社会科学者の随想さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1069945063.html
<転載開始>

 【特定・自己目的化したオリンピックの開催,政治に利用されるだけの国際的な大運動会】

 【オリンピック貴族が優雅に・富裕にオリンピックを享楽し謳歌するその足下で,ロハで酷使(無料奉仕)させられ,骨折り損のくたびれ儲けだけに終わっている「ボランティアたちのアホらしさ」】

 
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 「本稿(1)」の主要目次 】

  ①「バッハ会長,平昌入り『素晴らしい17日間に』」
     (『日本経済新聞』2018年1月31日朝刊)

  ②「トーマス・バッハ」(Thomas Bach)

  「IOC貴族バッハさんをどこまで立てるか」
     (『raccoon21jpのブログ』2016/10/28 午後 6:43)

  ④「〈平昌五輪〉 五輪直前 ボランティア2400人辞める 宿泊施設などに不満」
     (『NHKニュース』2018年2月3日 17時27分)

  「〈MONDAY 解説)「平昌」迫る開幕 高揚なき五輪,かすむ意義」
     (中小路徹稿『朝日新聞』2018年1月29日朝刊)

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 ⑥「〈池上 彰の大岡山通信〉若者たちへ(163)現在進行形の朝鮮戦争 冷戦の遺産,五輪にも影」(『日本経済新聞』2018年1日29日朝刊19面「18歳プラス」)

 私が東京工業大学で教えている講義には,韓国からの留学生もいます。以前,毎回の講義が終わると熱心に質問に来ていた留学生は,卒業後,韓国に戻って軍隊に入りました。韓国では徴兵制度があるからです。朝鮮半島の情勢が緊迫化すると,彼のことを思い出してしまいます。
   ソウル駅街頭テレビ南北会談準備
 1950年6月に勃発した朝鮮戦争は現在休戦中。1953年7月に休戦協定が結ばれたあと,いまも終わっていません。戦争の当事者どうしが,平昌冬季オリンピックでは合同チームを結成する。不思議なことですが,そもそもオリンピックは平和の祭典としてはじまったことを考えれば,望ましいことではあります。

 とはいえ,今回の平昌オリンピックでは,北朝鮮も韓国も政治利用の意図が露骨です。北朝鮮にしてみれば,オリンピックとパラリンピックに選手団を派遣することで,この間,緊張緩和を演出。アメリカが北朝鮮に対して脅しをかけることを防ぎながら,核ミサイル開発を急ぐことができます。時間稼ぎです。

 韓国の文 在寅大統領にしてみても,朝鮮半島の緊張緩和を実現すれば自分の実績になります。しかし,文大統領の強引な南北融和策は,韓国の若者たちの反発を買うという予想外の展開になっています。韓国の人たちの北朝鮮への思いは,年代によって大きく異なります。60代以上の人たちには,朝鮮戦争の記憶が生々しく,北朝鮮軍による残虐行為に対する反発が根強くあります。

 一方,それより下の世代には,それほどの憎しみはなく,同じ民族なのだから仲良くすればいいではないかという思いがあります。文大統領は,こうした人たちの支持をえて選挙で当選しました。しかし,ここに文大統領の思い違いがあったのではないでしょうか。

 私は韓国の大統領選挙を間近で取材しましたが,文大統領を熱狂的に支持した若者たちは,文大統領の「若者の雇用を増やす」という公約に魅力を感じていました。若者の失業率が高いからです。北朝鮮との関係改善という方針を支持したわけではなかったのです。
 補注)本日〔2018年2月6日〕の『日本経済新聞』朝刊2面「総合1」に掲載された解説記事,見出しは「迫真平昌五輪 開幕前夜 (1)「平壌五輪」と呼ばれて」のなかには,こういう指摘がなされている。その一部分を紹介しておく。
   平昌(ピョンチャン)冬季五輪に参加する北朝鮮の選手団32人が韓国入りした翌日の〔2月〕2日。北東部・江陵(カンヌン)の選手村宿舎に北朝鮮の「共和国旗」がかかげられた。宿舎の3階に届く大きさで,縦幅は日本国旗の約3倍。これみよがしに存在をアピールする様子に,通常なら共和国旗の掲揚が法律違反になる韓国のインターネット世論は「北朝鮮のための平壌(ピョンヤン)五輪なのか」と噛みついた。

