晴耕雨読、僕は頑張らない !

僕は両手に腱鞘炎があります。この腱鞘炎が頑固で、町の整形外科で注射を打ってもらっても直ぐに再発します。そこで(いろいろあったが、結果的には)手術のできる大病院に紹介されました。
大病院の医者は「今回は、左手を手術して、しばらく経ってから、右手も手術をしましょう」と勧めてくれました。

手術前の状態は、利き手(箸を持ったり、モノを投げたり、ハサミをつかったり)の左手は人差し指だけが腱鞘炎でした。字を書くときに使う右手は親指と人差し指が腱鞘炎でした。

痛さの具合は、左手の方は激痛は治まっていますが、関節に引っかかりがあって「じゃんけんぽん」のグー、チョキ、パーが直ぐには出せませんでした。右手の方は、親指を曲げると激痛が走るため写真のような腱鞘炎用サポーターで固めていました。

11月24日腱鞘炎サポーター

僕の腱鞘炎は、「ばね指」という病名で、原因は、加齢と指の使い過ぎです。多分、パソコンをやり過ぎたためだろうと思っています。
医者によると、「ばね指」は、左の図のごとく指の関節を曲げるスジ(腱)の一部が膨隆してきたため、この部分が腱鞘というトンネルを通過しにくくなっているため、痛みや引っ掛かり感が出ているのだそうです。「腱鞘を切開することにより、この状態を改善することができる。」と説明してくれました。

11月24日腱鞘炎手術


手術室に入って手術台に載せられました。手術台から見える壁に大きなデジタル時計があったので見ると午後3時でした。
手術の準備が済んで、上腕部から指先まで丁寧に消毒し、手のひらに麻酔注射を打ったのが3時15分でした。まもなく手術をする部位の神経がなくなり、手術が始まりました。
先生が「これで終わりです。」といったのが3時半、その後、包帯を巻いて、服を着て手術室を出たのが3時45分でした。
2,3日は、左手が使えません。右手も痛いため不自由な生活になりそうです。

夕ご飯は、レトルト・カレーを買ってもらってスプーンで食べました。明日の朝は、コメダ珈琲のモーニング、昼は、回転寿司など、箸を使わない食事を考えています。

昨日は、今シーズン一番の寒い日で冷たい雨も降りました。今日は一変して朝から快晴です。

11月初旬にタネを蒔いた冬物野菜、チンゲン菜、コマツナ、ホウレンソウ、廿日大根、ツルアリインゲン、春菊(全部ダイソーで買ったもの)が芽を出したの今日は畑に定植に行きました。

11月23日畑1

タネを撒いて定植できるまでポットで育てるのが僕の仕事です。
畑を耕して、マルチを敷くまではふたりでやりますが、定植は妻の仕事です。粘り強さが必要な地味な作業ですが、几帳面に植えてあるので良い冬野菜が収穫できます。

11月23日畑2jpg

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今日は、風の強い日でした。
昼過ぎに帰宅すると、庭に設置していたビニール温室が風に飛ばされ中のシンビジュームやキンリョウヘンが倒されていました。
早速、行きつけのホームセンターに行き、4メートルの鉄筋を買い、チップソー切断機を借りて1メートルの鉄筋4本を作り持って帰りました。
早速、ビニール温室の柱を補強しました。

11月23日ビニール温室
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その後は、NHKラジオ第二放送の「朗読の時間」で、現在、読まれている水上滝太郎「果樹」を読みました。ホンワカと心温まる感じがしました。文章ばかりでなく、構成も面白かったのでゆっくりゆっくり読みました。
もっと時間があれば、小学生用の植物図鑑や昆虫図鑑があれば楽しく読めるような気がしました。

水上滝太郎「果樹」は、どこにでもありそうな平凡なことを題材にしています。
この小説のストーリーを骨組みにし、内容を少しだけ変えるが、人間観察表現を丁寧に真似れば、僕のような文才のない者でも小説らしいものが書けるような気がしました。

