厳選生活宣言

いいものはいい。そんなモノたちにかこまれて生活したい

 横浜市は19日、産業廃棄物の処理をめぐり市内企業の従業員からファクスやメールで寄せられた内部告発について、市職員が当該企業に告発者名などの個人情報を漏洩(ろうえい)していたと発表した。当該企業に事実関係を確認する際に、当該企業も告発者が誰なのかを把握していると勘違いし、送っても問題がないと判断してしまったという。

 産業廃棄物対策課によると、市内企業の従業員から今年4~6月、勤務先の産廃の処理に問題があるとの通報が、同課にファクスやメールで寄せられた。

 同課職員が当該企業に連絡を取り、処理に問題がないことを確認。当該企業が告発者名を把握していたと誤解し、職員は通報内容を当該企業に知らせて社内で説明するよう促そうと、氏名や個人メールアドレスなど個人情報が記載されたファクスやメールを、6月21日に当該企業にメール送信したという。

 翌日に通報者が抗議し、担当者が謝罪した。同課は「通報の秘密保持と個人情報保護の重要性を職員に徹底し、定期的に研修を実施する」としている。

7/20(木) 7:35配信 朝日新聞デジタル

 人類が滅亡する話は以前からあるのだが、食料やエネルギーの不足ではなく、消費の過剰による捨て場所が一番大きいのではないか、などと言われることがある。つまり石油や食料の枯渇以前に、ゴミが溢れてしまうということだ。

 もし不法投棄などがきちんと社会問題として適切に取り上げられれば、製品価格に転嫁することによって過剰な消費や違法な処理が抑えられるかもしれない。

謝罪で済むのか

 記事によると、告発者が誰であるかを企業側が知っていると勘違いした、というのだが、一体どういう判断なのだろう。内部通報というのは、告発者を確実に守るから、ぜひ情報を知らせてほしい、という制度ではないのだろうか。その制度において、企業側が告発者の氏名を知っているという事態がそもそも想定できない。送信ミスで、たまたま氏名が記載されたものを送ってしまったというのならわかるが、横浜市が企業側に氏名を伝えることを認識した上て、伝えたというのは、うっかりやぼんやりでは済まされない。

 産廃の業界がどのようなものかについて詳しいわけではないが、この内部告発者は無事でいられるのだろうか。職員に徹底します、研修を実施しますというような生ぬるい対応でいいのかどうか相当疑問に感じる。

横浜市民はこれで本当にいいのか

 そもそも、内部告発を受けて、強制捜査の権限はないとしても、きちんと調査くらいすべきものを、「当該企業に連絡を取り、処理に問題がないことを確認」とはどういうことだろうか。警察が犯人に連絡を取り「あなた犯罪やってませんね、はいわかりました。」で捜査をやめ、「ではあなたを告訴した人の名前を教えますね」とやったらどう思うだろう。加害者と警察はつるんでいる、と思わざるを得ないのではないか。もしこれを放置したら、いかなる犯罪被害を受けても、警察が頼りにならないどころか、警察に通報したら、逆に犯人にバラされ、「よくもサツにたれこみやがったな」とさらなる被害を受けることになる。

 横浜市民は、不法投棄による環境汚染に悩まされ、横浜市に通報するのもためらわれ、業者はさらにやりたい放題。

 公務員はおとがめなしである上に、通報件数が下がるから、仕事をしなくていい事になる。朝出勤して、夕方までお茶を飲んで世間話をしていれば、間抜けな市民が払った税金から給料が自動的に入ってくる。

 民主主義というのは市民がしっかりしていないとまともに運営されない、実にめんどくさい仕組みだが、しっかりさえすればいくらでもよくなる仕組みでもある。やりたい放題に怒ることもまた必要であるように思う。

