福島原発事故とこれからの生活を考えるblog

by原発事故被害者支援司法書士団 team of shihosyoshi to support compensation for nuclear accident victims         

福島第一原発の事故で失ったものは何でしょうか?
様々なものが失われました。
失われたものを取り戻すために、何をすべきなのでしょうか。

福島県及び宮城県の全域に災害救助法適用

昨夜の令和4年福島県沖を震源とする地震について、福島県及び宮城県の全域に災害救助法が適用されました。
https://www.pref.miyagi.jp/soshiki/kikisom/040316kyujohou4.html

今回の地震の地元速報

地震の地元速報

今回の地震の地元速報です。
南相馬市小高区の司法書士Sさんの話です。

ご自身の家族、家には異常無し。
「現在停電中。法務局にいったら明かりがついていない。今日は業務ができないだろう。
コンビニも明かりがついていない。橋が落ちているところもある。

現在居住者は3000人弱? もとは12000人、高齢者ばかりだ。
今回の地震でまた戻らない人が出てくるだろう。」
 
速報2 相馬市k司法書士から。

「11年前の地震と比べて横揺れが強かった。自宅も事務所も棚からものが崩れ落ちた。本も落ちてものが散乱している。
回復するには一週間はかかりそうだ。相馬市では60才の男性が階段から落ちて亡くなったと聞いている。」




原子力災害を風化させないために。

 原子力災害を風化させないために。
=福島原発事故11年目の思い。=

 双葉町に開館した原子力災害伝承館へ行ってきました。
この施設の展示の在り方について、さまざまな問題があることが新聞等で取り上げられています。
 始めに、この施設がどのような施設なのかを述べておきます。
 同館のホーム ページにその基本理念はこう書かれています。
「世界初の甚大な複合災害の記録や教訓とそこから着実に復興する過程を収集・保存・研究し、風化させずに後世に承継・発信し世界と共有することは、被災を経験した人々の共通の思いです・・・。」
としその基本理念に次の三つを挙げています。
「01原子力災害と復興の記録や教訓の未来への継承・世界との共有」
「02 福島にしかない原子力災害の経験や教訓を生かす防災・減災」
「03・・地域コミュニティや文化・伝統の再生、復興を担う人材の育成等による復興の加速化への寄与」です。 
次に、その運営主体はどこか、それはどのような団体か、お金はどこから出ているのか、についてみていきます。
原子力災害伝承館は、福島県が設立した(公財)福島イノベーション・コースト構想推進機構という法人が福島県の委託を受け運営しています。この法人は登記簿からみてみますと「福島イノベーション・コースト構想を推進するため…原子力災害により産業基盤が失われた浜通り地域等の復興及び再生・・する、」ことを目的としています。
令和211月時点の役員ですが、理事長は株式会社IHI〔前石川島播磨重工〕の相談役です。他の理事10名の肩書をみていきましょう(同法人のホームページから)。福島大学特任教授、JA福島五連会長、一般社団法人代表理事、東日本旅客鉄道常務執行役員、東京大学特任教授、福島県副知事、(公社)福島相双復興推進機構理事、東北大学教授、(株)デンソー経営役員、福島県商工会議所連合会会長、なお10人目の専務理事は当法人からです。
続いて、お金の出所を見て見ましょう。この法人が公表している財務諸表からは、経常収益約15億476万円です。その内訳ですが、公の助成金・補助金が約7.7億です(国2.7千万円、福島県7.4億)、受託事業費7.7億(ほぼ福島県からですが実質的に国からお金と思われます)。このように経常収益はほぼ国の費用で賄われており、その資金で運営されているといってよいでしょう。

