厳選生活宣言

いいものはいい。そんなモノたちにかこまれて生活したい

 もちろん、人によってどれがトクなのか、使い方によって全く異なる。それでも、一番トクと書いたのは、意外に私のような使い方に近い人が多いように思ったからだ。

 私の場合、固定電話は全く使わないので廃止し、さらにほとんど携帯も使わず、友人や家族ともSIGNALやLINEで行うため、携帯はどこかからかかってくるときに着信が確実にできれば、他に何も求めるものはない、だが番号は何かしら欲しい、特に何かの登録の際にSMSが届かないのは困る、という状態だ。

 他の人に聞いてみても、固定電話はもちろん、そう言えば携帯電話も使わなくなったという人が多かったので今回書いてみた。

 前提の話ばかりしていても具体的ではないのでHanacellのJAPAN SIMについて紹介する。

JAPAN SIMの概要

 申し込むとカードだけ送ってくる。カードのサイズは、NANO、Micro、通常の3種類のいずれかを指定することになる。私の場合、長い付き合いになる気がしたので、NANOにした(SIMカードの金言、「小は大を兼ねる」)送られてくると、外見は完全にSoftbankのSIMで、間違えそうになるが、こちらとSoftbankとの契約は生じない。Hanacellが回線を借りているだけらしい。基本的な料金は以下の通り。

発行手数料:$39

年間基本料金:$8(初年度無料)

通話・通信料

国内通話:$0.85/分

SMS発信:$0.12

インターネット接続:$59(高速通信7GB)
ただし使わない月は0(私は常に0だ)

 全て消費税はかからない(払う先が外国になっているせいか)。

 円の相場にもよるが、最初にかかるのは4000円ちょっとくらい(送料は無料)。通常の携帯では3240円で、大きな差はない。月々の基本料金は、年約1000円だから、毎月80円くらい(今のところ初年度無料)。

 着信専用で使えば、かかる費用はそれだけ。何かの連絡は、全部携帯にかかってくるのだが、向こうは通常のSoftbank回線にかけるのと同じ。従って、ホワイトプランから発信するなら、通話料金もSMSも無料(通話無料は夜9時まで)になる。

 Hanacellからの通話発信は、1分あたり100円ほどになるだろう。通常の携帯電話では1分43.2円なので倍以上かかることになるが、プリペイド携帯と同じくらい(Softbankは85.8円。auは昼間100円、夜間などは110円)。

 SMSは一通15円ほどになるので、通常の携帯の5倍かかる。これらは、急を要する場合にだけ使うなら、多少高くても問題ない。実際私はまだ使ったことがない。

 なお、フリーダイヤル(0120、0800など)への発信は2017年8月から無料になった。最近、多くの窓口がフリーダイヤルになっているのに、Hanacellでは1分100円かぁと思っていたのだが、これで相当便利になった。

デメリット

 同番号移行(MNP)ができない。今の番号を変えずにHanacellで使うことはできない。逆に、Hanacellを使っていて、発信が多くなったため、同じ番号のまま、Softbankなどにしたいと思ってもできない。

 SIMカードが送られてくるだけなので、電話機は自分で調達しなければならない。softbankの携帯が手元に余っていたり、SIMフリーの携帯を持っているなら問題ない。プラチナバンドは、電話機が対応していたら使えるが、VoLTEはいまのところ、使えない。

まとめ

 私は、Hanacellを毎月80円で使っている。相手は日本の普通の携帯番号にかけてくるだけだから、怪しむこともないし、相手側に余計な出費をさせることもない。むしろソフトバンクのホワイトプランの人には感謝されるくらいだ。こちらは着信やSMS受信を無料で受けることができる(LINEの承認も、この番号でできた)。データ通信は、アクセスポイントの登録を切ってあるので、費用がかかったことがない。