 最近、高支持率を誇ってきた安倍内閣が、急激な支持率低下に悩んでいるようだ。時事通信の最新の調査ではついに29%と30%を切った。

 石破さんなども、地方創生、一億総活躍など次々にスローガンを掲げる安倍さんに対して、大河ドラマではないので一年ごとに出し物が変わるのはあまりいいことだとは思わない、などと、ポスト安倍をめぐる動きを見せてあちこちで引っ張りだこになっていると報道されている。

 この間まで『安倍一強」などと言っていたのがウソのようだ。

手のひら返し

 あまりの変わりように、違和感をもつ人もいるようで、お笑い芸人の松本人志さんは、次のように語っておられる

「(加計学園などの問題は)いわば、「わき見運転」したようなもので、それを安倍さんが「わき見運転、僕はしてない」とか言うからややこしくなる。「わき見運転してすみませんでした」と言って、免許取り上げでもいいんですよ。それと、今安倍政権がやろうとしている問題は、別問題として切り離して考えないと。あの対応は悪いけれど、だからと言って安倍政権のやることが全部間違いで(はない)。憲法もある程度考え直さなあかん時期にきているとは思うしね」と発言した。

また、コメンテーターとして出演した宮澤喜一元首相の孫でモデルの宮澤エマの「メディアが同じタイミングで批判するなどの流れがある、それは誰が作っているのかと思う」という発言に同調し、「ちょっと奇妙な、気持ちの悪い感じがする」とした。

 お笑い芸人も、政治的な発言を避けたりしないで思ったことを言うのはすばらしいと思う。その点で松本人志さんの姿勢はすばらしいと思う。

 ただ、残念なのは加計学園の問題は、お友達に国民の財産をただ、もしくは安く払い下げるということになると、民間人だと背任や横領になるような行為で、それに加えて政治家がやると民主主義を破壊する行為になる。さらに、脇見運転のたとえは、政治の本道でなくわき道の話、と言いたかったのだろうが、脇見運転で人を死なせた場合、刑務所に行くことになって、その人の人生が大きく変わる、「本道」の話であって「わき道」の話ではない。

 さらに民主主義を破壊する行為をする人間が憲法改正というのは、いくら必要でも認められない。いくら手術の必要性があっても、医学の根本を理解していない医者に執刀させるわけには行かない。お笑い芸人さんならもう少し上手いたとえがあってもよかったように思う。

 宮澤エマさんの、同じタイミングで批判する流れがある、というのは、あまり当たっていない。「こんな人たちに負けるわけにいかない」などと演説すれば、マスコミは面白いから一斉に飛びつくだけのことであり、旬のうちに扱わないと、ネタが古くなってしまう。同じタイミングになるのは当たり前のことであるように思う。

 ただ、誰が作っているのかと思う、というのは大事な指摘で、逆に今までアベノミクスがどうこうと持ち上げていたマスコミに関して、その言葉をぶつけるべきだろう。アベノミクスは成果が出ていない、株価が上がっているようで、じつは年金や日銀の資金を突っ込んだただの官製相場、周辺諸国との関係は過去半世紀で一番悪いほど。さらに、ロシアの北方領土問題については、事実上ロシアの領土と認めたような共同開発、とどこを取り上げて高支持率になるのかわからない首相をここまで持ち上げてしまうというのは、まさに誰が作っているのか、である。別に、安倍さんが悪いというわけでもなく、まあ運が悪かったり、仕方が無かったりすることが多く、成果を出せなくてもやむを得ない情勢というのもあると思う。しかし、高支持率にはならないだろう。

Screenshot from 2017-07-16 18-04-39 最近は、実態のない支持率を作った、そのマスコミが今度は逆回転を始めただけのことである。実態なく持ち上げて、逆に落とすときは落とす。例えば、このグラフは読売新聞の7/10の「安倍離れ」女性顕著・・・支持率30ポイント下落』という記事に出ていたもの。30ポイント下落は事実だし、それは激変であることはわかるけれども、このグラフはちょっと作為的な感じがする。57から28と、29%下がったならまあ、半分になったということだ。しかし、グラフを見ると女性の支持率がまるで5分の1くらいに減ったような印象を受ける。こういうことをする新聞というのは、信用できない。いちいち騒ぎを大きく、派手に飾り立ててみせるということは、その逆の時も同じことをするということだろう。

