タマちゃんの暇つぶし さんのサイトより
https://1tamachan.blog.fc2.com/blog-entry-17291.html
<転載開始>
4億年前の地層の石の中から、生きたカエル見つかる…世界中で同様の事例相次ぐBusiness Journal2018.11.19より転載します。
貼り付け開始

https://biz-journal.jp/2018/11/post_25572.html
文=水守啓/サイエンスライター

植木鉢を被ったヒキガエル?

 1970年代初め、丘を削って造成されたばかりの横浜の住宅地に筆者は引っ越してきた。各区画はどれも四角く整備され、道幅も広くとられた、小奇麗なベッドタウンだった。数年後、そんな住宅地にあった自宅で、当時小学生低学年であった筆者は、心に残る体験をした。

 時期は涼しい秋頃だったと思われる。庭の一角には、使用していない植木鉢がいくつかひっくり返して置かれていた。その一つに、直径15センチほどの素焼き粘土製の植木鉢があった。他の植木鉢と重ねられることなく、単独で塀に近い日陰の地面の上にひっくり返して置かれていた。どの植木鉢も塀と植込みの間に隠すように置かれていたため、まったく目立つ存在ではなかった。しかし、なぜかその素焼き粘土製の植木鉢が気になった筆者は、湿気の多いその場所へ行き、それを摘み上げた。

 すると、驚いたことに、中には巨大なヒキガエルが入っていた。直径15センチの植木鉢の内側で体が密着していたと感じられるほどのサイズであった。自宅は都会に近い新興住宅地であったため、ヒキガエルを目にするのは珍しく、初めての体験だった。50年近く経った今でこそ、その実家ではアオダイショウやヤモリなども目にするが、造成直後は、有機質の表土は存在せず、庭の表層にはあとから土が入れられたほど自然は感じられず、生き物たちを目にすることはほとんどなかったのである。

 それにも増して不思議に思ったのは、ヒキガエルはどのようにして植木鉢の中に入り込んだのかということだった。植木鉢の底には穴が開いていたが、その直径はわずか2センチほどで、中を通ることは不可能だった。ヒキガエルはいったん植木鉢をひっくり返して中に入り、その後、上手く四肢を使ってそれを持ち上げ、頭巾をかぶるように元に戻し、そこで冬眠しようとしていたのだろうか?

 その謎は説明されぬまま、以後、この出来事はずっと筆者の記憶に残されることになったのである。

 現在、筆者は房総半島の里山で暮らしている。ヒキガエルを目にすることは珍しくなくなった。林や草むらといった自然の中よりも、むしろゴミ捨て場のような不衛生な環境に多く見られる印象がある。そして、容器の中や板の下などを好んで住処とするようで、その生命力には強さが感じられる。
だが、その程度でヒキガエルの生命力や行動力に感心していてはいけないのかもしれない。


アズマヒキガエル(写真=Daiju Azuma)


石の中から蘇ったカエル

 1733年5月8日、スウェーデンのゴットランド島のニブロ採石場において、作業員のアンダース・ハウフワーダーとオロフ・シグラファは興奮して現場監督のヨハン・グローバリに不思議な発見を報告した。4億1900年前のシルル紀の砂岩層から大きな岩石を切り出していた際、大きな丸石が2つに割れ、その中央に一匹のカエルがいたのを見つけたのである。2人はグローバリを現場に連れて行き、黄色い膜で口が覆われた灰色のカエルを見せた。そのカエルは生きており、触れるとわずかに反応したが、そんなわずかな反応に満足できなくなったグローバリは、最終的にシャベルで叩いて死なせてしまった。

 のちにグローバリは「石に閉じ込められて何百年も生き伸びてきていたかもしれない驚きの生き物を殺してしまった」として自分の行動を後悔し、この謎を解くようにさまざまな学者に連絡をとった。そして、ついに内科医で博物学者のヨハン・フィル博士が興味を持ったのだった。

 フィル博士は、なんらかの方法でオタマジャクシが石の中に入り込み、そこで何年かの期間を要して大人のカエルに成長したものと主張した。そして、彼はそれを報告する論文をスウェーデン科学アカデミーに提出したが、彼の論文は1741年11月の会合において否認された。アカデミーはグローバリによる説明を含む抜粋、カエルの姿と採石場の地質断面を示す版画を含めた会議録は出版したものの、その論文は書庫に保管されるだけとなった。

