社会科学者の随想さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1064770181.html
<転載開始>
 【森友学園問題(元・安倍晋三記念小学校,現瑞穂の國記念小学院)をめぐる疑問点を考える】

 【自由・自主・民主という概念がもはや完全に溶融した安倍晋三風の専制的政治】


 ①『よくわかる森友学園問題…私学審議会の中身 森友学園に関連する複雑な問題を解きほぐす』(Mar 02, 2017  by compass Reporter,参照)

 1)事実経過関係
 森友学園から認可申請は,2014年10月31日。最初の大阪府私立学校審議会は,2014年12月18日。--この議事録には森友学園のネガティブな情報ばかりが盛られていた。一番の問題は財務基盤であり,もうひとつは「少子高齢化なかで生徒が集まるのか」「思想的に偏っていないか」など,いろいろな問題が提起され,継続審議となっていた。

 ところが,2015年1月27日に臨時会が開かれ,認可適当という結論が出されていた。このときも,ネガティブな情報が出たが,大阪府の事務方がまるで森友学園の代理人みたいな答弁をしていた。「財務は改善しつつあります」とか「収支はこういうみこみです」という答弁をしていた。審議会の委員たちが大阪府の事務方に引きずられた印象を受ける。結局,この臨時審議会では,今後の推移を松井一郎大阪府知事画像1見守るという条件付きで認可適当の答申を出し,いわば仮免許を与えていた。
 出所)画像は松井一郎,http://www.sankei.com/politics/photos/161025/plt1610250042-p1.html

 正式な認可は,2017年3月中に出されるが,2月24日金曜日に再度,臨時審議会が開かれたところで,「認可しないこともある」と報道されてしまい,また引っくり返った。その夜,松井一郎知事は「いろいろな問題があれば認可しないということが教育庁の方針だ」ということをいいはじめた。だが,この発言は厳密にいうと越権行為になる。
 補注)私立学校法は私立学校の自主性を尊重するため,所轄庁の権限を国公立の学校の場合に比べて限定する(同法第5条)とともに,所轄庁がその権限を行使するさいにも,大学設置・学校法人審議会又は私立学校審議会の意見を聴かなければならないこととし,私立学校関係者の意見が反映されるような制度上の措置がなされている(同法第8条,第31条,第60条,第61条,第62条)。
 註記)http://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shinkou/07021403/001/001.htm

 私立学校の許認可権は,2016年3月までは大阪府知事にあったたが,同年4月からは大阪府教育庁の教育長に権限を移譲した。それゆえ,自分で権限を委譲しておきながら「教育庁の立場だ」というのは,越権行為であるだけでなく,教育庁に対して圧力となる。さらに松井知事は,周知のとおり「維新の会の代表」であって,維新の関与も疑われている。

 維新の党は,大阪府議会において第一党である。だから明日〔3月3日〕以降の代表質問で,維新がちゃんと松井知事を追及するのか注目される。地方政治は国政と違い二元代表制であり,知事と議会がまったく別に選ばれている。議会は知事の行政を牽制する役割があり,この目的の趣旨を維新が理解しているのであれば,自分たちの代表であっても問題はきちんと追及しないといけない。それを本当に徹底的にやることによってこそ,維新は無関係だという証明ができる。


 2)今後における見通し
 森友学園問題は,政権に対して大きな打撃を与える可能性がある。もし「国有地の払い下げ」と「学校の認可」という問題だけで済むのであれば,行政手続の不備で終わらせることもできる。しかし,そこに「極右・保守イデオロギーの話」がはさまっているゆえ,戦前のようなイデオロギーをもちこもうとする勢力がいて,目的実現のため政権を動かして小学校を作ったという物語になっている。

 最初は小さな話だと思っていても,インパクトは強かった。この火種が看過できなくなっていき,お尻にまで火が点く可能性もありそうである。どう決着するか? とりあえず松井知事は,あわてて認可しないっていっているが,本人もこれが越権だって当然判っているはずである。ところが,それでも「認可はしない可能性がある」といっている。ここで認可すると,その火が消せなくなる。だから,なんとしても学校の設置を差し止めることによって,問題を終わらせようという強い決意の表われかもしれない。ただし,それで本当に火消しができるかどうかは難しい。
 註記)https://www.houdoukyoku.jp/posts/8112

 3)松井一郎大阪府知事の立ち位置
 大阪府知事である松井一郎は,日本維新の会代表,大阪維新の会代表でもある。この知事は,私立学校の許認可権を2016年3月末以降は,大阪府教育庁の教育長に権限を移譲していた。となれば,松井の越権行為である発言「認可しないということが教育庁の方針だ」とじかにいっていた点は,もちろん問題がある。

 だが,その前の,府知事にその権限がまだあった時期であれば森友学園「元・安倍晋三記念小学校」,そしていまでは「瑞穂の國記念小学院」という名称の小学校の設置申請を大阪府教育庁として受理したとき,これを2015年1月に開催した臨時審議会においては,権限をもっていた知事自身として,教育庁が上げてきたその答申の結果を「どのように」裁可していたのか?

