大摩邇(おおまに)

日常の気になる内容を転載させていただきます。 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと) カタカムナウタヒ 第5首 ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ 第6首 ソラニモロケセ ユエヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ (3回) 第7首 マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ (3回)

WAR研究室

第6章:GHQのニューディーラーの戦後処理計画──極左的戦後改革を強行したユダヤの秘密

「ヘブライの館 2」 6F - WAR研究室さんのサイトより
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe806.html
<転載開始>
■■日本の戦後史はユダヤ人が演出した


真に不思議なことであるが、よく考えてみれば論理的に辻褄が合わないことでありながら、その論理的不整合が今まで全く研究されていない問題が日本に存するのではないか。

それは、日本共産党が占領当初、アメリカ占領軍を「解放者」であると規定したことである。野坂発言で有名なこの事実と、アメリカが資本主義国であったという事実を如何にして矛盾なく論理的に整合させることが可能なのか。これは戦後史研究上の最大の問題点であるはずなのに、この問題を解明しようという試みは未だなされていないようである。

私はここで率直にこれらの日本の戦後史を創ったのがユダヤ人であり、それが実に恥ずかしいほどの我々の無知に基因しているものであることを告白し、我々の「信じ難いほどの頭の悪さ」をお許しいただきたいのである。

 

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日本人は、その戦後史の顕著な跛行性、経済面の驚異的な高度成長と精神衛生面の硬直化、停滞性、虚妄性に深く悩まされているのではないかと考える。戦前日本にあった世界に冠たる長所、美点はあとかたもなく消され、後に残ったものは欲の皮のつっぱり合い、金、金、金の拝金主義的傾向、国際的にはエコノミック・アニマルぶりのみではなかろうか。

現在までのところ確実にいえることは、日本人はいまだこの戦後史の180度転換の真の原因について盲目同然であるということである。

日本人は大変困難な二元論的思考を強いられているのではないだろうか。つまり、戦前のいいものを消したのが、民主主義といわれる戦後持ち込まれた制度ではないのかという疑問と、民主主義は一点も誤まることのない善玉の神であると盲信させられているところからくるディレンマである。

天皇制と民主主義が相容れないアンチテーゼであるということは、案外日本人は理解していないのではないかと思えてならない。日本では「民主主義」は全く聖域に祭り上げられているといってよかろう。戦後30年を経た今日でも、日本では「民主主義」を批判しようものなら、それこそ袋叩きに会うこと受け合いであろう。よしんば民主主義にケチをつけるとしても、それは民主主義の本質に対してではなく、それに対応する側の態度が問題にされる程度である。戦後史の謎を解く鍵はこのへんにあると思われる。

民主主義という言葉はギリシア時代にさかのぼるのを常識としているが、今日、日本は、いな世界中で云々されている「民主主義」というものは、実は我々ユダヤ人が創作したものである。

戦後の占領改革が始まるや否や、我々ユダヤ人(アメリカと考えていたのでは何もわからなくなることはこのあとで説明する)は、戦前の「天皇陛下万歳」に代わる言葉として「民主主義」「自由」「平等」を日本人の頭に植えつけることに成功したのであった。

 

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第5章:共産主義はユダヤ人が作った

「ヘブライの館 2」 6F - WAR研究室さんのサイトより
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe805.html
<転載開始>
■■日本共産党を育てたのは我々の最大の誤りだった


ユダヤ人が日本人に謝らなければならない最大の問題は、戦後日本共産党を育て残置諜者として残していったことである。これは具体的にはニューディーラーが全て行なったことである。共産主義者群から成っていたニューディーラーは社会主義革命こそ行なわなかったが、戦前の日本にあった類い稀な長所をすべて破壊したのである。それ以上に大きな誤りは、残置諜者として日本共産党を育て、残したことである。

我々が戦後改革によって犯した誤りも、この残置諜者=日本共産党なかりせば、もうとっくに賢明な日本人は本来の日本民族に蘇生したであろう。東京裁判、日本国憲法、その他の戦後改革による悪弊も、この病理をタブーにして一指だに触れさせじとする日本共産党なかりせば、とっくに払拭されたであろう。

