大摩邇(おおまに)

日常の気になる内容を転載させていただきます。 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと) カタカムナウタヒ 第5首 ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ 第6首 ソラニモロケセ ユエヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ (3回) 第7首 マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ (3回)

エフライム工房 平御幸

Windows XPのサポート終了に慌てる前に

平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図さんのサイトより
http://blog.goo.ne.jp/efraym/e/96faeb4c5cc1a4942ab6e5f544bfe893

2014年5月3日追記
東海アマさんやコメント等でも不具合が発生しているようです。
問題の発生しないPCと問題の出るPCで何が関係しているのか解りません。



<転載開始>
 僕はメインのパソコンがXPで、Illustrator用のサブが7 Home Editionで、動画編集専用が7 Professionalです。XPはサポート終了ですが、僕は当分使い続けるつもりです。セキュリティに関しても気にしていません。

 というのも、XPのセキュリティの脆弱さは、XPだからではなくてWindowsのある機能によってもたらされていると報告があるからです。この、Windowsならバージョンに関係なく(98 Me除く)、漏れ無く付いてくるキムチのようなデフォルト設定が脆弱さの理由であり、この機能を停止させれば、危険度の大半は去ると言われます。

 では、Windowsその自らを危険にしている設定とは何かというと、DCOMプロトコルというパソコンの遠隔操作を容認するサービスです。パソコンが家庭に入り始めた頃、パソコ初心者のトラブルにマイクロソフトサポートが遠隔操作で対処するためのツールです。これがウイルスの侵入を許す主な原因です。

【IT】 ウインドウズXPサポート打ち切り 韓国政府が支援策 [04/09]

200 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載禁止:2014/04/10(木) 00:15:34.53 ID:w/qNdQIo
ばかばっか
穴を探すとか塞ぐのではない
使えるもの意外を通さないフィルターだけでOK
WindowsMEで全く問題なし!

206 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載禁止:2014/04/10(木) 00:19:46.57 ID:rS+gHOrc
>>200
そうでもないよ。
マックロソフトが元から存在する穴を絶対に塞いでくれないのは確か。

スタート→コントロールパネル→管理ツール→コンポーネントサービスで
コンポーネントサービスダイアログが開いたら、その中のコンポーネントサービスを選択。
右にコンピュータというフォルダが出たら、そこを更に開くと
「マイコンピュータ」が出てくる。右クリックしてプロパティを開く。
「規定のプロトコル」のタブを選択し、DCOMプロトコルの中にあるものを選んで全て削除。
次に「COMセキュリティ」のタブを選択し、
「アクセス許可」と、「起動とアクティブ化のアクセス許可」にある
「制限の編集」と「既定値の編集」をそれぞれ開き、リモートアクセスのチェックを全て外す。
これをしておけば可也セキュリティが高くなる。
というか今までの無駄なセキュリティが全て解決される場合もある。
ウイルスに乗っ取られてるマシンは、この「マイコンピュータ」が無いか
そのプロパティを開いても6っつあるタブが3っつしか無かったり、
「COMセキュリティ」のタブが消えているので直に分かる。
リモート接続されない事を条件で使ってる人で、
特に業務で使ってる人は直ちにこの場所を検査することを推奨します!

341 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載禁止:2014/04/10(木) 06:58:04.42 ID:hOoUnfM1
誰か韓国にWindowsMeを使えば攻撃対象になりにくいという噂をばら撒くんだ

398 :<丶`∀´>(´・ω・`)(`ハ´  )さん@転載禁止:2014/04/10(木) 12:26:55.04 ID:7ej8MvKC
>>341
Meだとウイルス自体が起動時に死ぬからなあ


 この解説だと難しいので、僕も検索して分かりやすい説明を探しました。ここ「DCOMはやっぱり危険,IE/Officeを遠隔から操作できる(上)」とここ「DCOM(分散COM)を無効にする」。サイトの説明通りに実際に設定してみましたが、起動しないなどのトラブルはありません。僕はウイルス対策としてフリーのAviraを使っていますが、「COMセキュリティ」のタブもちゃんと見えたし、安全が確認されたので安心しています。

 マイクロソフトがDCOMプロトコルをデフォルトでオンにしている理由ですが、これは国防(それともユダヤ)関係で他国のパソコンを踏み台にしたり、あるいは乗っ取ることを国是としているからだと思います。将来に皆さんのパソコンも乗っ取られる可能性がある。

ということで、こんなキムチ臭い(気持ち悪い)機能はさっさと停止させてしまいましょう。

    エフライム工房 平御幸

<転載終了>

コメント紹介です。 2014/1/2-3 +追記

HN無しさんより
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1776087.html#comments
<転載開始>
「うふふふっ。あなた達をロックオン♡♡♡♡
月に代わってお仕置きよ♡♡♡♡」


http://www.youtube.com/watch?v=89ytvdYo3e8


FNNニュース: 米・ケネディ駐日大使、神奈川県庁を訪れ黒岩知事と会談
http://www.fnn-news.com/news/headlines/articles/CONN00259867.html

アメリカのケネディ駐日大使が神奈川県庁を訪れ、黒岩知事と会談した。
その冒頭、AKB48の「恋するフォーチュンクッキー」の踊りを披露した。
にこやかに黒岩知事と、あいさつを交わすケネディ大使。
会談の冒頭、大使が突然、踊りを披露した。
披露したのは、黒岩知事も挑戦したAKB48の「恋するフォーチュンクッキー」の振り付け。
黒岩知事は「冒頭、いきなり『恋するフォーチュンクッキーのビデオを見ましたよ』
というところから始まって、会談そのものは、非常に和やかな感じで始まりました」と話した。
ケネディ大使の突然の「恋チュン」ダンスには、黒岩知事もびっくりしたようだった。

