逝きし世の面影さんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/8d266b85dfd492e258f2d31eb6ec3fd9
<転載開始>
2018年01月22日 | 政治
カルロストシユキ‏ @CarlosToshiyuki · 1月12日
2017年がどれだけ危険な一年だったのか、Youtubeのサムネイルで振り返ってみます。
私の好きなコピーは「撃ってくるぞ!お構いなしだ」です。


1年半半前の参議院選挙まで北朝鮮バッシングに特化した極右レイシストお笑い芸人として、青山繁晴は主に朝日テレビ系列の地上波ネットワークで芸能人枠では無くて知識人枠で(ニュース解説者として)大活躍していた。(東京新聞幹部のジャーナリストとして東京ローカル波の『ニュース女子』で基地反対派は3万円の日当で暴力を振るうとのデマと同じ種類)
真珠湾から玉音放送へと日本を最後に破滅させた軍国主義を主導してした張本人は東条英機などの軍部ではなくて、実は朝日新聞や読売新聞などのマスコミだったのである。(自己責任のインターネットとは大違いで、1年半前までは同じ内容を日本の世論形成に大きな影響力があるテレビの情報番組で流されていたのですから、これでは日本が病的に極限まで右傾化したのは当然である。何の不思議もない)

評論家・西部邁さん死去、多摩川で自殺か 78歳(産経新聞) - Yahoo!ニュース

ほぼデマと誇張。無知と反知性を特徴として下品で非道徳的な『お笑い』と日本の政治経済とを合体させ全く新しいジャンルの『お笑い政治』との新境地を開拓した安倍晋三とか産経新聞、青山繁晴の業績ですが、恥を恥とも思わない鉄面皮ぶりは素晴らしい。
お笑いと政治がコラボした、下世話な宴会芸の範疇の自民党参議院議員の青山繁晴が『保守』とか『右翼』とか言われている極限まで劣化した昨今の日本を見ていれば、西部 邁の多摩川での入水自殺は『右翼の論客』としてはむべなるかな。ある意味では当然だとも思えてくる。



安冨歩(やすとみ あゆみ)さんがリツイート
Midori Fujisawa‏ @midoriSW19
西部邁、自殺したのか。昨今の保守を名乗る政治家の言葉の貧しさは許し難いものだったろうなあ。ほとんど共有するところはないけど、イラク戦争をアメリカの侵略とし、たとえ弱々しいものであっても世界の秩序を保とうとする国際法を踏みにじる行為だと断じた真っ当さは共有する。合掌。

安冨歩(やすとみ あゆみ)‏ @anmintei
かつて、
西部 邁 『妻と僕―寓話と化す我らの死』
http://amzn.asia/5yQ5DC9
これ読んで、「よく生きてるなぁ。。。」と思ったのを思い出した

『西部邁×村本大輔「投票経験なし」対談 フェイク飛び交う時代の民主主義』. 2017.12.15 16:00AERA
炎上芸人とも称されるウーマンラッシュアワー・村本大輔と保守派の論客である西部邁。40歳以上年の離れたお互いの共通点は「投票をしたことがない」こと。2人の語らいから何が飛び出すのか。

中島岳志‏ @nakajima1975 - 2018年1月21日
西部邁先生と最後にお会いしたのは今年の1月5日。ご自宅に招いていただき、約7時間、お話ししました。以前から、「病院での延命が目的化した生」を拒否し、はっきりと自己判断ができる間に死を選ぶというご意志を聞いていたため、1月5日に別れを覚悟して帰路につきました。



