厳選生活宣言

いいものはいい。そんなモノたちにかこまれて生活したい

 本日24日、東京新聞3面に内田樹さんの「立憲主義廃絶への一本道」という投稿が掲載されていた。

1 秘密保護法、安保法案、共謀罪は立憲主義廃絶への一本道である

2 国は、相互監視、密告システムを作っていくだろう

3 国民主権を廃絶する政党を選挙で選び続ける矛盾の合理性は何か

という3つのことが書かれていた。

墨塗り国家

 秘密保護法については、気付かないうちに、我々は相当程度情報を隠されたまま、すでにやりたい放題のことをされている自覚が必要だと思う。森友学園問題についても、すぐに資料がないなどと嘘をつくような人たちである。合法的に秘密保護法を運用できるなら、じつは現在の日本はすでに「墨塗り国家」になっていると考えたほうがいい。このことは、共謀罪よりもずっと恐ろしいことで、すでに判断の材料すら失っているから安倍さんを支持することになっている可能性が高い。

町内会もこわいな

 町内会という組織は、1940年に誕生した。もっと昔からある古い組織のように思っている人がいるが、実際には戦争遂行のために粗指揮され、住民相互を監視する仕組みだった。もちろん、戦後その歴史の反省の上に立って、新たな町内会を組織できればいいのだろうが、実際に役員をやっているおじいさんたちは、年齢的に知っていてもいいはずの人もいるだろうに、そんなことは全く知らない。町内会に入らない人は、災害時に孤立するのだ、などと会議で言っていることがあるのだが、正しくは孤立させてやるのだ、と思っているのだろう。知らず知らずのうちに取り込まれている。戦前は配給などを通じて、町内会の活動、例えばバケツリレーなどに非協力的な家は差別された。戦前の体制を全面的に肯定する今の政治家たちが、こういう組織を利用しないと考える理由は見当たらない。

民主主義がない社会

 内田さんの指摘のうち、3番めが面白かった。国民主権のもとで、国民主権を否定する政党に投票する国民の不可解さ。これを内田さんはそれなりの合理性をもった公道であるという。つまり、小さい時から民主主義などなかった。学校で、職場で、そんなものは理念だけの絵空事だった。だから、国民主権を否定されると言っても、ただの日常に過ぎないことになる。常識的な判断という合理性がある、とも言えるだろう。

「国民は主権者ではない」ということのほうが多くの日本人にとってはリアルだということである。戦後生まれの日本人は生まれてから一度も「主権者」であったことがない。家庭でも、学校でも、部活でも、就職先でも、社会改革を目指す組織においてさえ、常に上意下達の非民主的組織の中にいた。

 それは上位者の指示に唯々諾々と従う者の前にしかキャリアパスが開けない世界だった。

 そう思う。結局、「民主主義」が理解されていない。これに尽きる。民主主義など、小学校の低学年でも理解できる概念なのに、全く教えられた経験がない。考えてみたら当たり前かもしれない。私の経験では、学校で社会を教える先生ですらほとんど理解していない。もちろん、普通の大人たちは言うまでもない。

 国連特別報告者(国連の人権理事会の決議に基づき、プライバシーに関する特別報告をする)ケナタッチ氏が指摘するのは以下の諸点らしい(2017年5月21日東京新聞朝刊)

総論

法律の広汎な適用範囲によってプライバシーに関する権利、表現の自由への過度の制限に繋がる可能性あり

各論

277もの犯罪が、別表に規定されており、専門家にも一般人にも法の実際の適用範囲の理解を困難にする
 これは、別表に規定される形なのだが、例えばもともとわかりにくい著作権法違反という部分を見ると(別表3の55号)、著作権法第百十九条第一項又は第二項の罪と書かれている。そこで、著作権法を見ると、
著作権、出版権又は著作隣接権を侵害した者(第三十条第一項(第百二条第一項において準用する場合を含む。第三項において同じ。)に定める私的使用の目的をもつて自ら著作物若しくは実演等の複製を行つた者、第百十三条第三項の規定により著作権若しくは著作隣接権(同条第四項の規定により著作隣接権とみなされる権利を含む。第百二十条の二第三号において同じ。)を侵害する行為とみなされる行為を行つた者、第百十三条第五項の規定により著作権若しくは著作隣接権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者又は次項第三号若しくは第四号に掲げる者を除く。)は、十年以下の懲役若しくは千万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 2  次の各号のいずれかに該当する者は、五年以下の懲役若しくは五百万円以下の罰金に処し、又はこれを併科する。 一  著作者人格権又は実演家人格権を侵害した者(第百十三条第三項の規定により著作者人格権又は実演家人格権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者を除く。) 二  営利を目的として、第三十条第一項第一号に規定する自動複製機器を著作権、出版権又は著作隣接権の侵害となる著作物又は実演等の複製に使用させた者 三  第百十三条第一項の規定により著作権、出版権又は著作隣接権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者 四  第百十三条第二項の規定により著作権を侵害する行為とみなされる行為を行つた者