以上のような法人に伝承館を運営させることが果たして適当でしょうか。
そもそもこのような施設は、原発事故の被害を後世に伝えその教訓とすべき資料を展示するためのものであるはずです。伝承館の理念には「01原子力災害と復興の記録や教訓の未来への継承・世界との共有」と書かれています。
ところが、この運営法人に実質的に多く(ほとんど)の費用を出している国は、原発事故の加害者です。国相手に多数の損害賠償を求める訴訟が起こされ、その責任を認めた判決も多く出ています。加害者である国の息がかかっているこの法人に原発事故の伝承資料を収集して展示させること自体不適当ではないでしょうか。(なお、伝承館の建設費53億円は国が実質全額負担し建物の所有名義は福島県になっている。参考登記簿謄本)
また、この運営法人はその目的からみれば「原子力災害により産業基盤が失われた浜通り地域等の復興及び再生」を目指すための法人です。「復興と再生」のために、事故の責任と状況を曖昧にしてしまう危険性があり、かつ実際そのような展示になっています。また、この役員の中に被害者・避難者を代表すると思われる人は見当たりません。仮設住宅の自治会長だった人、他県へ避難し避難者の団体を運営している人、地元に戻り自らの生活を再構築しようとしている人、そのような人はここにはいないように思われます。このような人こそ伝承館の運営方針決定に相応しいのではないでしょうか。
被害者の参加やその声なくして、原子力事故(原子力災害という表現は人災という重要な視点を曖昧にするので適当と思わない)の記録の収集・保存やそれを生かした将来への教訓がはたして可能なのでしょうか。
 国は、このような施設の建設に50数億円を、年間運営費に10数億円を注ぎ込んで、何をしようとしているのでしょう。原発事故の被害と責任を曖昧にするためではないか、と疑いを持たざるを得ません。
原発事故から11年の時が過ぎようとしています。
未来のために、過去の出来事を正しく伝承していく道を進むことが求められています。
         (さくらい)
                                      

写真で見る福島2021・葛尾村放射線量

葛尾村の放射線量
 
 今回は、放射線量を見てみましょう。場所は葛尾村復興交流館とその周辺です。
 葛尾村は福島県浜通りに位置していて、北東に浪江町、北西に二本松市、西南に田村市があります。浜通りといっても海に面しているわけではなく、中通から浜通りに向かう途中の山々に囲まれたところにあります。原発事故では村全域が警戒区域等に指定され、全村避難を余儀なくされました。
 復興交流館「あぜりあ」は、浪江三春線沿い、村の中心部に位置し少し北に村役場、葛尾幼稚園、葛尾村中学があります。
 同館は、そのホームページでは「東日本大震災及び東京電力福島第一原子力発電所事故による全村避難からの復興のシンボルとして、つながり・絆を深めるための活動や交流を推進し、にぎわいと活力ある村づくりに活用するため、葛尾村が建設したものです。館内では、葛尾村内の物産を展示・販売しています」と紹介されています。
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同館の放射線量の公表数値はありませんので、直線距離で150メートル内にある村役場と葛尾幼稚園の数値を見てみましょう。
・平成23月4月は村役場が1.7μ㏜/hです。幼稚園はありません。
・平成26年3月はそれぞれ0.1μ㏜/hです。除染の効果でしょうか。
・しかし、平成30年3月はそれぞれ0.14μ㏜/hと0.12μ㏜/hと少し増加しています。
もっとも、群馬県富岡市の私の居宅の玄関前では0.14μ㏜/h、庭の草むらの中0.15㏜/hで、むしろ私の居宅の方の数値が高くなっています。
 では交流館を見てみましょう。
・第1測定地点は、庭の草の中で0.18μ㏜/hです。
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私の居宅と比べさほど高くはありません。
・第2地点は交流館と道路を挟んだ反対側にある側溝の中です。0.20μ㏜です。
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・第3地点は第2地点から山林の中に少し入った所を3箇所測定しました。それぞれ
0.33μ㏜0.32μ㏜0.35μ㏜でした。
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 除染は人の居住する所やこのような施設には為されていますが、山林は基本的にされません。葛尾村のように山に囲まれ居住区域と山林が近接している所はすぐ近くに線量の高いところがあるのです。このことも避難者が帰還を躊躇する理由なのでしょうか。
 葛尾村の帰還状況ですが令和3年7月1日時点で、帰村326名、避難892名となっています(同村ホームページ)。


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写真で見る福島2021・郡山市富田町

写真で見る福島2021・郡山市富田町
 
郡山市富田町若宮前応急仮設住宅
 富田町若宮前応急仮設住宅は、東北自動車道の郡山インターを降り、東に向かい磐越線郡山富田駅の近くにあった。
 大規模な仮設住宅で、設置戸数507戸、富岡町の人が411人、川内村が264人、双葉町が91人、計676人(平成26年4月現在)が暮らしていた。
私たちが訪れたのは取り壊し工事の終わり頃。広い空き地が広がり、工事の砂煙が立っている。
多くの人が暮らしていた形跡は跡形もない。
 国も福島県も、仮設住宅を震災と原発事故の後生への遺産として積極的に保存するつもりはないようだ。
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 富田町若宮前応急仮設住宅の撤去工事の様子。
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 工事の様子。ほぼ取り壊され、最後の工事に取掛かっている
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 集められたタンクか。
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 近くの高台に奥羽大学の校舎か見える。

