見た感想は「とても分かり易い!」の一言です。絵画鑑賞の初心者におおいに進めたくなりました。

今回の展覧会では、8月31日までの火、水、木(祝日除く)限定で、展覧室での撮影を許可してあり、多くの人が写真撮影をしていました。
特に子供が絵画を無造作に撮影しているのが印象的でした。今の時期は無邪気に撮影しているだけだが、この体験が将来の絵画観に大きな影響を与えるような気がしました。彼らの成長した時、他の人より奥深い趣味をひとつだけ、身に付けていることにより他の人より豊かな生活ができるような気がしました。

外国では、写真撮影を許可する美術館は多いと聞いています。中には名画に触らせてくれる美術館もあると聞いたことがあります。これに比べて美術後進国のわが国では、写真撮影禁止の美術館が増えています。特に指定管理者の運営する美術館ではロビーをはじめ全館撮影禁止です。理由は、「著作権がどうのこう・・・」と言いながらも、実情はお客さんの管理がし易いからだと思っています。
そんな中で、東京国立博物館、国立西洋美術館、東京近代美術館、広島県立美術館・・・など、撮影を許可する美術館も多くあります。
日本中の美術館が「著作権が切れた自館の所蔵品であれば、フラッシュ発光禁止で撮影を許可する」ようになればよいと思いました。

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この展覧会の会場は第四章で構成されています。

第一章印象派として、クールベ、ピサロ、ドガ(6点)、モネ、ルノワール(3点)、カロリュス=デュラン、ジェルヴィエスの作品がありました。
ここでは、クロード・モネの「グラジオラス」に注目しました。

7月21日モネ

第二章ポスト印象派として、セザンヌ(5点)、ゴーギャン、ゴッホ(2点)、ルドン、モーリス・ドニ、ヴァンロットン、ボナールです。
この部屋の注目は、ゴッホです。
ゴッホの「オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて」に注目しました。ゴッホの秀作は晩年の2年半に集中しているといわれています、この作品は1890年(晩年)に描かれたものでした。

27月21日ゴッホ

第三章20世紀のドイツ絵画では、なんといってもカンディンスキーです。
山口県立美術館に特別展を見に行った時のことを思い出しました。

7月21日カンディンスキー

第四章20世紀のフランス絵画としては、マティス(3点)、ルオー、デュフィ、ピカソ(6点)、グリス、、モディニアーニ(3点)です。

マティスの作品は、ひろしま美術館の作品と同じ傾向の作品が展示されていました。

7月21日マティス

ピカソの絵は、時系列的に並べてあり、彼の絵の変遷が良く分かりました。

7月21日ピカソ

ピカソは多くの女性を愛した画家です。恋をした女性を描いた絵がたくさん残っています。絵の変遷を考えながら描かれた女性のこともちょっと気になりました。

7月21日ピカソ3

夭折の画家モディリアーニの作品が3点展示してありました。

27月21日モディリアーニ2

27月21日モディリアーニ



僕の耕している畑から森に入る斜面に約100本のヒマワリを植えています。
今日、畑に行ってみるとヒマワリの一番花が咲いていました。

7月20日ヒマワリ

庭で約30本のコキアの苗を育てています。ここで大きくしたコキアをあちらこちらに移植しようと思っています。

7月20日コキア2

今日は、家の前の歩道側の植え込みにコキアを植えようとしたら、途中でにわか雨が降り出したの4本だけ植えて中止しまた、横のヒマワリも僕が植えたものです。

7月20日コキア1

朝起きてみると、昨日一日水を遣らなかったサルビアが萎れていました。タネから育てた大切な「サルビア」です。「ダメかな!」と思いながらタップリ水をやったらが夕方には回復しました。

7月20日サルビア1

ポットが小さいので二回り大きなポットの植え替えてやりました。このサルビアもこれからあちらこちらに移植します。
ハボタンのタネを蒔く時期ですが、にわか雨のため明日以降の作業になりました。

7月20日サルビア2
 

梅雨が明けて本格的な夏になりました。
朝のうちは少し体を動かしましたが、昼からはいつものように冷房の効いた部屋で扇風機を回しながら怠惰な生活をしてしまいました。

朝6時、庭に出てブルーベリーを摘み取りました。
ブルーベリーは小さい粒ため摘み取るのはとても手間の要る作業です。僕が写真の量を摘むのに20分かかりました。国産ブルーベリーの値段が高いのは納得できます。
これに対して外国産のブルベリーの値段は安すすぎます。労働者の賃金はいくらなのだろう・・・?、フェアトレード(公正貿易)の問題を感じながら摘み取りました。

