社会科学者の随想さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1063657029.html
<転載開始>
 【なにを語りたいのか分からぬ本,その暗号が全然みあたらない本】

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 〔断わり〕  本記述は,2011年9月1日における旧ブログの再掲である。本日〔2017年1月10日〕の再出に当たっては適宜,補正している箇所・段落もある。

 昨日〔2017年1月9日〕に,関連する論点をめぐって記述をおこなっていたところ,この2011年9月1日の記述も思いだしたしだいであり,ここに復活させることになった。

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 ① 天皇・天皇制をどのように語るのか

 今日〔ここでは2011年9月1日のことになる〕読みおえた本なのだが,この大野 芳著『天皇の暗号-明治140年の玉手箱-』(学研パブリッシング,2011年6月)を閉じたあと,そういえば,大野 芳が以前公表した『伊藤博文暗殺事件-闇に葬られた真犯人-』(新潮社,2003年8月)を読んでいたことを思いだした。
大野2著表紙
註記)左は学研パブリッシング,2011年,右は新潮社,2003年。

 それはともかく,この大野『天皇の暗号-明治140年の玉手箱-』が,いったいなにをいいたいのかよく理解できないままに読了した。なぜか? 考えてみた。そのまえに本書の紹介をしておく。

 「詳細」はこうである。「孝明天皇の謎の死は,近代とともに南北朝の対立をも呼び寄せた。南朝の末裔を主張する熊沢天皇の登場,明治天皇すり替え説の根幹をなす大室家の存在,大逆事件の深層,そして座礁した幻のクーデター・・・維新成立にひそむ密約と暗号を追う異色ノンフィクション」。

  天脈拝診日記抄  熊沢天皇の登場  天皇機関説の怪  大逆事件の毒矢
  後醍醐帝の呪縛  勅旨乱発に窮す  孝明天皇の崩御  慶応三年の疑惑
  玉は死守すべし  烏羽伏見の戦い  東京遷都と隆盛  岩倉具視の死


 著者を紹介する。大野 芳[オオノ・カオル]は1941年愛知県生まれ,明治大学法学部卒,週刊誌記者を経てノンフィクション作家。本ブログの筆者はそれにしても,本書を一読してあと,妙な感じにとらわれた。「天皇の暗号」と題したこの本がその〈暗号〉をどこにしこんでいるのか,さっぱり検討がつかなかったためである。

  江戸幕末から明治維新への足がかりを準備した孝明天皇
  安 重根がこの天皇暗殺事件に触れた点   南北朝問題
  明治天皇すり替え説   瀧川政次郎の南北朝「観」
  ガイドウ・フルベッキというアメリカ人宣教師
  天皇=玉   伊藤博文と明治天皇の仲,明治天皇と西郷隆盛の関係

など,明治維新以降の日本に起きていた数多くの歴史問題を真正面からとりあげ,その謎・疑問を解くために「天皇の暗号」という書名が用意されたらしいのである。

 ② 意図が絞りきれていない
大野芳画像
 ところが,暗号という文字を出していながらも,この暗号という語彙が,どこにどのように埋めこまれているか皆目理解できない内容であった。これは,読み手である本ブログの筆者の読みが多分浅いとか,題材に対する基本的な理解がそもそも欠けているとかいう理由でもって示した点ではない。
 出所)画像は大野 芳,http://www.ksatou.com/oono-hp/onokaoruprofu.html

 疑問を投じるのはよいが,あれこれ言及してきた問題に関する検討としては,どうしてももの足りない,いいかえれば,満足感がえられず,食い足りない。論及されている中身に新味がないわけではないものの,結論にまで論旨を充足的に運ぶための実体がない。もっとも,本書の著者は「暗号にその論旨を任せている」つもりなのか,暗号解きそのものについてはおこなっていない。

