芳ちゃんのブログさんのサイトより
http://yocchan31.blogspot.jp/2017/12/blog-post.html
<転載開始>
ウィキペディアによると、2014218日、ウクライナの反体制派の市民と警察の間に武力衝突が発生し、数日間で、13人の警察官を含め、少なくとも82人が死亡し、1,100人以上が負傷した。
あの事件からもうじき満で4年にもなろうとしている。

それにもかかわらず、西側の大手メディアはマイダン革命に関する本当の話を報じてはくれない。同じ年の7月にウクライナ東部で起こったマレーシア航空のMH-17便撃墜事件と同様の状況に置かれている。 情報の隠蔽が続いているのだ。西側にとっては、真実を報道することは余程都合が悪いということであろう。

ユーロマイダン革命の2か月後、私はドイツのテレビ局が報道した内容をご紹介したことがある。2014423日に掲載した「ウクライナのキエフで死者を出した発砲事件には反政府派が関与 - ドイツの公共テレビ放送」と題した投稿である。ご記憶にある方も多いと思う。

最近、イタリアの大手民放テレビ局(Canale 5:イタリアでは最大の視聴者を擁している)がこのマイダン革命の真相に関してドキュメンタリー番組を報道したそうだ。ドイツの公共テレビ放送を除けば、西側の大手メディアが本件を取り上げたのはこれが初めてではないだろうか。

ここに、その番組の内容を伝える「ウクライナについて隠蔽されていた本当の話 - キエフ・ユーロマイダンの狙撃者らがデモ参加者を撃った。イタリアのドキュメンタリー番組が驚くべき証拠を提示」と題された記事がある [1]。かなり最近の報道である。

今日はこの記事を仮訳して、読者の皆さんと共有したいと思う。マイダン革命の真相について少しでも多く、かつ、少しでも深く学ぶにはこれは絶好の材料である。

 

<引用開始>















Photo-1

このドキュメンタリー番組は大手メディア、つまり、シルヴィオ・ベルルスコーニ元首相によって1987年に設立されたイタリア企業の「グルッポメディアセットSA」が所有する民放局「カナーレ5」によって報じられたものである。

カナーレ5はイタリアでもっとも多くの市民が視聴するテレビ局だ。 

どうしてこの企業メディアは他の大手メディアが今やニュース報道の対象にもしない20142月にキエフで起こったユーロマイダン・クーデターについて報じたのであろうか? 

これは大手メディアの一角から報じられたものであるにもかかわらず、これは悪質なメディアによる偽情報であるとして(他の)大手メディアによってレッテルを貼られている。 

Global Researchを含めて)独立メディアはイタリア以外の地域でこの情報を確実に配布する積りである。しかしながら、西側の企業メディアは2014年のキエフにおけるクーデターの根本的な政治的理由や加害者ならびにその結末については沈黙を守ったままである。  

(グローバル・リサーチ誌を主宰する)ミシェル・チョスドフスキー(の解説)、20171124


*** [訳注: ここからが原典そのものの引用となります]

イタリアのジャーナリスト、ジャン・ミカレッシンがジョージア国籍の3人の狙撃者と行ったインタビューの内容は息を呑むようなドキュメンタリーとして、20171116日、ミラノに本拠を置くカナーレ5(マトリックス番組)によって放映されたが、その報道内容は依然として国際的な大手メディアによる配信とはならなかった。

一般的には「尊厳の革命として知られている2014年のキエフにおけるクーデターの本当の加害者や組織作りを行った人物に関して驚くべき証拠が挙げられているが、それらの証拠を考慮すると、この現状は驚くべきものではない。

このドキュメンタリーの主役はアレクサンダー・レヴァジシビリ、コバ・ネルガゼ、ザロジ・クロウドスケリーアという3人のジョージア人の軍人であって[訳注: ジョージア語の発音はまったく分からないので、上記の人名の綴りには間違いがあり、訂正が必要です]、彼らはキエフでミカエル・サーカシビリの下で国防大臣を務めたバチョ・アカライアの側近であるマムカ・マムラシビリの指揮下にある特別任務に就いた。彼らは2014115日に偽の旅行用書類を携えてキエフに到着し、マイダンへと赴いた。それぞれが1,000ドルをすでに受け取っており、「任務終了」の時点でさらに5,000ドルを受け取る約束であった。彼らはマイダン広場を良く見渡せるホテル・ウクライナおよび音楽学校のビルの内部に狙撃を行う拠点を準備するという任務を与えられていた。






















