本山よろずや本舗さんのサイトより
http://homepage2.nifty.com/motoyama/info_9.htm#info_942
<転載開始>
 ネットで宿便について検索すると、実に様々な意見があることがわかります。
 なかには、宿便は都市伝説の類だと、存在そのものを完全に否定する意見まであります。
 特に私が面白いと感じたのは、宿便について(ネットで)調べた人が、「(宿便について書かれたサイトには)必ずと言っていいほど宿便という医学用語はないと書かれている」とぼやいていたことです。
 医療用語として宿便の文字がないということは、現代医学が宿便を否定しているか、宿便についてほとんど研究もされていないということだと思います。
 実際のところ、『甲田式健康道 決定版』(甲田光雄(こうだみつお)著、マキノ出版)を読むと、テレビで医療の専門家と言われる人が、

 「宿便というのは昔から民間で言い伝えられてきたもので、なんら科学的根拠はない」

 と否定するケースが多いそうです。
 でも中には宿便の存在を認めている医師もいるそうですが、数的には少数派なんだそうです。

 私は宿便の存在を信じている一人ですが、それでも『甲田式健康道 決定版』を読んで、多くの誤解をしていることに気付きました。
 まず宿便とは腸に排泄されないで、何年も滞留した黒くて臭気のある便だと思っていました。こうした考えは、多くの人も同じように持っていたと思いますが、甲田光雄氏によると間違いなんだそうです。
 まず宿便そのものの定義ですが、甲田氏は以下のように定義しています。

 「胃腸の処理能力を超えて、負担をかけ続けた場合、腸管内に渋滞する排泄内容物を総称したもの」

 この定義から、宿便がなぜ溜まるかという大きな事実がわかってきます。
 それは胃腸の処理能力を超えた量を食べた場合だということです。極めて単純明快な答えですが、意外と盲点で、私はそんな単純な理由なのに知らなかったことに気付きました。
 『甲田式健康道 決定版』から宿便の説明を列記してみます。
 ・宿便が2年も3年も腸内に残留することはない。腸の粘膜は3日もすれば新しいものに入れ替わるので宿便が長期間留まることはできない。
 宿便は腸内細菌の出す酵素による腐敗や発酵によって2週間もすれば消えてなくなる。以前は食物繊維は消化されないで排出されると考えられていたが、食物繊維でさえも分解され吸収されることがわかってきた。

 ・宿便がひどい臭気があるというのは、肉、卵、牛乳などを好んで食べている人の場合である。このような人は腸内細菌叢(ちょうないさいきんそう)が、善玉菌が減って悪玉菌が増えている。
 玄米菜食をしている人の宿便は臭くない。また宿便といっても実にさまざまで、硬くて黒いというわけではない。

 ・宿便と便秘は違う。
 便秘は便が数日全くでなくなること。毎日便通があっても、宿便が溜まっていく場合がある。

 ・宿便が溜まる原因は、自分の消化能力を超えて食べ過ぎをした場合である。また食べ過ぎをしない場合でも、心配事、睡眠や運動不足、水分の摂取が極端に少ないなどで胃腸の処理能力が落ちていると宿便が溜まる。

 以上、甲田医師が言う宿便について紹介しました。

 現代は飽食の時代と言われています。
 胃腸の処理能力の落ちていない健康体の人でも、人間本来の食事量を超えて食べているので、宿便が溜まっていると言われています。
 やっかいなのは、お腹に宿便が溜まってその分の体重が増えるというだけではなく、宿便が万病のもととなっていることです。甲田医師は、断食療法によって大量の宿便を排泄した患者が、ほとんど例外なく病状が劇的に好転するという状況を見てきたといいます。脳卒中、気管支ぜんそく、アトピー性皮膚炎、間接リウマチ、円形脱毛症、慢性じんましんなど一見宿便と関係なさそうな病気も、宿便と密接な関係があることがわかったといいます。

