社会科学者の随想さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/bbgmgt/archives/1069959525.html
<転載開始>
 【「皇族」と「一般:民間人」との結婚問題に「民主主義」だとか「憲法」の問題が絡んでくると,即座に〈自縄自縛〉になる皇室問題に対する議論,とくに日経編集委員井上 亮の解釈が聞き苦しい】

 【天皇・天皇制の問題(特権階層的な人間集団の)になると突如,硬直した意見が言論界にゆきかう摩訶不思議】

 【週刊誌的・2チャンネル的に社会の話題にされなければ,皇室の現状はそれでいいといって済ませられるのか?】


 ①「眞子さま結婚,〔20〕20年に延期 『準備の余裕ない』宮内庁『お気持ち』公表」(『朝日新聞』2018年2月7日朝刊05時00分1面)

 宮内庁は〔2月〕6日,秋篠宮家の長女眞子さま(26歳)と,国際基督教大学の同級生で法律事務所勤務の小室 圭さん(26歳)の結婚を延期すると発表した。同庁はお2人の「お気持」を公表。理由について「充分な準備をおこなう時間的余裕がないことを認識するようになりました」と説明した。来〔2019〕年は天皇陛下の退位や皇太子さまの即位に伴う一連の儀式が続くため,再来年に延期するという。(▼34面=驚きの声)
 補注)ついこのあいだであれば(半世紀も前であったならば確実に),女性は25歳を過ぎると「売れ残りのクリスマスケーキ」だと揶揄された時代もあった。キリスト教徒など日本の人口のほんのわずか1%ほどだというのに,その最大の祭日であるイエス・キリスト様の誕生日用に「商売として盛大に売られてきたデコレーションケーキ」を話題にもちだして,そのように「女性の結婚適齢期」にひっかけた冗談話もあった。しかし,いまでは,日本において女性が結婚(初婚)する平均の年齢は30歳に近づいている。
      平均初婚年齢推移2
      平均初婚年齢推移2
 上の2表:「平均初婚年齢推移」(歳,今世紀分)をみよう。2016年において夫は31.1歳・妻は29.4歳であった。前年の2015年分と比べて,それぞれプラスマイナスゼロであった。だが,1950年までさかのぼると,夫25.9歳,妻23.0歳で,このときからは,だいたい5年も高齢になっている。
 出所・註記)http://www.garbagenews.net/archives/2013777.html


 ちなみに,皇后美智子は1934年10月20日に生まれ(現在83歳),1959年4月10日に現在の天皇明仁と結婚したとき24歳であった。その息子(長男:皇太子)徳仁は,妻の〔小和田〕雅子(1963年12月9日生まれ,54歳)とは,1993年6月9日に結婚していた。このとき雅子は29歳であった。

 またこの皇太子の弟(次男)文仁は,川島紀子(1966年9月11日生まれ,51歳)と,1990年6月29日に結婚式(神道式で)を挙げていた。このとき紀子は23歳であった。天皇明仁夫婦の長女清子(黒田清子:くろだ・さやこ,1969年4月18日生まれ,49歳)は,2005年11月15日に黒田慶樹と結婚式を挙げていた。このとき皇族側の女性であった清子は37歳

 クリスマスケーキのたとえをもちだした話題になっていたので,あえて「結婚時における女性側の年齢」だけを指摘しておいた。皇室関係者においても晩婚化の傾向はめだっていた。「皇族側の事情」に関しては,また「別の特別な家庭内情」も絡んでいるとはいえ,ほぼ世の中の一般的な動静に似たところも観てとれる。

 しかしまた,最近における日本の「若者層の一般〈男・女〉」がともに,主に経済的理由を中心に「結婚そのものをしなくなっている傾向」(より正確にいえば「したくてもできなくなっている流れ」「格差社会⇒階級社会」の実相)も,社会のなかでは顕著な動向としてはっきり現象してきた。