302 :245:2013/12/27(金) 15:35:07.11 ID:jSj7lbZhi
ネット上に記事がないから、引用して文字起こしするわ。

12月26日 京都新聞夕刊

キャロラインケネディ駐日大使が26日、就任後初めて京都入りした。
世界遺産の上賀茂神社(京都市北区)を訪れ、修理中の国宝の権殿を見学した。
数日間滞在し、京都を観光するという。
ケネディ大使はこの日午後0時ごろ、JR京都駅から、上賀茂神社に車3台で到着した。
小雨の中、田中安比宮司らの出迎えを受け、参拝者らに笑顔で手を振った。
家族と本殿を参拝後、権殿の修理の様子を見た。
本殿の屋根のふき替えに使う檜皮(ひわだ)にペンで署名し、神社から京うちわや扇子などを送られた。
神社の関係者によると、ケネディ大使は
「式年遷宮に関われてよかった」と話していたという。
関係者によると、今回はプライベートの観光。京都の寺社巡りや茶道、ショッピングなどを楽しむという。







日本の電通と裏社会、国際テロ組織に認定された!?:ロックオン済みか? 井口和基ブログ
http://www.asyura2.com/13/hihyo14/msg/277.html#c11
http://www.asyura2.com/13/hihyo14/msg/277.html#c17
投稿者 初心に帰るお天道様に恥じない生き方 日時 2013 年 12 月 25 日 11:07:15: 4hA5hGpynEyZM

ケネディ駐日大使が、上賀茂神社参拝 しかも阿部総理の靖国神社参拝と同日、同時刻  | なんでもニュース
http://nandemo.us/news/ケネディ駐日大使が、上賀茂神社参拝%E3%80%80しかも阿/

ケネディ大使の上賀茂神社訪問 - 平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図
http://blog.goo.ne.jp/efraym/e/ecea4c8e1e190fbf70c639aa36096644
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コメント紹介です。 2014/1/2-2

HN無しさんより
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1798337.html#comments
<転載開始>
 
  「ジャッカル(サウジアラビア)が黒龍(ロシア)の逆鱗に触れた。
  サウジアラビアのバンダル王子はこともあろうに、ロシアのプーチンに脅しを掛けたようなのだ。
  シリアのアサド政権への支援を止めれば、儲けを山分けにしよう、しかしあくまでアサド政権を支援するならば、
  来年のソチでの冬季オリンピックに、サウジアラビア子飼いのチェチェンのイスラム過激派テロリストを差し向けて
  大会を大混乱に落し入れる、と脅したのだ。」
 
 
 
 
ロシア:2日連続の爆弾テロ 危機感を強めるプーチン政権 - 毎日新聞
http://mainichi.jp/select/news/20131231k0000m030047000c.html
 
 
大摩邇(おおまに) : プーチン大統領:欧米がシリアを攻撃すれば、サウジを攻撃する?
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1798337.html

大摩邇(おおまに) : プーチン大統領:シリア・イラン問題でサウジ情報局長官と会談
http://blog.livedoor.jp/genkimaru1/archives/1818749.html

今年の展望 - 平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図
http://blog.goo.ne.jp/efraym/e/eafe43741eece04b32dabc5bfa450445

知られていないロシア - 平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図
http://blog.goo.ne.jp/efraym/e/3b6744fa3c90cd0055c2314d7ea92ee2
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『続・カインをぶら下げている日本人』~日本語編

エフライム工房さんのサイトより
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/cain7.htm
エフライム工房さんの記事はこれで終わりです。
多少残っていますが興味のある方は探してみてください。
<転載開始>
 G.クルクルパーの由来


 これは『カインをぶら下げている日本人』7の「ドタン場のヨセフがパッとする」と、『続・カインをぶら下げている日本人~日本語編』Eの「グリムの金の鵞鳥とガブ飲み」などの続編に位置する。


 日本語には謎の言葉が多いが、人を小馬鹿にするクルクルパーも意味不明である。そもそも、パーがなぜ馬鹿(これも意味不明だが)を意味するのか?ところが、謎の言葉はエジプト時代のイスラエルにルーツがあるとする僕の原則からは、クルクルパーも馬鹿も極めて明快な解釈が可能なのである。

 まず馬鹿の方であるが、これは魂を意味するbaa(バー)と霊的なものを指すkaa(カー)から来ている。要するに、魂が高揚して人間を逸脱した状態がバー・カーなのである。馬鹿はバー・カーが縮まったものである。ところが、カーにはと書いて牡牛という意味もある。これが英語のcowの語源。霊的な意味のカーと牡牛のカーは無関係に思えるが、実はヨセフを軸に極めて密接な関係を有している。

 牡牛というのはアメン神の象徴だが、アメン神はエジプトの宰相ヨセフがモデルである。今までにも書いてきたように、ヨセフには様々な別名(シンボル)がある。テーベを意味するシマ(縞、島)やノ(野)。エジプト名ザフナテ・パネアから、パッとするのパ(pa)とザフ。ザフは食料を意味するが、『万葉集』の雑歌(ざふか)のザフと言えば分かりやすい。雑の字は、ヘリオポリスの九柱神を意味する九つの木と、鳥で象徴されたヨセフを意味する隹(とり=尾の短い鳥)で構成されている。ヨセフのエジプト名ザフナテを表すのが雑の字なのである。ここから、雑穀というのは、飢饉の時にヨセフが食べさせた麦以外の食料を指すと理解される。また、イタリア語でパンをパネと言うのは、ヨセフ(パネア)の奥さんアセナテがイタリア出身だった名残である。

 このようにヨセフは様々に形容されたが、その中でも、兄弟から夢見る人と言われたのは有名である。そう、ヨセフは兄弟から夢見る人と馬鹿にされたのである。それで、ヨセフのような人をヨセフのエジプト名パネアからパーと呼んだ。もちろん、ただのパーではなくクルクルと付けるのにも理由がある。ヒエログリフでウズラのヒヨコはw(ウ)と読まれるが、これはウズラで象徴されたヤコブ(ヨセフの父)から来ている。そして、この字を簡略化したのがクルクル巻きのの字なのである。ウは大きいを意味したから、クルクルも大きいを意味する。要するに、大馬鹿者を指すときにパーにクルクルを付けた訳である。