 だから、宮澤エマさんの言いたいこともわかる。

江田憲司さんも疑問を呈している

 こう思っていたところ、民進党代表代行の江田憲司さんも同じようなことをツイッターで言っているようだ。

私の旧来の持論だが、政治の浮沈はワイドショーで決まる。今回、大幅に内閣支持率が落ち、特に女性の支持率が落ちているのはこの要因が大きい。昔、私はレギュラーコメンテーターを務めていた。

各局で朝から夕方まで続くワイドショーはまるで判で押したように同じ話題をこれでもかというように取り上げ、視聴者に「刷り込み」を行う。

事前談合などはなく、前日の分刻みで出る視聴率折れ線グラフで高い話題を取り上げると結果的にそうなるのだ。

「今回の都議選自民党惨敗や支持率低下は、「豊田罵詈雑言問題」や「稲田自衛隊利用発言」等々をこれでもかと連日取り上げたことが大きい。

今や影響力があるのは「活字」(新聞)ではなく「画像」(テレビ)なのだ。

 これに対しては、女はワイドショーに流されやすい、と主張する差別発言と見る向きもあるらしい。だが、この数字とワイドショーに相関関係はあるように思う。このことはやはり問題が大きいだろう。テレビは見るな、と絶叫してみても、家が静かであるというだけの理由でリモコンに手が伸びる人は多いらしい。タダで見られるものを向こうが金をかけて準備するということは、その情報内容は基本的には向こうにとって美味しいものではないのか、という視点が、いま改めて大事になってくるような気がする

 大阪人のギャグはここから生まれる、と思っている他県人は多いのだが、おそらく違うと思う。

 といっても、その推測は「秘密のケンミンショー」の大阪人イメージ、というよりステレオタイプ、よりはマシである。ケンミンショーでは、大阪人といえばノリツッコミと決めてかかっていて、例えば、大阪の街頭で、通行人になにか書いてくださいと頼み、わざとペンでなくしゃもじを渡したりする。大阪人は、最初ペンのふりをして書くマネをし、「これペンちゃうやん」と突っ込む。それを見たスタジオでは、やっぱり大阪は面白い、というのだが、ああいうギャグは大阪ではあまりない。表面的すぎるからだ。その上、大阪人としては、これはツッコミのレベルに達していない。ボケのレベルが低すぎるからだ。それでも街頭でやってくれるのは、大阪にはサービス精神があるから、つまり優しいからだろう。日常会話でも出来るだけ面白くしようという気持ちは常にあるが、いつもノリツッコミなどという固定したパターンではない。場合によっては、ペンのふりをしてから、インクが出ないと文句を言い、さらにしゃもじを振って見せ、「しょうがない、『しゃっ、もじ』かいたでえ』とボケで返すだろう。「ケンミンショー」は大阪人をバカにする番組である

 では、笑いのいろいろなバリエーションのあるのが大阪であることがわかっていただけたところで、ギャグの集大成であるよしもと新喜劇が笑いの原点なのかというと、最初書いたとおり、それもかなり違う。よしもと新喜劇も笑いのパターンが固定しているものが多く、大阪の庶民の笑いとは若干のズレがある。

大阪の笑いはやさしさ

 ケンミンショーのインタビューに乗ってやるのも、相手に対する優しさ。かたい場面をなんとか和ませるのもそう。悲しさの中にもなにか人生のおかしさを見出そうとする大阪の会話に、相手は頬を濡らしながら笑いを禁じ得ない。かつて、楠正成が戦い、石山本願寺を破壊されて、夏の陣で大阪じゅうを蹂躙された悲しい歴史を持つ町が、笑顔の商売人によってよみがえる、そんな町のもつ笑いの力を他県民に理解せよというのは難しいのかもしれない。

