るいネットさんのサイトより
http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=316365

三井住友銀、農業参入を正式発表 秋田でコメ生産
http://www.nikkei.com/article/DGXLASGC15H0C_V10C16A6000000/?dg=1
(一部分です)

 三井住友銀行は15日、農業に参入すると正式発表した。秋田県の農業法人や秋田銀行、三井住友ファイナンス&リース、NECキャピタルソリューションとの共同出資会社を7月に設立。秋田県でコメ生産を始める。軌道に乗れば他県でも生産者や地銀と組み同様の取り組みを展開する。農地の集約などを通じて農業の大規模化や効率化を促し、農業市場の成長と融資機会の創出を狙う。


<転載開始>
*****以下、42/54 から引用
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古来、労働の基本は「自給自足」であった。自分で食べる分は自分で作る(稼ぐ)ということだ。その意味において、家族を活動の最小単位として何年も継続している老舗(いわゆる「手仕事系」に多い)は、労働の原型に比較的忠実なので、規模の拡大再生産と相性が悪いという点を除けば、ある意味ではとても堅牢な経営形式だ(逆に、自給自足という言葉から想起しやすい「農業」は様々な保護施策等の失敗から「中途半端な産業化」に終始しているように見受けられる)。

一方、賃金(雇用)労働は、1)分業形式が規模の拡大に寄与するための最適な形式であること、そして、2)なんらかの理由で「自給自足できない人の救済策」として有効であること、この二つを両輪にして増加してきた。この形式での労働人口が非常に多いため、私たちはこれ(=雇用)をごく普通の労働形式と錯覚しやすいが、これは従来型市場拡大主義と相性が良かっただけの話であって、本来の労働のプロトタイプ(前述の「自給自足」)からは相当かけ離れていることは自覚すべきだろう。

特に、高度成長期は企業内労働組合等の支援もあり、経営と雇用の力関係において後者が前者を圧倒していた。この行き着く先が「直接雇用・社会保険完備・期間無限定・解雇の制限」、すなわち現在の「正社員」の定義に重なることになった。「なんらかの理由で自給自足できない人」向けとはとても思えないゴージャスな制度にまで昇華したのが現在の「正規雇用」だ。その数があまりに多いのでそうは認識しにくいのだが、これは本来「特殊な人のための特殊な制度」だったのだ。
そもそも生物としての人間のカラダは自給自足するために出来ていると考えるほうが自然なはずだが、規模の拡大と効率重視の考え方がカラダの使い方を歪ませてしまった側面がある(一日中机に向かって作業していればよいといったように、専門性が高まるほどカラダには不自然な動きを強要するような気がする)。どのような働き方であれ、私たちにとってもっとも重要なのが「心身ともに健康であること」だとすれば、雇用という形式は不健康だ、という身も蓋もない短絡的な結論が導けることになる。

中高年の「非正規雇用」がとんでもない数(270万人)になっていることが問題になっているとNHKが 「働き盛りがなぜ?”中年フリーター”270万人の衝撃」で報じていた。なんとか正社員を増やすべきだ、限定正社員でもいいではないか、という議論が展開されていたが、実は非正規雇用か正規雇用かということは問題の核心ではない。「雇用という形式」自体が制度疲労を起こし始めているのだ。大量の正社員を抱えられる古き良き時代はもはや終焉を迎えつつあると考えるべきだろう。解決策は「雇用されない働き方、雇用されているようには見えない働き方、自分で決められる働き方」になるはずで、これは「自給自足」に近い形式に逆戻りすることを意味する。

言うまでもなく、原始的な自給自足に戻るのはいろいろな意味で困難だしその必要もない。しかしそれにもっとも近いのが「自分の会社を作ってしまう」ことではないだろうか。現代社会における自給自足とは、とりあえず自分をすべての株式を保有する社長にしてしまうことなのだ。ここで様々な資本(人、モノ、カネ、時間など)に関する裁量権を獲得することからすべてが始まる。

*****以上、引用終わり

<転載終了>