■残されていた故平井憲夫氏の講演ビデオ
残されていた故平井憲夫氏の講演ビデオ。必見です!
すでにツイッターでは広まり始めているようですが、伊藤塾のHPから
1996年に伊藤塾で行われた、故平井憲夫氏による講演の収録動画がネットで視聴できます。
「隠されていた危険 ここが危ない日本の原発」(1996年10月12日)
##左下の[Topics] のお知らせ」の中にある、
「隠されていた危険 ここが危ない日本の原発」(1996年10月12日)
http://bb.itojuku.net/iclass/open/101.jsp
『インターネット講義」の中の「特別配信」のところにあります。
http://bb.itojuku.net/iclass/open/000.jsp
平井憲夫氏といえば、元原子力プラント技工士による原発の危険性を告発したテキスト「原発がどんなものか知って欲しい」がネットの中でも有名ですが、なぜか「怪文書」扱いされたり、生前の平井氏の写真や映像があまり残されていないことから、「実在するの?」なんて噂まで飛んでいたほど。福島原発事故の後も、ツイッターなどでいろいろな人が、「これは必読」とつぶやくと、すかさず誰かが「それは怪文書ですよ」とメンションしたり。ということがしばらく続いており、本筋とは違うところでちょっとした「騒ぎ」になっていて、つい平井さんの告発や警告を広めることを「自主規制」してしまったということもありました。ソフトバンクの孫さんがツイートして、なぜかたたかれてもいましたね。でも、福島原発事故がおこり、日本の原発の問題を全国民で考えなくてはいけない、今こそより多くの人に、この講演動画を見て欲しい、と思います。
平井さんが伝えたかったことは、「日本の原発とはこういうものである」という現場からの告発です。それはまぎれもなく、現場監督として日本中の原発を、そして世界のプラントを20年間渡り歩き、つぶさに見てきた人の「生の声」であり「真実」であると確信します。
2時間にわたる長い講演ですが、聞いていてもまったく飽きる事は無く、またひとつも聞き漏らしてはならない、内容です。すでにこの時、癌と闘っていた平井さんですが、口調も話す内容もきわめて明晰でわかりやすい。この土日を利用して、是非、視聴してください。
重要な指摘ばかりで、どれか一つを取り出すことはできないのですが、印象に残ったことは、「日本の原発は設計は一流かもしれないけれど、現場で作業している人たちは、原発については素人ばかり。かつては専門の腕のいい職人さんがいたけれど、みんないなくなってしまって、今は寄せ集め集団がやっている。しかも劣悪な労働環境で。そしてみんな被曝している」その監督をしていたのは平井さん自身で、「安全だから」という洗脳教育を部下たちにずっと行っていたがウソを付き続けなくてはならない状況に耐えられなくなって仕事を辞めた」・・・という告発。
これは福島原発事故後、実名で会見や講演を続けている元東芝の原子炉格納容器設計技師である後藤政志さんのお話と、まさにセットなんだと思いました。たしかに日本の原子炉設計者は、優秀な人たちが集まり、また誠実にまじめに「最高レベルに安全な設計」を追求し作り上げてきたんだろうと思います。しかし実際の現場はというと・・・。例えるのも変ですが、いくら優れた建築家が図面を引いた家でも、大工さんの腕が悪ければ、欠陥住宅になる、ということです。そしてこの構造こそが、今の日本社会の全体を覆い尽くしている社会の劣化というか、システムの破綻というか、そんな風にも思えてきます。
だからといって腕のいい職人さん(大工さん)が集まればいいのか、というと「住宅」はそれでいいかもですが、「原発」はそういうわけにはいかない様々な問題がまだまだあるのですが。
しかし残念なのは、どうして96年の段階で、このような告発がされてきていたのに、何も改善されなかったのか、誰も(私もその一人ですが)聞く耳を持たなかったのか、ということです。講演の中で平井氏は、全国各地でこのような講演活動を行い、院内集会でも発言をしたり、また、実際に原発訴訟裁判の原告特別補佐人にもなっているし、新潟県巻町における住民投票の際にも、話をしにいっている、と発言されています。彼が指摘していたようなことが改善されていたら・・・老朽化でボロボロになっていた福島第一原発が、閉鎖されていたら・・・と考えないわけにはいけません。福島原発の事故は防ぐことができた「人災」なんだと改めて思います。
この講演には、菅直人首相の話も出てきます。お話しからして平井さんと菅さんは昔からの知り合いのようです。「薬害エイズの行政責任を問う事ができたのは、彼が市民運動の出身の大臣だからそういうこともできた」と菅さんを評価するような発言。そう、この講演は1996年10月に行われているのですから、あの当時はみんなそう思っていましたね。今、菅さんにもこの講演を見てほしい。そしてあの頃の初心にもどって「日本の原発はリスクが高すぎるので、脱原発でエネルギー政策を見直し考える」と明言してほしい。
最後に、伊藤塾がこのような講演を将来の法曹を担う人たちのための講座の一環として行っていたこと、そして15年を経て映像がきちんと残っていること、そして今回、塾生だけでなく一般にネット公開したということについて、伊藤塾に感謝したいと思います。塾長、ありがとー!
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■原発がどんなものか知ってほしい
平井憲夫
http://www.iam-t.jp/HIRAI/
私は原発反対運動家ではありません。二○年間、原子力発電所の現場で働いていた者です。原発については賛成だとか、危険だとか、安全だとかいろんな論争がありますが、私は「原発とはこういうものですよ」と、ほとんどの人が知らない原発の中のお話をします。そして、最後まで読んでいただくと、原発がみなさんが思っていらっしゃるようなものではなく、毎日、被曝者を生み、大変な差別をつくっているものでもあることがよく分かると思います。
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1.. 私は原発反対運動家ではありません
2.. 「安全」は机上の話
3.. 素人が造る原発
4.. 名ばかりの検査・検査官
5.. いいかげんな原発の耐震設計
6.. 定期点検工事も素人が
7.. 放射能垂れ流しの海
8.. 内部被爆が一番怖い
9.. 普通の職場環境とは全く違う
10.. 「絶対安全」だと5時間の洗脳教育
11.. だれが助けるのか
12.. びっくりした美浜原発細管破断事故!
13.. もんじゅの大事故
14.. 日本のプルトニウムがフランスの核兵器に?
15.. 日本には途中でやめる勇気がない
16.. 廃炉も解体も出来ない原発
17.. 「閉鎖」して、監視・管理
18.. どうしようもない放射性廃棄物
19.. 住民の被曝と恐ろしい差別
20.. 私、子供生んでも大丈夫ですか。たとえ電気がなくなってもいいから、私は原発はいやだ。
21.. 原発がある限り、安心できない
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筆者「平井憲夫さん」について:
1997年1月逝去。
1級プラント配管技能士、原発事故調査国民会議顧問、原発被曝労働者救済センター代表、北陸電力能登(現・志賀)原発差し止め裁判原告特別補佐人、東北電力女川原発差し止め裁判原告特別補佐人、福島第2原発3号機運転差し止め訴訟原告証人。
「原発被曝労働者救済センター」は後継者がなく、閉鎖されました。
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e-kochi
原子力発電がなくても暮らせる社会をつくる国民会議
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