 「北朝鮮の参加に反対はしない。だけど,礼儀を欠く不気味な国との印象はぬぐえない」。五輪開幕前の最後の週末を迎えた2日のソウル駅。女子大生のイ・ウソン(21歳)は「とくにワクワク感はない。テレビでみれば十分」といいきった。1988年のソウル夏季五輪以来,約30年ぶりの五輪開催に沸くはずの韓国だが,国民の思いは複雑だ。韓国の大統領,文 在寅(65歳)の支持率は,一部世論調査でアイスホッケー女子の南北合同チーム結成の決定後に初めて50%台に一時下落した。
 〔池上 彰の記事に戻る→〕 文大統領が,女子アイスホッケーで南北合同チームを結成するという方針は,韓国の若者たちから反発を受けました。「合同チームを結成すれば,韓国側に代表になれない選手が出る。それはかわいそうだ」という反応でした。また,入場行進で朝鮮半島を描いた統一旗を使用する方針も若者たちから反発を受けました。それぞれの国旗をかかげて行進すればいい,というのです。

 この反応は,私には意外なものでした。南北選手団が一緒に行進するのは平和の祭典にふさわしいと賛成する人たちが多いだろうと考えていたからです。いまの若者にとって,北朝鮮はまったく別の国。なにも無理していっしょに行進しなくても,ということなのでしょう。

 同じ民族が殺し合った朝鮮戦争。だからこそ憎しみが強い高齢世代。戦争をしらないので反感が薄い中堅世代。まったく異質の国という意識しかない若者世代。朝鮮戦争が休戦になってから65年も経つと,戦争に対する意識にも断絶が生まれるものなのですね。(引用全体,終わり)

 韓国史(朝鮮史)の年表を1回でも観たことがあればただちに判る事実は,韓半島(朝鮮半島)が「4千年以上の歴史・そのいつの時代」のなかでは,「完全に統一されていた」「ひとつの国家」ではなかった “時期” もあった。それに1945年の「日帝からの解放」以降,73年目にもなる「南北両国・間」が「まったく同じ国家」だという意識は,とくに韓国側では薄れつつもあるゆえ,池上 彰が前段で解説したような「若者層の対北朝鮮観」が生まれている。これは思えばごく自然ななりゆきである。
韓国史(朝鮮史)おおまか年表
出所1)これはごくおおまかな年表,
http://mukuge.gomaport.com/sharon/2015/11/04/history04/

日本史と韓国史(朝鮮史)比較年表
出所)日本史と対照して観た韓国史(朝鮮史),
http://www.bushin-d.jp/chrono.html

 ⑦ 朝鮮民主主義人民共和国側のオリンピック関係人士,その人民支配側・独裁者的な容貌-玄 松月のカシミヤ・コート-


 1)北朝鮮も平昌冬季オリンピックに参加
  在日韓国系の新聞紙『統一日報』2018年1月31日は,2018年1月31日に連載記事「朝総連衰亡史(68)平昌冬季五輪関連南北間の合意を白紙に戻そう!」を書いていたが,次段のように北朝鮮をきびしく批判していた。

 日本人側には少し理解しづらい事情もありそうだが,すでに日本の言論機関もつぎのように,関係して「登場してきた人物」(北朝鮮側の幹部女性)のことを,すでに興味津々に報道していたから,ニュース報道をある程度視聴している人であれば,誰もが多少は知識のある話題である。その一部分の段落を引用する。
   平昌オリンピック会場の「事前チェック」のためソウルを訪れた玄 松月(ヒョン・ソンウォル)の贅沢な身形が注目された。玄 松月の身分は軍の大佐でかつ党中央委員会の候補委員と知られている。そして玄が率いるモランボン楽団も,三池淵管弦楽団も全員が軍人だ。

 ところが,玄 松月は,彼女の公式身分ではけっして許されない長い髪と贅沢な服装をしてきた。現役の大佐で,党幹部の女性にどうして数百万円相当のハンドバッグなどが許されるのか。これが正常と朝総連〔敗戦後:昭和20年代から日本にある北朝鮮傘下の政治団体組織〕は思うか。

 ならば,玄 松月は平等な人民共和国に存在する特権階層の証だ。もっとも,朝総連にも封建的特権層が存在する。まず,朝総連議長たちは,金 日成・金 正日・金 正恩と同じく終身職だ。
 補注)なお,彼女(玄)の来ていたコートはカシミヤだったというみたてもなされていた。
      玄末月画像
 
