社会科学者の随想さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1064299347.html
<転載開始>
 【在日特権があるとしたら,これを本当に享受できているのは,日本社会のなかでは一部でしかない「白人系の外国人たち」】

 【「日本スゴイですね」系のテレビ番組が流行る事実と安倍晋三政権】


 ① まえおき

ピーター・フランクルウェブ画像 本日のこの記述は,2016年09月29日,主題「ピーター・フランクルというユダヤ民族の1人が日本に安住できる事情に対照させて浮かび上がる『在特会による在日差別の悪質さ』」,の続編に当たるといっていい。副題はつぎの3点をかかげていた。

 副題1「ボケッ!!! 在日特権など,どこにある?」
 副題2「幻想と幻覚と妄想のみ,在特会による在日差別という〈砂上の楼閣〉的な社会・人間観の迷走ぶり」
 副題3「ピーター・フランクルは在日特権とは無縁の人物であるが,特権というものになにか近いような生活環境を,日本社会のなかで獲得できているのか?」
 出所・註記)右側画像は,ピーター・フランクルのウェブサイト表紙から。

 ピーター・フランクルは,日本社会におけるヘイト・スピーチ(最近はヘイトの一言で表現もされる)の問題に向かい,日本に暮らす1人の外国人として,どのように接してきたのか。ぜひとも訊いてみたいところである。だが,筆者のしる範囲内ではまだ,なにも参考になるような意見には接しえないでいる。ピーターという名前そのものについてフランクルは,こう説明している。
   「父は僕にアーロンと名付けたがったのだが,この名前は,ユダヤ人しか使わないので,母が猛烈に反対した。それで差別されないよう,キリスト教圏であれば,どこにでもある『ピーター』と名付けられた」。
 註記)http://www.peterfrankl.com/profile/index.html
 在日社会においては韓国・朝鮮人たちが本名(韓国名)を使用できていない「歴史の伝統」は,21世紀のいまも根強く残っている。この事実に,前段のようなピーター・フランクルの出身国であるハンガリーにおける社会事情を重ね合わせて考えてみると,「在日特権」などといった超一級の架空観念でもって,在日外国人に対する露骨な差別・偏見の行為を,堂々と展開してきた『在特会の犯罪ピーター・フランクルの両親画像性』,いいかえれば,社会病理集団的な悪性は文句なしに認定されてよい,それも日本社会がみずからの内部にかかえつづけている深刻な「政治社会面における根本の体質」である。
 出所)画像はピーター・フランクルの両親,http://www.peterfrankl.com/message/index.html

 さすがに最近では,在特会の犯罪的集団行為性が裁判で裁かれるようになっていて,極右の現政権下であっても,これをとりしまるための基本姿勢が不可避である点を認めないわけにはいかなくなっている。たとえば『朝日新聞』2017年2月7日朝刊は,見出し「法務省がヘイト具体例 自治体へ提示『対策の一助に』」という記事の冒頭で,こう報じていた。
    外国人に対する差別的な言動の解消をはかる「ヘイトスピーチ対策法」が昨〔2016〕年6月に施行されたことを受けて,法務省はどのような言動が「ヘイトスピーチ」に当たるかの具体例をまとめ,要望のあった23都道府県の約70自治体に伝えた。同省は「地域の実情に応じた対策を進める際の一助に」としている。
 この内容の詳細はさておき,ピーター・フランクルという人物のように,自身がユダヤ民族であったがゆえに,祖国ハンガリーにおいては差別と偏見を嫌というほど体験してきた,それも両親がナチス・ドイツの迫害から〈九死に一生〉ではなく,「百や千が一」の生存確率のなかから生還してきた「肉親の事情」があったとなれば,21世紀のいまにおいて,フランクルにとっては安住の地になっているこの日本国内で発生していたヘイト問題に対して,なにも感じないことがないはずがない。

