社会科学者の随想さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1062481044.html
<転載開始>
 【「第1の敗戦」(原爆のため)も「第2の敗戦」(原発のため)もなにもかも,絶対に認めたくない櫻井よしこの,自分1人による「高速増殖炉〈もんじゅ〉」に関する「独自の知恵」】

 【このまま原発を再稼働させていったら,21世紀日本のエネルギー事情はさらに混乱・妨害させられるだけである】


 ①「電力会社賠償,上限設けず 原発事故,現行制度維持」(『東京新聞』ウェブ版,2016年11月16日20時03分)

 原発事故の損害賠償制度を議論する国の原子力委員会の専門部会は〔11月〕16日,電力会社の賠償負担に上限を設けない現行の「無限責任」を維持する方向で一致した。電力会社は賠償が一定額を超えれば国も負担する「有限責任」への変更を求めたが,採用は見送られた。

 現行制度は電力会社に保険加入を義務づけ,最大1200億円の保険金を賠償の原資としているが,重大事故の発生に備えるため,増額を検討する見通しとなった。今後,制度設計を議論する。原子力損害賠償法では,巨大な自然災害などを除き,原子力事業者が過失の有無を問わず,無制限にすべての賠償責任を負う。(共同)
 註記)http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016111601001752.html

  「3・11」に起きた東電福島第1原発事故のその後を,よく観てみたい。もしも『電力会社の賠償負担に上限を設けない現行の「無限責任」を維持』していなかったら,どうなっていたか?

 それでなくとも東京電力という会社(つい最近まで地域独占企業・総括原価方式の恩恵のもとで殿様経営をできていたが)は,「3・11」を契機に完全にフランケンシュタイン的,かつドラキュラ的に破綻しつくしたゾンビ電力会社になっている。

オンブ画像 だが,東電は現在,最終的にはすべての責任を,国家(これも結局は国民・市民)と国民(これが国家を形成する)側の負担において,具体的にいえば,つまり「オンブに抱っこ」をしてもらいつつ,さらには「オシメのとり換えまでも」面倒をみてもらう経営状態にある。
 出所)画像はオンブのみ,http://ameblo.jp/strawberry-rico/entry-12174468535.html

 それでいながら『電力会社は賠償が一定額を超えれば国も負担する「有限責任」への変更を求めた』という議論もなされているというのだから,国民・市民の立場から観れば,電力問題:原発事故をめぐっては,トンデモナイ議論が国家的な次元で話合いがなされているに過ぎない。国民軽視あるいは完全無視といってもいいような,原発問題をめぐるこうした動向が現実に進行中である。

 ②「原発利用『過去分』に反発 福島事故賠償の国民負担案」(『東京新聞』ウェブ版,2016年11月16日 20時26分)
 
 この②の報道を読んだとき,わが目を疑ったが,このような途方もない関係官庁(東電福島第1原発事故に関していえば)の責任転嫁の発想は,とうてい許容しがたい。
    経済産業省は16日,有識者による「電力システム改革貫徹のための政策小委員会」の作業部会を開いた。

 東京電力福島第1原発事故の損害賠償費用を工面するため,原発による電気の利用者が事故に備えた保険料として積み立てるはずだった「過去分」と称し,最大50年さかのぼって国民から広く徴収する案を検討した。ただ原発を持たない新電力の反発が強く,議論は曲折もありそうだ。

 現在は,大手電力が一般負担金として電気料金から賠償費用の一部を回収。2015年度は総額1630億円で,原子力損害賠償・廃炉等支援機構が,東電が担う特別負担金や交付国債と合わせて費用を拠出する。(共同)
 註記)http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2016111601001809.html
 以前であれば,原発による電源の確保は,2030年までにはその全体の半分〔以上〕までも提供すると計画されていた。だが,いまでは,原発の稼働が1基もなされていなくても用が済む時代になっている。自然・再生可能エネルギーの開発・利用は,「3・11」後の電源事情の急激な変化によって,原発無用の時代がこれからいよいよ本格的に展開できるみとおしがつけている。

 ところが,経済産業省エネルギー資源庁など原子力村日本支所の諸組織・関係者たちは,その時代の必然的な趨勢にまっこうから逆らい,原発を,しかも40年の使用年数を超えても稼働させていくつもりである。だが,いずれにしても廃炉の時期は到来する。