7月19日ブルーベリー

朝8時、畑に到着、一週間前に苦土石灰に入れた畑に肥料を入れて耕運機で耕し整地して人参のタネを蒔き籾殻を被せました。

7月19日人参

タネから育てているオクラが花を咲かせています。とてもきれいな花です。

7月19日オクラ

森に入る斜面の日陰に植えているミョウガが、土の中から花穂(一般的にはこの部分をミョウガという)を伸ばしてきました。今年初めての収穫をしました。
まだ、はしりのため小さめですが、柔らかくてとても香りの強いミョウガが収穫できました。

7月19日ミョウガ

10時半を過ぎると日射しが強くなって作業になりません。今日の作業を終了にしました。途中買い物をして帰宅しました。

シャワーを浴びて、昼食の冷やし中華を食べました。最近、肥り気味のため節食をしています。

7月19日冷やし中華
 
午後1時からは弱冷のエアコンと扇風機を掛け、寝転んで真田太平記を読んでいたら昼寝になってしまいました。目が覚めてテレビを点けたら大相撲をやっていたので見てしまいました。

大相撲が終わると夕食です。
今日は、禁酒日のためお酒は飲みません。ダイエットのためお米も食べません。
今日の夕食は、トウモロコシ2本、おかずはマイワシの煮つけ、ポテトサラダ、ミョウガとタコの酢の物です。

7月19日マイワシ

夜はテレビでカープ観戦をしました。今日も勝ちました。とても気持ちの良い一日でした・・・・・

しかし、人間というものは「毎日、毎日ほとんど不自由のない生活」をしていると返って閉塞感を感じるものです。ア〜!

「環境を変えなければ・・・」とか、「我に七難八苦をあたえたまえ 」などの気持ちになっています。

7月18日屋久島 7月下旬から屋久島にトレッキングに行く計画でしたが、これを中止することにしました。

一緒に行く友人が気管支炎で寝込んでいるためです。
「1ヶ月前から患っているが、最近では更に調子が悪い。」と言います。電話で話す彼の声に張りがなく弱々しい感じで、盛んに咳き込んでいます。
「8月下旬か9月上旬に延期しよう」とも言いますが、体重をかなり減らしているそうなのでトレッキングができる体力に回復するには1ヶ月や1ヶ月半ではとても無理な感じです。
屋久島トレッキングは、来年以降になりそうです。

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自宅の道路際にヒマワリを植えています。高さが2メートルを超える大型品種のため、高さを抑えて脇芽を出す方法で育てようと思い、先端を切ったところ脇芽の出た株もありますが、半分は脇芽が出なくて枯れかけています。
おもしろくない気持ちになっています。

7月18日ヒマワリ

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今年は日本蜂蜜を飼育しようと思いDIYで日本蜂蜜の巣箱を作りましたが、完成の時期が遅れたため今年は一度も使うことがありませんでした。今日は巣箱を畑の農小屋に納めました。
秋からは、日本蜜蜂が寄って来るキンリョウヘンという東洋蘭を栽培しようと思っています。養蜂家の話によるとキンリョウヘンの効果は抜群なのだそうです。
来年は日本蜜蜂の好きな花木のたくさんある畑にキンリョウヘンと巣箱を置いて、本気で日本蜜蜂にチャレンジしようと思っていますが、一方でウマくいきそうにない予感もしています。

近所のお百姓から「昔、この辺りの農家はどこも日本蜂蜜を飼育していたが今では1軒も飼ってない。それは、この地域に日本蜜蜂が居なくなったためだ。巣箱ならいくらでもあげるよ!」と面白くない話も聞いているためです。

7月18日日本蜜蜂の巣


畑で育てているスイカがカラスに狙われています。先日は3個が齧られました。

今日は、防鳥ネットを張りました。

7月17日スイカ畑2

スイカ畑を調べてみると現在5個のスイカが育っていました。全部息子が嫁を連れて帰省する8月15日頃が食べごろです。

7月17日スイカ畑
 
今年のトウモロコシはカラスや害虫にやられることもなく順調に育っています。今日は5本ほど採取して帰りました。
夕ご飯は、庭に焼き肉用の七輪を出して野菜たっぷりの焼き肉にしました。ご飯の代わりにお腹いっぱいトウモロコシを食べてみました。時期が早いため粒は小さいめですが甘味の強いとても美味しいトウモロコシに仕上がっていました。
トウモロコシづくりは4回目の挑戦です。やっと市販のトウモロコシと同じものができました。

7月17日トウモロコシ

最近、食べる前に目の前の料理の写真を撮るのがクセになっています。あとで写真を見ながら「あの料理は美味しかったなあ〜!」と思い出しています。

7月17日最近食べたもの

所用があって、久しぶりに広島へ行きました。

今年はカープの調子が良いためカープのチケットは連日売り切れで応援に行けません。応援用に買っている靴も履く機会がありません。そこで今日は広島カープの靴を履いて出かけることしました。