出所)画像は「訪韓した北朝鮮の玄 松月氏(三池淵管弦楽団団長),ファッションに視線集中“コンセプトはラグジュアリー”?」『WOW Korea 韓国芸能』2018年1月22日11時5分配信から,http://www.wowkorea.jp/news/enter/2018/0122/10205481.html
 まず,朝総連〔日本の北朝鮮下部組織〕は「民主化」と「積弊清算」を叫んできたが,玄 松月こそ,人民を裏切った,あるいは搾取する典型的な特権階層-「積弊」ではないか。そして,首領が指名した朝総連議長は,ちょうど絶対君主制のもとでの分封領主だ。完全な封建制だ。朝総連の連盟員は,金正 恩が冊封した議長に属する封建農奴のような身分だ。したがって,農奴の癖に「ロウソク革命」を云々するのは本当に喜劇だ。(引用終わり)

 近現代のオリンピック史においては「オリンピック的に貴族階層(人間集団)」が形成されており,彼らばかりがいい思い(超豪華ホテルに宿泊し,異様にけっこうな報酬を受けとりつつ,そしてそれなりに高い名誉も入手)をしているなかで,下々のボランティアは,犠牲精神を発揮しつつ汗水ばかり流させられている。

 それでも,彼ら(ボランティア提供者たち)は,まさしく「オリンピック精神」にかなった「無料」奉仕・「肉体的精神的な」貢献をおこないえていると勘違いまでしている。これは「オメデタイことだ」と形容しておくほかない。もっとも,彼らがオリンピック大会への関与し参加するそうした活動を介して,自分たちなりに〈喜び〉〈感激〉〈達成感〉を獲得し,達成できているつもりであるならば,それはそれでよい。

 以上のように発動され機能しているとでも認識したらよい『オリンピック全体の設計構想』の実際的な展開は,一方においては,異様にめだつ “王侯貴族たち” の優雅で豪奢な指導体制を披露しているのとはまた対照的に,その他方においては,オリンピック開催期間において浮き彫りにならざるをえない「ボランティアたち」側の立場 ⇒「〈奴婢みたいに哀れな立場:待遇〉」のオンパレードが,実に醜悪な様相となって披露されてもいる。

 しかも,以上のような全体の模様を呈している「内容それぞれなりの展開」は,実はいままでもいつもそうでありつづけてきたように,「オリンピックが開催されている期間」においてだけの,つまり今回の場合は,韓国平昌冬季大会の2018年「2月9日から25日までの17日間だけに限った時間」内での「ボランティア奉仕・貢献」である。だから,ボランティア労力の提供者は,その期間を過ぎるとまるで “一過性の問題(「イイことをした思い出」)であった” かのようにしか,そのボランティア労役を回想しないでよいことになるはずである。

 オリンピック貴族たちはそれゆえに,自分たちがこれからも継続して大いに栄えていくために必要な大衆的な基盤を,2年ごとに開催されるオリンピック大会と冬季オリンピック大会のたびに,非常にうまく確保できている。しかも,オリンピック大会にまつわる運営資金はそれがどこから調達されるにしても,オリンピック貴族たちが当面する状況から判断すれば, “文句なしに潤沢” である。

 たとえば「2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックでは,2016年7月,開催費用が当初の3倍の2兆円以上になる可能性について大会組織委の森 喜朗会長が言及した。東京都にもさらなる負担がのしかかる見通しだ」と。この関連する指摘はいまから1年半も以前になされていたけれども,彼ら〈オリンピック貴族たち〉の立場からすれば,それもこれも開催都市である「東京さんの御意に」任されている難題(他人事?)でしかない。 

 ここでもう一度『統一日報』1月31日の報道に戻る。関連する別の記事「北側の『健軍節攻勢』は文〔在寅〕政権への踏絵」は,つぎの記事のように論評し,北朝鮮側がオリンピックを悪用するだけの事情:「国際政治の醜悪さ」を批判していた。これには,韓国・朝鮮史にくわしくない人にあまりなじみのない内容が含まれるが,我慢して読んでもらおう。

 2)「北側の『建軍節攻勢」は文政権への踏み絵」(『統一日報』2018年1月31日)
 北側が今〔2018〕年の「朝鮮人民軍創設70周年」を迎え,「建軍節」を4月25日から2月8日に変えると発表した。平壌の朝鮮中央通信は〔1月〕23日,「労働党中央委員会政治局が2月8日に朝鮮人民軍創建日として記念することを決めた」と発表した。『労働新聞』も23日,「2月8日朝鮮人民軍創建日を意義あるよう記念することについて」という22日付,党中央委政治局決定書を1面に掲載し建軍節の変更を公表した。そして,新たな軍創軍日に合わせ,大規模のイベントを予告している。