 不便は特に感じたことがない。私にとって携帯で一番大事なのは、子供が学校で倒れた、などの緊急連絡を逃したくない、ということであり、LINEで5分以内にコメントする、などのことではない。本当に必要な機能は何か、ということに絞って考えていくと、むしろ「あの人はLINEで5分以内に返信してくる人」などと思われることは不必要というより、場合によっては有害なことですらあると思っている。仲間はずれになりそう、というのは、ネットが作り上げた強迫観念で、おそらく本人の思い過ごしだろう。仮に、帰宅後にゆっくりメールするのでは付き合うことができない相手なら、付き合わなくていいと思っている。理想的すぎるかもしれないが、あの人は返信は遅れるけど、それでもあの人に相談したい、と思われる人間を目指すべきだろう。もちろん私はそんなことできないので、めんどくさいと付き合いを疎遠にしているだけだが。

 いまのところ、もう1回線携帯を持っているので、発信はそれを使っているが、将来的にはそれを手放してもいいと思っている。そうなれば、電話に関しては、月80円ポッキリという、信じられない料金となる。

 その際の発信をどうするかについてはまた今度。

 今朝(2017年9月17日)、安倍さんが臨時国会冒頭で衆議院を解散する見込み、との報道が各紙でなされている。検討している、とか可能性を示唆した報道が主だが、もはや既定の方針であるかのように報道し、そちらに向かっていくように誘導(産経系列)するものもある。

 北朝鮮が核実験、しかも水爆というとき、さらに北朝鮮がミサイルをたてつづけに発射したとして何度もJアラートを響き渡らせて、国を挙げての緊急事態の最中なのに解散の決断をするものなのだろうか、というのが最初の印象だ。
 責任という言葉をよく口にする安倍さんが、決断しそうに思えない。実際、森友・加計問題で安倍さんが窮地に陥ると、北朝鮮の動きが活発化し、一部では、国の危機にあって、揚げ足取りや足の引っ張り合いなどをしている時ではないという論調の主張が生じていた。それほどに国の危機であるとすれば、解散などと言っているときでもないようにも思える。だからこそ本当だろうかという疑念を持ってしまったのだが、本当に本当なのだろうか。

党利党略で解散していいのか

 憲法上、首相の解散権は正面から規定されておらず、過去の解散でも、憲法違反ではないのか、という話は毎回のように出る。
 憲法69条は、衆議院で内閣不信任が出たら、衆議院解散の場合を除いて総辞職しなさい、と規定している。え、その解散の場合、って人事みたいに言うけど、誰が解散するの?といいたくなる規定だが、まあ権力分立から考えて、内閣が議会に対する対抗手段を有してなきゃ、ということなのだろう。で、その場合の内閣の解散権については、特に議論はない。だが、憲法は、それ以外の解散の場合を何ら規定していないらしい。
 ただ、憲法7条に天皇の国事行為として、衆議院を解散する、と挙げられている。まさか、国政に関して無権能(4条)とされている天皇が解散を決定できるわけはない。しょうがないから、天皇が解散するという行為に対してアドバイス(「助言と承認」)のできる内閣が、解散の決定権を持つ、などという人もいる。正直なところ流石にそれは無理で、天皇の国事行為は、言い渡すだけのような形式的な行為にすぎないから、それをアドバイスといったって、そのアドバイスが実質的な権限に化けるわけはない。
 で、仕方がないので、またまた権力分立の趣旨から考えて、内閣と国会が協調的に行動できない事態、その最たるものが内閣不信任だが、それに準ずるような事態が生じて、国政に滞りが生じる場合には、認めていいんじゃない?などと言われているらしい。

 例えば、選挙の段階から情勢が大きく変わり、方針を転換しなければならないため、国民に信を問う必要があるような場合である。その場合には、選挙時に形成された議会と今の内閣の方針が異なるのだから、選挙は当然となるだろう。

 だから、内閣の解散権は肯定していいのだが、あくまでも国政と国益に沿った判断をすることが大前提である。党利党略での解散は認められない。だから憲法違反という話がいつも出る。

判断するのは国民自身

 ただまあ、難しいのは、解散する側は党利党略で解散します、と認めるわけがないので、国民自身が「これは、国政を進めていくのに必要な解散だ」もしくは「党利党略で行った解散だ」という判断をすることを憲法は期待している、というところだ。自民党が今の憲法を破壊し去りたいと思っているのは、憲法の求める国民像があまりに高いところにあるからかもしれない。学校の先生たちも、日本で一番大切な憲法を教えようとしていない、というよりご自分があまりわかっていないまま先生になっていらっしゃる面もあるだろう。