 繰り返す。その森友学園の小学校申請を審議させ認可するに当たって,府知事である松井一郎は,どのようにその答申に対する意思決定をおこない,いいかえれば,大阪府の最高責任者である知事の立場からその権限を行使していたのか? しかしこの点は,疑問として提示される論点ではなく,府知事が実際におこなっていた仕事として質問されている。

 だが,私立学校の許認可は2016年4月より,府知事(自分)の権限は府教育庁(教育委員会)に委譲されていた。したがって,その後(以後)においても,私立学校の許認可問題について,なお「大阪府教育庁」に置かれている教育委員会の「委員長の立場」からであるかのように知事が言及するのは,越権行為であり,職権濫用の気味があった。

 ② 問題は日本会議

 松井一郎と森友学園理事長の篭池泰典とは政治面における間柄として,つぎのような共通性があった。つぎの記述部分は本ブログが昨日〔2017年3月4日〕に記述した文章である。

   ★-1 森友学園理事長篭池泰典は「日本会議大阪」(これは支部組織である)の代表者・役員である。
 
   ★-2 大阪府知事松井一郎は,日本最大の極右団体である日本会議に所属する地方議員の会「日本会議地方議員連盟」の正会員である。
 

 --森友学園「瑞穂の國記念小学院」の申請状況については,今後も注視(よく監視)していく必要がある。1年先になったらすでに認可が下りていて,来月〔ここでは2018年4月のこと〕に開校しますという段取りになっている可能性もなきしにあらずだからである。

 篭池泰典と松井一郎は,われわれ側からはよく透視できない裏舞台(日本会議大阪など)においては,完全に「ツー・カーの仲」にあると推察する。つまり,この2人の仲をとりもっている材料は,日本会議の成員同士である点から探れるはずである。くわえて,この2人の仲には「アウンの呼吸」が介在すると観察しておく。

 『天木直人のブログ』の本日〔2017-03-05〕における記述「国会共闘が出来ない野党には安倍政権は倒せない」とい一文も,こう観察している。
    国会質問を聞いてつくづくそう思う。まるで野党の国会追及に迫力がない。野党が国会質問で共闘し,なにがなんでも安倍首相の首をとるという気迫が感じられない。国会追及の迫力とするどさは共産党がぴか一だ。だからいっそのこと野党は安倍追及は共産党に一本化しろと私は訴えて来た。

 しかし,それがまるでできていない。野党は同じような質問を繰り返し,なかにはわれわれでもできるような素人質問に貴重な時間を費やして自己宣伝している。これでは官僚組織に支えられた安倍自公政権を追いこむことはできない。世論を味方につけることもできない。

 やがて森友学園問題の追及はマンネリ化し,世論の関心は薄れ,トカゲの尻尾きりで終わる。安倍夫妻は無傷のまま居座ることになる。
 註記)http://kenpo9.com/archives/1059
 松井一郎大阪府知事に向けては,森友学園からの小学校設置申請問題にかかわる事情の変化を,つぎのように質しておく必要がある。

  その1。  なぜ,森友学園の元・安倍晋三記念小学校の申請は,不認可(継続審議事項あつかい)から条件付きで認可適当になったのか?

  その2。  日本会議の “つぎのような政治思想” にぴったり合致した教育をほどこす「現・瑞穂の國記念小学院」(申請中,認可待ち)だから,不認可から条件付きで認可適当になったのではないか?

 というしだいで,このつぎの ③ の意見を聞く。

 ③「〈政治断簡〉森友学園,問われる政権の体質(世論調査部長・前田直人)」(『朝日新聞』2017年3月5日朝刊)

 国会が風雲急を告げている。焦点は,学校法人「森友学園」への国有地売却問題。国政ニュースに冷たかったテレビの情報番組も,せきを切ったように報じはじめた。

  「国会紛糾 森友学園で安倍首相を追及 国による便宜は」
  「昭恵夫人2時間絶賛『公立小だと揺らぐ』」
  「土地取引問題 海外は」

 参院予算委の論戦が始まった翌日朝刊のテレビ欄には,こんなメニューがずらり。海外メディアも注目し,米ワシントン・ポスト紙は「日本の首相が最大の危機に直面している」と報じた。一大スキャンダルの様相である。

