芳ちゃんのブログさんのサイトより
http://yocchan31.blogspot.com/2019/08/blog-post.html
<転載開始>
インタ-ネットにける言論の自由が低下しつつあると言われている。インターネット上で発信される情報のコンテンツに規制がかけられ、たとえば、政府の政策について何らかの異議があって、その反対意見を表明しようとしても政府は表明をさせないといった状況が現出する。つまり、法的な枠組みによって政府に反対する意見を封じ込めてしまうのだ。

現実の世界ではインターネットにおける言論の自由は今どのような状況にあるのだろうか?

米国のシンクタンクのひとつであるフリーダムハウスは各国の言論の自由や出版の自由に関して毎年報告書を発行している。「ネットにおける自由」に関する2018年の報告書(原題:Freedom on the Net 2018)は、仮訳すると、現状を次のように総括している: 「インターネットでは自由の度合いが世界中で低下し、その影響を受けて、民主主義自体が後退している。オンライン上で発信される偽情報やプロパガンダは公的な領域に毒をばら撒いて来た。抑えの利かない個人情報の収集は伝統的なプライバシーの概念を破壊してしまった。徹底した検閲と自動化された監視システムを駆使した中国式モデルを採用することによって、いくつかの国は「デジタル専制国家」に向けてその動きを加速している。これらの趨勢の結果、世界のインターネット上の自由は2018年には過去8年間連続して後退した。」

ここに、「インターネットにおける言論の自由は葬り去られた」と題された記事がある(注1)。

本日はこの記事を仮訳し、読者の皆さんと共有しようと思う。インターネットにおける言論の自由が米国ではどのような形で脅威を受けているのかに関して具体的に学んでおこう。米国で起こった政治的な場面は遅かれ早かれ日本にも飛来することが多いからだ。
<引用開始>

インターネットは、元来、何処の国の市民であっても分け隔てなく完全に自由で、検閲のないシステムにおいて意見交換を行い、お互いに通信する場として提供されたものであったが、今や、インターネットは実際にはそうではなくなってしまったと多くの人たちが言う。政府とサービスプロバイダの両者はインターネットにコントロールをかけることを好むようになった。たとえば、バラク・オバマ前大統領は、かって、「国家の緊急事態」が起こった際にはインターネットを完全に閉鎖することができる「スイッチ」を模索した。

また、ドナルド・トランプ大統領はフェークニュースに関しては多くを語りたいようであるが、インターネットの保護に関しては規制を加えることを支持する姿勢だと報じられている。5月に、サービスプロバイダがインターネットの通信をあれこれと操作することを防止する「ネットの中立性」法案が下院を通過したが、上院では「死に体」となってしまった。本法案は施行には至らない。

交流サイトは自主的にある種のコンテンツを制限し、受け入れられないような素材(文章や映像)を検索し、それらを排除する「検閲要員」を採用している。立法化待ちとなっているヨーロッパの法案は受け入れらない古い投稿メッセージに対するアクセスをインターネットのサーチエンジンが排除することを求めようとしている。ユーチューブはすでに古い投稿メッセージを削除しており、偏向した「パートナー」には、たとえば、名誉棄損防止組合(Anti-Defamation League)には将来のコンテンツを規制する指針を設けるよう求めている。多くのフェースブック利用者からの指摘によれば、幾つかのコンタクトがすでに疑いもなく一時的に(あるいは、永久的に)ブロックされ、サイトへのアクセスが拒否された事実がある。

グーグルは望ましくはないと判断される項目の検索に関しては今や自動的にその検索を中断するか、制限をかける。グーグルが何らかの理由で検索を認めない場合、検索結果は示されない。あるいは、検索された項目のリストの中でも非常に低位に置かれる。そして、検索の結果上位に現れるのは自分たちの製品やサービスを売り込むためにグーグルへの支払いをした事業者からのコンテンツだけとなる。競争相手に由来する情報は検索結果の中では低位に置かれ、時には、ブロックされる。したがって、グーグルは、とてもじゃはないが、偏向のない情報提供を行っているとは言えないのだ。

