池田敏雄氏の囲碁ルール試案の紹介」にも書いたように、ぼくは池田囲碁ルール試案 (英語版) の支持者です。

この記事では現在の日本棋院ルール(日本囲碁規約)の「対局の停止」後の死活の判定の方法について例を用いて説明します。日本囲碁規約では死活判定のための仮想手順では劫を取り返すためには取り返したい劫を指定したパスが必要だということになっています。さらに「取られても新たに相手方に取られない石を生じうる石」は取られた石数とは無関係に「活き石」だと判定されることになっている。これらの特殊なルールが原因になって、どんなに囲碁が強い人であっても (プロであっても!) それらの特殊ルールを熟知してなければ死活や手入れの要不要を判定できない場合が出て来てしまいます。しかも日本囲碁規約には論理的な不完全さや曖昧さが存在し、どのように解釈したら正しいのか分からない部分が残っている。この記事ではその様子の一端を紹介したいと思っています。

白:大橋拓文四段(当時)と黒:潘善琪七段の対局の事例

この事例に関する簡潔な説明が高尾紳路九段のブログの記事「ルールは難しい・・・」にあります。

第35期日本棋聖戦預選戦 白:大橋拓文四段 黒:潘善琪七段 2009-09-03の対局の停止の局面は次の通り。コミは6目半です。

┌┬┬┬┬┬┬●○○○○●┬┬┬┬┬┐ アゲハマ
├┼●○●┼●●●○○●┼┼┼┼┼┼┤ 白石10
├●┼○┼┼●●○○●┼●┼┼┼┼┼┤ 黒石9
├┼○┼○●●○○●●┼┼┼┼┼●┼┤
├○●●○●○○┼○○●┼┼┼┼┼●●
├┼┼┼●●●○┼○○●┼┼┼┼●●○
├┼┼┼●○○○○●●┼┼┼┼┼●○○
●●┼●●●●○●●●●●┼●●○┼○
●○●●●○●○○●●○○●●○○○┤
●○○●○○●○●●○○○●○●○┼┤
●●○○○┼○○●●●○┼○○┼┼┼┤
├┼●○┼┼○●●○○┼○┼┼┼┼┼┤
●●●●○○○○●○┼○┼┼┼┼┼┼┤
●●●●●●○○○●○┼┼┼┼┼┼┼┤
○○●○○●●●●●○┼┼┼┼┼○┼┤
○┼○●○◇●○●○┼┼┼┼┼┼┼┼┤
├○○●○○○○○○┼┼┼┼┼○┼┼┤
○●●●●●●●○○○┼┼┼┼┼┼┼┤
└○┴●┴○┴●●●○┴┴┴┴┴┴┴┘ ◇に白が226手目を打った局面

問題になったのは左下隅で白の手入れが必要か否かです。白側が手入れ要らずと主張したため、審査会に「勝負預かり」となりました。そして審査会の判定で手入れは必要ということになり、白の一目半負けということになりました。

問題は二つあります。一つ目はどのような理由で審査会が白の手入れが必要だと判断したのか。二つ目はプロであっても手入れの要不要を判断できない理由は何か。実は一つ目の理由を詳しく理解すれば、二つ目の理由もよく理解できます。日本囲碁規約を理解するためには碁の本質から大きく外れた思考を要求されます。

日本囲碁規約第七条に石の死活の定義があります。

第七条(死活)
 1 相手方の着手により取られない石、又は取られても新たに相手方に取られない石を生じうる石は「活き石」という。活き石以外の石は「死に石」という。

ただし、対局の停止後の死活の判断では、通常の碁では許される手が許されなくなり、普通の碁とは大きく異なるルールが採用されることになっています。日本囲碁規約第七条-2より

第七条-2 第九条の「対局の停止」後での、死活確認の際における同一の劫での取り返しは、行うことができない。ただし劫を取られた方が取り返す劫のそれぞれにつき着手放棄を行った後は、新たにその劫を取ることができる。

