大摩邇(おおまに)

日常の気になる内容を転載させていただきます。 ひふみ、よいむなや、こともちろらね、しきる、ゆゐつわぬ、そをたはくめか、うおえ、にさりへて、のますあせゑほれけ。一二三祝詞(ひふみのりと)

木の花ファミリーの経済から世界を見る

余裕がほとばしり出るような徳の積み方(2018)

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2018/08/2018.html
<転載開始>
 
一緒に暮らす木の花ファミリーのみんなです。


こうやって賑やかにしていると、人の目は表面に顕れる出来事にいきます。ですが、その奥に流れているものがあってそれは常に新しい流れを生み出し続けています。そこに目を向けていないと新しい動きには間に合わなくなっていくものです。

ロータスランドが始まり、私たちの暮らしは特に忙しくなりました。忙しい毎日を送っていると、給料を貰い生活をしている人々ならば、ストレスが溜まってきます。そのためストレスを解消するためにお金や余暇が必要となります。ですが、ここの人達は忙しい毎日を送っても疲れて眠くなるだけです。それはこの暮らしの安心感がもたらすものですが、その余裕、ゆとりのようなものを心磨きに向けていく必要があるのです。

忙しく賑やかな毎日を生み出している奥のもの、そこを緻密に見ることによって、プロセスから学び、それは自分の成長として積み上がっていきます。その成長が天の生み出す新しい流れと呼応していくのです。表面的な賑やかさにかまけて、安心感の中、ぼうっとしていると次の流れには間に合わなくなるのです。



☆彡 ☆彡 ☆彡
続きを読む

混沌(4)の中に天の意志(5)を見出す

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2018/08/blog-post_5.html
<転載開始>
 




先日の大人ミーティングにて、カタカムナの「よ」と「ゆ」の思念についてみんなで深める時間を持ちました。「よ」の思念は僕の名前(よしふみ)の中にも含まれていますが、僕は3年前の10月、以下のような文章を書いています。

☆彡 ☆彡 ☆彡

続きを読む

ただ出会う出来事を楽しんでいく(3)

木の花ファミリーの経済から世界を見る さんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2018/07/blog-post_27.html
人それぞれの人生の工程があり、一概にこれが原因だというのは言えないでしょうが
他人事的に言えば、指示されなければ動けないロボット人間になってしまっている。
かな!?
<転載開始>
先日、木の花ファミリーのみんなとクローズアップ現代「セックス・若者たちの本音~世界のミレニアム世代調査」を観ました。この番組は以下のように紹介されています。

☆彡 ☆彡 ☆彡

今、“セックス”の在り方を考えようと、声を上げ、行動を起こす若者たちが増えている。 その背景には、何があるのか?私たちは、世界の公共放送が連携した、ミレニアル世代(1834)の本音に迫るWEB調査「Generation What?(#なにジェネ)を用いて、100万人の若者のセックス観を分析。浮かび上がったのは、セックスに対し、戸惑いや不安を抱える日本の若者の姿だ。 「性的な欲求を持つことに罪悪感を感じて生きてきた」 「何が正解で何が不正解なのか、考えても分からない」 一方、北欧では、ポルノの影響を懸念した公共放送が「普通の人のセックス」の特集を組んだり、行政が若者のセックスの相談を受ける「ユースクリニック」を全国各地に設置するなど、社会を挙げて性教育に取り組んでいることも明らかになった。 勇気を出して声をあげてくれた若い男女の切実な悩みに、徹底的に耳を傾けながら、 「セックスのあり方」、そして「生き方」を考える。

☆彡 ☆彡 ☆彡

日本の若者の多くがアダルトビデオから性に関する情報を得ています。その影響があるからか、男性はアダルトビデオの真似をして、それが女性には不快なのに女性は正直にそのことを話せない。番組ではそんな事例も紹介されていました。

番組では一貫して性をオープンにしていくことの大切さを語っていましたが、性の本質には触れられず、表面的な話題に終始していました。こんな番組に対してジイジは概ね以下のように語りました。

☆彡 ☆彡 ☆彡
続きを読む

一人ひとりの認識がこの世界を創っている。

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2018/06/blog-post_6.html
<転載開始>
三角エコビレッジ・サイハテ坂井勇貴さんが以下の問いを発しているのを目にしました。

☆彡 ☆彡 ☆彡

人間らしさを学び、育む場としての村づくりやコミュニティ作りは今後ますます求められていきますが……あなたにとって『人間らしさ』とはなんでしょう?コメントお待ちしています!

