芳ちゃんのブログさんのサイトより
http://yocchan31.blogspot.com/2018/06/blog-post_12.html
<転載開始>
戦争が起こるメカニズムはどのようなものかについてはさまざな議論がある。例えば、歴史的に繰り返して観察されてきたひとつの要因は国内政治がうまく行かない時に外部の仮想敵に関心を向けようと権力側が意図した場合だ。

これは一昨年の米大統領選で負けたヒラリー・クリントンが自分の非を認めず、「ロシアが選挙に介入したからだ、プーチンはけしからん」と言って、ロシアゲートを巻き起こして、大混乱を引きおこした心理状況と驚くほど酷似している。あの当時の様子を簡単に要約すると、下記のような具合だ [注1]:

あれは民主党全国大会が開催される予定の6週間前、2016年6月12日のことだった。アサンジが今までは棚上げにしていた「ヒラリー・クリントン関連の電子メール」を公開すると言った。これがクリントン候補の選挙陣をパニックに陥れた。これらの電子メールはクリントン候補に好意的な内容であって、同じ民主党候補のバーニー・サンダースを落選させようとする非常に偏った状況を記録していたからだ。電子メールが7月22日に公開されると、選挙団は私が言うところの「偉大なる転換」を創出する事に決めた。つまり、この窮地から脱出するために、周囲の関心を電子メールの内容にではなく、ロシアを非難することに引き寄せようと決断したのである。

新冷戦は今や前回の冷戦以上に深刻な段階に至っているという指摘がある。それだけに、核大国の米ロ両国間の対決が全面的な核戦争に発展するような事態は決して許してはならない。ところが、西側の政治家の発言や大手メディアの論調は戦争を回避するどころか、戦争を引き起こそうとしているのではないかと思わせる状況が数多く観察される。

すでに7年も続いているシリア紛争では化学兵器攻撃が何回も引き起こされ、数多くの市民が殺害された。西側の大手メディアはその度にシリア政府軍をその実行犯と見なして、シリア政府を支援するロシアの信頼性を削ごうとするための大騒ぎを繰り返して来た。証拠として提示された情報は西側が資金を提供している反政府派武装勢力や非営利団体の「ホワイトヘルメッツ」が作り上げたものであって、彼らの自作自演に基づくものであった。

2014年のウクライナ革命は今まで喧伝されていたような民衆による革命ではなく、実際には武力クーデターであったとの指摘がされている。膨大な量の情報を詳しく調査した学術的な調査 [注3] によると、ヤヌコヴィッチ前政権が崩壊することになった直接の引き金は反政府派による自作自演の発砲事件であった。つまり、2014年2月20日に50名もの死者を出した反政府デモであった。大混乱に紛れて、反政府派はデモ参加者に向けて発砲をしたのはヤヌコヴィッチ大統領の命令を受けた秘密警察だと主張し、西側のメディアがそれをオウム返しに喧伝した。しかし、時間の経過とともにこの主張は脆くも崩れた。

オランダが主催する国際調査団(JIT)が最近発表した2014年のマレーシア航空17便撃墜事件に関する調査報告書はロシアを犯人とすることが最初から決まっていたかのようで、長い時間をかけていったい何を調査して来たのかと思わせるほど偏った内容である。具体的な証拠に欠けており、客観性に乏しい。

今年の4月、英国のソールズベリーで起こったスクリパル親子の毒殺未遂事件もロシアを犯人にしたい英国政府の自作自演であった可能性は高まる一方である。すでに捜査期間が3カ月にもなった今でさえも、ドイツ政府はロシアが犯人だとする証拠は英国政府から何も受け取ってはいないと述べている [注2]。

5月29日、ウクライナのキエフでウクライナに亡命中のロシア人ジャーナリストが暗殺されたとの報道があった。これはロシア政府の仕業だとする見方が全世界を駆け巡った。このジャーナリストは母国のロシアではロシア政府を批判する急先鋒であって、昨年からウクライナへ亡命していた。ところが、暗殺の翌日、殺害された筈のアルカジー・バブチェンコが記者会見に現れ、皆をアッと言わせた。彼の奥さんはジェットコースターよりも遥かに激しい感情の起伏に見舞われたに違いない。なぜこのような茶番劇を行ったのかについてのウクライナ政府側の説明は暗殺容疑者を捕まえるためだったとしている。その準備には1ヵ月もかかったが、本人は他に選択肢がなかったと言う。しかしながら、この茶番劇の最大の目的はロシア政府を非難し、ロシアの信用を落とすことに狙いがあったと指摘する専門家が多い。ウクライナ政府ならびにウクライナを支援する米国にとっては非常に都合のいいシナリオであったことだろう。