 どうせ全く使っていないんだから、憲法なんて全部壊してしまえ、という気持ちもわからないわけではないが、逆に国民の側が、憲法の求める理想に従って行動すれば、意外に使える憲法かもしれない。一度も使ったことのないまま跡形もなく消えてしまうか、一度は使ってみて、初めていい悪いの評価ができる段階までいくのか、それが問われる解散総選挙になるかもしれない(もし本当に解散するのであれば・・・だが)。

前回書いたことに関連して桂春蝶という落語家(?)さんが、

革新派政党と支持者にお聞きしたい。
『憲法9条があってもミサイルが発射され、日本上空を通過するのは何故ですか?』
この質問だけに率直に答えて下さい。
あなた方は今まで「憲法9条があれば我が国は攻撃されない」と散々謳ってきたのですから。

とツイートしているらしい。

 9条があれば我が国は攻撃されない、という命題は、現に攻撃されていない以上、今のところ真である。だからこれで話はおしまい、と言ってもいいのだが、確かに攻撃はされていないものの、いま北朝鮮がおかしな行動に出ている、こういうこともまた9条で防げたはずじゃないか、といいたいのだろう。これに対する答えは簡単で、前回書いたとおり、9条がありながら、戦争の準備行為である有事法制の制定、その後イラクで侵略戦争を行い、安保法によって、ほぼ完全に侵略戦争が可能になった。つまり看板で掲げながら中では全然違うことをやっているのが今の日本政府である。9条を守るというのは、憲法が国の最高法規である以上、9条にしたがった政治を行うことであり、中身がいくらむちゃくちゃでも9条さえ置いておけば永久平和、という意味ではない。誤解されるような言い方をした護憲派もいたのかもしれないが、もう少し文脈をきちんと読めばその人もそうは言ってないだろう。おそらく、安保法制の制定などにも反対しているのではないか。

9条のちからは未知数

 北朝鮮の問題は、アメリカが平和条約を締結しない、つまり北朝鮮との戦争状態を継続する意志を明確にしていることが一番の問題で、ミサイルも全てアメリカの本土、もしくは基地に照準を合わせて開発されているようである。つまり、基本的にはアメリカと北朝鮮間の問題であり、日本は関係なく、ただ、現実に発射実験をすると、日本の上空(というより、弾道ミサイルだと超高空なので領空ですらない)を通過するだけのことである。そう考えると、日本のやっていることは極めて滑稽で、自分が当事者でないのに、9条が悪かったのか、安保法制が悪かったのかなどと、他人の仲違いが自分の落ち度であるかのように勝手に悩み、落ち込んでいることになる。よく、両親が離婚すると、小さい子供は自分に原因があると考えて悩む、という話を聞くが、まだ知能が低いのだからやむを得ない面もある。

 もし、本当に日本の安全と平和を守る気があるのなら、攻撃される口実となる米軍基地を撤去し、米朝間の対話を促進し、平和条約締結のための仲介の労を取るべきである。要するに9条に沿った行動をするということになるが、それでも北朝鮮の態度が変わらないとき、「9条があってもムダだった」ということになる。

 実際にはそれはやってほしくないだろう。なぜなら、9条の有効性を日本のみならず、世界に立証してしまうことになるからだ。

 (1),(2)で日本がなぜ北朝鮮の核危機の打開に失敗しているか、さらに、さらに失敗してきたかについて書いた。
 世の中には、日本に危機の解決能力がないのは憲法9条のせいだという人がいる。その主張は大要以下のようなものだ。

 9条というのは物理的なものではなく観念的なものだから、目に見えない効力でもない限り機能しない。頭の硬い、思考停止の護憲派は、般若心経のように唱えていれば平和になるかのように思っているらしいが、この現実を見よ。憲法9条がもし効力があるのなら、いまの事態は起こっていないではないか。

般若心経は誤り?