Photo-2: キエフのマイダン広場と周辺の建物を示す地図

彼らが後に開示した事実は衝撃的なものであった。他の狙撃者ら(何人かはリトアニア人であった)と一緒に、彼らは米国の軍事工作員であるブライアン・クリストファー・ボイエンジャー(彼のフェースブック・ページはこちら)の指揮下に置かれた。この調整グループにはマムラシビリや悪名高いセルゲイ・パシンスキーも含まれている。後者は彼の車のトランク内に狙撃用ライフルを所持していたことから、2017218[訳注: これは2017年ではなく、明らかに2014年の筈] に反政府派によって拘束されたが、後にマイダン革命直後の暫定ウクライナ大統領府を率いることになった。武器は218日に登場し、ジョージア人やリトアニア人のいくつかのグループに配布された。「個々の袋の中には3個か4個の武器が入っていた。マカロフ拳銃、カラシニコフ自動小銃、ライフル、ならびに、大量の銃弾があった」とネルガゼが証言した。

その翌日、マムラシビリとパシンスキーは広場に向かって射撃を行い、混乱を引き起こすようにと狙撃者たちに説明した。『マムラシビリが到着した時、俺は彼に尋ねてみた。「状況は複雑な様相を呈しつつあり、俺たちは射撃を開始しなければならないんだが。」大統領選挙に出かけることなんて不可能だと言って、彼は返事をした。「でも、誰に向かって撃つんだい?」と俺は聞いてみた。「誰をとか、何処に向かって撃つとかは重要じゃない。混乱を引き起こすために何かに向かって撃つんだ」と彼は言った。』 

英語の字幕付きのドキュメンタリーの全編が下記に示すように入手可能(2部構成): 

[2日後、マケドニアのニュース配信会社であるインフォマックスがコバ・ネルガゼとザロジ・クロウドスケリーアとの52分間にもわたる夜のトーク番組(マケド二ア語)を物にしたが、その中で彼らは自分たちの背景やキエフでの任務に関してさらに詳細な情報を提供した。]

これらの3人の男たちは軍の将校であったが、自分たちがやったことを後悔していると述べている。彼らは単に「命令を忠実に実行した」だけであり、「市民を殺害しなければならない」ことなんて知らなかったのである。控え目に言って、プロの暗殺集団にとってはこれは単純な企てであった。ところで、これらの懺悔の内容や驚くべき新事実はキエフの現政権が有する激しい苦悩とも完全に符合するのである。

ごく最初から、事実について喋ろうとするこれらのジョージア人はこの作戦は元ジョージア大統領のミカイル・サーカシビリによって開始されたものであると明確に主張した。マムラシビリのチーフ役であるバチョ・アカライアは、刑務所における不正行為に関するスキャンダル201210月、「人権ウオッチ」団体がグルダニ刑務所を「アブ・グレイブのジョージア版」と称して特別報告書を世に贈り出したを受けて、同月の議会選挙で敗北したジョージアの指導者とは非常に近しい間柄にあり、信頼されていた人物でもあった。例のジョージア人狙撃者の3人組がキエフでの汚い仕事のために雇われた頃、アカライアは法務省の刑務所部門の長官を務めていた際に職権の乱用、不法拘留、受刑者の拷問、等の容疑で刑事裁判の最中であった(201410月、彼はトビリシ市裁判所で罪を認め、7年半の刑期を言い渡された)。1ヶ月前の201311月、ミカイル・サーカシビリはジョージアで複数の刑事責任を問われていたことから故国を離れ、米国へ渡り、公にタフツ大学に身を置いた。 彼とその取り巻きは自国で手酷い敗北を喫しており、ジョージアにおける使命を履行することに失敗したことについて穴埋めをする意味でそうするように彼らの主から強制されることがなかったならば、隣国で危険極まりない冒険的なプロジェクトを開始するなんてとても考え付かなかったのではないか。

とにかく、ウクライナ危機の当初、ソロスからの融資を受けてジョージアに展開する巨大ネットワーク(バチョ・アカライアは悪名高いメングレル犯罪集団の優秀な申し子であって、2000年代の彼の友人付き合い以降はジョージア・リバティー・インスティチュートでソロスの資金で暮らしていた)はキエフにおける特殊任務を遂行し始めた。

4年後、このインスティチュートは劇的に変化した。ポロシェンコとサーカシビリとの間の関係をはっきりと見せ付ける民主同盟は完全に崩れ去った。 サーカシビリは安定した政治的関係を維持することができない変質者であることを再度証明したのである(20179月以降、ウクライナは彼らからの要求を満たすべくサーカシビリをジョージアへ送還することを考慮している)。ところで、111日、バチョ・アカライアやサーカシビリの近しい側近の一人であり、ジョージア国防省にて憲兵長官を務めたことがあるメジス・カルダヴァはジョージアで同様の刑事訴訟に面していたが、偽パスポートの所有を理由にウクライナの国境で拘束された。ウクライナの治安警察は彼を40日以内にトビリシへ送還するとすでに公表している。 サーカシビリの個人的な護衛役を務める何人かはウクライナで逮捕され、10月の始めに自国へ返された。

これらのすべての要素が、自分たちが捕まり、自分たちが身代わりとなって罰せられる前に、これらのジョージア人の狙撃者3人組が、自衛策として、ユーロマイダンに関して「真実を暴露する自主的な内部告発者」としてイタリアのテレビに出演するという決断に繋がったものだと言えよう。