 このクルクルのデザインは食料を司ったヨセフにふさわしく、瓜科の蔓(つる)から来ている。大和盆地の弥生遺跡である唐古・鍵(からこ・かぎ)遺跡から出土した陶器片には、このクルクルが登楼の屋根飾りとして描かれていた。クルというのは、形を意味するk+大きいを意味するuru=kuruで、形がだんだんと大きくなることを指す。向こうからやってくる人がだんだんと大きく見えるのがクル(来る)である。クルクル巻きは、渦巻きの弧がだんだんと大きくなる。従って、正しいクルクルパーは渦巻き状にクルクルとしなくてはならない理屈である。なお、クルから派生した狂うも又、形の歪みがだんだんと大きくなることを指すメーソン(工人)独特の表現であるが、後の時代に、発狂してダビデを殺そうとしたサウル王を指したので王という字が用いられる。

 来るという字は米の上に十字架と書くが、これにも深い意味が隠されている。米は、十字架(イエスの磔刑=紀元)を挟んで、下のハの字が旧約の神ヤハウェ、上のハの字が新約の神イエスを表している。もう少し詳しく説明すると、米の字の下半分は木の字となり、イエスが掛けられた木(=ユダヤ教)を意味する。米の字の上半分では意味が通らないが、ここに来るという字の秘密が隠されているのである。来から人(支配者)を除くと平という字になる。そう、イエスが再臨した暁には、世の中は高い山(支配者)のない平ら(平等)な世界になるのである。米の字に重なる十字架とは、再臨するイエスの象徴に他ならないのである。クルクルパーと罵られたイエスが再臨するとき、自らを高くする者は低くされるのである。

 なお、ヨセフの名前には分けるという意味があり、それでゴルフのスコアを分ける基準点をパーと言うのである。エジプトのイスラエルは鳥で象徴された。ゴルフのスコアも、アルバトロスなど鳥の種類で表される。ゴルフのルールを考えた人は、イスラエルのカッバーラに通じていたようである。

 参考、『私だけの古代史第四部・邪馬台国編』6章「弥生時代の謎」より、クルクルが描かれた唐古・鍵遺跡の土器片

    


 検索で訪れた方へ。このページは、平御幸(Taira.Miyuki)のエフライム工房より、日本語のルーツを明らかにする『続・カインをぶら下げている日本人』です。トップページから入り直して下さい。

<転載終了>

『続・カインをぶら下げている日本人』~日本語編

エフライム工房さんのサイトより
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/cain6.htm
<転載開始>
 F.一・二・三…(ヒ・フ・ミ…)はエジプト語


 ヒエログリフで最大の謎は、数詞の読みが分からないということである。数詞(というよりも記号)という事は分かるから、一応文章として解読できるが、10や100などの大きな数の他は、基本的な1・2・3なども含めて、実は読み方が分からないまま放置されているのである。しかし、ヒエログリフを解析すると、数詞が日本語のヒ・フ・ミ…であると理解される。

 古代エジプトの数で、10を表わすmdはムジャとかメジャとか読まれている。しかしこれは、モドが正しいのである。なぜならば、日本語の「戻る」の語源だからであり、ヒエログリフも「行って、戻って」を表意した形に作られている。ちなみに、投げると戻って来るブーメランもエジプトにルーツがある。

 0(ゼロ)の概念がなかった頃の数詞は、0から始まるのではなく1から始まる。だから、1・2・3…と進んで行くと、10が最後で再び1に戻る。11は10足す1なのである。ちなみに、戻るなどの「る」は行為を表わす。10というのは、十全などの表現で分かるように、何かが完成した状態を表わす。ところが、人はなかなか完成しない状態に置かれると、一様に首を傾(かし)げてしまう。これがモドカシゲ、現代表現ではモドカシイという言葉になる。と書いている本人も、表現の拙さにモド・カシゲであるが。ところが、メジャという読み方からは、英語のmajor(メジャー=ギリシャ語のmegas、ラテン語のmagnus)の語源となる。こちらは、ネイティヴなエジプト人、あるいは白人系の神官ポテペラ一族の読み方ではなかろうか。さらに、ギリシャ語で10はdeca(デカ)であり、これがデカイの語源。このように、古代では10は概ね大きいを意味するのである。


 さて、古代エジプトで数詞はヒ・フ・ミ…であるとする理由だが、これは意味を調べると理解できる。例えば、ヒは太陽で一個しかないから1。エジプト語のラーではなく、イスラエルの言葉である。フは天(f)を意味するから太陽の次で2。ミは自分の体(身)を指すから、太陽と天の次で3となる。また、ミは英語のme(ミー)の語源でもあり、元々が数詞で3なので三人称となるのが正しい。しかし現在では、自分を中心とした概念の人称で一人称とされている。meとは逆に、he(ヒー)は本来は太陽であるから、元々は一人称だったものが現在では三人称となっている。このように、一人称と三人称は元来の意味とは逆になっているのである。

 人称の逆転というのは、白人系の自己中心的な思想の産物である。元々は、神が中心の一人称であり、自分は3番目の三人称で謙っていた。しかし、おそらく白人系のヒクソス(ラムセスの系統)が台頭したことにより、自分の事を唯一で偉大を意味するア(我=日本古語でアと読む=a)と言うようになったのではなかろうか。なお、2番目が天を意味するフなので、元々は一人称のイエスから見て御父が二人称となり、それで父をフと読むのである。御父は人類には直接関わらない遠い存在なのである。アナタとは、元々は自分から遠い存在なので、山の彼方も二人称のアナタと読まれるのである。カール・ブッセの詩に、「山の彼方の空遠く、幸い住むと人のいう…」という美しい表現があるが、実は上田敏の訳の妙と言える。

 ところで、四はヨであるが、これは葦が二本で双数を意味するYの二倍(合わせる)を意味する。双数の二倍なので2×2=4となる。五はイツであるが、これは葦が一本で単数を意味するイと、手の合成語で「片手」を指す。ヒエログリフで書くとit。要するに、片手は指が五本なので、5の代名詞となるのである。今でも御主人が片手を上げてお小遣いをねだると、奥さんは優しく五百円硬貨を渡すとか…。次の六はムだが、正しくはム・ウであり、三本波mが二つ合わさったので6となる。六のもう一つの読みであるムツの方は、三本波で表わされるムと両手の合成語で、要するに指を三本立てた両手の数なのである。ちなみに、英語のハンドは「半手」と書くのが分かりやすく、本来は両手の半分、すなわち片手という意味である。それで、二本の片手を合わせると複数形のハンズになるのである。英語って理屈をこね回していて変だよねー!

