fd2b8fe5.jpgシャクソン・ブラウンの最高傑作というと1974年のサード・アルバム『Late For The Sky』が上げられることが多いですが、自分にとってはこのセカンドも負けず劣らず大好きな1枚です。『Late For The Sky』は無名のミュージシャン中心のバック・バンドと一体になったサウンドが大きな魅力でしたが、この『For Everyman』では、一流のセッション・ミュージシャンによるバックアップでカッチリしたアコースティック・サウンドにまとめられています。さらに、このアルバムから明確な「コンセプト」が登場したことも重要。「everyman」=「普通の人」というペルソナは、ジャクソン・ブラウンの理想主義とともに、彼のもつ「親しみやすさ」というパーソナリティを大きく広げることに成功したと思います。

ジャクソンはすでに「Docter My Eyes」のスマッシュ・ヒットを持つスターであり、ここに収録されている彼の作品「Take It Easy」もイーグルスによって大ヒットを記録、デビュー1年にして業界で揺るぎない地位を築いていました。しかしながら、「everyman」というペルソナを提出することで、現在に至るまで「やさしい隣のお兄さん」的な「親しみやすさ」を演出し、世界的な人気を獲得する大きな要素となったのではないでしょうか。ジェームス・テイラーの大ヒット以降、シンガー・ソングライターの人気が沸騰しキャロル・キングの『つづれおり』などのヒットが相次ぎますが、ジャクソン・ブラウンこそが、そうしたシーンで求められた理想的なソングライターでした。彼らは一様に髪を伸ばし、飾らない服装で青春の悩みを言葉に置き換え、多くは真似することがさして難しくないギターやピアノを伴奏に、シンプルな歌をたくさん生み出しました。リスナーは、手を伸ばせば届きそうな位置に居るかにみえる彼らに「自身の悩み」を託し、まるで親しい友人のように自室に「彼らのレコードを」招き入れ、「悩み」を分かち合いました。このようなソングライターがもてはやされた時代、「Take It Easy」の歌に出てくるように「女の子にモテモテ」のルックスでありながら、時に平和について真剣に考え、在りし日の思い出を切々と語ってくる聡明なジャクソンは、多くの若者にとって「理想の友人」に映ったことでしょう。

このアルバムの表題作「For Everyman」は、CSNの「Wooden Ships」に対するアンサー・ソングと言われています。「Wooden Ships」が荒廃する現実社会を後にして、理想の島へと「木の舟」で漕ぎだそう、という内容なのに対して、「それじゃぁ、残された普通の人々はどうなるんだ?」という疑問から出発した作品です。この曲のサビの部分でジャクソンは「ここで、普通の人々を待っているんだ」と高らかに歌います。いつやってくるかわからない普通の人々を待ちながら、「ここ」ではない「どこか」に行くのではなく、「この母なる大地」をよりよい場所に変えていこうというポジティブなメッセージが読みとれます。しかも、この曲でハイトーン・コーラスを担当しているのは、スティーブン・スティルスとともに「Wooden Ships」を書いたデヴィッド・クロスビーです。

この曲では「They've seen end comin' down」と、「ここ」を捨てて、どこかに旅立とうする「彼ら」には、「終末」が予期されていますが、この「終末感」は、次作『Late For The Sky』の「Before the Deludge」につながっていきます。このアルバムから10年後の『Talk to The Lawyer』では、大洪水の中ベンツをオールで漕いでいる弁護士がジャケットのイラストにあしらわれていますが、この時点で彼にとって大洪水は来てしまっていたのかも知れません。いずれにせよ、この「For Everyman」は現在に至るまでジャクソンの重要なレパートリーになっています。

このアルバムでは、上記のようにキラ星のごときミュージシャン達が参加していますが、もっとも耳をひきつけるのは、この時点で、まだ無名だったギタリストのデヴィッド・リンドレーのプレイでしょう。1970年の時点で、ジャクソン・ブラウンはロンドンでレコーディングを試みており、その時、テリー・リードのアルバムに参加するため渡英していたリンドレーとセッションを果たしていました。ファースト・アルバムにはリンドレーは不参加でしたが、すでにステージではジャクソンをバック・アップしており、現在に至るまで二人は深い友情で結ばれていることは周知の事実です。このアルバムはリンドレーが全曲に参加しており、時にリリカルなアコースティック・ギターを聴かせたかと思えば、豪快なエレクトリック・ラップスティールを響かせ、エレクトリック・フィドルまで持ち出し、サウンドをカラフルに色づけています。中でも特筆すべきは、グレッグ・オールマンのカバーに触発されて、ソウル・バラード風なアレンジを施された「These Days」で、ジャクソンの歌に寄り添いながら、むせび泣くように響くラップ・スティール・ギターでしょう。すでにアメリカなどいくつかのアルバムで個性的なラップ・スティール・ギターを聴かせていたリンドレーですが、この演奏が、彼をスライド奏者として決定づけたと言っても過言ではないでしょう。その演奏と好対照をなすように叙情的なアコースティック・ギターのリード・プレイの素晴らしさも、このアルバムならではのもの。「Our Lady of The Well」「I Though I was A Child」「The Time You've Come」そして「For Everyman」。どれをとっても、リンドレーの紡ぎ出すフレーズの美しさに聞き惚れてしまいます。ほかにも、「Ready or Not」で聴けるリンドレーのエレクトリック・フィドルもワン&オンリーですが、スライドでない普通のエレクトリック・ギターのプレイにも非凡なものを感じます。「Sing My Songs To Me」、そして「Take It Easy」でスニーキー・ピートのペダル・スティールと渡り合うギターの響きにも耳を奪われます。

その他のバック・ミュージシャンは曲ごとに違いますが、ドラムスはジム・ケルトナーが半数の曲で担当。長くジャクソン・バンドの一員となるダグ・ヘイウッドが7曲でベースを弾いています。他の曲ではドラムにラス・カンケルとゲイリー・モーラバー、ベースにはリー・スクラーとウィルトン・フェルダー。キーボードは多彩で、あのエルトン・ジョン、ジョニ・ミッチェル、ビル・ペイン、スプーナー・オールダム、マイク・アトレー、デヴィッド・ペイチが参加。ほとんど1曲のみの参加です。コーラスでボニー・レイットも1曲参加しています。こういった面々による少しアーシーな香りがするバックの演奏も自分の好みに最も合致してます。それにジャクソン自身の歌もファーストより進歩していて、厚みのあるバックに負けない説得力があります。自分にとっては何度も何度も繰り返し楽しめるアルバムです。