 廃墟の中でも何でも笑いに変える魔法を持つ人間、それが大阪の人間であって、いつもワンパターンのギャグなど魔法でも何でもない。

 そこにあるのは、サービス精神と書いたが、人のためというわけでもない。媚びて受けを狙うのではない。自分も言っていて楽しいのだ。自他一如。自分のためと人のため、を分ける二分法をとらない。その場を楽しくする、その場には自分と他人が同じように参加している。自他一如であり梵我一如。これが大阪の笑いが到達した境地である。

 だから、例えばよしもと新喜劇に出てくる、ハゲをバカにするシーンも、実際の大阪の街でないわけではないが、あんなにしつこくハゲ、ハゲと言うことはない。ちびだのブスだのもほとんどない。そんな笑いは大阪の笑いとはかなりずれる。その点で、明石家さんまさんも大阪の人ではないだろうな、と思っていた。

 大阪はやさしいまち、というのが、大阪を離れて何年も経つ、私の印象だ。最近では大阪の政治勢力も変わってしまい、いま私が大阪はやさしいまち、というだけで一笑に付されてしまい、それも大阪の笑いの一種か、と言われそうだが。

 その観点から、よしもと新喜劇と題をつけた以上、どう大阪の笑いとは異なるのか、座長ごとの感想を一言づつ書いてみたい。

座長寸評--すっちー

 すっちーさんは、メガネをかけたオカッパの大阪のおばちゃん役で出てくる。大阪のおばちゃんを上手く演じられる座長ははこの人だけ。悪意なさそうにひどいことを言う点はうまいと思う。

 ダメ座長系、つまり、アルバイト初日から遅刻するくせに開き直るような最低の人間を演ずることが多い。遅刻した時などに、つべこべ言うセリフで笑わせるのは、あとに出てくる小藪座長と共通している。劇のパターンはほとんどワンパターンだが、セリフがなめらかでテンポがいい。アクションも上手で、この人の演じる劇のストーリーの単調さをカバーするだけの表情と演技力がある。ただ、ハゲとかブスとかの嫌なセリフはかなり多い。

辻本茂雄

 この人もダメ座長系。ごちゃごちゃ言い訳はせずに、全く別の次元で外してくるところが、この人の面白さだと思う。笑いのシュールさでは随一だ。花紀京を思わせる大物座長だと思う。

 ただ。ハゲ、ブス、チビが一番多い。それ以外にも人の悪口が多く、いじめ中心の劇になってしまうことが多い。劇のパターンも概ねワンパターン。だがアドリブが上手く、一緒に出てくるアキという踊りのうまい俳優とともに動きとリズムのいい劇に仕上がるが、大阪の笑いと一番ずれる感じがするのもこの人。だが、踊りも含めて舞台が派手で、見栄えがする。

川畑泰史

 善人座長系。誠実でまじめ。基本ボケることはない。座長がいじられるし、いじめられる。セリフ回しはとてもうまく、ストーリーも温かいものが多い。ハゲなども出てくるが、かなり少ない方。岡八郎を彷彿させる、ストーリーで魅せる力のある人。おそらく、昔のよしもと新喜劇の流れを最も忠実に受け継いでいるのが、この人と、内場座長だろう。

 ただ、川畑さんは太った女の子を使いすぎるのと、滑舌の悪い俳優をいじることが多く、結局いじめに繋がるような場面になることもある。だが、全体としての温かさから、基本的には、一番子供に見せたい舞台だ。

小藪千豊

 ダメ座長系が多いが、すっちーと辻本さんが、開き直り続けるのに対し、小藪さんは開き直りに失敗していじめられる結果、川畑さんと最終的に同じ目にあうところが、この人だけの持ち味。時々意外なストーリーのものがある。比較的ハゲだのチビだのは少ない。顔芸もできるし、難しいセリフ回しに強い、頭のいい人。この人には、過去の座長にないオリジナリティーがある。

