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2019年01月19日

ジャン=フィリップ・トゥーサン「ためらい」

 中学2年の夏休み、読書感想文の宿題を書かなくちゃいけなくて、図書館で適当に探していたら目に飛びこんできたのがこの本だった。薄くて白くてちょっと易しい装丁。小難しそうでも、子ども臭くもない内容。まさかそのときの出会いが、これほどまでにぼくの人生に影響するなんて。思春期というものは恐ろしいものである。

 そのときの衝撃はそれはもう凄まじいものだった。いままでこんな本、読んだことなかった。湿ったれたわけでもなく、浪花節っぽく感動押しつけ話でもなく、説教臭いわけでもなく。クールでドライで、でもたしかにひとの息が感じられる肌触りの、大人の生活の息吹があった。でも当時はこんなふうに言葉にできずに、どう言葉にしたらいいのかもどかしいまま、解説そのままを抜粋したりして(まさか先生はこんな本知らないだろう、なんて思いつつ)読書感想文を書いたら、戻ってきたコメントに「トゥーサンの本は2、3冊持ってるよ」なんて書かれるという。解説そのままだろ、という暗喩だったのか、それともただの仲間意識だったのか。

 真意不明のままあれから25年。25年! 綾小路きみまろさんのネタのよう。あれからちょっとは変わった部分と、変わらない部分があることを読みながら感じた。あのときの鮮明な印象と、分析する自分と。

 とにかく文章がうまい。言葉を反復したり執拗な描写がリズムとなって、場の雰囲気を高めている。主人公の描きかたも徹底して内面に絞り、思い過ごし、ひとり相撲に陥るひとの弱さを見事に描きだしている。

 これまで3作読んできて(「浴室」「ムッシュー」「カメラ」)トゥーサンさんは気弱なひとを書くのがとてもうまいことに気づいた。それでも社会とは自分のやりかたで上手にかかわっていけているひと。そこにはトゥーサンさんの暖かな視線と一縷の望みを感じる。彼らを決して悪いようには書かない。こういうひとたちがストレスを感じることなく過ごしていける社会。そんな社会だと戦争なんて起こらないのに。



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2018年12月31日

2018年シングル・ヒット曲集

 今年もあっというまに終わりましたね、って書いてみてから昨年はいったいどんな書きだしだったのかといま見てみれば、ほとんど変わりない書きだしだったということで。年末に思うことはどんな年でもけっきょく同じ。ということで個人的毎年恒例、順不同のシングル・ヒット曲集を下記にどうぞ。

1.センド・ミー・ユア・フィーリングス/シトラス・サン

 爽やかでキャッチーなグルーヴにすっかり夏はお世話になった。これは日野皓正さんのカヴァーなのだが、オリジナルとあまり変わらないという。新しくも古く。古くも新しく。

2.ハッピーバースデイソング/オリジナル・ラヴ

 今年もライヴに行けて、生でこの曲も聴けた。やっぱりかっこいいっす! 来年には新しいアルバムが出るとの情報も!

3.ハナウタ/[アレキサンドロス]

 アレキサンドロスぽくないのが逆に功を奏したのか、ぼくの心にクリティカルヒット、って宇多田ヒカルさんのキス & クライ」に乗せて。宇多田さんに迷惑なオチ。これをテレビで歌えばいいのに、と思ってしまった。

4.レモン/米津玄師

 動画再生が2億回を超えたということで、ドリカムのライヴを観に行ったとき、中村さんが「それを業界ではレモン級といいます」といっていたのを思いだす。ちなみにうちのまな板がレモンの形をしているため、ぼくは洗うたびこの歌がふと浮かぶ。

5.ポップ・ウイルス/星野源

 クールなサウンドに熱いメッセージを。年末に駆けこみエントリー。

6.バッド・バッド・ニュース/レオン・ブリッジズ

 スモーキーな香りに乗せて。こういうソウル・ミュージックを今年はもうすこし聴きたかった。

7.サムタイムズ・イット・スノウズ・イン・エイプル/ミシェル・ンデゲオチェロ

 この曲をカラオケで歌おうと思っても、プリンスさんの原曲で探してもない。渋い曲。プリンスさんが亡くなったのも4月。

8.初恋/宇多田ヒカル

 思わず福岡までライヴを観に行った。8年ぶりの参戦。そのあいだ宇多田さんは結婚して子供を産んで離婚した。長いようで短い、それでいて長い8年。しみじみしちゃうね。ライヴは新旧問わずすべてがヒット曲。演出含め、宇多田さんの凄さを実感した。どうして札幌には来ないのか。

9.あなたとトゥラッタッタ♪/ドリームズ・カム・トゥルー

 この曲の動画も最近公開され、中村さん曰く「めざせレモン級!」とのこと。ちなみにいまのところ68万回。名曲なのに伸び悩み。紅白で歌って踊ればもっとヒットするのかも。サプライズ出演!?

