ポニョさんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/saiponics/e/9327581dc01051f274b523da5d487bd5
<転載開始>
人間の様々な特性の中でも、耐え、許す心は何よりも尊いものです。
スワミは許す心こそ真実であり、正義であり、非暴力であり、幸せであると何度も話してきました。
許す心とは本当はこの世で出会うすべての物の価値と等しいのです。
許す心さえあれば、心を静めることも、感覚の節度を守ることも、欲望を捨てることも、(世俗に)捕らわれないことも、信じて迷わぬ事も、心を定めることも、どんな特性も身につきます。
これらの六つのすべてが、清らかな心を作ります。SGc33

ポニョ:最近、キナ臭い時事解説ばかりして来たので、今日は許すという事がどれだけパワフルな影響力を持っているかというニュースを紹介したいと思います。

二年前にアメリカのケンタッキーで、ピザのデリバリーをして生計を立てている若者が、ピザをデリバリーした時に、デリバリーバンを狙ってお金を盗みに来た黒人に、ナイフで刺されて亡くなるという悲惨な事件が起こりました。
その亡くなった青年はとても真面目で誠実に働く、好青年だったそうです。
犯人は直ぐに警察に捕まりましたが、その殺された青年の御両親の心の痛みは永遠に続くもののように思われました。
その二年後、警察に捕まった犯人が裁判所で、自分が犯した罪を償う為の判決を受ける日がやって来ました。
判決を言い渡す前に、裁判官は亡くなった青年の父親に、犯人に向かって、大事な息子を亡くした父親の気持ちを伝える機会を与えました。
お父さんは犯人の顔を直視しながらこう言ったのです。

「私たちはイスラム教徒です。イスラム教徒はアッラーを神としてお祀りしています。そのアッラーは、とても慈悲深い方で、すべての人々が犯した罪をお許しになる程、心が広いお方です。
ですから、今日あなたが、これから判決を受けて、一体どれくらい長い間刑務所で服役しなくてはいけないのか知る由もありませんが、刑期を終え、罪を償った暁には、残りの人生を良い事をして過ごして下さい。そうすれば、慈悲深いアッラーもあなたの罪をお許しになるでしょう。
私は、あなたではなく、あなたを、あのような悲惨な事件を起こすように誘いをかけた悪魔を呪います。
先ほども言いましたが、刑期を終えて新しい人生を歩まれる時は、どうか良い行いをする人になって下さい。それが私たちのあなたへの願いです。
アッラーは、私たちイスラム教徒に、常にアッラーのように慈悲深くなりなさいと教えておられます。私もアッラーの教えに従い、慈悲深くなる為にも、あなたを今、許します。」と。
その法廷にいた弁護士や検事、裁判官や警察官などの法廷関係者だけではなく、加害者や被害者の家族などは、殺された青年の父親から加害者へ怨みと怒りの言葉を期待していたのに、このようなパワフルな慈悲の言葉を聞くと思わなかったので、全員とても驚きました。
加害者の弁護士は、二十二年間この法廷で弁護士をしていますが、その日初めて、被害者の関係者が、加害者の目の前で加害者を許すという言葉を聞いたのでした。
実は加害者と被害者は年があまり変わらなかったのです。
加害者の青年は、自分が殺してしまった若者の、自分の父親と変わらない年頃の、被害者の父親からこのような慈悲の言葉をかけてもらって、それを頭を下げながらじっと聞いていたのですが、自分が殺してしまった青年のお父さんが話し終えるのと同時に、我慢出来なくなって立ち上がり、お父さんに駆け寄って短い握手をした後、その身体を抱きしめました。

そして、「あの日に起こった出来事については、本当に済まない事をしたと思っています。今の自分には、お父さんの為に罪を償えるようなことは何一つ出来ないのです。ごめんなさい。」と言ってお父さんの身体を強く両手で抱き締めながら、お父さんの肩に顔を埋めて大声で泣き始めました。
お父さんは優しく加害者の青年の肩を叩きながら、お互いの頬を涙で濡らしたままにしていました。
法廷で、このような予想もしない成り行きを見守っていた多くの人々の頬にも涙が溢れ出していました。裁判官はその為に、裁判を一時、休廷する事を宣言しなければならなかったのです。
開廷後、裁判官は、検察側の主張を全面的に認めて、加害者に懲役三十一年の刑を宣告しました。

https://m.youtube.com/watch?v=nNBq4T9RRi0
ヨシオ:感動的なニュースやったな。ポニョの時事解説よりええよな。でも日本やったら大岡越前のように、裁判官も一緒にもらい泣きをして人情裁判になり、三十一年の懲役が無罪放免となる代わりに、加害者の青年は、イスラム教徒に改宗して被害者のところに養子に行け、なんて判決になったりするやろな。