内場勝則

 川畑さんと同じく善人座長だが、基本的にいじめられることがない。ボケもツッコミもなめらかにこなすスーパープレーヤー。その上ストーリーの多彩さはピカイチ。温かいものが多く、安心してみていられるし、ハゲだのはまあ比較的少ないため、これも子供に見せられる舞台が多い。吉本の笑いの本流に近く、「劇」の名にふさわしいレベルがある。かつての船場太郎を思わせる。

吉本は笑いを極めよ

 私も書いてしまっているが、最近のよしもと新喜劇は、いじめを助長するかもしれないシーンが多く、優しい笑いが少なくなってきている。花紀京、岡八郎、間寛平のようにただ出てくるだけで笑ってしまうほどのスーパースター、ストーリーで魅せることのできる船場太郎、木村進のようなヒーローが育っていないのかもしれない。

 もちろん、それに対して、政治家やPTA団体、とくに政治家が内容にどうこう言うことには賛成できないが、よしもとの側もまた、本当に大阪の笑いを極めようとしていないのではないか、とも思う。

 かつての吉本の大先輩、花菱アチャコだったか、無理やり面白い話に仕立てるような漫才に行き詰まり、ネタを仕入れるため、銭湯の湯船にゆでダコになるまでずっと浸かっていたという。何をしているかというと、代わる代わる入ってくるおっちゃんたちの会話を聞くのだ。仕事の疲れ、ボヤキなど、何気ないおっちゃんたちの会話を題材に、あるある、と思わせる漫才を作るためだ。庶民の何気ない日常生活をネタに、人が共感できる話をする。人は聞いているだけで、いつの間にか仕事の疲れを忘れる。顔がほころび始める。時々ふっといい話が入ったと思ったら、一番まじめなところで、一番まじめに答えた言葉が、どこかずれている。会場はどっと湧く。言葉の面白さ。フロイトは「昔、言葉は魔術であった」と言ったが、大阪の笑いを魔法と言ったのはそれを思い出したからだ。

 時代が違うことはわかる。だが、大阪の笑いの原点を思い出し、その原点を現代に蘇らせるのもまた大阪の芸人だと信じたい。

 7月2日東京新聞26,27面より。

 記事は、第二次世界大戦中、日本から満州へ出て行った人たち(満蒙開拓団)が、敗戦直後逃げようとした時の話。1945年8月9日、ソ連軍が侵攻を開始した。開拓団の人は、驚いて逃げようとしても、徒歩で逃げるしかない。中には、逃げるまもなくソ連軍の占領下におかれるう開拓団も多い。記事で取り上げられた岐阜県黒川村の開拓団は、そんな開拓団のhと具だったのだろう。隣の開拓団が集団自決を選んだのを知ったが、食料の供給を受け、なんとか生きのびて日本に帰りたいと、若い女性をソ連軍兵士の「性接待」に供出することにしたという。

 16歳から20歳位の独身女性が集められ、開拓団の幹部から「奥さんたちに頼めんでね、あんたら独身だけ、どうか頼む」と言われる。もちろん女性たちはいやに決まっているが、開拓団全体の生死がかかっている。嫌とは言えなかった。

性病に怯え

 開拓団の施設にずらりと布団が敷かれ、仕切りもないもないまま、交代でソ連兵の相手をさせられる。ソ連兵は銃の先で少女の身体を小突き、突き倒す。恐怖などという言葉で言い表せない。少女たちが、将来自分が愛する人と、と思い描いていたであろう、思いやりに満ちだ行為とは似ても似つかない、全くのモノ扱い。開拓団の係の人から「きょうはあんた出番だで、すまんけど出てくれ」と言われ、こわいけど、日本に帰らなければ、という一心で耐えぬく。