東京裁判の場合は、これにニューディーラーが持ち込んだ論理が戦前からの日本共産党の講座派史観と一致することにより日本共産党をとらえたのであるが、日本国憲法の場合は、教科書的マルクス・レーニン主義しか知らない日本共産党を捉えるべき要素はほとんどない。あるとすれば、第28条の勤労者の団結権の保障ぐらいのものである。あとはすべてマルクス・レーニン主義の教科書からは出てこないものである。



では何故に、それにもかかわらず日本共産党はこれほどまでに日本国憲法を溺愛するのか、不思議に思われるであろう。

その答えはユダヤ教の宗教的呪縛力なのである。いきなりこういっても日本の皆様にはピンとこないだろうということは私にもよく分かる。

いや何よりも、日本共産党自身が全く意識していない。一般の戦後改革、例えば国家意識、民族意識の去勢にしても、果たして日本共産党がどの程度この意味を知っているだろうか。恐らく、プロレタリア国際主義という教科書にある線からこれを考えているのであろう。しかしそれでは、わかっているとはいい難い。マルクス主義の国家論までくればまあまあであろう。つまり、国家を破壊するには愛国心の如きものが最大の障害物になるわけである。もし日本共産党がこの辺まで分かっていたというなら、次はどうだろう。家族制度は国家転覆のやはり大きな障害物なのである。憲法にある自由、平等、男女同権等はすべてこの目的に添ったものであるが、日本共産党はそこまで知っていて日本国憲法を死守しているのだろうか。私にはそうは思えない。

とすれば、日本共産党が日本国憲法改訂をタブーとして死守する根拠は、マルクス・レーニン主義からは導き出せないだろう。ではこれはどう説明すればいいのか。それはユダヤ教の呪縛力としか説明できないようである。擬似宗教性といわれるものである。


〈中略〉

 

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第4章:日本国憲法はワイマール憲法の丸写し

「ヘブライの館 2」 6F - WAR研究室さんのサイトより
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe804.html
<転載開始>
■■日本国憲法の作者はユダヤ人である


ユダヤ人の一人として将来の日ユ関係のためにも、是非とも日本人の皆様の前に白日の下にさらしておかなければならない日本国憲法の本質についてご説明申し上げたいと思う。

日本国憲法の評価について、日本国中は真っ二つに割れているようである。一方は、この憲法は占領軍の押しつけたものであり日本の実情になじまないという主張のようであり、もう一方は、これを絶対善として何がなんでも一指だに触れさせじと固持しているようである。私の見るところ、両者ともこの憲法の隠された深奥部にある本質を見抜いていないように思われる。前者の考えは一面の真理ではあるが、決して十分ではない。後者は論理的思考を欠く信仰の所産としかいいようがない。

日本人はいまだ、この憲法の本質がユダヤ的思考の所産であることを全くご存知ないように思われる。これは不幸なことである。この憲法の本質を知るには、ユダヤ問題をもたない日本人にはあまりに距離がありすぎるのかも知れない。これはどうしてもユダヤ人が本質解明の道案内をしなければ、日本人は永遠にこの憲法のもつ強烈な宗教的呪縛力の桎梏のもとにあえぐことになるかも知れない。一ユダヤ人として、そうとあらば、このまま放置しておくにはあまりにも重大な責任を負わされているような気がする。

何故なら、この憲法の作者はユダヤ人であり、そこに貫かれているものは第二次大戦終結時ではすでに極めて時代錯誤的なユダヤ思想だったのだ。いや、単に時代錯誤にとどまらないかも知れない。そこにもっと致命的な我々ユダヤ人の犯した誤ちがあったのだった。

今日日本人の皆様がこの憲法に潜む矛盾から逃れる道は、この憲法の奥に秘められた本質をできるだけ早くつかむため、先ずそのルーツを白日の下に曝すことであろうと思う。

私はこの憲法を一言で表現するなら、「往来で道を尋ねられた時、故意に反対の方向を教えるもの」といいたい。

 

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第3章:日本人の知らない東京裁判の本質

「ヘブライの館 2」 6F - WAR研究室さんのサイトより
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe803.html
<転載開始>
■■「大東亜戦争」と「太平洋戦争」


日本の首相は、国会などで共産党、社会党から大東亜戦争責任論を質されると、おおむね、「後世の史家の判断にゆだねられるべきもの」という意味の答弁をするのを常としているようである。これは日本の一般ジャーナリズムの東京裁判の宣伝をほとんど鵜呑みにして、日本が戦争責任の火の粉をかぶるのが当然であるといわんばかりの軽挙からみれば、主体性のある態度といわねばならない。

