2014年08月

娘へ96 長崎の鐘

長崎の鐘

作詞:サトウハチロー作
曲:古関裕而

 こよなく晴れた 青空を
 悲しと思う せつなさよ
 うねりの波の 人の世に
 はかなく生きる 野の花よ
 なぐさめ はげまし 
 長崎の ああ 長崎の鐘が鳴る

 召されて 妻は 天国へ
 別れてひとり 旅立ちぬ
 かたみに 残る ロザリオの
 鎖に白き わが涙
 なぐさめ はげまし
 長崎の ああ 長崎の鐘が鳴る

 こころの罪を うちあけて
 更けゆく夜の 月すみぬ
 貧しき 家の 柱にも
 気高く白き マリア様
 なぐさめ はげまし 
 長崎の ああ 長崎の鐘が鳴る


この歌は、長崎の原子爆弾で
奥様を黒こげの状態で亡くされた、
永井博士のご経験を元に、
作詞作曲された歌との事。

この歌は、状況は違えども、
ママの気持ちそのままです。

永井博士は黒い塊を見つけます。
それは焼けつくされたなかに
残った妻の遺骨でした。
 そばには十字架の付いた
ロザリオの鎖が残っています。
 焼けこげたバケツに妻の遺骨を
拾って入れましたが、
その遺骨にはまだ温かさが残っています。
 永井博士はそれを胸に抱いて、
墓へ行ったとのこと。

あなたも、ロザリオではないですが・
十字架ネックレス・・・
机の中に入れていましたね・・。

奇しくも、ママは、
3才の頃に、長崎にいました。
浦上天主堂の前での写真が残っています。




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娘へ95 真似のできない事

仕事で、叱られたり、
苦情を言われたり・・・
情けなくて、投げやりな気持ち・・・

どうせ、先の人生なんて
暗くて、重いだけですからと・・

こんな気持ちでいるとき
次の話が目に入ってきた。


三浦綾子 著  「なくてはならぬもの」より

 ミス・デントンという方のお話をさせていただきます。
 私は、この方は本当に大切なものを神様に捧げた方だと思います。
 和歌山のほうにいらっしゃる升崎外彦先生という立派な牧師先生を、私はお訪ねしたことがありました。この先生はいろいろなエピソードを持っていらっしゃる方ですが、小さな博物館でいちばん素晴らしいものを見せてあげましょうとおっしゃってくださいました。
 そのときに見たのが「ミス・デントン」というアメリカ人の宣教師の靴下でした。その靴下は継いで接いで厚くなって、生地が見えないぐらいに糸で刺してありました。これを、なぜ升崎先生の博物館に飾ってあるかと申しますと、ミス・デントンが亡くなったという電話がきたときに、いちばん先に先生が駆けつけたわけです。
 そしたら、そこにいた人が、「先生、どうかお好きなものを形見にもっていらしてください」と。いちばん先にいらしたんですから、いちばんお気に 召したものを持っていってくださいとおっしゃったわけです。先生はすかさず、ミス・デントンの靴下をくださいとおっしゃった。先生は、ミス・デントンのいつも継いで接いでいた靴下を知っていたからです。
 ちらっと穴があいたら、その靴下は、大抵の人はもう履きません。伝線がスッと入ったら、もうそれは恥ずかしくて履いてはいけないというのが、私たちの情 けない気持ちです。ですから、ミス・デントンのような靴下を履いて一町歩いておいでと言われたら、「死んでもそんな真似はできない」と言うだろうと思います。
 しかし、ミス・デントンは、これを苦痛としてではなく喜んで履いていました。これは、靴下に代表される彼女の姿であって、ミス・デントンは、着ていらっしゃるものも継いでいたそうです。
 お家の中も粗末であったでしょう。ご自分のためには、おそらく、食べるものもそのような状態だったと思います。切り詰めるだけ切り詰めて、日本の女子学生のために学資を出していた。桜美林の清水先生の奥さんは、このミス・デントンの愛によって学校を出ることができたといいます。私たちが博物館に行ったら、立派な壺だとか、誰それの手紙だとか、絵だとか、本当に値打ちのありそうなものがありますけれども、このようなものを見たことはありません。
 このミス・デントンは、アメリカから渡ってくるときに、本当は愛する人がいました。ファウラーさんという立派な青年と愛し合って婚約していました。けれども、日本にキリストを伝えるという使命を与えられて、本当に辛い思いをして、神様に自分を捧げたわけです。そして、ファウラーさんと話し合って婚約を解消して、そして太平洋を渡って日本で宣教師として働かれた。
 その人の思い切ったそれだけの愛を、神様に捧げたデントンさんは一生懸命、まさに命を懸けて伝導なさった。もう、食べるものも食べない、着るものも着ないで、そのような靴下を残されて伝導された。
 アメリカを出て何十年か経ったとき、アメリカから一老紳士がやってきました。そしてご自分が働いて一生かかって貯めたお金をデントン先生に差し上げた。
 「どうぞ、神様のために使ってください」、そう言ってお金を渡したその人が、若い日に別れたファウラーさんでした。別れてから五十年後でした。ファウラーさんも独身で一生を過ごしたわけです。
 アメリカと日本に別れて、お互い愛は冷えないままに、しかし、神様に捧げた。いちばん大事なものを捧げました。
 それでつくられたのが、同志社のレンガ造りの女子学生の校舎だそうです。そして、その栄光館の右と左にファウラーさんと、デントン先生の写真が飾られているそうです。