『今のマスコミや政府の「明治維新から150年」は間違いで、正しくは王政復古か戊辰戦争から150年目の日本』

1868年の『王政復古』から150年目の日本ですが、明治国家を理想とする正統的な右翼の論客の第一人者だった江藤 淳(本名は江頭淳夫)が今回の西部 邁と同じように妻に先立たれ自殺して世間を驚かしたのが19年前の1999年だった。
旧民法の家父長制の『強い男』は演じていただけだった。看板だった右翼国粋主義は表の顔だったが中身が別で本当は超マザコン(奥さんが母親代わり)のパラサイトだったので身近で自分の世話をしてくれる妻に先立たれると一人では生きていけないのである。
自殺した右翼の大物としては1970年の耽美小説作家の三島由紀夫の割腹自殺が有名だが、同じ作家仲間で精神科医の『なだいなだ』は、ホモの情死(心中)だったと隠された真相を喝破している。(三島由紀夫の場合ですが、これは一人で死んだ自己責任?の江藤 淳や西部 邁と大きく違い、自分が組織した楯の会のホモ友達を道ずれにして二人で仲良く死んでいるのですから罪が深い)
★注、
山口県(長州)出身の安倍総理が大喜びしたユネスコの世界遺産の名称が『明治日本の産業革命遺産』とは何かの勘違いか意識的な政治的プロパガンダで、富国強兵とか文明開化を積極的に推進したのは江戸幕府最後の15代将軍の徳川慶喜なのですから、『江戸日本からの産業革命遺産』が正しい。大砲を鋳造した実用炉としては唯一現存する韮山反射炉は江戸幕府直営で建造され1857年に完成。主導した伊豆韮山代官の江川太郎左衛門(英龍)は明治維新の13年も前の1955年に死んでいる。
明治政府は江戸幕府の近代化政策を、単に継承しただけ(両者の中身はほぼ同じ)なのである。『明治維新』の名称は後世の『後付』であり、1868年のクーデター当時の政治スローガンは『王政復古』だったのですから、それなら『王政復古から150年』が正しい。
『維新』よりも『回天』の方がもっと言葉として正しいのである。
ところが『王政復古』や『回天』では、未開で野蛮な江戸時代(無能な幕府)を倒した明治新政府が近代化に尽力したとの神話(歴史教科書)には不適当なので後から『明治維新』に書き換えられた。(西洋列強の脅威に直面した阿片戦争後の中国でも富国強兵と文明開化をすすめる『洋務運動』を行ったが、日本とは逆に失敗している。遅れた社会が文明開化の一声で近代化することは決して起きないのである)



(関連記事)

『近代日本の右翼思想』 つまづきの石としての天皇
  2008年04月14日 | 政治・外交と天皇制

近代日本の右翼思想 (講談社選書メチエ) (単行本)
片山 杜秀 (著)
価格: ¥ 1,575 (税込)

躓きの石としての天皇 超克されざる『近代――近代日本のパラドクス』

革命への赤き心は、なにゆえ脱臼され、無限の現状肯定へと転化されなければならないのか。
躓きの石としての天皇、超克されざる「近代」――北一輝から蓑田胸喜まで、西田幾多郎から長谷川如是閑まで、大正・昭和前期の思想家たちを巻き込み、総無責任化、無思想化へと雪崩を打って向かってゆく、近代日本思想極北への歩みを描く。

[本書の内容]
●「超―国家主義」と「超国家―主義」
●万世一系と「永遠の今」
●動と静の逆ユートピア
●「口舌の徒」安岡正篤
●西田幾多郎の「慰安の途」
●アンポンタン・ポカン君の思想
●現人神

基本的に極少数の例外を除けば、1945年8月15日までの日本人のすべてが右翼だった。
この本は基本的には、20世紀前半、日露戦争からアジア・太平洋戦争までの間の、右翼を中心とした日本思想史だが、思想史の本にありがちな難解さがない。
右翼思想に少しでも関心があれば、この本はとにかく面白い。

右翼思想は,現状に不満を持ち,崩壊寸前の伝統といった過去のものにひとつの理想を見出す。

しかし日本の近代右翼思想はどこに注目しても必ず最後に天皇と結びつけたため,『過去の代表者』でありつつ『現在の日本』も支えている天皇に導かれ,ねじれて現在にのめり込み,現在を礼賛して終わる。
この近代右翼のキーワード『超国家主義』の意味内容を問いながら、近代右翼思想の悩み・ねじれを鮮やかに描かれている。
『超国家主義』のこのような当然の理論の帰着の結果、現状肯定的な思想が展開していき、当時、農本主義や健康法に堕してしまった右翼思想書すらあった。
『そういう何重にもねじれた重いが積み上がって、互いの思いを牽制しあい、にっちもさっちも行かなくなってしまった。』のが戦前の右翼思想である。

同じく、財閥・軍閥ばかりがのさばり、国民が疲弊の限りを尽くしているなか、解決を天皇に求めずにこの国を何とかしようとしたのが『左翼』ということになるが、如何せん人数的に少なすぎた。