以前のレポート
群馬司法書士新聞2011/10/10
 応急仮設住宅巡回訪問ルポ 
『一番の望みは「ふるさと」に戻ることだ。いつ戻れるかはっきりさせて欲しい。』
 入居者の方々の言葉が胸をつく
 
9月に入ったというのに、今なお、灼熱の夏の日が地上に降り注いでいた。
「あの山の向こうに福島第一原発がある。」我々の仲間の一人が指さした。
爽やかに晴れた空を見上げ、視線を遠く阿武隈高地の連なりに移すと、指さされた先の山 際に入道雲が湧き出ているのが見えた。

 巡回・訪問した目的・地域  平成23年9月10、11日の2日間、群馬司法書士会は、応急仮設住宅入居者の皆様に、群馬 司法書士会が収集した震災に関連する情報をお伝えすること、及び、今後の活動のための情 報収集を目的として、福島県下に建設されている応急仮設住宅約2600世帯を巡回・訪問した。
今回、訪問・巡回したのは、福島県の「中通り」と呼ばれる地域とその周辺、須賀川市、 郡山市、田村市及び三春町の各市町村である。福島原発からは約40~70キロメートルの距離 に位置している。
「中通り」は、西の奥羽山脈、東の阿武隈高地に挟まれた。南北に細長い盆地である。中 央には阿武隈川が流れ、東北自動車道が貫いている。  
訪問・巡回した応急仮設住宅には、現在、福島第二原発の所在地である富岡町、同町に隣 接する川内村、福島第一原発の所在地である双葉町、浪江町の西に位置する葛尾村に住居地 がある方々が入居されている。どの町村も、警戒区域、緊急時避難準備区域及び計画的避難 区域のいずれかに指定されている(一部指定地域を含む)。
 応急仮設住宅  具体的レポートの前に、応急仮設住宅の概要を記しておく。
応急仮設住宅とは、災害救助法に基づき、一時的な居住の安定を図る目的で建設される住 居である。災害救助法に基づく災害救助基準(平成20年4月1日現在)は以下のとおりである。
 ・規格:1戸当たり29.7㎡(9坪)を基準  
・建設費1戸238.7万円(ただし50 戸以上を集団で設置する場合は例外) 
・設置期間は原則2年 
(建設は都道府県、用地確保や管理は市町村、家賃は無料だが、水や光熱費は居住者負担)
 実際の費用・設備は、浪江町HPに掲載された募集案内が参考となる。「浪江町応急仮設住宅の募集案内」から、抜粋した住宅の概要は以下のとおりである。
・家 賃…福島県が負担
・光熱水費、共益費、修繕費…入居者負担 
・入居の期間…原則1年間(ただし、入居者の生活再建の状況により、さらに1年間延長することができる)  
・間取り…1人~2人用:1DK(6坪タイプ)、2人~4人用:2DK(9坪タイプ)  4人~6人用:3K(12坪タイプ)
 ※大家族など、家族の人数によっては、2戸にわかれる場合があります。
・駐 場…1台に限る 
・設備等…風呂、洗濯機、炊飯器、照明器具、トイレ(洋式)、冷蔵庫、電子レンジ、ガスコンロ、エアコン、テレビ、電気ポット、カーテン                 (浪江町HPより) 
 