 以上,前提になる話題を断わってから,つぎのピーター・フランクルに関する他者の記述を紹介する。

 ② 宗教(学)に関して素人の立場からする議論

 引用する文章と引用元のブログの題名は,「ピーター・フランクルさんの宗教観【日本が一番】」(『あなたとお花と猫とエコと健康-日々思ったこと,見たことなどを書いています。-』2014-08-20 15:46:31)であるが,あくまでごく日常的な視点からピーター・フランクルを眺めて率直に感想を書いている。それだけにまた別の問題も出てこざるをえないし,事実認識においては見過ごしの多い文章である。こういっている(なお文章は,改行の仕方,句読点の振り方などで補正した)。

 --東京新聞〔2014年8月20日〕夕刊一面下に「この道」と題した毎日の連載が載っている。色々な著名人が,自分の半生なり一生,ここまで来た道のり。一種の自分史を連載として載せる東京新聞の長年続いているコーナーです。ここに色々な方が,どういう風にして生まれ,どう育ち,どう考え,今の自分があるという事を写真入りで書いていくいい連載です。今までにも色んな人が書いてきました。
 補注)つぎの画像資料は,ここで指示されているピーター・フランクルの寄稿で,これは中日新聞のほうに掲載された紙面の複写画像である。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
ピーター・フランクル中日新聞2014年8月20日
 大体読んできましたが,あまり興味のない人はパスしています。この間は,落合恵子さんも書いていましたし,数えきれない程の人が書いてきてます。で,今書いているのが「数学者・大道芸人」という肩書きのピーター・フランクルさんなのです。ハンガリー生まれのユダヤ人,ウィキペディアによると,ハンガリー生まれのユダヤ系フランス人だそうです
 補注)『ピーター・フランクル(Peter Frankl Official Web Site)』のプロフィール欄には,「1975年 パリ第7大学に国費留学」し,「パリに国費留学して初めて西側諸国を目にしたが,自由が一番印象的だった。特に,旅行の自由である。・・・・こうした自由にへの憧れが,後の亡命の一番の動機だった。」と書かれている。

 フランクルが出生したのは「1953年 ハンガリーのカボシュパールでユダヤ人の医師夫妻の息子として生まれる」。だとしたら,より正確に指称するときは,ユダヤ系の元ハンガリー人で,その後フランス国籍を取得したと説明するのが,事実に即した記述となるはずである。フランクルは自分の経歴に関連させては,こういう点にも触れていた。

 ★-1 1997年 NHKBS 放送「世界わが心の旅」出演。    ちょうど70歳になった母を訪ね,なぜ親子2人が別の国に住んでいるのかを究明する。後,1999年NHK総合で再放送。
 註記)http://www.peterfrankl.com/profile/index.html 両親の画像は前掲してあった。

 ★-2 ヒトラーが首相になった年に小学校に入った母は,ユダヤ人として日々苛められたそうだ。高1のとき,家族とともにアウシュヴィッツに搬送され,彼女だけが生還した。働きながら復学し,医学の道へ進んだ母は,自分の経験を晩年まで語ってくれなかった。18歳年上の父が強制収容所で九死に一生を得たのは,医者として必要とされ,陽気で周囲と良い人間関係を築いたからだそうだ。
 補注)前述したが,この「九死に一生を得た」という表現は,字面的にこだわっていえば正確ではない。「百や千が一の生還だった」と表現してもおかしくないからである。こういう体験をしている両親から生まれたピーター・フランクルが,いまは日本に骨を埋めるつもりで生きている。ただ・だが,フランクルは,いままでの日本社会における「戦時中からまだ連綿と継続されている在日差別の問題」からはだいぶ離れた場所で,幸せに日常を過ごせている様子であるかのように映る。