どうだろうか、よほど根性のある人以外はどうなっているのかわからない。企業の買収の条項などがややこしくても、その文章は専門家同士で理解し合えるならば、細かいところまで詰めておけばいい。だが、刑事法の場合、日常生活をしている市民に適用されるものである。市民は、もうなにも言わないでおこう、とならないだろうか。実際、戦前南方熊楠はなにかというと引っ張られるから、もう黙っていよう、というようなことを言っている。民主主義が死に追いやられる法案と言うべきなのかもしれない。その結果が何であるかは歴史を見れば誰にでもわかる。

林業製品の盗難など、テロや組織犯罪と関係のないと思われる犯罪まで含まれる

もう何でも一網打尽に市民生活すべてに網をかける。以前、駐車禁止で違反とされるまでに一定の時間的猶予があったが、いまはない。だが、警察がお小遣い稼ぎをしようと思うといつでも漉きなだけできる。何もかも犯罪にしておいて、気に入らない奴だけ捕まえる、そういう社会になるということだ。

実際、「原発のような国策を推進する企業に対してSNS上で集団で批判を書き込む」というような行動に対しても「共謀罪は適用される」と明言している(テレ朝『モーニングショー』(先月20日放送)の玉川徹氏のインタビューに対する自民党法務部会長である古川俊治参院議員の発言。志葉玲さんの記事より)。

 現実には、批判だけでは犯罪にはならないだろう。ただ政権側は、なんとか言論そのものを封殺したい、という本音が現れている。そして「国策を推進する企業」という言い方も無視できない。お国のやることに対して批判すること自体が犯罪である、という、いつの時代の政治家が政権をとっているのか、という背筋も凍るような現実は共謀罪以上に恐ろしい。

テロ集団を含む「組織的犯罪集団」の定義があいまい。国際条約に適合させると言いながら、テロ集団に限定されていない

組織的犯罪集団は、共謀するだけで出来上がるのだから、LINEで話し合っているだけで簡単に捕まえたい人たちを恣意的に犯罪集団にできてしまう可能性がある。

犯罪成立には、計画だけでなく準備行為必要、として限定しているというが、それらの説明がなされているとはいえず、あいまいなまま

 なにが準備行為であるかについては、地図と双眼鏡を持って出かければ犯罪、お弁当とビールならセーフという。では、バードウォッチングはどうなるのか。日弁連のHPでは預金の引き出しなども準備行為になりうるとしている。

事前に相当レベルの監視が行われる恐れがある

 この点は私が以前書いたとおりだ。例えば殺人事件を例に取ると、基本的には殺人という事実が生じてから捜査が始まる。それに対して、共謀が犯罪だとなると、もっと遥かに前の段階で捜査が始まることになるが、それはネットの監視や盗聴以外に方法はない。

拙速で国民的議論の促進が阻害されている

 この点については、確かに多くの地方紙などが反対、もしくは理解が進んでいない、急ぎ過ぎと批判している。

 なお、これに対して日本政府は反論しているらしいが、ケナタッチ氏によるとその反論は感情的な反発だけで、やはり疑問には何ら答えていないということらしい。その上、国連ではなく個人の資格で出されたものとしているが(こちらのサイト)、総会決議以外は国連と認めないと言いたいのかもしれない。なお、説明の機会もなく一方的というけれども、普通の民事裁判などはほとんどのやり取りが、文書で交換日記のような形で、反論の文書を出しあう。互いにそうしたほうが、言った言わないの問題も生じにくく、ムダも生じない。会話というのは、「う〜、あ〜」なども含めて意外に余計な言葉が入っているものだからだ。だから、ケチをつけるだけでなく、きちんと反論くらい作ればいいのではないか。場合によっては、ケナタッチ氏と公開テレビ会議で法務大臣が対決すればよい。向こうはきっとやってくれるだろう。結構話題にもなるだろうから、理解の進まない国民向けにもいいPRになる。