これらの出来事を個々に見ることも大事なことではあるが、大きな地政学的な構図の中ですべての出来事を総括的に俯瞰することもまた重要だ。そこにはロシア経済の弱体化やロシア政府の信用を低下させるといった西側のディープステ―ツ好みの大目標が共通して見えて来る。米国の軍産複合体やネオコンが考えそうなテーマである。事実、彼らはさまざまな形でこの目標を表明して来た。

米国がロシアに課した経済制裁や米国のイラン核合意からの脱退もこの大きな構図を支える重要な要素として加わって来た。

もうじき始まる2018FIFAワールドカップのロシア大会では何かが起るかも知れない。要するに、西側の諜報機関や軍産複合体にとっては騒ぎを引き起こし、ロシアに辛い思いをさせる絶好の機会となるのではないか。もちろん、ロシア側は万全の備えをしている筈だ。

米ロ戦争は当面情報戦争の段階にあると言われているが、上述のさまざまな出来事を見るとこの情報戦争は徐々に拡大し、深化している。すでにその頂点に達しているのではないだろうか。

米国がロシアとの戦争を準備する中、その同盟国は米国の意向に沿った動きをする。最近の具体例を見ると、上述のようなさまざまな状況や出来事がわれわれの目の前で展開されて来た。英国で、シリアで、オランダで、ウクライナで、そして、イランに敵対するイスラエルで。もっとも驚くべき点は、どの出来事を取り上げても、西側諸国の説明はその信憑性が頗る低く、信頼できる証拠が欠如していることだ。古くから言われているように、21世紀の今日でも、戦争で真先に犠牲になるのは真実である。

国際政治の背景を説く記事として、特に、戦争に至るメカニズムを説明するものとして、「平和は常套句 - 西側が反論も受けずに世界を支配することができなくなった時、それは戦争を意味する」と題された記事がある [注4]。

本日はこの記事 [注4] を仮訳して、読者の皆さんと共有しようと思う。



<引用開始>



Photo-1:  アフガニスタンのカブールにおける薬の常用者たち。穴蔵で生活している。米国による占領が始まってからすでに16年だ。 © Andre Vltchek

西側は自分たちのことを「世界でもっとも平和を愛する国だ」と見なすのが大好きだ。でも、本当にそうだろうか?このような言葉は何処ででも耳にする。ヨーロッパから北米、そして、オーストラリアで、さらには、ヨーロッパへと戻ってくる。「平和、平和、平和!」  

これは常套句となった。うたい文句であって、資金や同情、支援を間違いなく受けるための処方箋でもある。平和を唱えれば、うまく行かない筈がない。あなたは思いやりがあり、しかも合理的な人間であるという風に受け止められるのだ。

平和が崇められている場所や平和が求められている場所で、毎年、「平和会議」が開催される。私は、最近、デンマークの西海岸で平和会議に出席し、そこで基調演説を行った。

私のような戦場にどっぷりと漬かっている特派員が出席すると、皆がショックを受ける。通常議論されている内容はごく表面的なものであり、受けのいいテーマばかりだからである。




Photo-2:  二重基準: 米英仏はイエメンではサウジ側に立っているが、シリアでは道徳を守る守護神を装っている。

せいぜい「資本主義は如何に悪いか」とか、「すべては原油と絡んでいる」といった類の議論である。西側の大量殺戮の文化についてはまったく触れることはない。長い間継続され、何世紀にもわたって略奪をし、西側の住民のすべてがそこから享受し続けて来た利益に関しては全然触れようともしない。

最悪の例は「世界は如何に悪いか」というテーマである。これは「人間は何処の国でもまったく同じだ」といった常套句で終わる。そして、ますます顕著になって来ているのは中国やロシアに対する異様で、かつ、無知な感情のほとばしりである。多くの場合、西側のネオコンは「脅威」とか「強力なライバル」という言葉で両国を形容する。