老朽原発一覧表 実際に廃炉工程の作業が始まることになれば,もしかすると,原発の建設費をはるかに超える経費が発生する予測もなされているくらいであるゆえ,電力会社側はなにがなんでも,現在手もちのオンボロ原発であっても,トコトン稼働させ収益を上げておく意向なのである。原発の事故がまた起きたらどうする?
 出所)右側画像は,http://www.sting-wl.com/takahama-genpatsu.html (画面 クリックで 拡大・可)

 原発体制について日本の場合明確にいえる事実は,これから四半世紀先,日本の経済社会にとって大変に深刻なお荷物になる見通しがあることである。しかも,原発再稼働の基本姿勢に読みとれる重大な弊害は,現在盛んになりつつある自然・再生可能エネルギーの開発・利用に「水を差す」どころか,これを妨害・阻止している点にこそある。

 だから,このところにおける原子力規制委員会の判断は,結局「目先」の,いうなれば「ケチな損得勘定」しか念頭にない電力会社側の期待に沿っただけの判断を下したに過ぎない。この委員会の構成員を観れば分かるように,広義・狭義を問わず原子力村の中枢人物ばかりである。原子力村の日本支所内での,それこそ八百長的な再稼働に関する審査であるゆえ,どうやってみたところで,それ以上に「できるわけがない」のである。

 ③ 本日〔2016年11月17日〕における原発関連報道

 これらの記事は見出しと関連の図表のみ,挙げておく。

 1)① ② に関して『日本経済新聞』はこの日(11月17日朝刊で),つぎの見出しになる記事を掲載している。

 ※-1「解説無限責任維持 電力の連携加速へ 原発リスク見通せず」「電気料金高止まり抑制 経産省,東電域内で対策」(5面「経済」)。

  ※-2「関電,原発軸の戦略継続へ 美浜3号機の運転延長認可 費用増や訴訟リスクも」「(関連記事)老朽原発 運転延長定着か」(13面「企業総合」)。 ( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
    『日本経済新聞』2016年11月17日朝刊13面原発記事『日本経済新聞』2016年11月17日朝刊13面原発記事2表
 ※-3「原発事故 避難基準見直し 規制委方針 関連死防止狙う(38面「社会1」)

 2)『朝日新聞』は同じくこの日(11月17日)に,つぎの見出しになる記事を掲載している。

 ※-4「『原則40年』骨抜き進む 規制委,美浜原発3号機の延長認可」(3面「総合3」)
   『朝日新聞』2016年11月17日3面画像『朝日新聞』2016年11月17日11面画像
 ※-5「原発賠償,『無限』」維持へ 重大事故時 電力会社の責任」「関電,運転延長こだわる 将来の建て替え模索 美浜3号機」(11面「経済」

 ④「〈社説〉関電の原発 なし崩し延命に反対だ」(『朝日新聞』2016年11月17日朝刊)

 運転開始からまもなく40年となる福井県の関西電力美浜原発3号機について,原子力規制委員会はきのう,最長で20年の運転延長を認可した。認可は関電高浜原発1・2号機に続き3基目だ。東京電力福島第1原発事故を機に,原発の運転期間は原則40年とされ,延長は例外だったはずだ。原則がなし崩し的に形骸化することを強く危惧し,あらためて反対する。

 40年以上の運転は米国や欧州で例があるものの,とり換えられない原子炉容器の劣化などで,安全性が低下するのでは,との懸念は根強い。美浜3号機では2004年,11人が死傷する蒸気噴出事故が起きた。長年にわたる点検漏れが一因だった。原発が古くなれば,より慎重な保守管理が求められる。運転延長によって,関電が背負う責務はいっそう重い。

 関電は地震の揺れの想定(基準地震動)を引き上げ,2020年春までに耐震工事をほどこすという。ケーブルを燃えにくくするといった対策も講じる。運転延長に伴う費用は3基で3800億円を超す。新規制基準で義務化されたテロ対策施設の建設費も別にくわわる。事故前なら100万キロワット級の原発の建設費に匹敵する水準だ。

