逝きし世の面影さんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/2e61655790eaede4a70c360704d77010
<転載開始>
2018年08月12日 | 政治
33年前の1985年5年8月12日、垂直尾翼の大部分を失ったまま乗員乗客524人を乗せて東京都・奥多摩町上空を飛行し続ける日航123便「JA8119号機」の墜落直前の最後の姿。
(東京都や埼玉県など首都圏を飛行していた日航機はその後、南側の長野県川上村側から群馬県上野村の高天原山の尾根に墜落して、航空機事故史上最大の520名が死亡。4人の女性だけが救助されている)

日航機 目立つ責任回避の供述 『入念指示で「事故防げた」=ボ社任せ、責任否定―送検16人供述全容・日航機墜落』2018/8/12(日) 時事通信

520人の犠牲者を出した1985年8月の日航ジャンボ機墜落事故で、群馬県警が業務上過失致死傷容疑で書類送検した20人のうち、ボーイング社の4人を除く日本航空と運輸省(現・国土交通省)の16人の供述の全容が11日、明らかになった。
「ボ社に任せた」とする責任回避の姿勢が目立ち、整備で入念に指示すれば「事故を防げた」との複数の供述が存在していた。
事故は12日で発生から33年で、今年12月で送検から30年。ボ社側が事情聴取を拒否したまま、20人は不起訴となっており、16人全員の供述全容が判明したのは初めて。
事故の第一原因は、78年の尻もち事故後、ボ社が後部圧力隔壁を修理した際のミス
県警はボ社のほか、ミスを見逃したとして、日航の「領収検査」と定例整備の担当者12人、運輸省検査官4人を送検した。
関係者によると、領収検査を担当した当時の検査部長は調べに対し、(1)ボ社に任せれば安心(2)担当部がすぐ行ける東京でやる安心感(3)できる限り早くやれ―という背景があったと説明。「責任を感じるが、検査課長を信頼し、任せていた」と供述した。
これに対し、検査課長は「技術部がやってくれると判断した。検査部長は何もしなくてよいと言った。ボ社を信頼した」と供述。「義務を果たしたが、内容的に足りなかっただけだ」と主張した。
一方、技術部機体技術課長は「主管は検査部で、協議調整を受けておらず、責任は負わない」と強調。「ミス防止を考えることに無理がある」とも述べていた。
ある運輸省検査官は「国の検査は二次的、後見的」と主張。ただ、別の検査官は「国の検査は最後の砦(とりで)。道義的責任は感じている」とも話していた。
墜落前年11~12月に定例整備をした日航の整備主任は、修理機との指示はなかったとした上で、「広範囲で、嫌な仕事を与えられたという意識で、ザーッと見る怠慢な検査をした」と述べた。
上司ら5人は「事故機と気付かなかったが、修理した機だからよく見てくれと指示し、確実に検査すれば、事故は防止できた」「修理したことは頭にあったが、通常と同じ指示を与えただけ。指示していれば、事故は防げたと思う」などとする同様の見解を述べた。 
8/12 時事通信

