大摩邇(おおまに)

日常の気になる内容を転載させていただきます。 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと) カタカムナウタヒ 第5首 ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ 第6首 ソラニモロケセ ユエヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ (3回) 第7首 マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ (3回)

アフリカ関係

アメリカはもはや国ではない

マスコミに載らない海外記事さんのサイトより
http://eigokiji.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-b2e3b8.html
<転載開始>

2019年4月10日
Paul Craig Roberts

 私が育ち、成人初期の人生を暮らしたアメリカは国だった。人生の間に私は自分の国がバベルの塔に変わるのを見た。均質性と共通の価値観のおかげで、我々がお互いに理解し合うのが可能だった。これは画一的だったり、ものごとが完ぺきだったりしたのを意味するわけではない。バプテストはカトリック教徒ではなかった。アングロサクソン系の白人プロテスタントは黒人労働者ではなかった。女性は男性ではなかった。黒人と貧しい白人は中産階級になるのに苦労したが、それは実現可能だった。中産階級の人々が「裕福になる」のは可能だったが、金持ちになるのは困難だった。移民は制御されていて、流入の縮小が、アイルランド人やイタリア人が社会に融け込むのを助けていた。

 警察は助けになり、銃を連射しながら家に突入したり、交通遮断で人に暴力を振るったりしなかった。重要な問題に関しては妥協ができて、改革が実行され。 英語が言語だった。サービスプロバイダのガス・水道・電気や銀行に電話をかければ、素早く、電話の内容を何でも処理できる生身の人と話せた。今ではロボット音声スペイン語オプションが電話の理由に関係している選択肢をリストするのを聞かされる。顧客にサービスコストを押しつけて、企業は金を蓄え、利益を生んでいる。

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★混乱の北アフリカ 、中東: 「アラブの春」再び?

タマちゃんの暇つぶし さんのサイトより
https://1tamachan.blog.fc2.com/blog-entry-17490.html
<転載開始>
「アラブの春」再び?:混乱の北アフリカ <newsNueq-1909>より転載します。
貼り付け開始

Newsweek
「アラブの春」再び? 中東で広がる抗議デモの嵐
 -----------------------------------------------------------
 https://www.newsweekjapan.jp/mutsuji/2019/03/post-55.php
 2019年03月11日(月)19時00分

 ・ アラブ諸国では生活苦を背景に、「独裁者」への抗議デモが広がっている。

 ・ その構図は2011年の「アラブの春」を思い起こさせる。

 ・ とりわけアルジェリアやスーダンなどでの政治変動は、「テロとの戦い」の文脈からも大きな意味をもつ。

 < 抜粋 >

 アラブ諸国では政府への抗議デモが各地で発生しており、その背景には生活苦がある。
 2011年に発生した政治変動「アラブの春」はその後、シリア内戦や「イスラーム国」(IS)台頭を引き起こしたが、 今回の各地での抗議デモも地域の不安定化材料になる危険性を抱えている。


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アフリカ大地溝帯上の異変が止まらない : エジプトのスエズ運河沿いではシンクホールが発生し、ケニアではさらに新たな巨大亀裂が次々と出現している

地球の記録 - アース・カタストロフ・レビューさんのサイトより
https://earthreview.net/sinkhole-in-suez-and-more-cracks-kenya-on-grv/
<転載開始>
投稿日:
6月7日のエジプトでの報道より


elgornal.net

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南アフリカ:白人の農場主から土地を没収!

日本や世界や宇宙の動向さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/wisdomkeeper/archives/52023276.html
<転載開始>
南アフリカは犯罪率が世界一といわれるほど治安の悪い国ですが、同時に逆アパルトヘイトで白人が虐待を受けています。
極左(共産主義者)のマンデラ氏によって黒人が開放されましたが、その後、南アフリカは共産主義国となり、白人に対する激しい逆差別(虐待)が続いています。
何年か前に、このブログでも、南アフリカの白人の苦難についてお伝えしましたが、白人にとっては地獄のような国です。。
アパルトヘイト時代では黒人に対する差別は酷かったのでしょうけど、当時でも全ての白人が黒人を差別、蔑視していたのではなかったのです。しかし黒人指導者らは恨みを晴らすために白人を逆差別(虐待)するだけでなく土地を奪い取り白人の農場主をホームレスにさせようとしています。
黒人には非常に激情的な人も多く、かつ共産主義思想に染まっているため、そのうち白人を虐殺するのではないかと危惧します。
南アフリカはアパルトヘイト時代よりも恐ろしい国になってしまいました。
南アフリカから逃げられずにそこで暮らすしかない白人はどんな思いで毎日を生きていることか。。。恐怖と飢餓に苦しんでいるのではないでしょうか。