 甲田医師の臨床例だけでなく、宿便が様々な病気のもととなっていると指摘する医師は他にもいます。しかし現代医療の主流となっていません。その理由はうがった見方をすれば、宿便を取り除くというのは病気の根本治療となってしまうからかもしれません。
 日本の現代医療は、病気の根本原因を取り除く根本医療ではなく、痛みや発熱などの症状を取り除く対症療法が基本です。
 病気となった人に、(対症療法として)様々な薬や治療を継続して長期間続けてもらいたい医療従事者にとって、根本治療で病気が治ってしまったら困ったことになります。それゆえ宿便の重大性を内心では知りつつも、公には否定せざるを得ないという事情があるのかもしれません。

 ここで、またしても千さんのお爺ちゃんセッションに登場してもらいます。
 以前の記事で、千さんのお爺ちゃんセッションで、現代人の多くが宿便を溜めていること、私も4~5kgの宿便を溜めていると指摘されたことを書きました。
 宿便を何としても取り除きたいと思った私は、自宅から通える範囲内で腸内洗浄をしてくれる病院やクリニックをネットで探すことにしました。
 そこで大きな壁にぶち当たることになったのです。
 まず腸内洗浄はするけれども、女性のみというというところが大半です。なぜ女性がオーケーで、男性がダメなのか私には不明です。
 それと男性も診察はするけれども、下剤のような薬を渡すだけで医院内では腸内洗浄を行わないというのが数件ありました。お爺ちゃんセッションで薬を使った腸内洗浄について聞いたら、効果はあるけれども完全ではないという答えでした。それでやはり腸内洗浄ができる場所を探そうとしたのですが、なんとか男性でもオーケーというクリニックを1件見つけることができました。さっそく電話してみたところ、男性でも腸内洗浄するけれども、それができる看護師さんが体調を壊して休んでいるので今は無理と断られました。結局ネットで探した分は全滅でした。
 他に打つ手がなくなった私は、仕方なく新谷弘実医師が開発した腸内洗浄キットを買うことにしました。
 この腸内洗浄キットですが、使ってみて上手くいきません。
 洗浄液を大腸に入れるわけですが、半分も入らないうちに我慢できずに出してしまいます。
 それでも1回目は、宿便らしきものが出たのでお爺ちゃんセッションで聞いたら、宿便全体の10分の1ぐらいは出たとの答えです。
 2回目も、半分も入らないうちに我慢できずに出してしまいました。全然上手く行きません。お爺ちゃんによると、一般の人は座った姿勢で洗浄液を入れようとしても我慢できないだろうとのことです。身体を横たえ、さらに右肩を上にすると、入れやすいとの答えでした。私の家のトイレは、ユニットバスと一体となった小さなもので、身体を横たえるスペースがありません。それで現在は中断している状況です。

 このように私は腸内洗浄で悪戦苦闘したわけですが、今は考え方が少し変わりました。
 『甲田式健康道 決定版』によれば、宿便は胃腸の消化能力を超えた量を食べるから溜まるわけで、それを超えない量ならば宿便は自然と無くなるというのです。先ほどの対症療法と根本治療という言い方をすれば、溜まった宿便を腸内洗浄で洗い流すのは対症療法に過ぎません。一時期、腸の中が空になっても、過食をすればまた宿便が溜まってしまうからです。根本治療は、腸の中に宿便が溜まらない量の食事量に抑えるしかありません。これは実に単純な理屈ですが、実に難しいことだと思います。

 卑近な私の例ですが、仲間と飲んでいるときに南雲吉則(なぐもよしのり)医師の1日1食の長寿法が話題になったことがありました。
 友人の一人が、以下のように言って1日1食長寿法を否定しました。

 「1日に1食しか食べないという長寿法はダメですよ。食べるという人間の根本の楽しみを奪っているのだから無理がありますよ」

 これを聞いて、多くの人は納得するかもしれません。
 本来であれば1日3食で、3回楽しめるところを1回しか楽しめないという指摘です。人間が社会生活を営む上で、食べるという行為は重要な位置を占めています。私がゲリースクールで1週間の断食を行っているときに気付いたことですが、テレビのCMで食べ物の宣伝が実に多いことに驚かされました。食べるという行為は、単に日々の活動のエネルギー源を補給するという意味合いだけでなく、大きな楽しみであり、文化でもあるということだと思います。