なお、ラジオ朗読の方は、27日(月)から水上滝太郎「遺産」です。
 

昨日、中国人夫婦の訪問がありました。
夫婦とも東広島にある大学の大学院に進学し、博士の学位を取得した知識人です。ご主人の方は日本の会社で働いていましたが、現在は、日本とフランスと中国の合弁会社(?)に勤務しています。幹部社員として上海近くの営業所と無錫近くの工場を行ったり来たりしているそうです。
奥様は、アメリカの研究所に勤務しています。中国の大学からの要請されて来年度は3ヶ月ほど中国の大学で学生の指導をするそうです。
お嬢さんが一人居ますが、アメリカに住んでいます。ご主人が退職したら、3人でアメリカに住むと話してくれました。

昨日は、4人で鍋を囲んで楽しい時間を過ごしました。我が家は、今まで多くの外国人留学生の世話をしてきました。現在でも交流している中国人(台湾人を含む)が3家族います。彼等から、昔、我が家に集まっていた中国人の消息を聞きますが、多くの人がいろいろな分野で偉くなっているのには驚くばかりです。彼等と同年代の日本人をみるとバイタリティの点で圧倒的に日本人が負けているような気がします。このような中国人を見ていると20年後の中国はとてつもない国になっているような気がします。

お土産に「無錫八宝」という乾物をいただきました。原料は何なのか?、どのように料理して食べるのか、サッパリ判りません。これからネットで食べ方を調べてみようと思っています。

11月22日無錫八宝

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今日は、今年一番の寒さです。昼からは雨が降り出した。冷たい雨です。
先日、道路際の花壇のコキアを全部抜きました。チョッと淋しい感じです。
11月22日道路際の花壇

横断歩道の向こう側から道路際の花壇を眺めると、淋しさが一層増幅される感じです。
この時期は毎年、ビオラ、パンジー、チューリップ、ハボタンを植えてきましたが、今年はこれ以外の花を咲かせようと思っています。近いうちに花屋に行ってみようと思っています。
11月22日自宅

現在、玄関前では、シランがさび色に枯れてきて秋の庭の中で存在感を示しています。生け垣にしているブルーベリーが真っ赤に染まっています。ネリネが満開になりました。我が家の庭で秋を堪能しました。
11月22日自宅の庭
 

3日前に畑で採ってきた白菜を庭で干しました。天気の悪い日が続いていましたが、今日は朝から秋晴れです。昼過ぎには、干していた白菜が丁度良く乾いたので白菜漬けをつくりました。

昨年までは、3キロとか4キロの大きな白菜を作ることを目指していましたが、今年は夫婦が一回で食べ尽くせる小さな白菜(1キロ程度)を作っています。

11月21日漬物1

干した白菜を測ったら全部で1.5キロでした。食塩40グラムを白菜に擦り込み、昆布、唐辛子、果物の皮を入れて即席漬物器に入れました。

11月21日漬物2

4、5日後には食べられると思っています。

11月21日漬物3

一昨日、東広島市立図書館に行ったら新刊書のコーナーに西田輝夫「70歳、はじめての男ひとり暮らし おまけ人生も、また楽し」(幻冬舎)が置いてあったので借りて帰りました。

著者は古希(70歳)を超えた元大学教授、現在勤務医のかたわら、講演活動を行っている社会的地位の高い人です。愛妻を癌で亡くしたあと、男ひとりで料理・洗濯・掃除などの家事をやる大変さを面白おかしく綴っていました。

また、「男ひとりの生き方」として、「失ったことを数えるな!」、「独りぼっちになるな!」、「心豊かに生きよ!」、「木を見ず森を見よ!」、「老いを受け入れよ!」、「緊急時に備えよ!」、「残された人生はおまけと思え!」の7つの格言を立て、例をあげて分かり易く示唆していました。
「心豊かに生きよ!」の例として、著者は、自分が心の情感を保つために、趣味である音楽と美術の鑑賞のためにニューヨークに行った話を紹介していました。この文章を読んで、貧乏な僕は、セレブさが鼻につきましたが、もう一方では、ラッセルの『幸福論』に通じものを感じました。

