代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternativesさんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/ab9fabd69a2c48e84af3b61789afbde3?fm=rss
<転載開始>
 8月14日に故郷に里帰りしていた安倍晋三首相が、山口県宇部市の琴崎八幡宮を参拝。にわかに琴崎八幡宮が注目を集めている。
 巷の憶測の一つは、安倍首相は、靖国神社に参拝できない代わりに、靖国のルーツである琴崎八幡宮を参拝したというものだった。日刊ゲンダイが、本日「靖国の“源流”…安倍首相が参拝した琴崎八幡宮の意外な歴史」という記事を書いて、この問題を報じていた。(以下参照)

https://www.nikkan-gendai.com/articles/view/news/235622

 さっそく琴崎八幡宮のHPを見てみると、そこには以下のように書かれていた。同社HPの説明文から私が注目した箇所(赤字の部分)を引用させていただきます。

琴崎八幡宮HP
 http://www.kotozaki.com/about




 
後の靖国神社初代宮司 青山清(上総介)が琴崎八幡宮に於いて維新決起の為、禁門の変での責を負わされ自刃させられた宇部領主 福原越後の神霊合祀を執り行った日が、慶應元年(1865)五月十六日(維新招魂社縁起)であり、・・・・・

まさにこの日こそが「招魂社」の始まりであり、・・・・・

このように長州藩内で行っていた招魂祭を東京でも行う為、長州藩洋学者 大村益次郎が社地を選定し、東京招魂社を建立し、後に靖国神社と改称





 すなわち、のちに靖国神社初代宮司となる青山上総介が、この琴崎八幡宮で、禁門の変の責任を負って自刃させられた長州藩家老・福原越後を招魂し、これが「招魂社」の始まりとなり、のちの靖国神社につながったというのだ。
 
 靖国神社が長州神社である所以が明確に語られている。
 そして、ここにこそ長州神社の最大の虚妄がある。

 招魂社の起源となった福原越後とは何者か?

 1864年、長州藩が京都御所を武力で攻撃し、孝明天皇を拉致しようとしたのが禁門の変である。福原越後は、国司信濃、来島又兵衛、久坂玄瑞らとともに、禁門の変を引き起こした首謀者であった。京都御所を武力攻撃するという日本史上唯一無二の大逆行為を引き起こした張本人なのである。

 孝明天皇は、長州を「朝敵」と呼び、崩御されるまで、決して長州を許さなかった。付言すれば、孝明天皇は、朝敵たちに毒殺されてしまった可能性が濃厚なのだ。

 「靖国神社」のタテマエは、言うまでもなく、天皇を護るために戦って死んでいった軍人たちを祀るための施設というものである。
 しかし、その実態は、孝明天皇を攻撃した側の人々が創建したのであり、京都御所攻撃という大逆罪を犯したテロリストたちを「招魂」し、祀るために始まった施設なのである。

 ゆえに靖国神社は長州神社である。孝明天皇を攻撃したテロリストたちを慰霊する施設なのである。無念の最期を遂げられた孝明天皇は、決して、長州神社を許しはしないだろう。
 
 なぜ保守派が、長州テロリスト神社をありがたがって参拝するのだ? 
 本来的に、天皇制打倒を叫ぶ左翼過激派の価値観とこそ親和的なのが靖国の起源なのだ。

 孝明天皇の無念さを考えれば、決して参拝などはできないだろう。戊辰戦争以降の日本の戦争において、「天皇のため」と戦って死んでいった兵士たちは、長州テロリストと一緒に合祀されてうれしいだろうか?  
 

<転載終了>