 感動する話72・「ミス・デントン」より

http://m.blogs.yahoo.co.jp/seizoh529/28160157.html

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娘へ94 ジョブズの魅力

スティーブ・ジョブズの生まれは・・

生みの母は未婚の大学生で、
ジョブズを養子に出すことを決めていた。
育ての母親は大学を出ておらず、
父親は高校も出ていなかった。
生みの母親はサインを拒んだが、
大学を出してもらう事を条件に
養子に出されている。

養父母は、ぎりぎりの経済力で
ジョブズを大学へ。
しかし 両親が一生をかけて
貯めた学費を意味のない教育に
使うのに罪悪感を抱いたジョブズは中退した。

その後、友人と2人で家庭用コンピューターを
制作、会社を立ち上げる。
そして、どんどん大きくなった会社。

その後、たくさんの裏切りにも合う。
アップル社の創始者にも関わらず、
重役達から、発言権のない立場へ
追いやられ、アップル社を出て行く。

傷心のジョブズは、
その後Next社やピクサー社を
再び立ち上げて、
あの、映画・・トイ・ストーリーが出来上がる。

その頃、世界市場はマイクロソフト社・・・
アップル社は窮地に陥っていた。
再度、アップル社に戻って欲しいと頼まれ、
ジョブズは会社を再建・・。
i-pod i-pad が世に出る事となる。

その後のジョブズの生活は、
癌との戦いだった。

すい臓癌に冒され、手術までの家族の葛藤。
世界市場を相手に、仕事ばかりで
家庭を顧みる事のなかった
頑固者のジョブズが
奥さんに手紙のプレゼントを・・。
ここで 泣けました。

ジョブズの何がこんなに惹きつけるのだろう?
一番の魅力は、
不幸さえ、ジョブズの周りに来ていても、
10倍返し、100倍返しではねのけている所でしょうか?

詳しくは、世界仰天ニュース・U-tube が
ありましたので、
よろしければ、ご覧下さい。

http://m.youtube.com/watch?v=UEOqQhze4kA




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娘へ93 スティーブ・ジョブズ

 アップル社創始者:スティーブジョブズの言葉

『自分が、死と隣り合わせにある事を
 忘れずに思う事。
 これは、私がこれまで人生を
 左右する重大な選択を迫られた時、
 とても大きな 手掛かりとなってくれた。
 
 なぜなら、
 外部からの期待、自分のプライド、
 屈辱や挫折に対する恐怖など、
 死を前にすれば、
 全て消えてしまうからだ。
 
 そして、後に残されるのは、
 本当に 大切な事だけだ。

 自分もいつかは 死ぬんだという事を
 忘れずにいる事は、
 自分が何かを失ってしまうんじゃないかという
 思考の罠を回避する
 最高の方法だ。』

 
 スティーブ・ジョブズ語録を読んで
久しぶりに気持ちに
ぴったりきて、嬉しい。
 たまたまですが、スティーブ・ジョブズとは、
同じ年に生まれています。
 
 興味のおありの方は、U- Tube でどうぞ。
  
https://m.youtube.com/watch?v=ZeFtpIZtXAk





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娘へ92 羨望

ひまわりが目に飛び込んでくる

田んぼの横
コンビニの脇

大学の建物や駐車場の横。

若い頃、
まっすぐなひまわりは、
あまり好きではなかった。

ストレートすぎて、
眩しすぎて、
明るい光線が好きになれなかった。

今、年月が過ぎて
自分の 辛すぎる人生に
ほとほと嫌気も感じる歳になって、
また、ひまわりを見る。

あまり好きになれなかったのに
見とれてしまった・・

ひまわりに若さを見た。

そして 好感を抱いた。

まっすぐだ。
何も気にせず、すっと咲いて
太陽見てるね・・。

少々 うらやましい・・
ママは辛い事が多すぎたな・・。



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