 北朝鮮が初めて核実験をしたとされるのは、2006年。アメリカのイラク侵攻後、2005年に核兵器保有宣言をして、初の核実験となった。

 理由は簡単で、イラクが大量破壊兵器(代表的なものは核兵器)を持っていないことをアメリカは確定的に知っていた、逆にそれがわかっているからこそ侵略された。とすれば自分の身を守るには、大量破壊兵器を持つしかない、ということになる。

 そんなの口実だとも思われるが、イラクと同じように、豊かな地下資源を持つ国が、過去何百年にもわたって侵略を受けてきた事実というものは重い。北朝鮮はレアメタルや金など、正確な数字はわからないが大変な地下資源を有すると言われる。各国が牽制しあっているため、なかなか手を出せないとしても、何らかの口実があれば明日にでも、どの国から侵略されてもおかしくない。

 だから北朝鮮に核開発しろなどとは一切思わないが、こういう客観的な情勢では、残念ながら相手の言い分として十分に成立してしまう。もちろん、本当のところは誰にもわからない。もっともらしい口実にすぎないようにも思えるし、本当に追い詰められているかもしれない。客観的にはそれほどではないのに、主観的に追い詰められているだけなのかもしれない。日本のテレビなどは、北朝鮮非難一辺倒で、そういいたくなる気持ちもわかるけれど、現実問題としてそれではなにも解決しないことだけは、この10年間を見ていて明らかである。うがった見方をすれば、むしろ解決しないで不安を煽る報道をしている方がマスコミも儲かるし、政府もまた危機をあおったほうが政治はしやすい。大臣の中には、家族が軍事関連株を買っている人もいるらしいので、軍事費が増やせたほうが儲かる。

 実際、高野孟さんのメルマガによると、以前の北朝鮮による衛星打ち上げについて、当初から日本は弾道ミサイル一辺倒。アメリカが「軌道に乗った」と認定したにもかかわらず、今度は「事実上の弾道ミサイル」と危機をあおった。事実が違うのに「事実上」とは一体どういうことか、要するに煽りたいだけなのだ。

 日本は解決能力どころか、解決の意志もなく、むしろこの事態を利用し、さらには煽ってきた。

アメリカによる体制保証

 そんな中、アメリカが、体制保証が先か核放棄が先かという問題に先手をうって、北朝鮮の体制保証をすると北朝鮮側に伝えたという。日経新聞によると、

【ソウル=鈴木壮太郎】ティラーソン米国務長官は18日、韓国政府が特使として派遣した洪錫炫(ホン・ソクヒョン)前中央日報会長と会談し、「北朝鮮の体制転換は求めず、侵略もしない。(金正恩=キム・ジョンウン政権の)体制も保証する」と伝えた。韓国の聯合ニュースが特使関係者の話として伝えた。

ティラーソン氏は北朝鮮が核廃棄の意思を示せば米国が北朝鮮に敵意を持つ理由はないと指摘した上で「米国は公開の場でのみメッセージを送る」とし「北朝鮮は核実験やミサイル実験の中止を行動で示さなければならない。裏交渉はしない」と語った。

 これが、有名な日経の飛ばし記事でなく、本当ならやっと動き出したことになる。日本のマスコミはトランプの悪口を言うのが大好きで、私も別にトランプを持ち上げようと思わないが、マスコミに関しては「おまえらよりマシ」と思う。よく受信料や新聞購読料を支払う人がいるなと思う。もちろんあおってない新聞もあり、私自身はそういう新聞を購読しているが。