日本近代の右翼の思想 の目次

 『第1章 右翼と革命』
★世の中を変えようとする、だがうまくいかない。

 
日本近代の右翼の思想史には、まず現代をいやだと思って過去に惹かれるが、
過去に分け入っても、何処でも最後には天皇を見出す。
右翼思想では幾等時代を遡っても天皇しか出てこない。

右翼は『今の日本は気に入らないから変えてしまいたい』と一旦は思うが、そこで、『正しく変える力』は『天皇』に代表される『日本の伝統』にあると思うようになる。

『第2章 右翼と教養主義』
★どうせうまく変えられないならば、自分で変えようとは思わないようにする。

 
しかし、その天皇は今まさにこの国に現前しているのだから、じつはすでに立派な美しい国ではないかと、もう一度思い直す。
それなら変えようなどと『余計なことは考えない』ほうがいいのではないかと思い至る。
『天皇が相変わらずちゃんといる現在が悪いはずはない』
『天皇がいつも現前している今このときは常に素晴らしい』
となる。

『第3章 右翼と時間』
★変えることを諦めれば、現在のあるがままを受け入れたくなってくる。

 
現在ありのままを絶対化して行くと、最後には常識的な漸進主義すら現在を変改しようとするものだからと認められなくなる。

現在に密着して、そこで思考が停止するという道筋が、ここからうかがえる。
次に、考えないなら脳は要らないから『見てくれだけは美しくしよう』と思うようになる。

『第4章 右翼と身体』
★すべてを受け入れて頭で考えることがなくなれば、からだだけが残る。


それで、様は、『美しくしても死ぬときは死ぬ』のだと思い至る。
それならば、『美しい国を守る』ために、『潔く死のう』と思う。
思考よりも『美しい様』が重視され、結果として日本を1945年の敗戦の破滅まで、右翼思想は一直線に導いていく。

『世界的に見ても不思議な日本の右翼思想の無残』

一見似ているようで現状肯定の『保守』と、現状に不満で変革を目指す『右翼』とは全く別のもので、基本的に政治姿勢も主義主張も大きく違う。
ところが日本の『右翼』は暴力団系以外は全て『保守』を自認していて、よほどのことが無いと自分のことを『右翼である』とは言わない。
此処がそもそも自分でも左を自称して憚らない『左翼』とは大きく違うところだが、『街宣右翼=暴力団』との現実が影響しているのだろうか。
実に不思議な日本国の傾向である。
『保守』の意味は文字にある通りで、今までの古き良き権威や伝統を『守り』『保つ』政治姿勢で現在の生活や体制に基本的に満足している。
不満があるが右翼や左翼より相対的に小さい。
『保守』とは現在に依拠し、現在を守る勢力のことで、土台からの根本的な造り替えを警戒するが、漸進的な改良を最善と考えている穏健思想で、少しずつ着実に前に向かって動いて行くところに特徴がある。
その点『右翼』や『左翼』は根本的なところで現状に満足出来ずに不満を持っており、社会の根本的な土台からの改革(造り替え)を主張しているので、この部分だけなら右も左も全く同じ政治的なスタンスであるとも考えられるが、時間軸が全く違っている。
『左翼』はまだ見ぬ未来に自分の理想を期待するが、『右翼』は正反対。
右翼とは『失われた理想の過去に立脚して現在に異議を申し立てる』思想や勢力のことなのです。
この部分だけなら150年前の『逝きし世の面影』(今では失われた美しく儚い江戸文明)を主張している私などは『右翼』に分類されそうだが、どうも話が違うのです。
日本の右翼は150年前の平和な『江戸文明』は少しも理想とはしていなくて問答無用で完全否定している。
安倍晋三の『戦後レジーム(体制)からの脱却』のスローガンが示すように、今の日本国憲法に反対し65年前の敗戦以前の大日本帝国の今では失われてしまった教育勅語に理想を見る。
今の社会問題は、過去の理想的な社会からの逸脱からもたらされたもので、過去に立ち返れば全ては良くなると考えている。
ところが日本国では何処まで歴史を遡っても今と同じで天皇制がある。
現在を否定しても、現在と同じ天皇制が過去にもあるので、日本の右翼思想は最初から無条件の現状肯定の思考停止に陥らざるをえない宿命を孕んでいるのです。
社会変革を否定し現状肯定なら、それは最早『右翼』とは呼べないので我が日本国の右翼は全てが、現状肯定を身上とする『保守』を自認する今のような不思議な状態になっているのです。


<転載終了>