東海アマブログさんのサイトより
http://tokaiama.blog69.fc2.com/blog-entry-814.html
<転載開始>
 90歳をとっくに超えた老母が名古屋市内の老人ホームで生活していて、月に数回は訪れているのだが、行って、近くで話していると、私は、だんだん力が抜けてゆき、元気を失って、全身に疲労感を感じる。
 私がげんなりとするのと対照的に、母親は、よくしゃべり、元気になってゆくのが分かる。
 これは、行くたびに感じることである。

 この現象を感じているのは私だけではないようで、老人介護に初めて携わる人たちの多くが経験することだ。
 原因は、老人が、無意識に、近くにいる人の気を吸い取ろうとするからだと私は考えている。とりわけ家族に対しては遠慮なく気を吸い取ってゆく。

 介護の人は、慣れてくると、そうした疲労感を感じなくなるらしい。理由は、老人に吸い取られる気を止めることができるようになるからのようだ。
 どうやら、自分の身内である老人に対して、同情し、心配したりすると、自分の気が相手に送り出されてゆくようだ。しかし、何の同情心なく、心配もせずに、相対していても、気の受け渡しは起こらない。
 プロの介護人や、医療関係者は、そうした気を渡さない技術を無意識に身につけているようなのだ。
 「気」について、現代科学は、ほとんど何も分かっていないし、西洋医学では、その存在さえ意識する者は非常に少ない。
 それは見えないし、文献にもなく、いろいろな意味で情報が少なすぎて、判断材料が乏しいのと、他に、体系的な学問の蓄積があって、大きな権威を与えられていて、気を持ち出すと、それらの権威が根底から覆される恐れがあるので、みんな怖がって「触らぬ神に祟りなし」という姿勢をとるのだと思われる。

 だが、東洋医学では、気なくして体系が成立しないほど、深く本質的に関わっている。
 気の理論が、東洋医学の骨格、基礎をなしているのである。
 人間の体には、血管とも神経とも異なる、解剖しても目に見えず、触っても知ることのできない経絡という循環系があって、そこに気が流れて全身を循環することで、初めて生命力が成立しているというのが基礎中の基礎理論である。

 ki1.jpg

 希に経絡が体表面に現れる人がいる。(経絡敏感人=妙佛より)
 ki2.jpg

 日本では、鍼灸医療が昔から広く普及していて、経絡に関して詳しい人が大勢いる。
 私も、痛風発作が起きていたとき、足の激痛を止めるのに、自分で、足の経絡(三里・通谷)に針を打ち込んだり、指圧をしたり、でかい灸を据えたりして痛みを軽減することを覚えた。

 解剖しても経絡を見ることができないので、西洋医学を学んだ医師の大半が、気の存在を迷信扱いして相手にしないが、一方で、漢方を多用するようになったのは不思議な話だ。
 鍼灸医は、かなり高額な治療代をとるので、私のような貧乏人は、自分で自家治療するしかなく、正しい経絡ツボの位置を探すのに、いつも四苦八苦している。
 親戚が尾頭橋で昔から治療院を開業しているのだが、一回7000円も取るので、金持ちしか行けない。しかも、インパクトのある劇的な効果がない。あれじゃ、若者から見放されて潰れてしまうのではと危惧している。

 気を実感できるのは、合気道の達人動画である。
 由美かおるの師匠、西野皓三の気のトレーニング動画は、この世の者とは思えない漫画チックな怪奇現象が映っている。
  https://www.youtube.com/watch?v=PHTBQsWy3Fk

 明治時代に、合気道(大東流)を創始した武田惣角の流れを汲む、植芝盛平・堀川幸道・塩田剛三・岡本正剛らの動画を見ていると、これも、まったく信じられない漫画の世界である。
 https://www.youtube.com/watch?v=CAbV07kQa0s

 https://www.youtube.com/watch?v=Nw_-WajhUqA

 体が接触しないのに、一斉に襲いかかった者たち全員が、一瞬で吹っ飛ばされる。体が触れただけなのに、転倒させられる、日本人は、合気道のこうした奇っ怪な現象を、見慣れている人が多いからいいが、外国人がこれを見ると、全員が「ウソ、やらせ」と思うらしい。
 中国でも、この種の気功動画は少なくないが、日本の方が凄い。
 https://www.youtube.com/watch?v=NEaaHRhvUsE

 実は、私も、若い頃、気功の修行をしたことがある。
 私は、周天功というのをやったのだが、イメージとしては、足の下から呼吸とともに大地の気を吸い上げて、意念によって腹部の丹田に持ち上げ、全身をぐるぐる回すというもので、一番感度の良かったときは、今、気が自分の体のどこを通過しているのか、はっきり理解することができた。

 「気は意念に従う」といって、意識することで気を操作できるのである。
 これによって体中の異常を起こしている箇所を正常に戻すことができ、全身の代謝を高めて元気を作り出すことができる。 
https://www.youtube.com/watch?v=59PGgTMNlo0