10.アイデア/星野源

 朝ドラつながりですか。そして今年2曲目の星野さん。3年まえもそうだった。今年も彼にやられっぱなし。

11.ゴエモン/レキシ

 ぼくのなかでの今年いちばんのヒット曲ということで。最高のパーティー・チューン。すべてを混沌の坩堝へ。

12.yefkir engurguro/ハイル・メルギア

 エンドロールのような美しいピアノソロ。メロディが癖になる。1年経ってもけっきょく曲名読めず。成長なし。

 年々新曲に対する感性が鈍ってきたような気もするけれど、いまのところそれでもこうして12曲揃うのでよしということで。そんなぼくも来年フォーティ。介護保険料支払い。マジ!? って感じだけれど、年々楽になっているからよしということで。それをひとはおっさん化という。それではよいお年を。



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2018年12月28日

ジャン=フィリップ・トゥーサン「カメラ」

 トゥーサンさんの小説3作目「カメラ」は前2作(「浴室」「ムッシュー」)とはちょっと趣が変わり、思考の流れ、言葉の流れのたゆたさ、流暢さを愛でている。意識で切りとられる部分の根底には無意識の潮流があり、それに身を委ねているときに生の喜びを見いだしている。すなわち逆説的ではあるが、言葉でいい表せないものに価値を置いている小説だ。

 現実というものがすこし変てこりんでばかばかしいものでも、自分には静かに流れる思考、すなわちアイデンティティがあって、そことの距離感を図りながらも現実と向きあっていく。とこう書くとなんだか難しそうな話にも聞こえるが、文章はさらりとして読みやすく、ささやかなコメディのような軽い場面がつづいていく。後半からは色あいが変わってくるけれど。ではこの読後感はなんだ、といったときに浮かぶのは上記のようなものであって。

 そう考えるとフランス文学っぽいというか。示唆的というか。思わせぶりというか。ぼくもついつい噛みしめながら読み進めていると、3週間も経ってしまった。薄い本なのに。



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2018年12月27日

星野源「ポップ・ウイルス」

 星野源さんの満を持しての新作「ポップ・ウイルス」を先週買ってから聴きつづけている。前作「イエロー・ダンサー」でブレイクを果たしたと思ったら次の年の「」で一躍、時のひとに。一過性のヒットに留まらず、「ファミリー・ソング」「ドラえもん(アルバムに収録なし)」「アイデア」と出す曲出す曲ヒットとなり、このアルバムも当然の帰納として大ヒット。

 前作よりもヒップホップの要素をとりいれているものの、前作から引きつづくソウルのオールドスクール感とポップ感の路線を育んでおり、半歩進んだ進化を遂げている。セルフ・プロデュースなのにこのほどよいバランス感がほんとうに素晴らしい。

 歌詞を読むとほどよく根暗で悲観的な印象を受ける。だからこそ明るくポップな曲調にしても客観的で俯瞰的な視点で音楽に関わっていけるのではないだろうか。その距離感がほどよい温度として、聴いていても安心できる気がする。

 既発曲以外も巧みな曲が詰まっているのだけれど、ぼくの押しはタイトル曲である。熱いメッセージを抱えたバラード曲なのに、空いた音作りとやや汚れたシンセサイザーの響きと、ビブラートをかけない淡々としたシンプルな歌いかたがクールで、その佇まいがそっと胸に迫る。

 これから星野さんはどんな曲を作っていくのか。この大ヒットの先には。気になるところである。



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2018年12月15日

レキシ「ゴエモン」、ドリームズ・カム・トゥルー「あなたとトゥラッタッタ♪」「ザ・ウェイ・アイ・ドリーム」、米津玄師「フラミンゴ」「ティーンネイジ・ライオット」

 レキシさんは以前から知っていたのだけれど、その魅力は聴いていてもいままでいまいちピンと来なかった。それでも気になってはいたため、テレビでなんとなく観ていると、ビッグ門左衛門こと三浦大知さんとのコラボ曲「ゴエモン」が流れてきたときに、思わず手元のスマホで詳細を調べだすという。なんなんですか、このハッピーなパーティーソング。それからずっと聴きつづけている。

 空耳アワー的な語呂合わせといい、「悶々と」などの言葉のリズムといい、最高じゃないですか。そして三浦さんと池田さんの声質がベストマッチ! ジャパニーズ・ファンクの最高峰。あがる曲認定である。

 ドリカムの新曲はまさかの朝ドラ2回目曲、「あなたとトゥラッタッタ♪」であるが、これが最初放送で聴いたときにはこれは大丈夫なのかとすこし心配になった。ちょっとあっけらかんとばかみたいに感じたのだ。それがなぜかメロディが体に染み入り、リズムも心地よくなり、いつのまにやら曲のドラマ性と相まってすっかり唯一無二の曲と感じる始末。