韓国を通じての通告

 韓国は大統領が変わったばかりである。詳しくは知らないのだが、金大中や盧武鉉の流れを受け継ぐ人なら、北朝鮮に対しては融和的ということになるだろう。そんな大統領に対しては、甘っちょろいことでどうする、という批判が起きるかもしれないが、このタイミングでアメリカが北朝鮮の体制保証を、しかも韓国の頭越しにでなく、韓国を通じて伝え、いわば大統領当選へのご祝儀のような形で伝えたことは、極めて意義が大きい。もし、これを受けて、韓国、中国、ロシアが北朝鮮の説得に当たれれば、東アジアの平和に向けて大きく前進することになる。このニュースの結果を受けての調査かどうかはわからないが、韓国の新大統領の支持率が87%あるという。この数字もまたご祝儀相場を含むかもしれないが、韓国が自信を持って北朝鮮の説得にあたれる力を持つことに繋がる。

 この後の課題は、北朝鮮への経済援助がどこを中心に行われるか、地下資源は誰が手にするのか、そして、なんと言っても朝鮮半島統一へ向かうのか、というところになる。その場合、日本はどういう道を進むことになるのか、だが、また日を改めて考えてみたい。とにかく今日はほぼ20年ぶりに朝鮮半島をめぐる情勢の安定化、平和に受けて大きな一歩を踏み出した意義についてだけどうしても書きたかったので書くことにした。

 テロとの関係を取り沙汰され、実際の法案でも「テロ等準備罪」などと説明される共謀罪だが、要するに、犯罪の実行に至らなくても、一定の犯罪については、話しあったりしただけで罪になるというものである。

東京オリンピックができなくなる?

 テロ対策のために必要で、これがないと東京オリンピックは開催できない、というのだが、それなら東京オリンピックの閉幕までに時間を限定した立法を作ればよいのであって、最初からそれを明示した法案を提出すべきだ。ところが、そのような限定は一切ない。つまり、東京オリンピックはただの口実で、最初から狙いは日本を警察国家にしたいのではないか、という推測が成り立つ、というより、ほとんどそういう意図があからさまになっている。

 普通ならそういう嘘をついた時点でアウトだ。例えば、車を買いに行って、当初は自動ブレーキなどそれほど気にしていなかったが、説明を受けているうちになるほどと思い始めたところ、じつは先日の日産セレナのように、衝突試験を避けて売っているような代物だったということになれば、そのウソだけで、他の説明の信用性も失い、もうここでは車を買わない、となるのが当たり前である。だから、共謀罪についても、ちょっとおかしいんじゃないか、何も信じられなくなってきたそ、というのが普通の感覚だろうと思う。

 文学者の誰かが「猫とは・・・からかっても許してくれる生き物」と定義したのだが、「日本人とは・・・それ以上に寛容な生き物」ということになるだろう。おそらく、世界の歴史上ここまで安定した地位をもつ支配者はいないだろうし、今後も他国では出現しないだろう。

警察国家とは

 いま、「警察国家」と書いたけれども、あまり厳密な意味でではなく、警察を使ってコントロールしようとする度合いの大きい国、という意味で使った。

 あまり好きな人ではないが、ホリエモンが事実上の冤罪(粉飾決算で、株主の期待を裏切り、損をさせたというのだが、では東芝の役員を始めとする多くの人がなぜシャバにいるのか、という問題だ)で刑務所に入ったときがあった。

 その捜査のときに、ある検察官が、みんなが汗水流して働いているのに、あぶく銭で贅沢三昧などは許しがたい、というようなことを言ったという。

 もちろん、警察や検察が正しく仕事をすることは、市民の安全や安心に重要な影響をもたらす。だがそれはあくまでも法律に照らして、通常は起訴すべきものなら起訴し、すべきでないならすべきでない、という厳正さ、誠実さの結果得られる安心である。勝手に自分が日本の救世主であるかのように勘違いして、自分の思う『正義』を実現することがみとめられていると思ったら大間違いである。

 国民はどうせ馬鹿だから、何も判断する力を持たない、だから自分たちが代わって判定し、世の中をよくしてやろうという、一種のおせっかいで勝手な判断をする。戦前も、この思想は危険だからこいつらは徹底的に撲滅してやれ、という判断をしたのだが、むしろそういう思想の方が戦争を防ぎ得た。こんな苦い経験を持っているはずなのに、また同じことをやろうとしていることになる。

で社会が変わる高いのは結構だが

 警察がしっかり仕事してほしい、ということは誰でも思う。殺人事件があったとしたら、確実に犯人が捕まり、処罰されることをみな望む。

 それを超えて、こいつは怪しいな、市民の安全のために、あらじめこいつを捕まえておこう、市民はより安心して暮らせるだろう、と思ったら逆である。刑罰のような事後的な手段は、事後的に、客観的にかつ厳正にくだされるのが最も効果があるのであって、まだやっていない人間を、好き嫌いで、「先にぶん殴っておこう」とやっても全くの逆効果である。