 そうした日本社会における事実は,高齢社会となっているこの国の人口問題をより深刻化させる要因にもなっている。ところが,皇族たちのありようは,そうした社会一般の動静とはひとまず別様:別枠であるかのように存在しえている。少なくとも「経済・金銭面」での心配はなにもないといって語弊がない。


『朝日新聞』2018年2月7日朝刊真子・小室記事 〔ここで記事に戻る→〕 皇族方の結婚の儀式や行事が,当事者の事情で延期になるのは異例。お2人は昨〔2017〕年5月,結婚の準備を進めていることが報道で明らかになった。結婚の意思を固めていたことから,当初の予定を大きく前倒しして同9月3日に婚約内定を発表した。

 だが,公表された「お気持」で「いろいろなことを急ぎ過ぎていた」と明かし,親や関係先と相談を重ねた結果,「充分な時間をとって必要な準備をおこなうのが適切」との判断に至ったと述べた。天皇,皇后両陛下にも報告したという。
 補注)ここで記されている事情「いろいろ(?)なこと」とは,この記事を読まされる立場からは「なんのことやらさっぱり分かりえない」こと〔ばかり〕である。だからといっておくが,この記事の最後でも言及されているとおり『週刊誌』的な・2チャンネル的な話題ウンヌンのほうに急遽移るほかない内容になっていた。

 お二人は婚約が内定した昨年9月にそろって会見し,眞子さまは「温かく居心地がよく笑顔あふれる家庭をつくることができればうれしく思います」と語っていた。3月4日に一般の結納にあたる「納采(のうさい)の儀」,11月4日に帝国ホテルでの結婚式が予定されていた。

 一方,小室さんの家族をめぐる金銭トラブルが週刊誌で相次いで報じられ,心配する声が宮内庁内などであがっていた。(〈+d〉デジタル版にお二人の「お気持」全文〔 ⇒ ここではつぎ(『京都新聞』の当該記事)にリンクを張っておく。http://www.kyoto-np.co.jp/top/article/20180206000192)。この「お気持」からは最後の部分を引用しておく。
   これら(この前段に当たる内容は省略)のことを踏まえ,それぞれの親や関係の皆さまと相談を重ねた結果,このたび,今後の私たちの結婚とそれにかかわる諸行事を,これから執りおこなわれる皇室にとって重要な一連のお儀式が滞りなく終了した後の再来年に延期し,十分な時間をとって必要な準備をおこなうのが適切であるとの判断に至りました。

 一度決めた予定を大幅に変更することは,私たちの結婚に快く協力してくださっている方々に多大なご迷惑とさらなるご負担をおかけすることとなり,大変申しわけなく思っております。私は,結婚に関わる諸行事を延期したい旨,天皇皇后両陛下にご報告申し上げました。両陛下は,私たち2人の気持を尊重してくださいました。
 ②「結婚延期,驚きの声 友人ら『ショック』 眞子さま・小室さん」(『朝日新聞』2018年2月7日朝刊34面)

 太陽のような明るい笑顔,月のように静かに見守る存在。昨〔2017〕年9月の婚約内定会見でおたがいいをそう表現した秋篠宮家の長女眞子さま(26歳)と小室圭さん(26歳)の結婚が,延期されることになった。友人からも驚きの声があがった。(▼1面参照)

 1月中旬の夜,秋篠宮ご夫妻が急遽皇居・御所にあがり,天皇,皇后両陛下と面会した。その数日後には小室さんが秋篠宮邸を訪れた。その後も,2月初旬にかけて紀子さまと眞子さま,秋篠宮ご夫妻といった組み合わせで御所を訪れた。これほど頻繁な訪問は異例で,宮内庁関係者の間には緊張感が漂った。

