大摩邇(おおまに)

日常の気になる内容を転載させていただきます。 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと) カタカムナウタヒ 第5首 ヒフミヨイ マワリテメクル ムナヤコト アウノスヘシレ カタチサキ 第6首 ソラニモロケセ ユエヌオヲ ハエツヰネホン カタカムナ (3回) 第7首 マカタマノ アマノミナカヌシ タカミムスヒ カムミムスヒ ミスマルノタマ (3回)

Anti-Rothschild Alliance

ロスチャイルド関連の世界史1950~現在

Anti-Rothschild Allianceさんのサイトより
http://rothschild.ehoh.net/lecture/rothschild_04/04_next.html
<転載開始>

ロスチャイルド関連の世界史1950~現在

1954年、第1回ビルダーバーグ会議が開催されます。
ビルダーバーグ会議は、毎年1回、アメリカ、カナダ、ヨーロッパ諸国で影響力を持つ100~150人が集まり、政治経済や環境問題なども含む多様な国際問題について討議する完全非公開の会議です。
オランダ女王の夫君のベルンハルト公によって創設されました。ベルンハルト公は、ロイヤル・ダッチ・シェルやソシエテ・ジェネラール・ド・ヘルジークといった石油産業の重役を務めた 人物です。
初代会長は後にNATO事務総長になる英国のピーター・キャリントン卿。キャリントン卿は、チャタム・ハウスの所長であり、ロスチャイルド系企業リオ・チントとバークレー銀行の重役を務めた人物です。

1962年、リオ・チントとジンクが合併してリオ・チント・ジンクが誕生し、ロスチャイルドが世界的なウラン・カルテルを支配。本格的に原子力産業へ進出します。
ダイヤモンドのデビアス、金のアングロ・アメリカ、そしてウランなど非鉄金属のリオ・チント・ジンク、この三社がロスチャイルドの鉱物支配の要です。

1963年6月4日、米国大統領J・F・ケネディにより、政府紙幣の発行を財務省に命じる大統領行政命令 第11110号が発令されます。
ケネディが発行を命じた紙幣は、FRB発行の銀行券とほぼ同じデザインで、FRBのマークがない代わりに“United States Note ”(政府券)と印刷してありました。
同年11月22日、J・F・ケネディ米大統領は、テキサス州ダラスにて暗殺されます。
財務省によって発行された総額42億ドルの政府券は、ケネディ暗殺後、速やかに回収されました。

1964年、米国が本格的にベトナム戦争に突入する契機となるトンキン湾事件が起きます。
北ベトナムのトンキン湾をパトロール中の米駆逐艦に北ベトナム哨戒艇が攻撃を加えたとし、その報復としてジョンソン政権は北ベトナムを爆撃。以降、ベトナム戦争は一気に拡大します。
しかし、1971年、ニューヨーク・タイムズの記者がペンタゴンの機密文書を入手。このトンキン湾事件は米国が仕組んだものだったことを暴露しました。
1995年には当時の国防長官ロバート・マクナマラも「北ベトナム軍による攻撃はなかった」と告白しています。
この、ベトナム戦争の長期化により米国で反戦運動が盛んになり、スカル&ボーンズの影響力が低下、その隙を突くように米政権内で親イスラエル勢力が台頭します。

1977年、イスラエルに右派政党のリクード政権が成立します。
リクードの理論的支柱と言われているのが青年トルコ出身のウラジミール・ジャボチンスキーという人物で、それまでの「パレスチナ人を騙して土地と権利を売らせよう」と考えていたシオニスト指導部を批判し、衝突を抑えるために武力を使用することを主張したファシストです。
ジャボチンスキーは、1920年、今日のイスラエル国防軍の基礎となった軍事組織ハガナーの創設に関与します。このハガナー創設にはロスチャイルドが資金を提供しています。また、1923年には修正主義シオニズム青年組織「ベタル」を設立。1931年には、テロ組織イルグンの創設にも関与、指導者として君臨します。
歴代リクードの党首たち、デイル・ヤシーンで大虐殺をおこなったメナヘム・ベギン、ナチスと組んで正統派ユダヤ人を迫害させたイツハク・シャミル、パレスチナ難民キャンプで大虐殺をおこなったアリエル・シャロン、そのシャロンが怖れるほど凶暴な現党首のベンヤミン・ネタニヤフは、このファシストでありテロリストである「ジャボチンスキーのプリンスたち」と呼ばれています。