 

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東京裁判(極東国際軍事裁判)の大法廷 
(市ヶ谷の旧陸軍省の建物内)

 

ここで一つ是非注意しておきたいことは、「太平洋戦争」という言葉である。日本には本来この「太平洋戦争」という言葉は存在しない。これは勿論、戦後占領軍がそれこそ押し付けたものである。

戦後、いろいろな方面から大東亜戦争に関する歴史書が出ているが、その中に「太平洋戦争」という言葉で語っているものが如何に多いことか。これではその歴史書はアメリカ側の立場に立って全て書かれたものと考えられて致し方ないのであるが、著者達はそれで満足なのであろうか。

問題はそれだけではすまない。日本の歴史には「太平洋戦争」という戦争はないのである。あったのは「大東亜戦争」である。よく考えてみる必要がありはしないか。これは明らかに歴史の偽造に他ならない。「日中戦争」然りである。あるのは「支那事変」である。

戦後史の跛行性という点で戦後日本は真の日本歴史の構築を放棄したのではないかとしばしば指摘されるのであるが、これでは戦後からではなく昭和16年の時点からすでに、日本歴史の真の構築を放棄していたことになりはしないか。

占領中そういう呼び名を強制されていたのは止むを得ぬかも知れないが、今日に至るも依然としてそれから脱脚できないのはどういうわけか。これは、ジャーナリズムが依然として「太平洋戦争」という言葉を使用していることに関係ないことである。日本人自身の問題である。憲法とは違って、改正の手続の問題もない。ただ正しい歴史観の認識の問題のみである。


〈中略〉

 

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第2章:二元論的思考法──典型的なユダヤ的思考パターン

「ヘブライの館 2」 6F - WAR研究室さんのサイトより
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe802.html
<転載開始>
■■なぜか語られない二元論的思考パターン


最近、若い同胞が一人前の顔をして能書きをたらたらたれているようである。その大部分は、ユダヤ的思考法をすべからく日本人たるもの学べ、といったもののようである。私はこの恥知らずな若い同胞のことを考えると、全く穴があれば入りたい心境である。彼らは日本についてあまりにも無知であるのみならず、ユダヤ思想のなんたるかについても全く教育されていないのである。だからこそ、かくの如き恥さらしが平気でできるのであろうが。

彼らが決して触れないものに、二元論的思考パターンというものがある。

この思考法を知らないなら、もはやユダヤ人とも呼べないだろう。そのくらい大切な思考法が、これから述べる二元論的思考パターンなのである。現在、日本に限らないが、我々のあらゆる面における思考パターンの典型として支配的要素となっているのが、この二元論的思考法なのである。

直接、間接を問わず、この思考パターンはユダヤ教の思想から来たものであるということを知っていただきたいのである。

現在まで日本人は日常のあらゆる面でこの二元論にはまっているのであるが、残念なことに、ほとんどそれを意識していないのではないかと思われてならない。

ユダヤ人の思考法で最も基本的なものに、二元論と呼ばれるものがある。論理学的には二値論理といわれるものである。ユダヤ人は両建て主義ということが多いようである。

この二元論というのは、絶対に相容れない両極端の対応物を設定することから始まる。しかも宗教民族らしく、この二元論は多くの場合、倫理的要素が混入されているのである。したがってこの二元論は、善悪二元論、時によっては明暗二元論など、いろいろいわれよう。


〈中略〉

 

■■ ○×式思考法はユダヤ人が作った


戦後、教育界に最初に持ち込まれたものに、○×式思考法がある。この思考法も見て分る通り、二元論の典型的なものである。これを最初に社会に持ち込んだのはルーズベルト政府、つまり、ニューディーラーである。1941年、アメリカが第二次世界大戦に突入した結果、国家総動員ともいうべき戦時体制に飛び込んだのをチャンスに、ルーズベルトはまず教育界というより一般産業界に持ち込んだのであった。

産業界では、戦時体制生産のため労働力の飛躍的増強が要求された。そこで大量の労働者、技術者の募集が始まった。その際これら労働者、技術者その他の採用試験には従来の如き主観に基づく要素の多い問題形式では間尺に合わない。採点作業のスピード化のため、思い切った客観法に基づく採点方法が焦眉の急であるというのが、この○×式を持ち出す時の理由づけであった。