 もともと,平壌側の「人民軍創設記念日」は解放後の2月8日(1948年)だったが,1978年から金 日成がいわゆる「抗日遊撃隊」を組織したという1932年4月25日を軍創建日に定め,「建軍節」と呼んできた。ところが,金 正恩は権力承継後,実際の正規軍が創設された2月8日に意味を付与しはじめた。その延長線で今〔2018〕年の「建国」70周年を迎え,2月8日に再び建軍節として公式化したと専門家たちは観ている。

 ところで,金 正恩が人民軍創設日を2月8日の変えるのは,これまでの捏造された「金王朝の革命歴史」と衝突するなど問題がある。父の金 正日が1978年,抗日闘争史を整備し,金 日成がパルチザン部隊を組織したという1932年4月25日を建軍節にしたことを変えるのは,「憲法改正」ほどの意味があるからだ。

 まず,今回の措置は最近の情勢に合わせて急に決めたものだ。それは北側の今年のカレンダーに,4月25日が祝日として印されていることからも分かる。そして「2・8節」は,北側がいままで宣伝してきた,「李 承晩による分断固定化」の主張をみずから覆すことになる。同時に,スターリンの命令で1946年1月に事実上の政権樹立がおこなわれたのを認めることだ。

 つまり,金 正恩の今回の措置は,明確に平昌冬季オリンピックの開催を利用する思惑から出たものといえる。平昌オリンピックの前日に,北側の「核武力の完成」を誇示し,文 在寅政権を人質にして,米国との駆け引きを有利に展開したいという狙いと見られる。

 ソウルの政府筋は〔1月〕23日,「平壌郊外の美林飛行場で,数万人の兵力と多くの装備を動員して,閲兵式のリハーサルをする状況が識別されている」といい,兵力と装備が増えつづけて,とくに,閲兵式のリハーサルにSU(スホイ)25戦闘機とAN2低速浸透機などの航空機も動員しているといった。

 関係当局は,北側が今回も大陸間弾道ミサイル(ICBM)級の「火星15型」と新型潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星3型」などの登場も予想される。

 一方,平壌側は25日,韓米連合訓練の永久中止を要求した。金 正恩は,「南北接触の維持」を願っている文 在寅政権の弱点を最大限利用して,韓米同盟に決定的にくさびを打ちこむ戦術に出た。そして,29日の深夜,金剛山での合同公演(2月4日)の取り消しを通報してきた。文 在寅政権の焦りを突く揺さぶりだ。

 北側のこういう攻勢,とくに韓米同盟への揺さぶりに対して,韓国の20代の若者層を中心に激しい反発が起きている。だが,趙 明均統一部長官は26日,北側の大々的な「健軍節」パレードを「内部的需要によるもの」と発言し,北側の戦術に載っている文政権の屈辱的な姿勢を露呈した。趙 明均統一部長官はさらに,平昌オリンピック後に韓米連合訓練を再開すれば,南北関係は昨〔2017〕年の(最悪の)状況に戻るといい,米国の対北圧迫強化に応じない態度を示した。

 いずれにせよ,金 正恩がしかけた「建軍節」攻勢が「文 在寅ロウソク革命政権」への踏み絵になっているといえよう。最近,急速に高まる金 正恩と文 在寅に対する一般市民の反感が,平昌オリンピックを前後に爆発するのか,韓国人たちは今回は自国の運命を自分が決めるのか注目される。(引用終わり)

 3)オリンピックの政治性(および利権性
 隣国に特有の政治事情があるにせよ,このようにオリンピック開催が国際政治にとって,かっこうの道具に利用されている。北朝鮮によって,いいようにもてあそばれているこの実際の状況をみたら,北朝鮮:《世界のなかの孤児》が,「同じ民族だ」という韓国側の甘い姿勢(文 在寅政権の立場)--韓国では保守派ではなく「進歩(革新)派」であるこの大統領「文 在寅側の考え方」--を,徹底的にみすかしたような〈ゆさぶり戦術〉を行使している。