 戦争の教訓として,真の財産は頭と心にあると親は信じていた。だから日本の言葉と文化をよく学び,地元の人びとと温かい人間関係を築きなさいといわれた。大勢の日本人に優しくされて,またユダヤ人として差別を受けたこともない。アメリカやフランスではなく日本を選んだのは正解だった。フランス国籍を所有しながら,フランスにいったのはなんと5年振りである! 5年も十分長い期間であるが,Grenobleを訪れたのはちょうど40年振りであった!  まず今回は1976年の春の旅について述べよう。(後略)
 註記)http://www.peterfrankl.com/message/index.html
 補注)在日の3・4世(ここではとくに特別永住という在留資格をもつ者たちとしておく)が母国にいくときは,これが初めての海外体験になる。それでいて,再び日本に帰国してくると日本の法律(「出入国管理及び難民認定法)では「再入国」あつかいになるのだから,笑止千万である。彼らが初めて外国にいって日本に帰ってきたときは〔初〕入国であって再入国ではない。このような虚構を在日たちに強いているのが日本政府の基本姿勢である。

 ここで,さきほど参照した『あなたとお花と猫とエコと健康』(2014-08-20 の記述)というブログに戻る。こういうふうに述べていた。

 第2次世界大戦によって,その家族はナチスドイツの被害者になっています。そして,その後ずっとユダヤ人差別もあったそうです。呑気な日本人の私には想像のつかない世界です。そのピーター・フランクルさんが,昨日の夕刊第55回ですが,宗教について書いていたので,ここに転載します。私は日本人の「いい加減な宗教観」にやや呆れる部分があるのですが,宗教で苦労してきたピーター・フランクルさんにとって,その日本人の「緩い宗教観」は一番いいんだそうです。
 補注)このブロガーであるが,「いくら呑気が日本人の私」であっても,21世紀から日本社会を騒がせてきた在特会のヘイト活動,それも在日韓国・朝鮮人を標的にした “チンピラ・やくざ並み” の絡みっぷりを,まったく認知できていないわけではあるまい。ただここでは,このように「お花畑を観ている」かのように,世の中のことが語られている。そうした筆致が基調になっているところが,非常に印象的である。

 フランクルは「大統領の演説が必らず『神がアメリカに恵みを与えますように』で終わる国は,無神論者の僕にとって宗教色が強すぎた」と断わっていた。以下にこちらでは,『東京新聞』2014年8月20日夕刊一面のコラム「この道」にフランクルが寄せた文章を,活字で書き出しておく。
    日本のことを思い出した。ガイドブックには日本人の宗教について,神道9割に仏教8割と書いてあった。それを読んで数字が間違っていると確信した。しかし今は日本人の宗教が世界一だと思っている。宗教によって行動,考え方,食事などは束縛されず,自分の都合で宗教をうまく使日本の宗教信者比率う。
 出所)左側画像は日本における宗教系統別信者数,文化庁編『宗教年鑑』平成19〔2010〕年版より。

 信仰がとても篤い人たちもいるけれど,初詣や合格祈願など,必要と感じた時しか神社やお寺に行かない,葬式の際しか僧侶に会わないという人が過半数を占める。キリスト教を信仰しなくてもチャペルで結婚式を挙げ,キリスト教系の教育機関に通う。そしてめったに「あなたの宗教は?」と聞かない。日本こそは政教分離と信仰の自由が名実共に守られている。

 そして当時の日本は一億総中流で,お金持ちではなくても大丈夫だと感じた。皆に認められるために,まじめで努力家で和を大切にして,他人に迷惑をかけなければよいと思った。それなら僕にもできると,定職が今もない日本を選んだ。
 補注)ここでは日本社会の現状に対しては,つぎのような点を確認しておく必要がある。

 a) 現在の日本社会内においては「格差社会」という問題側面が強く露呈されている。橘木昌弘『希望格差社会』(筑摩書房,2004年)や山田昌弘『格差社会-何が問題なのか-』 (岩波新書,2006年)などの著作をひもとけば即座に理解できる。