そこで、早速、昨夜放送されたNHK Eテレの「100分de名著 ラッセル 幸福論」の第3回をビデオで視聴してみました。
「幸福論」はラッセル自身の経験と友人の人生から「幸福の条件」を徹底的に分析をしたものです。

ラッセルの「幸福論」の第一部では、不幸の原因になるものとして、「バイロン的不幸」「競争」「退屈と興奮」「疲れ」「ねたみ」「罪の意識」「世評に対するおびえ」を上げています。これらの不幸の原因を取り除くことで幸福になることができるといいます。
第二部では、「不幸の原因」を取り除くだけではなく「誰でもより積極的に幸福になる方法」を論じていました。「幸福をもたらすもの」として、総論的には「幅広い興味を持ち、何かに集中しなさい。」と言います。また各論として「幸福になる具体的な方法」として「バランスのとれた熱意」「バランスのとれた愛情と家庭」「バランスのとれた仕事」「私心のない興味=趣味を持つ」「努力とあきらめ」をあげています。
ラッセルは「私心のない興味=趣味を持つ」で、趣味を持つことが幸せに通じることを普通の人が考えている以上に有効、かつ高尚なものと説明しています。特に愛する人が亡くなったときに趣味に気持ちを振り向けることは、不謹慎にならないと示唆しています。
ここで、ラッセルの「幸福論」と西田輝夫「70歳、はじめての男ひとり暮らし おまけ人生も、また楽し」は同じ考えであることに気が付いた次第です。

11月21日幸福とは

11月21日幸福とは2


 

11月20日腱鞘炎
紅葉が綺麗な季節です。
出不精の妻を引っ張って京都に行き、嵯峨野の紅葉を見て京都国立博物館の「国宝展」に行き、帰は神戸の友人に逢い懇談と食事をしようと思っていましたが、僕の方は腱鞘炎が悪化して苦労をしています。11月24日に手術をすることになりました。一方、妻の方は義母が転倒したため介助が忙しくなっています。このため今回は旅行を取りやめることにしました。

12月には、耳の下にできているグリグリを手術で除去します。今月は、体が痒いため皮膚科に行ったり、歯のツメものが外れたため歯医者にいきました。また、通風、不整脈があるため血液サラサラ、血圧を下げる薬をもらいに毎月一回、かかりつけの内科に通っています。
加齢とともに病院通いが頻繁になっています。

11月20日大相撲

今日は、妻が近くのケア・ハウスに入居している義母の見舞い(世話、看病)に行っのでたので僕一人です。
テレビを点けたらRCCテレビ「ひるおび」で日馬富士の暴行事件をやっていました。面白かったので13時55分からの広島テレビ「情報ライブ ミヤネ屋」、13時45分からの「直撃ライブ グッディ」もみましたが、結局、どの放送局もほぼ同じ意見なのでイヤになりました。
「問答無用、暴力をふるった日馬富士が悪い!」という放送局はありません。こんな問題は幼稚園でもわかるのに、コメンテーターってバカな人ばかりだなと感じました。

各放送局とも、暴力を振るった日馬富士を責めることから、矛先を警察に被害届を出した貴乃花親方に向けています。僕には、視聴者をテレビ局に釘付けにすることが目的のように見えてきてアホらしくなりました。

過労死の事件やいじめの問題など刑事事件に相当する事件の場合、組織内に助けを求めても、多くの場合、握りつぶされ被害者が損をしています。これに対して、被害者の名誉が守られたり、組織が改善されたりするのは、被害者が直接、外部の監督官庁に訴えた場合 に多いようです。このことから警察に被害届を出した貴乃花親方には何の問題もないと思います。

どのような理由があろうと「暴力」は許されません。日馬富士が暴力事件を1件起こしているということは、表(おもて)にでない暴力事件を25件は起こしていると推察しても不自然ではないような気がします。
「こころが優しく、力持ち」の日本のお相撲さんのイメージを壊しているモンゴールのお相撲さんは日本の相撲界から追放すべきだと思いました。