これらの会議の参加者は「平和は善」とか「戦争は悪」に関して誰もが同意する。これは総立ちの大喝采となり、お互いが相手の背中を叩くことになる。だが、感涙にむせぶようなことはほとんどない。

しかしながら、これ見よがしの振る舞いの裏に秘められている理由が問い質されることはごく稀だ。結局のところ、戦争を求めるのはいったい誰なのだろうか?いったい誰が暴力や痛ましい負傷、死を切望するのであろうか?いったい誰がすっかり破壊され焼け焦げた街並みや見捨てられて泣き叫んでいる幼児を見たいと思うのだろうか?すべては非常に単純で、非常に論理的であるように見える。

徹底的に打ちのめされ、事実上依然として植民地化されているアフリカや中東の国々からわれわれがこの「平和のスピーチ」を頻繁に聞くことがないという事実はいったいなぜだろうか?彼らが一番苦境に苛まれているのではないのか?彼らこそが平和を夢見てるいるのではないのか?それとも、われわれは皆が議論の的を外してしまっているのだろうか? 

私の友人、インドの作家で偉大な思索家でもあるアルンダティ・ロイは2001年に西側が開始しようとしていた「対テロ戦争」に関してこう書いている。『ジョージ・ブッシュ大統領が空爆を行うと公表した時、彼は「われわれは平和的な国家だ」と言った。米国のお気に入りの大使であるトニー・ブレアー(彼は英国の首相でもあるが・・・)はブッシュの言い草を受けて、こう言った。「我々は平和を愛好する国民だ。」 ということで、はっきりと分かったことがひとつある。豚は馬、女の子は男の子、そして、戦争は平和だ。』

平和という言葉を西側の人物が口にした時、その「平和」は本当に平和なのだろうか?その「戦争」は本当に戦争なのだろうか?

「自由で民主的な西側」においては一般市民はこのような質問を投げかけることが依然として許されているのだろうか?戦争と平和という考えは質問をすることが許されない教義の一部であって、西側の文化や法律によってしっかりと「守られている」のではないか?

このような質問が西側で発せられた場合、これらはほとんど間違いなく「暴力的」で「非合法的」に響くことであろう。それが原因で、グアンタナモ、あるいは、「CIAの秘密の刑務所」に収容されることになるかも知れない。2~3週間前、私はケニアのベネズエラ大使館で若者たち、つまり、左翼系の東アフリカ野党の指導者らと直接議論をした。確かに、彼らは煮えたぎり、激怒し、強固な決意をしており、覚悟ができていた。




Photo-3:  ベネズエラ大使館で左翼系の東アフリカ野党の連中に演説を行った。その後の記念撮影。 © Andre Vltchek

アフリカ大陸の現状を知らない読者に向けて一言付け加えておこう。ケニアは何年も、何十年もの間、英国や米国の、さらには、イスラエルさえをも含む帝国主義の東アフリカにおける前哨基地であった。それは冷戦の最中に西ドイツが演じた役目と同じである。豪華な商品やサービスを物色することができる天国であった。かって、ケニアはニエレレの指導の下で社会主義の実験を推進していたタンザニアの存在を実に小さく見せていたものだ。

今日、ケニアの人々の
60パーセントはスラム街に住んでいる。これはアフリカではもっとも酷い状況である。あるスラムでは、例えば、マサレやキベラは少なくとも約100万人を擁するが、これらのスラムは類を見ないような卑劣で、恐ろしい状況に晒されている。4年前に私は南米のTeleSUR ネットワークのために記録映画を作ったが、その際にこれらのスラム街を訪れたことがある。私は次のように書いた: 

「・・・公式にはケニアは平和だ。何十年もの間、西側に従属する国家として機能してきた。残忍な市場としての政治形態を実行し、外国のための軍事基地を受け入れて来た。この国に何億ドルもの金をもたらした。しかしながら、この国の悲惨さに比べると、より酷い国なんて何処にも見当たらない。

さらにその2年前、キスム市の近くで私の「トウマイニ」を撮影している間に、集落全体が幽霊のように佇んでいる無数の空き家を目撃した。住民はエイズと飢餓のせいで消えてしまったのだ。ところが、あたりは依然として平和であると言われていた。