こちらのビデオは南アフリカの白人(アフリカーナ=オランダ系)の暮しを映しています。このようなホームレス用のテントが並ぶスラム街に多くの白人が集まってきており極貧の生活を続けています。
https://www.youtube.com/watch?v=_C2R12xQDDE
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インフレ魔王のムガベ失脚

ネットゲリラさんのサイトより
http://my.shadowcity.jp/2017/11/post-12168.html
<転載開始>
軍人がもっとも優秀、という国があるわけです。貧しい国に特有の現象で、庶民はいくらアタマが良くても、生活が苦しくて進学できない。そういう国で、物凄くアタマの良い子供を、何とかしたいと周辺が懸命になって送り込むのが、「陸軍幼年学校」とか、そういうの。学費がかからない。それどころかわずかでも給料くれるし、卒業後の就職も約束されている。東大狙えるとか、そんなレベルじゃない、もっともっと優秀な子供が、みんな、軍人になる。そういう国があります。なので、そういう国ではしょっちゅうクーデターがあり、軍事政権になる。国民もまた。政治家より軍人を信用する。軍事政権でないと国がまとまらない。タイがそういう国ですねw

アフリカ南部ジンバブエの国軍報道官は15日、占拠した国営放送局を通じて「堕落した政治、社会、経済を正す」との声明を発表した。ロイター通信が報じた。ムガベ大統領(93)の身の安全は「保証されている」とも述べ、軍の監視下に置かれていることを示唆した。クーデターの可能性がある。
 ムガベ氏が自身の後継を巡り、軍に近いムナンガグワ第1副大統領(75)を6日に突如解任し、さらに同氏に近い公務員らも追放。ムガベ氏の妻グレース氏(52)が最有力候補となった。報道官は声明で「昨今の不公正な粛清に反対する」と主張した。

さて、ジンバブエでクーデターです。軍部が実権を掌握。ムガベ大統領を支配下に置いた。軍隊は武器を持っているから強い、と思いがちだが、それだけではない。こういう国では、そもそも軍隊に優秀な人間が集まっているのだ。
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アフリカのアルジェリア北部の雪が1週間降り止まず、サハラ砂漠の一部は完全な銀世界に

地球の記録 – アース・カタストロフ・レビューさんのサイトより
http://earthreview.net/heavy-snow-in-algeria-and-sahara-desert-is-continuing/
<転載開始>

   

2017年1月22日のアフリカ・アルジェリアの北部

vk.com

少し前に、アフリカのサハラ砂漠で雪が降った上に、それが観測史上最大の積雪にまで達したことをご紹介しました。

もはや雪国 : サハラ砂漠に「メートル単位」となる史上最大の積雪
 2017/01/21

そして、このサハラ砂漠に面するアルジェリア北部の雪は「まったく降り止まない状態」が続いていたようで、最初に雪が降った 1月中旬から1週間ほど断続的に、ずっと雪が降り続けたようなのです。

現地の報道や SNS には、アフリカの温帯の国だとは思えない「雪に包まれたアルジェリアの光景」が、数多く掲載されています。

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南スーダン、避難民保護区でも犠牲者「どこに逃げれば」

ライブドアニュースより
http://news.livedoor.com/article/detail/12319661/
<転載開始>
国内避難民保護区で生活するマニャン・ヒョットさん家族。大勢がひとつのテントで暮らしている=4日、ジュバ、仙波理撮影

写真拡大

 土の壁やフェンスで囲まれた外周3キロと1キロの2カ所の敷地に、白いテントがひしめき合う。南スーダンの首都ジュバ。国連宿営地に隣接して、戦火を逃れた4万人超が身を寄せる国内避難民保護区がある。

 南スーダンでは、大統領派と、前副大統領が率いる反政府勢力が対立。7月にはジュバで大規模な戦闘があった。保護区も攻撃にさらされ、避難民20人以上が死亡した。

 「国連の保護下でも安全ではない。どこに逃げればいいんだ」。マニャン・ヒョットさん(26)が憤った。家族18人で暮らすテントに銃弾が飛び込み、いとこのニョーンさん(24)が即死した。政府と反政府勢力は昨年8月に和平合意を結んでいるが、人々は「とっくに崩壊した。いつ戦闘が再発するか分からない」と口をそろえた。

「駆け付け警護」閣議決定=来月12日から実施可能―南スーダンPKO派遣部隊

紙幣の不思議2さんのサイトより
http://blog.livedoor.jp/zabu2233/archives/1062440952.html
<転載開始>

「駆け付け警護」閣議決定=来月12日から実施可能―南スーダンPKO派遣部隊

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南スーダンの現状を、外務省 海外安全HPで確認して下さい。安倍政権が狂っている事が分かります。




