読めないニックネーム(再開版)さんのサイトより
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-172.html
<転載開始>
予想通り情報が少ないし目立たない奴のほうが地位が上だね。
なえなつさんが喜びそうだねえ どうせなら黒住教と金光教を極めてほしいねえ。いっひっひ。宗忠神社は,66年(慶応2)に勅願所となり,幕末の尊王討幕運動の一拠点となった。武士,地主・有力町人層,公卿らを支持者とした黒住教は,皇室の祖神とされた天照大神を最高神にしていたため,明治政府の天皇崇拝を旨とする〈大教宣布〉運動のにない手として,教部省による皇道宣布の国民教化運動に積極的に参加し,全国各地に布教を展開って重要なのに完全無視される黒住教。
金光教のシンボルが金なんだけど、「かね」って読んじゃう。
ああこいつら仏嫌いなんだねってよくわかるわ


幕末三大新宗教のうち、
天理教については以下の過去記事をどうぞ。

ねこた‏ @lakudagoya 4月15日
ねこねこさんの天理教の話が熱い!
この国は天皇人脈がカルトを運営して搾取するわけだね!

で、天理教は真っ黒黒助じゃん!

http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-164.html?sp …
(ヤマギシ会所属歴ありで「大本教は研究しない」宣言をした島田裕巳『日本の10大新宗教』(と『整体入門』) )
天理教も搾取か。 天皇一族って何でカルト宗教とかパチンコで民衆の生活を破壊するの? 本当に為政者ならば、国民を守るのが仕事だよね? 同胞を生贄にして破壊するとか普通はできないから、反日勢力ですかと? やつら神になったら何でもやって許されるとか思ってそう。


要約

黒住教

・明治期に五摂家の貴族が入信。
・宗忠神社は,66年(慶応2)に勅願所となり,幕末の尊王討幕運動の一拠点となった。武士,地主・有力町人層,公卿らを支持者とした黒住教は,皇室の祖神とされた天照大神を最高神にしていたため,明治政府の天皇崇拝を旨とする〈大教宣布〉運動のにない手として,教部省による皇道宣布の国民教化運動に積極的に参加し,全国各地に布教を展開
・全ての人が神になることができる、教祖がアマテラス(太陽)と一体化、グノーシス寄り。
・教祖が冬至の日生まれ。教祖が太陽神と一体化したのが冬至の日。ミトラ教の改造版?33歳で両親と死別。自身も肺結核になり死を覚悟。
文化11年(1814年)の“最期の日拝”=太陽を拝むで親不孝に気づき心を入れ替える。その後二か月で不治の病であrう肺結核を克服。33歳から始まる死と再生の体験。その年の11月11日(34歳)に太陽神と一体化。冬至の日は宗忠大明神の誕生日であり、黒住教立教の日である。
教祖の伝記は教団に都合よく設定されるもの。

子子子子子@リトアカ最新話まで更新完了‏ @kitsuchitsuchi 2014年9月23日
返信先: @makeanovelさん
@makeanovel 出口なおは元金光教信者。 光金教→大本教→生長の家 教祖の金光大神の側近である佐藤範雄は赤十字メンバー。 フジ産経(一つ目マーク)のボスである日枝久は金光教信者で、フジテレビ=集英社作品アニメというラインを作ったWASP至上主義系の人で英国から勲章授与。

・大本教の教祖出口なおが元信者。
・歌舞伎役者に信者が多い。
・フジの重鎮の
・「金神七殺
・金光教の教祖が神のお告げを受けたのが46歳(笑)
聖書の神かな?

・人はみな神の子、心に神、生神(いきがみ)思想なのでグノーシス寄り。

・見事なまでに仏が登場しない、



参考資料

天理教

田口 造‏ @manbownewoption 3月23日
戦前は搾取の宗教として天理教のお膝元。自分で部落と認めているのは、まあ良しとしよう。だが、歴史観がかなりおかしい。
それと日本会議の影響力を意図的に小さく見せているのが、極めていかがわしい。
U‏ @wayofthewind 3月23日
返信先: @wayofthewindさん

菅野完(すがのたもつ) 奈良県天理市出身

別名 noiehoie、家入保

テキサス大学オースティン校出身

団体所属歴 部落解放同盟 首都圏反原発連合 レイシストをしばき隊

初の著書「日本会議の研究」で有名に(笑)

天理は赤組だな。


黒住教

赤木忠春高弟の百五十年祭
http://kurozumikyo.com/michi/2015/04/20150401michi
” 来る4月19日、赤木忠春高弟の百五十年祭が、忠春神社(岡山県久米郡久米南町中籾)において斎行されます。それは同時に、当神社が改築27年の御祭りにもなります。