 福島県では、仮設住宅群は500戸を超える大規模なものから、15戸程度の小規模のものま で多様な住宅群が避難地に建設されている。 
最初に訪れた、郡山市富田町の仮設住宅群は、およそ500戸。加えて、住宅用地の一角で は、今なお建設の槌音が響いていた。
 幸いにも、我々は巡回・訪問している途中で出会った自治会長さんのご好意で住宅内に立 ち入る機会を得た。
 外の暑さにもかかわらず、室内はエアコンが効き快適な状態が保たれていた。
 間取りは9坪タイプのワンルーム。床には 明るいグレーのカーペットが敷き詰められて いる。上記の家電が整然と配置され、一見す ると日常生活には十分な環境が整えられてい るように見える。隣家の物音も殆ど聞こえな いそうだ。 
しかし、詳細に観察すると、壁紙を止めた ホチキスや、天井板を止めた釘がむき出しの ままの状態で放置されている等、所詮「仮」 の住居でしかないことがわかる。福島の冬は 寒いそうだ。寒さに対する対応は十分だろう か。心配である。
 自治会長さんの奥様に勧められた冷たい麦 茶をいただいて、束の間の休息を取った後、 外に出ると、ボランティアの炊き出しに遭遇 した。 
 強い日差しの中、各入居者が手に手に鍋を持ち、三々五々、集会場に向かっている。今日 の炊き出しは豚汁だそうだ。
 仮設住宅の一角では、入居者が数人、談笑していた。傍らの植木鉢には、ブーゲンビリア に似た花が植えられている。燃えるような赤い花びらがモノトーンの仮設住宅の風景の中で、 際立って艶めかしい。一見、情報も先入観も持たずに、垣間見れば、ここでは穏やかなコミ ュニティー環境が醸成されつつあるように見える。しかし、そう簡単にことが運んでいると は思われない。問題が山積しているのだ。
 以下では、我々が巡回・訪問した応急仮設住宅の調査報告から、幾つかの事例を取り上げ て、現在の仮設住宅で起こっている問題をレポートしてみたい。  
 富田町の仮設住宅を巡回し資料を配布していると、親子連れの30代の男性に会った。我々 は巡回の趣旨を伝え、持参した「群馬司法書士新聞」を手渡した。
会話中、東電の賠償金の問題に話が及ぶと、男性の表情が険しくなり、我々を見つめる眼 差しが鋭さを増した。
 「金などいらない。一番の望みはふるさとに戻ること。」
 「いつ戻れるかはっきりさせてほしい。」
 父親の脚を遊具替わりして戯れていた連れの幼児が、突然、クックッと笑った。父親の目 元が一瞬穏やかになる。しばらく幼児の相手をしていた父親は、再び我々に向直り、厳しい 口調で言った。
 「以前の生活に戻れればそれだけでいい。」 

まず最優先で考えなければならない根っこの問題はそこだ。
 東京電力および政府は未だに、今後の帰宅の見通しを明確にはさせていない。今後の状況 によっては、入居期間が大幅に伸びる可能性もある。
 災害救助法では応急仮設住宅への入居は、2年を限度としているが、実際には被災地の復 興状況により延長される場合が多い。例えば、新潟県中越大震災では3年、雲仙・普賢岳噴 火災害では4年半、阪神・淡路大震災では5年もの間入居が継続した。
  原発問題及び復興計画の見通しが立たなければ、入居が長期化する可能性も否定できない。 最も根源的な問題を、補償問題にすり替えてはいけないのだ。 

翌日、我々は山間の丘陵地帯に点在する仮設住宅を巡回・訪問した。
ある中規模の仮設住宅群を訪問した我々は、住宅の一角で、金盥で洗いものしている60代 の女性に出会った。
我々が声をかけると、洗い物の手を休めて気さくに応対をしてくれた。富岡町から避難し ているという。 
震災直後、郡山市の避難所ビックパレットに入所した後、数カ所の避難所を転々として、 現在の仮設住宅に入所したそうだ。
 「ここには同じ町内の人たちが入所している。でも、同じ町民同士でも、全く知らない人ば かり。いろんなことを話したいのに話し相手がいない。他人と話す機会がない。」 
「必要かどうか分からないが、領収書は保存している。コインランドリーの料金なんかでも 請求していいのでしょうか。」と、不安そうに言った。
 我々がお礼を言って立ち去ろうとすると「話をするのが嬉しい。本当は、いろんなことを、 もっともっと話がしたい。」と、我々の手を握った。 心なしか涙ぐんでいるように見えた。

 情報不足を口にする入居者もいる。
 農業を営んでいたという70代の男性は、我々に、とにかく正確な情報がほしいと訴えた。 
「町からここに入れと言われたから、ここに来た。以来、全く情報がない。」
 「これからいつまでここに居られるかもわからない。」
 阪神・淡路大震災においては、高齢者と障害者だけの、孤独死の問題が指摘され、その反 省をもとに今回の大震災では、コミュニティーの維持・社会的なネットワーク構築の重要性 が説かれた。 
我々の巡回した仮設住宅では、それらの問題に対する配慮も見られた。しかし、そうした 配慮にもかかわらず、コミュニティーが十分に維持されているとは言い難く、社会的なネッ トワークも、十分に機能しているとは思えない。 
ネットワークの欠如に起因する情報不足は孤立の一原因ともなる。適切な情報は入居者の 生活維持に不可欠なのだ。 高齢者・一人暮らし 巡回していると、高齢の入居者が多いのに気づく。高齢者が一人で入居しているケースも 見受けられた。