ポニョ:もしもし、大岡越前はいつの時代の人ですか?それに時事解説は時事解説でヤンス。また次元が違うズラ。一緒くたにしないでくれますか。

ヨシオ:でも人を許すってなかなか出来ないよな。昔、オーストラリアのタスマニアで銃の乱射事件があったやろ。あの時の被害者の息子さんも、加害者を許すって言っておられたな。

ポニョ:ああ、知っているぜよ。そのニュースは。観光名所になっているポートアーサーという昔の監獄跡で、観光客を狙ってライフルを乱射した事件やろ。確か三十五人も亡くなったよな。
でも、あの事件はヤラセやぜよ。あの事件以来、オーストラリアでは、政府が全ての銃を人々から没収する事に成功したんや。
人々から銃を取り上げた後、凶悪事件が減ると思われたのに、逆にまだ銃を隠し持っていた悪人による銃での凶悪犯罪が、銃を没収する前より増えているっていう話やないか。支配層は、アメリカでもそうやけれど、銃乱射事件をでっち上げて人々から銃を取り上げ、将来、超監視、超管理、超抑圧された人間羊の世界を作るための準備をしているんや。その事件がヤラセだと暴露した本も出版されているんやで。
その本の情報によると、犯人は精神的に問題があるから、母親以外は、刑務所で面会出来なくなっているんや。その母親に、犯人にでっち上げられた男性は、真犯人は他にいると何度も告げているんや。真相は闇の中やぜよ。ネットでは、ヤラセだという論文は全て削除されて見れなくなっているし。
さすが女王陛下の植民地国家やぜよ。君たちは上手く管理されているよな。

ヨシオ:ポニョはいろいろと詳しいな。真犯人が誰であれ、その場で殺された牧師さんがいて、その息子さんが「お父さんは常に教会で、私たち罪人をキリストは常に許して来られたから、私たちも、罪を犯した人を許しましょうと説教されていました。だから、僕も、お父さんを殺した犯人を許します。」と言ったんや。

ポニョ:偉いよな。そんな事を言えないぜよ。でも、サイババさんは人は自分が罪人だと思ってはいけないと言っておられるぜよ。

あなた自身を罪人とみなしてはいけません。
罪とは単に過失に過ぎないものに誤ってつけられた名前です。
心から後悔し、二度と再び悪事を働かないと決心するならば、私はあなたの一切の罪を許します。
あなたが無知だった時、あなたを誘惑した悪習を克服する力を与えたまえと神に祈りなさい。
真、善、美part2p111

ヨシオ:殺されたのがキリスト教の牧師さんやから仕方ないやろ。キリスト教ではこの世の人は全て罪人だと説いているんや。

ポニョ:それって暗い性格になるぜよ。おいらに向いていないズラ。許すといえば、サイババさんが、嫌いな人でも好きになる方法を教えてくれていたよな。サイババさんが大得意なバーチャルリアリティの奇跡を使って、人の心を変容させられた話やったよな。

ヨシオ:そうやな。このエピソードの主人公のゴパール君は、グジャラティというところにある王国の跡継なんやけど、王家の財産管理をしている男がズル賢くって、元女王だったお婆ちゃんを騙して、お婆ちゃんの銀行口座から大金を引き出して横領したり、慈善事業に寄付した金を横取りしたりしてたんや。その事がばれて、ゴパール君は頭に来てたんや。
家の人たちは全てババの帰依者だから、「この世に何の偶然もない。全てを神に捧げたと思えばええやんか。これはカルマを支払ってるんや。仕方のない話や」と言って、大金を失った事を受け入れていたんやけど、正義感の強いゴパール君は絶対に受け入れられなかったんや。
その後、ゴパール君はサイの高校の十一年生に編入したけれど、編入して三ヶ月程して、マンディールのベランダに座ってボーッとしている時に、突然ババさんがインタビュールームから怒った顔をして出て来られて、「ゴパールよ。ちょっとインタビュールームの中に入れ。」と言われたんや。

ゴパール君は驚いて、恐々インタビュールームに入ると、ババはいきなり、「お前は一体ベランダで何をしとるんじゃ。」と言って叱られたんや。ゴパール君はベランダに座っていただけで、何も悪いことはしていないのに、どうして叱られているのかさっぱり分からないので困惑してたんや。
それでババに、「あの~サイババさん。僕が何かしましたか?ベランダにボーッと座っていただけなんですが。」と答えると、ババは、「お前がそこに三十分座っている間に三回も人を殴り殺していたやないか。」と言われたんや。
確かにゴパール君はベランダにボーッと座っていた時に、その財産管理をしていた男の事を思い出し、頭の中でその男を殴っているのをイメージして、想像に耽っていたんや。

