mariscoさんのサイトより
https://ameblo.jp/koji-kitano/entry-12341632995.html
<転載開始>

『 未来への発想法 』

~ 「無欲の想念」が成功をもたらす ~
政木和三

 

 

未来への発想法000

 

 

第六章 人類を救う超発明法

~ 『本物の発明』が人類を幸せにする ~

 

◎ 発明人類の幸せのため特許権放棄

 

 

 

 私はいままでに、自動炊飯器(電気、ガス)瞬間湯沸器自動ドア魚群探知機ウソ発見器エレキギターからゴルフのスィートスポット測定器など、九六〇件以上の発明、開発をしてきた。

 この九六〇件は、
どれもみな特許を申請したものばかりであるが、許可が下りるとすべて無効にしてきた


 それ以外にも特許を申請しないものも含めれば、一〇〇〇件以上はあるだろう。(図⑪『主な発明・開発品』)
 
未来への発想法032


 戦後、日本は急速に復興への道を歩んでいた。

 だから、
人々が幸せになれば、産業界の復興に役立てればと願っていたので、どんどん私の発明、開発を活用してもらいたかったのである。

 そして、昭和五六年、私が四十数年にわたる大阪大学での研究者生活から林原生物化学研究所へと移ったときに、
日本の五大家電メーカーのトップの方々がそろってやってこられた。

 そして、


 『政木先生、長年本当にありがとうございました。

 政木先生の発明品を無償で製品化し販売させていただいてきました。

 我々は、先生が特許の申請をされるとそれの研究を始め、特許が決定すると、その権利を全部放棄されるということで、その時期から発売してきたのです。

 先生がそれらすべてをご自分の権利になされていたら、四~五千億円のロイヤリティーになっていたでしょうね』


 といわれたことがある。

 発展途上にあった日本の産業界の復興、発展に、少しでも私の発明が役に立ってくれたのかと思うと、この上ない喜びを感じたものである。

 そもそも、発明、発見というものは、一つの真理を見つけて、その論理に従って肉付けし、応用していけば新製品となり、発売することができるわけで、私の発明、発見したものも、どんどん活用していただければよし、としていたのである。

 私の発明品、開発品は、自分の欲望を捨て、多くの人の幸せのため、喜びのためにと追い求めていったことの結果として生まれたものだと思っている。

 そうしていくうちに、私は

 『不可能を可能にする

 方法を得ることができた。

 それが、

 『潜在能力の開発

 であり、

 『生命体エネルギー

 を高めることなのである。


 例えば、私が発明した神経波治療器のことなのだが、どうにかして風呂の中でも応用できないだろうかと思い、自宅の浴槽で毎日、実験的に使用していたところ、七一歳の時であったが、なんと半年で身長が二センチも伸びたのである。

 その原因は、背骨の軟骨板が増強されて成長したためであることが分かった。

 この
神経波には、自律神経系をはじめとして心身機能の活性化やマッサージ効果があり、血行をよくして、筋肉痛、肩こりといったものもなく、いままで疲れを感じたこともない。

 私にとっての発明とは、多くの人が幸せになり、その上、自分の体を治すことができれば最高なのではないかと思っている。

 神経波を応用した超強力神経波磁力線発生器を開発したのも、やはり当時私が足首を捻挫してしまい、痛くてたまらずこの装置をつくって使用したところ、数分間で回復してしまった、という経緯があるのである。

 

超強力神経波磁力線発生器00


 この神経波については、後に詳しくふれていきたい。

 つまり、自分自身が実験台となり、自分にとって最良のものを発明して世に広めれば、多くの人々に喜んでもらえる、というところから発想が始まっているようである。



エレキギターの発明は日米同時に完成

第六章 人類を救う超発明法

~ 『本物の発明』が人類を幸せにする ~

 

◎ エレキギターの発明は日米同時に完成

 

 

 