 戦前のような予防検束を始めたら、市民は安心どころか、完全なファシズム国家になってしまう。警察としてはちゃんと仕事をしているつもりだろうが、こいつは怪しい、がどの基準で行われるのか、ホリエモンのように、嫌いな人間は刑務所にぶち込んでしまえ、ということになってしまう。

 更に恐ろしいのは、権力を与えられると、それが勝手に暴走を始めてしまうことだろう。

 昔、囚人実験という心理実験が行われたことがあったが、被験者を看守役と囚人役にチーム分けして、それそれの役割を演じさせたところ、看守役の人間は囚人が怯えるのが面白くなったのか、つぎつぎと不要な懲罰を与えたりして、実験は数日で中止せざるを得なくなったという(スタンフォード監獄実験)。

犯罪の概念が変わる

 近代の市民社会では、常識的に「やれば捕まるが、話していてもまだやっていないんだから犯罪ではない」とみな思っている。しかし、300近い犯罪について話すだけで犯罪となると、なにが起こるか。人は「思うことが、考えることが犯罪」と認識し始めるだろう。捜査も変わる。今までは、事件が起こってから、例えば殺人事件が発生してから捜査がなされ、その際に初めて「どんな話をしていたのか、計画的だったかどうか」などが問題になるのだが、共謀罪のもとでは事件がない。だから、ただ話している、という会話に対して行われることになる。警察からすれば、ただ話しているだけで犯罪なのだから、人の会話を盗み聞くのは当然である。実際に政府はアメリカからインターネットの会話盗聴用のソフトを提供されていたことが明らかになっている。

「一般人」は関係ないでしょ

 最初はそのとおりだと思う。徹底的に狙われるのは、政府に都合の悪いことを書くジャーナリストたちだろう。しかし、じつは彼等のもたらす情報が市民社会においては命綱とさえ言えるほど重要だ。彼等を取り締まり、もうなにも言えなくなると、次に「一般人」に来る。ところがそのときには、一般人は今の社会がおかしいと思っても、もはや情報という武器すら持たない。やむを得ず、おかしいと思う者が集まろう、それくらいのことしかできない、と思って国会周辺に来た時点で、テロリストである(石破さんはそう考えているらしい)となって、なにか反対意見を持つことはすでに一般人ではないとされる。心の底から洗脳される人間だけが一般人だというのである。

 北朝鮮が、ミサイルの発射実験を繰り返している。もちろん、単なる交渉のネタとしてやっているデモンストレーションに過ぎない。そうでなければ、アメリカのミサイル防衛システムTHAADの配備を開始しているる韓国が日本以上のパニックになっているはずだ。さらに、この危機の中、安倍さんはゴルフで「英気を養っている」そうだから、実際には何の危機もないことをよく知っているのだろう。ということは、ミサイル飛来の際の避難などと煽られてパニックになっている日本人はみな、安い手品に騙されているということだろう。いや、もう手品ですらないのかもしれない。安倍さんは、これはギャグですよ、と種明かしまでしているのに大真面目に騙されている人もいるわけだから。

映画「トリック」を見ているよう

 感心するほどのテクニックをもった手品師の興行ならまだしも、何の技もないむしろヘタな手品師が舌を出しながらやっている手品もどきに騙されるというのは、以前流行ったドラマや映画の「トリック」に出てくる村人のようで、異様な光景だ。

 この「トリック」はテレビ朝日で放送されたドラマで、仲間由紀恵さんが演ずる売れないマジシャンが主役。超常現象を解き明かすと自称する大学教員役が阿部寛さん。毎回、怪奇現象に怯える村人たちのところに出かけて行って、これは怪奇現象ではなく、安い手品に過ぎないんですよ、と村人たちに知らせて救う、という内容。だが、村人たちにかけられた洗脳はなかなか解けず、逆に村人たちに襲われていのちの危険すら生ずることがある。最終的には村人たちを洗脳する自称超能力者やインチキ教祖との対決に勝つという話だ。