 次に七のナナであるが、神は天地創造を七日間で為したので、「為す」という意味のナと呼ばれる。これが意匠になると七支樹となり、植物の「菜」の語源となる。七支樹の葉の数は、デザイン的に七枚が美しい。ナナと二度続けるのは、強調かあるいは、魚(ナ)の形になる菜の葉の数と考えられる。八のヤは、神そのものを指す。八(ハチ)には同音の蜂があり、天の三神を模った下ナイルの象徴が蜂である。要するに、蜂のシンボルには天の三神を説いたイエスが隠されていたのである。

 神(ヤ)は天地創造の七日目に休まれたので、七で一応の完結となる。それで、また神から数え始めるのだが、今度は新約の神である。最初の七のサイクルでは旧約のヤハウェが最初の日(ヒ)。八からは新約の神なので、下ナイルの象徴である蜂と同音の八が新たな始まりとなる。また、「休む」や「屋・家(や)」の語源もここにある。すなわち、ヤ・スマワレタ(神・住まわれた)場所が太陽であり、これが休むの語源となる。太陽神は象徴的な言葉ではないのである。また、神の休む所が家(や)となる。このように、神の居られる太陽が御座そのものである。以上のように、太陽は二度目の登場となる。九のココは、八で表わされる太陽に対しての「此処(ここ)」という意味で、地球を指す。十のトウは手を合わせるという意味で、五本指の両手で十本指となる→tw。


 ここまで書くと必然的に分かるのだが、一・二・三…(ヒ・フ・ミ…)は天地創造の記述に一致している。最初は「光あれ」のヒ。二番目は天と地を分けたので、分の別の読みであるフ。三番目は、天の下の水を一ヶ所に集めたのでミ。また、三日目には木が実を生じている。四日目は昼と夜を分けたので夜のヨ。五日目は生き物を創り片手で祝福したので、片手の指の数でイツ。六日目は、男と女を創って結ばれたのでム。また、古語の産(ムス)につながる。七日目は作業が為されたのでナとなる。八日目以降は、神(ヤ)を此処(ココ=地球)で拝す(手を合わせる=トウ)となる。要するに、数詞が夜などの名前になっているのである。

 また、万葉集ではヤスミシシという表現がよく使われる。「八隅知之 吾大王高照 日乃皇子…」などのように、王(おおきみ)にかかる言葉であるが、一般には統治する国の隅々という意味に解釈されている。しかし、先のようにヤスミは太陽神の住む御座なのであるから、これは太陽神に対する賛辞となる。だからこそ、続いて「高照らす日の皇子」として、太陽神の代理の皇子が登場するのである。

 以上のように、一・二・三…(ヒ・フ・ミ…)は、ヒエログリフの解釈により、意味が明らかになる。なお、ここで古代エジプト語と言っているのは、エジプト時代のイスラエルの言葉という意味である。だから、原エジプト語も含んでいるかもしれないし、イスラエル独自の言葉だったものも当然含んでいるのである。


 検索で訪れた方へ。このページは、平御幸(Taira.Miyuki)のエフライム工房より、日本語のルーツを明らかにする『続・カインをぶら下げている日本人』です。トップページから入り直して下さい。

<転載終了>

『続・カインをぶら下げている日本人』~日本語編

エフライム工房さんのサイトより
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/cain5.htm
<転載開始>
 E.グリムの金の鵞鳥とガブ飲み


 昨年(04年)の年末に、今年(05年)はヨセフの年となるので、ヨセフやテーベに関するしるしを持つ人が活躍すると予言のようなことを書いた。ヨセフの母ラケルが埋葬されたエフラタはフルが語源なので、フルの字を持つヤクルト・スワローズの古田選手に注目していた。古田選手は2000本安打を目前に足踏みをし、とうとう父親の出身地である愛媛まで達成はお預けとなってしまった。けれどこれは、先祖のヨセフによる祝福なのである。なぜならば、愛媛は旧名の伊予で、アセナテとヨセフの土地となるからである。それで、同じく愛媛出身の宮出選手が巨人戦でサヨナラホーマーを放つなどの活躍を見せていたのである。神宮には琴平の中学生が修学旅行に来ていたし、風は四国の愛媛に向かって吹いていたことになる。果たして、愛媛で大記録は達成できるか?注目である。

 さて、ヨセフに関して、義父のポテペラが鵞鳥のシンボルを有していたことが分かった。詳しくは
『私だけの古代史第二部・エジプト編』第8章を参照してもらうとして、鵞鳥と言えばグリム童話の金の鵞鳥の話がある。金の鵞鳥を抱いた若者に触れると手が離れなくなってしまい、引き離そうとした人が次々と連鎖的に繋がって変な大行進に至るという物語である。物語の上っ面のストーリーはともかくとして、この話はヨセフの出世話から発展したものと考えられる。姉妹作品の金の鳥の話で、金の鳥を手に入れた若者が兄達に井戸に投げ込まれたが、ヨセフがドタンという涸れ井戸に落とされた話に一致する。だから、鵞鳥もヨセフとの関係で見直すことができる。