 食べ物ではなく嗜好品の話ですが、

 「酒もタバコもやらず100まで生きる馬鹿」

 という戯れ詩があるそうです。男性の中には、この詩に共感する人が多いのではないかと思います。

 食べ物に関しても、美味しい物を我慢して長生きしてどうする、という考え方もあると思います。それはそれで一つの生き方なのだと思います。
 しかしながら、2013年11月19日の記事「正岡子規の壮絶な死」に書いたように、食べたい物を好きなだけ食べると、正岡子規のように塗炭の苦しみを抱え、悶絶するような苦痛の内に死ぬことになるとわかれば、「美味しい物を我慢して長生きしてどうする」という意見も少々変わってくるのではないでしょうか。
 そうしたことを言っていられるのは、まだ健康体で元気なうちだけだと思います。
 美食、過食が原因で重い病気になったとわかった人が、苦しい病状の中で「美味しい物を我慢して長生きしてどうする」と本当に心の底から言えるか疑問に思います(表面的な強がりでは言えると思いますが)。

 こうした食の問題で、私がやはり一番の問題視したいのは、私たちが当たり前だと思っている常識と言われるものが、本当に正しいのかということです。
 一般的に1日に必要な摂取カロリーは、年齢や身体活動レベルによって違いますが、男性であれば2100~3050キロカロリー、女性だと1700~2300キロカロリーと言われています。でもこの数値は本当に正しいのでしょうか。
 まずそもそも人間は1日に朝、昼、晩と3食を食べなければ健康を維持できないのでしょうか。
 江戸時代は、1日に2食だったと聞いたことがあります。
 またナチュラル・ハイジーンの松田麻美子さんの本で、ローマ時代は1日に1食だったと書いてあったと記憶しています。ローマ彫刻で筋骨隆々のローマ兵士の像が残されていますが、彼らは1日に1回の食事で、その体型を維持していたということになります。むしろそうした言い方は間違っていて、1日に1食だったからこそ、筋骨隆々の身体を維持できたという方が正しいかもしれません。
 1日に1食で劇的にスリムになり、若返った南雲吉則医師がそれを示しています。

 私はこのところ健康維持や若返りのために、どのような食生活が有効かということに取り組んできました。
 それは、食の質を改善することを意味してきました。しかしそうした食の質を改善することの延長線上に、健康維持や若返りのゴールがあるのではないと考えるようになってきました。
 食の質よりも、もっと大事なことがあって、それは食の量ではないかということです。
 「量より質」とはよく聞く言葉ですが、食に関する限り「質より量」の方が大事ではないかと思い始めています。
 もちろん質など、どうでもよいと言っているわけではありません。
 いくら少食にしたと言っても、インスタントやレトルト食品が主食で、外食はマクドナルドやケンタッキーなどのファストフード、間食は清涼飲料にスナック菓子やケーキを食べていたら健康になれるとはとても思えません。
 食事の質は大事ですが、かりに玄米菜食のマクロビオティックの実践者でも宿便が溜まるという事実から、質よりも量の方がより健康にとって大事ではないかと思えてきたのです。
 私は現在、ローフード(生の食材)を基本としたナチュラル・ハイジーンの食事法を一部取り入れています(あくまでも一部ですが)。それでもだいぶ健康になった感があります。単に老化が止まったとか、若返ったというだけでなく、社会生活を営む上での基本的な活力が増した気がします。
 以前は病気ではないんだけれども、なんとなく身体がだるいとか重いという感覚がありました。「だるおも」というやつです。
 でもそういった感覚を、最近はほとんど覚えなくなったのです。
 例えば以前はテニスをすると、その日は疲れて何もする気力もなく、ぐったりとして過ごしていました。でもナチュラル・ハイジーンの食事法を一部取り入れてからは、テニスをしてもぐったりしなくなりました。テニスをした日も、普通に動けるようになったのです。
 またテニスをする仲間は同年代ですが、ちょっと練習しただけで、「疲れた~」といって休みたがる仲間に物足りなくなってきました。
 内心、「このくらいで疲れてどーすんだよ。もっと打とうぜ~」みたいな感覚になったのです。