 関電はそれでも「経済性はある」とし,3年後に稼働40年を迎える大飯原発1,2号機も運転延長をめざす構えだ。保有する11基中,廃炉にしたのはもっとも古かった美浜1・2号機の2基だけだ。3号機存続の背景には,福島の事故前に後継機への建て替えを約束していた地元に対する配慮ものぞく。

 これでは福井県の若狭湾沿いに,古い原発が林立する状態が続く。電力会社の経営論理だけではなく,国全体の事故リスクを下げる観点から,廃炉を選択していくべきではないか。

 規制委の姿勢も疑問だ。高浜,美浜の3基とも,運転開始から40年の期限内に認可されないと廃炉になる可能性があった。規制委は他の原発より審査を優先させたうえ,重要機器の耐震性の最終確認は工事完了後に先送りした。時間切れを回避しようとした感は否めない。

 関電の原発内の使用済み核燃料貯蔵プールは満杯に近い。関電は中間貯蔵施設を福井県外につくるというが,具体化のめどは立っていない。課題を先送りしての運転延長は無責任だ。福島の事故を経験し,原発に対する日本社会の視線は変わった。古い原発に頼り続けて,未来が開けるとは思えない。運転延長は本当に必要か。関電には再考を強く求めたい。

 --たしかに「目先にぶら下げる収益(利潤)」の獲得が企業経営にとっては先決問題であるかもしれない。ところが,四半世紀先には恐ろしい事態が待ち受けている。既述にあった「廃炉の問題」である。この工程に入るや否や間違いなく発生してくる,“「原発の建設費」プラス「廃炉工程で発生していく諸経費」の総計金額は,果てしなく膨張していくみこみである。この未来に発生してくる諸費用を否定できる原子力工学者はいない。原発に頼って電気を生産してきた国策民営的な事業がすでに失敗・破綻している事実は,「3・11」を経ていま,なおさらのように明確になっている。

 電力会社側は「3・11」以降においてはとくに,以上のごとき「これから確実に起こる原発関連・収支計算の見通し」をしらないわけがない。いまから戦々恐々となっているからこそ,ともかく動かせる原発は全基動かしていき,将来に備えてできるかぎり利益を上げておき,この分から資本準備金(内部留保)のほうにも回しておきたい。

 結局,《悪魔の火》に人間どもが手を出したおかげで,せいぜい核兵器にしか向かない原子力を,わざわざ「電力生産に応用するという大きな技術的過誤」を犯しつづけてきたそのツケであるからには,いまなお大きな打撃を日本国に与えている状況にある。

 これほど愚かな人間の歴史はなかった。大なり小なり人間は「愚かな歴史」を数々記録してきている。だが,「原発の平和利用」(アトムス・フォー・ピース)などといった〈もとからの形容矛盾〉である原発利用の現状は,人類史においてもっとも愚かな現象となっている。交通事故でも人が死ぬのだ,などというなかれ。二面相画像それとこれとでは,問題の本質・根本において,まったく時空を異ならせる要因をもっている。
 出所)右側画像は,http://blog.livedoor.jp/go3go3/archives/51141126.html

 要するに「その原発と平和という〈形容矛盾〉」じたいがよくみえないまま,もちろん,その意味内容もよく理解できないままに,「原発(核爆発)と原爆(核発電)」という『原子力の悪魔的なヤーヌス(Janus)の二面相』をみそこなっている人びとが大勢いる。
                                     
 ⑤ 国家基本問題研究所の「もんじゅ廃炉に反対する」意見広告

 本日〔2016年11月17日〕の『朝日新聞』に出稿されたこの意見広告は,別途『読売新聞』にも出稿されているが,この広告のなかにかかれている文句(主張)は,原発問題を多少勉強したつもりである人びとにとっては,噴飯モノの意見・立場でしかない。お笑いぐさだとも片づけていい程度の理解度を,わざわざみずからさらけ出している。
 註記)つぎの画像資料(画面 クリックで 拡大・可)を,国家基本問題研究所のホームページからのぞく場合は,https://jinf.jp/wp-content/uploads/2016/11/16.11.16.pdf がある。
『朝日新聞』2016年11月16日12面櫻井原発もんじゅ広告