 まず、鵞鳥はヨセフの義理の父ポテペラのシンボルである。ヨセフがアヒルで象徴されたので、ポテペラはアヒルのお父さんのような鵞鳥で象徴とされた。その証拠に、アヒルのヒエログリフsaには息子という意味がある。鵞鳥のヒエログリフはgbと書かれ、一般にはゲブと読まれている。しかし、イスラエルの天使であるガブリエルの名前からも、ガブが適当と思われる。ガブが鵞鳥なら、ガブ飲みの語源として説明も付く。というのは、鵞鳥と言えばフォアグラであるが、フォアグラは鵞鳥の口を大きく開けておいて、無理矢理に餌を与えて肝臓を巨大にさせたものである。このように、鵞鳥は大きな口でガブ飲みできる。また、同じような言葉にガブッと噛むというものがある。これも、鵞鳥が大きなクチバシで物を挟む姿から来ているのではないか。以上から、ガブが鵞鳥のヒエログリフの正しい読みと考えられるのである。

 ガブという響きからは、相撲用語のガブリ寄りという言葉も注目される。ガブリ寄りとは、体を前後に揺さぶって押す技である。体を前後に揺らすのは、ガブのシンボルを与えられたポテペラのユーモラスな動作ではないのか。ポテペラは、鵞鳥のようにドタドタと歩くので、それで鵞鳥がポテペラのシンボルとなったのではないか。

 実は、ポテペラの姿、あるいはポテペラの近親者の姿と考えられる彫像がある。それは、クフの建築監督とされるヘムオンである。吉村先生によると、ヘムオンはスネフルの孫だが、スネフルの息子クフとは親子ではないとされる。また、神官団を巻き込んだ対立から、クフは太陽派、ヘムオンは星派と分かれていたとされる。だが、今まで見てきたように、クフはヤコブなので太陽神ヤハウェを祭る太陽派なのは当然である。対して、ヘムオンがポテペラなら、ポテペラの名前が星の語源のポティなので、名前からは星派となるのである。ここから、この物語の真相は、オンの祭る神が太陽神ラーに統一された背景を説明していると思われるのである。ヤコブが来る前のオンは、太陽と共に星も祭っていたが、イスラエルのカッバーラを移植されたことにより太陽神に統一したのである。これを、ファラオの後継者争い形式の物語としたので、その本質が見えなくなっていたのである。実際、クフの母とされるヘテプヘレスの墓からは、調度品は無傷で見つかっても遺体は発見されなかったのだから、その実在は疑わしい。

 ヘムオンがポテペラなら、ヘムオン像が堂々たる体躯で表現されていた理由となる。イスラエル系のヤコブやカフラー像の端正さと異なり、脂肪の付いた巨体で表現されている。ここには、明らかにガブを連想させる作為が感じられる。ヘムオンのヘムはhmと書くと思われるが、召使い、神官、陛下という意味がある。要するに、君という字で表される社会的な地位を指すのである。そしてどうやらこれがキミの語源で、クヌムが縮まったクンと対を成して、君という字の訓読みと音読みになる。ここから分かるように、訓読みのクンは意外にも音読みなのである。


 このように、ヘムが君(きみ)を意味するのなら、ヘムオン(多分、正しくはキミオン)でオンの君、すなわちオンの神官となる。ここから、ヘムオンの正体はポテペラであり、ヘムオンがクフのピラミッドを建てたという話は、ヤコブのカッバーラをエジプトに移植したことの象徴となるのである。

 さらに、神としてのガブにはヌトという妻がおり、娘のイシスを生んでいる。だが、イシスはアセナテがモデルなので、ここからもアセナテの父ポテペラがガブということになる。また、ガブリエルのシンボルはユリの花だが、ポテペラの住んだ下エジプトのシンボルもユリなのである。

 ヨセフがモデルとなったアメン神には、鵞鳥もシンボルとされる場合がある。これは、アメン神がガブ神と極めて近い関係であることを示唆する。義理の父と息子の関係なら、それはシンボルを受け継ぐにふさわしいし、何よりも、二人の間に神権の譲渡があった事を伺わせる。金の鵞鳥の話は、土徳で金のシンボルカラーを持つヨセフが、鵞鳥のシンボルを持つポテペラから神権の譲渡をされ、それに連なった者達が豊かになった逸話が根底にあるのではないか。ヨセフの子孫は多くの国に別れたが、ヨーロッパに渡った子孫達が、先祖の出世の物語を寓話にしたのである。


 
注意 今回用いたヘテプヘレスの参考資料、テレビ東京 黄金の古代エジプトミステリー(吉村作治監修 05.4.11放送)のWebサイトより。

     http://www.tv-tokyo.co.jp/egypt/



 検索で訪れた方へ。このページは、平御幸(Taira.Miyuki)のエフライム工房より、日本語のルーツを明らかにする『続・カインをぶら下げている日本人』です。トップページから入り直して下さい。


<転載終了>

『続・カインをぶら下げている日本人』~日本語編

エフライム工房さんのサイトより
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/cain4.htm
<転載開始>
 D.金比羅さんと風の神シュー


「金比羅船々追い風に帆かけてシュラシュシュシュ、まわれば四国は讃州那珂の郡、象頭山金比羅大権現一度まわれば」


 変な歌ーとして余りにも有名な香川県は金比羅参りの民謡であるが、実は大変な内容を含んでいる。まず地名であるが、那珂(ナカ)の郡(こおり)とは、中の一文字で示される上ナイルを意味する。中は、エジプト語で大地を貫くという意味のヌ・アカが縮まったもので、四角の大地を大河が貫いていることを表す文字である。カッバーラの天円地方は、方が方形(四角)で象徴される大地を意味し、これが地方の語源となる。対して、天は円で象徴される。

 ナカはこのように上エジプトを象徴するが、その中でもヨセフの住んだテーベを特に指すのである。ところが、象頭山という山の名前がまた大変な事を意味している。ヨセフの父ヤコブは、羊の姿をしたクヌム神となったが、クヌムはアスワンのエレファンティネ島の神でもある。エレファンティネは象のことなので、ヤコブには象のシンボルも与えられていたことになる。ヤコブのエジプト名はクフであり、クフは象牙に小像として刻まれている。だが、ヤコブがクヌムのモデルであったとしたら、クヌムに縁のあるエレファンティネ島の象に関係させて、わざわざ象牙に刻まれたことになるのである。ここから、クフの像は、ヤコブの息子ヨセフが刻んだものと考えられる。以上により、象頭山の象はヤコブを指していたことになる。隣の愛媛は旧名が伊予であるが、ヨセフを意味する予は豫とも書かれる。これは、父親のヤコブが象をシンボルとしたので、そのシンボルを受け継いだからである。