 多くを語ってはいるものの,これに対する解答は肩すかしに終わっている。いままで天皇・天皇制の問題を論じてきた大量の探索,あれこれの議論に対して,なにかを確実に付けくわえられるものはあるのか? これが決定的といってよい疑問としての不満である。
明治天皇画像 
 大野は,明治天皇の肖像「写真」(左側にかかげたもの)をかかげた箇所〔頁〕で,こう要求している。明治天皇:睦仁の「すり替え説」は「大室寅之祐が,いつ,どのようにして禁裏の睦仁と入れ替わるかを,立証しなければならない」(255頁)。この論題は,歴史学の研究者が嫌がるものである。したがって,睦仁が大室寅之祐であったか否かどうかについては,いまなお本格的な解明が待たれている研究課題である。というよりはしばしば,のっけから回避され,無視するほかない問題対象でもある。ただし,大野もこの問題点からは回避(逃避?)している。

 ③ 旧帝大系の歴史学者には真相をみやぶる仕事を期待しないほうがよい

 つまり,② の最後部に触れたような論題は,旧帝大系に籍をおく研究者がほとんど眼を向けないか,あるいはその重大問題の実在をしりながらも放置されてきたものである。ドナルド・キーンも「伊藤博文と〔大室〕寅之祐の関係」(254頁)に触れざるをえなかったドナルド・キーン画像けれども,とくにキーンなりに新局面を開けたといえるような研究成果を披露できていない。
 出所)画像は,http://www.donaldkeenecenter.jp/message.html
 補注)ドナルド・キーンには大著『明治天皇 上・下』新潮社,2001年があるが,日本「国」内にとりこまれたこの歴史学者に(アメリカ国籍であったが,2012年3月日本国籍取得),帝大系歴史学者の立場を超えるなにかを期待するほうがムリである。本ブログ筆者の推察であるが,おそらくキーンは,明治天皇の時代から「日本の天皇・天皇制」にしこまれた秘密を,なにもしらないわけがない。

 「伊藤博文→天皇すり替え説」や「西郷隆盛と明治天皇の親密な関係」の問題は,いまだに歴史学的な論点として十分に認められていない。いずれにせよ,明治以降の「皇室の家憲は,政府が決めるという異例の法律」(370頁)で決められていた。敗戦後の日本国憲法における天皇・天皇制の位置づけも,占領軍が決める,という異例=異様な関係をもって出立させられていた。
フルベッキ集合写真1
出所)http://教えて.jp/1245.html(画面 クリックで 拡大・可)

 上にかかげた写真は,有名な「フルベッキと幕末志士」を写したものの一部である(昨日:2017年1月9日の記述にも出したもの)。この写真の存在をまさか,キーンがしらないとは考えられない。

 後列左右5人の真ん中の人物が「西郷隆盛」である。この前に座っているのがフルベッキである。フルベッキの横には子どもが立っていて,そのまた前には〔この写真全体の左右で観た中心点に〕大刀を左肩に立てかけて座っている人物がいる。これが大室寅之祐であり,明治天皇にすり替わっていたと推理されている,すなわち,孝明天皇の本当の子〈睦仁〉ではなかったが,この睦仁になりかわって明治天皇になっていたと目されている者である。
岩倉具視画像2
 その場合となればもちろん,元の睦仁は抹殺されていることになるし,その下手人には伊藤博文や岩倉具視がかかわっていたことも推理されている。とくに岩倉具視の人相・顔つきにあっては,明治維新史(陰謀史)にかかわる策術の駆使が,そのしわの溝々のなかにまで深く記録されている。つまり,岩倉の悪相・凶相ぶりが正直に表面化している。

 この大野の天皇・天皇制「論」のなかには「真偽のほどはともかく」(245頁)といった,まるで開きなおったような表現方法が登場する。これでは,せっかくの議論が御破算になってしまうのではないか。こういう論法を駆使することなればなるほど,帝大系の歴史学者たちには「明治天皇すり替え説」に対して距離を置かせる事由を与える始末になっていた。

 さきほど大野 芳の画像を借りたホームページにおいては,こう紹介されていた。大野は1941年愛知県生まれ,明治大学法学部卒。雑誌記者を経て,ノンフィクションを中心に執筆活動に専念してきた。1982年『北針-大正のジョン万次郎たち』で第1回潮賞ノンフィクション部門特別賞受賞。膨大な資料をもとに,近代史を独特の視点から描く手法が高く評価されている。そこまで高く評価されているはずのこの大野にとっても,「明治天皇すり替え説」は,手に余るような “ノンフィクションの素材だった” ということか。

<転載終了>