さらに

3 取り返す劫のそれぞれにつき、着手放棄が必要
取り返しとなる劫が二個以上ある場合は、どの劫で着手するのか指定しなければならない。

とされています。要するに死活確認の仮想手順内では取り返したい劫ごとに劫を指定してパスをしてからでないとその劫を取り返せないわけです。 (個人的にはこれはもはや碁のルールではないと思う。いずれにせよ、通常の碁とは質の異なるヨミが要求されることになります。)

実は日本囲碁規約 Ⅲ 死活確認例 死活例23には上の実戦図と本質的に同じ図があります。引用しておきましょう。

 第七条第1、2項及び第一条の碁の目的により、黒は「活き石」、白は「死に石」。終局前に白がaに打てば「セキ石」であり、さらに黒が着手すれば、黒ハマ九子、白ハマ一子となる。
(死活例 23)

日本囲碁規約第一条によれば囲碁の目的は「地の多少を争うこと」とされています。

第一条(対局)
囲碁は、「地」の多少を争うことを目的として、競技開始から第九条の「対局の停止」までの間、両者の技芸を盤上で競うものであり、「終局」までの間着手することを「対局」という。

さて上の死活例23および上の実戦例で白の手入れが必要なことはどのように導かれるのでしょうか。簡単のため上の実戦例で説明しましょう。

(1) 対局停止の局面の左下の様子

●●●●●
○○●○○
○┼○●○
├○○●○○○○○
○●●●●●●●○○○
└○┴●┴○┴●●●○

もしもこのまま左下隅がセキで白の死石が1つだけならば、
左下隅は黒地1目だと考えられ、白の半目勝ちになる。
(日本囲碁規約ではセキ石の眼は地にならない。)
白が勝つためには左下隅がこのままセキになっていると主張せざるを得ない。

(2) 白が手入れした場合

●●●●●
○○●○○
○┼○●○
├○○●○○○○○
○●●●●●●●○○○
└○┴●2○1●●●○ 白1、黒2、白3(白1の位置)で次図

●●●●●
○○●○○
○┼○●○
├○○●○○○○○
○●●●●●●●○○○
└○┴●●┴○●●●○

白石のアゲハマが2つ増え、さらに上の白3の石も死石になる。
よって左下隅は黒地3目だと考えられ、白の1目半負けになる。

(3) 日本囲碁規約に基いた白の手入れが必要な理由

(3-1) 白が取られる変化

●●●●●
○○●○○
○7○●○
5○○●○○○○○
○●●●●●●●○○○
3○1●┴○2●●●○

黒1、白2、黒3、白4パス、黒5、白6パス、黒7
ここで白のパスは劫を取り返すためのパス。
劫立てがどんなにあっても無意味。
日本囲碁規約第7条-2によれば劫を取り返すためにはパスが必要。

(3-2) 白が無限に粘ろうとする変化

●●●●●
○○●○○
○┼○●○
3○○●○○○○○
○●●●●●●●○○○
2○1●┴○┴●●●○

黒1アテ、白2ツギ、黒3三子を取る、
白4一子の取り返し(2と3のあいだ)、
黒5ホウリコミ(2の場所)、
白6コウトリ(1と2のあいだ)で次図

●●●●●
○○●○○
○┼○●○
├○○●○○○○○
○●●●●●●●○○○
└○●●┴○┴●●●○

ここで黒が劫を取り返すために黒7でパスし、
上の白2以降を繰り返せばまたこの図に戻る。
白はこの方法で無限に粘ることができる。

しかし、一周するごとに白は1目ずつ損をし続けることになる。
日本囲碁規約第一条には「地」の多少を争うことが囲碁の目的だと書いてあるので、
損しながら無限に粘る行為は囲碁の目的に反するので禁止される。
したがって上の手順で白が無限に粘り続けることは許されない。

おそらく以上のようにして日本囲碁規約から白の手入れが必要だという判定を導いたのでしょう。しかしアゲハマで損をし続けながら無限に粘ることの禁止を日本囲碁規約第一条にある囲碁の目的から導き出せることは自明ではありません。やはり日本囲碁規約の説明の仕方は曖昧で問題ありだと思います。