7月16日広島

田舎者の僕が、たまに広島に出るといろいろなことを発見します。今日は電車の中で盲導犬を見ました。犬までカープのユニフォームを着ていました。びっくりしました。

7月16日広島2

東急ハンズと古書店にいきました。東急ハンズでは、版画や彫刻で遊ぶために小学生用の彫刻刀と版木を買いました。
古書店では、ヒマ潰しに楽しめる面白そうな本を漁りました。

7月16日広島3

古書店の店頭に4冊1,000円の本が出ていたので、以下のような本を4冊買ってみました。

「音楽の手帖 マーラー」
僕は音楽はほとんど分かりません。今勉強中です。この本をパラパラと捲(めく)っていたら「マーラーとグスタフ・クリムト」や「マーラーと世紀末美術」についての書かれたページがあったので買ってみました。

「はじめての和食」
あと何年生きれるか分かりませんが残りの人生は美味しいものを食べてこの世とおさらばしたいものです。僕は「我が食生活に悔いあり」と思っています。このため最近では積極的に美味しいものを探してきて妻に作ってもらっています。この本は美味しいを追求するために買いました。

「小林秀雄をこえて」
小林秀雄の本は、僕の知的レベルでは難解でよく分かりません。以前、橋本治『小林秀雄の恵み』を読んだことがあります。分かったようで分からない本ですが錆びついた頭の刺激にはなりました。そこで今回は柄谷行人さんと中上健次さんに刺激してもらおうと思い買いました。多分、途中で挫折することになると思っています。

白洲正子「お能」
僕はお能を鑑賞するのが好きです。日本人の美意識の原点を感じます。
現在、NHKカルチャーラジオ カルチャーラジオ 芸術その魅力 水曜 午後8時30分~9時00分 (翌週) 水曜 午前10時00分~10時30分(再) では「「世界無形文化遺産"能"の魅力」を放送しており、僕は、この放送を毎回聴いてます。副読本ととして、この本を買いました。

7月16日広島4

NHK大河ドラマ「真田丸」の進捗に合わせて読んでいる池波正太郎「真田太平記」(全12巻)の第4巻を読み終え5巻に入りました。
4巻は忍者が活躍する巻でした。作者の池波さんはエンターテインメント性を出そうとしたようですが僕には退屈でした。
「真田丸」の放送は12月までです。これからの急展開が予想されますが、本の方はあと8巻あります。読書の方が遅れてしまいそうです。

7月14日真田太平記

NHK カルチャーラジオ 歴史再発見 火曜 午後8時30分~9時00分 (翌週) 火曜 午前10時00分~10時30分(再)の7月から9月までは、「江戸期に生きた女表現者たち」(講師 芝桂子)です。この番組を聴くとともにテキストを読んでいます。
内容は、封建社会の江戸期に活動した女性活動家の和歌・俳句・旅日記などの作品を通して、彼女たちの生きた軌跡をたどっています。 今週は二宮尊徳の娘『二宮ふみ』でした。
講師の経歴がユニークです。1937年、高校卒業後、大手製鉄会社に就職。二十七歳のときに上京し、早稲田大学第二文学部で近世史を学ぶ。五十代に研究を再開。以後、全国の図書館、郷土資料館、子孫を訪ね、郷土資料をもとに江戸時代の女性の資料収集し研究を深めている女性研究者です。
僕が放送大学大学院に通っているとき、このような女性に多く出会いました。40代、50代、60代も多く・・、放送大学大学院は隠れた女性表現者・研究者の宝庫でした。この本を読みながら彼女等の事を思い出すとともに女性が輝く社会になればイイと思いました。

NHKラジオ第2放送 朗読   毎週月曜~金曜 午前9時45分 | 再放送 毎週土曜 午後10時25分 は、7月30日まで「林芙美子短編作品集」です。今週は「清貧の書」でした。
僕は林芙美子の作品を一度も読んだことがありません。人から聞いた、彼女は『貧乏を売り物にウケを狙う小説家』というイメージが強くて好きになれなかったためです。
今回、NHKの朗読を聴きくとともに新潮文庫の「清貧の書」を読んでいます。人の噂で林芙美子を評価してしいた自分が恥ずかしくなりました。
僕は、この小説は、画才に見切りをつけ芙美子の秘書役に徹した画学生・手塚緑敏(小説では、与一)を林芙美子が語るオノロケのような愛情物語として読みました。
芙美子は手塚緑敏の慈愛に愛情飢餓を癒し、才能を一気に爆発させたのだと思いました。

7月15日江戸期に生きた女表現者たち
 

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