11月20日ビデオ日の名残り夕方、昨日読み終えた「ノーベル文学賞 カズオ・イシグロ『日の名残り』(ハヤカワ文庫)」を、今度はビデオでみました。

アマゾン・ビデオからインターネットを介して我が家のテレビにダウンロードしてして視聴します。料金は199円でした。

小説とビデオでは微妙に違っているところがあります。

例えば、本を読みながら、女中頭ミス・ケントンが執事スティーブンスに淡い恋ごころを抱いていたことに気づいたのは小説の終わりの方で彼女が告白してからです。

ビデオの方では、中ほどにミス・ケントンが執事スティーブンス に「読んでいる本を見せてください。」と取り上げるシーンがあります。
本を読んでいた時の僕は、「ミス・ケントンは、人のプライバシーに入り込む変な女だな!」と感じました。
ビデオでは、二人の顔が10~20センチほど接近したところで「見せてください!」「ダメです。」と2,3分争いをするシーンになっていました。このシーンを甘く切なく仕上げてクライマックスにしていました。これでは誰が見ても「痴話喧嘩だな!」、と気が付きます。
ミス・ケントンがスティーブンスに恋心を抱いていたことを知らせるのに、本と映画では相当な時間的なズレがありました。ミス・ケントンがスティーブンスに早い時期から恋心を抱いていたとして、もう一度本を読み直してみたくなりました。

執事スティーブンスは品格のある紳士でしたが「鈍感な男」でした。結局、ミス・ケントンの愛情表現に気づきませんでした。最後に彼女に告白されて涙します。それは30年も前の話で、現在では彼女には愛する夫があり、娘に孫が生まれます。

11月19日日の名残り「日の名残り」を読み終えました。

カズオ・イシグロの著作を読むのは短編集「夜想曲集」、「遠い山なみの光」、「浮世の画家」に続いて4冊目です。

内容は、品格ある執事の道を追求し続けたスティーブンスの回想録です。
彼は、美しい田園風景のイギリス南部をアメリカ人雇主の高級車で旅をします。道すがら様々な思い出がよぎります。以前、長年仕えたダーリントン卿への敬慕、執事の鑑だった亡父、女中頭への淡い想い、二つの大戦の間に邸内で催された重要な外交会議の数々―過ぎ去りし思い出は、輝きを増して胸のなかで生き続けます。失われつつある伝統的な英国を美しく描いていました。

1956年の「現在」と1920年代から1930年代にかけての回想シーンを往復しつつストーリーが展開されるため、早読みは難しい本でした。丁寧に読んだため、読了まで一週間かかりました。
ナチスのリッベントロップの名前が出てきたので、ネットで調べたところ彼は英国内で親ナチスの政治工作をしていた人物と判り、ダーリントン卿はリッベントロップに上手に使われていました。このことが判って物語の全容をスラスラと読み解くことができました。

読了後、巻末の丸谷才一さんの「旅の終ろ」を読んで、丸谷才一の洞察の鋭さに驚くとともに、僕の読みの浅さに愕然としました。
僕がこの小説を本気で味わうためには、丸谷才一さんの書評を精読して、もう一度読み直す必要があるような気がしました。

余談:これから小説家を目指す人にとっては、イシグロの「日の名残り」と丸谷才一の「樹影譚」は必読の小説のような気がしました。

中学校の同窓会で何十年ぶりに会った同級生に、僕が撮ったスナップ写真を送ったところ、今日は礼状とともにイチョウの葉っぱを貼り付けた便箋に心温まる文章を認(したた)めた「書」が送ってきました。
何の変哲もない一枚の便箋に、僕はやさしい秋を感じました。
一方、妻は「秋の深まるこの時期に相応しい芸術作品ね!、読む度に感じ方が違ってくる!」と感激し、額に入れて居間に飾りました。