 癖があるぶん、たぶん中毒性があるのだ。それを証拠に、いまぼくは病院の認知症患者のリハビリを担当しているのだが、最近のことをほとんど覚えていられない患者があるとき何気にこの曲をふいに口ずさんでいたのだ! ぼくはほんとうに驚いて、よく最近の曲知っていましたね、なんて声をかけると「だって毎朝聴いているんだもん」とさらっといってのけられた。恐るべし、朝ドラとドリカム。歌の力って……といったような一種の感動を覚えるほどに。

 両A面の「ザ・ウェイ・アイ・ドリーム」も実は最初なかなかしっくりいかなかった曲だったのだけれど、発売からしばらく経って動画がアップされたときに観てみて初めてこの曲の世界観がわかった。美しく洗練された最新型の壮観さである。この曲はこの動画とセットということで。

 そしていまや飛ぶ鳥落とす勢いの米津玄師さんが「レモン」の次に出した新曲は「フラミンゴ」。ドリカムが「ラヴ・ラヴ・ラヴ」を出したあとに「ロマンス」を出したように、ミスチルが「トゥモロー・ネヴァー・ノウズ」を出したあとに「エヴリバディ・ゴウズ」を出したように、彼も違った色あいの変化球を投げこんできた。ヨナ抜き音階のファンク風ロック。語彙で遊んで煙に巻く。これもまた癖が強いぶん中毒性たっぷり。聴くたびにほかにはない魅力を味わっていく。

 対して両A面の「ティーンネイジ・ライオット」はいままでの米津さんの路線でのストレートな正統派曲という感じだ。外しませんよ、といったような。これもまたかっこよくていい。やっぱり乗りに乗っているひとはなに出してもやってくれる。まるで無敵のスターだ。



geno1132 at 09:37|Permalink

2018年12月08日

ジャン=フィリップ・トゥーサン「ムッシュー」

 トゥーサン2作目その名も「ムッシュー」。敬称を名前にするというアイデアから膨らんだような小説なのだが、その軽やかさからか、トゥーサンの文体をいちばん楽しめる小説なのではないかと思う。

 実際こんなひとがいたら、あまり優秀な人材とまわりは判断してくれないだろう。しかし村上春樹さんの「ダンス・ダンス・ダンス」のなかに出てくるスターの五反田くんでさえ苦悩にあふれているというのに、「ムッシュー」の主人公であるムッシューくんは影薄くも打たれ弱くても軽やかに、世の批判を浴びることなくさらさらと進んでいく。

 これは寓話である。村上春樹さんとは違う方向の。そこに意味を見いだしたいのであれば、怒っても悲しんでも気持ち荒立てず、なるがままに流れていたらきっといいことあるだろう、といったスタンスだろうか。そこに一種のなぐさめやあこがれがあるかもしれない。人生は難しいことばかりだけれど、角度を変えればコミカルさもあるというような。

 この内容を読ませるだけの文体というのは素晴らしいことだと、今回再読してあらためて感じた。この文章には魔法がかかっているとしか思えない。こんな文章がぼくにも書けたらいいのにな、なんて思わせるほどに。



geno1132 at 14:38|Permalink

2018年11月26日

ジャン=フィリップ・トゥーサン「浴室」

 トゥーサンさんの処女作である「浴室」を初めて読んだのはもう20年以上まえで、それからことあるごとに読み返しているけれど、たぶん最後に読んでから10年以上空いているであろうことはこのブログが証明している。印象は鮮明に残っているも、細部となるとねえ。ということで、今回じっくり味わうように読んでみた。

 主人公は神経質で繊細なタイプなのだけれど、どうしてどこか憎めない。真面目なひとほどおもしろいというような、ユーモアがにじみでている。内容は静謐で陰鬱なのだけれど、文章が軽くて視点がユニークなぶん、どこかお洒落に感じる。そこに人生の諦念を感じる。そんなもんだよね、といったような。そのぶん明るくいきましょう、といったような。

 この感覚。肩の力を抜いて、ぼくもこういうふうに生きていきたいものだとむかしは思っていた。真面目だったんだな、といまでは思う。いまとなってはよくわからない。ひとよりは気楽な気がするけれど。

 むかし読んでて気づかなかったけれど、この作品にビデという言葉がよく出てくる。ウオッシュレットトイレの機能についているビデという言葉しか知らなかったのだけれど、ヨーロッパの浴室には付属品としてついていることを今回ネットで調べて初めて知った。いろんな発見があるものである。



geno1132 at 23:34|Permalink

2018年11月16日

村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」

 最近村上春樹さんの鼠三部作「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」を立てつづけに読んだため、行きつく先はもちろん「ダンス・ダンス・ダンス」となる。これで「僕」を巡る話も大団円となる。