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南スーダン「混沌とした状態に陥る」国連

ライブドアニュースより
http://news.livedoor.com/article/detail/12286320/
日本では、「比較的安定している」とラジオニュースで言っていました。
<転載開始>
2016年11月15日 17時0分

日テレNEWS24

 国連は14日、南スーダン情勢についての報告書を公表した。治安状況については「日に日に悪化しており、混沌(こんとん)とした状態に陥るだろう」との見通しを示している。

 報告書は、今年8月半ば以降の南スーダンの情勢についてまとめられている。治安状況については潘基文事務総長の所見として「日に日に悪化している」と指摘した上で、「混沌とした状態に陥る見通しで非常に困惑しており、安全保障理事会としても憂慮すべき」と強調している。さらに、「11月に雨期が終われば暴力行為はさらに深刻化する。南スーダンはどん底の崖っぷちにある」と警告している。

 また報告書では、自衛隊が活動する首都ジュバを含む中央エクアトリア州について、報告書の対象期間である8月半ば以降、「治安状況の悪化が最も顕著である」としている。              


<転載終了>

【<駆け付け警護>答弁書速報②】南スーダンの自衛隊、国際法上は「軍隊」と扱われるが「戦闘員」には当たらない、と答弁。そんな「立ち位置曖昧」なまま武器使用させるとは無責任の極みだ。挙句に「誤って民間人を殺傷する事態は想定しにくい」と。こんな答弁書、自衛官やその家族に見せられるのか。

 

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ロバート・ムガベ

Wikipediaより
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%A0%E3%82%AC%E3%83%99
白人にたてつくと独裁者のレッテルを張られる典型のようです。
ジンバブエ、ムガベ大統領が“モンスター”になった理由とは?
[橘玲の世界投資見聞録]
http://diamond.jp/articles/-/71922
<転載開始>

ロバート・ムガベ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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ロバート・ムガベ
Robert Mugabe
Mugabecloseup2008.jpg

任期1987年12月31日
副大統領サイモン・ムゼンダ
ジョシュア・ンコモ
ジョゼフ・ムシカ
ジョイス・ムジュル

ジンバブエの旗 ジンバブエ
初代首相
任期1980年4月18日1987年12月31日
元首カナーン・バナナ

任期1997年6月2日1998年6月8日

アフリカ連合
第13代総会議長
任期2015年1月30日2016年1月30日

出生1924年2月21日(92歳)
Flag of Southern Rhodesia.svg 南ローデシア ジンバ地区 マティビリ村
政党ZANU-PF
配偶者サリー・ハイフロン
グレース・マルフ英語版
署名Signature of Robert Mugabe clear.svg

ロバート・ガブリエル・ムガベ(Robert Gabriel Mugabe、1924年2月21日 - )は、ジンバブエ政治家1980年ジンバブエ共和国首相に就任し、1987年から大統領1997年アフリカ統一機構議長。宗教カトリックである。Mugabeという姓の発音はショナ語では「ムガベ」だが、英語では「ムガビ」のようにも発音する。



生い立ち[編集]

1924年2月21日英領南ローデシアのソールズベリー(現在のハラレ)の北東に位置するジンバ地区クタマ伝道団で育つ。ムガベの父はマラウィ人と考えられる。ムガベはカトリック教徒として育てられ、マリスト会やイエズス会の学校で教育を受けた。17歳で教員資格を取得。その後、南アフリカのフォート・ヘア大学で英語と歴史学を学ぶ。この間にムガベと同世代で後にアフリカ諸国の指導者となったジュリウス・ニエレレハーバート・チテポ、ロバート・ソボクウェ、ケネス・カウンダらと出会い、1951年に同大学で文学士(歴史学と英語専攻)を取得した。 1952年から南アフリカのドライフォンタイン、ソールズベリー、グウェロ、そしてタンザニアなどを経て南アフリカ大学経済学士を取得した。また、その後も通信教育でさらに6つの学位(南アフリカ大学から教育学士と行政学士,ロンドン大学通信課程から理学士(経済学専攻),法学士理学修士(経済学専攻),法学修士,2つの法学の学位は収監中に,理学修士はジンバブエ首相在任中に取得した)を取得している。また学位は取得していないがロンドン・スクール・オブ・エコノミクスにも籍を置いていた。1958年ガーナアクラで師範学校に勤務し、ここで後に最初の妻となるサリー・ハイフロンと出会う。

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