11月118日いちょう

11月118日いちょう2


今日はとても寒い一日でした。現在、育てているシンビジュウムとキンリョウヘンとセッコクが軒下で震え上がっています。
シンビジュウムは友人からのあずかりものです。花芽らしきものがでてきました。
キンリョウヘン2株は、ニホンミツバチを集めるために春に開花株を購入したものです。来年も咲いてくれないと困ります。
セッコクはフリーマケットで買ったものです。現在葉が黄色に変わり枯れてしまいそうです。

11月118日ラン

これらのランを冬越しさせるためにビニール温室を買いに行き組み立てました。
呉に住んでいた頃はいろいろなランを咲かせていましたが、寒い東広島で咲かせることができるでしょうか?、全く自信がありません。

11月118日温室

今日は僕一人で、安芸津の畑に行きました、目的は、ここで育てている皇帝ダリアの写真を撮ることと鍋に入れるネギを穫って帰ること、もう1つは、JA芸南の産直市で売っている「巻き寿司」を買ってくることです。

行く途中、9時ごろ安芸津町にあるJA芸南の産直市に行き「巻き寿司」を買いました。ここの「巻き寿司」は「美味しい!」と評判で10時半に行けばほぼ売り切れています。
「巻き寿司」を買ったあと店内を見て回っていると「まつたけ」が出ていたのでこれも買って帰りました。

11月17日まつたけ1

マツタケは今年の初モノです。「すき焼きに入れると美味しいだろう。」と思って帰ったところ、妻が「これトルコ産のマツタケじゃない!」といいます。よく見ると「産地名 トルコ」「650円」と書いてありました。ダマされた感じがして不愉快でした。

「産地を見ないで買ったオマエが馬鹿なのだ!」、「値段を見れば判るだろう!」と言われればそれまでですが、男の僕には「まつたけ」の価格がいくらなのか全く予備知識はありません。
「産直市場」とは、周囲の農家が生産した野菜を売る市場だと思っていました。この付近は「まったけ」の名産地でもあるため、この「まつたけ」も当然東広島産だと思っており、トルコ産とは気が付きませんでした。
この「産直市場」にも、他県で作られたゴボウやジャガイモなどが売られることもありますが、別の棚に別置してあり大きく紙に産地が書いてありますが、僕の買った「トルコ産のまつたけ」は、地元の農家が自分で作った農産物を出す棚に置いてありました。

今日の夕食は、味も香りもない「まつたけ」の入ったすき焼きを食べましたが、不愉快な思いは今でも継続しています。
1つは、棚を変えてるなど別置するとか、「トルコ産まつたけ」と大きく書いてあれば間違えなかったのにとJA芸南を責める気持ち。もう1つは、ラベルをよく読まずに買ったドジな自分を責める気持ち。更に、こんな些細なことに未だ腹の虫が収まらない偏狭で執念深い自分の性格がイヤになった。・・・・・これらが入り混じっています。

11月17日まつたけ3

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帰宅後、今シーズンも柚子醤油(柚子ポン酢)を作りました。

電動レモン絞り器で柚子を絞ったら、絞り汁が400cc取れました。ここまでは僕の仕事です。
ここからは妻の仕事です。これとは別にみりん400cc、醤油400ccに昆布と鰹節を混ぜ合わせ煮立ったら液を冷まします。冷ました液に絞り汁を入れて完成です。
これを1カ月ちょっと冷暗所(床下)で熟成させると美味しい柚子醤油が出来上がるのだそうです。

11月17日柚ポン酢
 

9月から11月15日までの間に、買ったり、借りた本について書いてみました。読了した本から、途中で辞めた本、パラパラッとめくっただけの本も含んでいます。

11月16日幸田家

幸田露伴「五重塔」、幸田文「台所のおと」(講談社文庫)、青木玉「小石川の家」(講談社)の3冊をアマゾンから取り寄せました。

録画していたBSプレミアム「幸田家の人びと 江戸~平成 四代の物語」を見て感動したからです。このビデオは、明治の文豪、幸田露伴に始まる、娘・幸田文、孫・青木玉、曾孫・奈緒の四代の家族の絆をドキュメンタリーを交えたドラマ形式で描いていました。 