 赤木高弟は、教祖神の数ある直門高弟の中でも教団内に知らない人はいないと思われますが、なんと申しましても、京都神楽岡・宗忠神社は赤木先生なくしてはありえなかったと言えるほど大きなお働きをなした方です。

 その信仰心の強さ深さ、そしてほとばしるような情熱とそこに生まれる行動力は、本教に今に右に出る人はいないと言っても過言ではないと思います。

 その人となりは、8年間の盲目で心打ち砕かれて人生のどん底にあえいでいたのが、ただ一度、教祖神の二・七の御会日におけるお説教を拝聴する中に、心開いて真素直な心に立ち直り、そこに純粋な熱いものが湧き出でて、大感激の中に開眼のおかげをいただかれたところにも、如実に現れています。それは、弘化2年(1845)11月のことでした。教祖神御歳66(数え年)、赤木高弟30歳の時です。71歳で昇天された教祖神ですから、赤木先生はわずか5年の間に本教教師の中心的な存在になられたのでした。

 教祖神ご昇天後に、御神裁で京都布教をいただいた赤木高弟の獅子奮迅の活躍はめざましく、ついに時の関白九條尚忠公のご息女夙子姫の入信となり、すでに姫は孝明天皇の御后であられただけに、孝明天皇に御前講演申し上げる栄にも浴します。

 九條関白を筆頭に公卿方が次々と入信し、江戸時代最後の関白をつとめ、明治時代になって幼い明治天皇の摂政の任にも当たった二條齊敬関白、また三條實美公など公卿方が神文を捧呈して御道信仰に励まれたのでした。これは、いつに赤木忠春高弟の説かれた教祖神の天命直授にあったと確信します。ここに明らかになった「神人不二」。すなわち大御神様のみわけみたま(ご分心)の鎮まる人はまさに日止で、御道信仰は「生き通し」の道であることが公卿方の心の光、柱となったのでした。風雲急を告げるこの時代、それだけ公卿方は命懸けの日々の中におられたのでありましょう。それは二條齊敬公の御筆に明らかです。

 「文久2年の夏のころ 宗忠神の遺教の歌を 拝写して神社に納めける  かぎりなき天照神と我がこころへだてなければ生き通しなり 右大臣 藤原齊敬」

 赤木高弟の至誠はまさに天に通じ宗忠大明神の神号を賜り、ついに全国の神社を取り仕切る吉田神社から、その東南の高台、その名も神楽岡という地の提供を受け、宗忠神社はご鎮座になったのでした。

 時に文久2年(1862)2月25日。この日の赤木高弟の「信をたのむぞ! 信は神ぞ。信は人ぞ。誠をたのむぞ! 誠こそ道ぞ!」の火の出るような説教は、今に耳に聞こえてくるようです。

 この年同じ2月には、孝明天皇の令妹和宮様が将軍徳川家茂公に降嫁され、長く久しきにわたった皇室と徳川将軍家との確執は解け、まさに公武合体なり、しかも翌文久3年8月にはいわゆる「七卿落」で、攘夷論に終始していた三條實美公ら7人の公卿方は長州(山口県)に流されるなど、開国維新への道が開けていきます。

 思いますのに、ここにも、赤木高弟のお説きになった教祖神の天命直授に始まる天照大御神の大道が生きてはたらき、対立的なものを超えて、一段と高い所に孝明天皇をはじめ中枢の方々が立たれた証を見るものです。

 しかし、赤木高弟の、激しいばかりの信仰と熱情に心服していた、三條公ら若き公卿方が長州へ流されるとき、警護に当たったのが岡山藩士であったことから、岡山藩の本教に対する迫害が急に強まってきたようです。そうでなくても、名君の誉れ高かった藩祖池田光政公にして下賜されたのは霊神号なのに、池田藩の守護神社とはいえ今村宮の禰宜職にすぎなかった教祖神が「宗忠大明神」という最高の神号を賜り、しかも王城の地京都の吉田神社の境内地を提供されて宗忠神社が鎮座するなど、当時の岡山藩にとっては不快なことばかりで、教団本部への圧力は相当厳しいものがあったようです。中国の古事に〝泣いて馬謖を切る〟というものがありますが、その頃の本部当局は赤木高弟に引退してもらうべく三代宗篤様(御歳16歳)の名のもとに、大元家(教団本部)への出入りを禁ずるの書状を、赤木高弟の愛弟子本多応之助先生に託して届けています。本部当局の決断が、どんなに苦汁に満ちたものであったかが伺えます。岡山藩の中にある教団という組織防衛のためには、個人を切らざるをえなかった当時の先輩の苦衷を拝察することです。