 不可解な土地取引。「安倍晋三記念小学校」の名を使った寄付集め。「名誉校長」に首相夫人の安倍昭恵氏。くわえて,幼稚園の運動会の選手宣誓で園児に「安倍首相がんばれ 安保法制国会通過,よかったです」などと安倍晋三首相を礼賛させる場面をとらえたテレビ映像は,「大炎上」の引き金となった。
『朝日新聞』2017年3月4日朝刊森友学園問題安倍晋三
 気になるのは,戦前教育を肯定するような右派人脈と安倍政権の関係である。その映像が放映される前の2月23日,稲田朋美防衛相は衆院予算委で,こんな答弁をした。「教育勅語のなかの親孝行とかは良い面だ。文科省がいう,丸覚えさせることに問題があるということはどうなのかと思う。どういう教育をするかは,その教育機関の自由でもあると思います」。
 補注)この棚田朋美による教育勅語の理解は完全におかしい。とくに「良い面だ」という表現が意味するのは,この勅語(天皇のたまわる絶対的な言葉)に本来含まれている「封建遺制的な性格」を除外(漂白)している点からみても,やぶにらみどころか,明治帝政時代を盲目的・倒錯的に賛美する考え方である。
    補注の補注)この稲田朋美の発言は屁理屈である。教育勅語そのものが問題だというのは,戦争中までの国家全体主義・旧日本帝国主義・天皇中心主義がその骨格となり,まわりに道徳や倫理がちりばめられている論旨が問題になっていた。( ↓  画面 クリックで 拡大・可)
教育勅語文章画像
出所)http://miyagi-jinjacho.or.jp/kyouiku.html

 敗戦後,民主主義の日本国になってからは,その道徳や倫理そのものではなく,封建思想のなかにその道徳(それも国家次元の道徳)や倫理(それも公的な人倫の問題)をもちこんでは染めあげ,これを子どもたちに強要し,洗脳するところが問題であったことが反省された。

 「教育勅語にもいいところがある」という論法(「盗人にも三分の理」的なド屁理屈)に発する最大の問題点は,国家ファシズム〔全体主義〕体制を是認するところにあった。この程度の問題理解もできないで,教育勅語には「いい点もあった」というのは,『鼠小僧の義賊伝説』にも似た〔本当は全然似てもいないが〕こじつけ論でしかない。「戦後レジームからの脱却」の出向く先にはこの教育勅語が待ちかまえている。
 森友学園の幼稚園は,戦前教育の基本理念となった教育勅語を園児たちに素読させている。親孝行などの道徳とともに,天皇の臣民としての秩序を説く教育勅語。その核心は,つぎの一文にある。

 「一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ
  天壌無窮(てんじょうむきゅう)ノ皇運ヲ扶翼スヘシ」

 難解だが,訳せば「万一危急の大事が起こったならば,大義に基づいて勇気をふるい一身を捧げ皇室国家の為につくせ」(1930年,文部省訳)。いざとなれば天皇のために命を捧げよということである。それを幼稚園で丸覚えとは,背筋が寒くなる。最近では「非常にしつこい」などと学園側を突き放す首相も2月17日の衆院予算委では,「私の考え方に非常に共鳴している方」といっていた。「共鳴」から「しつこい」へ。態度は急変した。

 札束を表すコンニャクなる隠語まで飛び出す疑惑の連鎖。それでも,高支持率ゆえの慢心か,国会の閣僚席は弛緩(しかん)している。3月1日の参院予算委で共産の小池 晃氏が自民議員事務所の内部記録を暴露したとき,首相や麻生太郎財務相らはなぜか笑っていた。

 首相は野党の追及に「印象操作だ」と反発するが,学園の籠池泰典理事長は安倍政権を後押ししてきた保守系団体・日本会議のメンバー。あまたの不可解な事実を前に「記録がない」という逃げの一手では,「共鳴」の闇は晴れようもない。記録がないなら,当時の財務省理財局長らの記憶を引き出せばいい。右派との接点。そして,おごり。いろんな意味で,政権の体質が問われている。(引用終わり)

 それにしても,「なんでこんな人〔トランプ〕を大統領にしたのか」?という指摘は(『日本経済新聞』2017年2月26日朝刊10面「〈日曜に考える・時流・中外時評〉日本の安定,おごりは禁物-財政や雇用,試練はこれから」),海の向こう側の人物に関する評価であるが,これ以上の同じ疑念をこの日本国の首相(総理大臣)には投じておく必要も必須である。
 補注)米日では選挙制度が異なり,大統領と首相が選ばれる経路も全然違うにしても,われわれは「こんな人を総理大臣」にいただいているための「不幸・不安・不満」だけは,嫌というくらいにたっぷり味わされつづけている。