ちなみにドイツの囲碁ルール研究科の Jasiek さんが日本囲碁規約から曖昧さを無くしたらどうなるかを示しています。それは Japanese 2003 ルール (解説) と呼ばれています。非常に複雑でわけがわからないものになってしまっています。

そもそも、碁の基本は着手禁止点と同形反復を除けばどこに石を打っても良いことです。碁は可能な手が極めてシンプルなルールで定義された美しいゲームであったはずです。現在の日本棋院ルールでは対局の停止後の死活判定では碁の基本ルールは通用しないことにしてしまいました。これじゃあ、碁のプロであっても石の死活(したがって手入れの要不要)を判断できないのも仕方がありません。碁のプロは碁のエキスパートであり、碁とは異なるゲームのエキスパートではないのですから。

補足。ちなみに池田囲碁ルール試案では盤上に同じ石の配置が生じることを禁止しているので、上の(3-2)の白6はルール違反になってしまいます。さらに白の手入れがないと劫材をすべて消してから(3-1)と同様の手順で黒は白石を取りに行けるので、白は手入れが必要になります。このように池田囲碁ルール試案を採用すれば地とハマによる日本式計算法のもとでも手入れが必要な理由の説明に碁の根本原理以外の要素を持ち込む必要が無くなります。

取らず三目

次に取らず三目について説明しましょう。本因坊秀和は「取らず三目はそのままで三目の地」と判定していたのですが、日本囲碁規約 Ⅲ 死活確認例 死活例1によれば


黒の四子、白の一子はともに「活き石」で、第八条により「セキ石」。

となってしまいました。「セキ石」は日本囲碁規約第八条で次のように定義されています。

第八条(地)
一方のみの活き石で囲んだ空点を「目」といい、目以外の空点を「駄目」という。駄目を有する活き石を「セキ石」といい、セキ石以外の活き石の目を「地」という。地の一点を「一目」という。

セキになると白にとって損なので、日本囲碁規約のもとで白は黒4子を抜かなければいけません。しかしそれだと高々白地2目にしかならない。本因坊秀和にしたがえば黒4子を抜くという無駄な手を省いてそのまま白地3目になります。さらにその3目という数字を碁の根本原理に基いて説明することも可能。たとえば池田囲碁ルール試案の日本式ルールでは例外的な場合を除いて取らず三目がそのまま3目の地になることを証明できます。この数字は中国ルールとも一致しています。日本囲碁規約だけが例外的におかしな結果を導く。

日本囲碁規約では取らず三目を残したまま終局すると単なるセキになってしまい、白地2目にもなりません。そうなってしまう理由は死活の仮想手順で「活き石」かどうかを確認するときに取られた石の数は考慮されないからです。仮想手順内でどんなに無駄に石を取られて損をしても第七条にしたがって「取られても新たに相手方に取られない石を生じうる石」が単に「活き石」だと判定されて終わりになります。地の損得は考慮されません。個人的にこれもまた日本囲碁規約の奇妙な点だと思っています。日本囲碁規約第一条によれば囲碁の目標は地の多少を争うことのはずなのに、「対局の停止」後の石の死活判定ではその目的が無視されてしまう場合があるのです。

碁の根本原理に基けば例外的な場合を除いて「取らず三目は白地3目」になるので、実用的簡便法として本因坊秀和判定には価値があったと思います。しかし、日本囲碁規約では問答無用でセキになってしまいます。この点でも日本囲碁規約は碁の道を大きく外れてしまったと考えられます。本因坊秀和のような大棋士の判定であってもその理由について深く考えなかったということなのでしょう。

余談:碁の根本原理に基けば例外的な場合を除いて (手入れで劫材を全て消せる場合には「劫尽くし」で) 「隅の曲がり四目は無条件死」になります。例外の存在を無視して「隅の曲がり四目は無条件死」としていたことには、例外の存在を無視して「取らず三目は3目の地」とすることと同様に、簡便法として価値があったと思います。しかし、優れた能力を持つ棋士にとって必要な簡便法だとは思えません。

日本囲碁規約の死活例17

日本囲碁規約 Ⅲ 死活確認例 死活例17より


 隅の黒三目は「活き石」、白十子は「死に石」。以上から上の白十子も「セキ崩れで「死に石」。
(死活例 17)