1981年、ロナルド・レーガンが米国大統領になると、ネオコンが政権内に入り込み、その影響力が強まります。
ネオコンとはNeo conservatism、つまり新保守主義者という意味ですが、これまでの保守主義が経済政策は産業保護、社会政策は伝統主義だったのに対して、経済政策は自由主義、社会政策は伝統主義というのが新保守主義と言われています。
このネオコンは軍産複合体と結託して、攻撃的・好戦的なタカ派を形成していきます。
また、狭義にはアメリカ新世紀プロジェクト(PNAC)を支持する人々のことをネオコンという場合もあります。
アメリカ新世紀プロジェクトは、1997年に結成されたシンクタンクで、次のような基本提案に専心すると宣言しています。

  • 米国が指導力を発揮することは、米国にも世界にも良い。
  • このリーダーシップには、軍事力、外交、エネルギーおよび道徳原理への関与が必要とされている。
  • 今日の政治的指導者のほとんどは国際的指導力を主張していない。
  • それゆえ、米国政府は、軍事力を含めて使える全ての手段によって、揺るがない優勢を獲得するために、その軍事優位および経済優位を十分に利用するべきだ。
このPNACは、9.11事件の一年前、2000年9月にアメリカ防衛再建計画というものを公表しています。
そこには「アメリカの防衛体制は新しい真珠湾攻撃のような破滅的な出来事抜きには、その再建のプロセスは長期間を要するものになるであろう」と書かれていました。続きを読む

ロスチャイルド関連の世界史1900~1950

Anti-Rothschild Allianceさんのサイトより
http://rothschild.ehoh.net/lecture/rothschild_04/index.html
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ロスチャイルド関連の世界史1900~1950

1904年、日露戦争が開戦します。
日本が絶対不利だったにも関わらずクーン・ローブ商会のジェイコブ・シフから融資を受け、戦費不足を補い、なんとか勝利します。
しかし、この負担がのちに大きく圧し掛かり、日本は外資によるコントロールから財政破綻、そして戦争へという道のりを歩み出します。
この間の経緯は複雑だし長くなるので省略しますが、シフは「日本の恩人」として天皇から勲章を授けられていますけど、そんな善意の人では全くないです。

1907年、ロイヤル・ダッチとシェルが合併してロイヤル・ダッチ・シェルが誕生します。
ロイヤル・ダッチというのはオランダ王室のことですね。オランダは産油国のインドネシアを植民地にしていましたので、そこと組んだわけです。

1909年、今のイランにアングロ・ペルシャ石油が設立されます。これは、のちのブリティッシュ・ペトロリアム、今のBPのことです。
ロスチャイルドは、バクー油田の利権を持っていますから、これでロシア、インドネシア、イランと大産油国の石油を掌中に収めたことになります。
現在では、シェルやBP、あるいはロックフェラーのエクソンモービルなど、国際石油資本が持つ油田の総埋蔵量は世界の全埋蔵量の10%を切っていて、残りは産油国の国有石油会社が持っていますが、商品取引所による価格形成メカニズムを用いて、影響力を堅持しています。

1910年、ロンドン・モルガン商会がモルガン・グレンフェルに改組されます。
創業者のエドワード・グレンフェルは、ロスチャイルド一族でイングランド銀行総裁ヘンリー・グレンフェルの息子であり、イギリスの老舗投資銀行ブラウン・シプリー社の重役でした。
ブラウン・シプリーのブラウン家は、米国ではハリマン家と結びついてブラウン・ブラザース・ハリマンになっています。
このブラウン・ブラザース・ハリマンの頭取を務めたのがパパ・ブッシュの義父ジョージ・ハーバート・ウォーカーで、ナチスに資金提供していたユニオン銀行を設立したのがアヴェレル・ハリマン、その社長を務めたのがパパ・ブッシュの実父プレスコット・ブッシュという関係です。
モルガン・グレンフェルは、現在、ドイツ銀行に買収された形になっていますが、実質、ドイツ銀行を乗っ取っています。