 性病やチフス感染の恐れもあった。行為後医務室で身体を洗浄するが、感染する女性が出るのを防げなかった。15人いた女性のうち4人が亡くなった。

 ソ連が駐留していた11月までそれが続いた(3ヶ月ほど)という。

帰国後は沈黙

 もちろん、帰国後は隠し通した。結婚できた女性も、夫にも子供にも一切言わなかったという。だが、中には夫にだけはすべてを話した女性もいるというが、もちろんそこから話が拡がっていくことはあり得ない。その結果、この話はこのまま全て闇に押し込められ封印されるかに思えた。だが、ある被害者の女性が91歳でなくなる際に、「私達の犠牲を知らない人にも伝えてほしい」と言い残して亡くなる。残された女性たちは立ち上がった。

 戦争の話とは戦闘の話だけではない。太平洋上でも、死者は戦闘そのものによるよりも、飢えや病気による死者のほうが多い。自ら命を断つ人も出るし、それに巻き込まれて失われる幼い命もある。国を守るという人は、戦闘によって相手を撃退するイメージでいるのかもしれないが、本当はどんな形で国民が犠牲になるか、そういうことを知る一つのきっかけが、この記事であると思う。

 ただ、記事にもあるけれども、果たしてこの悲劇が何故起こったのかについては不明な点が多い。明らかにソ連兵が野蛮で、誰かを生け贄に差し出さない限り、女性全員が被害にあっていたのかもしれないし、そうではなくて、この開拓団の幹部たちが、いけにえを差し出す代わりに、物資を横流ししてもらっていたのかもしれない。後者だとすれば日本人が日本人を売ったということになるが、日本の場合、それもまた戦争によって往々に発生するところだから、日本の戦争の犠牲、という捉え方もできるかもしれない。

ソ連というより日本の問題

 もともと満州開拓団というのは、当初は夢を抱いて渡っていく人が多かったかもしれないが、終戦近くの昭和19年、20年になっても、国策で送り込まれている。各村からどれだけずつ出すこと、などのノルマもあったという。実際、国のいうことだから逆らえず、村長が村民に頼んでなんとか満州に行ってもらい、その途端に、ソ連侵攻という事例はかなりあったようだ。終戦後、なんてことをしたんだ、と気に病んだ、かつての村長が自殺したという事件も起こっている。

 しかも、ソ連軍侵攻は、事前にわかっていた。国民を避難させるという案もあったのに、避難させるともぬけの殻になることがバレ、敵の侵攻を誘うことになるから、国民を避難させえず、いまでいう「人間の盾」にすることになった。そのくせ、軍の防御態勢はほとんどもぬけの殻で、ソ連が侵攻してきても、現場で頑張った日本兵はたくさんいるものの、全体としては抵抗らしい抵抗はしていない。当日のうちに軍の中央は、「皇土保衛」などと言い出し、要するに開拓民を見殺しにして逃げてしまう。

 軍隊は国民を守らない。それが日本の問題ということなのだろう

残留孤児という悲劇も

 それどころか、避難するための鉄道は、まず軍の高官とその家族だけを乗せて、殺到する一般の避難民は駅でせき止める。必ず次の列車に乗れるというようなことを言って無理やり納得させ、軍高官とその家族がまず最初にさっさと逃げ出し、その後列車が引き返してくるどころかソ連軍が追ってこないように、陸橋を爆破してしまうのである(爆破については、こちらを参照

 仕方がなく、僅かな家財道具を持ち、小さい子供の手を引いて、遙かな日本を目指して人々はとぼとぼ歩き始める。しかし、子供の手を引いてなど歩ける距離ではない(満州国は現在の日本の面積の4倍ほどある)。食料もない。いよいよ思いつめて、子どもたちには、「あのおうちに遊びに行ってごらん。お母さん、ここで待ってるから」と言って、中国人の家に行かせる。子供の小さい背中がだんだん小さくなる。これが最後だろう・・・。目に焼き付けるようにして、背中を向ける。

 運が良ければ生き延びるだろう。なんとか生き延びて、という僅かな願いを胸に子供を遊びに行かせる。中国人は、逃げてきた日本人、かつて自分たちの農地を奪って、銃で追い立てた日本人の子供であっても、子供に罪はないと思ったのか、多くは自分の子供と同じように育てる。これが中国残留孤児である。