 たしかに健康と若返りという点では、かなり納得できる成果が上がってきたのですが、もっと大事なものがあると気づいてきました。
 そんな折、訪問者の方から、ある本を紹介してもらいました。
 『無病法 極少食の威力』(レイジ・コルナロ著、中倉玄喜訳、PHP研究所)です。
 私はこの本を読んで、こと食に関する限り、「質より量」の方がもっと本質的だと確信するに至りました。

 まずレイジ・コルナロという名を初めて聞いた方がほとんどだと思います。もちろん私も知りませんでした。
 本にレイジ・コルナロなる人物の紹介欄がありましたので、その部分を抜粋します。

 ・・・<『無病法 極少食の威力』からレイジ・コルナロの紹介開始>・・・

 レイジ・コルナロ
 Luigi Cornaro(1464~1566)

 ルネサンス期イタリアの貴族。ヴェネツィア共和国パドヴァ市の行政長官などをつとめる。
 暴飲暴食にあけくれた結果、30代でさまざまな成人病をわずらい、40代で生死の淵をさまよう。
 医師の忠告により節食生活を実践し、病を克服。当時としては異例の102歳の天寿をまっとうした。
 その体験を綴った著書は国内外で大きな反響をよび、後にフランシス・ベーコンやニーチェも言及しているほどである。

 ・・・<終了>・・・

 レイジ・コルナロの名は知らなくても、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロの名を知らない人はいないと思います。
 でも当時、レイジ・コルナロはレオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロよりずっと有名だったと聞けば、驚かれる人は多いと思います。
 レイジ・コルナロはヴェネツィア共和国に対する貢献や、邸宅その他の建造物の見事さで市民の耳目を集めていた上に、食に関する書物で注目され、全ヨーロッパでもっとも有名なイタリア人の一人となっていたといいます。

 コルナロは30~40代のとき美食の暴飲暴食にあけくれて病気となり、ついに死の一歩手前まで追い込まれます。
 その際に当時の医者がコルナロに対して言ったことが興味深いのです。医者はコルナロに、少食をさらに最小限まで減らした”極少食”にする以外に助かる見込みはないと宣言したのです。これは現代の医者の言うことと大きく違います。現代の医者であれば、精のつくものや栄養のあるものをたっぷり摂って養生するように言うはずです。私は中世ヨーロッパの医者の方が、現代の医者より、はるかにまっとうな見識を持っていたと思います。
 医者の勧めに従い”極少食”を実践したコルナロは、単に病気を克服しただけでなく、まるで生まれ変わったような身体を味わうことになります。
 そうした事例をいくつか紹介したいと思います。

 コルナロが70歳のとき、かなりの速さで走らせていた馬車が転倒し、コルナロは転倒した状態で馬が止まるまで引きずられ大怪我を負います。全身打撲で頭部にも衝撃を受け、とくに足と腕に深い傷を負います。コルナロの容態を診た医者は、4日と持たないだろうと考えたといいます。
 医者は、とにかく応急処置として瀉血(しゃけつ)によって炎症を防ごうとします。
 そのときコルナロは、こうした処置を断るのです。手足の固定と、ある種のオイルマッサージだけしてもらったといいます。これは”極少食”によって、血の汚れがなくなっているので、医者の応急処置は必要ないと考えたからです。
 そして全快してしまうのです。医者は奇跡をみるかのように非常に驚いたといいます。