 唱えていれば救われるというのは、おそらく「南無阿弥陀仏」の間違いだろう。般若心経はもちろん唱える場合もあるが、その中身は、この世の真理がわかったというもので、救ってもらえるかのような意味合いはない。それに対し、南無阿弥陀仏は、最初は平安時代の僧、空也が言い出したものだったように思うが、今では浄土宗や浄土真宗の方が有名だ。要するに心からこれを唱え、信仰していれば、どんな人でも罪が許されて、極楽浄土へと往生できる。

 だが、般若心経は意外に言い得て妙というところかもしれない。唱えるだけで効力がある南無阿弥陀仏とは異なり、般若心経は、真理を書き、それに応じてどのように行動すべきかを考えなければならない点で、9条と共通するものがあるかもしれないからだ。だから論者は、いずれに対しても造詣が深いのかもしれない。

9条は観念的なものだが実在

 観念的なものこそが実在という考え方もある。9条はまさにそういうものかもしれない。例えば、日本がイラクに軍隊(自衛隊なのだが、日本が侵攻されたわけでもないのに海外に派兵したのだから、自衛ではない。実際小泉さんは、イラクにいる自衛隊を日本軍と呼んでいた)を送ったとき、非戦闘地域に送られたのだが、それはアメリカのパウエルさんが、日本は憲法9条があるので非戦闘地域へ、と言ったからだ。ちゃんと9条が意味を持つのだ。多くの人が、言葉ってこんなに重いのか、と驚いたはずだ。

 日本では、政治家というとその口から出てくるのはウソと相場が決まっているから、言葉の重みはゼロどころかマイナスに近い。外国では、もっと言葉を大事にする。特に憲法などというのは、言葉のうちでも一番重い約束だから、そう簡単に破ることはできない。軍隊を持たないと世界に向かって約束しながら、世界有数の軍備を備えている日本。さら自国を攻撃する恐れすらない国に軍隊を送る、それは明々白々たる侵略戦争だ。そんなことをニヤニヤしながら行い、現地で35人もの日本軍の人命が失われているのに、その大犯罪を犯したあとは息子に跡を次がせる。ほかにこんなことをやるとしたら北朝鮮以外にないようなことが行われる国に住んでいると、言葉や憲法など観念的なものに過ぎない、などという意見が出てくるのだろう。

9条に反する行為が生んだ危機

 つまり、今回の北朝鮮との間で生じている危機は、9条という約束があるから招いた危機ではなく、9条という重大な約束を破り、危機を煽るようなことをしたことに原因がある。北朝鮮は、そりゃそうだろうなと私も思うが、自分の体制が危ういのではないかと本気で恐れている。もし、日本が本当に9条を文字通りに守って、人からお花畑と言われようと、おっとり過ごしていたら、キム王朝では何の危険も感じず、制裁を招くような愚かな行為を選択するようなことはしないだろう。あの王朝は、不可解で狂ったようなことをする国ではない。外見上そう見える行為を冷徹な計算のもとに行っている国である。

 おそらく世界もそう認識している。こちらの出方で、北朝鮮はどのようにでもなる。そういう意味では、計算や理屈の成り立つ相手である。そうでなければ、ドイツ、スイス、ロシアなど、次々と平和的解決をいうわけがない。だが、日本には悪い意味ですら計算や合理性がなく、ただただパニックになっているだけである。だから、日本に任せているとどんどん悪い方へ行く。そこで仲介のろうを採ってやろうという国が出てくるのだ。いわば9条の精神に立ち返れと言っている。

 9条主犯論は、これを機会に日本国憲法を破壊し、明治憲法、さらにはそれ以前の無法国家にするためにこの危機を利用しようとする、そんな人たちがよく使う言葉で言えばまさに「反日」そのものなのかもしれない。

 前回、意図してかどうかわからないが、日本政府の対応は危機を収めるどころか、むしろ火に油を注ぐ行為になってしまっていたことについて書いた。

発端は朝鮮戦争

 朝鮮戦争は、1953年の7月に休戦協定が結ばれたものの、あくまでも休戦に過ぎず、終戦ではない。実際の戦闘行為はないとしても、法的には戦争状態にある。北朝鮮としては、平和条約を締結して、完全な終戦に持って行きたいのが本音である。そこで、1974年にアメリカに平和条約の締結を打診したがアメリカはそれに応じず、その頃から北朝鮮は自国の体制維持のためには、核兵器が必要であると考え始めた。冷戦が終了し、中国・ロシアが韓国と国交を樹立するなかで、敵国とされるのが北朝鮮だけとわかったためか、北朝鮮は93年にNTP(核拡散防止条約)を脱退する。