 なお、以上の話は、前に満島ひかるさん主演の「開拓者たち」(NHK)というドラマでやっていたもので、途中で開拓者ご本人(みな90歳位)のインタビューがはさまれ、構成されていた。普通なら、ドラマのシーンが中断されると気持ちもどこか宙ぶらりんになるような感じがするのだが、このドラマは、これが入ることによって、本当の本当なんだ、といやでも思い知らされ、より画面に引き込まれる。

戦前のままの日本

 列車で逃げた人たちは、結構いろんなものを持ちだして、売って儲ける人もいた。軍の高官は、その後自衛隊の幹部になる人もいて、国を護る気概、ととても立派な話をするようである。日本という国は、こういう仕組みで出来ている。防衛大臣の稲田さんは、靖国を参拝するときには、あとに続きますから、とお祈りしながら参拝するそうである。もちろん続かされるのは私達であって、彼等ではない。

 そんな国じゃない、いまの政治を見ろ、自分や家族、お友達の利益を図ることなど一切なく、むしろ自らが痛みを伴う改革をしているではないか、と思う人は、戦前と同じく、神の国に生まれた幸せ者、ということになるのだろう。

 なお、話はずれるが、井上ひさしの「一週間」という本は、シベリア抑留について、小説仕立ての中に、いろんな問題点を浮かび上がらせていておもしろい。先ほど日本人が日本人を売る、と書いたけれども、この本を読んでいたら、それがはっきり出てくる。だがこれもまた日本の現実だ。

 Yahooニュースというと、ニュースそのものよりもコメント欄のあるところが特徴であり、あるニュースを他の人がどんなふうに受け取っているのか、本来であれば、とても参考になる面白いサイトである。

 政治学では、コミュニケーションの二段の流れと言われる研究がある。一般に、マスコミによる印象操作などと言われることがあるが、実際にはマスコミが情報を流しても、それがそのまま人々の頭の中に吸い込まれるのではなく、まずある集団、例えば家族で、一番影響力のある人が情報を受け取り、それを取捨選択したり、解釈を加えたりしたりして、まわりに伝える(オピニオン・リーダー)、それに影響されてその集団の意見が決まるということを明らかにした研究だ。例えば、お茶の間でテレビを見ていて、政治家のいうことをそのまま垂れ流すような放送がなされても、例えばお父さんが、「ふん、北朝鮮のミサイルなんていいながら、自分はゴルフに言ってるんだから、結局危険をあおって政治利用してるだけだ」などと言ったとすると、その家庭では、そのお父さんの意見が主流になるかもしれない。

 オピニオン・リーダーの話とは少しずれるが、生の事実が与えられたとしても、それだけでその情報の意味合いを考えることはなかなか難しく、例えば先日の、防衛大臣が選挙応援に行って、演説で「自衛隊としてもよろしくお願いします」と言っても、防衛大臣は自衛隊のトップなんだから自衛隊を代表するようなことを言ってもおかしくない、などと違和感を持たない人もいるかもしれない(少なくとも防衛大臣ご自身は持たなかったようである)。だが、いろいろに解釈され始めると、初めて「これはおかしい」となる。

 Yahooニュースなどのコメント欄も、結構そういう役割を果たすことがあり、みながいろいろ書いていると、ニュースそのものよりも、意見形成に大きな意味を持つ可能性がある。

呪詛のたまり場

 しかし、Yahooニュースのコメント欄を一度でも見たことのある人なら、反射的に閉じたくなってしまうほどひどい内容であることに気付かれることだろう。

 実際そう思っている人は多いらしく、あのコメント欄はどうなっているのか、と疑問を持つ人は多い。朝日新聞4月28日の「コメント欄にはびこる嫌韓・嫌中 ヤフー・ニュース分析」という記事によると、