『墜落原因の「垂直尾翼の脱落」に一切言及しない?不真面目なマスコミ??』

東京から大阪に向かっていた日航機123便は相模湾上空で突如垂直尾翼が脱落して操縦不能に陥ってダッチロールを繰り返しながらも出発点の東京都に戻って不時着を試みるが失敗。最後は長野県側から群馬県側に墜落。
520名が死亡する歴史的な巨大事故の直後にアメリカのボーイング社は早々と『尻もち事故での修理ミスで隔壁が破壊し、垂直尾翼を吹き飛ばした』と発表、日本側の運輸省の事故調も同じ結論で早期決着を図るが、生存者4名の『客室内は最後まで与圧が保たれていた』との体験証言とは大きく違っていた。
それなら『事故の第一原因は、78年の尻もち事故後、ボ社が後部圧力隔壁を修理した際のミス』は何かを隠す目的の、白々しい大嘘だったのである。一番大事な証拠物件である相模湾に落下した垂直尾翼が見つかっても、その引き上げに日本政府(運輸省)日航もボーイング社も事故調も全員が何の関心も示さない。また、今回の時事通信記事にもあるように、関係者の全員がボーイング社の尻もち事故の修理の記録に何の注意も関心も持っていなかったのである。関係する全員が、政府事故調の結論(圧力隔壁の修理ミスで垂直尾翼が吹き飛んだ)を本心では嘘だと知っていた。もちろん、日航機の遺族会とかパイロット組合など航空機事故の関係者の全員が今でも再調査を要求しているのである。
★注、
全員が薄々『嘘八百』(隠蔽工作)だと知っているのですから、その意味では今回の時事通信の記事自体は何の不思議もないが、何故33年も経った今頃になって出てきたのか。?が不思議。理由が不明なのである。(去年は日本共産党機関紙「赤旗」を含めすべてのマスコミは一切沈黙していたのですから『何か』が密かに変化した可能性がある)

『年々少しづつ悪化していた日本の右傾化(劣化)の「座標軸」としての33年前の日航機事故』

選挙のたびに日本共産党が倍々ゲームで躍進していた日航機123便の事故(1985年)当時、赤旗だけが自衛隊の組織的なサボタージュを告発していたし、その後も日航機が墜落した8月12日には毎年、『事故原因が解明されていない』事実を書き続けていた。
当時の赤旗は光り輝いていて、他の朝日や毎日などの商業ジャーナリズムでは絶対に書けない事を書いていたので、真実を知りたい人は自民党議員でも共産党機関紙の赤旗を定期購読していたのである。
ところが、段々と隠された真実を暴くとの、赤旗の姿勢が不鮮明になっていく。(赤旗の消極姿勢と連動して日の出の勢いだった共産党の躍進も止まって徐々に衰退していく)
この『逝きし世の面影』ブログが毎年8月には『御巣鷹の尾根』日航機墜落事故の真相を掲載していた理由の一つが、段々と悪化、堕落していく哀れな赤旗の姿を記録したいとの動機です。赤旗ですが、とうとう2013年には御巣鷹は、慰霊と追悼だけだった。真相究明とのジャーナリズムがゼロ。ゆっくりと死につつあった赤旗が完全に絶命したことを確認したのが、フクシマの核事故の2年目の2013年の御巣鷹山墜落事件の報道だった。(フクシマの核事故の2011年や2012年の8月には誰にも分からない様に、極わずかだけ御巣鷹の真実が書かれていた)
この日航機事故は3・11福島第一原発事故との関連が深い。
自衛隊が救助をサボタージュした原因とは積荷や機体の重しに使われていた放射性物質が原因で、汚染物質を東京電力が除染して御巣鷹トンネル付近に保管している可能性が高い。原発事故での日本政府の弱腰の原因とは、この時の『東電に対する借り』であったのでしょう。



(返還されれば東京-大阪間が30分に) 垂直尾翼を失ってから墜落するまでの32分間迷走していた空域とは『米軍が管轄する「横田空域」だった 』

現在、羽田空港以西の東京都や神奈川県埼玉県など関東地域や静岡県や新潟県までの1都8県にまたがる米軍管理下の『横田管制』が空域を管理しているので、東京の羽田空港から大阪の伊丹空港に向かった日航123便も離陸後に高度を上げながら、わざわざ東京湾上を旋回、いったん千葉方面に回り込んでから日本列島を南に迂回して相模湾上空を通過して西へ向かった。この時日航機の垂直尾翼が脱落しダッチロールを繰り返しながらも東京方面(羽田空港)に引き返そうと努力したと思われる。
墜落事故から10年目の1995年に事態は大きく動く。米軍C130輸送機が、垂直尾翼が無い日航123便を追尾していて墜落現場を確認、御巣鷹の尾根にも早々と米軍救助ヘリが到達していたが『自衛隊の救援部隊が来るから撤退せよ』と救助を中止する。その後に何故か米軍は箝口令を敷いたが、10年後に当該輸送機のパイロットが米軍機関紙で証言して明らかになる。(墜落から16時間も放置、見殺しにした自衛隊が無い方が大勢の日本人の命が助かっていた)