 私は、最初どんな番組か知らないで見始めたとき、ホラーかと騙されかけた。一旦わかってしまうと、番組が大真面目にやればやるほど可笑しくなってしまうギャグの連発で楽しめる。だが子供だと、わかっているはずなのに、途中でまた、え、なに?これってほんとなの、と騙されるかもしれない。面白い作りの番組だった。

 先日再放送でやっていたのだが、二度目に見ても面白かった。だが、三度目に見てもおそらく笑えないだろう。このギャグ映画に登場し、大真面目にパニックに陷る村人の姿があまりに現実的すぎるからだ。。

危機を煽り続ける日本

 明治維新以降、ずっと危機を煽り続けられて、怯えた犬になってしまった日本はパニックになって、本当に大きな犬に思わず噛み付いてしまった。後先も考えず実にバカなことをしたものだが、当時もなんとか世論を抑えきれるとどこかで高をくくっていたかも知れない。相手国に対する甘えもあっただろう。

 具体的には日露戦争では、あのまま戦争を継続していたら負けていた。財政も破綻していただろう。だが、当時の国民は、これだけ我慢したのに、この講和条件はなんだ、と興奮冷めやらぬ様子だった。それでも、アメリカの中外が功を奏してロシアもなんとか矛を収めてくれたし、国民の側も、おそらく社会の成熟もあったのか、無理やりな感じはあっても一旦は気持ちを鎮めることができた。

 だが、二度同じことをすることはできなかった。中国に対して、アメリカに対してもこのあたりで矛を収めてよと言うことなどできなかったし、こちらがやめようと思っても暴動が怖くてやめられなかった。

 いま全く同じ道を歩みつつある。おそらく安倍さんは、焚き付けはするものの特に何もする気はないだろう。戦争や危機を煽ることによって、アメリカから武器を買い、軍需関連株で儲け、それを追求する国民から言論の自由を奪っておけば安泰だ。国の危機だからと称して、「瑣末な」スキャンダルにうつつを抜かしているときではない、とただやりたい放題のことをしたいだけだろう。北朝鮮の支配者とどこか重なるところがおかしい。韓国などは「似た国に挟まれている」という意識ではないだろうか。

 ほとんどすべての周辺国といざこざをおこしても、周辺国が大人の対応さえしてくれれば、自分の身だけは安泰だが、それがいつまでも通用するかどうかについては定かではない。もし、戦前と同じことが起こるとすれば、周辺国もいい加減黙っていないだろうし、この支配層を一掃しなければならないと思っているだろう。日本人は、北朝鮮の支配層にだけそう考えているのだが、自分の国も同じであることにいずれ気づくことになる。北朝鮮の国民も、日本だけは一掃しなければと不遜にも考えていたら、自分たちも同じだったのかと気づくことになるだろう。

周辺から変わりつつある

 私は、トランプが勝ったときから「希望はトランプ」と考えてきた。正しくは、戦争屋のクリントンさんより国際関係はよくなるだろうと、半ば無理やり希望を持とうとしていたところもあるかもしれない。だが、意外にアメリカ、中国、ロシアの連携が進み、北朝鮮の核実験はいまのところ行われていない。だんだんに、中国を盟主とする6カ国協議の枠組みも取り戻しつつある。緩やかな緊張緩和に向けて日本以外の東アジアは動きつつある。自民党としては、本格的な緊張緩和の前に、あおった危機を使って、できれば共謀罪を通し、憲法改正まで持って行って、二度と言論の自由など持たない国にしておきたいところだろう。戦後レジームからの脱却というより戦前レジームの復活というところか。

 マスコミも、北朝鮮のミサイル一色の報道で、安倍さんの手品(といっても、安倍さん自身がその安い手品の一部)に協力しているが、テレビ離れはその点でまたひとつの希望かも知れない。だが、NHKの受信料収入が過去最高になっているとのことで、この手品に資金供給する人が多いことは、やはり日本には希望がないのかも知れない。

 だが、そんな中で、韓国に日本とは真逆の、人権と平和を尊重しそうな大統領(実はまだこの人についてよく知らないのでこの程度のことしかいえない)が誕生したことは、東アジアの流れが変わってきていることは間違いなさそうだ。この希望が、いっそうに広がりを見せてくれれば我々日本人も遅ればせながら平和と人権の流れに乗れるかもしれない。

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