環境の変化による体調の悪さを訴える入所者がいた。
 仮設住宅に来るまでは毎日農作業をやっていたという80歳代の女性は、「ここに来て動く ことが少なくなったので、手足の節々が痛くなって来た。毎日さすっているが痛みはおさま らない。」と訴えた。 
山間の丘陵地帯にへばりつくように建てられた仮設住宅に、一人暮らしをしている90歳の 女性もいる。
入口から、我々が声をかけると、暫く間をおいて、部屋の奥から姿を見せてくれた。膝が 痛いので満足に歩くこともできないそうだ。 
買い物は?と尋ねると、「一人ではできない。隣の人にたのんでいる」と答えてくれた。 
我々が訪問の趣旨を説明しようとすると、それを遮っていった。
 「難しいことはわからないから考えない。目も弱くなって活字も読めない。だからそれ(配 布資料)もいらない。気楽に生きている。」
 入口に、50センチ四方の段ボールがあるのが目に入った。我々の目線に気がついたのだろ うか、「そこ(入口のステップ部分)に時々出て、これに座っている。」と説明してくれた。 
誰に聞かせるでもなく、独居入所者は「気楽が一番」と、もう一度呟いた。

仮設は仮設でしかない。
 仮設はあくまで「仮」の住まい以上ではない。入居されている方の最大の望みは「通常の 生活に戻ること」ではないだろうか。しかし、それを実現するにはあまりにも課題が多い。 
 様々な問題が放置され、様々な新たな問題が持ち上がってきている。
 *********************** 
この新聞が発行される頃、今回、巡回・訪問した地方は、すでに秋真っ盛りだろう。
 愛犬が可哀想だと犬小屋を作っていた区長さん、犬小屋は出来上がりましたでしょうか。
 手足の節々が痛いと手をさすりながら応対していただいた川内村から来たという高齢の入 居者の方、痛みは和らいだでしょうか。
 90歳、一人暮らしの女性の方、秋風の中、段ボールに座り、「気楽」に日々をお過ごしで しょうか。お風邪を召されないように。

遠く群馬の空の下で、気を揉んでいます。皆さんお元気で。
また伺います。               


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写真で見る福島2021・狐田応急仮設住宅跡地

写真で見る福島2021・狐田応急仮設住宅跡地

狐田応急仮設住宅は、郡山から田村市に向かう道路、郡山大越線(県道57号)沿い、三春町の「さくら湖」の北の山中にあった。
狐田親水公園の一部を使い建てられ、戸数55戸・入居者数115名で(平成25年当時)、葛尾村から避難していた人々が住んでいた。
ここを訪れたのは、3回。避難していた人が住んでいたとき、人はおらず取り壊しを待っているとき、今回である。

取り壊し前の仮設住宅

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取り壊し後の跡地
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狐田応急仮設住宅は道路から下った低地にある、公園の一部に建てられた。

跡地の場所がわからず周辺を車に乗りながら探した。、跡地に着いてもどこにどう建っていたかは、すぐには思い出せなかった。
 避難していた人たちが7、8年暮らしていた痕跡はあとかたもなかった。
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 跡地のすぐ近くを小さな川が流れている。
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 道路の反対に狐田稲荷神社がある。



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写真で見る福島2021・田村市の聖火リレー

写真で見る福島2021・田村市の聖火リレー
 
 3月27日、田村市で、東京オリンピックの聖火リレーが行われた。

 東京オリンピックの開催は、福島復興のシンボルであり、聖火リレーもその行事の一環である。
リレーの沿道にはかなりの人が出ていて賑やかだった。しかし、リレー区間はコロナのためもあるのか短く、警備は何かが起こることをひどく警戒しているようで、厳重であった。

 この催しは、復興の光の部分が強調されているが、その陰で多くの人がまだ避難していることを思うと、違和感とともに素直に祝い喜ぶ気持ちにはなれなかった。
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 聖火リレーのポスター
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 聖火リレーを待つ人たち。立旗が立ち、人々は手旗を持っている。
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 公共放送局も来て大型のカメラを構えて待っている。
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 聖火を持って走る人。写真では見えないが、走者の左右に三人ずつ警備の人が並走していた。
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 警備はかなり厳重で観客は道の片側に寄せられ、一定間隔で警官が立っている。反対側に渡って写真を撮ろうとしたら、咎められた。最後尾には警察の警備車(デモのときよく見かける)が付いてきていた。


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