 この話もひさしぶりに読んだからかあまり憶えていなかったのだけれど、タイトルと表紙の軽やかさに比べて、ずいぶんと暗い話だったことは憶えている。それでも明るい先へと向かうような。

 今回再読して気づいたのだけれど、いままでの作品に比べて固有名詞がやたら多く出てきている。80年代の高度経済成長期の世相を映すように、レコードの曲名から車の車種、地名やビルやスーパーの店名までこと細かく書いている。「なんとなく、クリスタル」の影響力大。いままでは架空の名まえとしていたところを現実とリンクさせている。それでも主人公だけが匿名性を保ちつづけている。物語は夢と現がより混ざりあうような世界観になっているため、情報過多の現実世界が架空のように映る。

 そして今回目を引いたのは女性の描写。ぼくも前回読んでから世のなかに揉まれたのか、以前よりも村上さんの書く個性的な女性像にリアリティを感じる。そう、こういうことってあるよね、というような。そういった意味でも楽しく読んだ。そこに共感を覚えるってどうなの、と思われるかもしれないが。

 辿り着いた先の生活で「僕」が平凡な日常を送っていることを切に願う。

 ちなみにさっきまで福岡に行ってきたので、せっかくだから写真を一枚。ハッピークリスマスということで。ちょっと早いけれど。

はかた







はかた



geno1132 at 23:50|Permalink

2018年11月12日

ミスター・チルドレン「重力と呼吸」

 ミスチルの新作「重力と呼吸」を最近聴きつづけている。「センス」のときよりももっとストレートでシンプルでフレッシュなロックポップがかっこいい。これほど音がいいなんて! どれも粒ぞろいの名曲ばかりである。名盤ですな。

 まず最初3曲のアッパーな曲でぐっと気分があがる。「秋がくれた切符」なんてセンチメンタルなバラードになりがちだけれど、音の厚みが深みを醸しだしている。サビの「かみさーまがー」なんてフレーズがインパクトあって、曲名も「神様」でいいじゃん、なんて思ってしまう。最後には「皮膚呼吸」というインパクト大のタイトルのわりに、壮大なロックバラードで泣かせられる。こういう曲を聴くと崖のうえから雄大な海が見たくなる。サスペンス劇場か。

 ほんとうは「ヒカリノアトリエ」もアルバムで聴きたかったのだけれど、カラーにあわないから入れなかったのか。でもこの曲を最初作ったときは8ビートのロック調だったと雑誌で読んだのだが。気のせいかな、と思っていたけれど、自分のブログにそう書いていたからやっぱりそうだと思う。ここまで来たらそのバージョンで入れてよ。

 こうして過去のミスチルのブログをさかのぼって読んでみると、最近の作品で最初からいいなと思うものはすくないよう。どうしても過去の影が拭えなかったのだ。でも最終的にはどれもが好きなアルバムといまとなってはなっている。けっきょく好きなんじゃん。そうぼくが思うようになったからなのか、この作品はけっこう受け入れ態勢良好のよう。こだわりがなくなった、といえば響きがいいか。

 ということでミスチルも変なこだわりは棄てて、なんて促してみたりして。



geno1132 at 01:05|Permalink

2018年10月30日

村上春樹「羊をめぐる冒険」

 最近村上春樹さんの初期作品を読みつづけ、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」につづき読んだのは「羊をめぐる冒険」である。まあ、そうなりますよね。

 いままでギアをすこしずつあげていたものをフルに持ってきたような、これが一種の完成形といったような趣の作品である。海外ではこれを第1作としばらくしていたのもわかる気がする。前2作の抒情的な揺らぎは影を潜め、ストーリーを小説の軸に置き、エンターテイメント性を高めている。迷いや弱さは物語のなかでプログラミングされ、読みやすい。

 ぼくの父の実家が士別なものだから、小説のなかの原風景はぼくの幼少期の原風景と重なる。架空の町を舞台にしているし、ここは美深じゃないかとハルキストたちはいっていたりするけれど、ぼくのなかでは士別の綿羊牧場が頭に浮かぶ。全国的にはあまり知られてはいないかもしれないけれど、士別はサフォークの町なのだ。

 登場人物の鼠がいう「自分の弱さが好きだ」という内容のセリフを、ぼくはなにかにつけて思いだしていた。決定的な弱さによって自分が悪い方向に向かっているにもかかわらず。もっとうまく立ち回れるとも思う。でもそれが自己意思なのだ。

 今回再読してその場面をよく読んで、ぼくの思う弱さよりももっと深い、蝕むほどの弱さとなるとそこまでのものは自分にはないことを知る。もっとぼくの計り知れないまた違った弱さを、ひとは抱えている。そのことに気づかされたのだった。



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