 小室さんの家族をめぐっては昨年来,金銭トラブルがあるとする週刊誌報道が相次いでいた。この報道について,宮内庁の山本信一郎長官は1月25日の会見で「ご結婚はお2人の問題。週刊誌の情報にとやかく申し上げることはひとつもございません」と答えた。宮内庁内では3月4日の「納采(のうさい)の儀」の準備も進んでいたが,関係者は「世論も踏まえ,両家の間で延期したほうがいいという判断に至ったようだ」と明かす。
 補注)要は簡単なことである。天皇の退位問題が具体的な日程も決まっている現在,週刊誌的・2チャンネル的に騒がれる話題を,社会の側に豊富に提供してしまった「眞子・小室 圭」の2人自身の結婚問題になっていたがゆえ,このさい日延べにしておきますという配慮がなされたに過ぎない。

 宮内庁のいうこと(考えていること)の真意(真相)は,日本的なアウンの呼吸や以心伝心による絶妙な腹話術師的な話法をもってしても,その本当の中身は理解しにくいものがほとんどであるから,そのあたりまでにも慎重な探りを入れて解釈しておく余地が多分にある。


 美智子が明仁との結婚が決まったとき,将来自分の夫になる相手をことをどのように語っていたか? 有名な文句であった。1958年11月27日におこなわれた婚約記者会見で,明仁の印象を問われた美智子は,こう答えていた。
   美智子記者会見画像
      美智子婚約記者会見
     出所)上の画像は共同通信社,下の画像は時事通信社。
 「とてもご清潔でご誠実なご立派な方で心からご信頼申し上げ……」。この文句「ご清潔でご誠実」はその年の流行語になった。

 今回の問題については時代を変えての話題になっているけれどもこんどは「その返す刀:ことば」の切っ先,美智子から『眞子の婚約者』に向けて突きつけられたかたちになっている。すなわち,小室 圭は「清潔で誠実で立派な」「であるべき」(※)眞子の婚約者でなければならない。

 週刊誌的・2チャンネル的にこのところ,小室 圭という青年がどのように騒がれてきたるか,ここではこまかに紹介する気はない。ただ,この「前段のごとき文句(※)」は,宮内庁的にきびしく要求される基本の条件となって,いまの「この2人」の周辺をとりかこんでいる。

 観方にもよるが,天皇明仁が退位の儀式をするまえに,打ち上げ花火的な「事前の(前夜祭的な)お祝い行事」として,孫の結婚式のひとつやふたつぐらい「挙行されて」も「いいじゃないか」,それもけっこうなことだ,といったぐあいに観ることも不可能ではない。むしろごく自然な感情でもありうる。

 だが,ことが天皇家・皇族たちの人びとに関係する行事になると,“わずかに小さい
1点の曇り” であっても,残していてはいけないらしく,この種の疑問(絶対に許しがたいもの)が当たりまえのように,それも前面に大写し出てくるのである。

 〔記事に戻る→〕 結婚延期が明らかになった〔2月〕6日,眞子さまは午後6時過ぎに仕事場があるビルの駐車場から車に乗って退社。報道陣のカメラのフラッシュを浴びると一礼したが,表情は硬いままだった。小室さんも午後6時半過ぎに勤務先の前に姿をみせ,報道陣に一礼。報道陣から「一言お願いします」などの声が飛んだが,答えることなく,帰路についた。

 国際基督教大学の同級生だった眞子さまと小室さんの出会いは大学1年のころ。2012年には交換留学生の説明会を機に親しくなり,眞子さまが英国へ,小室さんが米国へ留学に出発する前から交際をはじめた。当初から結婚を念頭に置いていたという。

 眞子さまの大学時代の後輩の男性(26歳)は「ショックで信じられない気持です。考えぬいての決断だと思う。どんな過程を歩もうと,2人でこのまま幸せに結婚して欲しいと願っています」と語った。同じく後輩の女性(25歳)は「2人の結婚を待ち遠しく思っていたので,延期になったのは残念。

 まわりからいろいろ々な声が聞こえてきても,2人の愛情の力ではねのけて欲しい」とエールを送った。また,学生時代に小室さんの自宅近くのフランス料理店で小室さんと一緒にアルバイトをした横浜市の主婦山賀優子さん(25歳)は「小室さんから(眞子さまは)『すごく優しくて,いい子だよ』と聞いていた。突然の延期で驚きました」と話した。