 平成八年二月二〇日に、TBSの

 
『そこが知りたい!』

 という番組の中で、エレキギターに関することが放送され、発明者として私が紹介された。

 
私が発明したのは、昭和一〇年前後のことで、大阪劇場で歌手の田端義夫がデビューした当時のことであった。

 舞台でギターにマイクをつけて自分で演奏しながら歌っていたが、雑音が入ってとても聞き苦しかった。

 それで瞬時に、

 
『ギターはスチールだ。

 マグネットとコイルを置けば電圧が発生するはずだ』


 と思い、帰ってその日に試作した。

 その試作器は、四角の木の箱のフタを取りつけたもので、マイクを使わずにマグネットとコイルでスチールの弦の振動を音にしてスピーカーにつなげたところ、バーンというすごい音が鳴ったのだ。

 
電気ギター

 の完成である。

 数年後、大阪大学工学部で本物のギターにつないだその

 
電気ギター

 で大音響を鳴らして学校中の話題になったものである。

 戦後間もなく、音楽好きの友人に頼まれて、本物のギターで

 
電気ギター

 を作ってあげ、友人はそれを歌手にプレゼントしたところ、それが音楽業界に知れ渡ったようだ。

 
そのころ、特許がどうのこうのということは全く知らず、特許出願などはしていなかった。

 けれども、その当時、私が電気製品をいろいろ発明したころ、

 
『無線と実験』

 という雑誌に記事として発表したことを覚えている。

 ただし、昭和四〇年ころに大阪の千里に家を新築して引越しの際、その試作品など古いものはどこかに紛失したようである。

 テレビ番組

 
『そこが知りたい!』

 では、私が発明した二~三年後に、アメリカで

 
電気ギター

 が

 
エレキギター

 として製品ができていて、日本の歌手が輸入して使ったということがあったそうだ。

 
結局、生みの親は誰か分からなくなったようで、日本で最初に作ったのは政木であることだけは確認された。




未来への発想法
第1印発行:1996年6月27日
第3印発行:1996年7月25日
著者:政木和三
発行者:浅野純次
印刷・製本:丸井工文社
発行所:東洋経済新報社
    〒103 東京都中央区日本橋本石町1-2-1
    電話 03(3246)5661
    販売 03(3246)5467
    振替 00130-5-6518
©1996 <検印省略>
Printed Japan
ISBN 4-492-04090-0


 

 

 政木先生とのご縁の始まりは、
昭和五年生まれの私の実父が小学生時代の頃より電気のイロハを教わり、
(実際に、電気ギター制作等々、様々な電気技術のご教授を、家族ぐるみのご近所付き合いの中で個人的に無償で賜ったそうです)
その後、御晩年には、政木先生の素晴らしいご発明品の集大成のひとつとして
“世のため、人々のため”に御余生をかけ陰徳にご尽力なさいました
超強力 神経波磁力線発生器
(改名機器、インパルス磁力線、そして、Mリング。すべての御販売は㈲政木研究所、㈲ケントにて)
の製造に至るまで、数々のお仕事をお世話頂き、
政木先生がお亡くなりになる最後の最後まで、私も含め家族ぐるみのお付き合いを賜わり、
今も尚、心の底よりとても尊敬し、感謝している恩師・師匠です。

 

 

 政木和三先生の廃刊御著書

 

 以前、

2011年10月4日、2014年11月17日、2016年5月22日

より三度に渡って掲載させて頂きました

 

『未来への発想法』

~ 「無欲の想念」が成功をもたらす ~

 

を、現状のブログデザインに合わせて
再び掲載させて頂いております

 

 

 政木先生の御教えである

『目先の欲望を捨て去り、世のため、人々のために尽力せよ!』

との仰せを引き続き継承するため、

今後も少しずつではありますが、

何度も何度も繰り返す、日々の心の学びの礎として、

政木先生の御教えのすべてをこれからも紹介させて頂きますので、

皆様には引き続きのお付き合いの程、

何卒、宜しくお願い申し上げます。

 

深謝

m(__)m

 

<転載終了>