 1)田原総一朗『原子力戦争』1976年初版
 もんじゅが廃炉に至る道程は長くかかった。田原総一朗『原子力戦争』(筑摩書房,1976年初版,講談社文庫,1981年,ちくま文庫2011年)という本がある。少しだけ触れておきたいが,その前に田原の経歴からつぎの部分を紹介する。ウィキペディアを参照している。
◆ 原子力戦争 ◆

 田原総一朗は1976年に,原子力船むつ問題を扱った映画『原子力戦争』をATG製作で映画化・公開した。この映画は,原田芳雄扮するヤクザが原子力発電所をめぐる利権争いに巻きこまれるという原作を曲げたものであった。問題作とも評され,田原は発表時脅迫されたという。

 著書『原子力戦争』では,底辺の人びと(反対運動・賛成運動の人びと,原子力潜水艦の技術者など)に取材した。だが,実際にものごとを決めているのは,「社会の上部の政治家や官僚だ田原総一朗表紙」と気がつき,その後,政治家や官僚について取材していく「契機」となった。

 この『原子力戦争』の内容は,国会でも話題となり,大手広告会社の逆鱗にふれ,田原は東京12チャンネルを辞職したといわれる。

 なお,現在の田原の原子力発電に対する姿勢は,東日本大震災後においても「将来的には廃止が望ましい」としつつも,「あと20年は原発を維持すべきだ。」と主張するなど,原発容認派に転向している。自己のツイッターのなかでも「日本の原子力発電所の技術は世界有数」と,日本の原子力技術を賞賛する発言している。
 2)「もんじゅ」の失敗
 田原総一朗『原子力戦争』から1箇所のみ引用する。この本のなかに登場する人物に,こう語らせていた。「原子力というのは,本質的に完全管理社会,ファッシズムを求めているんだよな」(253頁)。この田原は,先月〔2016年10月03日 11:40〕に,『BLOGOS』にこういう寄稿をしていた。

★ そもそも「もんじゅ」のなにが問題なのか? ★

 「もんじゅ」の廃炉が決まりそうだ,と聞いてもいったいどんなものか,もはやピンと来ない人も多いのではないか。「もんじゅ」とは,福井県敦賀市にある研究用の高速増殖炉のことだ。この高速増殖炉は,ずっと「夢の原子炉」といわれてきた。燃やした「燃料」を再処理して原発の燃料として再使用することで,際限なく循環させることができるからだ。

 日本はエネルギー資源に乏しい国だ。だから,高速増殖炉は日本の原子力行政が始まった1950年代から,「国策」として位置づけられてきた。「もんじゅ」はその研究開発用の原型炉で,1994年には初臨界に達している。しかし,その後の経緯は,はっきりいって,お粗末としかいいようがない。

 1995年にナトリウム漏れ事故が発生する。しかもその事実を,当時,運営母体であった動燃(動力炉・核燃料開発事業団)が隠蔽していたのだ。それだけではない。事故の様子を撮影したビデオの一部を隠し,動燃の担当者が自殺するという悲劇も生んでいる。その後,もんじゅは運転を休止するが,2010年に試運転を開始。だが,今度は部品の一部が落下し,またも運転休止となった。2012年には原子力規制委員会が,規定にもとづく機器の点検漏れが9679個もあったと発表した。

 約1兆円もの国費を投じながら,こうして,もんじゅの失態は続いてきた。結局,運営の受け皿がみつからず,廃炉を含めた開発の見直しがおこなわれることになった。技術的なことはさておき,あまりにもひどすぎる結末といえよう。僕は2年前〔だから 2014年〕に,当時の文科大臣だった下村博文さんや担当の官僚に「もんじゅ」について取材している。当時,下村大臣は「もんじゅの稼働をめざす」と明言していた。しかし,その言葉に僕は正直,現実味が感じられなかったのだ。

 原子力規制委員会は,もんじゅの新たな運営母体である日本原子力研究開発機構が点検を怠ったのを重大な規定違反だとして,点検計画のやりなおしを命じていた。つまり,原子力規制委員会の安全確認をクリアしないと動かせない。そんな状態で1~2年での再稼働のみこみはないと思ったのだ。もうひとつ縦割りの弊害もあった。「もんじゅ」は文科省の管轄だ。一方,原発などは経済産業省の管轄だ。この縦割りの弊害も大きかったのではないかと僕は思っている。