幸田露伴「五重塔」は昔一度読んだことがあります。最近、建築家の安藤忠雄の講演会で安藤さんがこの本に触発されたと言っていたので、もう一度読んでみたくなりました。
幸田文「台所のおと」は、短編が10編収録されていました。声を出して読みたくなるような名文でした。 
青木玉「小石川の家」は、離婚した母(露伴の娘・文)と露伴と共に暮らした10年間、特に、晩年の露伴とそれを支えた母・文のことが書いてありました。

11月16日図書館から借りた本
 
「いますぐ行きたくなる物語のある絶景」(文響社)と安野光雅「本が好き」(山川出版社)は、東広島市立図書館で借りたものです。

「いますぐ行きたくなる物語のある絶景」は、美しい風景の写真集です。見開き一面に写真を載せそのウラ1ページに心温まるエッセイが掲載されていました。僕の行ったことのある場所も何箇所かありました。これから旅をする人に良いかも?
「本が好き」は、新刊コーナーにあったのでパラパラっとページをめくって驚きました。「安野さんって、こんな難しい本を読んでいたのか?」、「安野さんの交友関係はこんなに広いのか?」、「安野さんは文章の上手い人だな」と驚きました。

大島直行「縄文人の世界観」(国書刊行会)と鵜飼幸雄「国宝土偶『縄文ビーナス』の誕生 棚畑遺跡」新泉社、三上徹也「縄文土偶ガイドブック」(新泉社)の3冊は広島県立図書館から借りてきた本です。
先月、京都国立博物館で開催されている開館120周年記念 特別展覧会 国宝」に行ったとき、国宝「深鉢形土器(火焔形土器)」新潟・十日町博物館保存、「土偶(縄文のビーナス)」長野・茅野市尖石縄文考古館保管、「土偶(縄文の女神)」山形・山形県立博物館保管、「土偶(仮面の女神)」長野・茅野市尖石縄文考古館保管の4点を見て驚きました。

早速、土偶について勉強をすることにしました。「国宝土偶『縄文ビーナス』の誕生 棚畑遺跡」「縄文土偶ガイドブック」の2冊は土偶についての初学者にも判りやすい内容でした。
一方、「縄文人の世界観」は著者がキーワードとする「レトリック」と「シンボリズム」の概念が僕には良く判らず、結局、消化不良でした。

ベーシック・インカムは、すでにブログに書いています。

11月16日銀座復興

NHK BSプレミアムで視聴した「名画の暗号 ゴッホと北斎のミステリー」では、「古今東西の名画には、必ず画家の秘密の暗号(コード)が潜んでいる。」ということを前提にしていました。
「そうえば、『名画の暗号』という本があったな・・」と思い出し、西岡文彦「名画の暗号」(角川書店)をアマゾンで調べて取り寄せました。
モナ・リザ、ミケランジェロ、ファン・アイク、フラ・アンジェリコ、フェルメール、ベラスケス、マネ、ゴッホ、ゴーギャンの描いた名画の暗号について説明していました。

水上滝太郎「銀座復興 他三篇」(岩波文庫)は、現在、NHKラジオ第二放送の「朗読の時間」で語られています。

11月16日山田風太郎読書2

NHK BSハイビジョン特集 「山田風太郎が見た日本 ~未公開日記が語る戦後60年~」を視聴しました。
僕は、戦中派虫けら日記(昭和17年10月から昭和19年12月) ちくま文庫、戦中派不戦日記  (昭和20年)  講談社文庫の2冊を持っていますが、このビデオを見て、あとの4冊も欲しくなったのでアマゾンから取り寄せました。これで全巻揃いました。

当時の世相がよく分かります。昭和20年代を知っている人なら面白く読めると思います。
戦中派焼け跡日記(昭和21年)小学館文庫
戦中派闇市日記 (昭和22年〜23年) 小学館文庫 
戦中派動乱日記 (昭和24年〜25年) 小学館文庫 
戦中派復興日記 (昭和26年〜27年) 小学館文庫

