佐藤敏夫先生のサイトより
http://www4.tokai.or.jp/kaminosuugaku/gougai01.html
<転載開始>
       ≪A true fact that nobody know in the world !!≫   マイナス・イオン編(2)                   (すべては嘘のようなほんとうの話である)
                                                      
平成24年10月  謹上 

 

我々の身の周りにふんだんにあるもので木炭ほど謎を秘めているものは無いであろう。

 しかし、余りにもありふれ過ぎて誰も見向きもしない、注意も払おうとはしない。勿体ない話である。

 確かに、数十年前には木炭は貧乏でダサいものの代名詞であり、金持ちは触ることも嫌がっていたものであった。恐らく、現在でも余り真実を知らない方々は同じ思いを抱いているはずである。

 若し、そうであれば、大きなミスを犯していることになる、いや、現代人のすべては余り基本的な真実と言うものを知らない、知ろうともしないと言うべきかもしれない。

その点、古代人の方が遥かに物知りであり、経験知においては遥かに優れていたことがわかる。彼等はすべてにおいて数千年という長い経験知から割り出したものを日常生活に応用していたのであり、その効果も十分に知っていたと考えられる。恐らく、現代人より遥かに本質知を知りつくし、自在に扱っていたのであろう。現代人はただただ西洋科学知に憧れ、その姿を追い続けているようであるが、そこには形態知はあるけど本質知はまったく無いことを知るべきである。


要するに、現代西洋科学知は「学問もどき」であって「真の学問」ではない。なぜならば、今のところ「見える世界(物質世界)」を追うだけの「学」であり、あるべきもう一つの「見えない世界(意識世界)」と言う世界の追及はまったく為されてはいないのである。口を開けば二元という「物質」と「意識」が自然の両輪であると言い、原則論では自然は形而上世界及び形而下世界の存在により成り立っていると広言し、建て前としているのであるが…!。

今の科学は余りにも細分化し過ぎてマクロ的な視野を持って全体像を見ることが出来ない、したがって本来在るべき本当の大自然の仕組みを見ることが叶わないのであろう。

本来は大宇宙は意識が統一し、意識がすべてを開花させて森羅万象を創り上げているのである。

その基本となるものは電磁波であり、その波動である。電磁波がエネルギ-形態を生み、そのエネルギ-の濃淡が大自然を形成し、いろいろな波動を生み出しているのである。アインシタインも言っているではないか「エネルギ-の集中したものが物質である、つまり、エネルギ-と物質は同じものである」と…。要するに、エネルギ-の濃淡、すなわち、その密度の濃いところが「物質」であり、薄いところが「意識」なのである。言葉を変えて言えば、エネルギ-の密度の薄く繊細で神妙なところが「形而上世界」であり、濃く少々荒いところが「形而下の世界」なのである。

難しい話は止そう、ハッキリ言えば物質世界の探究のみに明け暮れている現代西洋科学ではいくら頑張っても本当の大自然の正体は掴めない、理解することが出来ないと言うことである。

 現代物理学がいくら人類の最終理論と言う大統一理論を展開しても、「見える世界(物質)」と「見えない世界(意識)」をまたがって通用するものでない限り意味がないのであり、完成された理論とは言えないのである。

何を根拠に素人が、とあなた方はいぶかり、場合によっては反撃もあるかもしれない。が、それはあなた方は余りにも未来にだけ目が行き、現在や、過去には余り関心が無いことを自白しているようなものである。未来と同様に大いなる過去にも目を向け、過去と現在を結ぶことにより未来はその線上にあることを知ることが出来るのである。今や、それが完全に断ち切られ現代は現代、過去は過去として処理されて完全な断絶状態にあり、見通すことはまったく出来ないのである。

それらのことはいろいろな古代の発掘遺跡の語る知などからハッキリと判って来るのである。

我々は余りにも西洋科学知に信頼を置きす、東洋的な古代知を見下してきたのである。その証拠に今になって西洋科学は東洋的な知、すなわち東洋の神秘学に目をつけ調べ始め、その結果、現代物理学の最終的な流れと東洋の神秘学は極めて共通項が多いのにびっくりし、改めて学び始めようとしているのである。
 要するに、二千五百年前の東洋の神秘哲学の語る世界と現代物理の量子学の生み出す世界観は殆ど同じであることに改めて驚き、見直しを始めているのである。そのあたりを一応頭に入れて以下の文を読むと余り抵抗感がなく、なるほどの感じで無理なく理解ができるはずと思う。

ただし、余程アンテナを高く掲げ、真実の目を持ってしっかり考察しない限り、これらの真実を理解することは難しいのは言うまでもない。今の学者達は余りにも誇りが高くそれが出来ないのである。

