大摩邇(おおまに)

日常の気になる内容を転載させていただきます。 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと) カタカムナウタヒ 第5首 ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ 第6首 ソラニモロケセ ユエヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ (3回) 第7首 マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ (3回)

大正時代

1923年9月1日,95年前の関東大震災

逝きし世の面影さんのサイトより
https://blog.goo.ne.jp/syokunin-2008/e/753e05ffb9c4998c30779dc3cd6570af
<転載開始>
2018年09月01日 | 社会・歴史
渡邉英徳‏ @hwtnv
 95年前の今日。1923年9月1日,関東大震災。神奈川県・東京府を中心として,千葉県・茨城県から静岡県東部までの広い範囲に甚大な被害をもたらした。写真は上野駅。ニューラルネットワークによる自動色付け+手動補正


こちらが元の白黒写真。

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「国際金融資本」に逆らった男=石原莞儞中佐・円の戦争-

Ghost Riponの屋形(やかた)さんのサイトより
http://ameblo.jp/ghostripon/entry-11625579343.html
<転載開始>
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石原莞爾再考
http://www7.plala.or.jp/machikun/ishiharakanji.htm

下記二・二六事件のエピソードを読むと、今と全く変わってないようね。
漫才みたいだ(笑)



石原莞爾
http://ja.wikipedia.org/wiki/石原莞爾
石原 莞爾(いしわら かんじ、明治22年(1889年)1月18日 (戸籍の上では17日)- 昭和24年(1949年)8月15日)は、昭和の陸軍軍人、最終階級は陸軍中将。栄典は正五位・勲三等・功三級、満洲国より勲一位柱国章(日本の勲一等瑞宝章に相当)叙位叙勲。「世界最終戦論」など軍事思想家としても知られる。「帝国陸軍の異端児」の渾名が付くほど組織内では変わり者だった。

関東軍作戦参謀として、板垣征四郎らとともに柳条湖事件を起し満州事変を成功させた首謀者であるが、のちに東條英機との対立から予備役に追いやられ、病気のため戦犯指定を免れた。

関東軍参謀時代
昭和3年(1928年)に関東軍作戦主任参謀として満州に赴任した。自身の最終戦争論を基にして関東軍による満蒙領有計画を立案する。昭和6年(1931年)に板垣征四郎らと満州事変を実行、23万の張学良軍を相手に僅か1万数千の関東軍で、日本本土の3倍もの面積を持つ満州の占領を実現した。柳条湖事件の記念館に首謀者としてただ二人、板垣と石原のレリーフが掲示されている。満州事変をきっかけに行った満州国の建国では「王道楽土」、「五族協和」をスローガンとし、満蒙領有論から満蒙独立論へ転向していく。日本人も国籍を離脱して満州人になるべきだと語ったように、石原が構想していたのは日本及び中国を父母とした独立国(「東洋のアメリカ」)であったが、その実は石原独自の構想である最終戦争たる日米決戦に備えるための第一段階であり、それを実現するための民族協和であったと指摘される。

エピソード
二・二六事件のとき、石原は東京警備司令部の一員でいた。そこに荒木貞夫大将がやって来たとき、石原は「バカ!おまえみたいなバカな大将がいるからこんなことになるんだ」と怒鳴りつけた。荒木は「なにを無礼な!上官に向かってバカとは軍規上許せん!」とえらい剣幕になり、石原は「反乱が起こっていて、どこに軍規があるんだ?」とさらに言い返した。そこに居合わせた安井藤治東京警備参謀長がまぁまぁと間に入ってその場をなんとかおさめたという。


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今日は「226事件」の日:歴史に学ぼう、日本の”痛〜〜い歴史”を!?

井口博士のサイトより
http://quasimoto.exblog.jp/19858173/
<転載開始>
みなさん、こんにちは。

今日は「2・26」、ニニ六事件が起こった日である。最近、故太田龍氏が、この226事件について語った講演会の映像がYouTubeに出回っているようである。今回はこれをここにもメモしておこう。

1990年代、まだ日本国民がバブル崩壊後にまだその栄華の残像に酔いしれていた頃、太田龍氏はいまではすでに常識となった「イルミナティー」や「NWO」や「シオニスト」や「フリーメーソン」などの、いわゆる「陰謀暴露」を行なっていた。デービッド・アイクの本やジョン・コールマン博士の「300人委員会」を世に出したのもまた太田龍氏であった。

当時はおよそこういう話題を取り上げるものはなく、宇野正美氏や太田龍氏くらいのものであった。そこへ、若きベンジャミン・フルフォード氏が、中丸薫氏のイニシエーションによって「陰謀系」に参戦した。そして、太田龍氏に絡んで死へ追いやった。とまあ、そんなのが真の歴史である。ちなみに太田龍氏の下をデービッド・アイクは訪れている。
デービッド・アイク日本語版復活!

さて、その故太田龍氏の講演とは以下のものである。1~14まである。
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