 さて、金比羅の名前の由来は、仏教の十二神将の宮比羅大将(クンビーラ)とされているが、一般には琴平で知られている。クンビーラはワニの神様らしいが、ワニというとエジプトのセベク神がワニの姿である。仏教は、ヨセフの母ラケルの仕え女ビルハの子ダンから出ているから、ワニの神様もエジプト時代の名残と考えられる。

 琴平の文字構成は、琴がオン(ヘリオポリス)のシンボルである楽器、平がヨセフの息子エフライムのシンボルであるから、両方ともヨセフに関するものとなる。ここから、仏教を隠れ蓑にする前の時代、讃岐の人たちは、ヨセフの系統を堂々と誇示していた事が伺われる。彼らのルーツはエジプトにあったので、エジプト語で大気の神様を意味するシューを、満帆の帆に吹き付ける風としてシュラシュシュシューと謳歌したのである。



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『続・カインをぶら下げている日本人』~日本語編

エフライム工房さんのサイトより
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/cain3.htm
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 C.七夕と仏のルーツ


 ヨセフは丑年の生まれである。それで、ヨセフをモデルとしたアメン神が牛をシンボルとしているのであるが、これが出エジプトの後、モーセの兄アロンが金の仔牛を鋳たことにつながる。というのも、ヨセフの生まれた年の干支は己丑(つちのと・うし)であるから、陰陽五行では土徳の黄色すなわち黄金がシンボルカラーとなる。金の仔牛はヨセフを神格化した姿だったのである。
 
 古代エジプトにおいて、このように陰陽道が確立されていたと考えられる理由の一つに、息子エフライムの存在が上げられる。エフライムは前1795年の丙寅(ひのえ・とら)の生まれであるが、火徳は赤で象徴されるから、エフライムの名前の語源となった下ナイルが赤ナイルと呼ばれたのではないか。同様に、南の国境のエレファンティネ島(アスワン)の辺りは、ヤコブがモデルとなったクヌムに関係するので、ヤコブが亡くなった年の乙酉(きのと・とり)から、木徳の青がシンボルカラーとなった。ヤコブは数えでは前1922年の己未(つちのと・ひつじ)が生まれとなるから、ここからヤコブをモデルとしたクヌムが羊の姿となるのである。

 ヤコブが己未の生まれなら土徳なので、クヌムは黄色か金で象徴されなくてはならないが、実際には黒がクヌムのシンボルカラーである。その理由は、創世記30章のヤコブの逸話の中に見ることができる。すなわち、ヤコブは叔父のラバンから独立するときに、黒と斑(ぶち)の羊が生まれたらそれはヤコブのものとなる契約を立てた。神はヤコブを祝福したので、黒と斑の羊がたくさん生まれたのである。こうして、ヤコブは黒と斑の羊によって栄えたので、ヤコブをモデルとしたクヌム神は黒色がシンボルカラーとなったのである。そして、ヤコブが亡くなった年が酉年なので、ヤコブはその容貌から大きな顔を意味するウズラ(ウヅラ)で象徴され、クフウというウズラが二度も使われるエジプト名を贈られたのである。これが、世界で最も有名なファラオの一人であるクフの正体である。なお、今年(西暦2005年)は、ヤコブが亡くなってから63回目の還暦(63×60=3780年)である。


 ところで、エフライムは丙寅の生まれであるが、この字はヘイ・インと読まれる。寅がインなのは、エフライムのエジプト名イムヘテプにもイムが使われるように、イムはエフライムの代名詞だからである。イムはインに容易に転訛する。そして、イムヘテプがセム神官でヒョウの毛皮を身に付けていたのは、イムヘテプの正体であるエフライムが寅年の生まれだったから、その象徴である。えっ、トラとヒョウは違う?だって、エジプトにはトラがいなかったので、ヒョウで代用としたのだから。

 エフライムは神官としても尊敬され、トート神の化身ともされた。それで、尊の字を「トート」と読むのである。仰げばトートし、我が師のオン。エフライムは寅年なので、同じく寅年生まれのイエスの雛形となったが、これは極自然な成り行きである。そして、トート神のシンボルが朱鷺だったので、朱鷺がエフライムの赤を日の丸とする日本の国鳥とされたのである。イムの字を一文字として見ると、そこには仏という字が現れる。そう、エフライムの人徳を称えて、仏の文字は作られたのである。日本人は、知らずのうちに先祖のエフライムを拝んでいたのである。


 話をヨセフに戻すと、ヨセフが宰相となった年も己未である。それで、ヨセフがモデルのアメン神にも羊の姿をしたものが造られた。本来は牛神のアメン神が、羊のヴァリエーションを有する理由となる。また、アセナテには星のシンボルがあった。そこで、ナイルを天に再現したとされる天の川にもアセナテとヨセフが投影された。それは、7をシンボル数に持つヨセフが丑年だったので牽牛とされ、アセナテが織女とされたのである。織の字に、オンを意味する音の字が使われているのはアセナテに縁のあることを意味する。オンはナイルの東にあり、テーベはナイルの西にある。これが、天の川の両岸の牽牛と織女に対応する。ヨセフは宰相として忙しいから滅多にオンに帰省しない。それで、愛し合っているのに会うこともままならない二人から、ナイルを天に再現した天の川のロマンスが作られたのである。七夕が七月七日に行われるのも、ヨセフがシンボル数7を持つからである。牽牛と織女もヨセフとアセナテだった。世界の文化の根幹は、実はこの二人を雛形とするものが多いのである。

 ナイル西岸にあるヨセフのテーベと、同じく東岸にあるオンの位置関係を調べてみたところ、牽牛の天の川西岸と織女の東岸に見事に一致した。だが、一致したのはそればかりではない。ヨセフは空飛ぶアヒルのヒエログリフで象徴されるが、牽牛(彦星)はわし座の一等星アルタイル、織女(織り姫)は琴座の一等星ベガだったのである。オンには音という意味もあるから、ここから楽器が星座とされたのである。