  ※「いろいろ々なこと急ぎ過ぎていた」お気持ち ※

 眞子さまは,自身と小室さんのお気持ちを書面で公表した。昨〔2017〕年5月,正式発表前に婚約する見通しと報道されたため,婚約内定発表を大幅に前倒しし,準備を進めてきたことを振り返り,「いろいろなことを急ぎ過ぎていた」「この速度が自分たちに本当に合っているのかを慎重に考えるべきでした」とつづった。
 補注)時間を急ぎすぎてしまった問題の解決にさいしては,週刊誌的・2チャンネル的にうるさく取材され追及されていた「2人にかかわる問題の発生」を「沈静化させ,収束していく」ための方策が考案され,しこまれていた。まるで時間の前倒し的な措置じたいが,いままで「問題となっていたその困難を発生させた」根本の原因であったかのように語られている。

 いま「騒がれている物語」のすべてを「時間の流れ」のほうに寄せて任せておき,さらには徐々に解消させていく戦術(対応)が採用されている。すなわち,その物語を徐々に分解させていき抹消していこうとする意図が読みとれる。もちろん,世論の沈静化を期待するためには,実は『同時空間的に実在するもろもろの問題』が,なるべくバラバラにされてしまい,目立たないように措置しておく努力が,換言するならば「問題を沈静化させる」意図が上手に実現されていく必要がある。

 どうやっても『週刊誌』といまの時代における《ネット世論》によるかまびすしい世間話の高揚は,誰にも止めることはできない。かつて,雅子のお世継ぎ「再生産」問題などをめぐっては,皇太子夫妻たちに対する口さがない議論がゆきかっていた。だが,皇室・皇族側の立場にとってみれば,彼らの側におけるなりに〈有名税〉の負担だといえなくもない。

 〔記事に戻る→〕 また「結婚という人生の節目をより良いかたちで迎えたい」とし,2人で結婚についてより深く具体的に考え,準備に十分な時間をかけ,「できるところまで深めて行きたい」と延期した理由を説明した。ただ,「本来であれば婚約内定の発表をするまでにその次元に到達していることが望ましかった」とし,「それが叶(かな)わなかったのは私たちの未熟さゆえであると反省するばかりです」と記した。最後に,今回の延期を,新生活開始のための時間を作る良い機会と考え,「その時間を大切に,結婚までの期間を過ごしてまいりたい」と結んだ。(引用終わり)

 ともかく眞子と小室 圭の結婚は,「これから執りおこなわれる皇室にとって重要な一連のお儀式〔天皇明仁の退位関連〕が滞りなく終了した後の再来〔2020〕年に延期し,十分な時間をとって必要な準備をおこなうのが適切である」とされた。つまり,いまのようにこの2人に対して騒がれている世論の関心であっても,いわば「人の噂も75日」的に我慢してやり過ごしてから,そのあとになってからにしようという判断である。

 ともかく,いまから60年も前に美智子から「とてもご清潔でご誠実なご立派な方で心からご信頼申し上げ」られていた皇太子時代の明仁であったが,その後天皇になってから,いよいよ退位する日程が決まっている。ところが,この時期に,孫の結婚に対して巻き起こってきた「世論側からするスキャンダル的な話題化,週刊誌・2チャンネル側における関心の高まり」は,天皇家側にとってすればけっして好ましくない事象である。ということで,現在〈宮内庁的な倫理観〉が関係方面に向かって発信されるかたちもあって,眞子と小室 圭の結婚式は延期とあいなっていた。

 ③「結婚儀式延期「私たちの未熟さゆえ」 眞子さま,文書を公表」(『日本経済新聞』2018年2月7日朝刊40面「社会1」)

  この ③ の記事は,① ② と同じ対象をとりあげている記事であるが,日経の編集委員が興味ある “独自の解説” を披露していたので,内容に関して重複が生じる点を顧みず,こちらもとりあげてみることにした。