 なんで、やめたかというと、気の世界独特の副作用が起きたからだ。
 これを偏差といい、人によって症状が違うが、私の場合は、昔から霊感が強く、幽体離脱もするほどだったので、霊的能力が急激に高まってしまって、あちらの世界に入り込んでしまったのだ。
  https://www.youtube.com/watch?v=dl-FYBxaKr8

 いきなり結論で申し訳ないが、気功は、心身のバランスの取れた人がやるのならいいが、私のように精神的に問題のある人間がやると、とんでもない副作用が起きる。
 具体的には、いつか明らかにするかもしれないが、今は、精神異常が加速するという程度にしておく。意念が強くなりすぎて、他人に恐怖感を与えるようになってしまったので、やめるしかなかった。

 私に可能だったのは、他人の体を緩めて伸ばしてしまう作用。
 例えば、気功の第一歩は、両手のひらを胸の前で合わせて、くっつけたり離したりしているうちに、手のひらが刺激を受けて気を出すようになる。
 数分で、手のひらが熱くなり赤みを帯びてくる。すると多くの人が左手の指がびろーんと延びてしまうのだ。
 これは100人のうち90人程度に起きるので、誰でも経験することができる。

 これで手のひらから気を出せるようになるので、真光教団の「手かざし」の資格が立派に成立するわけだ。
 だが、無自覚にこれをやると、ひどい目に遭う。私のように偏差が起きて、ひどい場合には、偏頭痛持ちになってしまい、吐き気が止まらなくなったりするので、夢中になってやるのはやめた方がいい。
 気を与えられた方は、体内に気が増えると気持ちよくなるのでいいように思うが、気を与える方は「気虚」という現象を起こして、冒頭に紹介した老母に会う私のように気を吸い取られて元気を失ってしまうのだ。

 それに大事なことだが、一人一人の気には「波動」の性質があって、同じ精神レベルの者どうしなら「気が合う」のだが、波動がひどく低い人に手かざし気功を施したりすると、その人の低い波動が移って病気になったり、逆に、自分の病気が相手に移ったりする現象が起きる。
 気功というものは、相当に難しい問題がたくさんあることを知っておいた方がいい。「自分の健康を分けてあげる」という気持ちでやる程度にしておくべきだ。

 なお、怖い話ではあるが、私の知っている気功師は、みんな50歳代で死亡してしまった。冒頭に書いたように、患者を気の毒に思って治療すると、気を吸い取られることが原因だと私は考えている。それを知っている治療師は、決して気を出さないようにコントロールするのだ。

 私は、数メートル離れたカレンダーなどを手かざしだけで動かすことができた。金属製スプーンを柔らかくすることもできた。ちぎれるまではいかなかったが、続けていれば、その程度は可能だったと思うが、副作用を自覚するようになって怖くなってやめたのだ。

 あまり、言いたくはないが、気を修練していると、意識は霊的世界に近づいてゆき、霊界の影響を受けるようになる。
 まずは、人のオーラが見えるようになる。頭の周りに白っぽい傘のようなものが見える。色がついていることもある。
 当時、名勝負を繰り広げた貴乃花と魁皇の一番をテレビで見ていて、魁皇の頭の上に清正兜のような長いオーラが見えた。貴乃花は王冠か中華コックのような上に広がったオーラで、長さから魁皇が勝つと思え、その通りになった。 
https://www.youtube.com/watch?v=lyLCkrWvhBk

 それから夢中になって人のオーラばかり見るようになり、どす黒い印象のオーラを持っていると、死期が近づいていることも分かった。
 これも、心霊現象が多発するようになって、意識するのをやめた。

 気は、生命現象と一体のもので、生命力の強い人は気も強い。私は、数年前から飲酒癖などで、肝臓をやられ、腹水が出たりして、かなり危険な状態になったが、酒をやめて、気の循環を確保するため、毎日、豊かな気をに包まれた森林浴コースを1~2時間歩くようにしている。
 歩くことが、たぶん気を回復させる近道だと思っている。

 間質性肺炎をやってしまったため呼吸力が衰えて、やたらに息切れを起こすようになったが、森林浴歩行を長い間続けているうちに、少しずつ回復して、特別なことをしない限り、息切れを起こさなくなった。
 これで間質性肺炎が回復するほど甘くはなさそうだが、森に行かないと、どんどん呼吸力が悪化することを自覚するようになったので、森林歩行は欠かせない。
 この数日のように、降雨が続いて歩けないと、かなり辛いものがある。

 気の理論が正しければ、気の循環を正常にすれば、体のさまざまな病気も治ってゆくはずだ。
 千島学説によれば、癌細胞でも、繊維化した細胞でも、一定の条件で元の細胞に回復することが示されている。それが本当かどうか、自分の体で試しながら、読者に結果を報告したい。

 気功をやって、良かったことといえば、死を怖れなくなったことだろうか?
 気を修練すると、人生の価値観が、利己主義から解放されて宇宙の流れのなかに身を任せ、どんな運命でも受け入れ、強欲を満たしたいという気持ちも失せてしまうのだ。
 これは、気功をやめてからも持続している。それは宇宙と社会の本質の一端に触れたことで、価値観が変わってしまい、名誉欲とか金銭欲とか色欲とかから解放されたせいだろうと思っている。
 

<転載終了>