シテ・ソレイユで絶望的なほどに貧困で、病気に苦しんでいるハイチ人を米国の軍医が屋外で手術をしていた時、それは平和であった。急ごしらえの手術台の上で局部麻酔だけで腫瘍の摘出手術を受けている女性を見て、私は彼女を撮影した。北米からやって来た医師に私は質問した。「どうしてこんなやり方で手術をするんですか?」と。そこからたった2マイル程の場所には最高の設備を持った軍の施設があることを私は知っていたからだ。




Photo-4:  ナイロビのキベラ・スラム街。住民の数は約100万を超す。 © Andre Vltchek

「このやり方が実際の戦闘状況にもっとも近いからさ」と、その軍医は率直に答えた。「われわれにとっては、これが最高の訓練だ。」 

手術が終わってから、その女性は起き上がって、彼女の怯え切った夫に助けられながらも、バス停の方へ去って行った。

そうなんだ。これらのすべての状況は公式には平和なんだ。




Photo-5:  ハイチでは米軍医による実験が続く。 © Andre Vltchek

世界中の悲惨な国々では私が作業をしていたあらゆる場所で、上記に引用した事例よりもさらに悲惨な状況を目撃した。私は、恐らく、余りにも数多くの悲惨な例を見過ぎてしまったのではないかと思う。でも、それらの状況は平和であると言われている。四肢をもぎ取られた犠牲者、焼け落ちた住宅、泣きわめく女性、病気や飢餓のせいでティーンエイジャーにもなれずに死亡する子供たち・・・ 

私がやっていることをあなたがやろうとする時、あなたは医者のようになる。つまり、あなたが出来ることはそういった恐怖や辛苦に耐えるだけとなる。何故ならば、あなたの務めは人々を助け、現実をさらけ出し、世界に恥を知って貰うことだ。あなたは自分自身が腐敗したり、崩壊したり、倒壊したり、泣き叫んだりする権利は持ってはいないのだ。




Photo-6:  癌を患うイラクの3歳の子供、モハメッド君。ギリシャのコス島にて。© Andre Vltchek 
しかし、あなたにとって耐えきれないのは偽善だ。偽善は「防弾」のためだ。偽善行為については適切な議論によって、論理によって、あるいは、例証を挙げることによって人を啓蒙することはできない。西側における偽善者は多くの場合無知であるが、ほとんどの場合利己的である。

ヨーロッパや北米の人々にとって平和とはいったい何だろうか?その答えは簡単だ。それは死亡したり、負傷する市民が出来る限り少なくなるような状況のことだ。貧困に喘ぎ、略奪に晒され、植民地化された国々からヨーロッパや北米に諸々の資源が滞りなく流れて来る状況のことだ。

そのような平和の代価は?このような世界を設定した結果、アフリカや南米、アジアではいったいどれだけ多くの人々が死亡したのであろうか?あるいは、さらに死亡するのであろうか? 

平和とは、何百万人もの非白人がその過程で消え去ってしまったとしても、西側のビジネスの利害関係が何の危険に晒されないことだ。

平和とは、西側が、反対されることもなしに、世界を政治的に、経済的に、イデオロギー的に、そして、「文化的に」支配することができる状態を言う。

「戦争」とは反乱が起こった時を言う。戦争は略奪を受けている国の人々が「ノー!」と言った時に起こる。戦争は彼らがレイプされ、はく奪され、洗脳され、殺害されることを拒否した時に起こるのである。

そういったシナリオが起こった時に西側がとる緊急の策は自国の市民の面倒を見ようとする中央政府を崩壊させることによって「平和を回復する」ことだ。学校や病院を爆撃し、飲料水や電力の供給網を破壊し、何百万人もの人々を悲惨で苦悩に満ちた状況に放り込むのである。 




Photo-7:  公式には戦争ではない - ガザにおける住民蜂起。 © Andre Vltchek 

北朝鮮やキューバ、ベネズエラ、イランに対して西側が迅速に行うことが出来る策として、いくつかの国々は、当面、経済制裁や外国から資金を得ている「野党」からの攻勢によって苦労を強いらている。西側が使う語彙においては、「平和」は「服従」の同義語である。全面的な、無条件の服従。それ以外の状況は戦争である。あるいは、戦争を招来させるであろう。

アフリカ諸国を含めて、抑圧され、悲惨な目に遭っている国々にとっては、抵抗を求めることは、少なくとも西側の語彙においては「暴力を求める」ことと同義であると見なされ、これは非合法的な行為である。第二次世界大戦中にナチドイツに占領されていた国々では抵抗を求めることは「非合法」であったが、それと同様に「非合法」である。したがって、西側の手口や心情は「原理主義者的」であって、非常に攻撃的だ。