 なお、発見されたカエルはアケルー城のカール・グスタフ・テッシン宮廷の自然史コレクションに秘蔵されたが、1760年に紛失している。


1733年にグローバリが描いた絵。採石場の地質断面と発見されたカエルの所在が示されている。


 このような事例はほかにもある。例えば、1761年、フランスのヘンリー3世に仕えた王室公式外科医アンブロワーズ・パレ(1510-1590)は『アニュアル・レジスター(年鑑)』に次のような説明を記載している。

「ムドン村の近くで腰を下ろしていた時、呼び寄せていた採石夫が非常に大きく硬い石を割ったところ、真ん中に完全に生きた状態の巨大なヒキガエルがいたのを発見した。その石には外部から入り込めるような穴など開いていなかった。その採石夫は、巨大な岩石ブロックからヒキガエルのような生き物を発見したのは初めてのことではないと私に教えてくれた」


アンブロワーズ・パレ(1510-1590)


超長期間カエルは休眠できるのか?

 ビクトリア朝期(1837年から1901年)、「穴の中のヒキガエル」はとてもポピュラーだったらしく、『ダービーシャー層の概要説明(A Delineation of the Strata of Derbyshire)』を含め、広域地質に関する多くの書籍が、さまざまな地層で化石だけでなく、生きたカエルが岩の中で発見されることに言及している(ただし、生きた動物はすぐに死んだ)。


『ダービーシャー層の概要説明(A Delineation of the Strata of Derbyshire)』


 当時、「穴の中のヒキガエル」を説明するため、さまざまな仮説が立てられた。悪魔の仕業説、自然発生説、大洪水の頃に閉じ込められた動物説、そして、動物の子供が大きくなりすぎて出られなくなった説である。4番目の仮説は、フィル博士のように、オタマジャクシが石の内部でエサを得ながら成長していったと考えるものだが、冷静に考えると、無理がありそうである。むしろ、すでに成長したカエルが休眠している際に周囲の環境が大きく変化していったと考えるほうが、受け入れやすいのかもしれない。

 すなわち、土に潜ったカエルがなんらかの理由で翌シーズンに姿を現すことなく長い年月が経過し、カエルを包み込んでいた土が岩石化し、その中でなおも生き続けた可能性である。そう考えると、場合によっては、古代に絶滅した種のカエルが現代に蘇ることもあるのかもしれない。
実のところ、そんな事例は存在した可能性がある。

 1865年、イギリスの新聞『ハートルプール・フリー・プレス』紙は、英ハートルプール近くの地下25フィートから採掘されたマグネシウム石灰岩の中に、生きたヒキガエルが入った空洞のある石が発見されたことを報じた。

「空洞は体よりも大きいことはなく、ヒキガエルの体型がかたどられていた。ヒキガエルの目は異常に輝いており、自由になったことで元気になっているように見えた。最初に発見された時、明らかにヒキガエルは呼吸に困難を伴っていた。だが、うまく呼吸できるようになり、その証はほえるようなノイズからわかった。そして、触れられると常にそれを発する状態が続いた。そのヒキガエルは自然史学会の会長S・ホーナー氏が引き取り、発見された時と同様に元気でいる。

 口を調べてみると、完全に閉じられていることがすぐにわかった。ほえるようなノイズは鼻孔から生じていた。前足は内側に曲がり、後ろ足は現代のイギリスのヒキガエルとは異なり、異様な長さであった。最初に解放された時、そのヒキガエルの皮膚の色は薄く、石の色との違いを容易に見極めがたかったが、まもなくすると、色は濃くなり、見事なオリーブ・ブラウンとなった」(同紙による)

 スウェーデンの博物学者、生物学者、植物学者であるカール・フォン・リンネ (1707-1778)は、両生類は岩の中で何百年も生きられると考えていた。また、1818年、鉱物学者のE・D・クラーク (1769-1822)は白亜紀に絶滅したと信じられていたサンショウウオ3種を発見し、生き物が岩の中で幾時代も閉じ込められうる可能性を示唆した。


カール・フォン・リンネ (1707-1778)


カエルの休眠能力の検証

 本当にカエルは超長期間休眠状態を維持できるのだろうか? 当時、奇妙な地質現象に関心を持つことで悪評高かったウィリアム・バックランド教授は実験によってそれらの仮説を検証する決断をした。彼は石灰岩と砂岩のブロックに適切な穴を開け、24匹のヒキガエルを閉じ込め、ガラスで封をして自分の庭の地下に1年間埋めた。そして、翌年の1826年12月、2つのブロックが回収され、中が検査された。