2015年8月1日NHKスペシャル 『日航ジャンボ機事故 空白の16時間』

『日航ジャンボ機墜落事故から30年。墜落から生存者発見までの16時間の間に何があったのか。
これまでに明らかにされていなかった事実が独自の取材が浮かび上がってきた。 未公開の内部資料、そして、関係機関の当事者たちの初証言から明らかになるのは、 救えた命は本当はあったのではないかという重い問いである。 「空白の16時間」が投げかける、日本社会が積み残したままの課題を見つめていく。』
(NHKの番組ホームページから)
あの籾井NHKですが、墜落から30年間も挙国一致の大本営発表で真実を隠し続けていたのである。
いまさら最悪の歴史修正主義の安倍晋三の低脳のお友達の籾井NHKが、何かの真実を明らかにすることはないと予想されたが『怖いもの見たさ』で見てしまう。



NHKスペシャル 『日航ジャンボ機事故 空白の16時間』によると、520人が死んだ墜落現場は決して人跡未踏の秘境では無くて首都圏の近郊であり確実な目撃者が何人も存在していた。
なんと、日航機の墜落から十数分後には地元警察に幾つもの正しい目撃情報が通報されていたが、全てNHKや自衛隊に無視されていたのである。
しかも、一番驚いたのは(警察や自衛隊などの官僚組織だけでは無く)30年間も何故かNHKも民報も新聞社も、日本中のマスコミ全員が挙国一致、一つの例外も無く『横並び』で無視していた。
このような驚愕の目撃情報は、話題が少ない田舎の小さな村落では秘密どころか全員で大騒ぎになるので、例え全国紙が無視したとしても、普通ならば地域密着型の地元紙が詳しく報じるが今回の場合、その地方紙までが挙国一致『大本営発表』の悪事に全面協力して隠蔽していたのである。
30年後のNHKスペシャルが初めての報道なのですから驚くやら、呆れるやら。
(元々、日本のマスコミの全部が政府権力のアンダーコントロール下の大本営発表だったのか、)
墜落現場の南側に隣接する長野県川上村の住民によると、低空を巨大な航空機が頭上を飛び去って長野群馬の県境の山並み(標高1978メートルの高天原山)を超えた直後に閃光と衝撃音が起きている。
住民は即座に旅客着の墜落だと判断し、警察に通報した。
日航機の墜落現場は長野群馬県境から450メートル地点だったので、墜落直後に警察が掴んでいた(マスコミが公表しなかった)この長野県川上村の住民情報は一番『正しかった』のである。
しかも、墜落地点の『御巣鷹の尾根』は埼玉県秩父市(旧大滝村)と長野県川上村を結ぶ中津川林道の三国峠からなら簡単に到達出来る近い距離。墜落してから16時間も放置した自衛隊はわざと遠回りしていた。

『元零戦パイロット(元海軍少佐)上野村村長黒沢丈夫の意趣返し「御巣鷹の尾根」の命名』

日航機の墜落地点を『御巣鷹の尾根』と命名したのは黒沢丈夫上野村村長ですが、50000分の1図を見れば一目瞭然だが墜落地点の尾根は御巣鷹山には少しも繋がっていない。
付近で一番有名なのは群馬長野埼玉3県の県境にある三国山1838メートル(一等三角点)で、墜落現場は1978メートルの二等三角点がある高天原山である。そもそも1639メートルの御巣鷹山の三等三角点は存在するが、長野と群馬の県境の主稜線の1922メートルのピークから派生した支尾根の小さな突起程度、 地元でも、山としては何の特徴もなく日航機が墜落するまでまったくの無名だった。