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第1章:戦前の日本に体現されていたユダヤの理想

「ヘブライの館 2」 6F - WAR研究室さんのサイトより
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe801.html
<転載開始>

■■■第1章:戦前の日本に体現されていたユダヤの理想


戦後すでに30数年を経た今日、日本人は真の日本歴史を構築してきたという実感を全然感じない、とよくおっしゃる。私にはその意味がよく分るような気がするのである。

それの意味するところは、経済の驚異的高度成長に反比例する精神面の退化現象とこの二者にみる跛行性のことではないだろうか。戦後は虚妄だといわれて久しい。

私がここで考えることは、何よりもこの跛行性の原像を日本人はまだつかんでいないのではないかということである。この病理のルーツが分からないと、治療法も発見できないのは至極当然であろう。

日本をこよなく愛する私としては、この問題を解明して日本人が真の日本歴史を生き生きと構築できるよう側面から及ばずながらお助けしなければならないという強い義務感、責任感におそわれるのである。

何故か。それはこれら病巣のルーツがほとんど誤れるユダヤ的思考の所産であるからに他ならないからである。我々は信じ難いほど頭が悪かったのだ。もともと、我々が犯した誤ちはごく単純そのものの誤ちだったのだ。

しかるに、この小さな誤ちの及ぼした影響は想像以上に大きかった。それは、戦前まで日本が世界に冠絶した類い稀れなものとして誇っていた数々のものを破壊してしまう結果となったのであった。

このことを知るに及んで、我々の心は痛むのである。しかも、その日本が戦前もっていた類い稀れな長所というものが我々ユダヤ民族の理想の具現化されたものでもあったことを知り、ますます我々の苦悩は倍加されるのである。



我々ユダヤ民族は、西洋人にない高尚な理想を常に頭に画いていたのである。しかし日本の皆様もご存知のように、ユダヤ民族は永い永い迫害の悲しい歴史の中ではこれら理想を具現化する余裕など全くなく、ただどうして生命の安全を全うするかということに心血を注ぐのが精いっぱいであった。第二次大戦終結までは我々の解放のための闘いは絶えず続いていたのであり、そのような理想を追求する余裕は残念ながらなかったのであった。

しかるに第二次大戦後、日本が占領政策の結果大幅に改革された結果初めて、戦前の日本に我々の理想とするものが多々実在したことを発見したのであった。

これは我々にとって大きな驚きであった。

 

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最近、日本でいろいろ比較文化論的にユダヤ人と日本人を対比した論調が出回っているようであるが、それらはいずれも軽佻浮薄なものばかりのようである。もっとも、それらは若い同胞やユダヤ人の仮面をかぶった日本人の書いたものであるから、その程度のレベルにとどまっているのもむしろ当然かも知れない。

たとえば、イザヤ・ベンダサン(山本七平)氏もその一人かも知れない。彼は、日本の戦後史の非連続性を嘆くかの如きポーズをとり、日本人の小善人的な性質をくすぐり、日本の病理は指摘しつつも、我々の犯した過誤に頬被りしようとしている。しかし、日本の戦後史は、我々ユダヤ人が過去の過ちを真摯な態度で告白しなければ解明できない性質のものなのである。

私は、今後末永く日本人と親しく友好関係を保たせていただきたいと心から願うものとして、日本の戦後の歴史的非連続性、いいかえれば何故戦前の理想的な数々の長所が失われたのか、そのために真の日本歴史の構築を阻まれている日本人の深い苦悩からの脱出をお助けするために、これら病巣のルーツを解明する作業を進めたいと思うのである。それはまた同時に将来我々ユダヤ民族の理想を追求するときにも再び大きな助けとなるであろうと信ずるからである。

ハーマン・カーンの『21世紀は日本の世紀』、最近のエズラ・ボーゲルの『ジャパン・アズ・ナンバーワン』などは哀心よりの親日的な論調であることは日本の皆様もご理解願えると思う。しかし私にいわせれば、これらの前にどうしてもしておかなければならない大切なことがあるのである。それをとばして今後の日ユ親善はあり得ないと思うのである。もしユダヤ人が最も大切なことに頬被りしたままで日ユ親善を求めるなら、それは間違いなく失敗に終わるであろう。