 結局,オリンピックとはけっして,単なるキレイゴトでも純粋にスポーツの祭典でもないでもない。日本は半世紀ぶり,2020年に東京オリンピックを開催する予定である。

 これまでにおいてすでに,あの「緑の♀たぬき」とあだ名された小池百合子都知事と,肩書きに「東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長」をもつ森 喜朗という元首相とのあいだでは,経費負担の問題などをめぐってハデに火花を散らす(ドンパチする)抗争が繰りひろげられていた。

 そのなにやらおそらく,オリンピック利権をめぐるかのようにもみえる「非常に醜いそれも〈小池と森〉の痴話ゲンカ的な光景」は,昨〔2017〕年の日本都政史においては一大行事(イベント)になっていた。
森 喜朗と小池百合子画像
出所)https://chanare.com/archives/347

 あるブログいわく,森元総理のバックには多くの国会議員が味方についていると考えられ,破竹の勢いである小池都知事もかなり苦戦しています。今後のオリンピックにおけるバトルでも,うまい立ちまわりが必要となってくるでしょう。そもそも,79〔80〕歳のおじいちゃんが元気でいれるかどうかもわからない3〔2〕年後開催の東京オリンピックの指揮をとっているというのが,とても問題ですよね!

 オリンピック開催後の自分が生きてない時期の使い道とか真剣に考えられるのでしょうか? 本当に将来都民のためになる政策よりも,いま自分がチヤホヤされ喜ばれる選択ばかりしてる可能性もありますよね! バレーボール専用の体育館なんて今後10年で都民の何パーセントの人間が使うんだよって感じです!
 註記)「小池百合子は森喜朗をぶっ潰す!オリンピックの影に見える因縁とは?」『チャナレの達人』2017.03.07,https://chanare.com/archives/347

  隣国でいま展開されている平昌冬季オリンピックの場を利用した「南北両国間」政治・外交の駆け引きに比較すると,別の意味でまた,日本におけるオリンピック関連にまつわる醜悪な現象は,こちら側における〈幼さ〉をあえて露見させ演出しているといえなくもない。ところがその間に,アメリカのトランプがなにをいいだすかと思えば,2月3日の『毎日新聞』はこう伝えていた。

 4)「トランプ政権  新型核兵器導入へ,新指針 使用条件を緩和」(『毎日新聞』(電子版,2018年2月3日 11時26分,最終更新 2月3日 14時10分)

  【ワシントン会川晴之】 トランプ米政権は〔2月〕2日,米国の核戦略の指針「核態勢見直し(NPR)」を発表した。ロシアや中国,北朝鮮が核兵器増強を進める現状に対応し,爆発力を小さくし,機動性を高めた新型核兵器の導入を明記した。また,非核兵器による攻撃に対する核兵器による報復の可能性にも言及。冷戦後の歴代米政権がめざした核兵器削減や使用回避を優先させる方針から,核兵器を「使いやすくする」方向へとカジを切る大きな政策転換といえる。
 註記)https://mainichi.jp/articles/20180203/k00/00e/030/238000c

 アメリカ大統領のこのような采配ぶり(軍事的な志向性)に向かい,はたしてオリンピック(平和のためのスポーツ祭典)が,いかほどに〈抑止効果〉を発揮しうるのか? 「平和」といえば「戦争」ということばがすぐに対句的に浮かぶが,こちらの問題次元に立ち入って,オリンピック大会の話題をとりあげたい。

 ⑧「1936年ナチス政権下のベルリンオリンピック (簡約記事)」(『ホロコースト百科事典』より)

 1936年8月の2週間,夏季オリンピック大会の開催中,アドルフ・ヒトラーのナチス独裁政権はその人種差別主義や軍国主義の特性を隠蔽することにした。ナチス政権はオリンピックを利用し,平和的で寛容なドイツのイメージで多数の外国人観客や報道記者を惑わせたのである。1931年に国際オリンピック委員会は,1936年夏季オリンピック大会の開催地をベルリンに決定していた。

 その2年後(1933年),ナチ党の最高指導者アドルフ・ヒトラーがドイツの首相になると,1936年ベルリンオリンピックのボイコット運動がアメリカ・イギリス・フランス・スウェーデン・チェコスロバキア・オランダなどで表面化した。多数の国のユダヤ人選手が個人的にベルリンオリンピックをボイコットしたものの,米国のアマチュア体育連盟が1935年12月に参加に賛成投票すると,他の国も同調し,広範なボイコット運動は衰退していった。

