ポニョさんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/378a1ec666cf89961d1b4a7ae3f36112
<転載開始>
http://bccks.jp/bcck/121362/info
Sai's Message for The Golden Ageは上記のリンクから、また「サイババが帰って来るよ。」四部シリーズは、紙本も含めて下記のポニョ書店からどうぞ。
http://bccks.jp/store/114521

ポニョ:先日の記事のオチはあんたの久々のプッツンで終わったな。

ヨシオ:俺は、昔からすぐに激してしまったり、熱くなってしまうんや。スポーツを見ていても大きな声を出したり、興奮したりするんや。でも、サイババさんを知ってから人にずいぶん変わったって言われるな。

ポニョ:おいらがあんたに初めて会った時に、もの静かな人やなって思ったで。人が喋りかけなかったらなんにもしゃべらんし、喋りかけても必要最低限の返事しかしないやろ。それに、すぐに返事しないでちょっと考えてから答えたりする。なんて用心深い人かなって思ったわ。人と人の会話って間が大事やろ。あんたと話してるとその間が途切れるんや。だから、面白ない人やなって思ったわ。

ヨシオ:もちろん、昔からそんなんだった訳では無いんや。ババの言っておられるとこを少しずつ実践して来たらこんな変なキャラになったんや。ババのせいやな。
ポニョ:神さんのせいにしてどうするんや。でも、おいらもあんたと初対面の時は、この人変わった人やなと思ったけど、慣れてきたらそっちの方がええなって思うようになって来たな。実際、どういう風にして熱くなる性格を変えて来たんや?以前の記事にもあったけど、あんた随分悪さをしてきたみたいやし、神さんにも啖呵を切るぐらい直ぐにぷっつん来るし、オーストラリアでも高校のバスケットのコーチをやってる時にプッツン来て、試合中にベンチを蹴り上げたり、でっかい選手を押し倒したりして生徒が震え上がってたっていう話を聞いたことがあるで。
まるで、桜ノ宮高校の先生みたいやって聞いたで。
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/91db6236e4e9cebc33802636fed46f05
ヨシオ:嘘やろ。その事件よりもっと前の話やんけ。俺が三十代まではそんな熱血漢やったな。まだ、サイババさんを知らなかった頃はそんな感じやったな。でも、心をコントロールするるのが大事だとサイババさんが言ってられるし自分なりにトライして来たんや。まず舌をコントロールしようと思って食べるものに気をつけたんや。だってババは食べものが、性格に影響するって言ってるやろ。
だから、家族会議をしてババの教え通りその日からベジタリアンになろうってみんなで決めたんや。母や嫁さんはどのようにしてタンパク質を摂ればええんや、とか当面ハンバーグだけでも食べようなんて言ってたけど、神様が人の身体を取って人類に教えを説いておられるから例外は許されないと思う、と言って最初は戸惑っていた母や嫁さんにも納得してもらったんや。それに嫁さんも元々、肉が好きじゃない人やったから。

ポニョ:誰でも、すぐに菜食主義者になるって難しいやろな。

ヨシオ:その点、うちの場合はある日、テレビでどのようにして肉が肉屋さんの店頭に並ぶか?というテレビを見たんや。牛が屠殺場でどのようにして殺されて解体されて肉になって行くかのドキュメンタリー番組やけれど、それを家族で見てとてもショックを受け、もう家族で菜食主義になろかって話をしていたとこやったから、割とスムースに移行出来た。母は時々街に出かけた時に、一人で大好きな天ぷらそばとかをこそっと食べてたみたいやけどな。

ポニョ:そら、おいら達より長く生きておられるから、いろんな嗜好があって当たり前やもんな。
そうか、まず食べ物から入って行ったんや。それって一番大事やもんな。

ヨシオ:そう。それが自分の霊性修行の基本や。これを妥協したり、スルーするとトランプのババ抜きゲームでババをいつも持ってるようなものになるんや。

ポニョ:それってええ事やないの。ババをいつも心の中に持ってるって。

ヨシオ:多分ポニョがこのようなレベルの低いオヤジギャグを言うと思ったので、この例はやめとこって思ったんや。でもちょっと遅かったな。それで、霊性修行をして行く上で毎日少しずつ自信というものが出来てくるんやけど、食べるものをコントロール出来なかったらこの自信はまず湧いて来ない。