 その後、あれだけ功績のあった方を破門するなど、なんてことを……という声が、教団内に起こり久しくくすぶっていたことも事実です。しかし、平成4年、皇學館大学元教授の真弓常忠先生が、神楽岡・宗忠神社ご鎮座百三十年の記念誌「孝明天皇と宗忠神社」を執筆されるに際しての研究調査で、事の真実が明らかになりました。

 130年前の明治18年4月18日、大元・宗忠神社ご鎮座に際し、三代宗篤管長は赤木忠春霊神に敬意と感謝の心を込めて「大教正」の教級を贈り、あらためて高弟を顕彰されていますが、三代様のご心中いかばかりであったか、思うだに胸が熱くなることです。

 二・七の御会日 教祖神のご在世中、月の中の二と七のつく日にお説教がつとめられていた。それはまた岡山藩の武士の休日でもあった。”

赤木忠春 あかぎ ただはる
https://kotobank.jp/word/%E8%B5%A4%E6%9C%A8%E5%BF%A0%E6%98%A5-14431

宗忠神社 むねただじんじゃ
https://kotobank.jp/word/%E5%AE%97%E5%BF%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE-1425319


宗忠神社(むねただじんじゃ)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%97%E5%BF%A0%E7%A5%9E%E7%A4%BE

赤木忠春が起こした奇跡(黒住教)
http://97331420.at.webry.info/200610/article_20.html

香港のノラ神主(黒門派)ぴーちゃん‏ @PeterYokoyama 2013年9月17日
返信先: @ponpon4774さん
@ponpon4774 黒住教だと、幕末の赤木忠春高弟の京都での活躍がなんだか、キリスト教初期のパウロのものとダブってて興味深いです。 あと各教祖様の生き方がなかなかすごい!僕は黒住教の信徒ですけど、禊教の教祖様の生き方、好きです。http://kindai.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/908681 …

@ponpon4774 教祖さまじゃなくて、十一高弟のひとりで、京都宣教に出た赤木忠春高弟です。この方は皇室にまで食い込んだんですよ。黒住教は地味ですが、30万人規模で生きてます。 来年は立教200年なので、今年秋から行事が多いです。機会があったら神道山に是非お参りください!

香港のノラ神主(黒門派)ぴーちゃん‏ @PeterYokoyama 2013年8月13日
@hokariyuka賛江 日本だと「ルーテル教会」と呼ばれてます。実は、僕はキリスト教徒だった時期があったんです…まあ、今でもキリスト教を棄て切ってはいないんですけどね…黒住教ってキリスト教的な要素(神の子、三位一体…)が結構ありますから…



一個人編集部‏ @ikkojin_mag 2014年2月12日
【一個人別冊、日本の新宗教入門発売中!】岡山県岡山市の黒住教は、幕末に成立した新宗教の教団のうち、最も歴史が古い。日本古来の神道に立脚した開祖・黒住宗忠の教えは、時の孝明天皇や、三條実美などの公家たちから篤く信仰された。京都の宗忠神社は、孝明天皇の勅願所ともなったのである。

香港のノラ神主(黒門派)ぴーちゃん‏ @PeterYokoyama 4月7日
返信先: @okayamania1さん
岡山の大元宗忠神社と京都の神楽岡宗忠神社は同じく黒住教の宗忠大明神を祀る神社です。 弟子の尽力により幕末に当時、神社を統括していた吉田家から大明神号が認められたのですが、岡山藩の初代藩主の霊神号の神格より高くなってしまうため、岡山には宗忠神社が建立できなかったのですが、
吉田家より京都神楽岡の土地を提供され、宗忠神社はまずその地にご鎮座。政治的に岡山へのご鎮座は無理でした。 岡山へのご鎮座は混同を避けるためではなく、大明神の故郷にご鎮座を!という門人たちの悲願が、明治になって認められたためです。 ご紹介に感謝すると同時に指摘させていただきます

香港のノラ神主(黒門派)ぴーちゃん‏ @PeterYokoyama 2014年3月3日
イエス様と、黒住教の宗忠大明神はともに、太陽関係の神様なのでご降誕が太陽が力を盛り返す冬至前後なのはよく理解できる。 では、イエス様の処刑日と、宗忠様のご昇天の日(旧暦2月25日)はともにほぼ同じ春の初めごろ。太陽にとって、この時期はどんな象徴的な意味があるのだろう?