ポニョ:ババが怒って来られたのはゴパール君がそういうことを想像していたからか。頭の中で想像しただけで叱られるって、簡単にボーッと出来ないな。

ヨシオ:だから、ババの近くにいつもいるって大変難しいことなんや。ババさんは常に心の中までお見通しやから。普段から、心で思っている事と、言葉に出して言っている事が違う人なんて、ババさんの側にいると、とても気を使って気を抜くことが出来ないやろな。
だから、いつも頭の中で良い事を思って、且つ、頭の中で思った事と言葉と行為が自然に一つに出来る、子供の心を持ったような人でないと、サイババさんのお側にいることは難しいんや。

ポニョ:おいらはそれが普通に出来ているな。性格的なものかな。おいらは血液型がO型やから、いつもストレートなんや。
逆に、ストレートでない人と接すると、何で頭の中で思ったことと違うことを言葉として言えるのか理解出来ないし、それをおいらがやろうとしたら、声が震えたり、言葉に詰まったりするから、おいらにはちょっと無理やな。

ヨシオ:ポニョのような人間は、ババの側に居てても大丈夫やろな。
それでゴパール君は、ババに「あなたは何でも知っておられるでしょう。あの僕たちの家の財産管理をしていた男は、実は詐欺師だったんです。僕たちの家のお金をたくさん盗んでいたんです。到底許すことなど絶対に出来ませんよ。あなたがなんとかして解決して下さい。」と言うと、
「だからこうしてお前を、今ここに呼んで、お前が将来殺される事から救っているんだ」と言われたんや。
ゴパール君は、サイババさんが言われた言葉の意味が全然理解出来なかったので、「どうして僕が殺されるんですか?」と聞くと、
ババは、「このお前たちが住んでいる世界では、気に入らない連中がいれば殴って殺してこの世から消してしまえばそれで良い、と思っているんだろうけど、神の法則では違うんだ。
神の法則では、頭の中でイメージした途端にそれが実現するのだよ。だから、良くないことを頭の中で想像すると、それが七倍にもなって、その人に返って行くので気をつけなさい。
お前の場合は、ベランダに座っている間に、もう三回もその男を殴り殺してしまったので、その七倍だから、これからのお前の人生で、将来二十一回も、お前が誰かに殺されそうになるんだ。でもその男は、お前の事を全然何とも思っていないので、お前のようなカルマを作っていないのだよ。さあ、これでもまだその男のことを、嫌いか?」と尋ねられたけれど、
ゴパール君は「そんなのって、絶対に不公平ですよ。スワミ。僕は、まだその男が絶対に嫌いです。顔を見るのも嫌です。僕はそんな悪い奴を簡単に許せないです。」と言ったんや。

ポニョ:おいらもゴパール君と同じ事を言うやろな。それって、ほんとに不公平やんか。なんでその男の事をボコボコにしてしまう事を想像しただけで、そんなカルマを作り、将来二十一回も殺されそうになるんや。絶対不公平やんか。受け入れることなんて出来ないぜよ。

ヨシオ:まあそれが普通の人の反応やろな。それで、この後ババさんは、ゴパール君にヴィジョンを見せられたんや。
なんと突然、ゴパール君がいたインタビュールームが断崖絶壁の崖の上に変わったんや。そしてその憎っくき男が目の前にいたんや。
その時に、何処からともなくババの声がして「さあ、ゴパールよ。お前がやっつけたかったあの憎い男が目の前にいるぞ。さあ、一発ぶちかましてやれ。」と言われたので、一発、思いっきりゲンコツをその男にぶちかましたんや。
すると男は悲鳴をあげて、ゆっくりと後ろ向きによろよろとよろめいて、地面にある先のとんがった石につまづいて後ろに転び、崖から落ちそうになっているシーンが目の前に展開したんや。
その時、再びババの声が何処からともなく聞こえて来て、「ゴパールよ、今、お前には一体何が見える?」と聞かれたんや。
ゴパール君は「男が僕のパンチを受けて転び、崖から落ちようとしています。」と言って、その男が崖からスローモーションのように落ちて行く光景を、冷たい視線で見ていたんや。
するとババは、「その男は手に何か持っているだろう。」と言われたので、よく見ると、なんと、その男は産まれたての赤ん坊を片手で抱えていたんや。男は後ろに転びながらも、その可愛い赤ちゃんを必死で守ろうとしていたのが見えたんや。そして、その男が抱えている赤ちゃんは、自分も男と一緒に崖に落ちてしまう運命にあると露ほども知らず、ゴパール君を、純粋な無垢な目で微笑みながら見つめていたんや。