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ロスチャイルド関連の世界史1800~1900

Anti-Rothschild Allianceさんのサイトより
http://rothschild.ehoh.net/lecture/rothschild_03/index.html
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ロスチャイルド関連の世界史1800~1900

rothschild03

ロスチャイルドには五人の娘と五人の息子がいました。この息子たちが成長し、ヨーロッパの主要な都市に支店を開いていきます。
1804年には三男のネイサンがイギリスのロンドンへ行き、のちに金融王となります。
1817年には、五男のジェームズがフランスのパリへ行き。彼は鉄道王と呼ばれ、この鉄道を足がかりにフランスの産業を支配していきます。
1820年には次男のサロモンがオーストリアのウィーンへ、1821年には四男のカールがイタリアのナポリへ、そして長男のアムシェル・マイヤーはフランクフルトの本店を継ぐことになります。
この五人兄弟は、伝書鳩や快速艇、専用の馬車を持っていて、毎日、各国の情勢を手紙で情報交換していました。
今の情報ネットワークを利用して投機で儲けるという国際金融ビジネスの原型を築いたのです。
この四人の兄弟に囲まれた星のマークのついた国、どこだかわかりますか?
そう、永世中立国であり、大金持ちたちの秘密の金庫がある国、そして中央銀行の中央銀行である国際決済銀行のある国、スイスです。
スイスがロスチャイルド・ネットワークの中心地であることが、この配置からわかりますね。

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ロスチャイルド関連の世界史1700~1800

Anti-Rothschild Allianceさんのサイトより
http://rothschild.ehoh.net/lecture/rothschild_02/index.html
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ロスチャイルド関連の世界史1700~1800

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前置きが長くなりましたが、いよいよ本題に入ります。
1744年、ドイツのフランクフルトにあるゲットーでマイヤー・アムシェル・ロスチャイルドが誕生します。
この名前自体が非常に興味深いんですね。
初代ロスチャイルドの本名は、マイヤー・アムシェル・バウアーと言います。
マイヤーはドイツ人として一般的な名前です。アムシェルはユダヤ人として一般的な名前。ドイツ名の方が都合が良い場合はマイヤー、ユダヤ名の方が都合が良い場合はアムシェルと、時と場合によって使い分けられるんですね。
ロスチャイルドはドイツ語ではロートシルト。赤い標識という意味です。なぜ赤い標識かと言えば、フランクフルトでは金貸しは赤い標識を掲げる慣習があったのです。
つまり、自ら金貸しを名乗ったんですね。

1764年、マイヤー・アムシェルが二十歳の時にドイツ・ロスチャイルド商会を創設します。
このロスチャイルド商会は貸金業、両替業、古銭業を主に営んでいました。
両替業というのは、当時のドイツは230の小国に分かれていて、いくつかの小国がくっついて自由都市というのを形成しており、その自由都市ごとに違う貨幣を使用していたわけです。で、他の自由都市で買い物をする時は、そこの貨幣を使用しなければならない。だから、手数料を取って他の貨幣と交換する両替業というのがあったわけです。
貨幣には、それぞれの国の歴史や文化が刻んであるので、当時の上流階級の人たちにとって古銭を集めるのが高尚な趣味とされていました。初代ロスチャイルドは、おそらく世界初のカタログ販売を、この古銭業で始めたわけです。

1773年、先ほどお話した通り、初代ロスチャイルドが12人の実力者を招いて全世界の支配権を得るための秘密会議を開催します。

1775年、ドイツの名門貴族ヘッセン家のヴィルヘルム9世と古銭業を通じて知り合い、その財産運用を任せられます。
当時は米国独立戦争の最中であり、ヘッセン家は独立戦争を鎮圧するための傭兵をドイツで鍛えて英国政府に貸出すというビジネスをしており、個人としてはヨーロッパ最大の資産家でした。このヘッセン家の資産が、のちにロスチャイルドがのし上がる種銭となります。

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ロスチャイルドの世界革命行動計画

Anti-Rothschild Allianceさんのサイトより
http://rothschild.ehoh.net/lecture/rothschild_01/index.html
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初代ロスチャイルド (1744~1812)

history_finance01

マイヤー・アムシェル・ロスチャイルド
「私に一国の通貨の発行権と管理権を与えよ。
そうすれば誰が法律を作ろうと そんなことはどうでも良い」

初代ロスチャイルドの名前はマイヤー・アムシェル・ロスチャイルド。1744年にドイツのフランクフルトのゲットーで生まれます。ゲットーとはユダヤ人の強制居住区域ですね。迫害されていたユダヤ人たちは狭いゲットーに押し込められていたわけです。

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