御巣鷹トンネルは日本最大の揚水ダムの為に東京電力が建設して、完成後には地元住民に開放される約束だったが現在でも閉鎖されたまま。長野県側は御巣鷹トンネルの入り口まで行けるが、群馬県側はトンネルの遥か手前で一般の通行は禁止されていて近づけない。
上池の長野県の南相木ダムは日本のダムとしては一番標高が高くて1532メートル。下池である群馬県の上野ダムとの揚水発電で日本最大の282万キロワットもの最大発電能力を持つが、この二つを結ぶのが御巣鷹トンネル。
なんと、520人が死んだ日航機の墜落地点(御巣鷹の尾根)とは、世界最大の原子力発電所である柏崎刈羽原発や未曾有の核事故を起こした福島第一原発を所有している東京電力が地権者だった。そもそも夜間に余った電気で揚水して昼間に発電する『揚水発電』とは原発の付属施設なのである。
臨界に達した原発は簡単には止めれない。1年間動かしたままになるので電力需要が下がる夜間には無駄になる。原発を稼動させるとエネルギーの浪費だとは知っていても仕方なく毎日毎日揚水して電気を消費する必要性が生まれる。(ところがフクシマの核事故以後には東京電力管内では原発は一切稼動していない)

『1999年の東海村臨界事故や2011年の福島第一原発事故以外の、30年前のもう一つの放射能汚染』

墜落した日航123便「JA8119号機」の機体には、振動防止の重し(バランス・ウェート)として248キロもの大量の劣化ウラン(ウラン238)が使われていた。(現在は重しとして劣化ウランでは無く、高価だが安全なタングステンに取り替えられている)
しかも運悪く、危険な劣化ウラン以外に日航機には総重量239キロの放射性同位元素(ラジオアイソトープ)が積荷として持ち込まれていた。ところが墜落炎上でほぼ全量が失われている。
劣化ウランは科学的毒性を持つばかりか金属ナトリウムのように激しく燃焼する特性があり、日航機墜落時の火災で焼失したと思われるが墜落現場の周辺は放射能汚染物質の危険性が有る。
上野村の黒沢丈夫村長が怒る組織的なサボタージュですが、自衛隊としては少しでも救助を遅らせて野外の有毒な浮遊物質が大気中に拡散することを狙っていたのだろう。『16時間の悪質な時間稼ぎ』は、墜落現場の放射能汚染を恐れたからである。

『情報の空白部分を埋めて「パズル」を完成させてみる』

ボーイングも米軍も自衛隊も軍産複合体の重要な構成部分であり、日航機墜落事故では余りにも謎の空白部分が、不自然に大きすぎる。マスコミに情報が何も無いのですが、これは意識的に『隠している』のである。
仕方無しに(意識的に隠された)ジグソーパズルの『空白部分』を、今まで分かっているピースから類推して埋めてみると、
東京電力は除染活動で出た汚染物質を(自分たちの管理下で誰も近づけない)御巣鷹トンネルの周辺に保管しているので今でも一般人の立ち入りを厳しく禁じているとすれば、今までの意味不明の数々の『摩訶不思議な謎』が簡単に全て解決する。
2011年のレベル7の東京電力の未曾有のフクシマの核事故で勝俣会長など歴代トップが検察によって二回も起訴猶予されたり、警察当局が東電に一回も強制捜査に入らない(証拠を保全しない)不思議も、放射能汚染の『除染』で東電に『借りがある』(すねに傷がある)ので躊躇したとすれば辻褄が合う。
そもそも放射能の『除染』とは航空機の墜落のような、ごく狭い地域が限定的に低濃度汚染した場合にだけ有効な作業である。
フクシマの様な原発の核事故で、とんでもなく広い範囲が超高濃度に汚染した場合には不適当。いくら一生懸命に除染してもまったく意味が無い。(旧ソ連のチェルノブイリでは核事故発生から3年間も軍隊をつかって大規模に除染していたが、健康被害の拡大から放射能汚染地域からの全住民の疎開に方針を180度切り替えている)

<転載終了>