彼らはキエフの現政権の象徴的な人物の名前を用心深く挙げた。たとえば、アンドリー・パルビー(ウクライナ議会の現議長)、セルゲイ・パシンスキー(親政府派である人民戦線党の代表者)、ならびに、ウラジミール・パラシュク(もうひとりの著名な議員)を2014220日のマイダン広場における虐殺に関して組織作りをし、調整を行った者として名前を挙げたのである。

彼らの主張は他の証拠によっても確認されている。その種の事柄について当面もっとも包括的に情報収集を行っているのはオタワ大学のイヴァン・カチャノフスキー教授である(彼は先週イタリアのドキュメンタリーについても論評を加えた)。

懺悔をした狙撃者らに対してわれわれが如何なる感情を持ったとしても、彼らが公表した内容は市民を故意に殺害した責任から彼らを解放するものとはならない。彼らは宣戦布告された戦争で戦場に赴いている兵士とまったく同じ状況に居たというわけではない。彼らは自分たちの司令官からの命令を受けたわけではない。汚い仕事をするために彼らは金で雇われたのであって、彼らは自分たちがこれから行うことは汚い仕事であることを承知していた。それとは正反対のことを証明しようとしてべらべら喋ることは馬鹿げている。アレクサンダー・レヴァジシビリ、コバ・ネルガゼ、ザロジ・クロウドスケリーアの3人組は、彼らを雇い入れ、彼らに命令を下した連中、つまり、マムカ・マムラシビリ(現在、ドンバスにてジョージア人部隊の司令官を務めている)、ブライアン・ボイエンジャー(彼は20152016年にドンバスにてウクライナ側の一員として戦闘に加わった)、ならびに、ジョージア、リトアニア、ウクライナ人の他の狙撃者らと同様に、ユーロマイダン革命の最中に命を落とした市民の母国で裁判に直面しなければならない。そして、その次にはこの虐殺行為の中心的な受益者であるウクライナの政治家の番がやって来る。彼らの名前(アンドリー・パルビー、セルゲイ・パシンスキー、および、ウラジミール・パラシュク)は一般大衆には依然として知られてはいない。


























Photo-3: 「天国の100人」、2014年にマイダン広場で殺害された人たち 

依然として実際よりは過小に報告されたままである本件はポロシェンコ政権の正当性を全面的に否定してしまう。長い間苦境に喘いでいる国家の現政権の指導者らが「尊厳の革命」の犠牲者の墓地で見せた偽りの涙は、今後、機会が訪れる度に、自分たちの支持者を大量に殺害した行為において後者が果たした役割を強調し、それに光を当てるだけとなろう。外国人の狙撃者のひとりひとりに取るに足りない1,000ドルを支払い、彼らは権力の座に登り、ウクライナ市民の夢と信頼を悪用したのである。それが国家的な大失態を導いた首謀者らに対してウクライナの「尊厳」が値付けした実際の価格であった。

本記事で用いられている画像はすべてがOriental Reviewの所有である。

この記事の原典はOriental Review
著作権 © Oriental Review, 2017

<引用終了>


これで全仮訳が終了した。

ウクライナの政界における生々しい姿がここに公開された。驚くばかりの内容である。

キエフにおけるマイダン・クーデターを企て、指揮し、実行した人物としてウクライナ政界における幾人かの著名な人物やジョージアの大統領であったミカエル・サーカシビリ、米国の軍人の名前、等が登場する。

この引用記事によって、20142月のキエフにおけるマイダン革命でデモ参加者や治安警察官を乱射し、合計で80人余りを殺害したのは当時の反政府派、つまり、現ウクライナ政権の側が準備した狙撃者たちであったことが改めて明確になった。

この記事を物にした記者、ジャン・ミカレッシンやこのドキュメンタリーを放映したカナーレ5に敬意を表したいと思う。

イタリアで最大級のテレビ局がこの報道を行った後でさえも、他の大手メディアは後追い報道を行わず、依然として沈黙を守っていると報じられているが、その沈黙振りこそがこのドキュメンタリーが真実を伝えているものであることを雄弁に物語っていると言えそうだ。

マイダン革命についてはさまざまな論評や解説が出回っているが、4年近く経った今大きな構図で眺めてみると、正義がどちら側にあったのかが鮮明に見えて来る。それは今まで西側のメディアがやっきとなって喧伝していた反政府派にあったのではなく、選挙で公式に選び出されていたヤヌコヴィッチ大統領の側にあったとするのが妥当だ。このことは代替メディアによって革命騒ぎの直後から指摘されていたことである。オタワ大学のイヴァン・カチャノフスキー教授の研究成果には多いに感謝したいと思う。





参照:

1The Hidden Truth About Ukraine, Kiev Euromaidan Snipers Kill Demonstrators. Italian Documentary Bombshell Evidence (原典の表題:Cheap Dignity of the Ukrainian Revolution): By Oriental Review/Global Research, Nov/23/2017 (Oriental Review); Nov/24/2017 (Global Research)


<転載終了>