ポニョ:だって、食べ物によってその人の想念に影響を与えるもんな。それは、しばらく菜食を続けていた人が途中でやっぱりやめた。と言ってまた肉を食べ始める人が多いけど、そんな人が、ああっなんやこれは!と急にいろんな押さえきれないような想念や熱情が心からほとばしり出て来るのに驚いて、またすぐに菜食主義になる人がいるよな。

ヨシオ:俺の周りにも何人かいるな。そう言えば星やんもそうやったな。
だから、霊性修行で一番の基本は菜食主義を貫き通すこと。日本ではとても難しいけどでもやってる人はたくさんいてる。

ポニョ:あんたが教えてくれたインドの菜食レトルトカレーは最高やね。安いし簡単に出来る。

ヨシオ:俺たちが買っているのは、一パック200円のカレーやねん。とても辛いので、一人分の時はその半分だけを使うんや。それにキャベツやらさつまいもを入れればちょうど良い辛さになる。確か日本でも売ってるよな。

ポニョ:ある読者の方がこれを食べて簡単に菜食になれました。と言っておられたな。
話は戻るけど、舌のコントロールやけど、話す方のコントロールは難しいやろ。

ヨシオ:俺たちのように、まだそんなに霊的高みの上の方にいない霊性修行者は、少し人里離れたところに定期的に行った方がええんや。その反面、霊的高みにいてる人がこの世に生まれ変わって来たら、人混みの中にいても自分の中にいる神さんをいつも思い感じながら世俗の中で生活して行けるけど、俺たちはまだそんなレベルじゃない。すぐにいろんな影響を受けるやろ。
だから、時々一日中自然の中でゆっくりして神さんや仏さんの事だけを思って、一日を過ごすのは悪くない。
俺は、子供の頃から、沈黙の日というのを自分で設定して誰とも何も話さない日を決めていたんや。もちろん学校に行けば授業中に答えなければいけないこともあるし、完全沈黙は無理やけどでも必要最小限しか話さない日を週一ぐらい実践していたな。

ポニョ:子供の頃って何才ぐらいからや。

ヨシオ:小学生の低学年の時やったな。とにかく、友達の近くにいれば話してしまうので、休み時間になるとスッと校舎の裏などに行って一人でいてたな。

ポニョ:変わった奴やと思われてたんやろな。

ヨシオ:その沈黙の行は今も続けているんや。ガンディーも有名になってからいろんな訪問者が来たけど、来てもその人と話すのを拒否し、どうしても伝えなければいけない時は紙に返事を書いて思いを伝えていたけど、本当の沈黙の行はそうしてもだめなんや。
でも、沈黙の行の日に俺のように子供がいたりして、生活して行く上でいろんな義務が発生する人は、少なくとも自分の社会や家族に対してする義務を、そういう修行の上に置いてしなければならない。でないと利己的な霊性修行者となってしまう。
大事なことは、自分が神の元へどれぐらい毎日のお祈りや瞑想などの霊性修行をして近づけるかっていうことと、毎日の日常生活で自分に課された家族や社会に対する義務を結びつける事が重要なんや。
そういう沈黙の行をしていて全く沈黙を守るより、ホームレスの人に暖かい声をかけて弁当を届け、一緒に横に座って話し相手になってあげる方が神さんは喜ばれるんや。

“人に奉仕をする事によって利己心は無くなって行きます。思いを良い行いをすることに向ければ、心は内心のおしゃべりから遠ざかるのです。”

ポニョ:人の困窮に目を背けて霊性修行をする寡黙な人より、神さんから頂いた口を人様の役に立てている人の方が神様に近いってことか。そう言えば、インドの聖者でヴィヴェカナンダという人が、私はインドに腹を空かした野良犬がいなくなるまで、その最後の一匹の野良犬の為にこの世に生まれ変わる。なんて言われたって話を聞いたことがあるけど。