〈各コメントについて、人名や地名など様々な言葉で出現頻度を調べると、頻度の高い上位三つは「日本」「韓国」「中国」。10位までに「日本人」「韓」「朝鮮」がみられた。韓国絡みの言葉を含んだコメントが最も多くて全体の20%近く、中国関連とあわせると25%を占めた。その多くに「嫌韓」や「嫌中」の意識が色濃くみられたという。

慰安婦問題など歴史認識に関する言葉もよく登場。侮蔑的なコメントの8割を韓国関連が占めた。歴史、民族、領土、皇室、ナショナリズムといった記事に反応するコメントも多かった。

 この朝日の記事に対して、ブログの筆者は

このデータから分かることは、韓国と中国(特に韓国)が嫌いでたまらない人にとって、ヤフー・ニュースのコメント欄(以下「ヤフコメ」)は呪詛の言葉を大っぴらに世の中に吐き出す場所となっており、さらには嫌韓の同志による「そう思う」の投票がされ、自分の意見が認められることが実感できる場所となっているということだ。

とされている。

 そんな言葉で埋め尽くされている感のあるコメント欄だが、そんな人が本当に多数なのか、というと、朝日の記事では、

1週間で100回以上コメントを投稿した人は全体の1%いた。この1%の人たちの投稿で全体のコメントの20%が形成されていた。一方、頻繁に投稿しない人のコメントにも嫌韓や嫌中の言葉が含まれていることがあり、昨年7月のデータを分析しても傾向はおおむね変わっていなかったという

ということは、こういう一部の集中的なコメントが、普通の人に事実上、影響を与えていると見ることができる。ブラック・オピニオンリーダーとも言える現象が生じている。

変わり始めたYahooニュース

 Yahooのスタッフブログでは、6月5日に、Yahoo!ニュースのコメント機能でマルチポスト対策を強化 を発表、

このたびYahoo!ニュースのコメント機能でマルチポスト(同じ文章を短期間に繰り返し投稿する行為)への対策を強化しました。

Yahoo!ニュースのコメント欄は普段、専門チームが24時間365日体制でパトロールしているほか、悪質ユーザーのアカウント停止措置、ガイドライン違反の内容を自動検知して不適切コメントを非表示にするなどの対応にあたっています。

今回はガイドラインで禁止している「不快な内容のコメント」への対応を強化するために、新たにマルチポストを素早く検知する仕組みを導入しました。この仕組みと人の目によるパトロールを同時に進めることで、より迅速に対応してまいります。

さらに、ヤフーは2017年6月14日、同社のサービス「Yahoo!ニュース」のコメント欄(以下、ヤフコメ)で、複数アカウントを利用して「多くの意見として印象を扇動する行為」への対応強化を公式スタッフブログ上で発表した

Yahoo!ニュースのコメント機能では、ガイドページに記載している通り、「複数のアカウントを取得し、多くの意見として印象を扇動する行為」を禁止しています。そのため、コメント投稿については複数のアカウントを利用するのではなく、1つのアカウントからの利用を推奨しています。

複数のアカウントを使って投稿されたコメントは正常に反映されない可能性があります。なるべく公平に意見や感想を投稿できる場を目指し、方針を定めています。ご理解ご協力のほど、よろしくお願いいたします。

現実に変わり始めている

 のんきに介護というブログでは、安倍さんがネトウヨに工作資金を払わなくなったからではないか、と書いておられる。yahooニュース以外の場所でも、最近はそういう書き込みががくんと減ったとあちこちで言われるからそうなのかもしれないし、考えすぎかもしれない。いずれにせよ、そんな裏工作の真偽については不明であるものの、現実にコメント欄は変わりつつある。いろんな問題について、多様な意見が公平に反映されることで、インターネットが有益な機能を果たすようになれば、政治家たちも国民の声を拾って政策に反映しやすくなるだろう。それは自民党に取っても歓迎すべきことだろうと思う。技術の進歩が政治の進歩に繋がることになってほしい。

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