 次は、79歳のときです。
 コルナロの1日の食事ですが、パンと卵の黄身、少しの肉とスープを12オンス(約350g)、また飲み物(ワイン)を14オンス(約400cc)を2回に分けて摂っていたといいます。
 これでは栄養失調になると心配した親戚や友人達が、強くコルナロにもっと食べるように忠告したそうです。
 こうした忠告がたび重なり、コルナロも遂に折れて彼らの勧めに従い、食事量を2オンス(約50g)、ワインも2オンス(50cc)増やします。
 するとたちまち不調がコルナロを襲ったのです。
 元気で快活だったので、不機嫌で憂鬱になります。
 さらに12日後に脇腹に激しい痛みがするようになり、22時間も続いたのです。さらに熱まで出て来て、それが35日間も続いたのです。
 熱は15日以降下がり始めたのですが、それで眠れなくなり死の淵をさまよう苦しみを味わったのです。
 ここにいたりコルナロは長年続けてきた元の食事量に戻します。すると厳しい寒気の時期だったにもかかわらず、元の食事量に戻しただけで快復してしまったのです。

 では、”極少食”によって生まれ変わったような身体を味わい、素晴らしい生活を謳歌しているコルナロの言葉を引用させていただきたいと思います。
 コルナロが83歳のときに書かれた文章です。


 ・・・<『無病法 極少食の威力』、p41~p47から抜粋開始>・・・

 個人的な数々の幸福

 では、私がこの老境で味わっている、そうした素晴らしい生活とはいったいどんなものか、このことについてお話ししよう。
 まず、私が非常に幸福であることは、多くの者たちが証言できる。かれらは、私がすこぶる達者で、しかもきわめて快活であることを目の当たりにしているからである。
 たとえば、なんの助けもなく馬に乗ることができるし、階段はいうまでもなく、山にもやすやすと登ることができる。気分はいつも陽気で、心が曇るようなことは一時もない。生への倦怠や生活の疲労など、私にはまったく無縁である。一日の内かなりの時間を見識ゆたかな人々との間の楽しい会話で過ごし、それ以外のときには、良書を友としている。そして読書を味わった後は、ペンをとっている。執筆こそ世の中にもっとも役に立つことだと思っているからである。
 以上のようなことを、私は高貴な都市パドヴァのもっとも美しい地区にある快適な邸宅において行なっているのである。ちなみに、私にはこの邸宅のほかに、自分が造った庭園をいくつか持っているが、そのひとつ一つには小川が流れていて、そこは私にとって好いレクリエーションの場となっている。

 食事については、昔の豪華な食事より今の質素な食事の方を心から好んでいる。このことは、前に述べた理由からして、とくに幸いなことである。また、眠りも快適である。どこであろうとすぐに熟睡でき、しかも見る夢はすべてどれもが楽しいものばかりだ。
 さらに、国家にたいする貢献も、私の大きな喜びのひとつとなっている。排水工事による土地の改良事業のことである。私が手がけてきたこの種の事業は多数に上るが、かえりみれば、当初はひとつの事業が完成するまで生きていられるかどうか不安が過(よぎ)ったものだ。
 しかし実際には、そうした沼地の改良事業のときの夏の暑さも少しも苦にならず、私は生きて、こうして数多くの事業の成功をみている。これも、どこにあろうと規則的な節食を厳格にまもったお陰である。

 以上が、いま私が楽しんでいる事柄の主なものである。こうした例からも、他の老人たちとくらべて、私がいかに幸福な日々を送っているかがお分かりだろう。いや、若者たちとくらべても、そう言えることだろう。なぜなら、私には若者特有の悩みや心の葛藤、その他心身をさいなむ情動などいっさいないからである。

 また、細(ささ)やかなことが大きな楽しみとなり得るという点からすれば、あえて次のことも挙げてよいのではないだろうか。すなわち、私はいまこの83歳という年で、市民のために健全でしかも面白い喜劇を書いているということである。

 さらにまだある。それは私が私の本邸へもどるたびに目にしている孫たちのことだ。それは1人や2人ではない。なんと11人もいて、最年長の孫は18歳にもなっている。全員同じ父母から生まれた者たちだ。私はかれらを見るたびに、生命の連鎖、いわゆる一種の「不死」というものを、そこに感じている。
 小さな孫たちとは無邪気にたわむれ、大きい方の孫たちとは音楽を楽しんでいる。かれらは、いろんな楽器を演奏することができる。また、声もよく、歌もうまい。しかし、声の良さでは、私はかれらに負けていない。それに、私の声は人生で今が一番大きく、非常に朗々としている。
 私がいま老人として享受している楽しみについては、これくらいにしておこう。