 「もんじゅ」の廃炉は当然だと思う。だが,では日本にすでに溜まっている1万7千トンもの使用済み核燃料をいったいどうするのか。その処理問題を置き去りにして,原発の再稼働をするのはやはり無責任というものだろう。フランスとの技術提携で,新たな高速炉の開発もしているようだ。しかし,もっと真剣に向きあってほしい。お粗末すぎた「もんじゅ」の運営は,日本の原子力問題の象徴といっていいのだ。
 註記)http://blogos.com/article/192562/

 3)なぜか,極右・反動の識者が「もんじゅ」の成功を期待しているという「カリカチュア的様相」 
 前段において画像資料をもって紹介した,国家基本問題研究所の意見広告「『もんじゅ』の活用こそ日本の道です」に,賛同人として氏名を連ねている人びとは,極右(右翼)・保守・反動・国粋の鄭 大均画像政治思想の持ち主が大部分である。なかには,鄭 大均(父韓国人・母日本人)のように在日側の知識人も含まれている。
 出所)画像は鄭 大均,http://toriton.blog2.fc2.com/blog-entry-3119.html この鄭 大均は,非常に入りくんだ複雑な韓日間感情を密かに抱いている人物であり,発言のいちいちが〈すなおなものいい〉になりえていない。本ブログ内でもこの人物はなんどかとりあげられ,言及されている。

 要は,この意見広告で櫻井よしこが必死になって唱えている核心は,そもそも実現不可能であるとみなすほかない。ロシアは,高速増殖炉の実用化・商業化に成功しているが,その内容は気をつけて受けとる必要がある。昨年〔2015年〕12月の記事がある。

◆ ロシア,「BN-800型」高速増殖炉の商用発電を
開始・高速増殖炉の商用運転は世界初 ◆

   
 ロシアがスヴェルドロフスク州に建設を進めてきたBN-800型高速増殖炉を使用したベロヤルスク原子力発電所(Beloyarsk Nuclear Power Plant)が〔2015年12月〕10日,初の商用発電を開始したことがロシア国営のPravdaの報道で明らかとなった。

 現時点において,BN-800型高速増殖炉は最低出力となる235MWの出力での運転となっており,今後,徐々に出力を上げていくことにより,月内にも100%出力運転に移行することを予定している。

 BN-800型高速増殖炉はソビエト連邦時代となる1981年に実験炉として運転を開始した冷却材にナトリウムを使用したBN-600型高速増殖炉の既定出力を600MWから864MWに増加させた高速増殖炉としては初の商用炉となる。

 ナトリウムは外気に露出すると発火を起こすなど安定性に欠き,管理が難しいことが難点となり,日本が開発した高速増殖炉「もんじゅ」は,1994年に臨界を迎えながらも翌年に発生したナトリウム漏出火災事故の影響からいまだに運転再開が困難な状況が続いている。

 一方,ロシアはすでに,BN-600による35年の運用実績を積み重ねてきており,BN-600の運用で蓄積したノウハウを利用していくことで,BN-800の商用運転にも強い自信を示している。

 世界各国の商業原子力発電業界は,長年の商用原子炉の運転で生じた使用済み核燃料の再処理で生成された大量のプルトニウムを抱える状況となっている。先進国市場では安全性に対する懸念から新規の原子力発電所の建設が控えられる傾向が続くなか,ロシアは,使用済み核燃料の再処理で生成された大量のプルトニウムを燃料として,再び使用することができる核燃料サイクルを実現させた唯一の国として,今後も原子力発電を積極的に推進していくことを計画している。
 註記)http://business.newsln.jp/news/201512111255150000.html

 日本のもんじゅは,1950年代からの国策としての原発事業であったが,半世紀以上が経っても実用化にさえ至らないままである。「国家基本問題研究所:櫻井よしこ理事長」の意見広告は「もんじゅ」:高速増殖炉が,いかにも原発技術の世界標準であるかのようにも語りかけている。だが,これは完全に脱線の論理である。ロシアの高速増殖炉の場合,上記の記事はどう説明していたか?