 アメリカは、その頃になって危険を察知し、クリントン政権がカーターやオルブライトを特使として派遣し、任期の最後に平和条約の締結と、引き換えに経済援助(原子力を含む)を約束する流れになった。

ブッシュが直接的な危機を作る

 だが、おそらく不正選挙により、ブッシュが大統領になると、アメリカは各国と対決、場合によっては戦争という手段をとり始める。特に2003年、大量破壊兵器の保有を理由としてイラク戦争を開始し、フセインを殺す(正しくは殺させる)。もちろん、大量破壊兵器がないことはアメリカにわかっていた。というより、ないから侵攻できたとも言える。当時、イラクには大量破壊兵器の有無を調査する査察団が入っており、その調査団を出国させてまで侵攻したのだが、もし本当に大量破壊兵器を理由に攻撃するなら、査察団が証拠を見つけてからで何ら遅くない。アメリカは、大量破壊兵器の不存在を知っており、それが査察により明らかになってしまえば侵攻できなくなる自体を避けたかったのだろう。

 北朝鮮は、この事態を見て「丸腰だと殺される」と感じてもおかしくない、というより、もし北朝鮮の国家主席の立場にあれば、誰でもそう思うだろう。ついに、2006年に最初の核実験が行われた。2011年リビアのカダフィも殺される。最近4回の核実験は、カダフィ暗殺の後である。

北朝鮮がいいとか悪いとか

 こういうことを書くと、北朝鮮の味方をするのか、とかスパイなのかという話がすぐに出てくるのだが、どちらにトクな話などと判定している時ではない。いまの事態がどうやって起こったのか、どうやったら危機を回避できるのか、それを考えるためには、歴史認識というものが重要だという話である。わっ、飛んできた。怖い、凶暴だという精髄反射だけをしていても解決できないどころか暴発の危険すらある。煽る気なら、こっちだってやってやる、などと思われてもなんにもならない。

外交的な手段以外にない

 まず、軍事的な解決だが、自国が侵略されるとなれば撃ってくるだろう。それを100%落とせるという確証でもない限り、選択肢として有効性はない。その上、朝鮮半島が壊滅するというアメリカの元軍人もいるらしい。そういうことはやってみないとわからない、というのが本当のところかも知れないが、試してみる価値など一切ない。

 したがって、そちらに向かうような手段は採ってはならないことになる。日本は制裁制裁と躍起になっているようだが、確実にそちらに向かう方向性であることはこの2回で書いてきた。

 外交的な解決は極めて簡単である。なぜなら、北朝鮮が望んでいることがはっきりしているからである。平和条約を締結して朝鮮戦争を名実ともに終わらせ、アメリカが絶対に手を出さない保証があれば、北朝鮮は核開発をやめると言っているし、それはウソではないだろう。向こうは一貫してそう言っているということもそうだし、北朝鮮の国家主席だったとすれば、だれでも考えることはただひとつである。自分の地位の安全、それだけだ。現に、過去に何度かその方向に進もうとしたとき、北朝鮮は必ず乗ってきた。そして、それは日本やアメリカ、その他周辺国にとって何ら難しいことではない。

 日本は、すぐに自分た追い詰められて軍事的解決しかないかのように考えがちだ。ところが太平洋戦争だって、アメリカが無理難題を押し付けて、日本を戦争に引き込んだのではない。アメリカの出した条件は中国などから日本軍が撤退することで、そんなことはアメリカに言われるまでもなく、他人の家に土足で上がり込む行為はやってはいけない。平和へ向かう道が目の前にあり、それは極めて簡単なことで、しかも当然のことなのに、日本にはできていない。いまの危機はこうやって起こっている。

(3)へ続く

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