果たしてあなたはそれが可能であろうか…?!。

古代から連綿と続いている有名な神社や観光スポット地にある由緒ある建物は殆どイヤシロ地に建てられている。イヤシロ地とは住むと健康になったり、動物が集まったり、植物・農作物が良く育つ土地であり、その逆に住人が不健康だったり、動植物が何となく弱い々しく力が無くなった状態になり、建物の老朽化が進んだりする土地がケガレチと呼ばれて敬遠されてきたのである。

 一般にイヤシロチは「癒しの地」、ケガレチは「穢れた地」と解されていますが、イヤシロチの語源は「弥盛地」、すなわち、「生命力が盛んになる地」という意味であり、ケガレチは「気枯地」、すなわち、で「気が枯れた土地」を意味するものである。  例えば、ケガレチなどに店を構えた場合、決して繁盛することは無い。半年もせずに、店は看板を下ろし、次の人がまた看板を上げる、その連続である。誰がやっても駄目なのである。その例となるものがこの近くにある。
 大体10年間に十数人が入れ替わっている、誰がやっても駄目、何の商売でも駄目なのである。要するに、お客さんが全く来ないのである。でも、そんなことは誰も問題にはしない、次々に店舗は貸され、次々に住人が変わっていくだけである。げにも恐ろしきはイヤシロ地でありケガレ地である。 でも、誰もそのことを知る者はいない…!!。

そのあたりに関する話を少々拾い集めて並べて見ることにしよう。なかなか、興味深い話であり、今までのように笑い飛ばすことの出来ないシリアスな意味を多分に持っているものである。ゆっくり読んでほしい。理解が出来、納得がいけばあなたは大いなる過去に未来を見ることが出来ることになるのである。


(1)


 有名な話として、1972年中国の湖南省で発掘された「馬王堆の古墳」から女性に遺体が発見された。この遺体は死後2000年以上経っているにも関わらず、まるで死んだばかりと言ってもいいような状態であった。しかも、内蔵関係なども古さは見られず、新鮮そのものであり生前に心臓病、肺病、胆結石などの病歴があり、死因は狭心症にかかって啖がつかえたために死んだことも判る状態であった。胃袋の中には死ぬ何時間か前に食べたアマウリの種が176粒残っていて、しかも種を播いたら発芽したのである。
 その姿は余りにも常識では考えにくいほど新鮮な状態で、担当した学者達は調査の結果、「死後、4日の驚くべき状態を保っている」と発表した。この驚くべき理由については、密閉された棺桶の周りを5トンにも及ぶ木炭の層が覆い、除湿や その他の効果があったものと思われると報じている。
 また、遺体は約 80 リットルの無色透明の液体に浸っていたが、出土後ほどなく液体はチョコレート色に変色したそうである。私の経験と推察では間違いなくそれは木酢油であろう、しかも精選された完全透明なものである。同じもの作って少し置くとだんだん透明が焦げ茶色に変わるのは実験済みである。恐らく、空気中のプラス・イオン等を吸収して不純化するからであろう。

この事実はまったく我々の耳目を驚かせるものであり、肉体と健康の極み、その保持の在り方をいろいろ教えてくれるものである。なんせ、2000年経っても肉体は4日間の経過しか示していないとは何と素晴らしく、ミラクルな出来事なのであろうか…!!。今や、人類全体がその秘密に関心を持ち、それが解明されるのを待っているのである。
 また、その事実はそれに数十年先だって為された「カタカムナ」の楢崎皐月氏の「炭の効用」と炭埋効果の素晴らしさを立証し、改めてその効果を再確認させてくるものである。

(2)

日本国内でも、発掘された古代墳墓の多くに大量の木炭が使われていることを御存じであろうか。例えば、平泉中尊寺の奥州藤原氏三代のミイラなど、遺体の保存に木炭が使われていた例等があるのである。また、日本最古の木造建築である法隆寺や伊勢神宮下には大量の炭が埋め込まれていると言われている。それが長く建物を保存するための最高の秘訣であると言われて来たのであるが、数千年経った今になって見れば、まさにその通り、言い伝え通りであったのである。 

 『温故知新』…、まさに「古きを尋ねて、新しきを知る」の言葉が生きているのである。

(3)

これもまた実際の話である。家屋敷地内に炭埋した結果、即、家中のあらゆる場所、すなわち、土の中を含む家のあらゆる部分から悪臭が出て、家の中にはいられず2~3日外泊を余儀なくされたとの事例がある。その家は数十年前に古い厠(かわや)をそのまま埋め戻してその上に新しい便所を設置した家である。本来なら、長年にわたって匂いが浸み込んだその場所の土を大きく深くえぐり掘って土を入れ替えなければならないのであるが、当時はそこまで考は及ばなかったのである。