 ナチスは8月1~16日の夏の大会に向けて周到な準備をし,巨大なスポーツ複合施設が建設され,オリンピックの旗とかぎ十字がベルリンの記念碑や家々を飾ることにした。大半の観光客は,ナチス政権が反ユダヤ人の看板を一時的に除去したことに気づかず,ベルリンのロマ族を警察が一斉検挙したこともしらなかった。また,ナチス高官は外国人訪問者は,ドイツの反同性愛法の刑事罰の対象外であると命令してもいた。

 1936年8月1日に開始したベルリンオリンピックには,これまでのオリンピックより多い49の競技チームが世界中から集まり競争した。ドイツは選手348人の最大のチームを出場させ,2番目は,18人のアフリカ系アメリカ人を含む312人の米国チームであった。ソ連はベルリンオリンピックに参加しなかった。

 競技のイメージはナチスドイツと古代ギリシャを関連づけ,優秀なドイツ市民は「アーリア人」文化の正当な継承者であるというナチスの人種的神話を象徴するものにしていた。一丸となったプロパガンダはオリンピック後もつづき,1938年にはドイツの映画制作会社とナチス支持者レニ・リーフェンシュタールが監督し,議論を呼んだドキュメンタリー『オリンピア』が国際的に封切られていた。
    ベルリンオリンピック孫 基禎画像『毎日新聞』
  出所)ベルリンオリンピックにおいて優勝した孫 基禎の画像。オリンピック大会での華であるマラソン競技で「アジア人が優勝した事実」に,ヒトラーはいらだっていたはずであるし,3位にも南 昇竜という朝鮮人選手が入った事実に,大日本帝国側はけっしてこころよくは思わなかった。日本はその後,孫と南に対する抑圧行為をつづけていた。
 https://mainichi.jp/graphs/20170817/hpj/00m/050/003000g/25
     ヒトラーとリーフェンシュタール画像
  出所)ヒトラーとリーフェンシュタール,https://blogs.yahoo.co.jp/yoshii18810801/15114668.html
 ドイツは第11回オリンピックから勝利者として姿を現わしていた。大会後報告書が新聞社に送られ,ヒトラーはドイツ拡大のための壮大な計画を強力に推し進めた。その後,ユダヤ人の迫害が再開され,オリンピックの2日後,オリンピック選手村の所長,ウルフガング・フルストナーはユダヤ人の子孫であるという理由で軍を退役させされ自殺に追いこまれた。(引用終わり)

 スポーツの国際的な祭典という名目がオリンピックの理念・目的であった。だが,実際におけるその内情史をうかかってみれば,国際政治面にも直結している,きわめて現実的で “とてつもなく醜悪な駆け引き” が,その根っこにはからみついている。というよりはむしろ,後者のほうに事情にこそ「肝心な重点がある」と,オリンピックの真相を把握したほうがよい。

 いうなれば「スポーツの祭典」(名目)と「政治の醜悪さ」(実体)とのあいだには,その向こう側からこちら側にまできつく張られた「1本の縄」(タイト・ロープ)が,4年ごとに開催されているオリンピックにおいては,しばしば大きく揺さぶられ,衆目の関心を惹起させるのであった。

 ⑨ 公益財団法人日本オリンピック委員会

 1)みたくない事実から目線をそむけるJOC
 このJOCのホームページには,「オリンピックの歴史」が解説されている。その「4. 再び世界を明るく照らす聖火」のなかには,不可解な,いいかえれば均衡をいちじるしく欠いた項目同士がある。以下では時間的には逆の言及になるけれども,こういう指摘をしておく。

 まず「第22回 モスクワ大会(ソビエト)1980年7月19日~8月3日」については,こう記述していた。
  実施競技種目数 / 21競技203種目
  参加国・選手数 / 80の国と地域・5,283人

 「1979年12月,ソビエト軍のアフガン侵攻に対する制裁措置として,アメリカのカーター大統領がモスクワオリンピックのボイコットを表明」すると,「日本は多くの選手,コーチが参加を訴えるなか,5月24日に開かれたJOC臨時総会において不参加を決定」した。「西側諸国が不参加のなか,全204種目中でソビエトが80個,東ドイツが47個という大量の金メダルを獲得する」。
 この解説に対して比べてみると,つぎの「第20回 ミュンヘン大会(西ドイツ)1972年8月26日~9月11日」は,実に不可解なものであって,関連して発生していた重大事件を完全に除外している。
  実施競技種目数 / 21競技195種目
  参加国・選手数 / 121の国と地域・7,121人