 宮内庁は〔2月〕6日,結婚の延期について秋篠宮家の長女,眞子さま(26歳)がみずからつづった文書を公表した。A4判1枚で,小室 圭さん(26歳)と相談しながら記されたという。(1面参照)
『日本経済新聞』2018年2月7日朝刊眞子・小室画像
 眞子さまは,婚約に関する2017年5月の報道から内定発表に至るまでの経緯を説明。十分な準備をおこなう時間がないままに「いろいろなことを急ぎ過ぎていたのだと思います」「私たちの未熟さゆえであると反省するばかりです」などと記された。延期の判断は,秋篠宮ご夫妻や小室さんの親族と相談した結果といい,関係者に対し「多大なご迷惑とさらなるご負担をおかけすることとなり,大変申し訳なく思っております」と陳謝された。(眞子さまの文書全文を電子版に▼社会)(本ブログではリンクなども前出)
◆ 解説 レッテル貼りは禍根残す(編集委員 井上 亮)◆

 前代未聞である。天皇陛下の裁可をえて婚約が内定し,結納にあたる納采の儀と結婚式の期日まで決まっていた秋篠宮家の長女,眞子さまの結婚が延期となった。

 2005年11月に結婚した天皇家の長女,黒田清子さんの婚約正式発表が前年の新潟県中越地震,高松宮妃喜久子さま死去のため2度延期になった例はある。しかし,ここまで具体的に固まっていた皇族の結婚が先送りされる外形的要因はみあたらない。

 眞子さまがお気持を示した文書では「準備不足」が理由とされているが,国民の多くが思い浮かべるのが昨〔2017〕年からつづいている週刊誌報道の影響だろう。婚約者の小室 圭さんの家庭の事情に関して,バッシングともいえる報道が続けられている。憂慮されるのは,一連の報道が「皇族の結婚相手としてふさわしくない家柄」というレッテルを貼る空気を助長することだ。

 「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」と憲法は保障している。これ以外の要件はなにもない。もし,「家柄」や「経済力」などへの懸念,批判が圧力になったとしたら,民主主義国家として恥であろう。そして,今後の皇族の結婚に禍根を残すことにもなる。(引用終わり)
 この日本経済新聞社・編集委員井上 亮の意見(指摘・批判)を読んだとき,かなりビックリした。週刊誌的・2チャンネル的に口さがない報道や発言が飛び交う事象はさておき,この編集委員には,自分自身がまったく「みえていない(みようとしていない?)論点」(欠落)がある。いわれたなかではまず,「憂慮されるのは,一連の報道が『皇族の結婚相手としてふさわしくない家柄』というレッテルを貼る空気を助長することだ」という点が問題である。

麻生太郎画像8 以前の話題である。麻生太郎という元首相で,いまも “現役の副首相” がいるが,われわれのことを「下々の人たち」とみくだして指称したことが,選挙運動中における発言としてあった。

 彼の親族には皇族との縁者がいる。麻生太郎の妹が三笠宮寛仁に嫁いでいた。麻生太郎はさらにしかも,自民党国会議員(仲間の)野中広務を部落出身者だとして,平然と差別する発言した事実も記録されていた。
  出所)https://matsushima-biz.com/aso-taro-boushi-7213 この画像は,つぎの話題に登場する「麻生太郎の着帽姿」であるが,ドン小西ならなんと評するか? 本ブログ筆者はこの格好を「ゲテモノ」視するほかない。とくにネクタイが全体のなかで合っておらず,いわゆるアンサンブルが最悪である。帽子もこの格好では色合いが奇抜過ぎていて,いくらで買ったかはしらぬが,ともかくアンバランスそのもの……。

 2001年における永田町かいわいの出来事として,こういう記録があったのである。森 喜朗の首相退陣表明を受けて当時,次期自民党総裁にもっとも近いと評定されたのが,野中広務・前幹事長であった。そういった空気のなかで,河野派の会合で麻生太郎が野中の名前をあげて,こういいはなった。