 砂岩に閉じ込められたヒキガエルはすべて死んで腐っていた。だが、興味深いことに、多孔質の石灰岩に閉じ込められたヒキガエル数匹はなおも生きており、そのうち2匹は体重を増やしてすらいた。だが、いくらかの封が損傷していたことにバックランドは気付いた。できた隙間からエサとなる虫が侵入していた可能性があった。そこで、完全な密閉状態を保って2回目の実験が行われた。すると、生き残ったヒキガエルはいなかった。

 結局のところ、「穴の中のヒキガエル」は生物学的に不可能と思われた。しかし、1862年、この話題は忘れ去られることはなく、むしろ世間の関心は高まる一方だった。というのも、ウェールズの鉱山「Cwm-Tylery」から、カエルを閉じ込めた石炭ブロックが新たに発見され、一般公開が行われたからである。


石炭ブロックの中から発見されたカエルを見物する人々の様子。1862年8月の『Penny Illustrated Paper』より。


 それに不満を抱いた人物がいる。内科医で作家のフランク・バックランド、すなわち、ウィリアム・バックランドの息子と、古生物学者でモンスター・ハンターのリチャード・オーウェンである。2人はヒキガエルの調査を行い、仮にその話が事実であるとしたら、 ヒキガエルが鉱山に入り、最近の採掘作業中に石炭の中に閉じ込められたとみなすほうが、よりもっともらしいと結論付けたのである。そして、カエルを閉じ込めた石炭ブロックの一般公開に抗議の手紙を送ったのだった。だが、カエルは一般公開から外されることはなかった。その代わり、その発見の真実性に関して新聞各紙に激しい論争を巻き起こしたのである。




カエルを閉じ込めた石炭ブロック。1862年8月の『Penny Illustrated Paper』より。


「穴の中のヒキガエル」を描いたPhilip Henry Gosseforによるイラスト。1861年刊『Romance of Natural History』より。


 一般的に、カエルのような両生類は冬眠や夏眠といった休眠を行うことが知られている。日本で冬眠はポピュラーなため、ほとんどの読者はご存知と思われるが、夏眠は、暑い地域において、夏の高温と乾燥による水分喪失を避けるべく、温度が低く、湿度の高い土の中に潜り込んで休眠する行為である。いずれも適度な水や酸素が得られる環境において、呼吸、心拍数、体温を落とし、代謝を抑える。冬眠・夏眠の期間は、長くて前者で約半年、後者で10カ月程度とされている。それ以上の期間に及ぶと、蓄えておいたカロリー(体脂肪)を使い果たし、死んでしまうのだ。

 仮にカエルが土に潜り込んだ後、数千年・数万年といったレベルで生き続けられるとしたら、消費カロリーを抑えるべく、休眠の初期段階から呼吸も心拍もほぼ止まっている状態を維持せねばならなくなる。だが、それは、言い換えれば、死を意味する。このように考えると、常識的に考えて、あり得ないということになるのだが、実のところ、割った石から生きたカエルが発見された事例は、知られているだけでも15世紀から210に上る。

 カエルの超長期間の休眠には難がありそうな一方で、さすがに悪魔の仕業説や自然発生説も考えにくいと思われる。特別な条件が揃った環境においては、超長期間の休眠も起こりうるのかもしれない。あるいは、どこか見落としている視点もあるのかもしれない。いずれにしても、筆者としては、まだ検証の余地が残されているように感じられ、偏見のない現代の学者による研究を期待したいものである。
(文=水守啓/サイエンスライター)

【水守 啓(ケイ・ミズモリ)】
「自然との同調」を手掛かりに神秘現象の解明に取り組むナチュラリスト、サイエンスライター、代替科学研究家。 現在は、千葉県房総半島の里山で農作業を通じて自然と触れ合う中、研究・執筆・講演活動等を行っている。
著書に『世界を変えてしまうマッドサイエンティストたちの【すごい発見】』『ついに反重力の謎が解けた!』、『底なしの闇の[癌ビジネス]』(ヒカルランド)、『超不都合な科学的真実』、『超不都合な科学的真実 [長寿の秘密/失われた古代文明]編』、『宇宙エネルギーがここに隠されていた』(徳間書店)、 『リバース・スピーチ』(学研パブリッシング)、『聖蛙の使者KEROMIとの対話』(明窓出版)などがある。
ホームページ: http://www.keimizumori.com/

ニュースサイトで読む: https://biz-journal.jp/2018/11/post_25572_3.html
Copyright © Business Journal All Rights Reserved.
貼り付け終わり


*素晴らしい見聞録で、感動しながら読みました(^^♪
・カエルさんもソマチッドと同じです(=・ω・=)にゃ~♥

・このカエルさんを食すのは叶わないので、石に閉じこもってサバイバルという手法を頂きましょう(^^♪

<転載終了>