 b) 「『あなたの宗教は?』と聞かない。日本こそは政教分離と信仰の自由が名実共に守られている」とフランクルがいったのは,完全に間違いである。首相や閣僚が靖国神社に参拝にいったり,野党の代表までが公人として伊勢神宮に参拝にいく宗教的な行為が,政教分離の原則に抵触していないという保証はない。「信教(信仰)の自由が名実共に守られている」という理解も,日本における宗教問題の本質とは無縁の認識におけるものである。 
 〔『あなたとお花と猫とエコと健康』の引用に戻る→〕  “ガイドブックには日本人の宗教について,神道9割に仏教8割と書いてあった。それを読んで数字が間違っていると確信した” 。ここは,何回読んでも笑ってしまいます(笑)。 ピーター・フランクルさんは,非常に優秀な数学者で頭の良い人のようです。そして,数ヶ国語をあやつり,いろいろ々な国に住み,どこの国に住むかを,日本に決めているということなのでしょう

 私が思う「宗教が根づいていないから,日本人はいい加減なんだ」とか,つまり大事なのは「世間体」だけで,世間体がゆるければ,許せば,心の良心はないのか,いったい(?)など思ったり。(お天道様がみている,とかいうのはありますが)

 クリスチャンでもないのに,クリスマスにはケーキを食べたり,パーティやったり,プレゼントをあげたり,まったく・・・とか,仏教は葬式仏教で,金ばかり坊主はとって,宗教家らしいことはしないじゃないの(?)とか。

 初詣は神社で,お寺の墓に入って,教会で結婚式をあげて,そうピーター・フランクルさんの「良いこと」としていることが私にとっての「いい加減な宗教観」だったのですが,それは,いわゆる宗教の怖さをしらない私の,呑気さゆえのものいいでしかないのかもしれません

 宗教の名のもとにおこなわれた弾圧や,戦争,犠牲,宗教間の争い,同じ宗教同士の宗派の争い(みんなだいたいは,男のやってることなんですが)。それら,大変なことがらを肌身をもって感じている,あるいは辛い思いの連続の人達には,宗教はむしろ人間を苦しめるものでしかないのかもしれません。

 --この付近における,このブログ『あなたとお花と猫とエコと健康』の意見は,あまりにも常識的に過ぎる私見にとどまる。そうムキになって批評するほどの文章でもないのだが,それでもまだ問題はある。日本の歴史を振りかえってみると,「宗教の名のもとにおこなわわれた弾圧や,戦争,犠牲,宗教間の争い,同じ宗教同士の宗派の争い」というものは,これはこれで,この国なりに残酷無比な記録がないわけでなく,むしろいくつもある。

 江戸時代前後のキリスト教弾圧はその典型的な事例であり,また有名な武将が宗教を抑圧し,集団的に抹殺する事件などもあった。ひとまず穏やかに話をするにしても,明治以来の日本帝国は,国家神道の立場を宗教ではなく崇敬・道徳・礼儀の範疇だとする詭弁を弄しては,他宗教を抑圧する便法を濫用してきた。

 もっとも,敗戦前,日帝の支配下にあった植民地朝鮮では,神社の参拝を拒否した50名を超えるキリスト教の牧師が殺されていた。同じような問題のために,日本のキリスト教関係が出した犠牲者は2名であった。
朝鮮神宮画像
出所)http://liumeiuru.hacca.jp/37/
   これは,植民地時代の京城(ソウル)にあった朝鮮神宮。
天照大神と明治天皇を祭神とする朝鮮神宮は,日韓併合
後,韓国全国に約1,114 も作られたという神社の総鎮守
としての機能をもち,この神宮の建立以降日本は朝鮮の
 人びとに神社参拝を奨励。1937年以降になると奨励では
ではなく強要した。日本の敗戦がわかると京城にいた日
本人が韓国人に毀損される前にみずからの手で壊したと
いわれている。


 安倍晋三の自民党がいま,極右の極端な政治思想に染まっているが,そこに顕現している国家神道宗教的な基本要因は,戦前体制への回帰志向を志向している。靖国神社国有化論は過去の話題ではない。もっとも,日本の神道史は多種多様であり,日本社会全体のなかに広く精神風土的な背景として控えているところの,広義の神道を慎重に観察したうえで,靖国神社や伊勢神宮,そして皇室神道の意味づけを判断しなければならない。