☆彡 ☆彡 ☆彡

それに対して僕は以下のように答えました。

☆彡 ☆彡 ☆彡

仏陀がすべてが繋がり合うこの世界の中で「天上天下唯我独尊」と語ったのは、自分が消えたら認識が消え去るから。これは認識に価値を置いた言葉で、人間を人間にしている人間らしさは「認識」にあると思っています。

だけれども、人間の認識は自分の身体や経験に縛られていて、そのままではこの世界に真実の姿を観ることが出来ません。だから心を磨いて自我を手放し自分の視点を超えていくことが大切なのだと思っています。


自分の思惑や感情を手放し目の前の出来事に心を開き、そこから学ぶトキ、変化は自ずから起きて、そして自ずから成長していきます。自分の想像を超えた自分と出会うことが出来ます。

多くのヒトが共に暮らすコミュニティは多くの視点が混じり合うことで自分の視点を超えるようにと導いてくれます。その先にあるのは、この世界の実相への認識。それは無限の深みがあるもので、探求しても探求してもきりがなくて、いつも自分の想像を超えてきて、面白く面白くて仕方がないものなのです。

長くなりましたが、思うことを書かせていただきました。
読んでくれてありがとうございます。


☆彡 ☆彡 ☆彡続きを読む

今の社会は自分の未熟を表している(2)

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.com/2018/06/blog-post_13.html
<転載開始>
以下、3年前の大人ミーティングでのジイジの言葉です。

☆彡 ☆彡 ☆彡


物事の捉え方はたくさんあってね。

善意で捉えようと思ったら、
この世界にある全てのことは、
善意になるんだよ。

ただ、
人にはそれを善意で捉える力がないだけなんだよ。

宇宙は全て善意でできている。

なぜかというと、
宇宙は調和でできているから。

調和は、
悪意では保てない。

調和は、
善意によってしか、
成り立たない。

だから、
物事を善意で捉えられないときには、
自分が未熟だと思わないといけない。

そこを悪意で捉えるということは、
自分を観ないで、
悪意は相手から来ると思っているのだけど、
悪意は、
自らの未熟さから生まれるものなんだよ。

だから、
自分が言っていることは全て、
自分自身を表しているんだよ。

そこに気付かないと、
自らを改めることはできないね。

人間というものは、
必ず自分の都合の良いように
答えを求めようとするんだよ。

だから、
自分の本心があっても、
そういった人たちは「けど」「でも」と言って、
本心と違う行動を取るんだよ。

そのカラクリをわかって、
自分自身に修正の目を向けられるようになったら、
人は成長できる!

そのためには、
自らの想いをどんどん外に出していって、
まわりからフィードバックをもらい、
客観的な視点を育てていくことが大切だね。





続きを読む

泥の中から美しい蓮の花が咲くように。

木の花ファミリーの経済から世界を見る さんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.jp/2018/05/blog-post_25.html
<転載開始>
 

521日、24節気では小満、西洋占星術ではふたご座が始まる日でしたが、この日、太陽の周りに日輪が見えました。Facebookで日輪の写真を上げている人が多く、いろいろな場所から見ることが出来たのだなと思いました。そして僕はこの日輪が鏡のように見えて、「ALOHA=Face with Breath(呼吸と共にいる)」にてジイジ(当時はいさどん)が以前に語った以下の文章を引用しました。

☆彡 ☆彡 ☆彡
続きを読む

価値あるものとして自分の想いを表現する

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.jp/2018/05/blog-post_16.html
<転載開始>
昨日、5152049分に牡牛座新月となり、そして今日、516020分に天王星が牡牛座に移動しました。2011312日から続いた天王星牡羊座時代が今日終わりました。牡羊座は12星座の始まり、自分自身の原点を表す星座です。そこに革命の星、天王星が7年間働き掛けていました。その最終日の昨日は新月、新月はリセットを表します。そのタイミングで僕は自分自身の原点の革命、リセットの確認をしました。それは2015102日の大人ミーティングです。この時の僕は人生最大の課題に翻弄され壊れかけていました。そして疲れて投げやりになり大人ミーティングでコメントを求められてもそれを断っていました。そんな僕に対してジイジ(当時はいさどん)は以下のように語りました。

☆彡 ☆彡 ☆彡

話すことがないというのはあなたの都合であって、そのあなたの都合が全体にどんなものをもたらすのか?そういうことを自分で感じてコントロールする段階に行かないといけません。今、自分にはまっているからそういうことを言っているわけだけれども、全体性というものを大事に考えていたら、そういうことは言わないはずです。

今のあなたの状態は定期的に起きてくるもの。定期的に起きてくるならば、今はそこのポイントのところに向う良いチャンスだと思うが、それをやらないといつまでも超えることは出来ません。今、何をやれという具体的なことは何も言いません。ですが、あなたのその姿勢では問題です。きちんと向き合い超えていく。それが覚悟というものです。一人一人が自分と向き合ってみんなで場を創っていくのです。そういうことをしないと次のビジョンは実現出来ないのです。

日頃、自分が安定している時に極めていこうという志と、一度何か滞って、自分から見て自分自身の印象が悪い時の開き直り、そして、やる気のなさがあなたの場合、極端になっています。ですが、それは本当は逆なのです。日頃の時ももちろん大事ですが、自分がやる気がなくなった時に自分と向き合う。そこが一番のポイントです。

日頃、一生懸命に積み上げていたものが、その状態だとある瞬間に全部ぶち壊してしまいます。このあなたの本質が変わっていないのは、覚悟を決めてそこに向き合っていないからです。

☆彡 ☆彡 ☆彡
続きを読む

大海として生きる

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.jp/2018/05/blog-post_5.html
<転載開始>
2013年12月、天から僕の下に「海(カイ)」という名前が降りて来ました。この名前、それ以来ずっと意識にありましたが、特に使うということはありませんでした。