 ヨセフのシンボルはアヒルだから、牽牛のわし座と違和感がある。しかし、ヨセフが住んだテーベの三柱神のムト女神は、ハゲタカやハゲワシをシンボルとして被っているので一致する。これは、偉大なジョークと思われるのだが、ヨセフは獄中にあって髪が薄くなり、それでカツラを被る風習をもたらしたと推測される。それで、「ヨセフが禿げたか」にかこつけて、ハゲタカがテーベのシンボルにされたと考えられるのである。ミイラ作りの時に内臓を納めるカノープスの壺は、人、鳥(隼)、猿、犬、の四つで「人去りぬ早(隼)」、あるいは「人取り去りぬ」の弔辞を作っている。でも、こういうユーモアを理解できない堅物が多いから…。


 なお、テーベの別名の一つにワセタあるいはワシタというものがあり、それが尾鷲(おわせ)や早稲田の語源と考えられる。ここからも、テーベがワシで象徴され、テーベを投影した星座がわし座となるのである。なお、中国の七夕には必ずカラスやカササギが登場するようである。これも、ヨセフが鳥で象徴されることから、物語に鳥が欠かせなくなったからである。「笹の葉さらさら」の笹にも、ヨセフを指す世という字が使われている。「五色の短冊」は、預言者ヨセフが用いた陰陽五行における五色のシンボルカラーの数である。


 注意、ヤコブの暦は31年違いで二通り計算されるが、今回は31年古い方の暦を用いた。ヤコブ達と干支の早見表は『私だけの古代史第二部・エジプト編』第8章3に掲載。


 参考URL  http://enkan.fc2web.com/zatu/10.html

      http://yumis.net/tanabata/


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エフライム工房さんのサイトより
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/cain2.htm
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 B.伊勢志摩と伊予の語源


 a.伊勢の語源


 アテネ五輪の女子マラソンで、伊勢神宮のお守りを付けた野口選手が金メダルを取ったことで、伊勢はマスコミ受けして注目された。しかし、聖書学的には伊勢神宮と野口選手でなくてはならなかったのである。なぜならば、昨年から今年はヨセフの年であり、ヨセフに関する夥しい真相が公開される旬であるが、ヨセフの妻アセナテが伊勢の語源、ヨセフ達の住んだテーベの別名がノ(野)と言われたからである。高橋選手が仮に出ていても、しるしを持たないので優勝はできなかったのである。

 アセナテは、焦るの語源のアセ(意味は「早い」)asと、女性形の所有形容詞ナテntの合成である。ナテには女性を表す以上の意味がないので、アセが重要となる。アがヒエログリフで表記される場合、アメン神のようにイと読まれる一本葦で書かれる事がある。ここから、アセもと書かれたことが考えられ、アセのヒエログリフはイセと読まれる。さらに、アセナテは女神イシスのモデルとなったので、イシスから派生した女神の一つアマテラスの名前になったのである。これが、伊勢の名前の真相である。

 アセナテが
イシスのモデルだとする根拠は、イシスのヒエログリフastにある。最後の文字は女神を表す決定詞で読まないので、読みはアセトかアシタなどになる。このように、イシスが本来アセトと読まれたのなら、ヒエログリフは子音表記なのでアセナテと3文字まで同一となる。前出のようにナテには女性を表す程度の意味しかないので、事実上は同一と考えられるのである。ちなみに、アセトのトも人を指す人称代名詞のようなもので、それで日本語で人をトと読むのである。また、アシタの読みは葦田と書くことができるから、アシで表記されるイと読むことができる。ここからも、アセはイセになるのである。

 アセナテがイシスのモデルだったとしたら、イシスの極めて不可解な特徴が理解される。それは、玉座である石椅子を頭に乗っけていることである。こんな奇妙な神は他になく、石椅子は余程大事なシンボルであると想像できる。では、どうして石椅子なのか?その答えは明白である。それは、石で象徴されるイスラエルの神を表しているのである。それで、イスラエルのイスから同音の椅子をシンボルとしたのである。石で象徴されるイスラエルだから、石・イスとなり、石椅子がシンボルとされた。さらに、石椅子を頭に乗っけたことから椅子・頭(ズ)となり、イシスを祭った伊勢に流れる五十鈴川の名前イスズになったのである。だからイソスズと読まないでイスズと読むのであるが、五十の鈴という当て字はカッバーラの生命の樹のセフィロトである。鈴木は、生命の樹そのものを指す。このように、伊勢はアセナテだったので、アセナテとヨセフが住んだテーベの元の名ノを持つ野口選手が祝福された。なお、野の字は、予が預言者であったヨセフを指すので、偏の里と相まって、ヨセフの里となる。

 なお余談であるが、昔のいすゞ自動車にはベレルという中型車があった。セドリックやクラウンと同じ車格で、売り上げの大半はディーゼル車が占めていた。
webCGというサイトに「これっきりですカー」というコラムがあり、大半は一代で姿を消した車を面白く紹介している。この中で、ベレルはベルエルが縮まったもので、鈴を意味するベルと五十を意味するel(エル)の合成語と説明している。しかし、エルが五十である根拠は示されていないので、この場合のエルが何語であるか分からない。エルはミカエルなどの神様を指すが、アルファベットのEは五番目だから符合する。だが、Lは12番目だから十の方とは符合しない。日本古語で五十はイソと読み、十はイエスの蘇りを象徴する。五十鈴川はある地点で45度の角度に流れているが、45度(Degree)は直角を百分割した単位法では50グラード(Grade)なので、角度で五十を暗示させていたことになる。