 〔ここでまた,『あなたとお花と猫とエコと健康』の引用に戻る→〕 呑気な無宗教の,「私の家は真言宗らしい」などといっている私には,宗教の怖さを肌身をもってしることなどずっとないでしょうし,ただ,いままで書いてきた「自己犠牲」一つとっても,さきの「断食」などをとっても(ウィキペディアで読むとシエナのマリアなどすごいです)主人にいわせると,「自殺」あるいは「宗教による殺しみたい」だ,です。理解はできません。私達はそういう意味で,ピーター・フランクルさんのいうところの一番いい国,宗教では,ですが,に住んでなにも感じてないのだろうと思います。
 註記)http://blog.goo.ne.jp/turbocornutu/e/f74b9b8550bd96b66cb878202f4e4384

 専門家でもない,ちまたの一市民のブログに対して,あれこれ注文をつけるように批評しても詮ないことではある。だが,いまのネット社会では,非専門家の素人談義でもってしても,いかにもそれらしくモノゴトを語られる場合も多く,これらに実際に接して読んでいると,どうしても〈不満〉を感じざるをえない場面も出てくる。つぎは僧侶の発言を聞くが,こちらは当然,発言する土壌の水準が高くなっている。

 ③「日本人は異なる宗教に寛容なのか」(瓜生 崇稿,『浄土真宗 リレーコラム 浄土真宗のなかまによる連載コラム2015年1月16日)

瓜生崇画像 この記述からは「日本仏教の寛容性」に関する段落に注目して引用する。前略する部分があるのでいきなり,つぎの文章から始まっている。
 出所)右側画像は瓜生 崇,http://shinshuhouwa.info/column/リレーコラム執筆陣

 --松山氏はさらに,日本の「寛容な宗教観」に神道の影響を受けた「日本で独自に洗練されてきた仏教のスタイル」があると主張します。しかし,そもそも日本の神道や仏教とはそんなに寛容なものだったのでしょうか。

 日本の仏教教団は,歴史のなかでつねにさまざまな権力については離れ,必要とあれば自分たちを脅かす勢力を徹底的に潰してきた歴史があります。興福寺や延暦寺の僧兵が勢力争いの抗争を頻繁に繰りかえしてきた歴史は有名ですし,私の属する浄土真宗もその渦中で大きな弾圧を受け,大規模な戦争にも発展しています。

 その浄土真宗も大教団となったあとには権力と結びつき,他の宗教の弾圧に加担しています。寺檀制度はそもそも,キリスト教などの異端勢力の締め出しが,大きな目的のひとつでした。近代になってからは廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ,多くの仏閣はバーミヤンの大仏のように破壊され,仏教諸派は国家に服従して戦争協力の道を突き進みます。そして,神道は国家主義と結びつき学校や公共施設では神棚への礼拝が強要され,一方大本教などの新宗教を弾圧するようになります。

 つい最近まで,こうした抗争と弾圧の歴史を繰り返してきた日本の仏教や神道を,いまさらになって「1500年以上かけて洗練されてきた」寛容性のスタイルといわれても,歴史を多少でもしる人なら,いったいなにをいっているのか,わけがわからないでしょう。この事実をみると,日本人は宗教に特別寛容なのではなく,自分たちの共有する価値観と権威に対して寛容なだけだ,といわれても仕方がないような気がします。

 「本当に寛容な宗教観とは」? 記事には松山氏が提案した「画期的」なる宗教駅伝なるものが紹介されています。世界の異なる宗教家でつながる駅伝ということで,これじたいはとても素晴らしいことだと思います。ただ,少々意地悪ないい方をしてしまえば,「自分たちを脅かす可能性がない人たちとは仲良くできる」だけのことのようにも,私には思えます。
東京のモスク画像
出所)これは東京都渋谷区にある「日本最大のモスク『東京ジャーミイ』」,
http://www.nippon.com/ja/features/c01301/