それから4年後。

2017年の立春正月、僕はひっくり返ったのですが、それ以降、僕はブログで自分のことを海と表現するようになりました。例えば、以下のような感じです。

☆彡 ☆彡 ☆彡

僕は海。そして浮かんでは消える波として人生を送ります。

波としての自分に焦点を当てれば、それは自分の人生と感じるかもしれませんが、僕は本来、海そのものなのです。だから、波(自我)としての自分は他のすべての波(自我)と同様で、世界の彩りの一つに過ぎず、それはみんなのものなのです。

僕は自分を通してみんなの人生を生きる。

それは僕の人生が僕だけのものではなくみんなのものでもあるということです。




☆彡 ☆彡 ☆彡
続きを読む

自我を天へと導く

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.jp/2018/05/blog-post.html
<転載開始>
5月3日はいさどんの67歳の誕生日。この誕生日を機に『いさどん』は『ジイジ』となりました(「いさどん」から「ジイジ」へ参照)。この大きなターニングポイントの前日の夜、みんなで「八番目の聖者 ~道はひとつ、心はひとつ」を読みました。この話は瞑想中のいさどん(当時)の前に7人の聖者が現れたお話、そして席が一つ空いていて、そこにいさどんが立つように言われたお話です。以下、少し文章を引用します。

☆彡 ☆彡 ☆彡

八番目に立つ聖者が、その七人の聖者のようにひとりひとりじゃないんだと。それは、19931228日に小包でいただいた言葉、「尊きものを見つけて、そこに行き、救われることよりも、自らが尊きものとなって、他を救えるものとなれ。これからは、ひとりびとりがイエスやブッダであるぞ」その言葉につながっている。

お釈迦様が、「ガンジスの川の砂のごとく衆生はおる。そのすべてに仏性あり」と言われた。「どんな人間の中にも、仏になる種が入っておるぞ」というふうに言われた。それはよくあるお釈迦様の言葉として、世の中にもそれを知っている人は沢山いると思う。

しかし、僕にお釈迦様は、そのあとの言葉を言われた。「ただし、その道を歩んだものにだけな」と。「すべてのものの中に真実の種があり、すべてのものに悟りへ行く道があるんだけれど、その道を歩まないものにはないぞ」と言われた。


そして、「これからは、ひとりびとりがイエスやブッダであるぞ」ひとりびとりが自分の中にある、宇宙の中心からくる神性、真理の種を開花させて、自分の中から光を外にほとばしらせる。そして、人に救われることばかりのもの、亡者として生きるのではなく、自分の中から光を出して他を救えるようなものになる。自分で自分を救えるもの。それが連鎖していけば、誰も救われる必要がない。ひとりひとりが目覚めて、キリストとしてブッダとして人々があったならば、この世界は救うものも救われるものもなく、それこそが理想の世界。地上天国になる。

☆彡 ☆彡 ☆彡続きを読む

破壊を生かすために必要なこと

木の花ファミリーの経済から世界を見るさんのサイトより
http://konohanafamilyeconomy.blogspot.jp/2018/04/blog-post_29.html
<転載開始>
宇宙は、常に変化することで成り立っています。波動が高いところでどんどんどんどん変化すること ─── それが活性化です。人間が自我を持ち、欲を持つと、変化しないことを求めるようになります。何かに囚われ、現状を守ろうとするのです。しかしその自我の欲が満たされても、人間は成長しません。むしろ、その欲に支配されて、不自由に生きることになるのです。
けれども、人間が自らを手放し、自分から解放することにより、自我の枠から離れることができます。この、自分自身を手放すことを、シヴァのはたらきと言います。シヴァとは、破壊の神の物理性です。宇宙は、この世界をどんどん変化させていきます。それは、無限の宇宙の中で、トキ軸を柱にし、常に先へ先へと、未知なるところに向かって旅し続けているということです。それが生命の宿命であり、宇宙を生きる上で正常な状態なのです。その中で、私たち人間も、自らの価値観を絶対とするのではなく、宇宙が変化していく流れをいただいていく。「いただく」ということは、古いものを捨てるということです。

宇宙を生きるとは、どういうことでしょうか。それは、自分を手放すということです。ところが、現状に執着する人にとっては、それは苦痛となります。そして宇宙の流れに逆らってでも、現状を保とうとするのです。そうすると、宇宙はその人に問題ごとを与えます。それは宇宙の法則からのメッセージです。そしてそれが、神様が私たちに与えてくれている、愛です。あなたを捨てなさい。そして私と共にありなさい


☆彡 ☆彡 ☆彡
続きを読む
プロフィール

genkimaru1

記事検索
タグ絞り込み検索
情報拡散のため1回ポチッとクリックお願いします。
人気ブログランキングへ
RevolverMaps
アクセスカウンター
  • 今日:
  • 昨日:
  • 累計:

ふるさと納税
最新記事
カテゴリ別アーカイブ
最新コメント
[ひふみ祝詞]
天津祝詞
祓祝詞
Amazonライブリンク
楽天市場