Photo-1 (訳注: 「404」というステイタスコードは「ファイルが見つかりません」というメッセージである)
2017年の5月、フェースブックは 新たに3000人の「検閲要員」を採用すると発表した。そして、交流サイトにおける検閲に関する私の個人的な体験が間もなく始まった。私は「シャーロッツビルの鎮魂曲」と題する記事を投稿した。それはウェブサイトに掲載された。一日目の終わりには、サイトマネジャーらはこの記事がかなりの数のフェースブックの読者の関心を呼んでいたにもかかわらず、同記事に寄せられた「いいね」の数はスクリーンのカウンタ上には表示されてはいないことに気付いた。つまり、作表がされてはいなかったのである。さらには、フェースブック上で同記事をシェアーすることも出来なかった。シェアーボタンが削除されていたのである。

ビデオ: Facebook and the New Face of Regime Change

フェースブックやヤフーニュースのコメント欄、ユーチューブ、グーグルの「いいね」は重要である。なぜならば、その記事がサイト全体にどのように配布されているのかを自動的に示してくれるからだ。もしも数多くの「いいね」が寄せられているならば、検索が行われた場合、あるいは、誰かがそのページを開いた場合、その記事は上位に位置する。もしも特定の記事が数多くの「嫌い」とか否定的な評価を受けるならば、これらの記事はコベントリーへ送付することが可能だ(訳注: 「コベントリーへ送付する」とは何を意味するのかは私には分からない・・・)。承認または非承認がどのような種類の読者に受けたのか、あるいは、検索の結果何が浮かび上がって来たのかを知る上で重要なのである。

私の例では、その翌日、私のウェブページは通常状態に戻り、「いいね」が再度現れ、読者がこの記事をシェアーできるようになった。しかしながら、誰かが私の投稿を操作していたことは明らかだった。間違いなく、私の書いた内容は何らかの政治的な判断に基づいて否認されたのだ。

23日後、私はまったく同様な別の出来事にも遭遇した。ロン・ポール研究所(RPI)のウェブサイトはその投稿のほとんどがユーチューブ(グーグルの所有)上で掲載されている。同サイトには広告も掲載されており、その広告収入のほんの一部がRPIに支払われていた。突然、何の説明もないまま、「手動の検閲」の結果、コンテンツが「広告主のすべてにとっては不適切である」との判断がされ、RPIの広告とRPIへのリベートが削除されてしまった。明らかに、これは同研究所の行動や論調を否認することから起こったものである。これらの投稿に関してコメントすることやリンクを張ることの可能性も排除されてしまった。

反政府的な言動で知られる元外交官のクレイグ・マレー(訳注: 反政府的な言動の事例: たとえば、スクリッパル父娘殺害未遂事件における彼の論点は常識的な観点から数々の疑問を論理的に表明し、政府が推し進めるスト-リーを問い質すたものだ。それが反政府的であるとするならば、民主主義が成り立たないように私には見えるのだが)は、2018年の4月、フェースブックへ掲載した論評が秘密裡に操作されたことを指摘した。彼のサイトを訪れる重複しない読者数が通常のレベルである一日当たり20,000人に比べて、その三分の一に低下したことから、彼はそう判断した。その理由を発見することは決して難しくはなかった。われわれのサイトへの訪問客は、通常、その半分以上がフェースブック経由でやって来る。最近の数日間、フェースブックからは誰もやって来なかった。特に悪質な点はフェースブックはこの検閲を秘密裡に行っていることだ。

フェースブックによってブロックされた際の主要なメカニズムは次のような具合だ: 私のフェースブックへの投稿は、単純に言って、大部分の私のFB友達やフォロワーのタイムラインへは送付されない。投稿は皆にシェアーされたものと思うしかないが、実際にはほんの少数に送付されるだけなのだ。もしもあなたが少数の受け取り側の一人であって、その投稿を見ることができ、その投稿をシェアーした場合、あなたがシェアーしたことはあなたのタイムライン上で示されるだろう。しかし、実際には、あなたのFB友達のほとんどはその投稿については何も受け取らない。フェースブックは自分たちが行っているとあなたに告げたことは実際には何も行ってはいないのである。フェースブックはその投稿がシェアーされたとあなたには告げるが、フェースブックはあなたに対しては事実を何としてでも隠す。ツイッターは「シャドー・バニング」と呼ばれる同種のシステムを有する。そこでもそれは極秘裏に行われ、犠牲者には何も告げない。