Jasiek さんの解釈ではこの死活例17の説明を日本囲碁規約は再現できません。詳しくは Commentary on the Japanese 1989 Rules の Example II.17 を見て下さい。

Jasiek さんによれば日本囲碁規約のもとで黒は隅の曲がり四目の白を取りに行けません。

  • たとえば隅の曲がり四目を取るために黒が劫を取ったとします。
  • すると白は両劫の方の劫を取ります。
  • 黒はアタリを防ぐためにその隣の劫を取らなければいけない。
  • そこで白は日本囲碁規約第七条-2にしたがって両劫の方の劫を取るためのパスを行ないます。
  • すると黒も日本囲碁規約第七条-2にしたがって両劫の方の劫を取るためのパスをせざるを得ません。 もしもそうしなければ次に白に両劫の方の劫を取られるとアタリを防ぐことができなくなるからです。
  • このあと白と黒は両劫の方の劫取りとパスを交互に繰り返すことになります。 これによって白の隅の曲がり四目は永久に取られずにすみます。

この問題に気付いたJasiekさんは解決法も考えているようです。しかし、個人的な意見ですが、日本囲碁規約は曖昧さを無くすと複雑過ぎて汚ないルールになってしまうので、適当な修正によって論理的に存続させる必要はないと思います。ゲームのルールは論理的に正確であればそれで十分というわけではありません。

曖昧さや複雑さを無視したとしても、死活判定のためのヨミがもはや普通の囲碁からかけ離れたものになってしまっていることはこの記事で示した例を見るだけでも明らかだと思います。日本棋院の囲碁のルールは大変なことになってしまったものだと思います。

補足:池田囲碁ルール試案では上のような例のように消せない劫材がある場合には隅の曲がり四目は盤上での戦いで解決することになり、必ずしも無条件死になるとは限りません。個人的な意見では、隅の曲がり四目が必ずしも無条件死にならないことは碁の根本原理に基けば当然のことです。

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付録:放置された万年劫

池田囲碁ルール試案には二つの日本式ルールがあります。日本式Iではセキの眼も地になり、日本式IIではセキの眼は地になりません。実は後者の日本式IIルールは放置された万年劫に関する日本棋院囲碁規約1949と日本囲碁規約1989の結果を再現してくれます。

次の図の形で万年劫が放置されたままになってしまったときどうするべきか。

┌●○┬●○┬
●○○┼●○┼
●●●●●○┼
○○○○○○┼
├┼┼┼┼┼┼

白が劫と取って接げば次の形でセキになります。

○○○┬●○┬
●○○┼●○┼
●●●●●○┼
○○○○○○┼
├┼┼┼┼┼┼

日本棋院囲碁規約1949判例でも、日本囲碁規約1989 (死活例12) でも、最後まで放置された万年劫は上の手順で単なるセキ扱いになります。セキにする過程で黒石を1つ取るので白地1目ということになります。

地と盤上の石の数による中国式計算法であれば、盤上の黒石が1目減り、白石が2目増えるので、放置万年劫は白地3目相当だということになります。

池田囲碁ルール試案の日本式Iルールでは仮終局以後は片方が一方的に損することを防ぐために終局までに両対局者は同じ数の石を盤上に打たなければいけないことになっています(パスには1目のペナルティが課される)。だから仮終局後に白がセキにするまでの2手のあいだ黒石が1目取られ、黒には2目分のパスのペナルティが課されることになり、放置万年劫は白にとってやはり3目の価値があるという結論が出ます。詳しくは池田囲碁ルール試案の放置万年劫に関する解説を見て下さい。

池田囲碁ルール試案の日本式IIルールでは仮終局後に打たれたセキ中の石数の分だけ得点から引かれることになり(これはセキの中の眼や一方ダメを得点としないための特殊ルール)、日本式Iの場合よりも点数が2目減ります。つまり、日本式IIで放置万年劫は白地1目相当になります。このように日本式IIルールでは日本棋院囲碁規約1949や日本囲碁規約1989と同じ結果が得られます。