 「あんな部落出身者を日本の総理にはできないわなあ」

 皇族とか皇室とかという存在に対比しては,「なにかにつけては」「ふさわしくないようにみなされる」「各種・各様の人間存在」が,いまだに隠然と数多く認知されている。それがまだ,この日本社会の実態でもある。たとえば,部落差別の反極には天皇・天皇制が控えている。明治以来の天皇制度の構築は,そうした日本社会における上下関係的な二極化構造を,あらためて造形し定着させてきた。

 被差別部落問題だけでなく,アイヌ民族・沖縄人差別,女性差別(より具体的・集約的にいえば女系天皇制「否」),障害者差別,在日差別などとの,みごとな〈合わせ鏡〉になっていたのが,天皇・天皇制「問題」に関する歴史の展開そのものであった。

 小室 圭が眞子の婚約者としてあれこれとりざたされ,あたかも好ましくない人物(お相手の男性として)であるかのように,週刊誌的・2チャンネル的に騒がれている。しかし,通常によくある事例として観れば,結婚する男女(同性婚もあるが)間においては必らず,なにも障害も悶着もなしですべての組合せが結婚式まで,しごく順調に漕ぎつけたという話にはなっているわけではない。なかには,艱難辛苦のうすえようやく結ばれたという男女もいる。

 それでも「結婚したあと」にはいつしか,もはや3~4組に1組が離婚してしまう時代である。なにをかいわんや……。だからか,「新しく結婚する」「組合せでの男女」のうち「片方が再婚者である場合」も増加している。とはいえいずれにせよ,皇族出身者〔とその一般人出身の配偶者〕にっては離婚問題は鬼門である。

 ここで特定の問題を指摘しておく。日経の「編集委員 井上 亮」が今回の「眞子と小室 圭」の結婚問題について,憲法の条項「婚姻は両性の合意のみに基づいて成立する」をもちだしたことじたい,ずいぶん奇妙に感じている。井上は「天皇陛下の裁可をえて婚約が内定し……」と語っていたが,これらの文句のあいだにおかしい点,つまり矛盾はないのか?

 なぜ,そのような矛盾が発生するかについて,まさか井上は関連する知識をもちあわせていないはずはない。さらには「『家柄』や『経済力』などへの懸念,批判が圧力になったとしたら,民主主義国家として恥であろう。そして,今後の皇族の結婚に禍根を残すことにもなる」とまで批判する見地は,やぶにらみどころか完全に逆立ちした議論になっている。

 もとより,眞子の家柄(天皇家:皇族の一員である事実)そのものが問題になっていたのではないか? この問題が実は「週刊誌的・2チャンネル的な・ミーハー的な世論」にも,じかにかかわる話題そのものにもなっており,けっして無視などできない日本における社会的な論点を形成している。

 ましてや,「民主主義国家の恥」だとか「今後の皇族の結婚に禍根を残す」のだといったたぐいの指摘・配慮は,皇室特別視の立場・思想にどっぷりはまったままでの〈腸捻転的な思考方式〉の正直な発露である。

 憲法のなかにとりこまれ・混入させられている皇室問題(新・旧「皇室典範」など)の実体に関していえば,この憲法の枠内でまともにとりあげ論じていこうとする問題意識がそもそも忌避されつづけてきた。

 それゆえ,日経編集委員井上 亮のように発想し,主張する観点はどだいからして,異様な,つまり日本の言論人としては「自分たちの置かれている状況」(天皇・天皇制に対して構えるべき基本的な視座の問題)を,意識的に突き放して客体視できていない立場・思想を如実に表現している。

 ただしこの指摘は,井上側にあっても「問題点となるようなその一理の点」はよくよく理解していると思いたい。だが,それでも故意になのか,前段のように公式に発言していたと「解釈できる余地」が「ないのではない」。あえてそこまで忖度して付言しておく。

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<転載終了>