ヨシオ:感動的な話やな。だから、そういう毎日のいろんな家族や社会に対する義務、人としての本分、正義の事をダルマと言うんやけど、沈黙の行というのは、そういう義務をする中で必要以上に喋り過ぎることなく、舌をコントロールする事なんやろな。でも、沈黙の行をしていても何か心の中で妄想をしたり、テレビを見ていたり、新聞を読んだりして心は常に忙しく動いたままの人がいる。沈黙の行というのは、そうではなく実は心を静かにさすための行なんで、ただ舌を動かさずに静かにすればいいってもんではないんや。だから、舌のコントロールて言ってたけど、実は心のコントロールなんや。

“内心で、ああでもない、こうでもないというおしゃべりは、朝から晩まで、心が疲れて眠りこけるまで続けられます。
それは、病気の原因となり早く老けさせます。
おしゃべりの話題は、主として他人の欠点や失敗、幸不幸です。
この絶え間ない会話があらゆる惨めさの根本にあります。
それは心を厚い暗闇で覆い、ますます速いスピードで厚くさせ、人としての純粋な価値を落としていくのです。”


ポニョ:でも、そういうことを分かって子供の時から沈黙の行をしてたんか。

ヨシオ:もちろん子供やからそんな事は全然知らんかったけど、俺の場合はあれだけ毎日一緒にいて遊んでくれて、大事にしてくれた親父が俺が三歳の時突然、輸血した途端に死んでしまったんや。

ポニョ:今,輸血は危険だという話は広まっているけれど、その当時はもちろんの事、今でもほとんど人はそういう危険性が輸血に潜んでいるって知らんもんな。

ヨシオ:だから、親父がいなくなってとても寂しくて、毎日大きな穴がポッカリと空いたみたいになって、自家中毒という精神的な病気になったんや。何を食べても戻すし、親父のところに行きたくて生きる気力が無くなり、どんどん痩せて行ったんや。毎日でっかい注射を射って栄養剤だけで体を維持してたな。
そういう状態の時に、心の中で親父の声が聞こえたんや。お母さんが心配しているからしっかりご飯を食べや。お母さんは一人になってしまったから、世潮がしっかりしてお母さんの言うことを聞いて、お母さんを助けて生きて行くんやでって。
俺が、まだ四つの頃やったな。その時に親父の声を聞いて、なんや親父がまだ自分の心の中に居てるやんか、みんなは親父が死んで天国に行ってしまったと言ってるけど、死んでないやんか、死ぬって身体だけなんや。と子供なりに理解して心の中の親父と話すためには、心の奥深く沈潜しなくてはいけなかったので、沈黙の行を子供の頃からやってたんや。

ポニョ:心に深く沈潜すれば、心の中の神さんに会えるって言うもんな。

ヨシオ:神さんに会えれば言葉が出なくても意思の疎通ができるんや。

ポニョ:見つめ合うと素直にお喋りが出来ないか.....。

ヨシオ:なんやねんそれ。また、桑田佳祐か。好きやね。ファンなんか?

“寡黙な人は他の人を幸福にします。
なぜなら、嘘をついたり、批判したり、噂話をしたり、無駄口をたたいたりしなくなるからです。際限なく話せば、人から尊敬を受けなくなります。
その上、記憶力も低下します。エネルギーも失います。
もし、ラジオのスイッチを入れて、長時間ボリュームを大きくしたままにしておくと、たくさんの電力が消費されてしまいませんか。
それと同じように長時間話し続けると、あなたのエネルギーも、、また消費してしまうのです。神の声が聞こえるのは、常に静寂の中である。ということを覚えておきなさい。”


“おしゃべりの人は、すぐに他の人の噂話を垂れ流します。話好きな事と舌がスキャンダルを垂れ流す事は、双子なのです。それらは、お互いに共に仕事をするのです。~他の人の悪口を言う事は、とても大きな罪なのです。11/87”



“きつい言葉を使って他者に苦痛を与えてはなりません。
実際、他者は他者ではなく、あなた自身に他なりません。
なぜなら、同一のアートマの原理が万物のうちに存在しているからです。
苦痛を与える者と、それによって苦しむ者とは同一の存在に他なりません。
ですから、決して他者を傷つけるような話し方をしてはなりません。
私が皆さんに、しばしばおしゃべりを控えなさいと言うのはそのためです。
しかし、皆さんは私の言葉を真剣に受け止めていません。
皆さんは、話し過ぎることが将来どれほどの災いをもたらすかを理解できません。”



<転載終了>