 さて、伊勢と呼ばれたアセナテに伊の字が使われる理由であるが、伊の字はヨノ人と書くから、ヨセフの妻アセナテを指す。これがイタリアの日本語表記である伊太利亜に使われることから、アセナテはイタリア出身と考えられるのである。あるいは、イタリアの地名は、アセナテから来ているのかもしれないが。また、伊勢の勢はアセナテの純粋で激しい気性を暗示するから、ヨセフは絶対に尻に敷かれていた。なお、星、正、聖、世、西、清、など、セイと読まれる文字は、アセナテに関する文字と考えられる。アセナテの父ポテペラのポテは星(ポティが語源)を意味するし、祭司に必要な聖と清と正、三十代で出世したヨセフを指す世の字、ナイルの西にあったテーベなど、どれもアセナテに符合するからである。

 世の字が三十代で出世したヨセフを意味するというのは、字を分解すると廿(数字の20)が出てくるが、隣の三本目の線が長くて右に折れ曲がっているので分かるのである。ベニヤミンのミンはヘブライ語で右を意味するが、右は幸福の象徴であるから三十歳で宰相に抜擢されたヨセフにふさわしく、それで右に曲がっているのである。ちなみに、ミンの反対は不幸を意味するオニであり、これが鬼の語源。不幸な人の形相が鬼の顔になったのである。



 b.伊予の語源


 ヨセフはアセナテから星のシンボルをもらい、それでスペイン語でヨセフがホセとなったと考えられる。ヨセフ、英語のジョセフ、スペイン語のホセは同一だが、スペイン語だけがYからHという特別な転訛が成された背景を説明する。バイト先で変になついてきたペルーのマニエルは、名前がホセだったから縁があったのである。

 アセナテとヨセフは常にセットで登場するが、それが端的なのは愛媛の旧名の伊予である。伊がアセナテで予はヨセフであるが、ヨセフはオンのお姫様アセナテを愛していたので、アセナテ媛を愛するという意味の愛媛になったのである。これが、古事記の国造り神話において、伊予の神が愛媛とされる理由である。仲の良い男女を冷やかすときに、「イヨー、そこのお二人さん」などと昔は言ったが、このイヨーがアセナテとヨセフのカップルから来ているのは明白である。それにしてもまあヌケヌケと、愛する媛などとのろけられたものである。あー、アホラシ!


 このような、アセナテとヨセフのセットを地名としたものに伊勢志摩がある。シマというのは、テーベの別名の一つshima・wである(注、ヒヨコのwはヤコブを指す決定詞として読まない)。また、テーベを表すヒエログリフの決定詞であるが、ギリシャ語のノモスとして一般化している。しかし、本来の読みであるセパトはセフの土地を意味するから、ヨセフに関する名前であることが分かる。

 セパトは行政区域を意味するが、ここに宰相ヨセフの名前が付けられていることから、ヨセフが持ち込んだ地域管理システムなのである。テーベの別名シマから、シマはヨセフの別名ともなった。それで、伊勢と呼ばれたアセナテと、シマと呼ばれたヨセフをセットとして、伊勢志摩という地名が付けられたのである。明日香も、イシスのヒエログリフの別の読み方のアシタ(明日の語源)から、最後の人称代名詞を女性を表すカに換えただけである。だから明日香もアセナテの別名となり、シマを持つ島ノ庄とセットになる。また、明日という字をアスとアシタの二通りに読む理由も理解されるのである。



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『続・カインをぶら下げている日本人』~日本語編

エフライム工房さんのサイトより
http://www.geocities.jp/atelier_efraym/cain1.htm
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 『カインをぶら下げている日本人』では、聖書のエピソードと日本語との関係を説明した。しかし、日本人の大多数が知りたいのはもっと身近な日本語である。例えば、神社の名前の意味とか、郷土の地名とかである。それで、続編として聖書に出典のない日本語を取り上げることにした。ただし、聖書のエピソードに日本語解明の鍵があるので、前回同様に聖書の記述は登場する。サイトでの公開を目的とするため、項の番号を今回はA、B~などとし、前回の数字とは差別している。



 A.ヒエログリフの音読みと訓読み


 a.恩人のルーツ


 漢字には音読みと訓読みがあるが、漢字の中国読みは音読みではない。中には似ているものもあるが、基本的に別である。古代に漢文が教養とされた頃は、遣隋使や遣唐使によって本場の読み方が移入されたが、それでも日本独自の音読みは無くならなかったのである。それは何故か?

 実は、音読みと訓読みのルーツは、漢字ではなくヒエログリフにある。前18世紀頃、日本人の祖先イスラエル12部族はエジプトに住んでいたが、ヒエログリフに対するイスラエルの読み方が訓読みで、エジプトの読み方が音読みだったのである。音読みのオンとは、エジプトの宰相だったヨセフの義理の父、オン(ヘリオポリス)の祭司ポテペラのオンだったのである。


 イスラエルの別名を持つヤコブが最も愛したヨセフは、兄弟の妬みからエジプトへ売られてしまう。だが、ヨセフの悲劇はまだまだ続く。今度は、仕えた家の妻からセクハラの偽証で訴えられ、獄中に13年間も繋がれてしまうのである。普通の人間ならこういう場合に絶望するが、ヨセフは獄中でも獄卒に気に入られて特別扱いをされた。そして、この獄中時代に、ヨセフはエジプト語とヒエログリフの構造研究を成したと思われるのである。

 やがて、王の見た夢を判じるために獄から出されると、ヨセフは一躍、宰相に任命されることになる。だが、13年間の獄中を無為に過ごした人間に宰相は無理なのである。ここから、ヨセフが獄中に黙々と自分を磨いていたことが理解されるのである。

 ヨセフは、王の命令でオンの祭司ポテペラの娘アセナテを妻とするが、ポテペラとアセナテはヨセフを愛して篤くもてなした。それで、ヨセフが感激したので、彼らは恩人となったのである。もうお分かりのように、恩、御、温、穏、音、遠、など、オンと読む言葉はヨセフの外戚であるポテペラを指していたのである。ヨセフ達が住んだテーベから見てオンは遠く、穏やかで温かな恩人の住む、美しい音楽の満ちる有り難い土地だったのである。そして、ヒエログリフに対するポテペラ達の読み方が音読みとなり、ヘブル人ヨセフ達の読み方が訓読みとなったのであるが、訓読みについては説明が必要である。




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