 私は、若いときより、いまのこの白髪のときがよい

 以上のようなわけで、私はいまの自分の生活習慣やこの頭の白髪を若者たちの状態と交換したいとは思わない。たとえ壮健な体質の者たちとでも、である。私は自分の若いときの生活をよく覚えているので、若者たちのことはよく分かる。
 かれらは向こう見ずで、なにごとにつけても体力を過信し、また、経験が浅いために過度の期待をいだきやすい。そのため、さまざまな危険に簡単に身をさらし、あるいは理性に反して官能の奴隷となりやすい。とくに飲食にいたっては放縦の限りをつくし、その挙句(あげく)には、これだけは避けたいと思いながらもほどなくして病を得ている。

 養生を心がけない者にとって晩年は禍(わざわい)である

 病気と死とは、養生を心がけない者たちにとっては最大の禍である。かれらにとって、病気は苦痛をともない、死は恐怖の的である。とくに死については、みずからの現世における罪深い生活とそれにたいする神の裁きとが心からはなれない。
 これにたいし、私にはそうした悩みや恐怖はいっさいない。なぜなら、まず、飲食における十分な節制によって病気にはならない体になっているからである。また、死については、不可避の出来事を怖れることの愚かさをよく分かっているだけでなく、むしろ他界に際しては神の恩寵をかたく信じているからである。

 ふたたび幸福な死の予感と健やかな晩年の素晴らしさについて

 私のばあい、すべての人と同様、生の終わりはまぬがれないにしても、他界の仕方という点では、一般の者たちとはかなり違っているように思われる。私は病死ではなく、自然死でこの世を去ることだろう。それは苦痛のない、安らかな死である。
 しかし、そうしたずっと先のことはともかく、私はおそらく、これからもかなりの年月、毎日を健康で快活に過ごし、この素晴らしい人生を存分に謳歌することだろう。この世界は文字どおり、じつに素晴らしい。もっとも、この素晴らしさは、節制ゆえに心身ともに健康な生活を送っている者だけにしか分からない経験かもしれない。

 いずれにせよ、そういうわけで、できるだけ多くの人が、健康と長寿を約束する私の習慣をとり入れることを願っている。

 健康・長寿は至上の宝

 健康、長寿はこの世のいかなる宝にもまさり、何物にもまして求められるべきものである。どんなに多くの富を得たとしても、病気で苦しむようでは、いったいどこに幸せがあろうか? まことに、食における慎みは神が嘉(よみ)したもう習慣であり自然の友でもあり、また理性の賜物(たまもの)でもある。言いかえれば、あらゆる美徳がこれを基礎としている。それは、われわれの人生観に積極性をあたえ、すべての営為に活力をもたらす源泉にほかならない。
 じつに、宇宙の法則が節食の習慣を支持している。深い霧が陽の光にあたって晴れるように、この習慣のまえでは、いかなる人生の苦しみも消えてしまう。
 まことに、飲食をしかるべく慎(つつし)む者は、鋭い五官、冴えた頭脳、丈夫な肉体、優れた記憶力、軽やかな挙動、これらすべてに惠まれ、また精神的には、地上的な重圧から解き放たれて、本来の自由さを存分にあじわう境地に入ることができる。すなわち、その生涯には、心と体の両面において、現世で得られる最大限の幸福がおとずれるのである。

 ・・・<抜粋終了>・・・

 コルナロはこうした幸せな晩年を過ごしていたある日、いつもの午後の昼寝をしていて、たまたま起きてこないという見事な自然死でこの世を去ったのです。病気とは無縁の102歳の静かな最後でした。

 PPKという言葉があります。
 ピンピン生きて、コロリと死ぬという意味だそうです。PPKを望まれる方は、コルナロの生き方は参考になると思います。

 ”極少食”は、私がこれから追求する大きなテーマとなりそうです。



     ”極少食”だぁ~

<転載終了>