 「水泳・競泳男子でアメリカのマーク・スピッツ(写真)が,出場した7種目すべてに世界新記録を出して金メダルを獲得するという快挙をなしとげた。日本競泳陣では,男子100メートル平泳ぎで田口信教が,女子100メートルバタフライで青木まゆみが金メダルを獲得」し,さらに「男子体操が団体総合4連勝,個人総合3連勝を果たす」。

 「個人種目別などもあわせ,金5,銀5,銅6個のメダルを獲得する独壇場」となった。また「メキシコではおこなわれなかった柔道が復活。大活躍が期待されたが,6階級中,金メダルは3個と,予想外の成績に終わる」。「男子バレーボールで日本が金メダルを獲得」した。
 註記)前段とともに, https://www.joc.or.jp/column/olympic/history/004.html
 しかし,多少なりとでもこのミュンヘン大会について知識(記憶)のある人は,ずいぶんおかしい〈説明・記録〉だと感じるはずである。片山善雄「ブリーフィングメモ:オリンピックとテロ」『防衛研究所ニュース』2014年6月号(通算188号)は,ミュンヘン大会において発生した重大事件を,つぎのように整理していた。
   1972年のミュンヘン大会では,選手村がパレスチナ系の武闘組織「黒い9月」に襲撃され,人質11名,犯人5名が死亡し,警察官1名が殉職する惨事が発生した。結果論ではあるが,前回のメキシコ・シティー大会でオリンピックの政治的利用価値が実証され,1960年代末以降はハイジャック等,パレスチナ系テロリストの活動がヨーロッパで活発化しており,警備を厳重にしていなかったことが悔やまれる。この時以来,オリンピックとテロ対策とは切り離せないものとなった。また,政治の影響を受ける傾向がさらに強くなった。
 要は,JOCの「オリンピック大会史」の書き方は,いちじるしく公平性を欠く両大会に関する解説を,それも意図的におこなっていると感じるほかない。オリンピック大会史のなかで現実に発生していたけれども,自分たちが「観たくない事件」「憶えていたくない出来事」は,完全に無視した記載(?)になっている。ずいぶんに不自然なまとめ方をしていた。そこになんらかの政治性が関与・介在していなかったとはいえない。

 2)日本・東京8月の盛夏
 2020年東京オリンピックは,高緯度に位置する地理上の場所ではない「この TOKYO 」において,酷暑・猛暑が待ちかまえている8月に開催するというだから,これはある意味「キチガイざた」だったという結末になる可能性も,なきにしもあらずである。参加する選手だけでなく大勢参加する観客からも,脱水症・熱中症・熱射病が大量に発症させる危険性すら懸念されている。
◆ 東京五輪 34度超え予測,熱中症対策早急に 研究者ら ◆
=『毎日新聞』ウェブ版,2017年7月29日 11時09分,
最終更新 7月29日 12時31分 =

 2020年の東京五輪で,熱中症の危険を訴える専門家や競技関係者が相次いでいる。

 桐蔭横浜大などの研究チームがまとめた予測によると,開催期間(7月24日~8月9日)は運動を中止すべきだとされるレベルを大幅に超えるという。国なども熱中症対策に乗り出しているが,「選手だけでなく,観客や運営ボランティアも含め,対策をさらに推し進める必要がある」と警鐘を鳴らしている。

 研究チームは,2004~2014年の開催期間での東京・大手町の気温や湿度,日射など気象データを使って,熱中症の発症リスクを表す「暑さ指数」を算出したところ,年0.4度の割合で上昇していると分析。

 このままだと,2020年には34度を超えると予測した。また,2014年に新国立競技場など計7カ所の開催予定地で暑さ指数を測定したところ,大半が32度以上を記録。2015年にはマラソンの予定コースで,測定した9地点すべてが31度以上だった。

 環境省によると,暑さ指数が28度を超えると熱中症患者が急増するとされる。28~31度は「厳重警戒」レベルで,激しい運動は中止するよう求め,さらに31度以上は「危険」レベルとなり,運動は原則としてやめるよう推奨している。

 東京と過去約30年の開催都市の熱環境を比較した横張 真・東京大教授(都市工学)は「東京が最悪で,そもそも競技を実施してよいレベルではない。熱による人体へのダメージがかなり大きい」と警告する。