驚いたことに、炭埋後は家屋内の空気は全くすがすがしくなり、まったく家の雰囲気が変わったと家人は言う。その影響は家屋だけにとどまらず、そこに居住する人々の体内の中まで及び、体内のガスや排出物にも大きく作用し健康生活に多大な貢献を果たしていたのである。何故なら、そのような人々の体は割合に無臭であり、病気と言うものを生涯知らないからである。それはすなわち、体の中まで浄化され、体も心も清浄な気に満ち々していたと言うことである。
 私の知り合いにもいる、93歳になるお婆さんが縁側で裁縫していたが、しばらくして家人が覗いたら針をもったまま安らかな顔で亡くなっていたのである。まさにこれがピンピン・コロリの極楽往生であり、私もそうありたいと願っているものである。

専門家は言う、体の中に大量発生しているガスや活性酸素にマイナスイオンの持つ電子を与えればすべてはただの酸素や水になり、恐ろしい体の内部の酸化や炎症、潰瘍などの発生を取り除くことが出来ると…。それはまさに、健康な体、病気にならない体をを作るための最良の方策であり、予防医学の最先端の方法と言うものであろう…!!。


まあ、ここまでは信じられる話であり、当たり前の話と理解はされる。しかし、私にも解らないのは炭埋して土地をイヤシロ地化したその後、電気料金が大幅に減ったという面白い報告が結構あることである。中には半分になったと言うある工場からの報告もあったのであるが、まさかと思って誰も本気で調査する者はいなかった。しかし、そこには今の科学では説明の出来ない何らかの理由が潜んでいるはずである、一体それは何だろうか…!?。

なんせ、木炭は遠赤外線やマイナスイオンを放出し、しかも電磁波、あるいは放射能を防ぐ働きがあるそうである。
そこには未だ人間の知らない大きな自然の秘密があることは間違いないことである。それだから人間の知り得ぬハプニングも起こることは十分に予想される。我々の理解出来ない不可思議なことがあっても当然と考えるのが普通であろう。

         <これらの報告は電子物性総合研究所の機関紙より転載…。本筋はHPの「時空船ガイヤ」を御参照あれ>

(4)

日本古来の製鉄法「タタラ」は砂鉄と木炭で作られる、すなわち、高温にすることにより、砂鉄から酸素を奪い、代わりに木炭の炭素をくっつけるのである。その結果、出来あがった鉄は不純物が非常に少なく、強靭性に優れ、粘ッこくて、折れず、曲がらず、欠けず、しかも200年、300年経っても腐食はなかなか進まないと言われるものである。それが世界に名高い日本の名刀であり、その由縁由来である。現在では「浸炭焼き入れ法」と名を変えて金属に炭素を添加して硬度を上げ、十分な耐摩耗性を持たせることが可能な焼き入れ技術として日本の近代工業発展に多大な貢献を果たしている。

また、現代ではあちこちで炭素がもてもての状態である。超電導、宇宙船、飛行機、果てには自動車や電車まで炭素を練り込んだ繊維材料が巾広く使われようとしているのである。その強さは何と鋼鉄よりも遥かに強いと言うのだからまさに驚きである。強くて軽い、伸びない、変形しない、腐食に強く錆びない、耐熱性があり、燃えることも無い、まさに完全無欠な性質を持つ完全素材と言えよう。まさに、究極の材料であり、未来に駆ける夢の材料である。

(5)

これは余談であり、私にも信じられないことなのであるが、一応記しておきたい。

大量の木炭を埋設した家屋にはどう言う訳か大地震の際に被害が出ず、家屋の損傷がないと言われている。要するに地震が避けて通ると言われているのである。同じようなことを新潟県の大変古くて由緒ある有名な古民家でも観光旅行に行った際聞いたことがある。その有名な豪農の館は観光の名所として知られており、百数十年前の建築の際、大量の木炭を地面に埋めた。その結果、大きな地震が何度も襲来しても一度たりとも被害を受けたことが無いそうである。

(6)

更に一つ、木炭を微粉末にして食物と一緒に食べてしまう、しかも大変食べ物がおいしくなる事実を貴方は知っているであろうか、これは決して眉唾ものなどではなく、私自身でも実証済みなものである。