 いまヨーロッパでは,教会がモスクに鞍替えするというケースが多くみられるそうですが,日本の伝統的な寺院が改装され,つぎつぎとモスクになるような事態が私たちに訪れ,まったく異なる価値観や生き様の人びとが,大量に生まれるような事態が訪れたとしても,私達は寛容でおれるでしょうか。

 400年前,浄土真宗が急激に拡大していったときに起こったことは,既存の仏教宗派との激しい衝突と弾圧でした。その浄土真宗もいまは伝統教団の一角として日本の宗教を代表する存在のひとつになっています。そう思うと,今後日本で宗教地図をひっくり返すような変化が訪れないとは誰もいえないでしょう。

 異なる宗教観の対話や理解が大事なのはいうまでもないことです。そこを否定するつもりはまったくありません。ただ,いま私達に必要なのは,イスラムとの衝突に揺れるヨーロッパを他人ごとのようにみながら,「日本の寛容な宗教観に世界が期待している!」などと鼻高々に自負するのでなく,激動の世界のなかでいつか私達も同じような事態に直面し,異なる生き様や価値観を許容しなければならないだろう,という覚悟だと思います。

 寛容になれないかもしれない私達が,それでも寛容になってゆこうとする謙虚さが,いまもっとも求められているのではないでしょうか。
 註記)http://shinshuhouwa.info/column/archives/1026

 ④ 2010年代の日本マスコミ,テレビの「自画他賛」番組の隆盛ぶり

 最近のテレビ番組では,日本(日本国・日本人・日本民族)を誇る,それも外国人〔白人系が多数派だが〕の言説・行動にその素晴らしさを,驚嘆させるなかで語らせるものがあり,本ブログ筆者もときおり視聴している。

 21世紀も2010年代になって顕著(露骨)になった,この種の「自画他賛(外国人に日本をヨイショさせる)番組」は,前段で仏教の僧侶が述べている論点とも,なんらかの関連性をもっているはずである。「日本のこと=善さ・良さ」を理解してくれる外国人〔再度断わっておくが白人系が多数派である)が登場しまくっているような,この種の自慰的(他慰的?)な番組が流行る時代である点には,なんらかの危険性を読みとる必要性もある。この論点は社会学者や政治学者が本格的に解明すべき課題であるが,いまのところはまだ「注目すべき研究業績」が輩出されていないでいる。

 a)『COOL JAPAN~発掘!  かっこいいニッポン~』は,NHK衛星放送テレビジョンで放送されているバラエティ番組で,来日間もない外国人の視点を生かし,日本の文化を発掘する番組である。スタジオではテーマに沿ったディスカッションをおこない,1回の放送で紹介されたモノのなかから,クールなモノを決定する。

 司会2人にご意見番1人,そして来日間もない各国の外国人8人程度で進行される。2006年4月にBShi とBS2で放送を開始。2011年4月にハイビジョン化されたBS1と新チャンネルであるBSプレミアムの放送開始に併せ,BS1での放送に移行した。2007年4月からはNHKワールドでも放送。
 註記)https://ja.wikipedia.org/wiki/COOL_JAPAN~発掘!かっこいいニッポン~

 b)「『日本ヨイショ番組』紹介に関する一番良かった解釈」(2016-01-07 の話題を参照)から。
 一番古い日本賞賛番組,たぶんNHKのこれ ja.wikipedia.org/wiki/COOL_JAPA… で( 前項  a)  の説明内容のこと),和風総本家(テレビ大阪制作・テレビ東京系列で放送,2008年)が始まり,2010年から11年にかけて「この日本人がすごいらしい」という番組がテレ東で始まっている。
和風総本家番組画像
出所)http://www.tv-osaka.co.jp/ip4/wafu/

 で,ここまでは比較的ソフトな内容なんだけど,2013年になると「 you はなにしに日本へ?」(テレビ東京)を始め,「スゴーイですね!  日本視察団」(テレビ朝日),「こんなところに日本人」(ABC朝日放送が制作し,テレビ朝日系列で放送)などゴールデンタイムに過激な礼賛番組が進出する。

