みそ汁の具さんのサイトより
http://ameblo.jp/adgjmptw-214c/entry-11334723775.html
<転載開始>
天皇を死後、神として祀る風習は日本には元来存在しません。天皇はあくまでも神を祭祀する立場であっても、祀られるものではありませんでした。ただ例外として神として祀る方法もあります。その方法は、先週の記事で述べた通りです。神仏習合をさせる事で、仏を本地とし、その垂迹神として、この世に権現させる事で、天皇を神として祀る事はしてきました。ただこの有史以来持ち続けてきた類まれない素晴らしい本地垂迹信仰が明治朝廷の手によって破壊されてしまいますと、それと同時に明治朝廷の都合によって恐れ多くも天皇を直接に神として祀ってしまうという信仰へと変わり果ててしまいました。そうつまり日本文化が、和風文化へと変化してしまったのです。明治以降はあくまでも『風』でしかないのです。明治朝廷のやらかした廃仏毀釈 ・神仏分離とは、いったいどのような野心をもった侵略的な構図が隠されているものなのかとを、ちゃんとした視点で探っていかなければ、日本民族はいつの日か、この『和風』でしかない成り済まし共の支配体制である明治朝廷の手によってむざむざと浄化されてしまう運命となってしまう事でしょう。

明治朝廷によって神とされてしまった天皇で一番有名なのが明治神宮で祀られてる明治天皇である事は言うまでもありません。明治天皇は、幕末以降から没するまで明治朝廷により好き散々利用されたので言わずもがなの存在ですが、他にどのような天皇が、神とされるようになったのかとを見て行きましょう。

露骨にも分かりやすく典型的な例として二人居ます。

一人は明治23年創建、奈良の橿原神宮の祭神、架空の初代天皇である九州島の神武天皇です。この天皇は、神武東征というフィクション小説物語である近畿制圧物語で有名な天皇ですが、こちらも明治以降に神となった天皇です。神武は明治以降となってから突如として脇の祭神として多くの神社で祀り始められたものでしかないはずなのだが、神社本殿の建築物自体がそこそこ古かったりするものなので、あたかも古くから祀られているものと勘違いをさせられてしまってます。が、あくまでも直接に天皇を祀るというこの和風信仰形態は、明治以降に始まった新興宗教形態でしかありません。また九州島には宮崎神宮という神武を祀った神社が古くからあるとされているが、何度も言うように神仏習合しないまま天皇が直接に神として祀られる信仰は、日本には、元来、存在しないものなので、これも神社建築物としてはそこそこ古くから存在するものとしても、その元来居た祭神は、神武ではなく違う神仏であった可能性が高いでしょう。が、真実は焚書されてる事でしょうから、いくら真実を追求しようとしても残念ながら無駄なあがきかもしれません。ただ少なくとも儒教国家の性質丸出しでもって廃仏毀釈をした、このとてつもなく醜くく汚れきった体制政府の喧伝する事に対しては、嘘・寝言の類として切り捨ててればよいであろうといった判断をする思考程度は日本人であるのならば良心として持つべき事であろうとだけは言っておく。それと神武の他にもう一人が、明治28年創建、京都平安神宮の祭神桓武天皇です。こちらも神武同様、明治以降に神とされ、やたらと特別視されている天皇です。その業績は、史実としてある蝦夷征伐ですが、つまり東北の征圧です。


明治時代となると突如として明治朝廷は、この二人を特別扱いし、唐突に祀り始めました。…ハイ!ここまで述べただけで明治朝廷のどす黒い悪意を読み取った人は、の日本人です!!

八幡権現の垂迹神として有史以来愛され続けてきた九州・朝鮮征伐の象徴である武門の英雄神応神天皇は、明治時代となると廃仏毀釈の犠牲により日本各地で石つぶてをぶつけられ、糞尿をかけられては破壊され燃やされてしまったが、新たに体制政府によって作られた英雄神は、架空の九州人の神武と、朝鮮半島に出自の由来があるとされる桓武です。この桓武の出自に関して今上天皇明仁が、今流行りの戦前回帰・共生同化政策を美化し遂行する為かどうかとは測りかねるがこう発言をしています。『私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに韓国とのゆかりを感じています』との発言を2001年12月18日、誕生日に際する記者会見にて発しています。ご覧の通り神話を史実として語ると言う、やってはいけないはずの過ちを冒した内容となってますね。この事から見ても分かる通り、明治以降、常に日本民族が立たされている危険な立場と言うものが判断出来るのではないかと思います。戦前のような言論の自由が無い時代であったならば間違いなくこの天皇の一言により日本民族はあらぬ方向へと導かれては朝鮮人との同化政策の為のカンフル剤として利用されていた事でしょうが、戦後日本人は戦前日本人とは違いますのでそう簡単には洗脳されません。それにしても日本民族を陥れるでしかない危険なこの言動は、今上天皇本人による叡慮であろうか、それとも強制的に言わされた言葉であろうか、詮索するのが嫌であろうと言うのであったとしても、今上天皇には西南地方の帰化人を代表する薩摩島津家の血が流れている事実、この事は日本人であるものならば心の片隅にでも置いとかなければならない事であろうとだけは言っておく。悪魔(西南人)が、悪行多い自分たちへ対する矛先をそらす為におこなった罪深いこの所業(皇室浄化)、この罪を許容し続ける限り、新たな悪魔(朝鮮人等)を呼び込んでしまう事となるであろう、そして更なる無慈悲な所業が日本人を襲うであろう。日本人は矛を収めてはいけない。同じ民族だと言っては最恵国待遇でもって朝鮮を持ち上げ甘やかしては、それとの同化政策を美化する一方、ずうずうしくも近畿征伐と東北征伐を永遠にしつこく飽きる事もなく美化して止むことのない姿勢を保有し続けるこの悪魔(西南人)により作られた、この近代以降の日本の体制のどす黒い悪意を打ち砕いた時こそ日本民族の未来に光明がさす事は絶対であるといえよう!!

《同盟兄弟ブログ》

極右翼勢力

同特連

<転載終了>