ある東海の地方都市の新興住宅地に名も無い食堂がある。それはまるでどこにでもあるような普通の家であり、その付近の何処にもその店の看板などは何も無い、店には「店の名前」も掲げてもいない。 しかし、驚くことに店は何時でも超満員なのである。噂が噂を呼びお客は常に行列をなしている状態である。そこはスパゲッティがメインであり、しかも真黒いスパゲッティが評判を呼んでいるのである。
 何とそこでは微細炭、木炭を特殊な方法で超微細カ-ボンとしてスパゲッティの中に練り込んでいるのである。それがまことにうまいので大人気を呼んでいると言う訳である。

もう一つその同じ都市に、大変おいしい大福饅頭を作っている店がある。その饅頭のアンコにはやはり超微細カ-ボンが添加され、味を引きしめているのである。私もその昔、15年くらい前に恐るおそるその両方の店にお邪魔して味わったのであるが、確かにずば抜けておいしいと思った。バスで同行した仲間たちも同じ意見であった。しかも、食べた後には大変気持ちよく、心が安らぎ、満足感が広がるのである、何だろう…!?。一体何があると言うのであろう…!?。

(7)

 更に一つ付け加えて置きたい、栃木県の足利市には「足利フラワ-パ-ク」と言う花の名所がある。そこには有名な藤の大木、恐らく樹齢数百年くらい経ったものが沢山ある。毎年素晴らしく綺麗な花を咲かせるので大変有名な場所である。
 いまでは世界から絶賛され、その美しさを誇っている。恐らく、藤に関しては世界一であろう。
 実はこの土地は有名な荒れ地であって植物等は育たたず、農地としては甚だ不適当な場所であったのである。このような土地に観光の場を作り藤の大木を移植しょうとしたのであるが、植物園関係者や造園業者は無理である、出来ない相談であると大反対したのである。そこで土地全体を改良しょうと言うことになり、案を公募したのである。そこで我々のグル-プが炭埋してイヤシロ地化するのが最良であると申し出、了承を得たのである。そこですぐさま、300トン近くの炭埋用の木炭粉が運び込まれ、法則に従って広い土地に炭埋が施され土地全体をイヤシロ地化し、藤の大木をすべて移植したのである。         

その結果どうであろう、全国から運び込まれた藤の大木は一本も枯れることなく見事に成長し花を咲かせているのである。今では、日本一、いや世界一の藤の花の名所となり人々の目を楽しませているようである。私たちも関係者としてバスを仕立ててその3~4年後に見学に行ったが、事情を知る職員達には大変感謝されて面目を施した次第である。
 そこはまさにイヤシロ地として完成された場であり、十分なエネルギ-を持つビックリするような土地に化していたのである。  まあ、当時の苦労も今では懐かしい思い出である。

炭にはこのような大きな威力があり、重要な効力があることを誰も知らない、ただ、知っているのは風水による吉、凶の噂だけであり、聞きかじりのちょい知だけである。それは玄関あるいは部屋にほんの少しの木炭を飾ってよしとしている姿であり、単なる儀式、見せかけにすぎないものである。恐らく、一時的な流行りものの類に過ぎないものと言えよう。

もっと本質的な理を知らない限り、それらは意味のない遊びに過ぎないことを知ってほしい…!!。

考えてみれば、何となく面白いではないか…!、「炭」と「ダイヤモンド」、更には「甘い砂糖類」の間には完全な共通点があるのであるが、お解りであろうか。 その3ヶは皆カ-ボン、すなわち炭素から成り立っているものであり、見た目はまったく違うけれど紛れもないカ-ボン兄弟であり、基本波動はまったく同じものなのである。 そう考えると人間だってまったく同じであることが判る、 なぜならば、人間もカ-ボン体であり、基本構造要素は炭素で構成されているからである。SF的な宇宙サイエンス用語では人類のことをカ-ボン ユニット、すなわち、炭素構造体と呼ぶそうな。

類は類を呼ぶ、朱と交われば赤くなる、波動の同じものは互いに引きあうのはこれ当然である。考えて見ると、人間は本来、「甘いもの」には目がない、現代人は「ダイヤモンド」が大好き、また古代人は「木炭」を大切にして、常に身近に置いて用いていたと言うのも大変面白い。 やはり、同一波動を持つので好みに合う、気が合うと言うことなのであろうか…?!!。  

果たして、この中で最も大切なのは何だろう、意外にもそれは炭である。もし、私が無人島で一人ぼっちで生活する場合、この中で最も必要とするものとしては炭を選ぶであろう、何故なら最も利用価値の高く、必要性が高いからである。「ダイヤモンド」はお金を呼び、「甘いもの」は知を呼び、「炭」は健康を呼ぶものである。果たして、あなた方はどれを選ぶのであろうか…!?。

             以上


<転載終了>