 NHKの COOL  JAPAN はどちらかというと若者的サブカルチャーに寄っていて,和風総本家も最初はしられざる日本文化的な内容(対外的礼讃の意味はない)で,非常にソフトだった。ところが,2013年以降のものは日本の技術・因習・活躍する日本人に焦点を当てているものが占める

 c)「『日本ヨイショ番組』登壇の背景」
 この要因として挙げられるのは,まず2012年度以降,第2次安倍内閣が知的財産戦略を強め,いわゆるクールジャパン推進会議等によって強力な対外的ソフトパワーをえようとしている点と,安倍内閣自身がマスメディアとの関係を前代未聞なくらい強めている点のふたつと無関係とは思えない。

 また番組政策側からすれば,うるさい視聴者からの苦情がなく,倫理的で,数字がとれ,スポンサーからの受けがよく(番組じたい体がスポンサーである日本企業の宣伝のようなものだ),上からの圧力どころか政策的コンセンサスもとれるという利点がある。要はメディアと政府のゆるい癒着の延長線上にある。

 若者向けのお笑い番組やアニメを流してもスポンサーの購買層たる高齢者は視聴しない。しかし,日本礼讃番組なら団塊以上の世代に共通する強い日本的な自尊心をくすぐるうえに,彼らは購買力もある。だかは番組は増え,内容もサブカル紹介から日本人のマナーなど精神性の強いものに先鋭化したのだと思う。以上になります。お客様のニーズに合わせる,これが営業だ。 
 註記)以上は,『togetter』2016年1月8日の,「どうして日本称賛番組が増えたのかという分析」に列記された「一番良かった解釈」から,拾って構成した記述。https://togetter.com/li/922953 を参照。

 以上は,極右・反動・保守・国粋の政権である安倍晋三自民党〔プラス公明党〕の〈存在理由〉にまでつながるような説明をおこないえている。日本は,1990年前後にはバブル経済が破綻していた。以後におけるこの国は,格差社会の問題が本格化の形成されていく政治・経済の過程をたどってきた。だからいまごろになって,ピーター・フランクルも言及していた,当時は「〈1億総中流〉なのが日本の経済の実態である」といった指摘は,すでに完全に時代遅れになっている。

 こうした日本の社会・経済状態のなかでは,いまに生きている日本人の立場をめぐっての精神構造のあり方といえば,かつて “Japan as № 1 ” だとまで称賛されていた時期における「自国:自意識の記憶」に比較すると,だいぶ落ちこんでいる。だからこそ,このいまの精神状態のほうを,どうにかしてでも,ともかく代償的に補完し,高揚させくれるような,それも外国人による「日本(人)ヨイショ番組」が大いに受ける時代になっている。

 それでは,そうした諸番組がはたして,安倍晋三君の唱える「戦後レジームからの脱却」につながりうるかといえば,これを明言的に判断させうる材料はそう簡単にはみつからない。日本をヨイショする番組でもって,それはもうタップリにたくさん褒められている日本伝統の技術や芸術であっても,なかには継承者となるべき人材がとだえる危険性に直面している分野(職種)も多い。実際,継承者がいない職人が出演してくる番組の事例もあった。

 問題は,単なる “オラがお国自慢” を外国人に手伝ってもらい喧伝できる分には,これじたいとしては,けっこういい気分になれるのではある。だが,そのひとつに対して一言でもけなされりしたら,それこそ戦争でもおっぱじまるのではないのかとまで思えるほど,それはもう「大仰に褒めていてもらえていない」と,この日本という国は,これ以上はモウもたなくなっているのかなどと,よけいな心配のひとつもしたくなる。

 ここでハタと思いついたのは,「ああそうか,安倍晋三君はだから『戦前回帰』(「戦後レジームからの脱却」)に焦っているのだな」ということであった。話が奇妙なところにはまりこんだが,意外と正解のひとつを,たしかにつかみえたのかもしれない。

<転載終了>