私の友人である哲学者のジョン・コッブ・ジュニアに捧ぐ。

著者のプロフィール: アンドレ・ヴルチェクは哲学者であり、小説家、記録映画作家、調査報道ジャーナリストでもある。彼は数多くの国々で戦争や紛争を取材している。彼の最近の3冊の著作としては革命に関する小説「オーロラ」や政治に関するノンフィクションでベストセラーとなったふたつの著書、「帝国の大嘘を暴く」(Exposing Lies Of The Empire)と「西側の帝国と闘う」(Fighting Against Western Imperialism)とが挙げられる。他の著作についてはこちらをご覧ください。彼はteleSUR やAl-Mayadeenのために記録映画を作成している。南米やアフリカ、オセアニアに住んだ後、現在は東アジアや中東に居住。世界を股にかけて仕事を継続している。彼とはウェブサイトまたはツイッターで接触することが可能。

<引用終了>


これで全文の仮訳が終了した。

この著者の平易な解説の仕方が大好きだ。言いたいことを的確に伝えてくれる。

下記に示す著者の主張は非常に分かりやすい。見事でさえある:

平和とは、何百万人もの非白人がその過程で消え去ってしまったとしても、西側のビジネスの利害関係が何の危険にも晒されないことだ。

平和とは、西側が、反対されることもなしに、世界を政治的に、経済的に、イデオロギー的に、そして、「文化的に」支配することができる状態を言う。

「戦争」とは反乱が起こった時を言う。戦争は略奪を受けている国の人々が「ノー!」と言った時に起こる。戦争は彼らがレイプされ、はく奪され、洗脳され、殺害されることを拒否した時に起こるのである。


戦争が起こるメカニズムに関してアンドレ・ヴルチェクが要約したこれらの言葉を自分の心に収めて、新冷戦やアフガン戦争、イラク戦争、シリア紛争、ウクライナ紛争、イエメン、パレスチナの実態をもう一度じっくりと考えてみようではないか。今までとは違った理解に到達することができるかも知れない。いや、間違いなく新しい自分を発見することだろうと思う。

6月12日、シンガポールで米朝首脳会談が開催され、両首脳は朝鮮半島の非核化と安定した政治体制の確保を謳った合意文書に署名をした。具体的な内容は間もなく公開されることだろう。当面の報道によると、両首脳は思った以上に積極的にこの会談に取り組んでいるようだ。朝鮮戦争に終止符が打たれ、当事国間の停戦協定が平和条約に格上げされるならば、これはまったく新たな1章が始まることを意味する。

これは、世論調査に示されているように、戦争を嫌う米国の一般市民が明らかに覚醒したことを意味する。そして、この新しい国際政治の趨勢が核大国である米ロ両国間の協力体制に少しでもプラスになるとすれば、その先に待っているのは朝鮮半島の非核化だけではない。それは東アジアの非核化、欧州の非核化、さらには、全世界の非核化である。われわれの世代から次の世代に贈ることができる最高の贈り物の姿が具体的に見えて来る。これから展開される交渉がいくら長くても、いくら困難であっても、次世代に対するかけがえのない贈り物を実現して欲しいものである。実現に向けて後押しをする最強の援軍は、実質的にわれわれ一般庶民の明確な理解と確固たる決意であろう。

米朝両首脳が本日、6月12日の会談をきっかけにして朝鮮半島の非核化に成功した暁には、それは現行の新冷戦の方向性を180度転換させるような歴史的な出来事へと発展する可能性を秘めている。そうなって欲しいものである。




参照:

注1: Still Waiting for Evidence of a Russian Hack: By Ray McGovern, Information Clearance House, June/08/2018

注2: Berlin still has no evidence from UK that Moscow is behind Skripal poisoning – reports: By RT, June/07/2018,
https://on.rt.com/9729

注3: The Snipers Massacre on the Maidan in Ukraine: By ORIENTAL REVIEW, Sep/11/2015

注4: Peace is a cliché: When the West cannot control the world unopposed, it means war: By Andre Vltchek, RT, June/02/2018, https://on.rt.com/96nn


<転載終了>