香港のノラ神主(黒門派)ぴーちゃん‏ @PeterYokoyama 2014年8月15日
返信先: @kuromonemanさん
@kuromoneman @kms_18 黒住教って、天照大御神(親)、八百万の神(大御神様のはたらき)、宗忠の神(子)を祭神としていて、どこかキリスト教の三位一体を思わせるところがあります。宗忠の神は冬至生まれで春先のご昇天、色んな人を癒した…とイエス様と共通点多い方。

菊池‏ @kikuchi_8 3月21日
返信先: @kikuchi_8さん
ミトラ教の影響も見逃せない。ミトラ信仰は太陽崇拝であり、ミトラの誕生日が冬至とされているのは「太陽の死と再生」を象徴する。これがそのままキリストの誕生日とされた。またエジプトのホルス信仰の影響もある。聖母子信仰はイシス・ホルス信仰が元であり、十字架シンボルの原型もエジプトにある。

いそけん‏ @Jirrorman 2016年12月25日
クリスマス イエス・キリストの降誕記念日。聖書等にはキリストの誕生日についての記述はなく、336年にミトラ教の冬至祭「太陽の祝日」を降誕の日とした。 冬至の時期であるこの日前後には異教の祭が重なっており、キリスト教側が布教拡大を狙ってこの日としたものと見られている。)



金光教




使い方わからん‏ @Show_BujuBanton 1月18日 
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%87%BA%E5%8F%A3%E3%81%AA%E3%81%8A … 明治に入ると従来の神道や仏教に加え天理教、黒住教、妙霊教、金光教、キリスト教が進出していた。 カルトに紛れてシッカリ十字架カルトも 進出してたんですね。 三女・久を治癒したのが金光教亀岡教会長・大橋亀吉であり 大本の元は金光教
日月神示・ひふみ神示・一二三神示・日月地‏ @HFM012345678910 5月10日
日月(一二)大神、キリスト大神、シャカ大神、マホメット大神、黒住大神、天理大神、金光大神、大本大神、老子大神、孔子大神、総て十柱の大神は、光の大神として斎き祀り結構致しくれよ、二二晴れるぞ、一八十開けるぞ。(ソラの巻第十四帖)

教祖の教え
http://web-konkokyo.info/oshie/founder/index_html




第27回世界連邦平和促進全国宗教者大阪大会
11月29日 金光教泉尾教会で開催予定
テーマ「人類に平和を―世界連邦実現への道―」
http://www.jinruiaizenkai.jp/Japana/ja-gazetoj/2005/05-11/shinbun05-11-4.html

世界連邦運動協会
http://timetide.way-nifty.com/993666/2017/01/post-4f0d.html




ひびのけい‏ @hbnk 2014年5月23日
金光教は、五代目歌右衛門・初代吉右衛門・初代鴈治郎ら名だたる歌舞伎役者が信者で有名だが、初代教祖赤沢文治の生涯を描いた1982年「あいよかけよ」(朝日座)では、祖父の代から信仰してる今の藤十郎が主役、二代鴈治郎も顔を見せ、関西歌舞伎・新劇の俳優が大挙出演してた。動員数などは不明。



金光教
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%85%89%E6%95%99#.E6.95.99.E3.81.88


中村錦之助伝~生い立ち(その3)
http://blog.goo.ne.jp/sesamefujii/e/d0c63de58646738d31a3e8aad4343667

◎『外から見た金光教』(金光教大崎教会 田中元雄氏 著、ぎじろくセンター、1992年発行)からの抜粋
  (すべて教外者)
http://www.hachigamenet.ne.jp/~konkokyo/frame_konkoukyotoha.htm

世界連邦 岡山県宗教者大会
http://web-konkokyo.info/data/n1279605256

三宅光雄教会長がIARF会長に選任
http://www.relnet.co.jp/izuo/brief/101009.htm




IARFとは 
http://www.relnet.co.jp/jlc/iarf/index.htm


国際自由宗教連盟 (IARF)
https://iarf.net/2008site/japanese/unit3/iarf.html

国際宗教同志会
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E5%AE%97%E6%95%99%E5%90%8C%E5%BF%97%E4%BC%9A

世界宗教者平和会議
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E5%AE%97%E6%95%99%E8%80%85%E5%B9%B3%E5%92%8C%E4%BC%9A%E8%AD%B0

[新宗教巡り]るるぶ新宗教 第一回 金光教の巻
http://d.hatena.ne.jp/die_kuma/20100513/p1

~金光教スカウト協議会の歴史~
http://www.konkokyo.or.jp/scout/shoukai/rekishi.htm

金光教
http://dic.nicovideo.jp/a/%E9%87%91%E5%85%89%E6%95%99

金光教を軽視してはいけない。キリスト教が一神教のユダヤ教を作った∵ヘブライ人はもともと多神教+バビロン捕囚捏造(一神教になるきっかけなし)+エジプト行き捏造(アトン一神教という一神教思想のモデルを学ぶ機会なし。モーセも石板を貰っていないからこの時点で一神教は成立しない)+キリスト教(超越存在のミトラ的)とユダヤ教の救世主(現世的指導者)概念は違いすぎる。
http://yomenainickname.blog.fc2.com/blog-entry-37.html



お読みくださり感謝!


<転載終了>