ゴパール君は、男に恨みはあっても、その赤ちゃんには何の恨みもないので、赤ちゃんを助けなければいけないと思い、とっさにその崖から半分落ちかけている男のところに駆け寄り、その男の身体を抱きかかえたんや。
そして渾身の力を込めて、男を崖の上に引っ張り上げようとしていたんやけど、とても重くて、一人では引っ張り上げる事が出来なかったのでババに「ババ様〜!どうか、この男を助けてやって下さい。お願いしま〜す!もうこの男を恨んでいませんから、どうかこの男を助けてあげて下さ〜い!」と大きな声を出して、泣きながらお願いしたんや。
すると、なんとか男を崖の上に引き上げることが出来、男が抱えていた赤ちゃんも崖に落ちず一緒に助かったんや。

ゴパール君は安心してゆっくりと目を開けると、元のインタビュールームに顔じゅう涙だらけになりながら、腰を抜かしたように床に座っていたんや。
暫くすると、ババさんが目の前にやって来て、ゴパール君の肩に手を置き、「ゴパールよ。これでもまだその男のことを嫌っているのか?」と聞かれたんや。
ゴパール君は、「いいえ。彼に対する恨みは完全に消えました。男と赤ん坊を助けて頂いて本当に有難うございました。その男の事はもう嫌いではなくなりました。」と言ったんや。
サイババさんは、「これはお前の為に私が仕組んだ、恨んでいる人を恨まなくなるレッスンなのだ。これからの人生で、もし嫌いな人が出来たら、今日のように、お前の中にある愛の泉から愛の水を汲み出し、そのお前が嫌っている者や、将来嫌いになる者を、お前の愛の泉の中で溺れさすのだ。
自分の愛が引き出せるものならなんでも良い。今回は赤ん坊だったけれど、それが可愛い子犬でもなんでも良いのだ。とにかく、自分が愛しているもので、自分の愛の泉から愛を引き出せるものであれば、それをイメージして、その自分が恨んでいる人だったり、苦手な人だったり、嫌いな人の上に、その自分が愛しているものを投影するのだよ。
そうすれば、今、私がお前に授けたようなレッスンのように、その者とお前が愛しているものとが愛の力で融合し始め、その者を嫌いではなくなるようになるだろう。
一番理想的なことは、その男もお前も、お互いに愛を持ち、お互いに愛し合う事なのだ。
でもそれが難しければ、お前だけでも、あの男を嫌いにならないように、その男を愛で包むイメージをすれば良いのだ。
でないと、さっきも言ったように、もしこのまま放置したら、あの男ではなく、お前の方が新しいカルマを作ってしまうのだ。あの男が何処か遠くにいて、お前のことを嫌っているかどうかなんて、そんな事は全然問題では無いのだ。大事な事は、お前が、その男を愛しているかどうかなのだ。」と言われたんや。

ポニョ:これは、すごいレッスンやぜよ。こんなレッスンをされたら誰でも、嫌いな人が世界中からいなくなって、誰でもお互いに好きになれそうやな。

おじさんになったゴパール君です

ヨシオ:ゴパール君も同じ事を言っていた。もういつでも何処でも、その男と偶然街で会っても、自分の心を開いて、その男と一緒にコーヒーを飲みながら談笑出来るって。その男と赤ん坊が助かった事が嬉しかったって。その男に対して、恨みのうの字さえもうすっかり無くなったって言ってたな。
昔、この話を知った時に、良い話なので俺の息子にも紹介したんや。その当時、息子は特別老人養護施設にバイトに行っていて、いつも寝たきり老人のオムツの替えなど、汚れ物ばかり扱う仕事をしていて閉口していたんや。
でもこのゴパール君の話を聞いて、特別老人養護施設に入居している老人たちの上に、亡くなったお婆ちゃんの姿を投影し、老人たちを、自分が大好きだったお婆ちゃんと見なしてお世話するようにしたら、汚れ物の仕事も嫌いじゃなくなったと言ってたな。

ポニョ:つまり、何でも愛でもってしましょうって事やね。愛が一番じゃ。

許すという姿勢を有する人だけが、神聖な愛を授けられていると見なされます。
許すという姿勢は教科書から学べるものではありません。
また、教師や誰か他の人から得られるものでもありません。
許すという姿勢は、人が余儀なく遭わせられる苦しみの時、試練の時、苦難の時に、自分自身で養うものです。
大きな悲しみや惨めさをもたらす問題や苦難に直面して、初めて寛容や許しという性質は根を生やす余地を得ることができるのです。
問題や苦難に出会った時、あなたは落ち込んで鬱(うつ)の餌食(えじき)になるべきではありません。
それは弱さの表れです。
そのような状況に陥った時には、寛大と許しの姿勢を祈りへと昇華すべきであり、動揺して怒りや憎しみや復讐心を募らせるべきではありません。
あなたは強さの具現であり、弱さの具現ではありません。
ですから、絶望の時には、寛容の気持ちで心を満たし、許し、忘れることができるようにすべきなのです。
こうした許しの性質は、人間にとって最も偉大な力です。
もし、この力を失ってしまったら、その人は悪魔のごとき人間となります。1/1/94



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