最近のことではあるが、インターネット上の交流サイトや情報サイトに対する検閲が強化された。その圧力は政府やさまざまなインターネットの顧客の両方からやって来る。5月末、フェースブックの創設者でCEOを務めるマーク・ズッカーバーグはフランスのエマニュエル・マクロン大統領と会って、インターネットから「ヘイトスピーチ」を如何に排除するかについて論じ合った。

ふたりは米国のインターネット・モデルは、すでにひどく操作されているにもかかわらず、あまりにも自由放任主義的であるとしてお互いに合意し、受け入れられない見解は禁じることが許されるフランス方式を開発することに興味があると表明した。ズッカーバーグは欧州同盟全域のために立派なモデルとして稼働するであろうと述べた。すでに報じられているように、フランスは立法化を狙っている。監督官庁を設置し、もしもインターネット企業が嫌悪感に満ちた表現を抑えようとはしなかった場合、その企業にはその企業の全世界における収益の最高で4パーセントに相当する罰金が課される。これは莫大な金額である。

こうして、選挙で選出されたわけではない無名の検閲要員がコンテンツを制御しようとしてインターネットの全域で仕事をする。このことは誰をも驚かす程のものではないと思う。しかし、干渉は悪化するばかりである。政府もサービスプロバイダも自分たちが受け入れられないと判断した見解は排除することが好きなのだ。実に興味深いことに、これは「ロシアゲート」が如何にして登場したのかを彷彿とさせ、ベネズエラやイランに対して伝統的なメディアに醸成されている現行のヒステリーを想起させる。どれ程多くの怒りが本質的にはフェークなのだろうか?フェークは巨大企業によってあれこれと操作され、場合によっては捏造さえされる。これらの企業は偽りの装いの下で主として政府が望んでいることを実施するために徹底して管理下におかれたインターネットサービスを提案し、それによって何百億ドルも稼ぐのだ。ヘイトスピーチを禁じることは、不幸にも、現状に関する批判のすべてを排除するための第一歩となることだろう。

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この記事の初出はAmerican Free Press

著者のプロフィール: フィリップ・ジラルディは元CIAの反テロリズムの専門家であって、軍の諜報関係のオフィサーでもあった。また、コラムニストやテレビの解説者でもあった。さらには、彼はThe Council for the National Interest (CNI)の事務局長である。ジラルディが執筆した他の記事はUnz Reviewのウェブサイトにて閲覧が可能。彼はGlobal Researchに頻繁に寄稿している。

引用したイメージはAmerican Free Pressから。

この記事の原典はGlobal Research

Copyright © Philip Giraldi, Global Research, 2019

<引用終了>


これで全文の仮訳が終了した。

インターネットにおける検閲の現状が被害を受けた当事者からの報告として具体的に伝えられている。この記事の結論として著者が述べている「ヘイトスピーチを禁じることは、不幸にも、現状に関する批判のすべてを排除するための第一歩となることだろう」という文言は貴重な洞察である。不幸なことには、現在の趨勢はわれわれ一般庶民の将来を暗くするばかりだ。

1983年に誕生したインターネットにおける言論の自由は2019年に葬り去られた。言論の自由の墓銘碑には象徴的に「19832019」と刻まれている(Photo-1を参照)。

インターネットの現実世界における役割や影響力を考えると、それはわれわれが想像する以上に強力なものであるに違いない。特定の政策を推し進めようとする政府にとっては、不都合な真実をあれこれと伝えるインターネット上の情報サイトは、時には、非常に厄介な存在であって、消してしまいたいという衝動に駆られるのであろう。今、世界は第二次世界大戦前にわれわれの父母あるいは祖父母が経験した情報統制時代、あるいは、警察国家に向かっているようである。歴史を振り返ってみると、このような動きは99パーセントの一般庶民にとっては決して好ましいことではない。

政府の政策は絶対に正しいとでも言うのであろうか?時には、間違った動きをしているのではないか?政府の政策は常に一般大衆の利益や福祉に応えているのだろうか?常にそうだとは決して言い切れない。政府の政策は長期的に見て国家の健全な成長を約束するのであろうか?さまざまな議論がある。政府はそれらの議論を避けてはならない。問題点を掘り下げることこそが重要だ。もしもこれらの議論を許さない社会が来るとしたら、それは中国ですでに進められているデジタル専制国家の到来を意味する。


参照:

1Internet Free Speech All but Dead: By Philip Giraldi, Global Research, Jun/08/2019

<転載終了>