 『朝日新聞』の世論調査部長・前田直人は,安倍晋三とこの政権による脅しに屈している日本のマスコミ界については,ようやく「国政ニュースに冷たかったテレビの情報番組も,せきを切ったように報じはじめた」と形容していたが,このあたりの問題は海外から観たほうがよく俯瞰できる日本国内の政治事情である。
◆「日本,報道の自由に懸念」米人権報告書 ◆
=『日本経済新聞』2017年3月4日夕刊=

 
  【ワシントン=芦塚智子】 米国務省は〔3月〕3日,世界各国の人権状況に関する2016年版の年次報告書を発表した。日本については「報道の自由に関する懸念がある」と指摘。高市早苗総務相が2016年2月,放送局が政治的な公平性に欠ける放送を繰り返した場合,電波停止を命じる可能性について言及したことを一例として挙げている。

 報告書は,日本では政府が概して言論や報道の自由を尊重しているとしたうえで「批判的で独立したメディアに対する政府の圧力の増加について,懸念を生じさせる出来事があった」と記述。主要な新聞や放送局を含む報道関係者から,政府が間接的に自己検閲を促していると懸念する声が出ているとも指摘した。

 電通社員の自殺で関心が高まった過労死問題についても「KAROSHI」と日本語を使って記載。日本政府が「過労死等防止対策白書」を初めて公表したことにも触れた。
 ついでいっておくと本ブログは,最近における日本の「報道の自由度」を,2016年04月21日「『国家の〈バカの壁〉』,安倍晋三一座:小(笑)劇場九州公演のお粗末記-熊本地震に対応する能力のない悪だくみ・無策政権」で言及していた。以下にその該当箇所を転載しておく。
 1)記事本
報道の自由度順位『朝日新聞』2016年4月21日朝刊 日本の「報道の自由」が後退しているとの指摘が,海外から相次いでいる。国際NGO「国境なき記者団」(本部・パリ)が2016年4月20日に発表したランキングでは,日本は前年より順位が11下がって72位。国連の専門家や海外メディアからも懸念の声が出ている。
    2015年報道の自由度順位日本72位
 出所)右上画像は記事から。左側画像は,http://www.huffingtonpost.jp/2016/04/20/japan-journalism-liberty_n_9735558.html から。

 国境なき記者団は,180カ国・地域を対象に,各国の記者や専門家へのアンケートも踏まえてランキングをつくっている。日本は2010年には11位だったが,年々順位を下げ,2014年は59位,2015年は61位だった。今〔2016〕年の報告書では,「東洋の民主主義が後退している」としたうえで日本に言及した。
 註記)http://mainichi.jp/articles/20160212/dde/012/010/003000c
報道の自由度ランキング61位2015年調査
 このたびの森友学園問題に関係した登場人物は,誰たちであったか? 以下の諸文をもって示唆させつつ再確認したい。

 ★-1 教育勅語を暗唱し「安倍首相がんばれ」と宣誓する。大阪の幼稚園の独自教育。子どもを一色に染めんとするか。
 註記)『朝日新聞』2017年2月28日夕刊「素粒子」。

 ★-2 魔法のランプでももっていたか。願いごとがつぎつぎにかなった森友学園。ランプの,いやコンニャクの魔神はだあれ。

 ★-3 大看板もあった。開校もしていない学校の「印象操作」に使われた首相夫人。5人もの公務員が仕える私人とは。

 ★-4 いまいましいことがぞろぞろ噴き出して。1強の足にからみつく。会計検査院のランプのなかに閉じこめたい首相。
 註記)以上3項は『朝日新聞』2017年3月3日夕刊「素粒子」。
美並義人画像
 ★-5 罪深きはこの官僚「美並義人」「安倍小学校」国有地疑惑の隠蔽役。
 註記)『選択』2017年3月号目次から。
 出所)画像は美並義人,http://ameblo.jp/scorpionsufomsg/entry-12175422362.html

 いまの日本の政治は自己の修復力・自然の治癒力をほとんど喪失したままであり,安倍晋三的に惨憺なる状況に追いこまれている。明治帝政時代の軍国主義路線を反省どころか,その歴史の展開さえろくにしらないままに,「その時代を郷愁する」という「無知であるからこその倒錯」に嵌まりこんでいる。そしてなによりも,この自分たちの足場がみえていない。在日米軍基地を置いたままで(つまりアメリカには首根っこを押さえこまれていながらも),どうやったら1945年以前に戻れるというのか? 冗談にもなっていない。  


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