逝きし世の面影さんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/753e05ffb9c4998c30779dc3cd6570af
<転載開始>
2018年09月01日 | 社会・歴史
渡邉英徳‏ @hwtnv
 95年前の今日。1923年9月1日,関東大震災。神奈川県・東京府を中心として,千葉県・茨城県から静岡県東部までの広い範囲に甚大な被害をもたらした。写真は上野駅。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正


こちらが元の白黒写真。


渡邉英徳さんがリツイート
いなほ 🌾‏ @hannyaharamita3
避難時に持ち出した家財道具に火が付いて被害が拡大したってのが有ったみたいですね

現代だと避難者の車が道路を埋め尽くすなんて事も考えられますが、そんな事になったら緊急車両も通れずかなり困った事になるでしょうね

東日本大震災の時の都心は実際にそんな感じになりましたけど



渡邉英徳‏ @hwtnv
 95年前の今日。1923年9月1日,関東大震災の大津波で破壊された浦賀港。白黒写真のニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正。



『関東大震災93周年朝鮮人犠牲者追悼慰霊祭』

2年前の2016年9月1日、千葉県船橋市の馬込霊園で93年前の1923年9月1日、関東大震災が発生した時間に合わせ、追悼慰霊祭が開かれた。
慰霊碑は当初虐殺が行われた旧船橋火葬場近くにあったが亡くなった人たちの遺骨が『家の仏壇の下に、朝鮮人の遺骨を埋めた地図を隠しておいた。後に遺骨を探す人が来たら、場所を教えてやってくれ』と日本人が遺言を残し地図に記されていた船橋駅前の天沼弁天池公園から遺骨が発掘され1962年に現在の位置に慰霊碑を移した。
追悼行事に出席したイ・ギソクさん(81)の父親イ・ジンホさん(1889~1956)は朝鮮人虐殺の現場を目撃。彼の父親は24歳の時、現在の東京月島付近で地震に遭った。
地震直後、「朝鮮人が井戸に毒を投げ入れている」という流言飛語が広まったことで、軍・警察、自警団によって6000人を超える朝鮮人が虐殺されたと推定される。日本の警察は「朝鮮人の保護」を名目に多くの朝鮮人を当時日本陸軍騎兵連隊がいた千葉県習志野に集団収容した。
しかし、収容所ではまた別の虐殺が待っていた。軍が収容者の中から「不逞鮮人」を選んで直接殺害したり、周辺の村人に引き渡して虐殺を勧めたのだ。イさんは「殺害のうわさを聞いた父は収容所を逃げ出して命拾いした」と話した。(ハンギョレ新聞から抜粋)

築地市場の移転と、朝鮮人大虐殺 『因果は巡る糸車』

東京の築地市場ですが、元々東京の日本橋にあった中央市場が関東大震災で被災して大勢が死んだことから築地に移転した経緯がある。
その築地市場の移転を『立ち止まって考える』として都知事選挙で勝利した小池百合子は、その後、東京瓦斯の跡地で地下水が汚染されている豊洲移転に転じると共に今まで歴代都知事が続けていた関東大震災時に起きた朝鮮人大虐殺への追悼文寄稿を取り止める。一見無関係に思える築地市場の移転と、朝鮮人大虐殺とか地下水脈では一体不可分に繫がっていたのである。


関東大震災後の朝鮮人大虐殺50周年を記念して1973年(昭和48年)墨田区の東京都立横網町公園に立てられた『関東大震災朝鮮人犠牲者追悼碑』

『絶対的な権威がある軍や警察(日本政府)が率先して流言飛語をひろめ、善良だが愚かな人々の恐怖感や疑心暗鬼を煽る未曾有の事態』

毎年9月1日に開かれる追悼式にはシナ人とか三国人などのヘイト発言を連発していた悪質なレイシスト石原慎太郎を含めて歴代知事が追悼文を慣例的に送っていた。
ところが、都知事当選直後の2016年9月1日から小池百合子は『震災関連死は一括するから』今年から送らないと決める。小池都知事ですが、碑文にある『6000人が殺された』の文言に不満で取り止めたらしい。
そもそも軍や警察が主導した朝鮮人大虐殺は震災関連死ではない。
関東大震災の惨禍から逃れて生き延びた人々(大部分は朝鮮人)が、その後に(ルアンダの大虐殺のように)民間人の自警団によって殺されているのですよ。我が日本国では唯一と言ってよいほど特殊な大事件だったのである。(小池百合子ですが、大震災が起きたら何時でも何処でも政府が流言飛語を流して大虐殺すると言いたいのだろうか)
1923年9月6日千葉県福田村(現在の野田市)では日本政府の『朝鮮人が暴動を起こした』『井戸に毒を入れた』との流言飛語を信じて殺気立っていた『善良なる市民』の自警団が、たまたま通りかかった標準語ではない香川県からきた薬の行商人15人を『喋り方が違う』と捕えて妊婦や幼児など9人を虐殺する悲惨な『福田村事件』まで発生していた。

玉城デニー‏ @tamakidenny · 2016年7月16日
そういえば思い出した。
特定秘密保護法を審議していた委員会。法案の中身について法案の危険性を危惧する国民からのfaxを示して追及していた玉城の背後から女性の声で「日本語読めるんですか?分かるんですか?」と呟く声がした。
質問を終えて振り返ると今をお騒がせの女性都知事候補その人だった

『関東大震災時に政府(警察や軍)が広めた流言飛語』

2018年9月1日付け 毎日新聞朝刊の伊藤智永編集委員兼論説委員によるオピニオン記事『時の在りか』=『関東大震災で起きたこと』 によると、
95年前の9月1日正午前、関東大震災が発生し、大火を逃げ惑う中、早くも午後3時ごろ
「社会主義者や朝鮮人が放火した。日本人を襲いに来る」
「井戸に毒物を入れたらしい」
との流言・デマが広がった。
夕方には、東京・横浜の各町内で自警団を編成した住民たちが、竹やりや日本刀、長い棒の先にトビのくちばし状の鎌が付いた消防具(トビ口)などを手に
「朝鮮人を殺せ」
と叫ぶ光景が目撃されている、
夜、方々で虐殺が始まった。
数日間にわたり、朝鮮人に間違われた中国人や日本人、方言が通じない地方出身者、会話が不自由な聾唖者なども殺された。
(以下省略)
殺された人数は不明だが、震災犠牲者十万余人の1~数%、つまり数千人とされる。(国の中央防災会議専門調査会報告)

大震災の発生から3時間後には早くも、「社会主義者や朝鮮人が放火した。日本人を襲いに来る」 とか「井戸に毒物を入れたらしい」とのデマが広がったし、なんと四国や九州など遠く離れた場所でも東京のデマと同じ内容が『事実である』として新聞社が報じていたのである。この事実から『関東大震災時に政府(警察や軍)が流言飛語を広めた』ことは明らかだが、なんと、頭が空っぽで目が節穴の低能ネットウヨは180度逆に、四国や九州など遠く離れた場所でも東京の同じ内容なので『朝鮮人の暴動は、デマでは無くて事実である』と考えて、なんと私のブログにまで数年前にコメントしてくる始末。メディアリテラシー云々以前の問題で脳みそが腐っているのである。ほんの少しの知能とか判断力があれば国家犯罪であった事実が誰にでも分かるのです。私の場合には実の母親がまだうら若い娘時代に東京の大店に女中奉公していた時に関東大震災に遭遇。九死に一生を得たその時の貴重な目撃談とか怖ろしい経験を詳しく聞かされて育っているので多少は人よりは詳しい。

<転載終了>