今日は、冬物野菜を採りに畑に行きました。畑の入り口の皇帝ダリアが満開でした。

11月15日皇帝ダリア4


山に入ってみました。シイタケを3本見つけました。今シーズンの初物です。

11月15日シイタケ

サニーレタス、春菊、シイタケ3個、白菜2個、大根1本、柚子はこの他に50個ほど取って帰りました。

11月15日野菜

今日の晩ご飯は、畑で穫れた野菜を使ったキムチ鍋にしました。キムチ鍋の中に市販の水餃子(道場六三郎)を入れると美味しいと人から聞いたので入れてみました。結構いける味でした。

11月15日

畑の皇帝ダリアがとても美しかったので何枚も写真を撮りました。そのうちの3枚をアップします。

11月15日皇帝ダリア3

11月15日皇帝ダリア2

11月15日皇帝ダリア1


 

最近の美食に厭きて(・・・といっても、あまり美食は食べてないのだが!)、昭和20年代の食糧難の頃に食べたモノ、昭和30年代のまだ外国から食料品が入ってこなかった頃に食べたものが懐かしくなっています。

昭和30年代までの子供は干し柿をよく食べていましたが、今の子供はほとんど食べないようです。
僕は、今年も干し柿を作っていますが、干す時期が早かったようです。カビは生えていませんが大量の小バエが寄ってきて食べ辛くなってきています。

ネットで調べると、コバエやその卵や幼虫を食べても胃酸で消化されるため基本的には問題になることはないと書いてありますが、勇気の要ることです。
そこで、食べる前にさっと熱湯消毒してから干し柿を割って中を確認して食べようかなと思っていますが・・・、(食べる勇気が湧いてきません。)

11月14日黒豆・落花生 (1)

昔は、乾燥させた「大豆」と「そら豆」を煎り豆にしたものを姉がよく作ってくれました。コタツに入って姉、弟、妹でポリポリ食べていたこと思い出しました。
今年の初夏に植えた「丹波の黒豆」と「落花生」が大量にできたので我が家の庭と畑で乾燥させています。

11月14日黒豆・落花生 (2)

今日は晴天です。少し水分が抜けたようなので「丹波の黒豆」と「落花生」を煎って食べてみることにしました。
鞘から剥いて豆を出し、フライパンにサラダ油を敷き小サジ一杯の塩を入れ煎ってみました。

11月14日黒豆・落花生 (3)

中火で焦げる寸前まで煎って完成です。サラダ油が少し多かったのが気になりましたが、落花生は今まで食べた中でも最も美味しい味でした。黒豆の方は、まだ、水気が完全に抜けていません。もうしばらく天日に干す必要がありそうです。
夏にできた枝豆(成長すると大豆になる)は肥料をやり過ぎて失敗しましたが、来年度は慎重に作り、この時期には「大豆」と「丹波の黒豆」と「落花生」の3種類の煎り豆を食べようと思っています。

11月14日黒豆・落花生 (4)
 

11月13日ソルマック昨夜,同窓会のため深夜帰宅しました。
そのまま大人しく寝れば良かったのですが、自宅で妻を相手の飲み直しをしてしまいました。お酒を飲まない妻は、酔っ払いの話など聞かされるのは辛いものだと思いますが、昨夜は30分ほど付き合ってくれました。
今朝起きたらアルコールが体に残っている感じです。食欲がありません。ウィスキーの瓶を見るとだいぶ減っていました。

何とかブログだけは書いて昼寝をしました。
昼食を食べるように妻が起こしに来ましたが食べたくありません。

僕が二日酔いの時に飲む特効薬「生薬配合胃腸薬 ソルマック」を妻に買ってきてもらい飲んで、再び昼寝・・・
夕方になってようやく食欲が出てきました。

この前の血液検査で肝臓の値が規定値を少しオーバーしていたので、2週間ほどお酒の量を減らしていましたが、これでは元の木阿弥です。
明日からはもっと強い気持ちで禁酒に取り組もうと思っています。

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