 「BN-800型高速増殖炉はソビエト連邦時代となる1981年に実験炉として運転を開始した冷却材にナトリウムを使用したBN-600型高速増殖炉の既定出力を600MWから864MWに増加させた高速増殖炉としては初の商用炉となる」といっていたのだから,その「商業化できた」という出力に注目する必要がある。
 補注)日本の場合,「一般的な家庭でどれくらいの電力ニーズがあるのか」というと,「電気事業連合会の調べによると,1世帯あたりの1ヶ月〔分〕の電気消費量は283.6 / kWh」である 註記)。そうだとして,600MWから864MWの電力供給量でもって,一般的な家庭の何世帯分を供給できるか?
 註記)http://thaio.net/kiso/chsanchisho.html

 それは,メガワットの次元における話題であって,キロワットだとか,ましてや万キロワットの単位での話題にもなっていない。しかもロシアであっても,「1981年に実験炉として運転を開始した」という高速増殖炉の長い「前史部分」の話題もあったではないか。当然,その1981年以前から「手を着けてきた」のが,ロシアの高速増殖炉の技術開発過程であった。半世紀以上の時間をかけてやっとこれだけの成果であり,ささやかな「商用」化である。
 
 4)批 判
 意見広告における「櫻井よしこの語り口」は,詭弁に満ちている。その文句ひとつひとつが,相当にあやうい仮想の理屈に支えられているゆえ,当然のことに,遠くの「屁理屈」空間にまで飛翔していた。

 とくにおかしいのは「世界はいま,高速増殖炉を最終目的にした高速炉発電の時代に入っている」といってのけている点である。そうか? そのような「高速炉発電の時代」はまだ到来していないどころか,もちろん実現すらできていない。希望的観測のそのまた以前の期待話であった。

 それでも彼女は,自分の妄想そのものでしかない,すなわち「独自に非現実的な」,しかも「超絶・無我の境地になる〈奇想天外の主張〉」を,必死になっておこなっている最中であるし,これまでもおこなってきた。

 より的確にいいたいのであれば,これはむろん「電源確保の問題」についてなのであるが,前段における櫻井の字句をいじっては,こういいかえておくのがよいし,無難な理解である。--「世界はいま,自然・再生可能エネルギーの開発・利用を最終目的にしたソフト・エネルギー発電の時代に入っている」と。これからもしばらくは,火力発電にも頼らざるをえない期間が続いていくほかないにせよ,そう断言してもけっして間違いではない。

 原発に主に電力・電源を求める方法にこだわるのは,まさしく〈愚の骨頂〉である。冗談にもならないエネルギー観を,櫻井よしこに説かれてとまどっているのは,本ブログ筆者1人だけではあるまい。最後にこういう関連記事の見出しだけを紹介しておく。
    「第3世代は水素も生かす,3段階で発電するトリプルコンバインド  (1 / 2) -水素を使って発電できる燃料電池が火力発電と合体する。10年後の2025年に実用化をめざす第3世代の火力発電は,ガスタービン・蒸気タービン・燃料電池の3種類を組み合わせたトリプルコンバインドサイクルが特徴だ。CO2 の排出量は現在の第1世代と比べて2~3割も減少する」。
 註記)『スマートジャパン』2015年08月13日 15時00分 更新,図解をみたい人は,この引用元のリンク先をのぞいてほしい。⇒ http://www.itmedia.co.jp/smartjapan/articles/1508/13/news028.html
 それでもなお「もんじゅ,もんじゅ,……」と念仏のように唱えていたい理由や事情について判断すると,その残りかすとしては「軍備(核兵器装備)」のためを意識した「高速増殖炉〈計画!〉の継続」という点にしか残らない。これがきっと「櫻井よしこの政治的にいいたいはずの結論」でもある。

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 【参考文献】 大前研一『原発再稼働「最後の条件」: 「福島第一」事故検証プロジェクト 最終報告書』小学館,2012年7月。

 櫻井よしこは,原発問題をイロハから少しは学んでから発言をしているのか。これがかなり疑われる程度でしか「モノをいえない」でいる。政治イデオロギーの価値観が先行し過ぎていて,原発:もんじゅ問題に関して,「動かせ」(実用化・商業化へ向けて!)という点以外,なにをいいたいのかが分かりにくい。


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