 こうした過酷な環境がとくに懸念されるのがマラソンだ。2004年のアテネ五輪女子マラソンでは,酷暑による熱中症のため参加者の約2割が棄権している。2012年のロンドン五輪で男子マラソンコーチを務めた小林 渉・日本ランニング協会代表理事も「非常に危険。夏は関東など暑い地域で大会をほとんどおこなわない」と懸念する。

 酷暑のなか,選手が能力を発揮するにはかなりの工夫が要りそうだ。1991年の東京国際女子マラソンで優勝したマラソンランナーの谷川真理さんは「日本選手は蒸し暑さにある程度慣れており,応援も多いので有利かもしれない」としつつも,「水分の補給や,より通気性のいいウエアを身につけるなど対策が必要」と指摘する。

 一方,高温多湿な日本の夏に不慣れな海外客は数百万人にも上る。大会ボランティアはパラリンピックを含め9万人以上となるみこみで,炎天下での作業も想定される。暑さ対策をめぐっては,国土交通省が保水性のある舗装を路面に施したり,霧を吹きかける装置をマラソンの沿道などに設置したりすることを検討。

 午前7時半のスタート予定時間の繰り上げも浮上している。東京都もマラソンコースや主要競技会場周辺で,街路樹を活用して日陰を作る対策を始めたが,観客やボランティアらの対策は遅れている。

 暑さ指数を調べた桐蔭横浜大の星秋夫教授(健康科学)は「国や自治体の熱中症対策では足りない。過酷な環境下でおこなわれる大会であることをもっと認識したうえで,対策について万全を期す必要がある」と指摘する。
 註記)https://mainichi.jp/sportsspecial/articles/20170729/k00/00e/040/224000c
 東京オリンピックは《盛夏の最中》に開催するが,この大会は季節的には「最悪で,そもそも競技を実施してよいレベルではない。熱による人体へのダメージがかなり大きい」とまで警告されている。つまり「選手だけでなく,観客や運営ボランティアも含め,〔熱中症〕対策をさらに推し進める必要がある」と「警鐘を鳴らして」とまで,いまからかなり深刻に心配されている。

 なかでも,7月下旬から8月初旬にかけての「過酷な環境がとくに懸念されるのがマラソン」であって,東京大会では「非常に危険。夏は関東など暑い地域で大会をほとんどおこなわない」と懸念されている。にもかかわらず,しかも「高温多湿な日本の夏に不慣れな海外客は数百万人にも上る」という予想もあることゆえ,「対策について万全を期す必要がある」と事前にしっかり覚悟していても,実際にこのオリンピックが開催されはじめたら,なにが起こるか分からない。その点は,いまからたいそう心配である。

 3)なぜ,8月に開催なのか?
 2020年東京五輪は7月24日に開幕し,8月9日に閉会する。この日程でおこなわれることが決まったとき,多くの人が「なぜ,よりによってもっとも暑い時期に開催するのだろう」という疑問を抱いたに違いない。だが,開催時期は招致の時点で決まっており,今後日程が変わることは基本的にはない。なぜなら,国際オリンピック委員会(IOC)では,立候補都市は夏季五輪開催日を7月15日~8月31日までの間に設定することを大前提としているからだ。

 IOCが開催時期をこの期間としているのはなぜか。それは,欧米のテレビで五輪競技の放送時間を多く確保するためである。IOCは欧米のテレビ局から支払われる巨額の放映権を収入の柱としている。そのため,欧米で人気プロスポーツが開催されておらず,テレビ番組の編成に余裕のある7~8月に五輪の日程を組みこむことで収入をうるという仕組を作ったのだ。
 註記) 矢内由美子「東京五輪 2020,猛暑というリスク」『nippon.com』2013.12.13,https://www.nippon.com/ja/currents/d00104/
             ※ 関連の報道 ※
   
 「平昌五輪の一部競技,欧米テレビのゴールデンに合わせる。時差で普段と違う時間に選手ら苦慮,フィギュアは就寝,起床,食事時間を3時間前倒し」(『HUFFPOST』NEWS,2018年02月05日 11時16分 JST,更新 2018年02月05日 11時16分 JST,http://www.huffingtonpost.jp/2018/02/04/olympic-schedule_a_23352674/)
 IOCの会長たちは,2020年東京オリンピックのとき,マラソン競技はいったいどこで観戦する予定なのか? トラックの真ん中で2時間くらいはじっと立ったまま,我慢して観戦してみたらどうか? オリンピック貴族たる矜持がまともにあるならば,そのくらいはお茶の子さいさい……(?)。

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