私は今後の末永き日ユ親善のためこの筆をとったのである。この拙稿がささやかな日ユ親善の礎となれば望外の喜びである。

 

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日本人に謝りたい

「ヘブライの館 2」 6F - WAR研究室さんのサイトより
http://inri.client.jp/hexagon/floorA6F_he/a6fhe800.html
<転載開始>

日本人に謝りたい


~ あるユダヤ長老の懺悔(ざんげ) ~


──ユダヤ長老が明かす戦後病理の原像──

 

 

あるユダヤ人が天皇日本について語った文がある。

彼の名はモルデカイ・モーゼ。戦時中にルーズベルト大統領のブレーンとして日本を研究し、戦後の対日処理立案(GHQ政策)にも加わったという。彼は『日本人に謝りたい』という、極めて異例な内容を含んだ本を残している。

彼はこの本の中で、「共産主義」はユダヤ人が作り出したものだと言明し、日本を揺るがした美濃部達吉の「天皇機関説」もユダヤ人ゲオルグ・イエリネックによる国家機能弱体化運動の一環であったとか、宮本共産党委員長を育てたのもユダヤのラビ(ユダヤ教指導者)だったとの衝撃的な事柄を記述しているが、その上で、このユダヤの長老モルデカイ・モーゼは、

実はユダヤ人は日本を誤解していた、日本こそユダヤの永遠の理想があると言い切り、「日本人に謝りたい」と語っているのである。

 


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『日本人に謝りたい』モルデカイ・モーゼ著
(日新報道/1979年出版)


【著者の紹介】

モルデカイ・モーゼ
(Mordecai Moses)

1907年、ウクライナのオデッサ生まれ。
父親は哲学者で革命家、ロシア革命では指導的役割を果たした。
レーニン没後、ソ連におけるユダヤ権力の将来に見切りをつけた父親
と共にワイマール体制下のドイツへ亡命。父親は美濃部達吉博士に
「天皇機関説」を吹き込んだゲオルグ・イエリネックと親しかった。

ベルリン大学で政治学、哲学を専攻後、国際連盟労働局で極東問題を担当。
独ソ不可侵条約が結ばれるや、いち早くその本質がユダヤ勢力の抑圧に
あることを看破し、ハルビンを経て上海に亡命。「サッスーン財閥」の
顧問となり、日本の国体、神道、軍事力の研究に従事。

1941年米国へ亡命、ルーズベルトのブレーントラストとして活躍、
1943年頃から対日戦後処理の立案にも参画した。戦後十数回来日、
現在は日本研究を楽しみに余生を送っているという。

 


 

下のファイルは、この本の
重要だと思われる部分を抜粋したものです。
(内容の判断は各自にまかせます。あくまでも
“参考”程度にご覧になってください)。
 
(各イメージ画像は当館が独自に追加)


↓↓↓


日本人に謝りたい
 
~ あるユダヤ長老の懺悔(ざんげ)~
第1章
戦前の日本に体現されていた
ユダヤの理想
第2章
二元論的思考法
~典型的なユダヤ的思考パターン~
第3章
日本人の知らない
東京裁判の本質
第4章
日本国憲法は
ワイマール憲法の丸写し
第5章
共産主義はユダヤ人が作った
第6章
GHQのニューディーラーの
戦後処理計画の秘密

 


 

【この本についての補足説明】


この『日本人に謝りたい』(日新報道)は、今から約20年前の1979年に出版された本である。

ずいぶん古い本であるが、核心を突いた鋭い指摘をしている箇所があり、面白い内容の本だと思う。特にマルクス主義とニューディーラーとユダヤ人の関係について詳しく説明されているので、参考になる。

しかし、ところどころ疑問に思う部分があり、困惑させられるのも事実である。また、この本の著者自身、本当に実在するユダヤ長老なのかどうかも確認できておらず、未だに当館は、この本に書かれている内容が、どこまで正しいのか、明確な判断が下せない状態である。

(※追記: この後、当館に寄せられた情報によると、このユダヤ長老は実在する人物のようである)。

とりあえず、この本の重要だと思われる部分を抜粋して、「参考データ」としてこのページに保管しておきたい。(内容の判断は各自にまかせます。あくまでも“参考”程度にご覧になってください)。

 

 

<転載終了>
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